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第20話 雨
窓を激しく叩く音がする。どうりで頭が重たいわけだ、と大河は寝返りを打つ。
(最悪…)
眉間に皺を寄せ、眠りの世界に逃げ込もうと布団を目元まで被る。
昔から雨の日になると身体が重く、調子が悪い。無理矢理起こされて学校へ行ってもこんな日に限って悪いことばかりおきていた。
(行きたくない…)
なかなか眠れずさらに寝返りを打つ。今日は、夏に向けた事務所のコンサートの打ち合わせ。それぞれジャンルや誰としたいかの希望をとって、デュエットになった。サナとのものと、シュウトとのデュエット。自分の希望通りで昨日までは楽しみだった。優一が見つけた逸材のサナは、心地よい歌声で大河はハモリに回りたいと思っている。シュウトを指名したのはあのハイトーンを近くで聴いてみたいから。今回のシャッフル企画は、希望通りは珍しいと言われるくらいの確率で、周りからは羨ましがられ、相手も希望していたという嬉しい情報もあった。
(今日は声が出ない気がする)
あと五分で伊藤が呼びに来るのが分かり、頭まで布団を被る。 くぐもった音が眠りを誘う。
「大河!!そろそろ準備しろ!!」
「はぁ…来た…。はいはい」
雨が地面を強く叩く。洪水警報とやらが出てるらしいのに、ハイヒールで急ぐ女性を見て大変だな、とぼんやり眺める。
「体調どうだ?」
「良くない」
「雨だしな」
「ん」
話すのも面倒だと大河は窓の外を見つめた。伊藤はそんな大河を見て苦笑した。
ヴーヴー ヴーヴー
大河の携帯電話が鳴っても大河は外を見つめたままだ。伊藤が知らせるとはじめて気がついたようで気怠そうに出た。
「ん」
『もしもし大河さん?おはよう』
「ん」
『あら、やっぱり。』
「あ?」
『ううん。今日は午後には帰るよ』
「ん」
『帰ったら抱くから』
「は?」
『だから、仕事頑張って』
「え?」
『後でね』
一方的に話されて切れてしまった電話を見つめる。
「マコ?なんだって?」
「や、意味わからんかった」
そっか、と笑う伊藤を見て大河も少し微笑んだ。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「おはよう。大河君、一緒にできるの、嬉しいよ」
「大河さん、おはようございます!よろしくお願いします!」
大河が着くと二人は着席していた。色が白く、マネキンみたいに綺麗な顔をしたシュウトと、いつもよりは少し疲れた様子のサナが集まった。早速打ち合わせが始まると、サナは途中、あくびを噛み殺すように眠そうな顔を隠しながら聞いていた。
「えっと、今回、それぞれのデュエット曲を僕の作った歌でやってみたいんだけど、どうかな?」
「シュウトさんの曲楽しみです。」
「私も!作ってくださったなんて嬉しいです!」
大河とサナの反応を見て、シュウトは初めて微笑んだ。美しい顔に二人は一瞬見惚れていた。口数は少ないが、ゆっくりとコンセプトを話してくれて、シュウトのペースが居心地よく、まったりとした打ち合わせが進められた。 癒しの空間に少し体の重みが緩和されると、シュウトがほっとしたように声をかけた。
「大丈夫?体調少し良くなった?」
「あ、すみません!大丈夫です…。俺、雨の日は、少し調子が悪くて…。」
「…そうなんだ。雨の日が苦手な子多いよね。僕はね、雨が強ければ強いほど好きなんだ」
「へえ…」
「うん。なんだかね、洗車機の中みたいで。小さい頃から不思議と好きなんだ。街が綺麗に洗われてる感じがして。それを窓から見るのが。」
「私も雨が好きです!雨の日って音が心地よくて、際限なく眠っちゃうんです…だからすみません、今日もいい気持ちになっちゃって」
照れたように笑うサナに、シュウトと大河はニッコリと微笑んだ。色々な雨の解釈が面白くて捨てたもんじゃないな、と大河は初めて雨に興味を持った。
相変わらず窓と地面を叩く水滴。
帰りの車ではその水滴一粒一粒が面白く感じていた。
「ご機嫌だな」
「別に。普通なだけ」
「朝と大違いだけど?」
「雨の解釈がいろいろあるから…少し興味が出た」
「そっか」
迎えにきた伊藤はニコリと微笑んで前を向く。良く見ると整った顔をしていると、大河は横顔を見つめた。
「どうした?」
「伊藤さん彼女いないの?」
「いるわけないだろ。仕事しかしてないのに」
「もったいなーい」
「ま、お前たちが落ちついて寮生活が終わった頃にでも作るさ」
「伊藤さんはやっぱ女の子が好きなの?」
「え?そりぁそうだろ。どういうこと?」
「レイとお似合いだなぁーって」
その言葉と同時に信号が赤になり、伊藤はため息を吐いてこちらをみた。
「近いところで手を出すわけないだろ。第一にそんなことになろうもんなら俺はクビだ。売り出し中のアイドルだし大事なアーティストだ。変にスキャンダルが無いように俺が付いてるのに意味ないだろ。仮にクビになったとして俺だけならいいが、演者まで干されて職を失う可能性もあるからな。」
信号が青になってまた前を向いた顔にニヤける。
「ふーん。伊藤さんも大変だな。ま、レイが対象外ではないことは分かった。」
「やめろって。何でもおまえ達みたいにくっつけようとするな。マコとユウも俺に同じこと言ってきてたが…そもそもレイの恋愛対象に俺は入ってないよ」
「え?そうなのか?」
レイの伊藤への信頼はマネージャーを超えていると大河は思っていたが、思わぬセリフに驚く。
「本人に聞け。これ以上は個人情報だ。それに…お前らも周りにはバレるなよ、頼むから。美奈子さんの一件で社長は理解してくださってるけど、みんながみんな理解ある人ではないからな。それに!そもそもアイドルの熱愛は普通御法度だぞ!」
「はいはい。分かってる」
寮に着くまで他愛のない話をして、車を降りると今度は青木の送迎に向かった。
(伊藤さんは俺らよりも忙しそうだ…)
エレベーターを待っているとマコから部屋に着いたら教えて、とメッセージが入っていた。言われたとおり、部屋に着いて返事を返すと、すぐに誠が部屋に入ってきた。
「大河さんお帰り…あれ、元気そう」
「ん?元気だけど…?」
良かった、と大きな腕が包む。誠の匂いに包まれて大河はゆっくり深呼吸する。部屋には誠の心音と強くなった雨音。2人は自然に唇を合わせ、舌を絡めてベッドに飛び込んだ。閉め切ったままの遮光カーテンの隙間から溢れる光は眩しすぎず、仄かに2人を照らす。雨音に混じって2人の荒い呼吸がこだまする。 大河はこのシチュエーションに自分が興奮しているのが分かった。音に敏感だからか全てが興奮材料になる。
「はぁっ…まこ、っ…なんかっ…」
「ん…?興奮する?身体熱いよ」
「うん…っ、ヘン、俺、今日…」
「大丈夫、俺に全部預けて」
誠の舌が耳をゆっくりと攻める。雨より大きな水音に大河はイヤイヤと首を振って逃げるもだんだん力が抜け、気持ち良さそうにぼんやりとしていた。
「可愛い…」
誠はゆっくりとキスをしながら大河の服を剥ぎ取っていく。少し寒い室内にぶるっと震えると、唇をつけまま笑ってエアコンで部屋を暖めた。そのまま首から鎖骨へとゆっくり降りてくるのに大河は気持ちよくて、潤んだ目でそれを見つめていた。
「っあっ…ンッ…」
寒さでツンと硬くなった小さな粒に、熱い舌が吸い付く。とっさに誠の頭を抱え、もっと、と言ってるような体勢になった。
「ちゅっ…っ、」
「んっ、…ぁ、ぁ」
無意識に抑える声に、誠が顔を上げ、しばらく見つめてきた。大河はそれをぼーっと見ていたがだんだん恥ずかしくなって顔を逸らす。
「大河さん、聴いて。すごい大雨」
その言葉に、窓を見つめると確かに激しい雨が降り続いているようだ。
「誰にも聞こえないよ。俺たちだけ」
「…うん、そんな感じする。」
「雨がね、2人きりにしてくれてる。俺しか聞いてないから、大河さんの声、聞かせて。」
周りから遮断され、2人きりの世界。いつも周りを気にして、できるだけ迷惑にならないようにと声を抑えているつもりだった。それが雨の音でかき消され、お互いがお互いに溺れることができる。
「大河さん、やっと、2人きりだよ」
「っぁ…ン…ぁっ…ぁっ」
誠が甘く、耳に直接囁いてくる。囁かれただけでゾクゾクと駆け上がる快感に戸惑う。大河の興奮は最高潮に到達していた。
「まこっ…」
「…うん、嬉しいね。大河さんと2人だけ…全部見せて。」
「みみ…やだっ…んっ…」
「大河さん、愛してる」
「っ!!」
顔を真っ赤にしてとろんと見つめ、そのあとふにゃりと笑った顔が誠のスイッチを強く押した。 胸の粒をじっくりと攻めながら大河のベルトを外し、ジーンズのボタンをはじき、ゆっくりとファスナーを下ろす。 大河はどんどん腰があがって触ってほしそうにするが、誠は胸を吸っては軽く歯を立てた。
「あっ…まこっ…はやくっ…触って」
「んっ?…ちゅうっ、じゅるっっ」
「ぁああっ!…っは、っは、やだ、もう乳首やだ」
首を反らしてつよい刺激に耐える。誠はやっと口をはなし、ファスナーだけ開けた下に顔を近づけた。
「大河さん、ここ、苦しそう」
「苦しいから、早く、触って」
涙目で訴えられると誠はにこりと笑って、ジーンズだけ脚から抜いた。パンツはじわりとシミが出来ていて硬く勃ち上がるのを観察する。
「まこっ、お願い、おれ、おかしくなりそ」
もどかしさに耐えきれず、膝を擦り合わせて懇願される。さらにシミが広がるのを見て誠も息が荒くなる。
「まこっ、まこっ」
「うん、今楽にしてあげるね」
誠しか見えていない大河に、誠は嬉しさで胸がいっぱいになった。距離を置いた後から大河はセックスの時は必ず目を見てくれるようになった。これが、どんどん誠を安心させ、より大胆になっていった。
パンツを下ろすと勢いよく飛び出し、パチンと大河の腹を打った。やっと窮屈なところから解放され、大河はほっと息を吐いた。 力が抜けたところを見て、誠は右手で思いっきり扱いた。
「ぅあっ!っあ…っあ…」
「は、大河さん、大河さん」
「はっ、ぁああっふっ…んっ…んっんぁああ」
声を抑えようとしているが、快感に支配され、腰を誠の手の動きにに合わせて無意識に振っている。顔は泣きそうになっているのに下半身とのギャップに、誠はさらに雫を指で伸ばしたり、袋を揉んだりと、大河が気持ちよくなるためだけに動いた。
「っっ、ぁっ、ああっ、ダメっ、まこっ!まこっ、もお!まこっ!出そぉっ!出る!もっ!まこっ」
「いいよ」
「っああああーーー!!!」
大河は誠の許可が出た瞬間、自分のお腹や胸に欲を飛ばした。耳鳴りみたいに何も聞こえなくなった後、だんだん自分の荒い呼吸と心臓の音と雨の音が聞こえてきた。
「まこ」
「気持ちよかった?」
「…ん」
「可愛い、とろんとしてる。」
大河が出したものをタオルで拭き取ると、大河が起き上がって誠にゆっくりとキスをする。その目はライブ後のような色気をダダ漏れにしていた。
「まこ、好きだ」
「んっ、俺も大河さんが好き」
「まこも取って」
「うん。まってて」
誠がわざとゆっくりと服を脱いでいくのをはやる気持ちで見つめる。それを横目で見ながら目だけで微笑むのがセクシーでしっかりした背中に抱きついた。
「大河さん、まだだよ」
「焦らすなっ」
「ふはっ…バレた?ごめんね」
「まこ…俺もまこ抱きたい」
「え?」
突然の申し出に誠は少し迷った。何も言わずに自然の流れで今の状態で落ち着いていたが、よく考えれば大河も男。恋人を抱きたいと思うのは普通のことかもしれない、と今まで配慮が足りなかったと少し反省した。大河は黙る誠にバツが悪そうに見つめた。
「あ…無理矢理するつもりはないから…。今のままでも俺は満足だし。…ごめん、忘れて」
「ううん。大河さん、俺嬉しいよ?好きな人に求められるって幸せだし。」
「っ!じゃあっ」
「でも今日は俺が抱く。電話でも言ったでしょ?」
(帰ったら抱くから)
思い出したのか、大河は真っ赤になって目を逸らした。その隙に下着ごとデニムを降ろし、華奢な身体に密着して押し倒した。
「っ!びっくりした…急に…」
「今日はドロドロに甘やかすから。覚悟してね?」
「…いつも甘やかしてるだろ」
「あれ?最近意地悪って…」
「っ!うるさい」
意地悪も甘やかす、に入っているのが意外で誠はきょとんとすると更に顔を真っ赤にして、早くしろと手を伸ばしてくる。
(たまらない)
ゆっくりキスをしたままベッドサイドの引き出しからローションを取って指に絡める。大河はそれに気が付き少し力が入った。
「入れるね、力抜いて」
「んっ…」
はじめの違和感に耐え、息を吐き出す。いつも敏感なところを攻められるが、今日はゆっくりほぐすように広げられる。
「…っはぁ…は…ぁ」
「増やすね」
一度全てが出て行き、指を増やされてぐぐっと中に入ってくる。
「っあああ」
「ごめん、痛い?」
「っは、ぁっ、っ…大丈夫」
「ふふ、可愛い」
最近は雄の顔した誠に欲のまま抱かれることが多かったが、久しぶりに大河を優先とした愛撫にもどかしさをも感じる。
(はやく、もう、まこが欲しい)
「うん、分かった。今あげるよ。」
「え?…っああっ…んぅっ…ッ…急にっ…」
「あれ?早くほしいって言ってたから」
「言ってない…っ」
「無意識?可愛いすぎでしょ。今日はたくさん気持ちよくなって」
汗で張り付いた前髪をかきあげられ、おでこにちゅっと唇が触れる。いつもの欲に濡れた目じゃなく、愛しさでいっぱいの目にキュンと胸が締め付けられる。 誠の身体の重さを感じながら、互いの心臓が皮膚を隔てて同じように強く打っている。雨の音さえ聞こえないくらい強く叩く。
「動くよ」
静かに呟くとゆっくり出て行って、またゆっくりと誠が押し込まれる。イイところを潰されて身体が勝手に跳ねる。気持ちも一緒に昂ぶって大河は涙が溢れた。
「大河さん、幸せだね」
「うんっ…ぁっ…ぅあ…っぁ…」
「愛してる。俺には大河さんだけだよ」
「っは、ぁっんっ…俺、もっ」
「うん、伝わってるよ。いつも、離れてても大河さんのことを想ってるから」
「っぁっああっああっ…」
誠が耳元で囁くのが直接脳に吹き込まれているみたいに強く残る。全身が喜んで内側からじわじわ迫る快感に、大河は誠の背中に爪をたて耐えた。腰の動きは止めないまま、誠は愛を囁き続けると大河はとろとろに溶かされ、いつもよりも早く追い込まれた。
「これからも、そばにいてね」
「んんっまこぉっ!ぁ、すご…ぃ、も、やばっイッちゃうっ、」
「もう離してあげられないよ」
「まこっぉっ、ァアッ!あっ…ああっん!」
「こんなに好きになった人、初めて。」
「っぁ、っあ、あっ、ああっあっあっああっ!」
「俺はずっと貴方を愛します」
「っっ!!っああああー!!」
ザーーーッ
「ん…」
(まだ雨か…)
大河はゆっくりと目を開けると、愛しい恋人の安心したような寝顔。 お互い下着だけ身につけたままの姿で1つの布団に包まっていた。
(子どもみたい)
クスっと笑って頭を撫でようと左手を動かすと、自分の薬指に光る見覚えのないシンプルなリング。
(えっ?)
慌てて寝返りを打って枕になっていた左手を見ると同じデザインのリング。
(これって…もしかしてっ!)
理解が追いつくと視界がぼやける。
「っ…ぅっ…ふっ…ぐすっ」
「ん…大河さん…?あたまいたい?」
小さな嗚咽が聞こえたのか、誠が寝起きの声で心配し頭を撫でてくれる。何も答えないままいると、泣いてると分かったのか、ガバッと起きて身体を反転させられた。
「大丈夫?!腰痛い?頭痛い?」
「ちがうっ、これっが、」
泣きながらリングを見せると、誠は少し苦笑いした。
「あ…気づいた?…ごめん、やっぱり重かったかな?」
「馬鹿!嬉しいに決まってんだろ!」
不安そうに垂れた目が、今度はキラキラと嬉しそうに輝く。大河は思いっきり抱きついて落ち着くまで泣き続けた。
「そっか…今日で3年か」
「うん!でもせっかくの記念日が雨に負けちゃうかな、って心配だった」
「雨の日で初めて嬉しい出来事だ」
「ふふっ…良かった!改めて、大河さんを愛してます。ずっと一緒にいてください!」
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
リングの裏には記念日とイニシャルが彫られている。仕事の時はお留守番になるが、2人で過ごす時には必ずしようと約束した。そして大河はだるい身体をゆっくりと起こし、パーカーを羽織って、引き出しを開けるとラッピングされた立方体の箱。
「お前にあげる」
「え…覚えてたの?」
「当たり前だろ。1週間前からここに用意してたし」
大河は意外にも記念日を覚えていて、毎年きちんと用意している。今回は雨と仕事が続いていたから誠は何もないだろうと期待していなかった。
「開けていい?」
「うん。気に入るかは…分かんないけど」
「わぁ!!かっこいい時計!!これ高いブランドのやつ…」
「お前のリングの方が高いだろ。プラチナのペアリングなんて…店員さんになんて言うんだよ」
「だって大河さん指細いから、ふつうに女性にあげると思われてたかも!」
「あーそうですか!細くて悪かったな!…あれ、いつ計ったんだ?」
「内緒」
パチンとウインクして、幸せそうに笑っている。すぐに時計を身につけ似合うか聞いてくるのをうんうんと頷く。CMかというくらい似合ってしまっている。大河にとっては大奮発だったが、どうしてもこれが似合いそうだと即決した。イメージ通りが嬉しくて自然と笑顔だったのを誠がそんな可愛い顔しないでと抱き寄せてきた。
「俺、マコの恋人になれてよかった。俺を見つけてくれてありがとう。」
「っ!?大河さん!急にデレるのやめて!心臓がもたない!」
「うるさいな…。でも好き」
「大河さん!?」
どうしようと赤面する誠の左手には、2人の思いが輝いていた。
ザーーーッ
「おい!大河起きろ!もう出るぞ!」
「はーい」
ガチャといつも通りの大河が出てきて伊藤は驚いた。雨の日は気分も機嫌も体調も悪い大河が、既に準備をすませている。車の中では以前のように水滴1つ1つを楽しそうに見つめている。
「大河、ご機嫌だな?」
「伊藤さん、雨の日でもいい事はあるね」
「そんな当たり前のこと、気が付かなかったのか?」
「知らなかった…。でも知ったからには一粒一粒も見逃したくないような気がしてるよ」
「?そこまで?」
伊藤は疑問符で頭がいっぱいだったが、大河は満足そうに窓から外を見つめた。無意識に左手の薬指を触っては、何もないはずなのに愛しさが込み上げて小さくため息をついた。
「なんだその恋する乙女な感じ」
「は?そんなんじゃないし」
「ふふ、大河よかったなぁ〜?マコに愛されて」
「うるさいな!からかうなよ!」
「この間、記念日だったんだろ?だから俺とユウは12時まで部屋に行かなかったんだぞー感謝してほしいわ」
誠が根回しをしていたと知り、伊藤にも優一にも恥ずかしくなった。大河はボンッと顔が赤くなり、小さな声でありがとうと言った。
(本当に丸くなったなぁ〜)
伊藤はクスクスと笑い、大河はこの話はおしまい!と機嫌が悪くなった。この寮生活も残りわずか。まだ誰にも話していないが伊藤は少しだけ寂しくなってハンドルを握った。
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