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第5話 「鈍感」は刃にもなる

「ん?なんだこれ」 ケータイに入ってきたメッセージに誠は手が止まった。 『お疲れ様、お風呂上がりもいいね 』 「は?」 髪を拭きながら疑問に思う。 (…だれだ?青木?) こんなことはイタズラっ子の青木しかいないと、下だけを着て青木の部屋に乗り込む。 「青木〜?」 ドアを勝手に開けるといつも怒鳴られるが今日は何も言われない。ヘッドフォンをしてキーボードを弾いている。 「青木!」 「うわぁああ!!びっっくりしたぁ!まぁた勝手に入ってきて!」 オーバーなリアクションに誠は爆笑するが、訪れたできごとを思い出すと嫌そうな顔に変わった。 「お前さぁ〜あぁいうイタズラやめてよ」 「イタズラ?」 ほら、とケータイを見せると青木はヘッドホンをキーボードに置いて怪訝そうな顔をした。 「なにこれ?」 「とぼけるなよ〜ちょっとびっくりしたんだから」 「いや、俺ずっとキーボードしてたし、まずマコちゃんが風呂入ってるのも知らなかったけど…」 「じゃあだれが…あ、またきた」 『青木くんじゃないよ』 「「だれ?」」 そこからは青木が、しーっと人差し指を唇にあてながら、キーボードの横にあったパソコンを使ってタイピングで会話し始めた。 (盗撮と盗聴されてるかも。事務所行こ!) 伊藤にメールをし、急いで事務所に向かった。道中もメッセージは頻繁にきていた。 『お仕事?いってらっしゃい』 『あれ?今日お仕事じゃないよね?』 「過激ファンのストーカーだな」 伊藤は大きなため息が事務所の会議室に響いた。誠には全く心当たりなく、今日から急に入ってきたメッセージだ。 「マコちゃん、ファンの子にケータイ教えたりした?」 「してない!さすがに俺でもそれはまずいって分かるしっ!」 「うーーん…とりあえず業者が今発信機で撤去してるから…」 ヴーヴー 「マコちゃん…またきた?」 「…っ!?」 思わずケータイを投げる。 青木が慌てて疲労と声を失った。 画面いっぱいの好きとの文字。それをスクロールした後に誠の至近距離の寝顔画像。 「部屋にいたってこと?!」 青木も驚いて大声を出す。伊藤はすぐに業者に連絡をし、誰かいたか確認するもいないとのことだった。レイも仕事でよかったと全員が安心したところで、3人が固まる。 「隣は!?」 ヴーヴー まるで会話を聞いているようなタイミングで誠のケータイが震える。見たくないと拒否する誠の代わりに青木と伊藤がメッセージを開く。 「一時避難。可愛い子猫ちゃんたち疲れてる笑」 2人がスクロールすると2枚の画像。 ギターを隣に置いて電気付けっ放しで寝てる優一とパーカーのフードまでかぶってマスクしてソファーで寝てる大河。 明け方まで仕事だった大河と優一はまだ寝ているはずだった。 「「やばい!!」」 2人の揃った声に、誠はケータイを2人から奪って凝視したのち大河に電話をかけた。 「ん…マコ…?…なに?」 「大河さん!優一起こして部屋から出て!」 「あ?なんだよそれ…。俺も優一もさっき寝たばっかだぞ。」 「分かってるよ、でも!大河さん…一生のお願い。あとで話すから今はそうして。隣の俺らの部屋に移動して!あと移動するまで切らないで」 「はぁ…?意味わかんねー…。ユウ〜??起きろ〜…マコが隣の部屋いけってー」 『んー…。やだ…眠いー』 「早く起きろって…珍しくマコが真面目なんだ」 『えー…?真面目なマコちゃんなんか知らない…ふぁぁ〜っ…はいはい、移動しよお…』 スピーカーにしていたこの会話を聞いて青木と伊藤が吹き出す。誠は2人の発言に少しムッとしたけど素直に動いてくれてるので安心する。 『…? あれ、大河さん…?後ろの方、だれ?』 「うしろ?…ぇっ?だれだ…」 ガタン!ブツ!ツーツーツー 「もしもし!?大河さん!切れちゃった!!伊藤さん!」 「くそ!ユウも取らない」 「業者に向かわせる。落ち着け」 何度も大河にかけなおすが電話に出ない。 同じく優一と取らないようだ。伊藤が業者にかけてるあいだも青木と誠は電話をかけ続けた。 ヴーヴー しばらくして誠のケータイが鳴った。瞬時に青木が誠にからケータイを奪ってメッセージを開く。簡単な文章と一枚の画像。 「やっぱり疲れてるみたい。起こしたらだめでしょ?誠くん、また明日ね」 優一の上に大河が重る形で眠っている。さっきまで話していたのに写真では深い眠りのように見える。 「帰ろう!青木いこ!」 「待て待て待て!車出すから!」 3人は慌てて戻り、優一の部屋に行くと2人は画像の状態のまま寝ていた。 ペチペチと青木が大河の頬を軽く叩くと眉間にしわを寄せて目をゆっくり開いた。 「…あれ?…みんなどした?」 「大河さぁああん!!」 「うわっ!!マコ?!お前もうどうしたんだよ?ずっと変だぞ」 誠にぎゅうぎゅうに抱きしめられてる大河の隣で青木が優一を起こす。 「ユウ?起きて。…大丈夫?」 「青木…?みんなも…ぉはよう…」 目をこすりながら起き上がる。大河のケータイはドアの方に落ちていて画面にヒビが入っていた。 「ぁぁあーー!俺のケータイ!割れてる!」 抱きしめられたまんま大河が叫ぶ。優一は寝起きの覚醒しない頭のままぼんやりとしていたがケータイをみて目を見開いた。 「あ!!伊藤さん!!知らない人が入ってきてた!」 「…たしかに!ユウが後ろって言って振り向いたら知らない奴が立ってて…あれ?その後は?」 「どんな人か顔がよく見えなかったけど…。大河さんが振り向いたタイミングでハンカチでマスクの上から抑えられて電話切ったあと、大河さんを俺に突き飛ばしてなんか嗅がされた。」 「慣れてるやつだな…もしかしたら大河のケータイから連絡先をとったかもしれない…全員新しいのに変更しよう。」 結局盗聴器もカメラも出てこなかった。全員のケータイ番号を変え、鍵もかえてもらい解決したかと思っていたがストーカー被害はエスカレートしていた。 キキーッ! 「わっ!…伊藤さん!運転荒くない?」 今日は誠と青木だけの撮影だ。爆睡している誠の隣で青木が話しかける。伊藤は舌打ちしながらサイドミラーやバックミラーをしきりにきにしている。 「しつこいなぁ〜!」 青木が後ろを見ると女の子が複数乗ったタクシーだ。 「タクシーがどうかした?」 「あいつらつけてきてる」 伊藤は指示器も入れずに急遽路地に行き、スタジオの地下駐車場を猛スピードで降り駐車した。 「はぁ〜…最近はずっと追われてる。さすがにしんどい。悪いな、大丈夫か?酔ってないか?」 「いや、大丈夫。ありがとうございます。マコちゃん着いたよ」 「ん〜…伊藤さんありがとぉ」 スタジオ入り口に3人で向かうと入り待ちの子たちで溢れている。毎回だが青木はそっとため息をついた。 例の侵入事件後から青木にも被害が出ていた。誠のファンほど過激ではないが、青木が誰かといることを非常に嫌がるファンなのだ。 ファンレターには写真がついてて、前に来たものは大河とレイとの仕事の時のもの。一見問題はないが、同封の手紙は恐ろしかった。 「大地くんの隣は私以外認めない。浮気者」 「私だけって言ったのに」 「今回はメンバーだから許すけど次はないよ」 まず顔も名前も知らない相手から脅迫まがいのものがくることが、青木には恐ろしかった。 そして矛先が自分ならいいが、メンバーや共演者に向かないかが心配だった。 RINGのメンバーそれぞれのファンには特徴があった。レイはバラエティーやラジオが多いから愛のあるいじりをする大人のファンや男性ファンが多い。優一のファンは若いほんわか系で、優一が何をやっても「可愛い」「天使」とか、優一に憧れてショートヘアや金髪にしている。大河のファンは大人の女性で体を気遣ったり、大河関連の物は全て手に入れる昔からのファンか、音楽をやっている人たち。誠と青木のファンはいわゆる本気で恋をしている人たちが多い。全体へのファンサービスを良しとしないので賞賛と同時に批判も多い。 「こーんにーちはー。今日もありがとね!がんばるね!」 入り待ちのファンにニコニコ挨拶しながら入る誠はアイドルそのもの。青木にはまだそこまでの余裕がなく、日々ストレスを溜めていった。 ネットには「大地不機嫌だった。1時間も待ったのに」とか「マコは安定のたらし」とかどっちにしても批判されてため息がでる。 「マコちゃん、すごいよね」 「え?何が?」 衣装に着替えている誠に青木は机に顔を埋めながら呟くと聞こえていたようだ。 何も答えないままでいると頭をわしゃわしゃと撫でられる。 「誰だか分からない人の言葉を探して傷つくなら、ネットみるなよー。俺たちはもらった仕事を頑張るだけだ。な?」 「わかってるけど…気になっちゃうんだ…。」 もともとメンタルが弱い青木は反応が気になるし、批判もダイレクトに受け止めてしまう。誠は分からないでもないけど…といいながら、でも…と付け加えた。 「今日の仕事を誰かは喜んでくれてる。その子達のために、俺は全力で笑おうと思うよ」 早く準備して〜っと言い残してメイク室に行った誠に青木は自分を奮い立たせた。 大人の色気がテーマの雑誌撮影は、先ほどの誠のことばがあったからとても集中し、スタッフからも大絶賛だった。 ソロショットでは誠も青木を見て感嘆の声を漏らした。 「お疲れ様でした〜!」 「「ありがとうございました!お疲れ様でした!」」 久しぶりの手ごたえが顔に出ていたのか、誠がほっとしたようにこっちを見てる。 「青木っ!本当にかっこよかったー!」 「ありがとう!マコちゃんに言われて気付かされた。ありがとう!」 「いえいえ〜。次の現場は大河さんも一緒だね!頑張ろう」 青木は、うん、と機嫌よく頷いた。ここ最近仕事に集中できていなかったのかもしれないと気合いを入れ直し、この日はネットを見ずに過ごせた。 ある日、午後だけ青木と優一の仕事がオフになった。優一が行きたい服屋があると言ったので一緒に歩いていた。一応青木はサングラスとキャップをかぶり、優一はマスクとキャップで隠した。 ショップへ入ると歓声があがり、優一はすみませんとお店の人に頭を下げた。スタッフのうちの1人が優一のファンらしく、泣いて喜んでいるのを優一は笑顔で握手に応じていた。 「青木〜どお??」 「おお!似合ってるよ!」 「でも黒と青どっちがいいかな?」 「んー!迷うな!青かな!…あ、ユウ、これもあるよ?」 久しぶりのショッピングを満喫した。優一がレジに向かった時、暇になった青木はネットを開き、驚いた。 「大地デート激写」 「お似合いカップル…と思ったらユウじゃん可愛い」 「大地、可愛いユウに幸せそう」 優一に見せようとニヤニヤしていたら凍りつくコメントがあった。 「大河やレイとか誠はいいけどユウは許せない」 「男のくせに女っぽくて気持ち悪い」 「大地に色目使ってる」 「ユウって男好きそう」 明らかに可愛いと言われる優一への嫉妬だが嫌な予感がしてネットをとじた。 そう、傷つくくらいなら見ない、言い聞かせて落ち着かせた。 「青木〜これサービスだって!リストバンド!お揃いしよ!二つもらった!」 紙袋とは別の袋から黒のシンプルなリストバンドを取り出した。向こう側でファンのスタッフの子が控えめに、よかったらどうぞと言っている。その子の気持ちも嬉しかったのでありがとうと言って、2人で左手につけて帰った。 優一の部屋でファッションショーを眺める。ファッションが好きな優一は楽しそうに話して、いろいろなスニーカーを持ってきては合わせている。紙袋から、はい、と突然Tシャツを出して青木に渡す。 「なに?」 「あげる。似合いそうだから」 「わ!かっこいい!こんなのあったっけ?」 「あったよー!付き合ってもらったお礼」 青木好みのTシャツにテンションがあがる。すぐに着て優一にどう?と見せると、花が咲いたように、似合ってるよ、と笑った。2人でふふふと笑い、ファッションショーを再開していると大河が帰ってきて、3人で遅くまで語っていた。 青木は自分の部屋に戻るとなんとも言えない違和感を感じた。 (だれか帰ってきてる?) 「レイさんー?マコちゃーん?」 静かな室内に自分の声だけが響く。となりに戻ろうとドアを開けるとフードを被った人が立っていて声が出ない。一瞬大河かとも思ったが本能が違うと警鐘を鳴らす。 「うちに何か用ですか〜?」 「どちらさん?」 レイと誠の声がした瞬間、その人は2人の間を突っ切って走り出した。ぶつかった衝撃でバサバサと紙が落ちる。 レイが拾い上げ、誠が覗くとたくさんの写真。 「…青木?大丈夫か?とりあえず中入れ」 レイがハグしてくれるが青木は固まったままだった。誠は、紙を全て拾って青木の手を引いてドアを閉めた。 「マコ?それ全部写真?」 「そうみたい…。わ!レイさんのも俺のもある!」 全員それぞれの写真があったが、優一の写真がボロボロだった。 「悪質だな…」 「2人で出かけたの?」 誠が問いかけるとこくんと頷く。今日のショッピングの写真がほとんどで、あのネットのコメントが浮かぶ。 レイと誠は静かにため息をついた。青木がこの手のことに弱く、不安定になりやすいからだ。それに、今回は優一に矛先が行っているのが厄介だった。そして家まで来たこと。 レイは部屋に伊藤と大河と優一を呼び出した。 「なんだよこれ!!」 騒ぎ出す大河をレイが落ち着かせ、話し始めた。帰ってきたところで部屋の前に誰か立っていたこと。青木が固まっていること。声をかけたら逃げて、これが落ちて散らばったこと。 「あ〜…言いにくいんだけど、言うなら今かな。」 申し訳なさそうに優一は口を開いた。 「俺、けっこう前から青木のファンから嫌がらせ来ててさ…言わなかったのはごめん。気にしてなかったし、ここまでとは思わなかったから」 大河は知っていたようで静かに優一を見てる。青木はその言葉に目を見開いたままだ。 「具体的には覚えてないけど、言葉もそうだし、ファンレターに混じっていろいろ来るかな。でも青木?お前が悪いわけじゃないんだ。だから気にしないで?」 前のめりに座って青木を見つめるも青木の目には優一が映らない。 「俺は誠のファンから。あいつらもーしつこい!ま、俺のファンは昔からいるから粛清してくれてるらしいけどな!助かる!」 「危ない目にはまだ遭ってないし、好きって気持ちの表現が間違えているだけだから邪険にもできない。あまり刺激しないように気をつけるからさ!今日は買い物付き合ってくれてありがとな!」 大河も優一も明るくしようと頑張っているが空気が変わらず2人も黙り込んだ。 誠も実際侵入され、大河と優一に迷惑をかける事態になったことがあるため、下を向いている。 「伊藤さん、マスコミに公表しよう。ストーカー被害を。訴えないと、俺たちは泣き寝入りだ。アイドルは何をされてもいいわけじゃない。俺たちならまだしも、女性アイドルもそうだとしたらこれは社会に問題提起するべきだ」 「…事務所に確認する」 「すぐできる?できてもできなくても、この後のレギュラーで俺は言うよ。我慢ならん。同じ人間だ、芸能人だけやられっぱなしで一般人だけが何してもいいなんて。そんなのありえない」 大河と優一もレイの言葉に、たしかに、と呟き明日の一面に載ることになった。 事務所の警備や出待ちの規制もでき、少しずつマナーが守られつつあった。青木も誠も、他に被害がないことにほっとしていたが、青木はギリギリの精神状態だった。 青木のドラマがクランクアップしての飲み会で、先に帰るという新人女優さんをお見送りしてまた店内に戻った。未成年でお酒が飲めない青木は、酔っ払う大人たちを見て早く帰りたいと思いながら、欠伸を殺し続けた。 それから1週間後、RING全員が事務所に呼ばれた。そこには一枚の記事。 「新人アイドルRINGの大地。共演の西山ミサトと熱愛!ドラマから発展!」 「は?」 青木はぽかんとしていた。そのリアクションを見て、他の4人は察した。この記事がデマであることをだ。ツーショットの写真とタクシーに乗る瞬間の写真。青木はこのタクシーに乗っていないが、ホテル街に向かったと記載されていた。 ドラマ視聴率がよく、理想のカップルと世間でいわれた2人にはマスコミが大騒ぎになるという。 「まぁデマだから。で?なんで集められた?」 大河が怪訝そうに伊藤に聞く。交際否定して終わる話のはずだった。 「いや、青木。本当に彼女と付き合ってないのか?」 「どういうこと?そうでしょ。彼女できたらみんなに先に言うし、だいたい…タイプじゃないし」 そっか…と天を仰ぐ伊藤に、大河がなんだよ!と吠える。 「向こうは交際していると、言ってる」 「「「は!?」」」 青木と大河とレイが大きな声を出す。誠と優一は静かに聞いていた。 「交際を認める方向で、と相手の事務所が言っている。社長はデビューして間もないユニットなのに、とご立腹だ。」 「ちょっ…と、俺意味わからないんですけど。ミサトさんとドラマのセリフ以外でそんなに会話したこともないのに…」 「向こうの事務所の戦略とかじゃないんですか?西山ミサトも新人女優さんですよね?」 優一は青木の動揺っぷりで推測をたてた。とにかく今日はマスコミ対策のため事務所に泊まりことになった。 「青木?大丈夫大丈夫」 「ユウ…俺もうきついよ…」 「大丈夫大丈夫。俺らがいるだろ?とりあえず寝ろ。睡眠第一。な?」 意地でも横にならない青木に付き合って優一もソファに座ったまま朝を迎えた。ワイドショーは一気にこのニュースを伝えた。うちの事務所からはノーコメントと表記されている。事務所にはマスコミが押し寄せ、コメントを貰おうと必死だ。 仕事があるメンバーは裏口からこっそりと移動を要し、青木は近い日程の仕事が延期になり、待機だった。 優一も一睡もしないまま、そばにいなくてごめんな、と申し訳なさそうに去っていった。 ひたすらぼーっと他人事のようなニュースを見続ける。恋人を作る余裕なんてなかったし、仕事にがむしゃらだったはずだ。西山側の見解もわからない。付き合っていないのに付き合っていると発表する意味もわからなかった。 「ただいまっ!青木!はいっミルクティー」 どれぐらいの時間がたったのか、仕事から戻った誠がミルクティーをくれた。ありがとうと呟いてまたワイドショーを見ると急にテレビの電源を落とされた。 「こんな意味のない情報みるよりさ、優くんのプロデュース中の曲の話聞かせてよ!青木も手伝ってるんだろ?」 優一が動画サイトで見つけた一般人のシンガー。動画を事務所に持って行ってこの子をプロデュースしたいと申し出た。事務所は女性アーティストを増やしたかったようで許可が出た。 「優くん、タカさんに苦手意識持ってたけど一緒にプロデュースしてるなんて…本当プロだよなぁ」 新人がプロデュースするのは力不足としてサブにブルーウェーブのタカが付くことになった。優一はタカのことより、そのシンガーが世に出て、多くの人に聞いてもらいたいという意識しかないようだ。 「前…ピアノ音源欲しいっていわれて一応弾いたよ。大河さんがデモ歌ってた」 「え!!?なにそれ!聴きたい!音源ないの!?」 あるよ、と青木はケータイを出して音源を流す。いつものパワフルな歌声とはちがい、少し掠れた切ない歌声がピアノの音とマッチングしている。 「うはぁああ!いい曲ー!ピアノいいじゃん!!」 大興奮する誠に青木はふっと笑顔が漏れる。やるべきことをやるだけ、なんどもみんなに言われた言葉にまた救われる。 「マコちゃん、ちがうアレンジ案もあるんだけど聞いてくれる?」 「!…もちろん!いこっ!」 「うん…寝てるよ…。大河さんも頑張って。うん、はぁい」 いつのまにか毛布に包まって寝ていた。遠くで誠の声がする。青木の隣には誰か寝てる。 見慣れた金髪にほっこりする。 「ごめん、起こした?もう少し寝たら?優くんもさっき寝たから起こさないように」 くぅくぅと眠る優一の顔には少しクマができてた。俺も眠いと横になった誠は目を閉じてすぐに寝息をたてた。 心地よい2人の寝息を聞きながら久しぶりに熟睡した。 ヴーヴーヴーヴー 「…青木?でんわ…」 「ん…はい、もしもし…?」 優一に起こされ誰かも見ずに電話に出る。 「青木さん…私です。西山です。」 「え?、あ!はい…。」 「今回はすみません…。ご迷惑をかけて…」 「あの…どういうことですか?おれたち…」 「私じゃダメですか?」 「え?」 「私、青木さんのこと、好きになっちゃいました。」 「…。」 「私と付き合ってください」 急に無言になった青木に優一は毛布からもぞもぞと起き上がった。表情が心配している様子なのが小型犬みたいに可愛くみえて、口パクで大丈夫と伝えると、安心したように微笑んでまた毛布に包まった。目を閉じたのを確認して青木は言った。 「ごめんなさい。俺…そんな余裕ないです。今はこの夢の為に集中したいんです。お気持ちは嬉しいです。でも、ごめんなさい。」 「あ〜やっぱりふられちゃった。ノーコメントて出た時に気づいてたんだけどね。私こそごめんなさい…ずるいマネして困らせちゃった。」 好きで、告白できなくて、デマをチャンスと思ったようだった。次の日、西山は記者会見で「ふられちゃいました」と笑顔で言ったことがよけい好感度をあげ、また振った理由もしっかり伝えてくれたおかげで青木の好感度もあがった。 「やっと落ち着いたな。お疲れさん」 「大河さん…。うん、ありがとう。」 事務所の会議室で打ち合わせがあり、久しぶりに大河と会う。 「しかしお前のファンは感度がいいなぁ。とんでもなく荒れてたらしいぞ」 「はは…。喜んでいいのか…どうなんだろ」 「あのさ…」 さっきまで笑っていた大河の表情がすっと消える。 青木は無意識にゴクリと喉を鳴らした。 「ユウ、の、アンチが少しエスカレートしてる。少し気にかけてやってくれないか」 俺は舞台がこれから入るから心配で…と下を向く。聞けば、優一の入り待ちの中に、「大地に近づくな」とのボードを持った女が複数いるようだ。優一のファンはとても怖がっているのを安心させるために優一は気にしないようにしているようだ。 「前、俺との仕事の時に、殺すとか叫ばれててさ。さすがに俺もカチンときたけど誰か分からなくて。ユウのファンが泣きだすと、どこからかまた、うぜーだの、ぶりっ子すんな、だの推しに似てあざとい、だのと暴言吐きまくりで。」 大河はあの時のことを思い出してるのか悔しそうな顔をしていた。優一は、「俺のせいでファンが悲しい思いをしている」と凹んでたらしい。 「ただでさえ、今プロデュースを合わない人としてストレスだと思うからさ。青木、頼むな」 「もちろん、俺のファンのせいだから任せて!でも…」 「でも?」 「ユウは、マコちゃんの方が安心して相談できると思うんだよね…。実際、こんな話本人から相談されたことないし…。俺って頼りないかな?」 大河はきょとんとしたあとにふふっと笑い、自信持てと背中を思いっきり叩いた。咳こんでいる青木に爆笑しながら大河はよろしくな、と言って稽古に行ってしまった。 憧れの芸能界。現実はとても厳しく、多くのことに意識が必要な世界だった。キラキラした世界の裏側はいろいろな人間模様で疲弊している。 「あ!青木〜!いいところに!今さ、サナの打ち合わせなんだ!意見貰えないかなぁ?」 大河の稽古がはじまってしばらくたった頃、会議室をひょっこり覗き込んだのは噂の優一。プロデュースしているシンガー、サナの打ち合わせらしい。 別の部屋に行くとボブヘアの女の子とブルーウェーブのタカが座っていた。 「はじめまして!サナです!よろしくお願いします!」 「サナさん、はじめまして!よろしくね」 ふんわりとした笑顔で花柄のワンピースがよく似合う。真っ白な肌と小柄の体系は人形のようだ。 「ピアノアレンジ、2番目のがいいな」 「!ありがとうございます!タカさん!」 「ふふっ!青木いくつもアレンジ用意してくれたんだな。ありがとう!サナも2番目を気に入っていたんだ」 「はい!イントロから素敵でした」 イントロは誠に聴いてもらった時に絶賛してもらったやつだ。OKが出てひとまず安心する。 「大河さんのデモだなんて驚きました!あんな風に歌えるかな」 「サナはサナの歌い方で!俺はサナの歌声がいいと思ったんだから自信持って」 はい…と嬉しそうに優一を見つめつていて居心地が悪く感じる。 「ネコちゃん、サナの仮歌聴いていいか?」 「分かりました。サナいける?」 「はい!よろしくお願いします」 録音ブースに入ってスタンバイする、サナ。緊張した様子だが、ヘッドフォンをつけると曲に合わせてなのか切ない表情になった。 歌い出すと少しハスキーがかった声に、デモは大河がサナに寄せていたことを知る。切ない歌声に圧倒される青木と、優一もタカも目を閉じて聞き入っている。 「ありがとうございました!」 「サナ、後半もっと感情をのせてみて。フェイクいれてみようかな、タカさんどうですか?」 「フェイク、やってみて」 「はい。」 誠も言っていたが、優一が苦手なタカと一緒にプロデュースしているが、そんな素振りを一切見せない優一に青木は驚いていた。必要であれば意見を求め、サナのために協力していた。 「タカさん、この音階より、ここでアレンジどうですか?」 「悪くはないが、それはできるのは大河かお前くらいだ。サナにはシンプルでいい」 「分かりました。サナ今のでいこう」 タカもいつも茶化しているが、プロデュースの時は落ち着きがあり、プロそのものだった。この空間に限界がきて帰ろうとしたところでちょうど解散になった。 「ネコちゃ〜ん、送っていこうか?」 「結構です。お疲れ様でした。青木、帰ろ。サナ、次は土曜日に。あ、もしもし伊藤さん?終わったよ!うん!」 今日もフラれちゃった…と笑うタカさんと苦笑いのサナを尻目に優一の後をついていく。 車に乗ると優一は深いため息を吐いた後、少し寝るね、とすぐに寝息をたてた。やっぱり緊張感のあるプロデュースなのだろう。少しの距離だが眠れますように、と頭を撫でてみる。よく見るととても疲れている様子だ。 (俺に頼ってくれたらいいのにな…) 心配かけないように、と誰にも言わない優一に気付くことができる年上組に焦る。自分は自分のことで精一杯なのに、と青木はぼんやりと外を眺めた。 しばらくしてマンションに着くが、伊藤がまだ降りるな、と言って何処かへ行ってしまった。車で待機している間に、なかなか起きない優一を起こす。 「ユウ、着いたよ?」 「んー…。まこちゃん…俺、もぉ疲れたぁ」 目を閉じたまま、初めて聞く甘えた声に驚く。 (マコちゃんにはいつもこんな感じなの?) 言い表わせない感情で思考が止まる。反応がないことで優一はうっすらと目を開いた。 「あ…青木…。着いてたんだ…。ん〜よく寝た!起こしてくれてありがとう!」 青木と認識した瞬間にいつも青木に見せるように元気な声でパチリと覚醒した。降りようとする優一を制止し待機することを伝えると一瞬眉が下がって、そっか、と大人しく座った。 スモーク加工された窓から見ると伊藤さんが何人かの女性と話していた。 「またあの子か…。」 優一の静かな声に優一を見ると、苦笑いしている。綺麗な子だが伊藤に食ってかかるように話している。 「あの子、知り合い?」 「ううん…。アンチファン?て言うのかな。俺のこと嫌いみたい。」 そう言って興味なさげに窓を見つめている。 「あの子がよく来るの?」 「あの子以外も多いよ〜。ただあの子は俺のファンの子にも悪絡みするから…さすがに伊藤さんに注意してもらってる。けど、それが逆効果だったかなぁ。マネージャーに覚えられたって、SNSではファンの中でリーダー格になっちゃったみたい。」 また苦笑いして何でもないように話す優一にざわざわする気持ちが募る。無理してるのが少し見えた。 「まこちゃんはさ、自分のファンのためだけに頑張ろうって言ってくれるから、モチベーションが落ちることはないけど…。たまにしんどいなぁって思っちゃうよね。俺も人間だから。」 今日は一段と疲れているのか先ほどの空元気はなく、遠い目をして淡々と話す優一に、青木は弱みを見せてくれたことに嬉しさを感じていた。 「男なら、正々堂々勝負とかできるけど、年下の女の子にはそうはいかないでしょ?難しいよね。どうしたら彼女たちを満足させてあげられるのかな」 完全にお手上げ状態の中でも、嫌がらせをしてくる子たちの満足を模索しているようだ。青木なら出禁にしてもらって終わりだが、優一にはその考えはないみたいだ。 せっかく弱みを見せてくれたのに何も言えないまま伊藤さんが戻ってきて、優一もいつもの調子に戻ってしまった。 「伊藤さん、いつもごめんね」 「ユウが謝ることじゃないよ。本当あの子は厄介だ。今日は録音してやがった。データは抜いたけど。」 「彼女の目的はなんですか?」 青木の質問に二人が固まった。しまった、と思った青木だったがもう遅い。伊藤はさぁな、と去って行ったが車から降りて優一は言った。 「俺がRINGから抜けてほしいんだって」 無言のままエレベーターに乗って、青木は1人部屋に戻って崩れ落ちた。 あんなことを言わせたかった訳じゃない、でも、言葉が出てこなかった。優一が青木を頼らない理由を身をもって実感し、玄関で座り込んで頭を抱えた。 どれくらいそうしていたのか、やっぱり考えたことは、自分の無神経さを謝りたい、大丈夫だよと抱きしめたい、守ってあげたい、頼ってほしい、ということだった。 優一は青木を必要としていないかもしれない、でも、いつも守られてばかり、助けられてばかりではダメだ。今度は自分が、と意気込んで隣の部屋のチャイムを鳴らした。 『はぁい。』 応答したのは仕事のはずの誠だった。不思議に思ったが青木は優一に会いたいから開けてと伝えたが、返ってきたのは意外な言葉だった。 『あ〜…。青木、今は優くん疲れてるみたい。後で声かけるから…お前も少し休んでてな。』 青木は大人しく引き下がって部屋に戻るもリビングで固まった。 (ユウに拒否…された?なんで?マコちゃんはなんで部屋にいるの?仕事終わってすぐに向かったってこと?疲れてるならマコちゃんも出たらいいのに) 分からないことが多すぎて頭が追いつかない。優一が誠に連絡をとったのだろうか。近くにいる伊藤や青木ではなく、誠を選んだということなのか。あの2人は誰も入れない距離感や空気感がある。あの空気が不思議だった。幼馴染とはいえ、まるで恋人みたいな…。 (恋人…?男同士で何考えてんだ俺) ふと車での優一の甘えた声を思い出す。今思えば恋人同士のそれだと思えなくもない。大河の件や誠の事件もあって、男同士が少なくないことも加味すると。 (まさか、あの2人が?) 誠の一件で優一のマジギレを見たが、恋人に手を出されたから?とか考えが止まらない。 「なんだよ…それ。」 そうだとして、なんでこんなに心が荒れてしまうのかが分からない。大河もなぜ青木に優一を頼んだのか?誠の方が適任なはず。 カチャン ドアが開く音がして振り向くと、電気つけなよ〜とのんびりと話しながらリビングの電気をつける誠だ。 「ただいまぁ〜」 「おかえり…あの」 「優くん?今日は調子悪かったみたい。青木にも申し訳ないって言ってたよ。今は落ち着いてお風呂入ってる。後でこっちに行くって言ってたからその間に俺らも寝る準備しよ〜」 いつもの誠の話し方なのに青木はイライラを抑えられなかった。この誠の余裕に、嫉妬の塊が抱えきれないほど大きくなった。 (なんでマコちゃんじゃなきゃダメなの) 「調子悪いのにマコちゃんは部屋に行ったの?」 「うん。しばらくそばにいたよ。」 「なんで?」 「…え?なんでって」 「マコちゃん、こういうの気を遣うのにどうして部屋にいたの?俺にはそっとしといて、みたいなこと言ってさ。」 「あぁ…。部屋に入れなかったのは悪かったよ。でも優くんの気持ちを尊重して」 「ユウの気持ちってなんなんだよ!!」 机を思いっきり殴る。驚いている誠に余計に腹が立ってきた。 「俺には頼れないって?たしかにデリカシーないこと聞いちゃったし、何にも言えないけど!でも!」 「青木!落ち着いてよ!どうしたんだよ?誰もそんなこと言ってないだろ?」 「そばにいたのに、頼ったのはマコちゃんだった!」 「それは…ほら、幼馴染でもあるし…」 「付き合ってるし?」 「はっ!?」 「メンバー同士だし男同士なのに!気持ち悪いよ!付き合ってるならそりゃカレシを頼るよね!?俺なんか邪魔だよね!?」 興奮した青木は大声で喚いた。青木自身、もう何を叫んでるのか分からなかった。知らない胸の痛みを分かって欲しくて目の前の誠にぶつけた。 「男同士の何が悪いの?」 静かな、静かな声で誠が呟いた。 「だって普通じゃない!」 「普通じゃないとダメなのか?誰が決めた普通なの?」 「そんなの…」 「当たり前?常識?そんなの分かってる。そんなの越えてしまうくらい好きな人がいて何が悪い。」 真顔の誠に青木は血の気が引いた。外されない目線に冷や汗をかく。 「人の気持ちに他人の許可が必要なのか?同性は犯罪か?人を愛することに変わりないのに。お前がどう思おうと勝手だし、俺も否定しない。ただ…俺の、俺たちの気持ちをそんな風にわざわざ指摘して、否定して、蔑むような言い方はやめて欲しい。」 気持ち悪い思いさせてごめんな、と悲しそうに笑った誠が、青木の後ろを見てはっとしたように目を見開いた。 青木も後ろを振り向くとこの世の終わりみたいな顔をして瞬きもしないまま涙を流していた。 「優くん?どうした!?」 「ユウ?!大丈夫?」 パシンッ 青木が優一の腕を掴もうとした手を払いのけた。誠も突然のことに立ち竦んでいる。 「気持ち悪いんだっけ…?はは…。そうだよな……俺気持ち悪いよな」 「優くん、誤解だよ!青木は俺のことを言っただけで優くんのことじゃないよ」 「青木、お前にこの苦しさが分かるか?ずっと隠して、押し込めて、誰にも迷惑かからないように…ずっとそばにいるために…」 「優くん…」 「他の誰かと付き合ってても、それでもっ…叶わなくてもいいって、そのぐらい人を好きになったことあるのかよ…?」 「……それってマコちゃんのこと?」 「青木!もうやめよっ!?優くんも落ち着いて!」 誠が間に入り優一の肩と青木の肩を掴み距離を離す。その手は振り払わなかったことに青木は感じたことのない怒りでいっぱいになった。 「マコちゃんのは振り払わないんだね?」 「青木の言う通り…。ずっとまこちゃんが好きだった。今はそばにいるだけでいいって思ってる」 「優くん…」 「は…っ、なに?フラれたの?マコちゃんふったのに思わせぶりなんてカワイソウ」 「青木…、もう黙って!」 「マコちゃんマコちゃんばっかりだから付き合ってヤりまくってるんだと思ってた。今日間違えて俺に甘えた声出してたしね。あー…もしかして俺はマコちゃんの代わり?フラれたんなら男なら誰でもよかったりして。」 「青木!いい加減にしろよ。イライラして…どうしたんだよ」 誠はこの場を収めようと必死だった。メンバー同士で傷付けるだけの会話なんて意味がない。それに、どっちも冷静じゃない。優一の不安定は仕方ないが青木が優一に食ってかかる意味が分からなかった。 「ヤりまくってる…?男ならだれでもいい…?青木の中での俺は、もうそんな所まで落ちてたんだな…。今…しか、気づかなかったや…。そうだね、それは本当に気持ち悪いと思われても仕方ないよな。気持ち悪い…俺は…誰とでもヤるような汚いやつ…」 「そんなことないって!!優くん!?優くん!?聞こえてる?!」 誠が優一の両肩を揺さぶって目線を合わせるが涙腺が壊れたように涙が流れ続ける目は、見てるはずなのに目線が合わない。こんなに涙を流すのを初めて見て、慌てて強く抱きしめるも抵抗も、いつも見たいに腕が腰に回ってくることもなく、されるがまま棒立ちだった。返事がないまま、優一が誠の腕をそっと外す。 「あ…そうだ、俺、やることあったの忘れてた…。騒がせて、ごめん。そしていろいろと、ごめん…今までも、ごめん。部屋戻る。おやすみ」 目が合わないまま、流れる涙はそのままに優一は部屋を去った。その瞬間張り詰めた糸が切れ、青木が崩れ落ちる。 「お前…どうしたんだよ、本当に」 傷付けられたはずの誠だが、目線を合わせ、青木の頭を撫でながら心配している。こんな時でも優しい誠に敵わないと涙で溢れた。青木は誠の腕の中でわんわん泣いた。誠は優一も気になるようだったがひたすらそばにいてくれた。 大河は稽古が明け方まで続いて朝日が昇っていた。ケータイをみると夕方頃に誠からの「頑張って」のメッセージの後、深夜に「優くんと青木がもめた。優くんが電話をとらなくて心配」と文があり慌てた。稽古現場からいつもとは違う人の運転で事務所に戻った時に、優一からのメッセージが来てすぐに開いた。 「大河さん、俺、やっぱりRINGにいない方がいいと思う。あの子の言う通りだった。」 「どういうことだよ!電話取れよユウ」 急いでかけた電話も繋がることはなかった。 優一は少しアンチファンの訴えを気にしているところがあった。 心配で何度も何度も電話をかけ続けているとふわりとタバコの香りがした。 「よぉ〜大河」 自分でも驚くほどにビクッと身体が強張る。この声はあの人の。 「こんな時間まで稽古か?ご苦労だな。そんなビビるなよ…。もう、手は出さないさ」 「お…お疲れ様です…」 タカは事務所の喫煙所から出てきたようでケータイを握っている。 「ちょっと聞きたいことがあるんだが…ネコちゃん何かあったのか?」 「ネコ…?」 「あぁ…お前んとこの優一。今日の打ち合わせは来れないと今連絡があった。あいつのスケジュールに全員合わせてる。そんなドタキャンするようなヤツじゃないと思ったんだが」 いつも優一を茶化している様子だったが、今は昔の尊敬してたころのような真面目な態度だ。それほど優一のドタキャンをタカも深刻に事態を考えているようだ。大河が分からない、と首を振るとケータイで電話をかけはじめた。 「…おい、どういうことだ?お前プロデュースなめてんのか?」 大河でさえも聞いたことないタカの低い声音と強めの口調、そして、すぐに優一が電話にでたことに驚いていた。 「聞いてるのか?来れないってどうゆうことだ?サナも準備してるはずだ。中途半端な覚悟で人の人生預かってんのか?」 プロデューサーとしての厳しい言葉が、先ほどのメッセージを送った今の優一にはきついんじゃないかと内心ハラハラする。 「…もういい。来れないなら迎えに行く。ちょうど大河も送るしな」 チラリと横目で見るタカと目が合い、ビクッと身体が跳ねた。 「えっ!?いや、いいです!大丈夫です!」 「いいな?準備してろよ?事務所から近いって言ってたよな?10分で向かう。連絡したらすぐに降りて来い。待たせたら許さないからな。」 電話を切ると、おいで、と廊下を先に歩く。大河は慌てて拒否をするも振り返った顔に黙る。それは、眉を下げ、心配で仕方がないという、初めて見る顔だった。 「あいつ…泣いてたぞ。行けません、すみませんしか言わない。家の場所教えてくれ。今回だけだ、頼む」 「…わかりました。」 大きな車はタバコの匂いで充満していたが、大河はマスクをして恐る恐る後部座席に乗った。心臓の音がうるさく、震える手をぎゅっと握りしめた。バックミラーでその様子を見てタカは申し訳なさそうに口を開いた。 「大河、俺が怖いよな。…あの時の事、本当に悪かった。」 「……」 「今更…って思うよな。俺も呆れるよ。…あの時、お前に心底惚れていた。今思うと恥ずかしいくらいに夢中だったよ」 自嘲気味に語り出す声にさらに心臓の音が大きくなる。 「あの時の俺は、お前の周りに誰もいなくなればお前に見てもらえると、本当にそう思っていたんだ。お前が他と話し出して、捕まえなきゃって焦ってた…。本当に申し訳ない。」 初めて明かされる気持ちと、謝罪。あの事件の前に伝えてくれていたら未来は変わっていたのかもしれない。 「…俺は、今も…この瞬間も怖いです」 「そうか、そうだよな」 「本当に、尊敬していました」 「うん、そうだったな」 「俺には、本当にあなたしかいませんでした」 「…そうだったんだな」 「もう、俺みたいな人を出さないでください」 「分かってる」 「じゃあユウにはもう…」 「だから、優一は絶対に大切にする。」 え?と大河は目を見開いた。 「優一には同じ過ちは犯さない。本気なんだ。」 マンションの前に車が停まる。あまりの衝撃に大河は降りることを忘れてタカを凝視する。 「あいつを泣かせたのは…たぶん青木だろ?優一が気に入ってるようだったから様子を見ていたが…泣かせるのならこっちから奪う。大河、説得力ないのは分かってるが、信じてくれ。俺は優一を大切にする」 大河も気付いていた優一が青木に惹かれていること、そして青木も無自覚に優一を探していることを。2人ははたから見ればどう見ても両思い。それなのに一体何があったのか。 コンコンと外から窓が叩かれる。 キャップを深く被り、マスクをした優一が荷物を抱えている。 「大河、お疲れさん。また番組で。」 降りろと言われてるセリフに慌ててバッグをもってドアをあける。 「ユウっ!」 「大河さん…心配かけるようなメッセージしてごめんね。俺変わるから。」 目元しか見えなかったが、まだ涙の膜が張って瞬きで溢れそうだ。瞳はなにも写してはいない感じだった。 遠くなる車を見送っても呆然と立ちすくむ。何が起こってるのか分からない。疲れと眠さのイライラで青木の部屋に乗り込んだ。 「おいコラぁ!!青木起きろ!!」 大河の声量を最大限にした怒鳴り声にレイと誠と青木が飛び起きてリビングに出てきた。 「ユウがたった今、出てったぞ!!どういうことだ!お前!!守るどころか何やってんだ!!」 その言葉に青木と誠が真っ青になった。 眠そうなレイは何のことか分からないまま、ダイニングテーブルで双方の意見を聞いているが今にも瞼は閉じそうだ。 それに気を止めず大河は血走った目で青木の話を聞いていた。 「はぁ!?マコに嫉妬!?」 「マコちゃんとユウが好き同士だったって…初めは付き合ってるんだと思って、あの時は頭に血が上っていて…なんでか分からなかったんだ…」 「マコの彼氏はユウじゃなくて俺だ!」 「「えぇっ!?」」 「たっ、大河さんっ!」 レイは重かった瞼をぱっちり開き、青木も大きな口を開けていた。 誠は顔を真っ赤にして大河を制止するも青木に食ってかかる。 「どうだ気持ち悪いだろ?!こいつは俺のもんだ!ユウにも渡さねぇよ!」 「大河さんっやめてもう恥ずかしい」 「で?ヤリまくってんのがさらに気持ち悪いって?愛し合ってんのにヤることヤるだろ。男とか女とか、そんなレベルの話じゃないんだよ。」 「……ごめんなさい」 「別にさ、推奨してるわけでもないし、理解しろとも言わない。心無い言葉がどれほどの刃になるのかを表現者として人として改めろ。それに、お前だって男のユウが好きなくせに」 「……自覚なかったから」 「今頃自覚したって、お前が言った、男同士でメンバーで気持ち悪い、だったか?取り返しつかないぞ」 落ち込む青木をよそにレイは優一の行方が気になっていた。 大河は急にテンションが下がりながらも今朝の話をした。 「タカさんが、ユウを迎えに来てた…。ユウは大切にするって言ってた。」 「え…」 「ユウは俺に、変わるから、と言ってた。そうゆうことだったんだな…。ヤリまくってるとか言ったのが響いてんだな。青木、もう一度言う。やっと自覚したかもしれねぇけど、本当に取り返しのつかないことになるぞ」 「でも…どうしたら……」 「自業自得だろ。とにかくユウが戻れば俺はどっちでもいい。青木が傷付けたんだから自分で落とし前つけろよ。」 レイはまた眠気に襲われているようだ。 「優くん、はじめて涙を自分のために流してた。いつも人のためにだったり嬉し涙だったり…だけど今日は、自分の気持ちを守るために…」 誠の目が潤む。言い争いの時も冷静だった誠がこの日はじめて涙を流した。 「優くん…っ帰ってきて…っ」 嗚咽が始まると大河がゆっくり抱きしめる。見慣れた光景も青木とレイは意識して目をそらした。

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