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第23話 オーディションの舞台裏
番組プロデューサーのマツリが大喜びしている。視聴率やコメント、反響が大きく、また意図していないところで翔の酷評とサナのフォロー、ファイナリストの涙など、盛りだくさんで次回への期待が高まっている。
「サナちゃん、フォローありがとう」
「翔さん!いえ!お互い思ったことを言ったまでです!ちあきちゃんもやる気に満ち溢れていましたし、私楽しみです!」
「放送って一瞬忘れちゃった…プロ失格だ。でも思ったより叩かれてないから一安心。今後もよろしくね」
「…っ!はいっ!よろしくお願いします!」
困ったように笑う翔の表情は初めて見る顔で、サナはピシッとお辞儀をした。内心反論したことにビクビクしていたのだが、ちあきのためにも、とマイクを取った。
「サナ、翔くん、お疲れさま。」
「ユウさん!気持ちのいいハモリでしたぁー!」
「ユウー!俺やらかしたぁー!」
「翔くん、そんなことないよ。翔くんが言わなかったら俺か、最悪タカさんが言わなきゃいけないことだったから。ありがとね。ちあきさんもスイッチ入ったし、大丈夫だと思うよ」
「俺すぐ思ったこと言っちゃうから…先輩たちにもいつも注意されてるんだ」
翔はあからさまに落ち込んでいるが、フォローが上手なサナは大事なことです、とにこやかに言った。 3人は少し話したいと局内のカフェに行った。誰もコーヒーが飲めないと知り爆笑しながらお互いのことを語った。
「俺さ、小さい頃からなんとなく、すぐにマスターできるタイプで出来ない人がなんで出来ないか分からなかったんだ。嫌味とか自慢じゃなくて本当に。」
「羨ましいですー!私はできること意外はほんっっとにダメなんです」
翔は器用で要領がいいようだ。サナは心底羨ましい様子でアイスティーに口をつける。苦かったのか、すごい顔をして2人は笑った。
「でもさー。人には好かれないよー?好かれたくてアイドルやってるようなもんだし。天職だなって感謝しかないよ。それに、練習生期間も短くて…ほら、俺、大河さんの代わりだから」
「代わり…」
「そ!たまたま大河さんが抜けて、空いたから俺。実力なんかじゃないよ。だから初めの頃は大河さんに追いつかないとって、生まれて初めて焦って…グループ抜けた大河さんにもムカついたりしてたなぁ」
懐かしいーって笑う翔は年相応だった。優一が頑張ったね、と褒めると嬉しそうにありがと、って笑った。
「でもこの経験があったから、なんでもできるって思ってる!だから、最初から諦めている人には厳しくなっちゃうんだ。どんな逆境でも絶対チャンスはある!って思ってる!」
元気な姿を見て、優一もサナもうんうん、と頷いた。サナがほかのスタッフに呼ばれて席を外すと、翔がちょっと、と顔を近づけてきた。
「ユウ、変なこと聞いてもいい?」
「なに?」
「マコって彼女いるの?」
「それは俺が言う権利ないよ〜」
「じゃあさ、ユウ。ユウは同性は恋愛対象?」
「…うん」
青木に批判されたように、バカにされる覚悟をし、頷いた。少し表情が曇った優一を見て翔は違うんだ!と慌てた。
「俺もなんだ」
「えぇ!?」
思わぬ告白に優一は大きな声を出すと、翔がさらに慌てて、口元に人差し指をあて、静かにっと怒った。
「もしかして、マコちゃんを?」
「…誰にも言わないで」
「言わないけど…応援できるかは分からないよ?」
「うん。難しいのも分かってる」
優一は内心ものすごく困っていた。大河と誠の間には隙がない。翔の失恋は目に見えていた。
「ユウは大地とはどうなの?」
「え…?」
「大地、めっちゃユウのこと好きじゃん」
「あ…それは、メンバーとして仲がいいから」
「メンバーとしてじゃないよ。あの目は」
翔の真っ直ぐな目に耐えきれず、優一は内緒だよ、と言いながら今までのことを簡単に話した。
「俺さ…二回も、しかもメンバー相手に大きな失恋してるんだ…。笑えるでしょ?でもね、本当に大好きだったなぁ、って今でもチクリとする時はあるよ。」
「二回も…」
「うん。1人は幼馴染のまこちゃん」
「2人目は大地?」
「…ん、まあね。…もうやめよ!この話はおしまい!ね?」
「最後に1つだけ!こんな話できる人いないから…今は幸せなの?」
「とっても幸せだよ」
蕩けそうな笑顔になった優一に、翔はドキッとした。青木が失恋したかと思ったが、優一が失恋したと、そして今は幸せだと言う。翔には疑問符でいっぱいだった。
「すみません!お待たせしました!夏のコンサートの音源が出来てたみたいで、シュウトさんに会ってました!」
「もう音源できてるの?早いね!サナちゃんとシュウトさんの曲?」
「はい!すごく素敵でドキドキしてます!」
「わー!早く聴きたい!サナ、大河さんともやるよね?楽しみ!」
サナはルンルンと薄くなったアイスティーを飲み、またシロップを入れ忘れて変な顔をしていた。
「ユウは何やるの?」
「ギターだよ。あ!まこちゃんもベースやるよ!」
「マジか!うわぁああー!本当に嬉しい!また見られるなんて!」
「マコさんベース弾けるんですか?」
「うん!結構上手だよ。」
「ユウはヤバイよね!別人だよ!かっこよかったなぁ」
「えへへ〜」
照れる優一にサナが楽しみですね、と言った後、翔さんは?と話を振った。
「俺はダンス希望にした。確か楓さんや大地も一緒だったかな」
「楓さんもっ!?ダンスですか?!」
「ど、どうしたサナ。大興奮だな」
「楓さんのダンスかっこよくて…私78さんのライブ映像買っちゃいました!」
「あはは!ファンじゃん!楓さん喜ぶんじゃねーの?」
「あぁあ!やめて下さい!絶対言わないでください!」
揶揄う翔にサナは顔を真っ赤にして、内緒ですと必死だったのを優一はまた複雑な顔で見ていた。するとカフェに向かってくる人物に、あれ?と首を傾げた。
「優一、帰るぞ」
「あれ?伊藤さんは?」
「…ほかの送迎らしい。サナ、翔、お疲れさん」
「「お疲れ様でした!」」
スタスタ先を行くタカに、慌てて荷物を持って2人に挨拶し、小走りでついていく。
「タカさん、ちょっと待ってよ」
「……。」
「?なんか怒ってる?」
「……いや、怒ってないよ」
無言のまま車に乗って、しばらくするとやっとタカが口を開いた。
「ごめん、嘘ついた」
「え?」
「伊藤には、俺がお願いした」
「お願い?」
「俺が送るって。だから今日は、そばにいて」
前だけを見て、重たい響きに優一は心配になった。仕事のことだろうか、それともプライベートのことなのか。そのまま家に向かい、玄関に着くと後ろから抱きしめられた。
「タカさん?疲れちゃった?」
するとタカのケータイが鳴り出した。あからさまにビクッと跳ねた身体に心配し、取らないの?と聞くと抱きしめる力が強くなる。しかし、鳴り止まない電話。 根負けしたのかケータイの画面を見ると「母」の文字。
「はい」
「やーっと、とった!仕事中?」
「あぁ。」
「あらごめんなさいね、実は今日ね、」
「母さん、誕生日おめでとう」
「あら!覚えてくれてたのー?嬉しい!実は今日ね、お店でパーティーしてるの!そこにね、忙しいのに美奈子ちゃんが来てくれてるのよ〜!ほら、美奈子ちゃん、隆人よ」
音漏れを聞いて優一は、はっとしてタカを見ると目を見開いて固まっている。
「もしもし、タカ?今あなたのお母さんの店にいるわよ」
「……」
「誕生日なのにお祝いしないなんて、ねえ?ママも会いたいわよね?可愛い恋人も一緒に来たらいいのに〜」
「……」
「この番号、登録しておくわ。後でね?はい、ママ代わってー」
「あ、もしもし隆人?元気でやってるの?オーディションみんなで見てたのよ〜!常連さんも会いたがってるから、もしお仕事の目処がついたら食べにおいで?可愛い彼女も一緒にどうかしら?なんちゃって〜」
「ごめん、仕事があって…」
「…そうよねぇ…。無理いってごめんなさいね〜隆人の頑張り、いつも見てるからね!ほどほどに頑張りなさい?」
「ありがとう、また顔出すから」
はーい、と明るい声で切れた電話の後、崩れ落ちたタカ。
「お母さんの誕生日?」
「あぁ」
「そこに美奈子さんも?」
「毎年だ。」
そっか…と何も言えないまま、座り込むタカを抱きしめる。
「誕生日に顔を見せない俺は親不孝かな」
「お母さんにはきっと伝わってるよ」
「俺だって会いに行きたいよ…」
「そうだよね、でも、美奈子さんがいる…。お母さんは知らないの?タカさんが美奈子さん苦手なこと。」
「知らないどころじゃない。娘のような感覚だ。とても可愛がって、嫁になれとまで言ってくるぐらいだ。」
ヴーヴー ヴーヴー
「タカさん、また電話。知らない番号みたい」
「叩き割っていいか?」
「ダメだよ!…おれが出る?」
「いいから。大丈夫。」
鳴り止んだケータイから、次はメッセージが届く。今度は「母」の文字。写真付きでお客さんとの集合写真。
「今、大きな蘭の花が届きました!ステキ〜!毎年ありがとう!」
センターには大きな目がそっくりな美人のタカの母と大きな蘭の花。その隣には寄り添って笑顔を見せる美奈子。
「すごい蘭の花…」
「母さんが好きな花だ。」
「お母さん綺麗な人。目が似てる」
「うん、よく言われる。元気そうだな」
少し表情が和らいだのにほっとする。
「母さんも歌手を目指していたんだ。祖母はピアニストにさせたかったそうだが…反発してジャズバーで歌ってたそうだ。」
「へぇ…音楽一家なんだ」
「その中でも夜の仕事なんて母さんだけだ。そこでプロデューサーの男が母に惚れて妊娠。その男は既婚者だったから結婚は出来ないまま俺を生んだ。」
「そんな…」
「でも、いつも笑って、楽しそうに音楽と、このジャズバーを経営していた。俺は幸せしか貰ってないよ。母さんが働いてる時は祖母にピアノを習ってたんだ。暇さえあればずっと弾いていたよ」
昔を懐かしんでぼんやりとどこかを見て微笑む。幼き日のタカの記憶。とても幸せそうで優一も微笑んだ。
「ねぇタカさん。俺、タカさんのお母さんに会ってみたい」
「っ!本当か?」
「ダメかな?」
入り込みすぎかな?と首を傾げるとガバッと抱き寄せられる。
「いいの?優一を紹介しても」
「タカさんがいいなら…。可愛い女の子じゃないけど」
「優一、俺本当に嬉しい。自慢の可愛い恋人だ」
やっと笑顔になった恋人に優一は安心させるようにゆっくりとキスをした。
「タカさん、大好き」
キスの後に目を見つめて言うと、大きな目を見開いた後、一気に潤むのを長い睫毛が隠した。 その間も鳴り続ける未登録の番号からの着信。 まるで聞こえてないかのように2人は夢中でお互いを求めた。
「は、はっ、っ、…っ、ッ優一っ、ッ」
「ーーっぁあああ!!タカさんっも、ッイクッっっんっっっ!!」
「もしもし、母さん?俺。次のオフの時、会いにいくよ。紹介したい人がいるんだ、きっと母さんも気に入ると思う」
「だってー!どうしよう私嬉しくて!どこのお嬢さんかしら!美奈子ちゃん知ってる?」
「さぁ?誰でしょうね」
「マーマ、まだ恋人って隆人くん言ってないんだからぁ!」
「あ、そーよねぇ!?私ってば〜」
あはは、と盛り上がる店内で美奈子だけは足に爪を立てた。 タカがこのような動きに出るのは初めてだったからだ。いつまでも繋がらない電話にもイライラしていた。そして、あの日対峙した意志の強い目を思い出す。今までのタカの選んだ人とはまるで違う相手に、美奈子は爪を噛んで次の手を考えた。
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