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第24話

 俺について部屋に入ってきた真神くんは、いつかの八尋さんと同じ鏡の前のイスに座り、俺も同じく向かい合わせになるようベッドに座る。  そこでまず真神くんが口火を切った。 「もうバレたんで改めて言いますけど、ずっと好きでした。俺と本当の番になってください」  恐ろしいほどの直球を投げてこられて、構えてはいたけれどやっぱり衝撃を受ける。  最初とは違う、上辺の利益だけを求めた番ではなく、本当の意味での番になろうと。 「えーっと、その前に一つ聞いていい? 柴さんは?」 「柴さん? あー……」  騒ぎ始めた鼓動を隠れた深呼吸で抑え、前から気になっていたことを聞く。てっきり柴さんに好意があるものだと思っていたから、そうでないのなら頻繁に柴さんに会いに行っていたのはどういうことなのか。 「実は、色々相談してました。オメガのこと、柴さんにしか聞けなかったんで」 「相談って、なにを?」 「番になったらどうなるのかとか、番ってどういうものなのかとか。本当にヒートが軽くなるのかとかそういうのを色々」  聞かれたのが恥ずかしいのか、がりがりと頭を掻いて気まずそうな表情を浮かべる真神くん。  確かに周りに番った相手がいるのは柴さんだけで、オメガのことを詳しく聞くなら他にいないけれど。 「代わりとか言いましたけど、皐さんだったら番になるのもいいなって本当に思ってたんです。どうって詳しく言えないけど、惹かれるっていうか……こう言うとあれですけど、割と運命とか感じちゃってたんで。だから詳しく知っておきたくて」 「運命……」 「因幡って名字とか、連絡先聞けなかったのに共演者として再会したこととか、同じ映画が好きだったりとか、アルファとオメガだったことも、全部。この人と、特別な繋がりができたらいいかもなって。……それが、まさか本当に初恋の人だったなんてわかったら、運命って本当にありえるんじゃないかって、思いました」  今度は照れたように頭を掻いて、真神くんは柔らかな声でそう告げた。運命なんて言葉が自分に向けられているのが信じられなくて、甘酸っぱい気持ちに体を震わせる。  オメガだからちょうどよく、番になればなにかしら都合がいいことがあるから。そのための、代わりが利く相手に思われていると思っていたのに。  番。嘘じゃない本当の番。  「……俺実は、この前八尋さんに番にならないかって言われて」 「え、受けたんですか?」 「いや、断った。というか、想像できなかったから。八尋さんと番とかそういう関係になるのが」 「俺とは? 想像できる?」 「……真神くんには、ちゃんとした番がいた方がいいってずっと思ってたんだけど……それって、俺でも、いいのかな?」  身を乗り出し、食い気味に質問してくる真神くんに気おされながらも考えて答える。  真神くんとの生活は刺激的で、だけど居心地が良くて、なんだかんだとても楽しくて。ずっとこの生活が続いたら、なんて思ってしまったんだ。真神くんとの未来を想像した。そして番になったら、と考えられた。  真神くんが俺を選んでくれるなら、俺も真神くんを選んでいいんだろうか。  そんな俺の戸惑いの答えを聞いて、真神くんは少しだけおかしそうに笑った。 「最初に誘ってきたのは皐さんの方でしょ。それに対して俺がどう答えて、二人でなにしたか、忘れたんですか?」 「わ、忘れてないけど」 「だったら今さらなに言ってるんですか」  酔っ払った勢いだけど、それでもした。冗談で言ったつもりだったけど、真神くんが受けてくれて、それもいいかと思って抱き合って、噛まれて。すべて済ましている。確かに今さらだ。  じゃあ結局、遠回りしたけれど、その時の結果に戻るのか。 「八尋さんじゃなくて、俺でいいんですね?」 「真神くんがいい、です」  答えるなり、立ち上がって一気に距離を詰めた真神くんが勢い任せのキスをしてくる。それから唇を離し、俺の頬を撫で、目を合わせて今度は柔らかく唇を食む。  しばらくそんな風にお互いの唇を味わって、気持ちが火照ってきたところで真神くんがのけぞるようにして強引に頭を離した。 「もったいないけど、あとは撮影が終わってから……」  それ以上してしまえば止まれなくなるとでも言いたげに理性を利かせたはずの真神くんは、だけどふと動きを止め、すんっと鼻を鳴らした。 「……皐さん、大義名分抱えて飛び込んでくるのやめてくれます?」 「え、なに」 「明日も普通に撮影したいでしょ? じゃあ選んで」  突然その場に押し倒されて、覆いかぶさってきた真神くんが選択肢を突き付けてくる。  今撮影のことを考えてやめるような雰囲気だったのに、なんで俺は真神くんを見上げているんだ。 「今すぐ俺を追い出して抑制剤を飲むか、素直に俺を受け入れて明日も無事撮影を終えたいか」 「え、あれ、やばい、だって俺まだ」  言われて気づく、体の熱さ。  ヒートの予定日まではまだ時間があるはずだ。だけどこれは覚えのある、恐ささえ覚える火照りで、なにかの間違いじゃないかと焦る。 「俺はアルファですよ。好きな人のフェロモンに反応すんの当然でしょ。間違いないってわかります。だから選んで。なし崩しでしたくない」  だけど真神くんは俺から放たれるフェロモンの匂いを嗅ぎ取って目の色を変えていた。ギリギリの理性が、真神くんを早口にさせる。 「絶対噛むんで、もう逃げられないですよ」  今ならまだ抑制剤を飲めば間に合うかもしれない。  突然のことで心の準備ができていないし、あの時のようになにも知らない子供ではないから対処しようと思えばできるはず。  でも、抑制剤に手は伸びなかった。その代わりその手を真神くんへと巻き付ける。  それが答え。

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