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第40話 鈍感

「おはようございます…。」 バンに乗った優一にみんなが様子を見た。ハスキーボイスとハイネックのニットにマスク。乗った瞬間に眠ってしまった。 「疲れてるんだね、大丈夫かな」 誠は後ろから頭を撫でた。 5人での撮影で久しぶりに全員揃っての仕事に、みんながはしゃぐ中、優一だけは椅子に座ったまま、机に伏せる。その隣に伊藤が座り様子を見ていた。スタンバイの声がかかっても動かない優一に伊藤が声をかけるも小さな声が帰ってきた。 「伊藤さん、ごめん、腰痛いから支えて?」 肩を貸して、メイクルームに行くとバスローブが用意されていて優一の焦った顔を見て、伊藤はちょっとこい、と強めの圧で隣の部屋に呼んだ。全員がこちらを見ていたが無視して優一を連れて行く。 「脱げ。」 「……。」 下を向いてニットの裾をぎゅっと握っている。早くしろと急かすと、しぶしぶ脱ぎ始め、伊藤は大きなため息が出た。 「お前わざとか?何回同じことすんの?」 「すみません。わざとではないです」 「じゃあ何なの?何のつもり?」 「……。」 黙って俯くその身体にはいくつもの紅い痕。 「はぁ…やる気ないならもう今日はいい。それがお前のこたえだろ?」 「ちがいますっ!ごめんなさいっ!やる気はあります!!俺だって撮影があるって言った!!やめてって言った!でも…っ」 パタパタと落ちる涙。下を向いたまま小さな声でごめんなさい、ごめんなさい、と謝る優一にため息を吐く。 「無理矢理か?」 嫌がっても行為に及んだのだとしたら心配で聞くも、ふるふると首を振る。 「俺がっ…悪いです…。誘いに乗ったから…申し訳ないです」 庇うようにいう言葉にまたため息がでる。 「俺からタカに言う。お前が言えないみたいだからな。」 「えっ!?いや、大丈夫です!自分でっ」 またごめんなさい、と頭を下げるられるも、伊藤はダメだ、と首を振った。 「今日から1週間、タカに仕事以外で会うな」 「…へ?」 「お前ら2人、頭冷やせ。」 出て行こうとすると、優一が叫ぶように謝罪する。たぶん、優一がタカに会えないのが無理なのだ。 「お願いしますっ!もう迷惑かけないから、」 「ダメだ。とにかく衣装をなんとかする。お前は今日の仕事のことだけを考えろ。」 嗚咽が聞こえるのを無視して衣装部屋に戻ると、着替え終わったメンバーが心配そうに見ていた。 「大河、着替え終わった後に悪いが、ユウと衣装変わって。青木、今日から1週間、ユウ泊めてやって」 「?分かった」 「え?ユウ何があったの?」 「お灸を据えないとな。協力してくれ。」 大河の衣装を持ってユウの待機している部屋に行くと、仕事のスイッチが入っていた。 「伊藤さん、すみませんでした!一生懸命やります!よろしくお願いしますっ!」 腰も声も治っていないが目に力が入っていた。うん、と頷いて衣装を渡すとありがとうございます、と頭を下げた。 「みんなごめんなさい!大河さん、衣装ありがとう。よろしくお願いしますっ!」 着替え終わって明るく見せる優一に心配しながらも撮影が始まった。 いつも以上に集中している優一に全員が引っ張られ、撮影も巻きで終わることができた。優一は伊藤が見張る中、1週間ぶんの荷物をバッグに入れ、うしろ髪ひかれながら大好きな人部屋を後にした。 「ユウ、もう泣き止んでよ」 ノンタンを抱きながらぐすぐす泣く優一に青木は困りはて、心の中でメンバーに助けを求めた。ニャーと鳴き、ペロペロと優一の指を舐めるノンタンも慰めているようだ。 「ユウ、少し寝たら?俺のベッド使っていいから」 「ぅっぅっ…ありがとう…ノンタンも…一緒でいい?」 「いいから。おやすみ。」 ノンタンを抱いてゆっくりとベッドに向かったのを見送って伊藤の言葉を思い出す。 「あいつらは歯止めが効かなくなってる。ほっといたら2人とも部屋から出てこなくなる。タカも無意識だろうから一度冷静になってもらう。青木はタカの連絡先知らないから…悪いが協力してくれ。マコならすぐ電話とかさせそうだから。」 「ケータイも預かってるの?」 「あぁ。電源は切ってる。もう一回仕事への取り組み方を考えるための時間だ。」 「ん。分かった。」 「ありがとな。頼むぞ」 タカさんが珍しい、とぼんやりした。あの仕事人間の代名詞みたいな人が、恋人の仕事に影響することをしたなんて。優一には惑わす力があるのだろうか。 こっそり寝室を覗くとノンタンとくぅくぅ寝ていた。 (可愛いっ!!不謹慎かもしれないけどなんて幸せな1週間!) 青木はウキウキと食事の準備を始めた。 「ノンタン可愛いなぁ〜お前は!俺の癒しっ!」 優一に懐いているノンタンはゴロゴロと喉を鳴らし、気持ち良さそうに撫でられている。少し眠った優一はご機嫌で、少し目は腫れているがご飯もペロリと平らげ、ノンタンと遊んでいる。普段は曲作りしかしてなかったようでのびのびと自由な時間を過ごしている。ピピッと鳴った音に優一が反応して、パソコンを貸して、と言ってきた。 「なに?リアルタイムでなんかあるの?」 「タカさんのラジオ!聴いていい?」 上目遣いで首を傾げられ、即座にOKした。 「今日は作りたての曲をせっかくだからやろうかなって」 「え?いいんですか?アルバムとかに後々入ったり?」 「いやぁー、こんなの形には残さないですよ。まぁ機会があって気が向けば。昨日と今日の間で作ったんです。だから駄作といえば駄作ですよ」 「そんなに早く曲が!?すごいですね」 「すごくはないですよ。まぁ謝罪の意味も込めて」 「謝罪?」 「はい。やらかしまして。もう俺プライベートは思春期みたいな感じなんですよ。たくさんの人に迷惑かけちゃって…。ま、こんな夜に相応しい曲ですかね。皆さんも思春期の頃思い出してください」 レギュラー化したラジオでタカが話すことばはきっと優一に向けられた謝罪。優一は怒られたばかりなのにうっとりと聞き入っていた。 「ピアノでの作曲が多いようですが、今回アコースティックギターを持ってるのは…」 「はい。今回はアコギで。イメージしたのがギターだったので。」 軽く鳴らした瞬間に優一の目が見開く。 「あ、俺のギターの音だ。」 「そうなの?音で分かる?」 「うん。だって俺毎日使ってる。タカさんのスタジオに置きっぱだったから無かったんだ…。今日は違うの持ってきた。」 じゃあ歌いますね、と言った後の歌声は、何かしていても手が止まって聞き入ってしまうほど。囁くような甘い歌い方が夜を感じさせ、歌詞がエロくて恥ずかしい。 優一を見ると顔を真っ赤にして机に伏せた。 「やだもう。会いたい」 「あはは!ユウ顔真っ赤!」 「昨日のタカさん超エロかったんだもん…。あんなに求められたのは初めてだった気がする。その後にこれ作ったとかもう無理。今すぐ会いたい」 「全然反省してないじゃん」 「してるよぉー!伊藤さん超怖かったもん。青木にも迷惑かけて本当にごめんね?俺ってダメだぁー… 」 また凹みはじめた優一の頭を撫でると、バッと起き上がって、優一は伊藤に電話したいと言い出した。 「ん?どしたユウ。」 「今日は本当にごめんなさい」 「うん。謝っても1週間はだめだぞ」 「分かってます。きちんと頭冷やします!相談なんだけど、ヘアスタイルとか変える場合は伊藤さんに言えばいいのかな?」 「ん?変えるのか?金髪飽きた?」 隣で聞いていた青木も疑問符でいっぱいだった。トレードマークになっている金髪は全員が茶髪や黒髪の中目を引いている。 「飽きたというか、新しい見せ方にしたい!俺と青木が染めたら変かな?」 「え?俺も!?」 「え?青木も!?」 同じリアクションにクスクス笑って、優一はピンクに、青木は赤でどうかと言ってきた。 「あと、俺たちシングルとかまだ出さないの?強いイメージの曲を出したいんだ。前は爽やかだったり、歌唱力をみせたものだけど、強くてカッコイイダンスナンバー。」 「春から夏には計画中だよ。」 「やった!!伊藤さん、めっちゃインパクトあるものにしたい!黒と赤のイメージで…」 「ふふっ!わかった、分かったから!ユウ、グループのためにいっぱい考えてくれてありがとう。ジャケットやMVの時、またアイデアもらえるか?」 「うん!もちろん!でさ、2日後のオフって俺だけ?」 「マコと青木もオフだよ」 キラキラと笑って青木を振り返ると優一はその日に実家で染めます!と宣言し、伊藤も楽しみにしてるよ、と快諾した。 「ユ、ユウ?俺髪染めるの?」 「うん。カッコイイと思って!」 「赤なんか初めて…似合うかなぁ?」 「暗めの赤だから大丈夫!」 パソコンでこんな感じ、と見せられたのは外国人でかっこよく見える。やりたいかも、と思っていると、優一の一言でやると決めた。 「赤髪の青木ってかっこよすぎてドキドキしそう」 「ただーいまー!!」 オーディションの収録が終わってすぐに誠の運転で優一の実家に来た。近くに実家がある誠は、実家には一切目を向けず、優一の家にお邪魔した。 「まこ!元気だったか?さぁさぁこっちに来なさい!君は!大地くん!男前だなぁ!君もこっちに来なさい!」 玄関で待機していた優一の父はすぐに誠と青木の手を引いて奥へ行った。 「ちょっと!父さん俺は!?」 母はいつものやりとりに呆れ、ユリを呼び出した。 「ユウ、あんた急なのよ!うわ!大地くんめっちゃイケメン!ビックリ!」 「あ、ありがとうございます。お姉さんですか?そっくりですね!」 「「似てるー?」」 ユリは優一をもうひと回り小さくした感じだ。小柄だけど、大きめな胸に自然と目がいくのを意識して逸らす。 2人の声が揃ってふふっと笑うと、優一の母もあらイケメンと声をかけられ嬉しくなった。誠は父の部屋に連行されていった。 「父さんまこちゃん大好きだから。毎回あんな感じだからほっといて」 「タカも来ると思ってめっちゃ焦った!よかった今日じゃなくて!あれ、まこちゃんは染めない?」 「まこちゃんはそのまま」 テキパキと準備する中、ピンポーンとチャイムが鳴ってユリが走って玄関へ向かった。 青木はキョロキョロと優一の家を見た。小さい頃の写真がいっぱいあり、自然と笑みがこぼれる。 (可愛いすぎる…。お姉さんと双子みたい) ほとんどがユリに手を引かれて写っている。こうして見ると弟感が出ている。そして、ある時期から隣にいるのがユリから誠になっていた。 優一と誠の過去を少し知れたような気がして、あの距離感は自分や大河では縮められないと納得した。 (こんなに写真…。愛されてるなぁ。) 青木の家とはまるでちがう雰囲気に、驚きしかなかった。 「大地くん、大地くんの担当します、うちのスタッフの松田アンリ。何でも言っていいからね」 「アンリでーす!よろしくねー!あ、ユーウー!!元気ー?」 やってきたのはめちゃくちゃ明るいアンリ。ユリの幼馴染でユリのサロンで働いている。スラリとしてスタイルが良く、ところどころメッシュの入ったワンレンボブがよく似合う。小麦色の肌が健康的だ。アンリは優一を見つけると嬉しそうに頭を撫でた。 「アンリ、やめてよっ!助っ人ってアンリー?」 「なーに嫌そうにしてんの!?アタシがあんたのやろうか?」 「嫌だね!絶対触んな!」 賑やかなやりとりに青木は笑ってばかりだった。優一はアンリに厳しく、メンバーでも言われたことない言い方であしらっていた。 「さ!やろうか!失敗したらユウに怒られちゃう!今日は真剣にやりまーす!」 「いつも適当だもんな?ちゃんとしろよ?」 「うるさーい!やる気なくしたー!」 「えぇ!?うそうそごめん!アンリ頑張れー!」 はーい、と可愛くみせると優一はげんなりした顔をしてそっぽを向いた。 「大地くんも大変だね?ザ・末っ子とザ・一人っ子のお守りしてさぁ。こうしてみると落ち着いて見えるー。本当にユウより年下?あ、ユウが小さいからか!」 「姉ちゃん、アンリ以外にスタッフいないの?」 「あ、身長のことはごめんっ!わざとだよわざと!」 「マジでうるせー。」 青木とユリは爆笑し、優一は拗ねてしまった。ユリにいじめすぎないで、と注意されたアンリもニヤニヤしたままだった。 「ユウはピンクだよね、一回色抜くね」 「お願いしまーす」 そう言うと優一はすやすやと眠った。アンリに聞くと、ユリの実験台になる優一はいつも途中で気持ちよくなって眠ってしまうらしかった。 「寝てたら可愛いのにね。」 鏡ごしに見たアンリの顔は先ほどまでのいたずらっ子ではなく、とても優しい笑顔だった。 「大地くん、アタシとユリならどっちがタイプ?」 「へっ!?」 「こらこら。アイドルにそんなこと聞かないの。業界で美人しか見てないんだから」 「どっちかだけ!ね?ちなみにまこちゃんは私だったわよね?橘くんはユリだったね」 「よく覚えてるねー。全く覚えてないよ。大地くん、アンリって言っといてうるさいから」 「ダメ!本音でいいから!」 青木は困って苦笑いしていたが言わないと終わらなさそうだったのでしぶしぶユリの方と答えた。 「えー?私?ユウのコピーみたいだからアンリかと思った!ありがとう〜」 「大地くんも可愛い系かー!覚えておこう!ちなみにユウはね、ちっちゃい頃アンリと結婚するーって言ってくれてたんだよー?なのに今は扱い酷すぎー!可愛くなーい!」 「突然冷たくなったもんね〜。アンリが初めて彼氏できた時からだったよね、たしか。拗ねたんじゃない?」 「えー?なにその理由!それだったら許すけどー!ちなみにユリは面食いよ!あと歌上手い人にすぐ惚れる。今はブルーウェーブのタカにどハマりしてるよー。お客さんの影響うけすぎ〜」 その言葉を聞いて少しゾッとした。兄弟揃って同じ人に惚れるなんて驚きだった。もちろんユリは優一とタカのことを知らない。どうなったとしてもこういう運命だったんだと、バレないように落ち込んだ。 「2人ともどう?…あ!アンリさーん!!」 「きゃー!まこちゃん!元気?!いい男になっちゃってもぉ〜!」 青木の髪を染めながら誠に会えて嬉しそうにする。誠はニコニコしながらアンリにいろんな話をし、うんうんとアンリが聞き役になっていた。 (まこちゃんがこんなに話すなんて。話しやすいんだろうな) 「ふふっ、優くんまた眠ってる〜」 「寝てたら可愛いけどねー」 「昔、アンリさんのことどっちが好きかってケンカしたことありますよ〜。」 「えー?そうなの?」 「はい。んで、俺が負けました!じゃんけんで。」 「待って、私の価値じゃんけんなの!?」 しばらく思い出話を聞いたあと、優一が起きて髪を洗い流し、ドライヤーをすると周りにいた全員がおお!っと声を上げた。 (めっちゃ似合う!!可愛い!!) 「どうー?変じゃない?」 「優くん!超イイ!!本当に似合う!ユリさんさすがー!」 「「えへへー」」 また兄弟がハモって2人して照れている。真っ白な肌に似合う薄いピンク色はいつもよりも個性的なはずなのに、もともとそうだったかのようなナチュラルさがあった。 「はーい。大地くんも流します〜。」 もうすぐお披露目で少し緊張した青木をアンリが大丈夫、絶対似合うから、と力強く言ってくれて勇気が出た。気持ちのいいシャンプーの後、ドライヤーで乾かすとだんだん色が見えてくる。 「わぁ!アンリ!そうそう!この色!」 優一のテンションがあがり、なぜか誠とハイタッチして喜んでいる。鏡ごしのアンリはでしょ?とドヤ顔で作業を続け、スタイリングまでしてくれた。 「…ど、どうかな?」 「「「かっこいいーー!!」」」 「ヤバイ!想像越えた!似合いすぎ!」 優一が褒めてくれてさすがに嬉しくなった。みんなが褒めてイケメンと囃し立てるから天にも昇る心地だった。 「アンリ、染めるのうまくなったな!」 「ユウ!あんたいい加減にしなさい!アンリの固定客すっごい多いのよ!?それなのに今日時間作ってもらったんだから!」 「ユリそんな怒らないでいいよ〜いつものことだし」 「アンリの片付け手伝いなさい!」 「はぁ〜い」 ユリに怒られた優一は素直にアンリの手伝いをした。青木と誠は優一のお父さんの部屋に行くと青木は口を開けて天井や壁見回した。 「すっごい!ギターがいっぱい!」 「優くんも小さい頃からここで弾いてたんだよ。優くんのパパがよく教えてくれてた。」 宝箱みたいに物で溢れたこの部屋は誠と優一の遊び場だった。 「うわー!この部屋飽きないね!わ!バーベキューセットとかもあるー!」 男なら好きそうなものが溢れ、青木もテンションが上がっていた。 「昔何度も何度も思ったよ。なんで森田家に生まれなかったんだろうって。優くんのパパは本当のお父さんよりも、俺のこと気遣ってくれて、遊んでくれて、心配してくれてる。」 いつも賑やかな優一家族と、両親バリバリの共働きで一人っ子の誠。小さい誠は比べては自分には何も無い、と思い続けた。 「今でも優くんのパパは連絡くれたり、釣りに行ったら魚の写真くれるし…本当に嬉しいんだぁ」 「可愛いがって貰ってるね!ユウより息子感あるってユウが言ってたよ」 「ふふっ!そうかも。いつも優くんの手はユリさんが、俺の手は優くんのパパが引いてくれてた気がする。」 優一の父は自由人らしく、いつの間にか出かけてしまったようだ。庭を誠と散歩してると、アンリと優一が何やら真剣な話をしていて、そっと2人は息を潜めた。 「このグループがもっと大きくなればいいなぁって思うよ。まだ俺が力不足だから足引っ張ってるけど…やれることは全部やるつもり」 「そっか。ユウは頑張りすぎるところあるから、焦らずにね」 「…やっぱアンリにはお見通しだな。正直、めっちゃ焦ってる。周りにはできる人しかいないし、もちろんメンバーもさ…レベル高いから。」 下を向いて弱音を吐くのを2人は初めて聞いた。道具を片付ける手が止まる。 「たまに怖くなるんだ。いつまでこうして仕事できるのかなって。もともとはまこちゃんがスカウトされて、俺はオマケだし。個人で売れてるわけじゃないし、実力があるわけでも、演技ができるわけでも、ビジュアルがいいわけでもない。俺、何もないんだ」 青木と誠は目を見開いて固まった。なんでも器用にこなす優一の本音はメンバーへの劣等感と焦り。そして、何もないはずないのに、自分の実力が見えていないようだ。 「ユウは歌も上手いし、ギターもできるしプロデュース能力もあるじゃない。ずっと表舞台にいられないとしても、裏方で支える方法もあるでしょ?」 「アンリ、俺さ…このままRINGにいてもいいと思う?」 2人は息を飲んだ。ずっと気にしていたのだ、あのアンチファンの言葉を。 「RINGにはあんたが必要不可欠。ユウがいないとバランスが悪いよ。」 即答で答えたアンリに、心底安心したのかフニャリと笑ってありがとうと、笑った。アンリにしか引き出せない優一の本音に2人は無意識に嫉妬していた。 「結局アンリに助けられてばっかりだな俺。」 「あたしだって助けられてるよ〜RINGの歌に。」 「え?聞いてくれてるの?意外!好きなジャンルじゃないじゃん!」 「応援したいじゃない。ユウとまこちゃんも頑張ってるんだから。ちなみに私の推しはレイだけどね!カッコイイし面白いし最高!」 その言葉に優一が目に見えて不機嫌になり、アンリは爆笑していた。 「レイさんだなんて…アンリの理想はレベル高すぎ。」 「そうかな?お客さんの人気はだいたい大地くんかまこちゃんだよ?」 「ねぇ、アンリのランキングで俺は何番目?」 だんだん口説こうとしているのか?という雰囲気に2人は真っ赤になった。心なしかいつもののびのびとした話し方ではなく、低めの落ち着いたトーンだ。キレる以外で初めて男の優一を見た気がした。 「1番だよ」 「はぁ、良かった」 1番と言われて当然だと言わんばかりに安心する優一が意外だった。 「私の中ではいつでもユウが1番だから頑張って!」 「うん。ありがとう。レイさんに負けないように頑張る」 「レイとユウは違うから張り合わなくていいでしょ?」 「アンリが自信持って俺の推しって言ってくれるようになる」 「ファンは私だけじゃないんだから!」 「いやだ。アンリの1番になりたい」 聞いてた2人はさらに赤面した。これは告白ではないのか?と焦って顔を見合わせた。アンリも困ったように優一を見て笑った。 「あんた、そんな思わせぶりな発言気をつけなさいよ?私じゃなかったら勘違いしてるよ。」 「え?なんで?」 「普通の人なら、ユウが私のこと好きなのかな、って思うでしょ?」 「好きだよ」 いつもの上目遣いで可愛いものじゃなく、サラッと言ったのがかっこよく、男としてのそれに誠が慌てて空気を怖そうと思いっきり青木を押して転ばせた。 「痛っ!まこちゃんなにすんのさ!」 「あ、ごめんごめん!」 「青木、まこちゃんお散歩?」 顔を上げるといつもの優一で、青木はきょとんとした。本当に無自覚で言っていたようだ。アンリは少し頬を赤らめたまま道具を中に運んだ。 「優くん!アンリさん口説いてたでしょ!?」 「口説くわけないじゃん。アンリ彼氏いるし」 「優くんも恋人いるでしょ!?どうしてあんな勘違いしそうなこの言うの?」 「??なぁに、まこちゃん。俺なんか言った?」 訳がわからないと、不安そうな顔するのに誠は頭を抱えた。 「優くん、ずーっと思ってたけど、無意識にアンリは俺の、って思ってるでしょ?アンリさんの1番は絶対自分だって…」 「うん。1番だって思ってるよ?え?それ?」 ダメなの?と聞く優一に誠はなら優くんの1番は?と聞くとみんな!と答えた。 「アンリさんの彼氏ともよく比べてたし…側から聞いたらアンリさんのこと好きなのかな、って思うよ」 「好きだよ」 「優くん!優くんにはタカさんがいるでしょ!?俺や青木のことを好きでいてくれた時とアンリさんは同じ気持ちなの?」 「え…?…んー…考えたことなかった。友達よりは上で…でも恋人になりたいよりは、1番になりたいというか…」 優一はだいぶ混乱していた。 「じゃあ、分かりやすく言うと、抱ける?アンリさんのこと」 「え…アンリを…?………抱ける…かも。」 少しの間があった後、そう小さく言って顔を真っ赤にして顔を逸らすのを見て、誠はしまった!と焦った。 (優くん本当に気付いてなかったんだ!意識しはじめちゃったらどうしよう!) 「も!もう!からかうのやめてよ!明日も仕事だし、そろそろ帰ろう?まこちゃん付き合ってくれてありがとう!」 青木も似合ってるよと、手を引いて中に入った。ちょうどアンリとユリが道具をお店の車に積んでいるところだった。 「あ!帰るのー?頑張ってねー!」 「うん!姉ちゃんアンリありがとう!」 「ありがとうございました!」 「また来ますね!」 誠の車に乗り込むと、助手席に座る優一側の窓をコンコンとアンリが叩く。 「何?」 「はい!不安なったら話聞くから。お守り」 優一が貰った紙を広げるとアンリの電話番号だった。 「え?」 「ユウはRINGでやっていける!大丈夫!頑張れ!」 「ありがとう!」 紙を大切にしまって優一はアンリの頭を撫でた。 「アンリもお幸せにな?」 「うん!結婚式は呼ぶから!RINGがゲストで来てくれたらなぁ〜」 「あはは!考えとく!じゃーねー!」 ご機嫌な優一に誠は先ほどの会話を思い出す。 「アンリさん結婚するの?」 「結婚したいんだって、今の彼氏と!どんな人だろー?」 あいつ可愛いもんなー、とまた無意識で言うのを青木も誠も気まずかった。 (本当に鈍感すぎる) 2人は呆れてため息を吐いた。

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