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第14話 君のための歌
「まこちゃん!大丈夫ー!? 」
合流した優一は誠をみると胸に飛び込んだ。誠はまだグロッキー状態だったが優一を優しく受け止めた。
「優くん、ありがとう。だいぶ寝たから大丈夫だよ。」
「なんだか痩せた…やつれた感じ。」
「体内のものを全部吐き出したもん…苦しかったぁ」
「まこちゃんよく頑張ったー!」
感動の再会はまるでカップルみたいに2人の世界だ。誠も心を許してるから優一に甘えた。2人の世界のままバンに乗り、2人席に座ると誠は優一の膝枕で目を閉じた。 2人の世界に入れないのはいつもの事だが、大河まで入れないのをレイは心配した。
「大河、どうした眠い?」
「…いや?大丈夫」
いつも誠の隣だが大河は助手席に乗り込んだ。不思議に思っているとレイは青木と目が合うと青木も?でいっぱいだった。
レイはカナタからの情報をみんなに伝えた。優一が本郷代表に乗り込んでタカを奪還したこと。さらに今朝のニュースでは本郷代表が代表辞任を発表。そして誠が多少は復活し、優一も戻ってきた。
(大河のやつ、どうした?)
一番ほっとして喜びそうだが、思いつめた様子で、あの2人に絡みもしないのが心配だった。新しい会場についても誠は優一をずっとそばに置いてはなさなかった。
「優くん、どこいくの?」
「ケータリングだよ、お腹すいちゃった。まこちゃん食べれそう?」
「まだかも…でも一緒に行く」
「無理しないでよ?」
練習生のときよりも誠が優くん、優くん、とついていっている。いつも優一といる青木は必死で2人についていった。
「大河、何かあったな?」
楽屋に残った大河にレイは静かに声をかける。
「…距離をおこうって言われた」
「え!?」
「好きな人に乱暴した自分が許せない、きっと好きすぎて何も見えなくなったんだって。見境なくなる俺よりも、落ち着いた大人の、タカさんがいいんじゃない?…今は、俺がこんな状態だから、そばにいるって言ってくれるけど、本当は怖いんじゃないかな…俺のこと。って」
大河さんを傷つけておいて、こんなこと言うのもおかしいけど、俺は好きな人しか見えなくなっちゃうから、距離をおいて冷静に大河さんのこと考えたい。だから、大河さんも自分の本当の気持ち、確認して?
大河の大きな目からパタパタと涙が溢れる。レイはそっと抱きしめた。
「俺が、マコが辛い時に、よそ見してたからっ、マコはきつい中でも、俺を見て、くれてたのに!」
たしかに一瞬よそ見していた。だが過去の自分を精査しなきゃ大河は進めなかったのだ。しかし、大河しか見てない誠は、一瞬の大河のよそ見を見逃さなかった。そしてその原因は薬に負けた自分だと結論付けたのだ。
「病院から出る前に、言われたから、整理できてなくて。話を、したくても、マコはユウにべったりだし、どうしたらいいか分からない。」
「青木やユウにも話を聞いてみよう。だけど…お前の気持ちはどうなんだ?」
「俺はマコといたい…マコが好き」
「OK!じゃあクヨクヨせずに、また距離を縮めたくなるくらい魅力を見せろ!な!?元はといえらマコからの一目惚れだろ?恋愛なんか冷静になれっこないって教えてやれ」
レイは大河の頭をぐしゃぐしゃにし、よしっと部屋を出ていった。廊下に行くときゃっきゃとはしゃぐ年下組。だが誠は目が笑ってなく、ぼんやりと遠くを眺めていた。
「マコ、吐きそうならトイレいけよ?ケータリングにぶちまけられたら困るからな!」
「わ、バレた?優くんごめん、トイレ行ってくる」
「あ!待って、マコちゃん俺も行く!」
誠の後を青木が追っていった。
「…レイさん、大河さんは大丈夫?」
「話聞いたのか?」
「うん。距離おくってさっきまこちゃんから聞いた。なんで?って聞いても俺が悪い、大河さんを傷つけた、大河さんは俺を見てない、きっと他にいきたいけど俺に気を遣ってるって」
「そっか…」
「他ってなに?誰のこと?」
レイは言うか迷った。その他が、優一の現恋人だからだ。
「タカさん?」
「え?」
「大河さん、タカさんが好きなの?今も?」
相変わらず鋭い優一にレイは腹を括って話した。 誠が苦しむ中、過去の気持ちを混在させた大河。抱かれていても過去のタカさんがよぎっていたこと、無意識だった大河はレイに言われて初めて気付いて泣いたこと。
「ふーん。」
「もちろん、過去は精査できてる。今はマコだけだと言ってる」
「でも、それじゃあまこちゃんの気持ちは?俺でも距離置くかも。あれは、過去のことでした、今はやっぱりまこちゃんが好きだよ、なんて納得いくかな?」
「……。」
「だって、考えてみてよ。1番苦しくて辛くて支えてほしい時に見てくれない、しかも前好きだった人で頭がいっぱいって…恋人としてどうなの?それにあの薬も知らなかったとはいえ、大河さんの代わりに飲んだんでしょ?それなのに…まこちゃん不安になるのも当然だよ」
優一の言葉にぐうの音もでなかった。誠も優一もブレないくらいに相手を思っているからこそ、フラフラしている大河の行動は完全にアウトだった。
「…レイさん。これは2人の問題だから、入らない方がいいよ。大河さんが自分で解決しなきゃ、まこちゃんは戻らない。一途な分、まこちゃんだってかなり傷ついてるって、大河さんもまこちゃんに甘えていないでこれは自分で分からなきゃいけない」
優一の目は2人に介入するなと、強く注意してきたので黙って頷いた。
「ま、俺も大河さんから相談してくるなら相談に乗るけどね!早く仲直りしてほしいもん!でも、見守っていこうね!」
さっきの表情とはちがい可愛い笑顔で唐揚げを食べ始めたのに苦笑して、レイは食欲がないだろう大河の分も取り始めた。
翌日の新しい会場でのリハーサルは本当にいつも通りに終了した。大河も誠もそこはプロだったが、大河の方はそこに集中して現実から逃げてるとわかるくらい飛ばしていた。
「大河、はい、水飲め」
「ありがとう。」
「飛ばしすぎだ。明日声枯れないか?」
「分からない、でもなんとかする」
大河の目線の先にはバテて体力が無くなって横になる誠。昨日はずっと優一がついていたが、今日はやっと1人になった誠のそばに行きたそうにするが、動けない大河にしびれを切らし、レイは背中を押した。
「これ、渡してこい」
開いてないペットボトルを渡すとぎこちなく受け取り誠のもとへ向った。
「マコ、水飲んで」
「…。ありがとう。いただきます。」
「マコ、ちゃんと話しがしたい。」
「…。ライブの後でいい?ライブ前に聞く自信ないや」
眉を下げて苦笑いする誠に自然と触れようとするも誠に避けられた。
「大河さんって流されすぎ」
悲しそうに笑って誠は立ち上がり、ありがとね、と言ってセットの裏に消えた。
(拒否された…)
大河はどうしていいか分からないまた立ち竦んだ。心臓の音だけが強く響いた。
「お疲れ〜」
「レイさん、お疲れさまです」
薄暗い階段にうなだれている誠を見つけレイは声をかけた。誠の手に先ほどのペットボトル。渡せたのかとほっとするも飲んだ様子はなく、誠の表情は険しかった。 隣に腰掛けると大きなため息のあと弱々しい声が聞こえた。
「レイさん…俺もうぐちゃぐちゃ」
「んー?」
「考えすぎて頭おかしくなりそう」
「どうした」
「分からない。ずっとモヤモヤしたりイライラしたり、ざわざわしたり、もう疲れた…」
「…そうか」
「いま、全部が負担なんだ。体調が戻らないのもあるけど…歌うのも踊るのも話すのも考えるのも食べるのも寝るのも…全部しんどいよ…」
誠の顔色は本当に悪かった。まだ副作用があるのかもしれないし、その中で本来は気持ちを安定させるはずの恋人が誠を悩ませる。誠は今、いつもみたいに人を気遣う余裕もなくなっていた。
「お前は気を遣ってばっかりだからな…。みんなにもっと甘えろ、辛い時は辛いって言って休めばいい。」
「でも」
「大丈夫。周りはお前が頼ってくれるのを待ってるんだぞ」
誠は目を見開いて少し考えたあと、レイにもたれた。少し眠たいと目を閉じるのを頭を撫でて寝かした。
「あー!レイさ…」
「しー!!静かにしろ!うるさいぞ青木!」
「あ!…ごめん。でもレイさんの方がうるさいよ…。大河さんが探してるんだ。今はユウが大河さんのそばにいる。」
「お前が相手しとけ」
「無理だよ!あんなに泣いてるのみたことないもん」
どうしたらいいか分からないよ、と心細そうにいう青木の声を聞いて、誠がピクッと反応するも動かないようにレイは抑えた。
「大河は大丈夫だろ。ほっといたら泣き止むさ。そばでユウと遊んでろ。」
起き上がろうとする誠をやっぱり押さえつけ、納得いかない雰囲気の青木が見えなくなってから力を緩めた。
「おはよう、眠れたか?」
「レイさん、どうして大河さんのところに行かないの?」
「お前が言うか?それ」
誠はたぶん、泣いている大河が気になって仕方がないのだ。 大河のことはレイがよく分かっていて慰めてくれるはずだ、となんだかんだ気になっているのだ。
「…。」
「気になるなら行って、抱きしめてこいよ。大丈夫だよって言ってあげろよ」
「……。今の俺は…行けない。」
「なんでだ?」
「知らないよ!もう分からないんだ!!どうしたらいいの!?俺今までも、重いって言われて、フラれてきて…っ、自分では普通に愛してるだけなのにっ!」
「ま、マコ…?落ち着け。何の話だ?」
「どんなに愛しても、みんな俺から逃げていくっ!!いなくなってくんだ!!大切にしてるつもりなのに…どんなことも相手に合わせて我慢してるのに!!みんな他の人のところに行く!誰も俺なんか見てくれない!!俺なんか愛してくれないっっ!!」
「マコ…」
「俺はただ、好きな人に愛されたいだけなのに…たったそれだけなのに…。大河さんも、俺を見てなかった…あの目がとっても怖かった…振り向かせなきゃ、繋ぎ止めなきゃって焦って…気がついたら理性がとんでて、ひどく…傷つけた。大好きな人なのに…。本当に俺って、なんでこんなダメなやつなんだろ…」
誠はまたポスンと体を預けた。ただその表情にレイはゾッとした。全ての力を抜いた感情のない人形みたいだった。
「もう…いいや。全部。もう全部いらない」
「レイさん、代わって。俺がまこちゃんのそばにいる。」
突然声がしていつからいたのか優一がそこにいた。優一の目はすわっていた。レイはその目に慌てて優一に誠を預けた。
「まこちゃん」
「優くん、俺やっぱダメだ」
「まこちゃんは愛されたいだけなのにね」
「俺なんか…誰にも好きになってもらえない」
優一は昔よく聞いた誠の自信のないセリフに悔しそうに抱きしめた。レイは棒立ちでその様子を見ていた。
「誰だろ、こんなに傷つける人」
「ちがう、っおれ、が、わるいっ、から」
「あ、レイさん、大河さんよろしくね?」
有無を言わせない優一にレイは急いで大河のもとに行った。楽屋に入ると青木がわたわたして、レイをみた瞬間ほっとしていた。
「大河、どうした」
「もう…無理かも」
すぐに諦める大河に、先ほど誠の叫びを聞いたレイは一瞬で頭に血が上った。
「何もしてないくせに諦めんなよ!」
大河も青木もビクッと身体を揺らした。
「お前は、マコがどれほど愛情をもって接してたか分かるか?それに甘えてばっかりだったんじゃないか?今、体調も精神状態も不安定なときに、支えてやりたいと思わないのか?!大河が泣いてると聞いて、こんな状態でも向かおうとしてたんだぞ!…お前も傷ついたのは確かだ…だけど、あいつだってもっともっと後悔して傷ついて苦しんでる。さっきは、全てを諦めようとさえしていた…。なのにお前は、いつも自分のことばっかりだな!」
「…っ」
「好きな人を失ってもいいのか?今、お前が動かないと本当に終わるぞ」
「でも…っ、さっき拒否された…」
「だからって諦めるのか?男ならメソメソしてないで真っ正面からぶつかってこい!」
「大河さん!頑張って!俺も応援してる!」
「でもっ…怖いっ!」
「大河さん、大丈夫。今のマコちゃんを救えるのは大河さんだけなんだから。」
「っ!」
青木の言葉に大河がはっとした様子でピタリと止まった。その後レイを見ると深く頷いている。二人に背中を押されて誠の居場所を言われ、勇気を出して部屋を出る。
「あ、今のユウめっちゃ怖いと思うけど、ちゃんと大河さんの気持ちを話せばわかると思うから」
青木が苦笑しながらも教えてくれた。
階段付近に行くと優一が誠の背をさすっていた。大河に気付くと見たことない目で大河をみた。
(優一…?)
「なんか用?」
「っ!」
「何もないなら戻ってていいよ?こっちは大丈夫だから」
「ユウ、俺、マコと、話しがしたい」
分かりやすく誠の肩が揺れた。優一はやっぱり色のない目で大河を射抜く。
「大河さん、また、まこちゃんを傷つけにきたの?これ以上やめてくんない?こんなボロボロなの久しぶりに見たんだけど」
「ごめん…」
「ねえ?大河さんはさぁ、こんなに愛されてるのにまだ足りないの?意外に貪欲?それとも好き好きされたいだけ?もともと弄んでた?」
「そんなんじゃない!」
「じゃあなんでここに来て今更タカさんなの?」
大河と誠の肩が揺れた。優一の表情は変わらないまま大河から目を離さない。
「目の前に自分の好きな人がいるのに?」
誠は拳を握り大きく震えている。聞きたくないという拒否反応だ。
「大河さんにとって大切だった過去、恋人が苦しんで助けを求めてる今、優先はどっちだったの?それとも、まだタカさんが好き?」
「そんなこと」
「相手が大河さんでも渡さないよ。タカさんは俺のだから。」
「ちがう!俺は、マコが、好きだ」
声を絞り出すような声で大河は伝えた。優一の真っ直ぐさが大河を素直にさせた。 誠の震えは止まらない。 大河は息を深く吐いたあと、ゆっくりと話し出した。
「マコ?不安にさせたこと、傷つけたこと、本当にごめん。何も言い訳はしない。俺の弱さからお前に大きな傷を作ってしまった…。でも、こんな俺だけどっ、」
大河の目が思いっきり潤みはじめるが、情に訴えたいわけじゃない、と、大河はゴシゴシと目を擦り目を見開いて届きますようにと誠を見た。
「身勝手で傷つけて、我慢させてばっかりだけど、でも、身勝手な俺だから、マコじゃなきゃダメで、俺はマコとずっと一緒にいたい!!」
誠の肩が揺れるくらい息をしてパタパタと雫が溢れる。
「マコ。もう信じてもらえないかもしれないけど、俺はマコが好きだ。もう一回、俺にチャンスをくれないか?マコだけを愛していく。俺の隣にいてほしい。わがままでごめん!でも、こんなに失いたくないって思った人は初めてだから…もう、言ってることめちゃくちゃかもだけど!俺はマコを愛してる!!!」
静かな空間に誠のすすり泣きの音だけが響く。
「…まこちゃん、ほら、大河さんに何て言うの?泣いてちゃ伝わらないよ」
優一の顔はいつもの優しさで溢れていた。
「っ、ぅ、っく、おれ、」
「がんばれ、まこちゃん」
「たいが、さん、が、すきっ」
「うんうん」
「だから、ほんと、に、こわかった、おれを、みてないことが、こわくて」
「…」
優一はずっと誠の背中を撫でて言葉をゆっくり待っている。大河は自分のよそ見がこんなにも傷つけたことに心がひどく痛んだ。恐る恐る誠が顔をあげて大河をみた。
「たいが、さん」
「なんだ、マコ?」
誠が怯えないように、気持ちが伝わるように大河は優しくこたえた。
「おれだけ、みてく、れる?」
「もちろんだ!ごめん!マコごめんなぁ!!」
大河はいてもたってもいられず誠にかけよって抱きしめた。
「おれのこと、こわくない?」
「怖くない、愛する人を怖いわけないだろ?」
「〜〜〜っ、ふぅ、っ、ぐす、」
「ごめんな。マコ、俺にはお前だけだから」
「っうん!おれっ、本当に、たいがさんが、大好き、好きすぎて、怖いくらいっ」
「大丈夫、マコの気持ち受け止めるから」
誠は大河さんを、恐る恐る包みこむ。 その向こうで優一がとろけるような笑顔で笑っている。
「まこちゃん良かったねぇ」
「優くん…ありがとうっ、いつも、ごめんね」
「大河さん」
「?」
「次、まこちゃん泣かしたら俺、大河さんでも関係なく殺すからね?」
「…もう泣かせないよ。ユウもありがとな」
「いーえっ!仲直りしてよかったぁ〜!青木、レイさーん、仲直りしたよー!」
優一の明るい声にひょっこりと2人が笑顔で出てきた。レイはニカッと笑いながら2人の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「2人とも世話やけるなぁ!中学生かよ?」
「マコちゃん、落ち着いたらとりあえず寝ないと!体調良くならないよっ!」
「大河さんってば、もぉ〜泣きすぎ〜!」
メンバーの声かけで2人は泣きながらも笑った。
大きな歓声の中バタバタと走り回る。優一と青木のステージの間、誠は着替えが終わるとドカっと椅子に腰掛けた。体調は絶不調のようだったがステージでは一瞬もその姿を見せていない。 レイはうちわで誠を仰ぎながら頑張れ〜と言い続けるとニコリと笑ってくれた。
「マコ、今日俺がメロディーいこうか?」
「大丈夫だよ、いつも通りにやらないとダンスが分からなくなりそう」
大きい歓声が終わって暗転すると誠のスイッチが入った。プロだな、と思い2人でステージに立った。
途中まではいつも通りだったが間奏あたりで近づいてダンスをしている時、誠の目がどこも写してないように見えてレイは様子をみた。2番のAメロは誠のパートだが邪魔しない程度にレイも支える。サビの向かい合って踊る振り付けで、フッと誠の力が抜けてレイがとっさに両手首を掴んで支えた。そういう演出と思ったのか会場から驚くほどの歓声が上がる。誠も眩暈がしたのか顔を伏せて目を閉じるのが演出にも見えなくもない。それを逆手に取ろうとレイは誠を支えながら艶っぽく見せた。 途中誠が復活して、目でありがとう、もう大丈夫、と合図するが、今日はそんな気分ってことにしたいレイは最後まで思いっきり妖艶に絡んだ。
「レイさん!なにあれー!?」
「公開BL?俺ドキドキしちゃったぁ!」
ラッパーコンビが着替え後にきゃっきゃと騒ぐも、顔色の悪い誠を見て慌てて支えた。
「大丈夫?!マコちゃん!座って!」
「えへへ、大丈夫ー!レイさんありがとう〜本当に助かった!」
誠はバテ気味だがにっこりと笑った。そしてモニターに映る恋人を見るとまだ曲が始まらないことにスタッフや客、そしてメンバーがざわついた。
(大河のやつ、どうした?)
「皆さん、自分の気持ちって素直に伝えられてますか?」
ふだん、曲以外ではMCでもあまり話さない大河が、ギターの音を適当に鳴らしながら話しはじめ、気を利かせたスタッフがスポットも少し明るく照らした。
「素直な人も、そうじゃない人もいると思う。だけど、思ってるだけじゃやっぱ伝わらなくて、分かってよ、って思うこともあるけどやっぱりさ、言わなきゃ分からなくて…」
「大河さん…」
誠をはじめメンバーもモニターに釘付けになる。
「だから、人間には言葉があると思うんだ。そして歌も言葉だと思うから…。もし、やっぱり言葉にすることが難しいなら、この歌でも歌って、この歌を通して伝わったらいいなぁって思うよ。」
「皆んなの好きな人に、届きますように」
そこからいつもの曲が始まったが、いつもの雰囲気ではなかった。前は恥ずかしさがみえてはにかんでいた大河が、感情を全部乗せて歌っている。 カメラ越しに表情も笑ったり、切なかったりとコロコロとかえる。それは、誠が見てると分かっているから。 誠とレイはスタンバイです、と声をかけられるも動けなかった。今までで1番の出来栄えだった。歌い終わったあと、ギターをおろして頭をさげた。その後、マイクの入っていない口パクでカメラに向かって、綺麗な笑顔で言った言葉に会場がこの日1番湧いた。
「届いた?」
裏にいるメンバーも全員が赤面した。スタッフに急かされるまま誠とレイはバタバタと準備をするも、誠はドキドキが止まらなかった。大河が裏に戻ってくると優一と青木が大興奮で騒いでいる。誠はドキドキしすぎて大河の顔を見れないが、近くにいることを意識してソワソワした。 だが大河は誠を通り過ぎてレイに噛み付いている。
「おい!レイ!なんだよあの演出!聞いてないぞ!」
「言ってないもーん」
「なんだその言い方!可愛くねーよ!艶めかしいステージにしやがって!やりにくかったんだからな!」
「あーごめんごめん!なんか気分がな」
どんな気分だよ!と言いながら次の衣装に着替えるのを誠は意識するも自分から声をかけることができない。
(なんだろ…おかしいな)
前の誠ならすぐに抱きついて、可愛い、すごくよかった、とかの感想がポンポン出てきていたはずなのに。
誠はギリギリまで袖で座ってろと言われ待機してるところに、大河さんが隣に立ってビクッと反応した。
「なんだよ…そのリアクション…」
「えっ!?いや、うん、なんでもない…」
ぎこちなくしか返せなくて誠の心臓がばくばくして汗が吹き出る。
「マコ?」
「は、はいっ!」
「お前に向けて歌ったよ」
(「届いた?」)
誠は顔が真っ赤になって手のひらで隠した。大河は笑いながら頭を撫でた。
「届いて、くれたかな?」
座っている誠に目線を合わせて見つめられると、誠は顔から火が出るくらい熱くなった。
「…しっかり、届きました」
「ん、良かった」
ニコっと笑ってスタンバイに行ってしまった。もっと言うことがあったんじゃないか、うまく言葉がでないなんて、と初めて恋したみたいにドキドキと高鳴る胸を抑えた。この歌が自分に向けて作ったのは、部屋に広げられた歌詞でなんとなく気付いていた。女の子目線のコンセプトと聞いて少し自惚れかとも思っていた。
(嬉しすぎて、どうしよう?)
口下手でプライドが高くて、感情の起伏が激しい気分屋で甘えん坊。そんな人が一生懸命に自分に歩み寄ろうと努力してくれている。それだけでもう十分だ。
(ありがとう、大河さん。ちゃんと伝わってるよ)
最後の曲のバラードで大河さんのハモリの時、目が合った誠は思いっきり大河を抱きしめた。 大きな歓声の中、いつも誠の好き好き攻撃を面倒くさそうにあしらっていた大河が笑顔で受け止めたことで会場から大歓声があがった。 青木の調べによると大反響で、ツアー中のライブの中でもこの講演は神回と呼ばれているらしい。
「大河のデレ期」
「レイマコもっと見たい」
「やっぱ大河とマコできてる?」
様々な書き込みに優一と青木はクスクス笑っている。そして目の前には付き合いたてか、というくらい初々しくぎこちないカップル。 誠は大河にいちいち顔を赤らめ、何か言おうとしては黙って下を向いた。大河は気付いているがマコのペースを待とうと、せっかちにならないようにしているのが分かる。
「あーもー!お前らもどかしいな!いつもみたいなやつでいいから!」
レイが見ていられなくて突っ込む。2人はきょとんとしてお互いを見て2人とも目を逸らした。
「レイさん、あの、いつもってどうだっけ?」
「あ?なんだ?新手の惚気か?!」
「ち、ちがうよ!もう、なんかわからない!!ちょっと散歩!」
「あ!マコちゃん、一人で出歩かないで!」
パニックになった誠は楽屋から逃げ、それを青木がおった。
「…なぁ、ユウ?マコってあんな感じだっけ?」
「いや?俺も初めてみる。いつも好きな人には好き好き〜ってやってるけどなぁ」
「「う〜ん」」
「たぶんさ、初めてちゃんとぶつかって、初めて思い合ってるんじゃないか?」
「「ほぉ」」
双子みたいなリアクションにレイは笑いながら言った。
「まぁ好きな人を目の前にした、ただの男の子になっただけだろ。今までは余裕があるフリとか人に合わせてたり、どこかで無意識に自分を守るための壁を作ってたんだろうが…今やそんな余裕ないくらいドキドキしてんじゃないの?」
よかったな、と笑うと、きょとんとして、そうなのか?と首を傾げる。大河は新発見の誠にも愛情であふれていた。この会場でのライブ中はずっと誠は照れたままで、遂には大河のソロを終始真っ赤になったまま見るようになっていた。
移動日になってバンに乗る時、以前のように大河が誠の隣に座ると誠が分かりやすく慌てた。 大河はそれを無視して、同じく以前のように誠の膝枕ですやすやと眠った。
「マコちゃん、まぁた顔真っ赤!」
「はぁー…もう、生殺し…。心臓がもたないよ。俺そろそろ大河さんに殺されそう。」
前の座席に乗る優一と青木が後ろを振り返って茶化してくる。
「めっちゃ気持ちよさそうに寝てる」
「マコちゃんも寝たら?ずっと眠れてないでしょ?」
「こんなっ…眠れるわけない!」
意識したまま腕で口元を覆い、窓の景色を眺めた。
「って言ってたのにねぇ」
「手繋いで寝てるし」
証拠に、と優一がケータイで写真を撮るも二人は深い眠りについていた。
車が動いてないような気がして大河は目を覚ますと、目の前に繋がれた手。誠の温かい手が指を絡めて繋がれている。 耳を澄ますと久しぶりに近くで聞く、誠の寝息。起こさないように顔を見ると熟睡しているようだった。バンには2人だけが残されてエアコンだけがつけられていた。
(みんな気を遣ってくれたのかな)
外を見ると久しぶりの見慣れたマンションの駐車場。車よりも部屋で寝たほうが休まると、大河は誠を起こした。
「マコ、マコ?着いたみたい」
「ん…どこ?」
「俺らの家。部屋行こう」
「嫌だ」
「ベッドで寝たほうがいいぞ」
「嫌だ。大河さんといたい。」
寝ぼけているのか少し前の甘えた誠だった。久しぶりに甘えられて嬉しさが込み上げる。
「マコ、降りて俺の部屋行こう?」
「うん」
目は半分くらいしか開いてないが大河に手を引かれて大人しく降りる。大河は運転席から鍵を引き抜いてエレベーターに乗った。誠はそうとう眠いのか立ったまま寝そうだった。
「あ、起きた…?あれ、まこちゃんも一緒?」
「うん、手を離さないんだ。俺の部屋で寝かすな」
「エッチする?するなら伊藤さんと隣行くけど」
「バカ!!しないし!疲れて立って寝るくらいだぞ!俺も疲れた…おやすみ」
「ははっ!おやすみー」
大河の部屋に行くと誠は大きく息を吸って顔が穏やかになった。手を放し目を閉じたまま上着やベルトを外してベッドに倒れこむと、左側をポンポンと叩いて何かを探してるようだった。
「んー…?…たいがさん…」
大河はその仕草に喉の奥で笑い、左側に身体を滑り込ませるとすぐにぎゅうと抱きしめられ、すぐに耳元で誠の寝息が聞こえた。
(マコ、こんな俺のそばにいてくれてありがとう)
大河も大きな目を閉じた。
「ん…ここ、は?」
誠は辺りを見渡して顔が熱くなる。
(大河さんの!部屋!?)
ガバッと布団を被ると大河の匂いでくらりとした。左側には真っ黒な髪。布団をかぶった勢いで大河まで布団に包まれ少しだけ大河の意識が浮上した。
「んぅ…まこ、」
「あ、ごめん、大河さん」
「くぅ…くぅ…」
(ね、寝言!?)
嬉しい寝言にドキドキしていると、背を向けていた大河が、寝返りをうってこっち側に向いた。安心したようにすやすやと寝る姿は、本来の年齢よりもだいぶ幼く見える。自然と笑みが溢れる誠は、大河からの言葉を思い出した。ステージでの圧倒的な歌唱力をもつカリスマ、可愛いさとかっこよさをもったこの人が、必死に愛を伝えてくれた。
(「俺はマコが好きだ!」)
(「お前に向けて歌ったよ」)
(「届いた?」)
ドクン
(あ、やばい。止まらない)
「ーーっ、んっ、ぁっ、っ、ぁ、まこっ」
「は、大河さん、すきっ、っ、可愛いっ」
「んっ、んっ、ぁっ、ぁあっ、っ、ンッ!」
「っ、は、っ、ここ?」
「ンんッ!ぁっ、ぁあっ!んぅ!マコっ!」
「うん、ここに、いるよ、っ、っ、くぅっ」
「っあっ、ぁあっ!ッ!あああ!!ゃ、」
ガタッ、ギィ、ギィ 、ギィ、ギシッ…
「んもー!!しないっていったのにー!!」
「ユウ、隣行こっか」
「安眠妨害!」
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