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第11話

「お疲れ」  そう言ってペットボトルを差し出してきたのは八尋さん。バタバタの佐倉くんはまた中抜けをして他の現場に行ったらしく、八尋さんがマネージャー役を買って出てくれたそう。「ありがとうございます」とそれを受け取り、一口飲んで乾いた喉を湿らせる。  今の八尋さんは、ハカセ役のために白衣とメガネ姿。  「博士」のはずだけど、その長身と雰囲気からして失礼ながらマッドサイエンティストか大人向けのお医者さんといった風体だ。 「ウサちゃん、彼と一緒にいて大丈夫な感じ?」 「真神くん、ですか?」  言われて監督と話している真神くんを振り返る。  ちょうど柴さんがメイク直しをしているんだけど、その身長差を埋めるように気持ち身を屈めている辺りさりげない気遣いが見える。他の場所での姿を知らなければ、イメージ通りのモテアルファに見えるのに。  その真神くんに聞こえないようにか、八尋さんが俺を手招きして距離を近づけ声を潜めた。 「ああ見えて結構手が早いって噂があるし、どうもウサちゃんのことを気に入ってるみたいだから気を付けた方がいいよ。二人きりになったらなにされるかわからないんだから」 「……」  確かに、と深く頷きそうになって、それもまずいかと曖昧に首を傾げる。  確かに顔だけ気に入られて手も出されたし、二人きりが危ないのも承知。でもそれは言えないから、そうですねと笑うしかない。 「困ったら俺の傍においで。悪い虫は追い払ってあげるから」  そうか。まさか俺がオメガだとバレているとは思わない八尋さんからしたら、真神くんは距離感が近すぎるアルファなのか。それで警戒してくれているらしい。そう言われればだいぶ怪しかったなぁと自らの態度を振り返る。  だからと言って始まりが始まりだから説明もできないよなと言葉に困って八尋さんを見たら、なぜか苦笑いを返された。 「まあ、ウサちゃんにとっては俺も悪い虫かもしれないけど」 「え、八尋さんはそんなんじゃ……!」 「ウサちゃんならそう言ってくれると思ってたよ」  慌てた俺の否定を、いたずらっぽい笑みで受け止められて、そういえばこういう人だったと思い出す。  見た目が大人っぽくなっている分中身もすっかり落ち着いたものだと思っていたけれど、元々俺をからかったり笑わせたりするのが好きな人だったっけ。 「あんまり怯えないでほしいんだよね。俺は恐くないんだから」 「怯えては、ないです」 「じゃあできることなら、昔みたいにもっと頼ってほしいな」 「この現場で、だいぶ頼っちゃってますけど。俺、まだまだ映画の現場には慣れなくて」 「うん、でも昔はもっと一緒にいたじゃない? 稽古終わりに買い物に行ったり映画を見に行ったり相談されたり。そういう風に戻りたいんだよね。ウサちゃんは俺のお気に入りだから」 「ええっと……やっぱり、まだ色々気まずくて」 「俺と顔合わせるの嫌?」 「嫌とかじゃなくてですね」  悲し気な表情で顔を覗き込まれて慌てて言葉を探す。そんな俺を見て、八尋さんはすぐに肩をすくめて笑った。 「ふふふ、ごめんごめん。困らせて悪かったよ。ずいぶんと真神くんと親しそうにしているから嫉妬したんだ。俺の方が付き合いが長いのに恐がられてて、向こうは急に親しいんだから」 「別に恐がってないし親しくもないです」 「そうか。なら良かった。じゃあ俺撮影戻るから、ウサちゃんは俺のことここで待っててね」  ひらひらと手を振って去っていく八尋さんに、同じように返しながら隠れてため息をついた。  アルファって、人を振り回すのが特技なのかもしれない。

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