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第22話

「まさか昔に真神くんに会ってたとはなぁ」 「……その話やめませんか」 「えーでもすごい偶然じゃない? 奇跡的じゃん!」  車に戻り、長い沈黙の末に口火を切った俺に対し、真神くんはハンドルに伏せったまま低い声で呻く。どうやらこの話を俺に聞かせたくなくて急いで帰ろうとしたらしい。園長先生の方が上手だったために俺は知ってしまったけれど。  でも、まさかバーで出会うはるか昔に会っていたなんて、それこそドラマのような話じゃないか。 「俺そんなに可愛かった?」 「……」  俺に向かって言われた言葉ではなかったけれど、結構な褒め方をしてもらった気がする。むしろ本人だと思っていなかったからこそ嬉しいというか。  ただそんな問いかけに答えてくれる気はないらしい真神くんは、そのままの体勢で動かない。そんなにあの白兎が俺だったことがショックなのだろうか。俺は嬉しかったのにな。 「小さい時の真神くん、どういう子だったんだろ。さすがに覚えてないかな」  真神くんが俺を見ているのなら、俺も見ているはずで。けれどさすがにそんな細かい記憶まではないかと目を閉じて考え込んでいたら、隣から呻くような声が聞こえた。 「途中で周りを押しのけて前に出て、白兎だけをひたすら見てた子供」 「あーいたいた! え、あれそうなの?! それだけ熱中してくれてんのかなって嬉しくなった子!」 「……覚えてるわけないでしょ」 「覚えてるよ。鮫役の人たちにウサギをいじめるなって向かっていってくれたでしょ?」  俺が合わせてこの場だけの嘘を言ったと思ったのか、顔をこちらに向けて恨めしそうな顔をする真神くん。だけど言われて思い出した。最初は後ろの方にいたのに、途中から前に出てきてくれて、最終的に一番前で食い入るように見てくれた子のことを。そうか。あれが真神くんだったのか。 「なんでそんなこと覚えてんの」 「なんか嬉しかったんだよね、あれ。そこまで入り込んで見てくれたって感じがして。俺、あれで演技って楽しいなって思ったから。覚えてるよ」  あの日の食い入るような表情、ウサギが助かってほっとした表情と、熱心な拍手と話しかけた時の笑顔と。ありありと思い出せるのはそれが俺にとってのきっかけだったからだ。  親に入れられた劇団で、褒められるためにただただ頑張っていた時に、演技が楽しいと思ったきっかけ。だからたぶんよく覚えている。 「真神くんこそ、『しろ』のこと覚えててくれたのすごく嬉しい。そういえば現場で会った時にも言ってたよね、因幡の白兎のこと。そんなに印象的だった?」 「そりゃそうでしょ。ウサギが鮫の格好した悪い奴らに身ぐるみ剥がされる話なんて」  不貞腐れるのはやめたのか、体を起こして座り直した真神くんは、それでもそっぽを向いて話す。  だけどそれでピンときた。因幡の白兎に対する、真神くんの変な認識の理由。 「あーあの勘違いはそこからか! 確かにもこもこの服を毛皮代わりにして脱ぎ捨てたというか脱がされてたもんね。あれをそう思ったのか」 「鮫がウサギにひどいことするから、俺が絶対守んなきゃって思ったんです。悪かったですね、バカな子供で」 「そっかーあの子が真神くんだったのかぁ」 「しみじみ言うのやめてくださいよ。俺、まだ受け止めきれてないんだから」  よほどショックだったのか、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回す真神くん。そこまで言われるとなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。 「だって『しろちゃん』もう辞めたって……だからもう二度と会えないんだって俺……」 「うん。一旦劇団やめて普通に高校と大学過ごして、やっぱりもう一回演技したくて本名で戻ってきた。まさか真神くんが言ってたのがそのことだったとは」 「なんだよそれ……!」  隠していたわけではないけれど、わざわざ調べなければわからないことではある。それにまさか真神くんが「しろ」を捜していたなんて、わかるはずがない。 「あのしろちゃんが皐さんとか、そんなん卑怯でしょ。ああ、どうも好みすぎる顔だと思った。まさか本人だなんて……」 「ごめんね、俺で」  せっかくの綺麗な初恋の思い出を壊してしまった気がして謝ると、真神くんはむっとした表情で身を乗り出してきた。 「俺の手が届く範囲によくも現れましたね。しかも、オメガとして。なにしてくれてるんですか」 「え……?」  どうも怒っている理由が想像と違う。てっきり真神くんは俺に一目惚れなんかしたのを恥ずかしく思って怒っているのかと思っていたけれどそうではなくて。 「主演の映画撮ってるときに! まだ撮影残ってるのに、オウジを前にしてシュウリの顔できなくなったらどう責任取るんですか」  普段はわりと飄々としている真神くんに大声で怒られて、びっくりして固まっていたらそのまま乗り出してきた真神くんにキスをされた。 「ま、かみくん……」 「これも。撮られたら皐さんのせいですよ」  車が停まっているのは真神くんがいたという施設の近くの駐車場。今は人影がないけれど、完璧に人目がない場所でもない。そして今の世の中誰でも写真が撮れる時代で、こんなところでこんなことするのは当然まずい。  だけど真神くんはシートに手を置いたまま悪びれない。前から思っていたけれど、この人は有名人の自覚がなさすぎじゃないだろうか。 「えっと、がっかりしたんじゃないの?」 「むしろ自分の偶然引き寄せる力と一途さにびっくりですよ。わからないでしょ、皐さん。俺が今どれほど混乱してるか」 「混乱は、俺もしてる」  てっきり真実がわかってがっかりしているものだとばっかり思ったのに、そんな感じじゃなくて、キスされるし。なによりそのキスが今までと違って、勢いがあるのに優しくて、気持ちがしっかり伝わってしまった。  その後はひたすら無言で車を走らせる真神くんの隣で、俺は顔に出さないようにぐるぐると考え込んでいた。  どうしよう。どうしたらいい?

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