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第29話 おかえり
優くん;まこちゃん、昨日は大騒ぎしてごめんなさい。心配かけました。お話してやっぱりタカさんといることにしました。ありがとうね。
誠は朝に届いたメッセージに心底安心して、力が抜けた。何があったかは知らないが、あんなに泣いて助けを求めるのは初めてだった。一緒にいた大河も心配し、2人で迎えに行こうとも考えていた。
コンコン
「マコ、ユウから返事きた。お騒がせしましたってハートの絵文字つき。少し安心したな。」
「うん…。はぁー…びっくりしたぁ。あんな優くん初めてでパニックになっちゃった。大河さんがいてくれてよかった。だって…今にも消えちゃいそうな感じだった。」
誠の部屋で2人はベッドに座ったまま黙った。
「あの…さ、マコが薬の副作用の時、そういえばレイと伊藤さんとシュウトさんが俺らの部屋にきたんだ」
「へ?じゃあもうあの時から?」
「うん。でな?俺の…事件の、タカさん側の話を聞いてたんだ」
誠は眉間に皺を寄せてあからさまに嫌がった。大河は誠の手に指を絡ませ、聞いて、とお願いした。
「タカさんももちろん副作用あったんだけど、それと同時にさ、自殺未遂を繰り返したそうだ」
「え…?あのタカさんが…」
誠はうっすら覚えている魔女のような女性が楽しそうにタカの話をするのを思い出した。
「シュウトさん曰く、タカさんはメンタルが繊細で、たぶん、ずっと抱えてる」
『タカさんはっ、俺を置いて死のうとしてっ』
誠は昨日の優一の叫びを思い出し、はっと大河を見ると、大河はたぶんな、と頷いた。
「シュウトさんの件で、過去の自分とダブってないかなって。それでさ、ユウの目の前でそーゆーことになってたら、そりゃユウ、傷ついただろうなって。推測だけど」
「…もしかしたら、あるかもね。…それを言ったら大河さんだって、大丈夫?」
誠が心配そうに大河を見つめると、大河はニコリと笑った。
「余裕。だってお前がいるじゃん」
カッコイイ笑顔に誠は目をキラキラさせて飛びついた。
(タカさんも、優くんと一緒に進めたらいいなぁ)
そう思って、あのお気に入りの曲を流した。
「ふふっ、マコ、本当この曲好きだな」
「大河さん!ビックリすること聞く?」
「ん?なんだ?聞く聞く!」
「このシンガー、タカさんのお母さんだって」
「…ぇえーーーー!?」
誠のドヤ顔は置いといて、大河は大きな目が落ちそうなほど驚いていた。
「うそだろ…?家族揃ってすげーんだな」
「ね!今度タカさんのお母さんのバーに連れて行ってくれるってー!」
「ふははっ、嬉しそうだな!楽しんでこいよ!」
満面の笑みでウキウキしているのが伝わり、大河は頭を撫でてあげた。
「後ね、音域の話とかしたよ!」
「あぁー!昔やったなぁ。あれ緊張するよな」
「緊張した!俺さ、大河さんと音域近いんだって!」
「へー!もっと低いのかと思ってた…そうなんだな〜。やっぱすごいなタカさん。俺、すごい人からたくさん学べたんだ」
「……」
「あー!ごめん、怒るなよ!思い出話だろ?」
プイッと子どもみたいに不貞腐れる恋人に、困りながらも内心可愛いと微笑んでいた。誠は自分もタカを尊敬しているのに、大河がタカを褒めることを極端に嫌がる。タカは優一にべた惚れだと知っていてもなお、こればかりは嫌らしい。
ガチャ
「ただーいまー!」
「「っ!」」
安心する声が響き、大河と誠は部屋を飛び出した。玄関にはたくさんの荷物を持ったレイと、青木と伊藤。
「レイッ!!おかえりっ!!」
飼い主を見つけた黒猫は飛びついてこれでもかと抱きついた。 あはは、と受け止めるレイの後ろでほっとしたような青木に、誠はおかえり、とハグするとしがみつくように抱き返された。 伊藤は荷物を置いたあと、少し寝る、と隣へ戻った。
「レイ、体調どうだ?!」
「いやぁ超元気よ。休んだのが申し訳ないくらい。しかも病院暇すぎ!事務所も過保護なんだよなぁ。早く仕事したいから医者にも上手いこと言って退院してきた!」
ニカっと笑う顔に2人は安心して、大河はいつまでもレイのそばを離れなかった。
「あ、青木?お前も寝ろ。」
「ううん。大丈夫。」
「あーもー!マコも言ってやってよ!こいつさ、本当に寝ないの!ずーっと俺のSPやってんの!そろそろ倒れるぞ!」
青木は話を聞いているのかいないのか、ぼんやりとしてる。誠はソファに座って青木に膝枕した。
「なんだよマコちゃん!」
「お前はよくやった。もう寝ろ。」
髪の毛をさらさらと撫で続けると、すぅすぅと寝息が聞こえた。
「…マコ、ありがとな」
「いーえ。レイさん本当に大変だったね。」
「まぁ…な。っつか本当に大事にしてごめん!伊藤さんにもめちゃくちゃ怒られたし…さすがに凹んだよ!」
「で、シュウトさんとは別れられたのか?」
「んー!たぶん!あれから事務所が会わないよう調整してるらしいから、全く会ってないけど」
「そっか」
「でもさ、正直ほっとけないんだよなぁ。結局、大丈夫かなとか思っちゃうから俺もアホだよな。そんなこと青木に言ったら怒らせるから言わないけどな。」
世話焼きのレイらしい発言に誠は苦笑いした。トラウマどころか人のことを気にしている。
「レイ、頼むから、自分のことも他人ぐらい大事にしろよ」
「してるよ」
「どこがだよ。お前はいっっつも人のことばっかりだ!もっと自分のやりたい事とか、思いとかで動いていいんだよ。誰も困ったりしない、みんな応援するんだから」
「大河?なんの話だ?」
レイのお腹にしがみつきながら大河はくぐもった声で話す。
「俺に合わせてデビューも遅くなって、本当は歌だってラップより好きなのに、みんなとのバランス見て自分からそのポジションにいるし…!シュウトさんの件も、落ち込んでるシュウトさんがほっとけなかっただけだろ。」
「全部、自分で選んだことだ。俺がそうしたくてやったこと。誰のせいでもないし、この今に後悔もしてない」
「嘘つくな。」
「ちょっと、大河さん落ち着いて。」
言い方に棘が出てきた大河に、誠が慌てて止める。
「結局、伊藤さんに自分のボロボロな姿見せたことに後悔してるじゃねーか」
「……。」
「お前、俺にはぶつかってこいって言って、自分は眼中にもなかった人に絆されて、振り回されてんじゃねえよ!勝手に、結果決めつけて」
「大河、もういい、分かったから。もう終わり」
レイは大河が何を言おうとしているのかが分かったようで急にやめさせるが、大河は起き上がってレイの目を見た。
「頼むからお前も幸せになってくれ。」
「大河…」
「いつも身を引いて笑ってるだけじゃなくて、俺は幸せそうなお前の顔がみたいよ」
「…俺は幸せだよ。お前たちとデビューできて、仕事できて、多くの人に応援してもらってる。こんな贅沢なことはないよ。」
「レイ」
「これから、もっと幸せな顔見せられるよう頑張るからさ、大河、そんな泣きそうな顔すんな。」
レイは優しい笑顔で大河の頭をわしゃわしゃと撫でた。少し息吸ったあと、レイは大河の目をしっかりと見た。
「大河、お前の期待通りになるかは、分からないけど」
「??」
「寮解消したら、俺、伊藤さんと住む」
「ふぁっ!?」
「え?!本当?レイさんっ!」
誠と大河は顔を見合わせて、その後蕩けたような笑顔になった。
「やったな!レイ!」
「いや、住むだけだよ?何にも発展してないし。ほっとけないってさ」
「やー、もどかしかったー!!レイさんシュウトさんと付き合ってるって聞いた時本当に驚いたもん!え?!伊藤さんじゃないの?!みたいな!」
「本当にな!あー!安心だわぁー!伊藤さんいるならもう大丈夫だな!」
喜ぶ2人にレイは吹き出し久しぶりに大笑いした。
「伊藤さん落とすの大変そうー。ま、チャンスはあるから頑張れよ!」
(「レイ、好きだよ。ずっとお前を見てた」)
「っ」
「どした?レイ、顔真っ赤。」
「なんでもない!!」
「え?まさか、なんかあったの?レイさん!教えて!」
「なんでもないって!ちょっと寝る」
真っ赤にしたまま部屋に戻るレイに、2人は爆笑していた。誠の膝で眠る青木は疲れていたのかいびきをかくほど熟睡していた。だんだん誠も眠くなり、大河は誠のとなりに座り肩にもたれた。
意識が浮上した誠はかけられたタオルケットを見て、誰がかけてくれたのかとあたりを見回した。隣からは大河の寝息、膝の青木は涎をたらして安心したように寝ている。そして絨毯でタオルケットに包まるレイ。
(レイさんか…やっぱ世話焼きだな)
誠は幸せだなぁ、なんて思いながらまた目を閉じた。
ドタンッ
「痛〜〜…っ!!」
「あ、青木おはよう」
「おはよう〜…うわぁ顔打った。」
寝返りを打とうとしてソファーから落下した青木は顔を痛がるも顔色はすっきりしている。 レイは一部始終を見ていたのか声が出ないほど爆笑していた。その手には誠がレイの退院祝いに買った高めのビール。 騒がしさに起きた大河は眉間に皺を深く刻み、青木にうるせぇぞ、と低い声で怒った。空いた誠の膝に頭を置き、また寝息を立て始めた。
「ぷはぁー!旨いっ!旨すぎる!最高!」
「あはは、よかった!青木ももうすぐ飲めるね」
「そーだなー!青木の誕生日はみんなでパーティーしような!」
その言葉にうん!と嬉しそうに笑った。久しぶりの青木の笑顔に、レイも誠も嬉しくなった。なんだかんだで中のいい3人は他愛のない話をしながら飲んでいるレイに付き合い、青木はレイのリクエストでつまみをいくつか作ってあげていた。
「青木料理美味いよなぁ〜。女ならすぐに嫁にいけるぞ!」
「こんなオッサンくさいメニューじゃダメでしょ。塩辛いものばかり食べないでカルパッチョも食べてよ」
「あ、それ俺が食べたーい!青木、はいあーん」
「自分で取りに来てよ!」
「いいの?また大河さんに怒られてもしらないよ?」
「マコちゃん、あーん」
ビビった青木はすぐに誠の口に持っていった。美味いと悶える誠のリアクションに、青木は嬉しさを隠さないままご機嫌になった。
「あー俺ラーメン食べたい。とんこつ…」
レイが机にうなだれると、青木がそろそろだと思った、と器に移すところだった。
「うはぁ!マジか!青木!お前、俺と結婚する?」
「しないよ!専属シェフになるから雇ってよ」
麺を啜りながらレイがプロポーズするもあっさり振られていた。
「んー、青木、俺もラーメン食べたい」
「あら大河さんおはよう。寝起きラーメン?」
「レイちょっとちょうだい」
「いいよ、これ全部あげる。青木、締めは何?」
「締めはラーメンでしょ!?今食べてたから終わりっ!」
酔っ払いに本気で怒り始めた青木に誠はクスクスと笑った。 そしてこんな毎日がもうすぐ終わると思うと寂しくなった。
誠と大河は、事務所の反対で一緒に住むことは出来ないが、隣同士で一人暮らしになった。誠も大河も仕事のジャンルが異なり、時間がまちまちだからだ。1番はそれぞれの生活リズムが違いすぎることでどちらかがストレスになる、と伊藤に言われたことでお互い納得した。
青木は謹慎の時にいろいろ探し、自分で決めてきた。優一から卒業するために、早く一人で住みたいとずっと言ってきた青木は、先輩たちの家の近くに決めた。伊藤とレイは事務所のすぐ近くの新築マンションに決まったそうだ。
「レーイさーん!」
「うわぁ!ユウ!おかえり!」
「レイさんもおかえりーー!!」
ハイテンションの優一が入ってくるなりレイに抱きついた。その後ろから伊藤がネクタイを緩めながら入ってきた。
「お、ビールまだある?俺もちょうだい」
「俺も飲もうかなぁ」
「「優くん(ユウ)はダメ!!」
伊藤、青木、誠に怒られて、拗ねてりんごジュースを飲み始めた。 伊藤は幸せそうにビールを流し込み、誠にも飲ませていた。
「あ、みんな、引っ越しは3日後の午前中だから片付けとけよ〜?青木のアンプマジで大変そうだったし…機材もってる大河、マコ、ユウは早めに取りかかれよ」
「はぁーい」
つまみ食いする優一はだし巻き卵を凄い勢いで食べている。
「青木ー、これ最高ぉ!」
蕩けそうな笑顔をもらい、青木は作って良かったと心の中でガッツポーズした。
「ユウはタカさんの所に行くのか?」
「うんっ、お部屋用意してくれてたみたい!」
「お前すごいなぁ〜この若さであの高級マンション最上階なんて玉の輿だな。」
レイが心底羨ましそうに優一を見るのに、伊藤が小さく悪かったな、と呟いた。
「あれ?伊藤さん?伊藤さんもしかしてレイさんと住むの?」
「あぁ。こいつほっとけないからな。高級マンションの最上階は無理だけどな」
「わぁああああ!レイさんっっ!!よかったねえ?!」
「いや、ユウ、落ち着けっ!」
優一はものすごくテンションがあがってレイに飛びついている。誠や大河もニヤニヤしている。
「いじんなよ、お前ら」
さすがにレイも照れてビールを煽った。
「レイのギャラならもうちょいしたら最上階行くんじゃねえの?伊藤さん養ってやりぁいいじゃん。」
「うるさいなお前ら。会社員には夢もないのか!」
不貞腐れてる伊藤にみんな笑い、レイと伊藤以外の全員が、レイをよろしくお願いしますと、心の中でお願いした。
「青木、ありがとう。俺もやるよ」
「マコちゃん本当酔わないんだね。ありがとう、助かるよ」
雑魚寝するメンバーやマネージャーにタオルケットをかけ、誠は青木を手伝った。一緒にカウンターキッチンで洗物をしていると優一が寝返りをうち、大河を抱き枕にしていて、青木は思わず吹き出した。
「悔しいくらい可愛いな。もう。…マコちゃん、ユウがね…分かってたけど、分かってたんだけど、本当に手の届かないとこに行っちゃうんだーって」
「青木も前に進むためなんだろ?一人暮らし」
「うん!恋人できたらマコちゃんに1番に教えるね」
「楽しみに待ってるよ。」
片付けを終えた誠と青木は部屋から枕やら布団を持ってきてみんなと最初で最後の雑魚寝した。
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