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第24話 宇宙人と人
鏡張りのスタジオに集められたのは、夏のコンサートでダンスを披露するチーム。青木は物凄いメンツにワクワクしていた。
「青木ー!元気かー?」
「はい!楓さーんよろしくお願いします!」
事務所ナンバー1のダンスマシーンの楓は、このメンバーの中でも別格だ。そしてその後ろでアクロバティックの大技をふざけて披露するのは78の榎本ルイ。
「かーえーでー!お前がやってみろって言うからやったのにー!見てた?大地は見てた?」
黒のニット帽を被り直してニシシと笑っている。「永遠の少年」というファンからのあだ名の通り、全力の笑顔は見る人を魅了する。ルイは身体のバネが強く、大技が多い。趣味でBMXも行なっている。
「見てましたよー!カッコイイ!」
「だっろーー!?へへー!こんなのチョロいもんよぉ!」
まだ動き足りないのか落ち着きがないルイを、楓が首に腕を巻きつけてホールドしている。そんな騒がしい中、レイとカナタが入ってきた。
「お疲れさまー」
「「お疲れ様です」」
「おおー!カナタさーん!!なんで今回歌わないっすか!?」
ルイがホールドを解いてカナタとレイのもとに走っていった。本当に落ち着きがない。
「今回はね。久しぶりにダンスに集中したいから…。ルイみたいに、ダンスもラップもって、いくつも出来たらいいけど」
「そーんーなー!またまたぁー!ヨイショしちゃってー!こんなんじゃ俺っちテンション上がっちゃうー!」
「ルイうるせぇぞ!そろそろ静かにしろや!」
楓に怒られても気にせずカナタに絡んでいる。レイも爆笑しながらルイにかまってあげていた。
「お疲れさまでーす」
最後に入ってきたのはAltairの翔。青木はげっ!と顔をそらした。翔は絡む人がいないのか、レイの隣にベッタリくっついていた。 全員揃ったところで振り付けの先生が立ち位置や役割、曲の演出などを発表した。
「センターは翔。ダンスフォーメーションでは楓とルイと大地がメインになる。レイとカナタだけど、もしかしたら歌入りになる可能性があるから、あまり動かさないようにしてるよ」
「カナタさん!レイ!歌だってー!俺っち嬉しいー!だってさぁー2人の歌、メイン級じゃーん?楽しみー!俺っちラップしてもいいよん」
また立ち上がろうとするのを楓が服を引っ張って座らせた。
「レイは歌うまいのにラップってもったいないよー!!マコちゃんと変わればいいのにー!」
「おいコラ、お前いい加減黙れ。」
誠の名前が出た瞬間、楓の空気が変わって、ルイも怒るなよ〜と少し拗ねて大人しくなった。青木はその様子をみて複雑な気持ちになった。しばらく楓を見つめているとその奥でルイと目が合い、またニシシと笑顔を向けられた。
(相変わらず子どもみたい。可愛い)
青木が笑い返すと嬉しそうにウィンクしてきて全く話に集中できなかった。
「え?!っていうか!翔ちゃんがなんでセンターなの?翔ちゃんカッコイイけどダンスなら俺っちか楓だろぉ?なぁ、せんせ、なんで?」
「この中で1番人気だから」
「ガーーン!辛辣ぅ!せんせ、最高ぉ!」
傷つく話も爆笑しているルイにつられて青木も笑ってしまった。翔は冷めた目でルイを見ていた。
それぞれ動きを確認したあと、さっそく音を出してみると別格なのが78の2人だった。
「うわぁーすげぇ」
「本当カッコイイな!ルイさんダンスしてたら別人だなっ」
青木とレイは動画を撮って2人の動きを記録する。カメラに気づいたルイはピースしてポージングしたあと、見せて見せて、とすぐに寄ってきて苦笑いした。
「楓さん、子守してるみたい」
「いつもは篤がいるから楽なんだがな。めんどくせーコイツ。先生ぇ、音かけといて!コイツダンスしてれば静かだから。」
終始賑やかな中、ずっと座っている翔に青木が声をかけると、もう覚えたから体力使いたくないという発言だった。
(うわぁ〜やっぱ苦手)
やっぱりレイの隣から離れないところを見ると、レイが言う通り、大河にそっくりだった。
キュッキュッ
シューズの音がして顔をあげると、真剣な顔で動きを確認する楓とルイ。やろう、と声をかけたわけでもないのに息がぴったりだ。さすがチームだ、と思ったところで鏡越しにカナタと目があったようで、ニシシと笑ってカナタのところに走って甘えている。 楓は気にせず軽やかに踊っていた。
「青木、3人のフォーメーション確認しよう」
「はい!ルイさーんやるよー!」
「はーい!やる?今やる?やろ!」
カウントがぴったり合ってギリギリの歩幅のフォーメーションもしっかり合う。RINGではここまでダンスは出来ないから青木は思いっきり身体を動かした。たった2時間のレッスンは大満足で、次回も楽しみだった。
「青木、ご機嫌だなぁ?楽しかった?」
「とっても!俺ダンスやっぱ好きー!レイさん音源もらったの?」
「まだだよー」
シューズを脱ぎながらレイも楽しそうに鼻歌を歌いながら答える。青木も隣でストレッチしながら伊藤の迎えを待つ。
「ルイさんが褒めてたねー!」
「ルイさん…ふふっ、本当面白いよなぁ、悩みってなぁに?みたいなタイプ!実は練習生の時褒めてくれたんだよ。大河が1人で定期公演でてる間、俺は1人で練習してたのさ。そしたら別の収録終わりのルイさんが、突然スタジオに入ってきて、終わるまでずっといたから」
「ふざけたり絡んだり?」
「それがさ…ふふ、今でも思い出すと面白いんだけど、邪魔しないように端っこにちょこんって体育座りしてニコニコしてた」
「あははは!なにそれーー!」
「しかも78のめっちゃワイルドなかっこうでだぞ?今思い出しても笑える」
思い出し笑いしているレイにつられて青木も涙が出るほど笑った。
「なにをそんなに笑ってるんだ?」
「楓さん!お疲れ様です!あれ、ルイさんは?」
「カナタさんにベッタリ。まだ時間あるから好きにさせとくわ」
「カナタさんに懐いてるんですねー意外!」
楓も青木の隣でストレッチを始めた。身体が柔らかくて見ていても気持ちがいい。意外そうな青木に、楓は呆れたようにルイを見た。
「あいつ生粋のブルーウェーブのファンだからな。初めて事務所でタカさん見たとき、感激しすぎて子どもみたいにわんわん泣いて困らせてたし、カナタさんが優しいと知ったとたん、ずっとアレだ。」
お母さんに甘える子どもみたいにずっと絡んでいるのを、カナタは笑って受け入れていた。
「ああ見えて、あいつの部屋のCDはほとんどブルーウェーブばっか。だから今回カナタさんとできるのは、アイツにとって本当に奇跡みたいなもんだ。騒がしくて悪いけどこれはもう…許しやってほしい。」
「憧れの人と一緒にできるからテンションあがってるんですね」
可愛いなぁーとニコニコする青木にレイは吹き出し、お前もだろと突っ込んだ。
「青木だって楓さんと一緒だからテンション上がってるんだろ?」
「そりゃーそうだよ!レッスンが楽しみ!」
可愛いやつ、と嬉しそうに言われ、照れていると、青木達の前を無表情の翔がお疲れ様ですとサッと通り過ぎた。
「無愛想ー。マコちゃんの前では元気なのに。」
「ルイさんの元気に押されてるんだろうなぁ。いつもはもっと元気だよな」
「オーディションではユウとサナちゃんと三人で女子会みたいになってるぞ」
優一が合うならますます大河に似ていると青木は思ったあと、少し凍りついた。
「(ユウを諦めたら?)」
(ユウに変なこと言ってないだろうな?)
少し冷や汗をかきながら、さり気なく優一に聞こうと、レイと一緒に伊藤の車に乗り込んだ。
「え?夏のコンサートが終わったら?」
「そうだ。寮生活から自由になるぞ。時間ないだろうから、一人暮らしか実家か考えといてくれ。一人暮らしなら、ある程度条件言ってくれたら情報集めるから。」
バンに乗ってしばらくすると伊藤から寮解消の話をされた。青木だけが驚いているところをみるとレイは先に聞いていたようだ。
(もう皆がすぐ近くにいるわけじゃないんだ)
青木は不自由を感じてなかった分、寂しさしかなかった。
「なぁーんだ?お前たち!…ふふっ、全員同じリアクションだな。」
「へ?」
「いいグループだな。俺はこのグループのマネージャーで幸せだよ」
「伊藤さん…」
仲悪いグループも普通はあるからなと、ニコリと笑った。
「ただ、ずっと同じでいられるわけじゃない。芸能人として自分の責任、というものも学ばなきゃいけない。自立してもっと広がることもある。もちろんこれからも会社のフォローは変わらないからそこは安心していい。…ただ、ずっと俺が担当でいられるわけもないのさ、俺はただの会社員だ。人事異動だってある。」
お前たちが売れ続けてくれれば継続させてもらえるかもな、と笑う伊藤もどこか寂しそうだった。夏には、全員がバラバラで過ごす。解散するわけではないのになぜか心細い。どれだけお互いに頼っていたのだろうか。
「あ!スキャンダルだけは止めてくれよ?マコと大河が岱がはずれそうで怖いよなぁ…みんながみんな、理解があるわけじゃないから。」
「一緒に住むのはいいの?」
「んーー!せめて隣かな。仕事のリズムが違うから、2人の長続きも考えるとな。意外にマコは1人の時間が必要だから。大河がそのタイプに見られがちだが、マコの方がそのタイプだ。逆に大河は誰かとずっと一緒にいても平気なタイプかな。」
ふーん、と青木が興味深く聞くのを、いつもは反応するレイが静かにしている。
「…あれ、レイさん?」
「しー、寝てるから。」
「へ?レイさんが?珍しい!」
「そうか?よく寝るぞ。移動車で寝ておかないとレイは寝る時間ないからな。」
後ろから助手席をのぞくと安心したように口を少しあけて寝入っていた。
「爆睡だ…」
「レイは自分をタフだと思ってるが…回復する時間が短ければ必ず体力は減る。オフ作ってはいるんだがなぁ…なんせオファーが多いから。」
「今日はもうレイさんオフ?」
「ああ。休むよう強く言ってくれ。俺から言っても聞かないからな」
ゆっくり頷いて、背もたれにもたれた。
「青木、着いたぞ!」
「んー!レイさんありがとう」
いつの間にか寝ていた青木はいつも通り元気なレイに起こされ、伊藤は事務所に戻った。
「レイさん、伊藤さんが休まないって心配していたよ?今日は絶対絶対休んでね?」
「あー…今日呼ばるてるんだよ。行かなきゃ」
「誰に?どこにいくの?」
「シュウトの所」
大きなあくびをしているレイは見るからに疲れていた。青木が止めるも大丈夫大丈夫と風呂にむかった。
(レイさん、無理してない?)
決して聞けない言葉を飲み込む。青木は部屋に戻るとダンスの疲れから目を閉じた。
ガチャ
ドアの音がして青木は目を覚ました。
(マコちゃん帰ってきたのかな)
ドンッ
「んっ…ん、…はぁ、ンッ、ごめんっ、て、」
「ダメ。僕に嘘ついた」
「ちがっ…嘘、じゃないっ…んっ、ごめんっ、ここ、じゃダメだ、頼むからっ、ふぅっ…ン」
「嘘つきの言うことは聞かない」
慌ただしい感じに青木はリビングに向かう。
「レイさん?大丈夫…」
青木は目を疑った。
初めてみる涙目で、眉を下げて嫌がり、服の中に入れられた手を外そうとするレイと、レイを冷たい目で見てソファーに押さえつけるシュウト。
「青木…っ」
レイの目が青木を捉えたところで、シュウトもゆっくり振り返る。 ゾクッとするほどの綺麗な顔に感情はない。
「シュウト、っ、頼むから、ここから出よう。ちゃんと行くから。本当ごめん、俺寝てて」
「今日はもういいよ。」
「待てって!シュウト!」
何も出来ないまま青木は立ち尽くす。レイはきちんと話がしたいのか、シュウトの腕を掴むも、その腕を取られて壁に押し付けられ、思いっきりキスをされている。
「っ!!ん…っ、ッは、やめろって!寮では、こんなこと、しないって約束しただろ!」
「先に約束破ったのはそっちでしょ。」
「だから悪かったっ…」
「レイさん!!!」
シュウトが手を放すとフッと力が抜け、前に身体が傾いたのをとっさにシュウトが支えた。青木が駆け寄ると顔面蒼白でピクリとも動かない。
「レイ?レイ?」
シュウトはレイの頬を軽く叩くも反応しない。
「大地くん、伊藤さんは?」
「じ…事務所に」
「呼んで。」
「はい。」
シュウトはゆっくりレイを抱き上げてソファーに寝かせて、帰る準備をはじめた。 青木は慌ててケータイで電話をかけた。
「もしもし?青木、どうした?もうすぐ寮に着くぞ」
「レイさんが倒れちゃった!伊藤さん、すぐ来れる?」
「すぐ行く」
伊藤が来ることを確認したシュウトは自分の少ない荷物を持ってドアを開けた。
「ちょっと待ってくださいよ!!」
「なあに?」
「恋人が倒れてるのに、帰るんですか?」
「…僕にできることある?無いよね。」
「そんなっ…心配じゃないんですか!?」
「レイにはみんながいるじゃない。わざわざ僕が何かしなくても。大地くんも、伊藤さんもいる。」
ビックリする言い分に一瞬唖然とするも、レイのことを思うと引き下がれなかった。
「…でも、恋人ならそばにっ」
「恋人よりもレイは自分を優先しているんだよ。だから、僕だって自分を優先していいでしょ?僕らはそういうスタイルなの」
氷みたいな瞳で、青木には到底理解できないことを淡々と話す。レイが疲れていても会いに行こうとしていたのを思い出し、ビビりながらも言い返した。
「自分を優先…?本当にそんな風に思ってるんですか!?どんなに疲れててもシュウトさんに合わせていたのに」
「それはレイがしたくて合わせたんでしょ。レイは今日会えるって、僕の家にいくって、自分でそう言ったんだよ。なのに、約束を破って僕がこうして来るまで気付きもしなかった」
「仕事で疲れてるんだって分かってあげられないんですか?」
青木の問いかけに首を傾げるのを見て、うそだろ、と絶句した。
「…?…やっぱり僕は…感覚が人と違うみたい。レイが目を覚ましたら伝えて?」
「へ?」
「もう飽きたって」
ガチャンと閉まるドアに言われたことを反芻する。
(体調悪くて行けなかったのに、別れるってこと!?)
悔しくて裸足のまま追いかけてエレベーターホールで見つけ、白い腕を掴む。
「レイさんを振り回しておいて!そんな言葉を人に託すなよ!!レイさんがどんなにっ」
「やめてよ。外で。困るよ大地くん」
「納得いかない!どういうことですか!説明してくださいよ!」
「飽きたことを説明?んー…大地くんの言うことも、僕は分かってあげられないし、やっぱりレイも僕よりも自分のことだし。僕たち分かり合えないし、もう別れるから」
『8階です。ドアが開きます』
カッとなって拳を振り上げるところで、到着した伊藤が慌てて青木を止めた。青木の矛先を見て伊藤はなんとなく状況が分かった。
「待て!落ち着け青木!まずはレイだ。シュウト、後で話を聞く。」
「話すことはないよ」
「そうか。もう行っていいぞ。そして今後レイに近づくな。」
「うん」
『下へ参ります』
そのアナウンスを聞きながら、伊藤は青木の手を掴み、部屋に向かうとカバンを玄関に落とし、そのままレイのもとにむかった。顔面蒼白でぐったりした様子に伊藤は管理不足を反省した。
「レイ、おい、大丈夫か?」
「…っ、ぐすっ…、っ」
「青木、泣くな。病院連れてくぞ。レイの荷物準備して。」
「っはい…っ」
「過労と睡眠不足と貧血ですね。とりあえず今日は点滴して、目を覚ましたら鉄分の薬を1ヶ月分処方します。」
「はい、ありがとうございます」
青木はレイのそばで鼻をすすりながら、青白い顔を見つめた。いつも太陽みたいな存在で絶対的なお兄ちゃん。その人の恋人は、恋人とは思えないほどの仕打ちをし、見ていた青木の方が傷ついていた。点滴をはじめて1時間後、レイはゆっくりと目を覚ました。
「レイさん!」
「レイ、分かるか?ここは病院だ」
「…病院…」
「体調はどうだ?」
「ん…?……あ、もう大丈夫だよ!」
「「は?」」
いつもみたいな笑顔を作り、ゆっくりと起き上がった。
「レイさん、まだ点滴中!」
「いや、もう大丈夫だから。ごめんなー!ビックリさせたな。俺、今から行くとこあるから…」
「もうシュウトのところは行くな」
「伊藤さん?」
伊藤の言葉にレイが少し動揺したが、いつもみたいに明るく笑ってなんでだよ、と返す。
「伝言だ。飽きた。別れるから、僕たち。」
「っ!!……あ、俺もしかして間に合わなかった?…はは、そっか。分かった。仕方ないな。」
「レイさん、」
「青木、伊藤さん、ごめん。今、1人にして」
腕で顔を覆って、口元だけで笑っている。 伊藤は苦しそうに顔を歪め、レイの頭を撫でた。
「…分かった。いいか、お前は悪くない」
「ううん。俺が裏切った。シュウトを傷つけた。…ごめん、やっぱり1人にして」
最後まで明るく、何でもないように見せた。シュウトとの関係を嬉しそうに語っていたのを思い出して、青木は胸が張り裂けそうだった。青木が言えなかった事実は、伊藤に伝えてもらうかたちになった。
「本当に、あいつのどこがいいんだろうな」
わけわからん、と苛立ったように伊藤は事務所に連絡しに行った。青木は近くのベンチに座ってレイが元気になるために、とひたすら考えた。
「いやー!驚かせてごめんな!もう元気!さぁー!明日からまた働くぞー!」
点滴が終わったレイは晴れやかな顔で病室から出てきた。よく寝たと伸びをしている。顔色も戻り、いつもの様子に青木はほっとしていたが伊藤はため息を吐いた。
「青木、ありがとうな!あと変なとこ見せてごめんな!ビックリさせちゃったな…うわぁー俺超恥ずかしい〜!忘れてくれよ!?」
両手で顔を覆って恥ずかしがってるのを見て、思わず笑うと、レイもほっとしたように笑った。その顔にわざとネタにしたのだと分かり、また胸が痛んだ。その後は車内でいつも通り、レイがペラペラと喋り、青木もうんうん、と聞いていた。寮に着くと伊藤が振り返った。
「…青木?先部屋入ってて。俺は少しレイに説教しなきゃならん」
「えー!俺説教されんの!?」
「分かったー!伊藤さん、めちゃくちゃ怒っといて!」
「もちろんだ。」
「えぇー。病みあがりなのに」
青木は降りてバンを見送った。ふとマンションの近くに停まっている見慣れない高級車に疑問が浮かぶ。よく見るとサングラスしていても分かる隠せない美しさ。
(シュウトさん…)
コンコンと窓を叩くと、窓が開いた。
「シュウトさん、どうしたんですか?忘れ物ですか。」
「忘れ物、そうだね。レイを迎えにきたよ」
(どのツラ下げで来てんだよ、この人)
「…あれ?飽きたって言ってませんでした?」
「さっきは頭に血が上っていたから。ごめんね?で?レイはどこ?」
「都合がいいですね。伊藤さんも近づかないように言ってましたよね?…あなたには教えません。まだ体調悪いので帰ってください。レイさんにももう別れるって伝えてますから。」
青木はエントランスに向かおうと踵を返すとぽつりと聞こえた声に足が止まる。
「レイはなんて?」
「…分かった、仕方ないなって」
「…そうなんだ。僕と別れたら伊藤さんのところに行くのかな」
「は?」
「伊藤さんに行くのなら、手放せない」
「意味分かんないんですけど」
「僕を失った悲しみに浸かって、また僕に戻ってほしいって縋り付いてきてほしいんだ。伊藤さんのところに行ったら意味ないでしょ」
宇宙人だ…と青木は思った。何一つ言ってる意味がわからない。失礼します、と頭を下げてこの会話を切った。
街灯が届かない公園の駐車場。2人ともシートベルトを外して静かに話す。
「俺は何度も言ったな?大丈夫なのか?って」
「はい」
「なんだこの有様は。お前が大丈夫って言ってたから信用していたんだぞ」
「すみません」
「それでも好きなのか?」
「……うん」
伊藤の大きなため息を聞き、レイもため息を吐く。
「飽きたら終わり。それが俺らの関係。だから、割り切らなきゃいけないのにな。いつかはこんな日が来るって、分かってたのに。俺にもっと体力があれば…」
「体力があれば?」
「今日も会って、ふつうに次もあったはずなのに。体力なくて、約束、破ったから」
自然と潤む涙を誤魔化すようにニカッと笑う。
「伊藤さん、振られちゃったよ、俺」
目を細めた時に溢れる涙を隠そうと下を向くレイを伊藤は強く抱きしめる。
「こんな顔させるんならもっと早く止めればよかった」
「っくっ…ぅうっ…っ」
「お前が選んだ人だからって、幸せならそれでいいって見守ってたのに…心配かけんなよな」
「っぅうー…っ、っ、ぅ」
伊藤の服が涙で濡れていく。こんな弱く、頼りないレイを見たのは初めてだった。
「レイ、俺たち一緒に住もう」
「っ!?…っ…っひっく…っ」
「寮解消したら、一緒に住もう。もうほっとけない。」
「っ、うん、伊藤さんと、っ、一緒に住みたいっ…俺でいいの?」
「お前がいいならな。…レイ、お前はどんなつもりで俺に一緒に住もうって言ったんだ?」
「…伊藤さんなら俺といてくれるかなって」
「うん、まぁそうだな」
「俺、いつの間にか伊藤さんがいたら安心してて、一緒にいるのが楽しくて…。でも、俺なんか伊藤さんにとって、恋愛対象にはなれないって落ち込んだ時期もあった。でも居心地がいいから結局あまえてる。伊藤さんがいろんな人に告白されてるのを見て、いつか可愛い彼女作ってしまうだろうなって思ったから…だから、俺も好きな人、作ろうって。」
伊藤は、またため息を吐いて、レイの目をしっかりみつめた。
「アホか。立場上、手を出せるわけないだろ。…今はシュウトのことで頭いっぱいだろうけど、徐々にでいいから…もう一回俺を見てくれたら、正直嬉しい。とにかく、もうシュウトとは会うな。いいな?」
「2人でってことだよな?」
「当たり前だろ。呼ばれたら俺に連絡しろ。今のままなら、呼ばれたら行くだろ」
「うん、分かった」
自然に黙って、お互いが顔を近づけキスをする。一度唇をはなして2人で微笑むともう一度唇を付けるとどんどん深くなる。抑えていた気持ちが爆発し、いつまでもキスしていた。
「手出さないようにって頑張ってたのに…ごめんな、抑えられなかった。」
「ううん。俺もしたかった。」
「キスしといてなんだけど、まだ切り替えできてないだろ?」
「…そんなことない、俺は」
「おーい。すぐ人に合わせようとするな。これはお前の悪いクセだ。ゆっくりでいいから。俺も待たせたから悪いし。必ず改めて告白するから、不安になるなよ。それまでに気持ち整理して、答え出して」
「分かった」
頷くと頭をわしゃわしゃと撫でられる。そのあと目をしっかり見つめられ、レイはドキッとした。
「でもさ、聞き流してもいいから、今も言わせて。俺はレイが好きだよ。ずっとお前を見てた」
真剣な目と、いつもより低く囁くような声は初めてだった。
「っ…っ…ふっ…ぅっ…」
「あーもー…泣くなって…。」
ぎゅっと抱きしめられ、包容力にレイは心から安心して落ち着くことができた。
「っ、伊藤さん…ありがとうっ…っ」
「うん。やっと落ち着いたな。さ、帰るぞ」
「僕のレイ、誰にも渡さないって言ったのに。レイってば本当にどうしようもないね」
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