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第21話

「あれ、俺ここ来たことあるかも」 「は?」  頬の筋肉が痛くなるほど笑って、それから案内された大きな教室というか小さなホールに足を踏み入れた瞬間、考えるより先にその思いが口をついて出た。  ずいぶんと綺麗になっているけれど、この景色を覚えている。舞台と、振り返った時に入り口から見える景色がいつかの風景と交差する。  すごく昔。まだ俺が、ここにいる子たちよりかは少しだけ大きい子供だった時。 「そうだ。劇団にいた時、劇しに来たんだ。因幡の白兎。ウサギ役で、たぶんここだったはず」  神話とか民話とか、ためになったり笑ってもらえるような話を子供たちに見せるため、何人かのチームを組んで回ったうちの一つ。そうだ。俺、確かにここに来ている。 「……」 「真神くん?」  予想外に俺の思い出と繋がったからか、真神くんは呆けたように俺を見ている。いつもみたいな皮肉っぽい返しがない。 「ごめんなさいね、遅くなっちゃって」  どうしたんだろうとその理由を聞く前に、ホールに上品そうな年配の女性が駆け込んできた。園長だと名乗った女性は、案内を引き継ぎ、舞台へと上がらせてくれるために先に立って歩いてくれる。  そんな母替わりだという園長先生を前にしたからか、真神くんがすっかり大人しくなって喋らなくなってしまった。真神くんにもこういう面があるのか。 「うん、やっぱり来たことある」 「あら、そうなの?」 「はい。昔お邪魔していたみたいです。たぶん……十五年ほど前だと思うんですけど、ここで因幡の白兎をやっていたのを今思い出しました」  普通の舞台よりも低く、見ている人と近いこの目線。集まってくれた子供たちと後ろに立つ先生たち。それが目の前に広がるみたいだ。 「やだ、じゃあもしかしてあなたウサギのしろちゃん?」 「あ、はい。今は因幡皐という本名でやってます」  どうやら園長先生はその時にもいたらしく、しかも俺のことを覚えていてくれたようだ。それは確かに昔名乗っていた名前で、嬉しくなって頭を下げた。  そのことについてもう少し話したかったけど、続いた反応は少し予想外のもので。 「あらあらあら」 「園長先生」  口元に手を当てて驚いて、それからちらちらと真神くんに視線をやる園長先生。それを真神くんが低い声で呼んで留める。  今度は俺の方を見て「まあまあまあ」と微笑む園長先生に、真神くんの顔に焦りが浮かびだした。どうしたと言うのだろう。 「そろそろ帰らないと」  しかも急に時計を見てそんなことを言い出し、俺の手首を掴む。でもそれが前にひねった左手だったせいで、今度は慌てて離して。もう痛くはないから触られても平気なのに、どうにも真神くんの様子がおかしい。 「あら、もう帰っちゃうの?」 「午後から撮影なんで。ほら、皐さん。急いで」 「え、でもまだ」  なにか都合が悪いことがあるのか、とにかく帰りたがっている真神くんをわかったからとなだめて、改めて園長先生を振り返る。 「すみませんでした。急に来てどたばたしちゃって。演技のことで悩んでいたんですが、とても参考になりました。おかげさまで、なんとかなりそうです」 「よくわからないけれど助けになったのなら良かったわ」  にっこりとそう言ってくれた園長先生にもう一度頭を下げると、外まで送ってくれるとついてきてくれた。そこで先を行く真神くんの後ろで、ぐいっと腕を引っ張られ、腕を組むようにして園長先生に距離を近づけられる。ひそひそ話の体勢だ。 「実はね、薫くんったらあの劇のしろちゃんに一目惚れして、絶対結婚するんだって言い張ってたのよ」 「え?」 「自分も役者になって、大きな家に住んで、一緒に暮らすんだって。見つからないってずーっと落ち込んでいたんだけど、再会できたのねぇ。良かったわ」  うふふふととても嬉しそうに笑って、園長先生は前を早足で行く真神くんの背中をみやる。  しろに、一目惚れ?  いやだって真神くんの初恋相手は、大人で、清楚で可愛く笑う人だって。  あの頃の俺は、八尋さん曰くいい子ちゃんだったというし、いつも笑顔でいるように心がけてはいた。でも大人かというと、小学生はどうやったって子供の部類だろう。  ……いや、真神くんは自分より大人、と言ったんだっけ。たとえばあの頃の真神くんが五、六歳だとして、倍の年齢だったら大人と感じるか?  なにより、最初から言っていたじゃないか。この顔が好きだと。 「皐さん、早く!」  焦れたように名前を呼ばれ、俺はもう一度園長先生に頭を下げてからその背を追った。

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