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第30話 2人暮らし

RINGは珍しく全員オフ。寮から引っ越すために少しずつ片付けしていたメンバーは最終の掃除に取り掛かっていた。 「ユウ!これ、持って行けって言ってただろ?」 「ああ!忘れてた!ありがとう!」 「大河!お前いつまで俺の部屋にレコード置いとくつもりだ?」 「うわぁ〜忘れてた!伊藤さん後日送ってよ」 「ダメだ、どうせ後から入らないから持っててとか言うんだろ。スペースあるうちに運びなさい」 「はーい」 大河、優一、伊藤の部屋はドタバタとしている。伊藤がギリギリまで仕事だったこともあり急かす人がいなかったのだ。 「大河さん、手伝おうか?」 「マコー!あのさ、お前の部屋スペースある?」 「スペース?」 「マコ、無視しろ。部屋が狭くなるぞ」 「伊藤さんのケチー!」 誠は頭に疑問符を浮かべながら、伊藤の部屋にあるレコードを段ボールにつめた。 「青木とレイは?」 「モップがけしてるよー。今日引き渡しなのに大丈夫なの?ほら優くん、服はこれに詰めて」 「うん…。懐かし。青木と一緒に買いに行ったやつ…。一回も着ずに終わったなぁ」 「優くん、急いで」 「はーい」 優一は一応畳んで段ボールにそっと入れた。 「ふぅ〜、隣はまだかかりそうだってよ」 「伊藤さん忙しそうだったもんね。レイさん手伝わないの?」 「え〜?自分の物は少ないって言ってたけど」 「何に時間かかってるんだろ?」 「どーせ大河の物が多いんだろ」 レイは忘れ物がないかもう一度見回ると、誠の部屋のコンセント部分が浮いている。 「壊したのか?」 少し触ると、カタン、と剥がれて中に小型の機械があった。 (…これ、前番組でやってた、盗聴器) 「あー、もしもし、盗聴している方へ。今後は家主が不在のため、破壊させていただきます。あなたがしたことは立派な犯罪ですよー、お気をつけて。」 レイは適当に喋ったあと、無理矢理機械を取り外し、近くにあった工具をベランダに持っていき叩き割った。 ガキンッガキンッ 「ちょ、レイさん、急に何してんの?!」 「んー?マコの部屋に盗聴器あった。マコには内緒な、今からの一人暮らしを不安にさせたくないから。」 「へ…?そんなっ」 「一度侵入されたからな。その時だろうな」 お互い気をつけような、と青木に言うと青木もコクンと頷いた。 2つの部屋がやっと綺麗になり、それぞれの場所へ向かう。これからの為に、誠と青木は自動車の教習所にも通い始めた。それぞれが自立に向けて拠点を移す。 「はい、全員揃ったな。せーの」 「「お世話になりました!!」」 頭を下げてお礼を言うとみんなが込み上げてくるものがあった。 「あ〜なんか心配だな。」 「伊藤さんは気が気じゃないよな。でも全員の管理お疲れさま。ありがとな」 「つきっきりじゃないだけで、これからも、だけどな。特に大河が心配だよ。ほっといたら食べないし寝ないし…起きないし。」 伊藤が心配するのも無理はない。練習生から大河とレイを見て、いつもは伊藤とレイ、二人で大河を支えていたのだ。 「まぁー、隣にマコいるし、大丈夫でしょ」 「だといいな。…青木は問題ないな。78との夜遊びとか変な遊び覚えないかだけだな」 「青木のツマミが食べられないのが辛いなぁ〜!あ、伊藤さん料理できるの?」 「できるけどそんな時間ないよ。」 え〜!?と残念がるレイに苦笑して新居に向かう。レイがある程度レイアウトしてくれたらしい。伊藤の荷物は車に乗せられる程度で本当に少なかった。 「ガスと電気も大丈夫だったか?」 「うん。全部繋いでもらった」 新居が近づくにつれ、2人は無言になった。お互いを急に意識していつも話題が止まることない2人を沈黙が包んだ。 駐車場に車を停め、オートロックを解除すると、静かにエレベーターに乗り、部屋の前で鍵を差し込むとガチャンとドアが開く。 光が差し込み、見晴らしがいい。2LDKの新しい部屋は、始まりに相応しい雰囲気だ。 「レイ、これからよろしくな」 「ははっ!うん、よろしくお願いします」 ニカっとレイが笑うと、伊藤はマネージャーではない顔で微笑んだ。それぞれの部屋に荷物を置いて前の寮から持ってきたソファーに腰掛ける。 「寮でも同じ部屋じゃなかったから、なんだか変な感じだな」 「それもそうだな。ま、普通通りでいいから。先、風呂もらうな。」 片付けで汗をかいたのか風呂場に向かった伊藤を見送ったあと、レイはソファーに寝そべった。 (どうしよう、なんか、緊張する) らしくない、と顔を強く叩き気合いをいれる。改めて告白する、と言っていたが、まだ改められていない。レイはシュウトのことはとっくに吹っ切れて、今は伊藤のことで頭がいっぱいになっていた。 (伊藤さんの私生活、見たことないかも) 1人で悶々と考えごとをしてると、風呂上がりに下だけスウェットを着て、真っ白な上半身にタオルをかけ、水の滴る黒髪を拭きながら出てきた。 細身なのに割れた腹筋に驚かされる。 「はー!スッキリ!昼から風呂だなんて最高だな…って、レイ?どうした?」 「へっ!?」 「疲れたか?久しぶりのオフだ。少し寝たらどうだ?」 これまた優しい微笑みで、いつもよりも柔らかい口調がくすぐったい。 何も言えずにいると、伊藤がぷぷっと吹き出した。 「 ふふ、なんだよ。いつもお喋りなのに、今日は大人しいのな」 「伊藤さんの素ってこんな感じなの?」 「ん?こんな感じって?」 「いつもはテキパキって感じだけど今はなんか…普通」 伊藤は更に吹き出した。爆笑してる伊藤にレイはきょとんとする。 「普通って!そりゃそうだろ。仕事じゃない時は仕事のことは考えない。そうしなきゃ保たないぞ」 冷蔵庫を開けビールがあるのを見て喜び、ニコニコとレイの隣に座った。ふわっと香るシャンプーの匂いにレイは顔を真っ赤にして下を向いた。 「あ、レイ暖房つけて?」 「え?あ、うん」 自然体の姿にレイは心臓がうるさく、軽く胸に手を当てた。伊藤は横目でそれを見てまたクスクスと笑い、暖房を入れて戻ってきたレイの腕を引き膝の上に乗せた。 「え?!あ、ごめっ」 「緊張しすぎ。」 「っ!…するだろ普通。伊藤さんはやっぱ余裕だな」 少し拗ねるレイに、伊藤は下からゆっくりと見つめる。 視線に気付いたレイはその優しい眼差しに目が離せず顔が真っ赤になった。伊藤が目を閉じると吸い寄せられるように唇を重ねた。唇が触れるとレイの後頭部に大きな手が回り、どんどん深いものになる。 (やばい…気持ちいい) 唇をはなすと、ぎゅっと抱きしめられる。耳元で伊藤の息遣いがさらにレイをドキドキさせた。 「レイ。整理、ついたか?」 「うん」 背中にあった大きな手が、髪をくしゃりと撫でる。 レイ、と名前を呼ばれてお互いの目が合う。 「レイが好きだ。仕事だけじゃなくて、プライベートでもお前を支えたい。」 「伊藤さん」 「レイはいつも自分よりも他人を優先するし、人の何倍も忙しいのに、平気な顔していつも笑ってる。でも、俺の前では、ゆっくり休んでくれるだろ?安心して身を任せて貰えるように、これからもそばにいるから。」 「うんっ」 「俺の前では、わがままでいいんだよ。全部受け止めるから。疲れたら、疲れたって、そう言ってくれて大丈夫だから。」 「うん」 「俺がそばにいる。だから、外では思いっきり笑ってこい」 「うん!」 「レイ、愛してる。俺と付き合ってください」 「伊藤さんっ!!俺も伊藤さんが、好きっ、ずっとそばにいてほしいっ…」 シュウトと付き合っている時には言えなかった、ずっとそばにいて、ということばが躊躇なく音になった。それは、伊藤が受け止めてくれると分かっていたから。自然と潤む目に伊藤はまたクスクス笑って、お前本当は泣き虫か?と伊藤の肩口に引き寄せられた。この安心感に全部をさらけ出せると涙を流した。 嗚咽が聴こえて伊藤は微笑みながら泣き止むまで頭を撫で続けた。 「う…足が痺れた…。レイ?起きろー…」 レイは泣き疲れて伊藤の上で爆睡していた。上半身裸のままの伊藤は腕がだんだん寒くなり、膝も痺れはじめた。飲もうと思ったビールは水滴が流れている。 「レーイー」 「ん…ぐぅ…ぐぅ…」 「ふふっ、全然起きねー…」 伊藤はまた背中をゆっくりと摩った。こんな休日もいいな、と伊藤も目を閉じた。 「ッックシュン!」 「んっ。…あ…?…伊藤さん…?」 「爆睡かお前。寒いから服着てくる、ちょっと待ってろ」 「え、あ、俺…」 全然覚醒してないレイを放置してトレーナーを着て戻ると、ぼーっと座っていた。寝起きがよく、いつもすぐに覚醒するのに珍しい、と隣に座る。顔を見ると泣いたからか瞼が少し赤くなって腫れている。 「レイ、おはよう」 「ん…なんかすごく、眠い」 レイは復帰してすぐにレギュラー番組に戻り、隙間時間に、送迎とスケジュール調整に忙しい伊藤の代わり、引っ越し作業を少しずつ進めていた。 「よし、とりあえず寝るか!おいで」 「どこに?」 新しい部屋のうちの1つ、伊藤の部屋に手を引かれてついて行く。真新しいベッドに寝かされると、伊藤がとなりに入り、レイは慌てた。 「いっ、伊藤さんっ?!」 「いいから、ほら、寝ろ。お前疲れてるんだから休め」 そっと抱きしめれ布団がかけられると、ドキドキよりも睡魔が襲ってくる。 心地がいい。こんなに甘やかしてもらっていいのだろうか。シュウトと会った日にこうしてゆっくり寝たことは一度もない。意識が飛ぶまで身体を重ねて、起きたら風呂を借りて後処理をして帰っていた。 「おやすみ」 優しい声音は、催眠術みたいにすっと眠りの世界に落ちた。 「ん…あれ、伊藤さん…?」 時計はまだ午前2時。隣にいたはずの伊藤の姿がない。部屋を出るとリビングでパソコンに向かっていた。 「ん?起きたか?どうだ、体調は」 「すっきりしてる。伊藤さんは?寝ないのか?」 「明日の確認。オファーも何件か来てるぞ。優一のスケジュール調整が難しいなぁってさ。」 振り返った伊藤は普段見ない眼鏡をかけて笑っていた。 「おっ…と。どうした?」 どうしても触りたくなって、後ろから抱きつくと伊藤はビックリしたように受け止めた。 「遅くまでありがとう。こんなこと、してたんだな。」 「はは、いやいや、これが俺の仕事だし。俺の詰め詰めスケジュールに対応してるお前達が偉いよ。」 「ありがとう。俺たち頑張るから」 「ふふ、頼むぞ!」 しばらくカタカタとパソコンを打つ伊藤を見ていたが終わったのか、パソコンを閉じたタイミングで話しかけた。 「伊藤さん目悪いの?」 「あぁ。いつもコンタクトだからな。あ、家ではこんな感じだけど、大丈夫?」 「え?大丈夫って?」 「いや、評価下がってないかなって」 伊藤の心配が予想外だったレイは一瞬きょとんとした後、あまりの可愛さに抱きついた。 「伊藤さん、どこまで俺を惚れさせるの。」 「は?なんかカッコイイこと言ったか?」 「めっちゃ可愛い事言ってる」 まだ疑問符を浮かべる伊藤の顔を両手ではさみ、思いっきりキスをした。伊藤はビックリして目を見開いた後、眼鏡の奥で目を細めてレイに応えた。 「めっちゃカッコイイよ。似合ってる」 「それは良かった」 眼鏡なしでも見えなくは無いけどな、と少し照れた様子が可愛くてレイは愛しさでいっぱいだった。 「伊藤さん、よくもまぁこの可愛さ隠してたよな」 「おい、さっきからバカにしてるだろ」 「してないって!あははは!」 「ちょ、しーっ!バカかお前!深夜だぞ!」 いつもの声量で爆笑すると瞬時に怒られた。声を殺して笑うと、伊藤もつられて笑っていた。気がすむまで笑って、レイは風呂に入るとニヤニヤが止まらなかった。好きな人が自分を好きでいてくれて、一緒に過ごせる事や何気ない会話がこんなにも楽しいのかと幸せに浸った。 (今の顔なら、大河も満足するかな) 曇ったガラスに水をかけると、幸せそうな自分が映る。そんな自分に照れてまた水をかけて風呂を出る。髪を適当に乾かして出ると、伊藤が大きな欠伸をしていた。 「伊藤さん、まだ起きてたのか?早く寝ないと。明日7時に出なきゃだろ?」 「レイ待ってた」 「へっ?」 「一緒に寝よ?」 目をこすりながら言うその台詞はいつもとのギャップが大きすぎて、レイは目眩がしそうだった。 (いやいやいや!可愛すぎでしょ!) 優一か!と、突っ込みたくなるくらいのあざとさだが、本人はいたって普通。今にも眠りそうだ。 「レイ?」 「ふはっ!寝よう寝よう!伊藤さんの部屋に行ってもいい?」 「うん」 伊藤はベッドに入ると、ポンポンと横を叩いて誘う。レイはクスクス笑って身体を滑り込ませると直ぐに抱き寄せてきて寝息が聞こえた。 (はやっ!!) レイは声を殺して笑った。寝顔は年よりもだいぶ幼く見える。足が乗ってきて完全に抱き枕化したまま朝を迎えた。 「おはよーさん。」 「レイさんおはよー!どうだった初夜は?」 「おい!ユウ!聞くのはえーよ!」 「無理!もう聞きたくて今日が楽しみだったんだもん!ね、ね、ね、どうだった?」 事務所のバンで大河と優一の順で迎えると、優一は乗った瞬間に興味津々だ。大河は我慢していたのかすぐに噛み付いた。 「おーい、お前ら俺は空気か?」 「「は!伊藤さんもいた!」」 「お前ら降ろすぞ?」 優一がごめーんとぶりっ子して適当に謝ったあと、前に身を乗り出してレイを急かす。 「レイさんってばー…あ、めっちゃニヤニヤしてるー!大河さん、レイさんニヤニヤ!」 「マジか!レイ、俺にも顔を見せろ!」 「ふふっ、いやぁ〜。伊藤さんな、ビックリするぐらい可愛いぞ。ユウかよ?!って何度も思ったし。」 「「「え?」」」 伊藤も含め、レイ以外が聞き返す。レイだけがニヤニヤしている。 「伊藤さん可愛くてやばい」 「え?俺なんかした?」 全く自覚なさそうな伊藤の様子と、いつまでもニヤニヤしてるレイ。 「え?伊藤さん、抱かれる方だったの?」 「ユウ、お前デリカシーなさすぎ。どっちにしてもお前には言わない。」 「えぇー!?お願いっ伊藤さん!教えてよぉ!」 「嫌だね。」 「待て待て。その前に!レイ、ちゃんとケジメつけたのか?」 「うん。シュウトさんとはちゃんと終わった。で、昨日、新しい恋人ができました。」 振り向いたレイの顔が幸せそうで、大河は嬉しそうに笑った。ユウもニコニコして、なぜか大河の手を握った。すると伊藤が静かな声で言った。 「仕事には影響ないようにするから…今まで通り変わらず見守ってほしい。こんな…担当しているアイドルに手を出すようなマネージャーで申し訳ない。自覚が足りないのは、痛いほど分かってる。ちゃんと仕事で返すし、レイも大切にするつもりだ。だから、認めてほしい。」 立場的にはタブーの関係。伊藤はしっかりと重く受け止めた上で、レイに告白をした。その覚悟が見えて、優一と大河は顔を見合わせてニコッと笑った。 「認めるもなにも、レイさんの方が伊藤さんにべた惚れだから仕方ないじゃん!人を好きになるのは自由だよ!」 「伊藤さん、レイをよろしくな!伊藤さんならレイも安心できると思うから。つーか、いつから2人とも想いあってたんだよー!俺めっちゃ邪魔だったんじゃないか?」 「大河のおかげで一緒に過ごす時間が増えたんだよ。ありがとう。」 レイは綺麗に笑って前を向いた。そこから優一の質問が飛びまくって伊藤に怒られていた。 バンを降りると優一と大河はレイの両サイドについた。 「ね、レイさん、どこまでしたの?」 「伊藤さんって2人の時どんな感じ?」 2人の質問に昨晩のことを思い出し、顔が真っ赤になった。 そして、ニヤニヤしたままレイは答えた。レイにNGは一切ない。 「昨日はキスと、抱き枕かな」 「「抱き枕??」」 「あとな、伊藤さん、告白はめっちゃかっこよくてさぁ。なのに、無自覚でめっちゃ可愛い。あ、でも眼鏡はやっぱかっこよかったな。しかもな、以外に腹筋割れてたぞ。」 「待って!抱き枕が処理できてないから!」 「はぁ…やばい。可愛すぎた。いつもしっかりしてる人のオフ感って、自然体すぎてさ…」 レイは思い出してふふっと笑った。 「まぁ。とりあえず幸せなのは分かったから安心した。」 大河は困ったように笑い、レイに肩を組んだ。 自分の幸せを祝ってくれるメンバーに、レイは嬉しくなり、調子の良い仕事ができた。

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