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第18話 プロ意識

来年夏に事務所主催の大きなコンサートが発表された。その告知も含めて、女性アイドル発掘のため、インターネット放送でのオーディション番組が企画された。メインプロデューサーにはブルーウェーブのタカ。サブにRINGのユウ、歌唱審査員にカナタ、ダンス審査員に78の楓、ビジュアル審査員に翔、ゲスト審査員にサナが集められた。 「いいか、みんな。これは事務所のこれからの発展の鍵となるプロジェクトだ。本当に輝ける可能性がある子を選んで欲しい。」 本郷社長は番組プロデューサーと共に語った。番組プロデューサーは若手でありながら新しい事を始める金井マツリ。マツリはフレームのないメガネをクイっとあげ、ニコリと笑った。 「皆さんには視聴率と今後のファン獲得のため、本気で取り組んでいただきたいんです。同情とか、ドラマだとかはこちらで上手いことやるんで、デビューさせるに値するか、それだけ考えてください」 はーい、とのんびりとタカが答える。サナは大物揃いのこの空間に恐縮し、優一の隣でおどおどしていた。 「つーか、このサナちゃんは経験浅いのに審査員なわけ?ちょっと酷じゃない?」 撮影後なのか少しメイクされた綺麗な顔で、同情したように翔が声をあげた。その声にもっとサナは縮こまり、すみません、と呟いた。 「サナは、この事務所の女性アーティストの先駆けだ。どうやってデビューしたのか、サナはこれから闘う子達のメンタル面をサポートしてほしい。そしてそれを発掘してくれた優一の感覚にも期待している。」 社長の言葉にサナと優一は気が引き締まったが翔はサナがいることに納得いかないようだった。 「デビューシングルの音源は決まっている。そしてエントリーの段階で、ダンスと歌をマスターしていることが条件だ。」 タカが社長や番組プロデューサーと話し合って作った曲だ。振り付けは楓が作っている。 「楓がこんな可愛い振り付けができるなんて驚いたよ。」 動画をみんなで観ると楓は恥ずかしそうにそっぽを向いた。優一は誠の件で楓が大嫌いだったが、その振り付けはとても可愛いものに仕上がっていた。 「わぁ!楓さん!これすっごいいいですね!」 「…どうも」 「でも楓さんが踊るとなんか面白い…。これ、俺とユウとサナちゃんでやった方が良くない?」 翔の提案にサナがビクッと跳ね、わたしダンスは…と遠慮するとまた翔が噛み付く。今にも泣き出しそうなサナを優一がかばい、結局サナをセンターに三人で踊ることになった。 「ユウさん、私ダンスなんかしたことありません!翔さんにも嫌われてるみたいだし…自信がないです…」 打ち合わせが終わると事務所ロビーにサナを誘った。温かいココアを二つ買ってサナに一つ渡すと泣きそうな顔で受け取り、下を向いた。 「大丈夫だよ。ダンスはやっぱり女の子がセンターになった方がイメージつきやすいと思うからやってみよ?」 「でも…」 「仮歌もサナの声で録ってたし、とても良かったよ。ダンスも頑張って、新しい後輩たちのために頑張ろ!」 まだ女性アーティストが少ない事務所では、なにかとサナは引っ張り出される。まだ専用のマネージャーもいないサナは声がかかるものは全て受け入れていた。頑張りすぎているサナに苦笑いしながら空いてるスタジオを確認して、少し動きを見ようと誘った。 「本当にできません!どうしよう!足のこと考えたら手が止まっちゃいます。」 「サナ、頭で踊るんじゃなくてまずは真似っこしてみて」 「でもどこを見たらいいのか…」 2人で大騒ぎしていると、楓が無言で入ってきた。 「どうだ、難しいか?」 「いえ!私が下手くそすぎて」 「一般的な意見が欲しいんだ、どこが特に分からない?」 「えっと…ここの、部分です」 音に合えば気持ちのいい振り付けだが音を聞くどころじゃないサナはパニックになっている。楓は笑ったりバカにしたりすることなく、ここは…と丁寧に教えていて優一は驚いた。 いつも馬鹿騒ぎしては人をからかい、目を話すとすぐに誠を狙う人、としか思っていなかった。よく見ると青木よりもダンスのスキルが高い。 「イメージは…あ、悪い、音源あるか?」 「え?…あ、あります。出しますね」 急に話しかけられ、優一は慌てて音源を出す。 「「うわぁ〜…」」 2人して感嘆の息がもれる。軽やかで中心はブレない。カウントを取りながら説明する余裕もある。 「わぁああ!楓さん!かっこいいです!」 「いや、サナちゃん、ちゃんと見てたか?1.2.3.4でこうだ。」 「はいっ!やってみます!」 サナは目をキラキラさせてやる気がでたようだ。その様子をニコニコみていると楓が視線を送っていた。 「あの…何か?」 「なに座ってんだ。お前は覚えたのか?」 「あ、すみません!まだです!」 1時間ほどみっちりレッスンを受け、優一は完璧にマスターしたが、サナはなんとか動画公開する部分までは人に見せられるまでに成長した。 「楓さん!ありがとうございます!」 「あーはいはい。」 「忙しいのにすみません。俺も習えてよかったです。」 「どーも」 素っ気なくスタジオを去っていった。サナは自信に満ち溢れていてダンス楽しいですっと興奮していた。 「楓、ありがとな」 「タカさんのお願いなんで。サナちゃん、結構上手でしたよ。」 「そっか。よかった。」 喫煙所でタカが楓に一本タバコを渡す。受け取りながら楓が腑に落ちない顔をしていた。 「タカさん…」 「ん?」 「RINGのユウってあれが通常ですか?」 「んー…まぁそうだな。いつもあんな感じよ」 「信じらんねぇ…二重人格かよ」 「…ああ!お前ブチ切れしか見てないのか!」 「笑わないでくださいよ。本当笑えないほどの圧なんですって。普通の状態がキャラ作ってるようにしか見えなくて調子狂います。」 クスクス笑うタカに楓は納得いかないように煙を吐き出した。 「俺にだって最初はめちゃくちゃ態度悪かったけどな。でもあいつは、良いことは良い、悪いことは悪い、ってだけなんだ。お前のこと、あまり好きじゃないようだが、ダンスは褒めてテンション上がってただろ?良くも悪くも真っ直ぐすぎるんだ。悪いことすれば例え、俺や大河にだって関係なく噛み付くからな。まだ不器用なところもあるから、フォロー頼むぞ」 タカにポンポンも肩を叩かれ、出て行こうとするタカを引き止める。 「タカさん、なんでタカさんはユウを選んだんですか?」 「選んだ、なんておこがましいな。選んでもらったんだよ。お前にもアドバイスしたように、時間をかけて一生懸命努力して、やっと振り向いてもらったのさ。…あと、理由?理由かぁ〜…運命?かな。簡単に言うと一目惚れよ」 「…で、付き合ってみて、どうなんですか?」 「もうあいつ無しじゃ生きてけねぇよ」 じゃあな〜と喫煙所を出て行くタカを見送って、聞いた言葉を反芻する。 (信じられねぇ…あいつがいないと生きていけない?天才のタカさんが?) 楓は肺いっぱいに煙を吸い込んだ。 「ユウ!マコは今日事務所来ないの?」 「翔くん、まこちゃんのことばっかり〜。俺は?俺だけじゃダメ?」 「ダメじゃなーい!んもー可愛い大好きー!」 まるで女子ノリの翔と優一は高校の先輩後輩、事務所では翔が先輩という逆の立場だが、もともと翔がファンだったこともありとても仲が良かった。このノリをカナタはニコニコと笑い、楓はげんなりした様子で視界に入れないようにしていた。 最初の打ち合わせから3カ月。エントリーが締めきられ、まず写真から選んでいた。13歳から20歳と幅広い年齢から目を引くこ子を1人10人ずつ選ぶ。ふざけているような翔と優一だったが、2人の目を引く子がかぶったりと、基準はしっかりしていた。 「え?サナちゃん、この子のどこがいいの?」 「え?!この子素敵じゃないですか?」 また翔がサナにからんでいるが、タカは翔に自分のことだけやれと叱った。サナが選んでいるのは、女性からも好かれる女の子達ということをタカは見抜いていた。翔に萎縮してせっかく選んだ子を逃す可能性があった。 「ユウータカさんに怒られた」 「どんまいっ!」 優一は軽く流して、真剣な表情になった。優一の手元にはたった三人だけ。無理矢理選ぼうとしているようだったが、タカはいないならいい、とやめさせた。 結局、たくさんの中から選んだのは15名ほどだった。 「わぁ!結構厳しいんですね!いきなり15人とは!番組的にはやりやすいですけどね!」 マツリは大喜びしていた。タカはこれとは別に動画を見て更に5人選ぼうと提案し、モニターをみる。その中に書類では落選していた輝く人たちがいた。 「タカさん、ストップ!この子!俺この子いいと思う!」 「私も素敵だと思います!」 数名選び、写真は良かったが、動くと微妙な子を再振り分けし、12名が選ばれた。 「減ってるし!どういうこと!?めっちゃうける!」 マツリは爆笑していたが、満場一致の結論だった。収録は2カ月後。ホームページには選ばれし12名のプロフィールと写真が載せられ、関心度は抜群で、早速人気になっている子もいた。ここ最近はRINGの活動とオーディションの準備で優一はほとんど眠る暇がなかった。 「優くん、少し寝たら?現場まであと10分くらいあるから。」 「うん……ありがと…くぅ…くぅ…」 「早…相当疲れてるんだな。大丈夫か?」 大河と誠は心配そうに優一の寝顔を見つめていた。 「大丈夫だろ!優一はタフになってるだろーし!」 「レイさんはここ2年くらい今の優くんみたいな生活だもんね…タフすぎるよ」 「そうだぞー!みんながレイみたいな体力馬鹿じゃないんだから。それにユウは一度頑張りすぎて過呼吸にもなってるし…」 「大丈夫だって。とりあえず寝かせとけ」 レイは助手席から一言いったあと鼻歌を歌っている。大河と誠はしばらく寝顔を見続けた。 バラエティー番組の収録が終わる頃には優一は浮遊感に耐えていた。 メンバーと分かれて、作業をしようと会議室で書類とノートパソコンを広げた。 (体調がおかしいな…寝不足かな) 頭を軽く振って顔を叩き、メールを確認する。オーディション関係者に一斉に送られたそれには新しい音源と、番組の流れとタイムスケジュールが添付されていた。もう一度オーディションの一次審査合格者に目を通すも全く入ってこない。 (俺が選んだの…誰だっけ?) お茶でも飲もうと立ち上がった時に視界が真っ暗になり、立ってるのか座ってるのかも分からなくなる。また一瞬視界がクリアになったと思ったら見たことない角度が映っている。その後すぐに真っ暗になり慌てて机を掴むも力が抜けた。 「っ!!」 誰かの声が聞こえたところで完全に意識を飛ばした。 (寒い…) 次に意識が浮上すると椅子を並べたその上に寝かされていた。そしてかけられた上着。 「あれ…?」 「起きたか…。もうすぐタカさん来るから寝とけ」 「っ!楓さん?」 起き上がるとまた目眩がして頭を抑える。おでこを大きな手で押し込まれまた椅子に後頭部をつけた。 「…俺…?」 「血の気が引いた。びびらせんなよ…。たまたま会議室に忘れ物とりに来たらぶっ倒れやがって。一瞬誰か分からなかったしな。」 「倒れたんだ…」 「あと高熱。なんで気付かんかね…」 呆れたように視線を投げ、小さくため息を吐いてケータイの画面にすらすらと指が動く。 「あの、ご迷惑をかけてすみません。これも、ありがとうございます。」 「いいから。タカさん来るまでそのままでいろ。お前になんかあったら俺殺されるから。」 「殺されないですよ…って、え?」 「タカさんから聞いてる。あのタカさんが選んだ人がお前なんて、いまだに信じられねぇけどな」 着信音がなって楓はイライラしたように電話にでた。 「あぁ!?だから先に始めてろって!遅刻じゃねーよ!局内にはいるって言ってんだろ。篤に代われ、お前じゃ話にならない!…あ、もしもし?今3階会議室にいる。ああ、タカさんと合流したらすぐ行く。」 篤と話して落ち着いたのか静かに電話を切って頬杖をついた。優一は忙しいのに時間をもらったことに焦った。 「…ごめんなさい。俺は大丈夫なんで」 「病人は黙ってろ」 なんだかんだでそばにいてくれる楓に優一は嬉しくなってニコリと笑った。 「…俺、楓さんのこと誤解してた。楓さんは優しい人だ」 「…。タカさんが関わってなかったら放置してたし」 「ふふっ、ありがとうございます」 はいはい、と楓がそっぽを向いたところで慌ただしくタカが入ってきた。 「楓!遅くなった!ありがとう!」 「いーえ。今は少し良くなったみたいですよ。ベラベラ喋ってるんで。あ、高熱出てるっぽいです。」 その言葉にタカが優一のおでこに手を置くと大きなため息をついた。その後、広げられた書類やパソコンをみて無言で片付け始めた。 楓も拾おうとしゃがんだところで、優一はまだ作業をやるつもりで、自分で片付けようと声をかけた。 「あ、タカさん置いといて大丈夫だよ。自分でぶちまけちゃったから…。それに、少し休んだら確認したいことあるし。楓さんもありがとうございます。もう大丈夫です。」 起き上がろうとする優一をみてタカはギロリと苛立ちを隠さないまま向き合った。その視線に優一と楓はビクッとして固まった。 「優一!体調管理は基本中の基本だろ!どうしてそんなになるまでやるんだ!楓の発見がなかったらお前はそのまま倒れてたんだぞ!!」 「っ!ごめんなさい…」 「タ、タカさん。そんなに怒鳴らなくても…一応病人だし…」 「お前は素人か!?違うだろ!もっとプロ意識持て!自分の限界を知らないなんて恥ずかしいことだぞ!」 「本当にごめんなさい…」 目に涙を溜めて謝り、落ち込む優一の向こうで慌てる楓にはっとしてタカは冷静になった。 「楓、悪かった。レコーディングおしてるみたいだった。監督には謝ってあるから。ありがとな」 「失礼します」 楓は優一から上着を取ってこれ以上タカを怒らせないように静かに部屋を出た。 優一は誠意を見せなきゃと楓に向き合おうと身体を動かすも、身体が全く言うことを聞かなかった。重りがついてるかのように重く、少し動くだけで目眩がする。 タカにバレないよう普通のふりをして誤魔化すも、片付けを終えたタカは優一を優しくふわりと抱きしめた。 「…倒れたって聞いた時、息が止まるかと思った」 「…ごめんなさい」 「頼むよ。きつい時は休んでくれ。お前の無事を確認するまで何にも手に付かなかった。怒鳴ってごめん…。優一、今日は心配だからそばにいたい。俺の家でいいか?」 「うん、ありがとう」 タカは優一を横抱きにして、一旦医務室に運んだ。体温計で測ると39.1度。優一は恐る恐るタカに見せるとため息を吐いて車を取りに行ってくれた。優一はぼーっと天井を眺めるも、視界が目が回った時みたいに歪むのをぎゅっと目を閉じて耐える。 「おい、大丈夫か?行くぞ」 部屋に入ってきた気配にも気付かずビクッと跳ねた。先ほど同様、横抱きにされて、いつも助手席だが今日は後部座席に横にされた。 「タカさん、大丈夫歩けるから」 「エレベーターまでは我慢しろ」 タカのマンションにつくと、たくさんの荷物を持ちながら優一を抱き抱えていた。エレベーターで降ろしてもらうが平衡感覚が掴めずぎゅっとタカの腕を握って目を閉じた。 なんとか部屋まで辿り着くと、身体は限界だったようで意識が遠のいた。 ピピッ 近くで電子音が聞こえ意識が浮上する。重たさや悪寒は変わらず、意識すると芯から冷えてる気がした。 「ぅん…っ」 「悪い、起こしたか?熱、まだ下がらないな…。」 「タカさん…寒いよぉ…」 「着替えようか。汗拭くから少し起き上がれるか?」 「うん…っ」 「ぉっと…。こっちもたれてろ」 くらっとした身体を支えられてベッドの背もたれに身体を預ける。 優一がベッドに置かれた体温計を見るとまだ39度。先程タカに怒られたことが頭をよぎる。 (自己管理ができてないなぁ) そう思っているとタカが優しく頭を撫でてくれた。 「泣く程きついか?きっともうすぐ良くなるからな?」 「え?…俺、泣いてる…?泣いてないよ?」 優一には全く自覚はなかったがパタパタと涙が落ちる。タカは優しくほっぺにキスをすると着替えさせてくれた。汗で冷えていた身体が少し温かくなってほっとした。タカの胸に頭をもたれさせるとそっと大きな身体が包んでくれた温もりに感情が溢れ出した。 「っくぅ、っ、ぅ、たかさん、ごめん、なさいっ」 「気にするな、大丈夫だから。ゆっくり休め」 「おれ、おれっ、」 「うん、大丈夫だ。お前はがんばりすぎだ。加減しろよなぁ…。全く…。こんなになるまで気付かないなんて鈍感だなぁ」 呆れるみたいな言い方だが優しさのこもった言葉に思いが溢れた。 「プロ、いしきもって、っ…やります」 「うん。」 「おれ、もっと、がんばるから、」 「だーかーらー!頑張ってるのは分かるから!休めっていってんの!むしろやりすぎなの!わかる?」 「わかんないよぉっ!っ、頑張るから、いらないって、思わないで、っおれ、ちゃんと、できるから…っ、」 子どもみたいにわんわん泣き始め、呼吸がおかしくなっている。高熱に浮かされ優一は理解が追いつかなくなっていた。タカに呆れられたくない、仕事ができないと思われたくない、もっと頑張らないと、と焦っていた。休めという言葉が「いらない」に聞こえ、縋り付くように泣きついた。タカは今の優一に何を言っても通じないと察し、そっとキスをした。 「んぅっ?…ん、…っ、ンぅ…ふぁ…んちゅ」 わんわん泣いていたのがピタリと止まり、とろんと目が気持ちよさそうに蕩けた。いつもよりも熱い舌にタカは心配するも、ひたすら優一が好きなところを責める。ゆっくり、ゆっくり、熱が高まるものではなく、優しく癒すようなキスを繰り返した。 「ぅん…っ…ふぁ…っ、」 優一の目が閉じて、口内も緩慢な動きになってきた。服を掴んでいた手も力が抜け、触っているだけだ。お互いの唾液が優一の顎から首を通ってもそのままだ。キスをバードキスに変えながらゆっくりと枕に頭をつけさせる。 「…くぅ…くぅ…くぅ…」 規則正しい寝息が聞こえ、タカは唇を離した。 (やっと寝たか) 濡れたまつ毛をそのままに、布団を被せ、新しい冷却シートに貼り替える。サナ同様、優一も大きなプレッシャーと責任感をもって取り組んでいるのが分かる。今回は事務所の大きなプロジェクトで、タカのすぐ下のサブプロデューサーという立場に力が入りすぎているのをタカは分かっていた。ただ、今後のためにも自分で管理しなければ、と泳がしていたらところで楓からの連絡だった。 『タカさん!!今、ユウが会議室で倒れました!!』 楓の焦った声にタカも一瞬真っ白になった。気付いていたのに…なんであの時声をかけてやれなかった?なんで無理やりでも寝かせなかった?倒れた時に頭を打っていたら?もう目を覚まさなかったら? タカは冷や汗と手の震えが止まらなかった。社長とマツリとの打ち合わせも全く頭に入らず早く終われ、としか考えていなかった。 楓がそばについてくれているが、78もレコーディング中で、恐らく少しスタジオを出ただけの楓に申し訳なさでいっぱいだった。 (全ては俺のせいだ…。先輩としても、恋人としても失格だ。) 終わった瞬間に席を立って部屋を飛び出し、会議室に向かう途中で篤と監督に会った。事情を話すと篤は今、本人から連絡がありました、と伝えられた。しかしレコーディングがあと楓のパートと、楓も含めた部分のみと聞き、さらに焦り勢いよく頭を下げた。会議室に着くと目を覚ましている優一と、そっぽをむいた楓。 (無事だった…) ほっとして崩れ落ちてしまいそうなのを隠して、まずは楓にお礼をいい、早く行かせないと、と声をかけた。苦手な優一を見守ってくれて、上着まで貸してくれたことに感謝しかなかった。そんなことを全く分からない優一の言葉にタカは怒らないと約束したが怒鳴ってしまった。家に連れ帰ると安心したのかまた意識を失って慌ててベッドに寝かせて、不安に耐えられずカナタに連絡した。 「カナタさんっ、優一が、意識なくてっ」 『落ち着け。ちょっと待って。ジンさん、タカに代われる?』 『タカ?どうした?』 「優一が、倒れてっ、どうしたらいいか」 『タカ、優一君の呼吸はどう?安定してるかな?』 ジンの柔らかな声に少し冷静さを取り戻して、優一の呼吸を測る。規則正しく胸が動いている。 「安定?……うん、安定してるみたい」 『よかった。今深い眠りだよ。休ませてあげてね?ほかはどう?気になることないかな?』 親身になって聞いてくれるジンにタカは安心して汗がにじむおでこをみて、それを伝える。 「熱が39度ある」 『そっか。冷却シートとお水、タオルと着替えを用意して。冷却シートは汗拭いてから貼ってあげて。汗が冷えたら寒いから定期的に着替えさせてね。起きたら食欲なくても何か食べさせて、そのあと熱冷ましの薬飲ませて。』 「分かった」 『タカ、大丈夫。』 「ああ。ジンさんありがとう!カナタさんも」 やるべきことが分かって、自分がしっかりしなきゃと気合いを入れ直した。冷静で優しいジンと、後ろで心配しているであろうカナタにも感謝し頼れる仲間がいることにも改めて感謝した。家を探し回って冷却シートを発見し、言われた通り全て用意して寝室で指示通り動いた。寝顔を見ながら何時間が過ぎてもその場を離れる気がなかった。 ヴーヴーヴーヴー 「んっ……は!やば!!」 そのまま優一の隣で寝落ちしたタカは電話に慌てて起きた。 『タカさん?おはようございます!今日これからの打ち合わせなんですが、すみません、別番組のロケ地からまだ戻れなくて…、翔さんも生の特番入ったみたいで、楓さんは今日もともと来れませんし、よかったら明日にスライドできませんか?』 「あ、大丈夫です。明日は午前は空いてます。」 『ありがとうございます。サナちゃんとカナタさんと優一さんには僕からかけますね』 「あ、俺がやりますか?」 『助かります!実は充電がもうすぐ…すみません、お願いします。』 タカは電話を切って椅子に勢いよく座って頭を抱えた。 (本当なら完全遅刻だった…) プロ意識などと説教しておいて、自分は恋人のことで頭いっぱいになり、仕事のことを微塵も考えていなかった。 (美奈子さんの言ってることって、コレだろうな) タカはため息を吐いて連絡を行なった。 遠くから聞こえる声に耳をすます。自分の声と誰かの声。優一はぼんやりとそのやりとりを眺めていた。 (できないなら無理しない方がいいよ) (俺、できます!) (やる気あるのは分かるけど…気持ちだけじゃあ話にならないよ。今日の打ち合わせにも来なかったじゃない) (今日の打ち合わせ…?) 「っ!!!」 ガバッと起き上がり、ここがどこかも考えずに部屋着のままカバンを持って玄関に向かったところで腕を強く引かれた。 「どこ行くつもりだ!!」 「へ?」 振り返ると、掛け直す、と言って電話を切ったタカがいた。焦ったようにケータイをソファに投げ、肩をしっかりと掴まれる。 「どこに行くんだと聞いている」 「あ…打ち合わせに…」 今度は強く抱きしめられる。優一の頭には疑問符でいっぱいだった。何でタカさんの家にいるのか、打ち合わせに行かないのか、タカさんはどうしてこんなに不安な表情で抱きしめているのか。 「タカさん?」 「…何時だと思ってんだ?…そんなかっこで行くのか?…お前、今の状況分かってるのか?」 「え?」 優一は自分の姿を見ると部屋着で裸足のままカバンを持っている。時間は打ち合わせ予定時刻を大幅に過ぎている。サァーッと血の気が引いてカバンを落とすと、先ほどみた夢は現実だと優一はパニックになった。 「俺!仕事、すっぽかした…!どうしよう!」 「大丈夫、落ち着け。打ち合わせは明日になったから。」 「え?…あ、そうなんだ…」 「起きたら話そうと思ってたから。驚かせてごめん。あと、伊藤に確認したら、RINGのスケジュールも今日は無いみたいだ。」 その言葉を聞いた瞬間、優一は力が抜け、ペタンと床に座り込んだ。 「優一」 「タカさん、こわいよ…っ。自分が追いつけない。」 「大丈夫だから。お前はよくやってる。今日は俺と一緒に休んでくれないか?俺、休み方知らないからさ。」 「タカさんも一緒に休むの?」 「ダメか?」 「ううん。…よかった。タカさんも休んでくれるなら、ちょっと安心…。一緒に休もう」 床に座り込む優一に合わせてタカは目線を合わせて、ニコリと微笑んだ。優一はほっとしたように表情が穏やかになった。自分も休むことで優一が安心するなら、と全ての仕事をズラした。伊藤にも電話をし、優一のスケジュール調整を頼むと、大河が代わりに動いてくれるようだった。タカは優一のおでこに貼ってある温くなった冷却シートをはがすと、貼られてることにも気づいてなかった優一がものすごく驚いていた。 ピピッ 「え?熱ある!」 「38.6…昨日より少しは下がったな」 「熱あると思ったら怠くなってきた…」 「昼ごはん出来てるぞ」 「…ごめんなさい、あんまり食欲なくて」 食べたくないという優一に困った顔をして、軽いものにしようと急いでお粥を作る。 「タカさん、俺、本当にいらないよ?」 「薬飲まなきゃだから我慢しろ」 「薬だけ飲む」 「言うこと聞かないなら座薬突っ込むぞ」 ひいっと引き攣っておとなしく座った。温かいお粥を置くがずっと睨めっこしている。 「優一。」 「…ごめんなさい…食べられない…」 食べるのが好きな優一がここまでなるのはそうとうきつい証拠だ。タカはお粥を自分の口に入れた。 「なにっ…んっ!?んぅーーー!!っげほっ、っ」 「おら、食え。もう一回いくぞ」 少しずつ無理矢理キスして優一の口に入れる。嫌がる優一の後頭部をがしっと掴み何度も流す。 「もっ、いいから!お腹いっぱいだからっ…ありがとうっ、ご馳走さまっ」 「まだだ。」 「んーー!」 ごくんと最後の一口を飲み込んだのを確認して口を放し、顔を見つめると優一は顔を真っ赤にしていた。 「熱上がったか…?大丈夫か?」 「〜〜!もう!タカさんのバカ!!」 優一は耳まで真っ赤にして下をむいた。薬と水を流し込んで寝室に逃げていった。 (もしかして、恥ずかしかったのか?) タカは後で気がついて、可愛いやつ、とクスクスと笑った。 洗い物をして作業部屋で少し資料に目を通し、寝室に様子を見にいくとベッドで仕事をしている優一。 「お前!さっさと寝ろ!」 「タカさんだって仕事してたくせに」 「俺は優一みたいに倒れたりしないからな!」 「倒れ…え?」 パソコンを打つ手が止まった。優一は昨日の記憶がすっぽり抜け落ちていた。 「会議室でぶっ倒れて楓のレコーディングがおした。そして39度の高熱。家に着いたらまた意識なくなるし、起きたと思ったら頑張るからと泣きじゃくる。お前が仕事をしすぎた結果がこれだ。」 「そんな…俺…はっ!」 思い出したのかしゅん、と頭を下げ、ごめんなさい、とパソコンを閉じた。 「休むことも仕事だ。」 「でも、気になって眠れないよ…。ただでさえまだ経験もないし、でも、選んでもらったからには期待に応えたい。そしたら人の倍やるしかないじゃない」 「バランスだ。倍やるのもいいが、睡眠時間は確保しなきゃ回る頭も鈍くなる。」 「でも…」 「でもばっかり言うな。しょうがないな。寝かしつけてやるよ」 まだ納得できない優一は言い訳を考えていた。するとタカに急にベッドに押し倒され優しいキスが降ってくる。 (気持ちいい…) 久しぶりの濃厚なキスにすぐに夢中になると、腰が重くなる感じがしてタカの身体に押し付ける。 タカははっとして身体をはなす。昨日と同じようにはいかないようだ。 「優一、ダメだ。今日はキスだけだぞ。」 「っ、ん、やだ、っ、シテ」 「ダメだって…ンッ!おいっ、ちょっと、優一!?」 我慢できなくなった優一はタカに勢いよく抱きついて、反対側に押し倒し、タカのスエットと下着を膝あたりまで無理矢理下ろす。反応してないタカのものを見て悲しくなり、パクンと口に含んで必死に愛撫する。 「くっ…!優一、お前、体調がっ、っ」 「んっ、ぢゅる、んぅっ」 「っ、んっ、優一、寝ろって、もう、いいから」 少し固くなってきたモノを優一は愛しそうに頬張る。止めようとするタカを無視して反発の意味を込めて少し歯をたてるとビクッとタカの腰が浮いた。顔を見ると一瞬ものすごく快楽に歪んだ後、はっと冷静になり、やめろと繰り返す。本能と理性が闘っているような、なんとも言えない表情だ。 (俺に溺れちゃえばいい) 苦い味が広がっていくと優一は先端をちゅぅっと吸った。すると頭をがしっと掴まれ、タカの首が反ったのが色っぽくて更に興奮を高める。 「くぅっっ!ゆ、いち」 「タカさんの、大きくなってるよ?気持ちい?」 「っは、…っ、優一、本当に、体力なくなるぞ。早く寝ろって。」 「やーだ」 まだ快楽に堕ちてないタカに悔しくなり、またタカのを頬張りながら、我慢できずに後ろを自分で解す。自分でやると気持ちよくないが、タカのを舐めていると不思議と快感が生まれた。優一は自分が先に堕ちそうになり慌てて指を抜き、タカを愛撫することに集中した。 「っ、はぁっ、はっ、んぅ、」 (タカさんのエッチな顔も声も、興奮する…) 普段じっくりと見ることの出来ない顔から目が離せない。必死に歯をくいしばって快感に耐えている。余裕のないタカにドキドキしてもっと、と欲が出た優一は裏筋を強く刺激すると頭をぎゅっと掴まれ、奥に押し込まれる。 「っくぅっっ、ァッ!!」 喉の奥に温かいものがドクドクと流し込まれるのをコクンコクンと何回かに分けて飲み込む。全てを舐めとって咥えたままタカを見ると恍惚の表情のタカと目があった。 その目にドキッとして見惚れるくらい完全に快楽に堕ちていた。 (タカさんが堕ちた) 「っ、はぁ、っ、は、お前が煽ったんだからな」 ものすごく低い声で言ったかと思うと身体をひっくり返され、まだ十分に解れてない孔に萎えないままの狂暴な欲が押し込まれた。 「っああああー!!」 「くぅっ!…っ、あつい、」 「あ、待って、待って!!」 「はぁっ、くぅっ、は、は、優一、」 「っぃあっ!そこっ、やだ、だめ!!」 腰を奥へ奥へと、自分の気持ち良さだけを追うように激しい律動に優一はどこを向いてるか分からなくなりシーツをぎゅっと握った。グラグラと揺さぶられる中でだんだん限界が近づき、目の前がチカチカして無意識に腰に力が入る。 「ぁああっ!ーーっ、っぁ!ィッ」 「っく!!」 急にタカが腰の律動を止め、優一の腰を動かないように力強く掴んだ。もうすぐでイけた優一は熱が逆流してくるような何とも言えない感覚に狂いそうになる。焦らされたと思いどうにかイかしてもらおうと必死になる。 「っぁ、ぁ、ぁあぅ…、ンっ、イかせてよぉ」 「っは、っは、ちょっと待て優一。今日は、ヤバイ」 余裕のない掠れた声にまた締め付けてしまうのをタカにヤメろと言われるが、もうイきたくて仕方がない。 「イきたいっ、動いて、お願いっ、もぉおかしくなるっからぁ、やだ、お願い」 「まだ、ダメだ。優一、待て」 「っんも、早くっ、タカさん、ほしいよぉっ、中かけてぇっ」 「頼む、まだ待って」 「タカさん、出していいからぁ、もう、ダメなの」 中を締め付けながら涙目で振り返ると、タカは困ったように笑い、ごめんな、と言ったあと大きく腰をグラインドさせると、焦らされた分、強烈な快感に襲われ、待ちに待った中に温かさを感じたあと優一は意識を飛ばした。 ピピッ 「タカさん見て!熱下がった!」 目覚ましよりも先に起きた優一は、完全に復活し元気よくタカに体温計を見せる。37.7度と微妙だが本人は元気そうでタカは寝起きであまり覚醒してないが微笑んで頭を撫でる。 「タカさん?眠い?」 タカは喋らないまま、ふるふると首を振って洗面所に向かった。 (あれ?) 優一は首を傾げた。 優一が準備を完了してもタカは洗面所からそのまま作業部屋にこもっている。 (昨日怒らせたかな?) 不安になり防音の作業部屋をそっと開けて覗くと机にだるそうに伏せて、ものすごく咳をしている。 「タカさん!?大丈夫?」 タカが振り返ると髪もおろしたまま、マスクをしていて顔は真っ赤っか。優一はやってしまったと頭を抱えた。 「…悪い…先行っててくれ」 少し聞こえた小さな声は、今まで聞いたことないくらいハスキーボイスだった。 事務所会議室前に行くと楓から優一に声をかけてきた。 「よぉ。良くなったか?」 「楓さん!本当にご迷惑をおかけしました!この通り元気いっぱいです!」 「本当にご迷惑だったよ。…ってタカさんは?」 楓に満面の笑みで元気アピールをしていた優一が、え?と固まった。楓は気にしないまま会議室に入る。そこにはタカ以外の全員が揃っていて優一は冷や汗をかいた。 (タカさんっ、本当にごめんなさい!) 「あれ、タカは?」 「立て込んでる仕事があるそうでインターネットで繋いでます。カメラが故障中みたいで映らないようですが、必要な時のみ発言するようです。」 マツリの言葉に楓からの冷たい視線が優一に注がれるのを優一は知らんぷりし続けた。 「タカ?この件はどうなってる?」 『……』 「あれ?もしもーし。電波悪いかなぁ?ま、後で議事録みといてね。じゃあ次の…」 このやり取りをドギマギと見つめていると隣の楓が足で合図してきた。 「おい、お前、タカさんにうつしただろ!?」 「えっ?!」 「大丈夫かよ。タカさんが仕事に来ないなんてそうとうだぞ。過去に聞いたことないし…。今頃ぶっ倒れてないだろうな」 「そんな…脅かさないでくださいよっ!」 コソコソと楓と優一が会話するもネット上からは応答なく打ち合わせが終了した。カナタも気になっていたようで、優一はマツリに聞こえないように白状した。もう一つ仕事を終わらせて、優一は伊藤に送ってもらった。 「ただいまぁ。タカさん?大丈夫?」 スポーツドリンクとプリンを冷蔵庫にしまって声をかけるが、寝室にもいないタカに仕事に行ったのかと、少しほっとする。ふと作業部屋も確認するとぐったりと机に伏せる恋人。 「タカさん!!」 朝の格好のまま、力なく眠っていた。体温計で計ると39.4度。優一はまだ近くにいるだろう伊藤に来てもらい、二人でベッドまで運んだ。伊藤と優一はマスクをつけ、ひたすら看病をおこない、伊藤が他のメンバーの送迎時間になると見送った。 「んっ…あれ、優一?…今… …ごほっごほっ!」 「タカさん、おはよう。まだ喉いたい?」 「ごほっごほっ!あー…やってしまったな…」 「タカさん、まだ熱あるからゆっくりしてて。それに〜、体調管理はしっかり、だよ?」 ウインクして優一は部屋から出て行った。しばらくすると焦げ臭いにおいで、だるい身体を持ち上げキッチンに行くと、優一がなにやら実験に失敗したようだ。 半泣きの優一の頭を撫で、一緒にキッチンの掃除をした。その後、お見舞いにきたカナタとジンが美味しい食事を作り、優一もいつものペースでもぐもぐと平らげた。その様子をタカはソファで横になりながら見つめ、心地よい話し声を聞きながら目を閉じた。 「あ、タカさん寝ちゃった」 「ご飯も食べて薬も飲んだから大丈夫そうだね」 「しっかし…タカが体調崩すなんて…雪でもふるんじゃないか?」 ジンとカナタはタカの寝顔を見ながらニコニコと微笑んだ。二人の空気感がお父さんとお母さんみたいな感じで優一はふふっと笑った。 「どした?優一くん」 「あはは!なんだか二人ともタカさんのお父さんとお母さんみたい!」 「ふふ、よく言われるね」 「本当になぁー。俺らはタカの保護者も同然だな」 カナタはニヤニヤしながらタカの頬をつんつんと突いた。 「タカはメンタルは繊細だけど、かなりのストイックだから、ほっといたらご飯も食べないし、寝ないしでとてもじゃないが真似したら死んじゃうよ」 「そう!優一くんは優一くんのやり方やペースでやっていけばいい。タカぐらいやらなきゃって思わなくていいんだよ」 優一の不安を見透かしていたかのように、二人は諭すように話し出した。 「タカはずーっとこのペースだから、これからもきっとそれは変わらない。音楽の世界どっぷり浸かっていないと、納得したものができないんだってさ。だから、そこから現実に戻ってきた時は、笑顔で迎えてあげてな。」 「優一くんが意識ないとき、珍しく慌ててたし、何より優一くんのこと以外が全て見えてなかったと思う。君がいなきゃタカは一瞬で不安定になる。タカのためにも、優一くん自身のためにも、自分のペースを見つけていこうね」 優しい二人に優一も笑顔ではい!と返事をした。2人はそろそろ帰るね、と歩き出したので優一は慌てて見送りに行く。すると自然に重たいものはジンが、ジンの荷物はカナタがと、無言でやり取りをしていた。 「あの、違ってたらごめんなさい」 「「ん?」」 「お二人も、付き合ってます?」 「っ!!」 真っ赤になるカナタと、ニコって笑って、想像に任せるよ、とウインクしたジンを見送ってドアが閉まる。 (え!?え!?うそ!!本当?) 優一は静かに大パニックになった。 「ジンさん!なんで否定しないんだよ!誤解されたら…っ」 「何で否定するのさ。カナタが素直になればいいだけでしょ」 「だって…」 「カナタ、僕はいつでもお返事待ってるよ?ただし、OK以外の返事はいらないから。」 「〜〜!どっからくるんだよその自信!」 「今日も家来るでしょ?」 「行くけど!」 もう同棲しているようなものじゃん、というと同居!あ、居候!と丁寧に訂正してくる。 (可愛いなぁ本当に) ジンはカナタの手をそっと握り、拒否されないのをまたクスクスと笑った。 ピピッ 「タカさん、タカさん。」 「ん…っ…すぅ…すぅ…」 36.8度に下がったタカはまだ眠ったまま。とても気持ち良さそうに寝ていて優一はタカの鼻筋に指をなぞらせる。くすぐったかったのか、まつ毛を揺らして目を開けた。 「おはよう」 「ん〜〜!よく寝た!おはよう。あー…仕事おとしちゃったなぁ…。まぁいっか!」 タカは伸びをしながら気にしてないようだった。 (余裕があるなぁ) 「誰かさんにうつされたー。」 「タカさんがキスするからだよ」 「それだけか?優一が俺を襲ったくせにー」 キャーと自分を抱きしめてふざけてるタカに優一はププッと吹き出し、2人で笑った。 「タカさん、ごめんなさい。俺、仕事は加減しながらちゃんとやっていきます!」 「はいよー。もう移すなよー。あと、実験は他所でやってくれ。お前はキッチンを使うな」 「もーごめんなさいってばー!」 タカが回復すると楓の冷たい視線をかわしながらプロジェクトは大詰めに入る。もう優一に不安は無かった。 (頑張るぞ!) 楽しんで取り組む姿にタカは遠目に見てニコリと笑った。

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