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第27話 フラッシュバック

「今日、レイが退院するから。青木も復帰だ。フォローありがとな。」 疲れが残る伊藤は穏やかな笑顔で優一と誠に伝えた。この数日は怒涛のスケジュールになっていた。大河は一日中テレビ局にいた日もあるぐらいで、全員が疲弊していた。 楽器を詰め込んだバンに乗って出発して、優一は静かに寝息をたてた。しばらく経つと急に路肩に駐車した。 「伊藤さん?大丈夫?」 誠が覗き込むと、伊藤は大丈夫といいながら目をぎゅっと閉じる。 「悪い、少し目眩した。よし、治った!」 誠は伊藤のすごいクマを見て、寝てないことが分かった。 「伊藤さんも、俺らのためにありがとう」 「これが俺の仕事だ。ごめんな、安全運転するから。」 その後は問題なく事務所のスタジオについたが、次の大河の迎えを他の社員に頼み、仮眠室へと向かっていった。 「伊藤さん大丈夫かなあ?」 「疲れがピークかも、心配だね」 2人は楽器をもってスタジオに入った。 「「おはようございます。よろしくお願いします。」」 2人が挨拶すると、一緒にバンドになったブルーウェーブのタカとジンが立ち上がり、優一と誠に向かって頭を下げた。 「この度は、うちのメンバーシュウトがご迷惑をおかけしました。大変申し訳ない。」 「えっ!?いや、2人とも!そんなっ、顔上げてくださいっ!」 慌てる誠を他所に優一は厳しい顔のままで、誠はヒヤリとした。 「優くん…」 「…本人に言おうと思ってましたが、まだ入院中らしいので、伝えてください。レイさんにしたこと、どんな理由があれ、俺たちは許しません。多くの人の気持ちと時間を奪ったんです。青木はひどく傷ついています。伊藤さんは今にも倒れそうです。僕らだっていい状態ではありません。何より、レイさんは今まで以上に明るく振舞って自分を殺しています。」 「優一…」 「レイさんは、ちゃんとシュウトさんに向き合っていました。愛していました。その重みをグループで背負ってください。」 「もちろんだ。優一くん、言ってくれてありがとう。」 ジンが真剣に受け止めたことで、気持ちが落ち着いたのか、優一は急に号泣して慌てて誠が抱きしめる。 「俺たちの兄ちゃんを傷つけないでよぉ!!」 「うん、ごめんね」 「青木だって、人を殴る人じゃない!人に文句も言えない、メンタルが弱い優しいヤツなんですっ!!本当にっ傷ついてて、」 「優くん、落ち着いて。ジンさんとタカさんに言うことじゃないよ。ほら、楽しみにしてた練習頑張ろ?」 「俺はっ何にも知らなくて!!何もしてあげられなくって!!俺、」 ショックがあまりにも大きく、状況にもついていけず、自分が何もできなかったことが悔しくて止まらなかった。 「…マコちゃん、ちょっと優一かりるな?ジンさん、はじめてて。」 「わかった」 「嫌だ!!はなして!!」 タカは泣き喚く優一の腕を引っ張って廊下に出て、バルコニーに向かった。 「っぅ、っううー!っぐすっ」 優一は泣きながら大人しく引っ張られていた。外に出て死角に行くと、タカはそっと抱きしめるも腕の中で暴れていた。 「うぅーー!嫌だ!タカさんも、知ってたくせにっ!!レイさんとシュウトさんのこと!俺に隠してた」 「隠してない。俺やジンさん、カナタさんも寝耳に水だ。」 「そんなはずないっ!」 「シュウトは長年の彼女がいた。俺たちはそれしか知らない。いつRINGと関わりをもったかもわからない。」 「そんなっ彼女いるのに」 「いいか、RINGみたいにお互いのことをなんでも知ってるグループは殆どない。お前たちの絆は特別だ。シュウトがいつ彼女と別れたのか、何があったのかも、この事件がきっかけでやっと聞けたんだ。知っていたら、もっと俺たちがフォローしていた。ここまで思いつめて歪ませたのは、俺たちに話してもらえなかったのもあると思う。」 「ぐすっ…ぅっ…」 「レイや青木、伊藤にも、そしてお前たちにも本当に合わせる顔がないくらい、俺たちは謝罪の気持ちしかない。信頼を失った分、仕事で態度で返すから…許してくれとは言えない。この気持ちをちゃんと背負っていく。」 腕の中の優一は落ち着いたのか、タカの腰に腕を回して顔を胸につけた。 「落ち着いたか?」 「うん。取り乱して、ごめんなさい」 「いや、そうなることは予想していた。ぶつけてくれてありがとう。」 「……。」 「俺の時もこうしてたくさんの人を傷つけたんだと、改めて思うよ。二つの重みをずっと持つつもりだ。」 その言葉に、優一ははっとしてタカを見つめると、タカも目を潤ませながら優一を見た。 「タカさん、ごめんなさい、俺…」 「そんな顔すんな。」 「俺も、一緒に背負うよ。」 「そんな負担かけられないよ。ほら、そろそろ戻るぞ。楽器、楽しみにしてくれてるんだろ?…頑張れそうか?」 「うん!ギターで発散する!!」 元気になった優一にほっとして前を歩く小さな背中を見ながら歩いていると、振り返って言ったセリフが過去と重なった。 (「タカさん!早く練習しよ」) (タカさん、ここ教えてください) (タカさんに認められるように頑張る) (いやだ!やめてっ!誰かっ) 「ううっ!!」 「タカさん!?」 夢でしか見たことない過去が、ひどくリアルでタカはトイレに駆け込んで嘔吐した。 優一はタカの背中をさすって心配そうに顔色を伺う。 「タカさん?大丈夫?汗もすごいよ」 「…っは、っは、悪い、大丈夫。」 「体調悪い?」 「いや、大丈夫。行こうか。」 顔面蒼白のタカを心配しながらもスタジオに入った。 「優くん落ち着いた?」 「落ち着きました。ジンさん、マコちゃん、取り乱してごめんなさい。俺、バンド楽しみにしてました!だから、楽しんでやりたいです!どうぞよろしくお願いします!」 「うん!こちらこそ、よろしくね!」 誠も嬉しそうにぺこりと頭を下げた。 優一は切り替えてギターを準備すると、昔に戻ったような気がして誠を見上げると、誠もニコリと笑いかけてくれた。 ジンはタカの作った譜面を軽く叩くもとても上手いことが伝わる。 「久しぶりだなぁ〜こんなだっけ?」 ジンはベースの誠を見ながら合わせてみる。誠は嬉しさが顔全体に広がりキラキラしながら弾いている。 優一もギターを軽くならす。 「えぇっ!?優一くん!ギター上手いね!」 「ありがとうございます!」 「優一には本当に驚いたよ。ジンさんも満足すると思うよ」 「楽しみだね」 タカの譜面を見て優一はワクワクが止まらなかった。うずうずしてボーカルのタカをみる。顔色は少し戻って水をがぶ飲みした後、行こうか、と言ってマイクの前に立った。 「まこちゃん」 「はぁ〜ドキドキする〜やっと弾ける」 演奏が始まるとタカの生歌に誠はビックリしていたが、だんだんと曲の世界に入ってきた。ジンのドラムも安定感があり、全員の息がバチッと合い高揚感が溢れる。 (気持ちいい) 優一は音の世界に浸って誠の目を見ると、誠も頷いてラストサビで上のハモリ、下のハモリで分かれた。それを嬉しそうにタカがジンを見てジンが主旋律、タカがフェイクに回った。 「っはあぁあああー!楽しいー!タカさん今のどうですか?」 「最高だな」 「2人のハモリいいね!マコもベースかっこいい!」 ジンも楽しかったのかテンションが上がっている。 タカは譜面にメモをして持ち込んだ録音機材で確認してはまた機材をいじっていた。 「僕ね、バンドしたくてこの業界目指してたけど入ったのがアイドル事務所でさ、諦めてたんだ。でも今日とっても嬉しいよ」 「ジンさーーん!俺もです!!優くんとバンドしたかったんです!ダンスよりこっちが好きです!」 「はは、そうなんだ。僕らもダンスはダメダメだから。カナタはダンスうまいけど、その他はヒドイよ〜!知らんぷりしてるけど、ここにいるタカも下手だよ」 「うるさいなジンさん。半年くらい時間もらったらできる」 拗ねた様子のタカに誠と優一がぷぷっと吹き出す。ジンがいると一気にタカの年下感が出て優一は新鮮だった。 「ジンさん、もう一回合わせましょう?」 「うん、やってみよ」 誠はとても楽しそうにジンと合わせていた。それに優一も加わった。ジンにとても懐いた誠は好きなジャンルとか好きな音楽とかを聞いていた。誠がもっているCDの中でのイチオシを聞かれて得意げにこたえていた。 「え!マコちゃん、そのCD持ってるの?」 真剣にパソコンを見ていたタカがぱっと顔をあげた。誠は嬉しそうに持ってますー!と犬みたいにタカさんにかけよった。 「メジャーデビューではないんですが、歌声がカッコイイ女性ボーカリストなんですー!たまたま楽器屋さんにいったら古いCDコーナーで見つけたんです!」 「そっか」 タカはニコニコと話す誠をみて、つられて笑っている。 「タカさんも好きですか?この人で俺、ジャズ聴くようになったんですよー!しかもこの人日本人なんです!はじめアメリカのシンガーかと思いました!ジンさん、本当にオススメです!」 鼻息が出てそうな勢いに、スタジオが笑いに包まれる。タカは、俺も持ってるよ、と言って誠の肩をポンポンと叩いた。誠はさらに目をキラキラさせた。後ろに尻尾があれば左右に振りきれていただろう。 「マコちゃん、ビックリすること聞く?」 「はい!なんですか?まさか、この人に憧れて芸能界に?それともお知り合いとか?」 「知り合いっていうか、うちの母さんだよ」 全員が一瞬止まったのを見て、タカは嬉しそうにニカっと笑った。 「「「えぇーーーーー!?」」」 タカ以外がいいリアクションをしていて、タカはクスクスと笑った。その顔はどこか嬉しそうな雰囲気だ。 「タカのお母さんも歌手目指してたのは知ってたけどCD出してたんだね」 「恐らく自主制作だろうけどな。ま、俺もファンっちゃファンだし。」 またパソコンに視線を戻しながら、機嫌良さげに答える。誠は更に目を輝かせ、うはぁー!と感動していた。 「お母さんも歌手なんですね!」 「いや、今はバーの経営者だ。あ、マコちゃんお酒強かったよな?いつか飲みに行くか?」 「え!?えっ!?いいんですか!!?やば!優くん!どうしよう!この人のバーに!」 「あははは!まこちゃん興奮しすぎっ!タカさん俺も行く!」 「酒は飲まないって約束するならいいぞ」 「じゃーこのバンドの打ち上げにでもみんなで行こうか。」 ジンの言葉に優一と誠は子どもみたいに喜んでハイタッチした。 「よっし!ジンさんの奢りだから皆頑張ろうな」 「え!奢りとは言ってないよ!」 タカがニヤリとジンを見るとジンが慌てた。優一と誠はさらにやったー!と騒ぎながら楽器に向き合った。 「提案なんだけどさ、ラストサビ、優一がフェイクいけない?歌割りかえたくて。マコちゃん、どこまで音域あるか確認していい?」 皆に見られながらの音域チェックに、誠は瞬時に緊張で喉がカラカラに乾いた。 「マコ、緊張しなくて大丈夫だよ。タカはより魅力的に見せるために歌いやすい音域と通りやすい音域を確認したいだけだから。」 「へーそんなのやるんだー!タカさん俺のは?」 「お前のはもう知ってる」 「え?!俺自分の知らないっ」 2人のやりとりにジンはクスクスと笑いながら、マコの肩をもんで解す。タカは不安そうな誠にキーボードの電源を入れながら話す。 「いや、いつもハモリだからもったいないな、と。一回ライブでレイとのユニットあったろ?あの音域なら、本当はレイが主旋律の方がもっと魅せられた。お前には少し低い気がして。」 誠自身は違和感なく歌っていたつもりだが、客観的にそうだったのだろう。少し凹む誠にタカは苦笑して、近くにあったキーボードで、レイとマコの曲のキーをあげて弾きはじめた。 「マコちゃん、これで歌ってみな?」 ダメ出しの後に歌いにくい誠だったが、歌い始めると響く気がした。 「「おぉ」」 優一とジンが感心する。 「おっ!まだいけるな、あと少しあげるぞ。」 まだ上げるの!?と内心焦っているが丁度サビになった時、自分でも驚くほどの変化があった。 (あれ…出しやすい) 「分かった?」 「はい」 「ここ、マコちゃんのベストな音域。このキーならもっと声が通るし、表現で遊べる。前のだと歌うので精一杯なはずだ。もう一回原曲キーでいくぞ」 (なんだか声を抑えてる感じ…) 「どうだった?」 「今やると、なんだか歌いにくいです」 「そうだろう?音域さえ理解すれば今後もっと伸びる。一度大河の代わりで優一とマコちゃんがカバーしたろ?大河のベストな音域とさほど変わらないと思ってたんだ。」 (そんな時から見てくれてるの…?この人すごい) 大河がタカに会って動揺して帰ったあの日、大河のパートを2人で分けた。あの時のことだ。 「地声が低めでも、伸びる音域はちがうから、今後意識してみるといい」 「はい!ありがとうございます!」 「楽器やってるのみて、音楽好きなんだなって気付いたから特別だ。」 あの日に聞かれた、なんのためにこの業界に入ったのか、やっとタカに伝えることができた。 「音域が分かったところで、ラストサビは主旋律にマコちゃん、俺とジンさんでハモる。」 「えぇっ!?無理ですよ!そんな支えられません。」 「えー。そんなこと言うなよ。俺だって遊びたい」 拗ねるタカに何も言えず黙るのを、ジンが笑いながらフォローした。 「この曲のサビ、タカがハイハモに回りたがってるんだよ。タカは音楽のことでは絶対折れないから早く練習した方がいいよ。幸いなことにマコちゃんのベストな音域だし、ね?」 (うわ!やられた!) 誘導されてたんじゃないかというぐらいのタイミングで誠はしぶしぶ了承すると、いたずらっ子みたいにタカが笑った。 (タカさんこんな顔するんだ) 優一を見ると嬉しそうにタカを見ていた。 (こらこら、デレデレしてるぞ優くん!) 誠はタカの音源を貰い、マンツーマンで歌唱指導を受けていた。歌にこんなに向き合ったのは初めてで、だんだん楽しくなっていた。 「最後に合わせて今日は終わろか。」 「そうだな。歌割り、新しいので。マコちゃん頼むぞ」 「はい…頑張ります」 全員が集中し、録音ボタンをタカが押し、優一に目線を送る。優一が頷くと目だけで笑った。 (なに、今のっ) 思わずピックを落としそうになるくらいドキッとした。動揺を悟られないようにがむしゃらにギターを鳴らすがドキドキが抑えられない。また視線を感じて目を見ると、挑発してくるみたいな表情で更に動揺した。切磋に目を逸らしジンを見ると大丈夫大丈夫、というように頷いてくれて少しほっとした。誠は緊張してるのかベースの手元に集中していた。 Cメロで全部の音が消え、タカの振り絞ったような歌い方に優一と誠は鳥肌がたった。そこからドラム、ベースが入りギターをかき鳴らせばラストサビだ。優一はこの説明できない焦燥感を全部フェイクで吐き出した。誠は今までのどのライブより声が通り、ジンが下のハモり、タカの高音のハモリがマッチしていた。 「お疲れさまー」 ジンの声で優一は、ハッとして現実に戻った。誠は褒められて顔を真っ赤にして照れていた。優一はタカを見るも、誠を褒めていて目が合わない。 (さっきの、何) 疑問符を浮かべる優一にジンさんが苦笑いして肩を叩いた。タカは録音した曲を確認している。 「優一くん、そんな顔しないで。あれはタカが音楽に引き込むためにやってるんだ。今回の曲のコンセプト、焦燥感や衝動でしょ?たぶん、タカの中で、優一くんのギターの上手さに加えて、その焦りや不安とかがむしゃらさがほしかったんじゃないかな」 「お!ジンさん、正解!」 「言ってくれたらやるもん!なんだか変な感じだった」 「言い表せない感情でぐるぐるしてんのがいいの。お前言ったらうまく解釈してそれっぽくやるだろ?それっぽく、じゃなくて、実際味わって欲しかったんだ」 誠はキラキラと話を聞いている。完全にタカを崇拝しはじめたようだ。タカは不満そうな優一の頭をぐしゃぐしゃにし、時間だ、と声をかけた。 「優くん、本当に楽しかったね!」 「うん!まこちゃん音域高いところだったんだね!驚いた!」 「えへへ〜」 帰りの送迎は伊藤ではなく、別の社員が運転してくれた。優一と誠はバンドや歌の話ではしゃいでいた。 静かになったスタジオを戸締りしてドアを開けようとしたところで、ジンはタカに手を引かれた。そこでジンはタカに向き合った。 「優一くん大丈夫だった?」 「あぁ。そうとうショック受けてたみたいだった。1番は何もできなかった、知らなかった自分が許せないようだったな」 「でもバンドで2人とも元気になってよかった」 「本当にな…。ジンさん、俺さ、初めてフラッシュバックした」 「え…?」 「優一が、大河と被った。その瞬間、走馬灯みたいにあの時の事が駆け巡って…やっぱり生きてちゃいけないって思った。なんでまだ、生きてるんだろう。あんなことしたのに。俺なんか生きる価値ないのに。幸せになんかなっちゃいけないのに。」 「タカ!?」 「俺、優一のとなりにいていいのかな…」 「大丈夫!大丈夫だよ、タカ!聞こえてる?」 慌ててジンがタカを見つめるもタカはどこも見ていなかった。それはあの時のタカに戻ったようでジンは血の気が引いた。何度も名前を呼んで強く強く抱きしめた。 ピリリリリ 「あれ?ジンさんだ…。もしもーし、お疲れ様です!」 「優一くん、ごめん戻ってこれる?」 「ん?俺なんか忘れ物しましたか?」 「協力してほしいことがある。ごめん、優一くんだけじゃないとダメだ。一人で戻ってこれる?お願い」 「?はい、分かりました。引き返しますね?」 優一は運転してくれる職員にお願いし来た道を戻った。 (どーしたんだろ?)

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