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第12話
「あれ、それって新しいやつ?」
比較的早くに終わった撮影の後で帰った真神くんの家。
シャワーを浴びてさっぱりして出てくると、真神くんが大画面で映画を見ていた。
飲み物を入れつつ目をやってみれば、どうやら俺が好きな映画のシリーズで、しかも公開時期に忙しくて映画館に見に行けなかった話らしい。
「一番新しいの。宇宙の話だけど、世界観が今回の話に似てる気がして……見ます?」
明日は昼からの撮影だから少しのんびりしているのかと思いきや、それも今回の作品のためらしい。
生活は適当だけど、演技に関しては意外と熱心なんだよな、この人。
「じゃあお言葉に甘えまして」
ちょうど見たかった話しだし、そう言われれば確かに参考になりそうな気がしたから、お招きに預かって一緒に見させてもらうことにした。グラスを持ちつつ少しだけ悩んで、ギリギリテーブルに届くソファーの端に座る。真神くんからは三人分というところだろうか。
当然あからさまに距離を開ければ真神くんが見過ごすはずもなく、薄く笑われてしまった。
「そんな端に座らなくても、正面で見たらいいのに。それとも俺が恐いんですか。アルファだから?」
わかりやすい煽りではあるけれど、そこにアルファを絡められると俺が無視できないというのをわかっているのだろう。
イラッとしつつも端から見づらいのは確かだし、ほんの少しだけ移動して一人分の隙間で譲歩する。すると真神くんがリモコンで照明を操作して暗くしてみせた。
大画面と心地の良いソファーのおかげで本当に映画館にいるみたいだ。これはテンション上がる。
しかもわざわざ途中まで見ていた映画を初めまで戻してくれた。
「え、そこからでいいのに」
「こういうのはちゃんと最初から見た方がいいでしょ」
「……ありがと」
クールな仕草は相変わらずだけど、そういうところは優しいというか気遣いのできる男なんだよな。
そうやって初めから見だした映画は、確かに舞台は違うけれどイメージ的には近いところがあって、ただ見るのとは別物の面白さがあった。それを真神くんも感じたらしく、「俺、最初シュウリってこういうイメージだったんですけど」と出てくる登場人物の一人を指差した。
熱血で、周りを振り回す、わりと強引なキャラ。ごつい役者さんが演じているからぱっと見は違っても、言われれば似通っているところはある。
「皐さんのオウジってちょっとテイストが柔らかいっていうか、感情の移り変わりがスムーズなんで、後のいくつかのシーン当たり方もうちょっと変えた方がいいかなって」
「うーん、俺としては最初からあんまり激しく拒否っちゃうと、打ち解けるまで急すぎるかなって思って監督と話して柔らかめにしたんだけど。……あれ、今のって最初の星の人?」
「皐さんもしかしてこのシリーズ詳しい? じゃあもしかしてオウジのイメージって」
「あ、わかった? ちょっとだけ参考にしてるとこあるんだ。原作読んだときに……」
……実をいうと、こんな風に今やっている役や作品について話したり、映画やドラマについて意見を交わしたりするの、憧れだったんだよな。
仲間がいないわけじゃないけれど、こちらに隠し事がある手前思いきり打ち解けることは難しい。その点真神くんには最初から正体をバラしてしまった上に関係性も普通じゃなくなってしまったから、遠慮もする必要ないのがとても楽で。
普通の友達だったらこういうのが理想なんだけどなぁと気を許しかけて、改めて真神くんがアルファなんだと思い直す。そもそも俺がオメガだからこそ真神くんはちょっかいを出してくるわけで。
つまり他にちょうどいいオメガがいたらそれでもいいってことなんだ。こちらもだいぶ軽い気持ちで話を持ち掛けたわけだから人のことはまったく言えないんだけど、「オメガ」だから誰でもいいというのはやっぱり気になるよな。
でもだからこそ、番というものに特別な意味を持たない二人でちょうど良かったわけで……というのは今はもうない話なんだけど。
そんな微妙なもやもやを抱えたまま、それでも面白い映画に入り込んで見ていると中盤に差し掛かり、なんとも困ったシーンがでてきた。
本当に、どうしてベッドシーンというものはいつまで経っても気まずいんだろう。しかもセリフは少なめで、演技がうまくて生々しいから気まずさが加速する。おかしいな。これR18じゃないはずなんだけど。
しばらくは平静を装っていたけれど、なかなか終わらないシーンにさりげなく視線を逸らして部屋の隅の観葉植物を見つめていた時だった。
「ひっ!?」
いきなりうなじに触れられて、飛び跳ねるくらい驚いてしまう。振り向けば当然真神くんが神妙な顔をして俺へと手を伸ばしていて、思わず身をすくめた。
普通に映画を見ていたと思ったのに、急になにをしてくれてるんだ。
「な、なに?」
「やっぱり跡、キレイに消えてますね」
そんな俺の小動物のような怯えっぷりにはまったく構わず、真神くんは微妙に取った距離分近づいてきた。
「結構強く噛んだんですけど、やっぱヒートのときじゃないとダメみたいですね」
見分するかのように首に指を這わせた場所に、少し不満げな吐息がかかってぞわぞわと肌が粟立つ。
「あ、あんなのすぐに消えたよ。痛かっただけ」
「柴さんのやつも普通の歯型っぽかったのに。なにが違うんですかね?」
「人のそういうところをまじまじと見るもんじゃ……あの、もう触るのやめてもらっていいかな」
やっぱり「オメガ」というもの自体に興味があるのか、さりげなく柴さんの本当の番の跡の話を持ち出されて眉をしかめる。いくら見える場所だからってやっぱりそれは特別な印だし、あまり注目して見るものじゃないと思う。それに人のうなじはそんなに集中して触るものではない。
できるだけ穏やかに注意したつもりだったけれど、穏やかすぎて効き目がなかったらしく、真神くんはより距離を近づけてくる。
テレビでは場所が変わりつつもまだ気まずいシーンが続いている。なんで洋画ってそんな日常的な場所で始めてくれちゃうんだろうか。
「そういえばあのときもだいぶ感じてたけど、皐さんってうなじ弱い?」
「いや、普通そんなとこ触られたらくすぐったい……ふあっ」
誰だって首筋をそんな風になぞられたらぞくぞくするに決まってる。
息を吹きかけられて変な声が漏れちゃったけど、それだって妙なちょっかいかけられたからだ。
「皐さんの性感帯なのか、またはオメガだから特別敏感なのか。どう思います?」
「ちょっと待って、なにしてんのっ、真神くん!」
さすがに逃げようとしたのに後ろから抱きすくめるように捕獲されて、濡れた感触がうなじに当たる。リップ音と吐息で見えなくともなにをされてるのかはわかるけど、なんでされているのかはわからない。
そしてもがいてもさっぱり抜け出せないくらいには力の差があるようだ。
そんなまずい事実は知りたくなかった。
「よく首輪つけずに無事でいましたね、皐さん。確かにこれはベータのふりしてた方がいいかも」
首輪がないせいだとばかりにうなじに食いつかれ舐められて、みっともない声が出てしまう。
手が早くて二人きりになったらなにをされるかわからない。
それはまさしく八尋さんが言っていたことそのままだ。結局オメガはアルファにとってそういう対象でしかないのか。
「あ……あっ、ちょっ、もう! モテる人はそういうの他でやってください! 誰でもいいんでしょ」
「モテるけど誰でもいいわけじゃないんで。俺は顔で選びます」
「顔って」
別にアイドルじゃないのだから夢を見させてくれなくてもいいけれど、それにしてもはっきりと外見で選ぶと言い切るのはいかがなものだろうか。
「皐さんは、俺の初恋の人に似てるんですよ」
「初恋の、人?」
つっこみたいけれどどうしたものか、と迷っているうちに、体を起こした真神くんがほうと重たいため息をつく。初恋の人とはなんとも甘酸っぱい響きだ。
誰にだっているだろうけど、真神くんにもそういう人がいたのかと不思議に思ってしまう。
「昔の話なんですけどね、俺よりだいぶ大人で、清楚な感じですごく可愛く笑う人で。俺にも優しくて、大人になったら絶対結婚しようって思ってたんですけど。もういないんです」
だいぶドリーム入った遠い瞳で語っていた真神くんは、突然その話を打ち切るようにさっぱりした口調でそう告げて俺を見た。
「もう会えないから、ちょうどよく現れた、似た顔の皐さんと番になればいいかなって」
「すごく急展開でこっち来たけどそれってだいぶゲスくないかい」
途中までまるでドラマのような話だと胸キュンしかけたけれど、終わり方がひどい。会えない初恋の人の代わりだと堂々と言い切られれば、こちらは言葉の返しようがないじゃないか。なんてリアクションするのが正しいのか、テンションの上げ下げが激しくて困惑する。
「あ、純情な皐さんの苦手なベッドシーン終わってますよ」
「……タチ悪いなキミ」
しかも手は出すけど特に意味はなく、飄々とした口調でからかわれると一人で怒っているのがバカらしくなってしまう。この際犬にじゃれられただけと思っていた方が心の平穏を保てる気がする。理性があるのかないのか。
こうなったらこれを反面教師として、ちゃんとした番を作った方がいいんじゃないかと思ってしまう。
ちゃんとした番というものがどういうものなのかは、考えたことがなかったからよくわからないけれど。
そんなことをあれこれ考えていたせいで、その後、映画に集中できなかったのは言うまでもない。
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