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第14話

「ウサちゃん」  今日の見せ場であるアクションシーンを撮り終え、そそくさと控室に引っ込もうとしたけれどスタジオの入り口でそれを阻まれた。  そこに立ちはだかった八尋さんは、眉間にしわを寄せ厳しい顔をしたまま俺がなにか言うより先に俺の左手を指す。 「手、出しなさい」  端的に指示をされ、思わず後ろに隠したけれどそんなことしなくてもバレバレだったようだ。おかしいな。わからないようにしたつもりだったし、現にスタッフさんたちにはバレていなかったのに、八尋さんは鋭い。  実を言うとさっきのシーンでセットの中の小道具のオモチャが予定とは違う場所に落ちていて、そこに手をついてしまって手首に嫌な痛みが走ったんだ。  顔には出さなかったしすぐに体勢を立て直したから気づかれずにオーケーは出たけど、どうやら八尋さんにはわかってしまったらしい。 「隠しても無駄。ひねったんだろ」 「いや、大丈夫ですよ、全然」 「……ウサちゃんはいつも大丈夫じゃないときに大丈夫と言うんだよ。覚えておくこと」  見つからないようにしてそっと確かめようとしたことをずばりと指摘されて、反射的に笑顔を作る。そんな俺の態度に大きくため息をつきながら、八尋さんは俺の腕を掴んでそのまま廊下へ出た。  そして引っ張られたまま八尋さんに用意された控室に入り、テーブルの上に左手を載せてじっくりと見られたり指が動くかの確認をされる。腫れてはいないし色が変わっているわけでもない。ただ曲げると少し痛みを感じる程度で、隠れてほっとした。ただ少しひねっただけのようだ。 「この後しばらくオウジが出るシーンない? じゃあとりあえずあまり動かさないようにちゃんと冷やして。確か柴さんがアイスパック持ってたはずだから今もらってくるよ」  濡らしたタオルを俺の手首に当てながら、すぐに控室から出ていこうとする八尋さんを逆の手で掴んで止める。 「大袈裟ですよ。本当に、ちょっとひねっただけなんで」 「だったら余計ちゃんと安静にして治すこと。まだロケもあるんだから。いいかい?」 「……はい」  まさしくその通りなことを目を見て言われて、素直に頷くと八尋さんはすぐに控室を出ていった。  本当に、なにからなにまで頼りっぱなしじゃないか。  ……そういえばあの時も、混乱する俺をなだめて色々と手を尽くしてくれたんだっけ。と思い出したくない最初の時のことを思い出す。だからこそ周りには俺がオメガであることをほとんど知られなかったし、今ここでこうやっていられるわけで。  でも、そうか。あの時もし八尋さんが勢いで噛んでいたら、そのまま番になっていた可能性も大いにあるのか。あの時はめちゃくちゃで、自分が変わってしまった恐さしかなくて、絶望でいっぱいだったせいで他のことなんてなにも考えられなかった。だけどもしもそうなっていたら、と考えると不思議な気分だ。  想像できないけれど、少なくとも今よりはヒートに悩まされていないとしたら、もう少し違う生き方をしていたかもしれない。  あの時の延長線で、からかわれたり助けてもらったりしながら普通に暮らしていたりしたんだろうか。……やっぱり想像できないけれど。  結局その後しっかりと冷やしてもらい、ついでに湿布までしてもらって、明日もまだ痛かったら病院に連れていくと念を押されて残りの撮影を何事もなかったようにこなした。  捌くのが難しい衣装の袖の長さに、こんな時ばかりは多大に感謝した。

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