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第13話

「柴さん、番がいるってどういう感じですか?」  そんな問いかけをしたのは、たぶん昨日のやりとりが頭に残っていたからだと思う。  俺が知る番持ちといったらやっぱり柴さんで、朝のヘアメイク中にふと気になって聞いてしまった。 「おや、どうしたの急に」 「なんとなくの興味というか、純粋な疑問というか」  けれどどうにも唐突すぎたのか、柴さんは首を傾げてしばし考え込むように黙り込む。  今までそういう話は興味さえ持っていなかったから、もしかしたらその理由も考えられているのかもしれない。 「んーオレなんかもういるのが当たり前になっちゃってるから、難しいな。でもやっぱりこの印があるからここでこうやっていられるってとこはあるよね、正直」  今日は赤いチョーカーの柴さんの首元に刻まれた番の印。わざわざ言って回っているわけではないけれど柴さんがオメガなのは公然の事実で、それでもアルファが大勢いるこの業界で普通に仕事をするためには番がいることが大きいと言われている。  残念ながらそれでも近づかないようにと事務所に言われているアルファも多いそうで、まだまだ溝は深い。 「番がいたからってなにもかもがうまくいくわけじゃないけど、一人じゃないから負けてらんないぞって気持ちにはなるかな?」  自分の首筋に触れて、柴さんはさっきと反対側に首を傾げる。その瞬間浮かんだ柔らかな微笑みがひどく優しく、幼い顔に似合わない大人っぽさが垣間見える。 「……柴さんは、オメガで良かったことってありますか?」  その顔を見ていたら聞きたくなった。アルファとオメガだからこそ番というものが成立する。いいことなんかないオメガであって、それでもそんな風に笑える相手がいる柴さんは、一体その存在をどう思っているのか。 「オメガで良かったことはね、頑張りが頑張りとして認められるとこ」 「頑張り?」 「アルファはねぇ、そうはいかないんだよ。なぜならどんなすごいことができても、『さすがアルファ』で終わっちゃうから」  言われてはっとした。だって俺もそう思っていたから。  真神くんが成功しているのも演技ができるのもしっかりした体つきをしているのも、アルファだから、だと思ってた。一緒の家に暮らすようになって、普段から役や作品のことを考えていたり、どんなに眠くて朝食を抜いたとしても現場にこればしっかり役になりきっているのも、それはアルファだからという理由じゃないのを知った。真神薫という個人。  八尋さんだって、アルファだからってただただ完璧な人じゃなくて、いたずらっ子のところもセクシーなところも全部含めて八尋さんなわけだし。  言われれば当たり前のことだけど、目から鱗が落ちた気分だ。 「そりゃもちろん最初から恵まれてることもあるけど、どれだけ頑張ったとしてもアルファだから、で済まされちゃうのは可哀想だなって思うよ。個人の資質は、『アルファ』という性に隠れちゃう。まあそれはオメガも同じだけど」  喋りながらも滑らかに手を動かし髪をセットしていく手際はさすが。  それも、アルファだったらできて当たり前だと思ってしまうのかもしれない。 「いくら才能があったって、それを使ってなにかを生み出すためには普通に頑張んなきゃいけないし、結構ボロボロになって作り出してんのに表向きは飄々としてるように見せかけなきゃいけないプライドの高さはアルファ特有って感じはするかなー。だらだらしてんのが許されない感じもわりと可哀想かも」 「あー……」  柴さんの言葉とともに家での真神くんの様子が思い出されて思わず唸る。  こうなるまではただのいけ好かない典型的なアルファだと思っていたけれど、本人を知った後はずいぶんと個性的で、でも演技に対しては真面目なんだと知ったわけで。  そもそも俺が適当に持ちかけた「番になる」ということ自体にメリットを見出すくらいなんだから、言葉にしない苦労も色々とあるのだろう。  というか、柴さんの番相手もそういうタイプなのか。そういえば相手のことは詳しく聞いたことがなかったな。本人があまり言わないから深く聞いたことはないけれど、いつかその辺のところも聞いてみたい。  ただここであまり根掘り葉掘り聞くのもどうかと思うし、今の俺はベータなのだから自分の気持ちとして色々話すわけにもいかないし、なかなかにしてもどかしい。 「たとえばの話なんですけど、ヒートを治めるために適当な相手と番うっていう考え方はどう思います?」  せめてこれだけは、と鏡越しに窺った柴さんは、妙に可愛らしい仕草でぱちくりと瞬きをした。それから聞き耳を立てる人間がいないことをチェックするように周りを見回す。 「……一つウサちゃんの考えに訂正を入れなきゃいけないんだけど、残念ながら番になってもヒート自体が完全に治まるわけじゃないんだよ」 「え、そうなんですか?」 「うん。もちろんだいぶマシにはなるけど。番になるまでは全方向に撒いてるみたいだったフェロモンが、番になるとその相手だけに向けられるって感じで、なんにもなくなるわけじゃないよ」 「そう、なんですか」 「だからその問いにオレなりに答えを返すなら、運命じゃなくてもいいから、ちゃんと自分を任せられる人を選んだ方がいいって、オレは思うなぁ」  噛んだだけじゃ終わらない関係。だからこそ自分を任せられる相手を選ぶべき、と。 「たとえば適当な相手と番になったとして、その後本当に好きな人がでてきたらどうするって話だよ。番相手がいたら浮気はできないんだよ?」 「柴さんは、浮気したいって思ったことあります?」 「ははは、どーだろーね。とか言ってたら怒られそうだな。みんなキラキラと若いからね。オレなんかもうオジサンですから、相手にされませんよー」  そんなこと言いながら、柴さんはスプレーを振り回すように撒いて中学生にしか見えない顔で豪快に笑った。

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