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第16話

「うわあ……すごい……」  廃墟となった遊園地。彼らの住む「アソビバ」がそこにある。  セットの用意やスケジュールの関係で後半になったその場所でのロケは、泊まり込みのなかなか規模が大きいものだった。  古びたように見える装飾を施され、どころどころにガレキの山が作られたそこは原作で読んだ世界観そのまま。ミラーハウスやシアター、レストランなんかを改造したそれぞれの家まで目の前に現れて、あまりの迫力にくらりとくる。 「ウサちゃん、足元気を付けて」 「あ、りがとうございます」  そんな俺をそっと支えてくれた八尋さんは、俺同様用意がばっちり終わっているハカセ姿で、非日常の景色によく溶け込んでいた。ただ理知的だけじゃない白衣姿からどことなく色気が漂っていて、そういうものとは無縁な俺は少し羨ましくなってしまう。あからさまじゃない匂い立つ色気なんて、大人っぽくてかっこいいじゃないか。  俺の場合、匂い立つのは厄介なフェロモンしかないし、それは色気とかそういうものじゃない。 「撮影始まるまでまだ時間があるし、せっかくだから少し探検しよっか」  子供が迷子にならないようにするみたいに手を繋がれ、シアターの方へ歩き出す八尋さん。シアターはハカセの家だ。 「ところで手首の具合は?」 「あ、全然大丈夫です」  念のためにさっきまで湿布を貼っていたけれど、幸い大したことはなかったらしく動かすのに支障はないから剥がしてしまった。それをこっそり確かめるのに、八尋さんが人の輪から離れたということに今気がついた。相変わらず気遣いのできる大人だ。 「本当かなぁ。シャワーとか着替えどうした? 片手使えないと大変だったでしょ」  そうやって感心していたから、次に聞かれた質問に思わず足が止まりかけた。瞬間的に跳ねた肩は、半歩前を歩く八尋さんには見られていないはず。 「えっと、なんとか」 「ふぅん?」  実際のところそれは真神くんに手伝ってもらったことだったから答えに困ってしまう。  別に隠すことじゃなかったかもしれないけれど、真神くんの家に住まわせてもらっていることは八尋さんには言っていない。それを話せば俺がアルファの家にいることになり、正体がバレたら危ないと心配されるだろう。  けれどその心配はもうすでに過去のもので、だからと言ってバレた経緯も話せないからとにかく口をつぐむしかない。 「まあ、大したことなくて良かったよ。少しでも痛がったら、どうやって病院に連れて行こうか考えてたからねぇ。真神くんのシーンを撮っている間なら抜け出してもいいんじゃないかとか」 「ははは、ご心配をおかけしまして」  二つしか年は変わらないと言っても昔から知っているからか八尋さんはまるで過保護な保護者のようだ。けれど心配をかけている自覚もあるしそうする理由もわかるから素直に受け取っておいた。  そしてその名前で思い出された人物が見当たらないことに気づいて、今度は探す目線で周りを見回してみる。  外見が多少家っぽく作られているシアターの傍にある、木を囲うように作られたベンチに座って見てみれば、見える範囲はすっかりとメサイアメーカーの舞台であるアソビバへと姿が変わっている。その中に機材を用意するスタッフさんの姿はあれど、目当ての人物はいない。 「そういえば真神くんは?」 「我らが主役は柴さんとこ。なんか仲良さそうに話してたから、今は俺がウサちゃんを独り占め」 「……俺を独り占めしてもいいことないですけど」 「そうかな? 俺には特権だけど」  隣に座る八尋さんが俺を覗き込むように視線を送ってくるから、それとなく逸らして遠くを見やる。ここのところずっと同じ現場で撮影しているからだいぶ距離感は昔に近くなったけれど、やっぱりまだ二人きりだと緊張する。  その点、本人がああいう態度だからか、真神くんは不思議と緊張しないんだよな。なんとも思っていないで簡単にちょっかいかけてくるからいちいち緊張していられないということもあるのかもしれない。 「なんか柴さんに懐いてますね、真神くん」  考えたら話題にもよく出るし近くにいるのも見るし、周りをうろちょろしている気がする。他の現場でも会っていて仲がいいのかもしれないけれど、アルファの真神くんがくっついているとなんとなく気になるというか。 「……気になる?」 「だってなんか首筋の歯型がーとか言ってたし、そういうのってあんまりじろじろ見るものじゃないと思うんですよね。ぶしつけっていうか、失礼じゃないですか?」 「へえ、真神くんってウサちゃんにはそういうこと話してるんだ?」 「俺あんまり年上扱いされてないんで。ナメられてるんですよね、たぶん」 「ウサちゃんは可愛いからなぁ」 「否定してくれないんですか」  話を誤魔化すというか逸らされて、思わずむくれてしまったらそういうところと笑われた。  昔は背が高いこともあり、大人っぽく振舞っていたせいでそういう風に扱われていたけれど、最近はもっぱらからかわれる方で中身が年齢に追い付いていないとよく思う。  でも八尋さんみたいに大人っぽい人は昔からずっとそうだから、そもそもの気質というところもあるのかもしれない。 「柴さんは悪さしなきゃ誰にでも優しいからね。落ち込んでてもあの笑顔を見れば癒されるし、みんな好きじゃないかな」 「確かに。柴さんって見た目可愛らしいけど、誰よりも大人で頼りがいが……ん?」  優しい、笑顔、大人。よく聞く単語だけど、それを並べて、真神くんが懐いている、ということを付け加えると、なんだか違う答えが出てきそうな気がする。  いや、まさか。  だって真神くんはもう会えないと言っていたし……いやまさかそれって、番になったから、自分の好きだった初恋の人としてもう会えないとかそういう意味なんじゃ……。 「まさかな。それはいくらなんでも」  こういうことを、知っている人に無理やり当てはめるのは良くない。俺が穿った目線で見てどうする。しかも脈絡がなさすぎるじゃないか。  ……でも、たとえば本当にそうだったら。誰とでもいいから番になりたいのは、番持ちの柴さんに対抗するためとか?  いやいやいやそんなのめちゃくちゃだ。しかもたとえそうだったとしても俺には関係ないし。 「ふふふ、考え込んでるウサちゃんは百面相で可愛いな」 「あ、えっと、なんでしたっけ?」  ほっぺたを突かれて、はっと我に返る。  隣には楽しげに微笑む八尋さんが首を傾げて俺を見ていて、慌てて周りを見回した。 「柴さんと真神くんが仲いいねって話」 「やっぱりそう見えます?」 「いや、君が言ったんだよウサちゃん?」  突拍子もないことを思いついたせいで、どうにも思考が混乱している。別に二人が仲良くても俺がどうこう言う話じゃないし、そもそも柴さんは番持ちのオメガなんだからどうこうなるはずないし、真神くんが俺を噛もうとしたのはアルファとしての本能を抑えるためで、それ以上はないのであって……。 「撮影前に余計なこと言っちゃったかな。そろそろ戻ろうか。準備も終わる頃だろうし、俺たちも用意しないと」 「そうですね」  そうだ。撮影前だ。こんな関係ないことで頭のリソースを使っている場合じゃない。  ぺちぺちと自らの頬を叩いて気合を入れると、八尋さんについて待機場所に戻った。この風景に負けないように気合を入れて挑まなくちゃ。

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