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第45話 友だち
(ん?誰か寝てる?)
マンションのエントランス部分に爆睡中のサラリーマン。青木は関わらないように、とそっとオートロックを解除してエントランスに入る。雪も降ると噂の夜にさすがにコートだけではまずいだろうと、通り過ぎようとして踵を返し、声をかける。
「あの…お兄さん。ここで寝ると死にますよ?」
「んっ?…あ、え?、どちらさん?」
「このマンションのものです。大丈夫ですか?立てます?」
「あ、お気遣いなく…」
起きたのを確認し、エレベーターホールにいこうとすると、鳴り響くケータイの音と、寝息。 ため息をついてお兄さんを起こす。
「ちょっと!!起きてください!電話もなってますよ!」
「でんわ…電話!?あ、もしもし!はい!お疲れ様です!」
起きたのを確認してエレベーターに乗る。一日一善、とご機嫌でノンタンに会えるのを楽しみにドアを開ける。
「あれ、翔くん来てたの?」
「お疲れ!ノンタンに餌あげといた!でもさ、めっちゃ嫌われてて食べてくれない」
自分の家のように寛いでいるのはAltairの翔。多忙な彼がいるのは珍しく、ダンスの練習で会うくらいだ。友達がいない、失恋を癒す友達がほしい、と言った翔に青木は合鍵を渡した。
「お腹すいたー!」
「もう…食べに来てるだけでしょ?うちは飲食店じゃないけど?で、何がいいの?」
「何でもいい」
「オムライスね」
青木がキッチンに入ると不機嫌なノンタンが擦り寄ってきた。ノンタンは優一には懐いていたが、翔にはとてつもなく威嚇する。
「家に誰かいるって、なんか嬉しいなぁ」
「そうなんだ、じゃあ付き合う?」
「えー?お互い傷心でしょ。そんな場合じゃないよ」
「傷心を癒すのは新しい恋って言うだろ?」
「なに。溜まってんの?」
友達、と言う名のセフレ。お互いの好きな人を想いあって発散するだけの関係。
「まぁね。俺、激務だから」
「たしかに。オムライスは?」
「後で。早く。」
風呂入ってないけど、と心の中で呟くも目の前の男に噛みつくようなキスをする。一緒に飲んだ日から、会えば必ず身体を重ね、お互いのイイところが分かるまでになった。 翔は腰が敏感で触るだけでも背を逸らし、余裕がなくなり、いつも以上にセクシーな顔を見せる。優一を想像しようとも、どちらかといえば大河に似ていて複雑な気持ちになる。現実を見ないように、お互いの約束で後ろからしか抱かない。そして、お互いの名前も呼ばない。
「っはぁっ…、っ、っ」
青木は優一の小さな手や、真っ白な肌を思い出す。甘えた声と、伊藤に怒られていた日に見た、大量のキスマーク。
「っぁ!でかく…すんなよっ…」
「ごめん…っ」
想像が次から次へと溢れてくる。上目遣いと、ふとした時の色気のギャップ。寮で我慢できずに触った時の感覚。全てが青木を高める。 名前を呼ばないようにギリッと歯をくいしばる。
(ユウッ、ーーッぁ、ユウッ)
(「青木が好きだったんだぁ」)
(「俺の好きな人が揃ってる」)
(「ほら、お揃いっ!」)
「ーーッ!!ぅあっ!!」
「っぁ、ーーまぁた、先にッ、も、いつもイけない…」
「あ…。ごめんごめん、ほら前触るから」
いつも先にイかせてあげられないから、前と腰を刺激するとプルプルと震え出す。
「っあぁ!!っん、んぅ、っふぅっ、出そっ!」
「イッて」
「っぅぁあああっ!ーーっはぁ、はぁ、はぁ」
余韻もないまま、翔の身体を拭いて服を着る。翔も気だるそうに起き上がり、服を着て元に戻る。満足とは言えないが、優一のキスマークを見ても落ち着いて過ごすことができたのは定期的な発散があるからだ。いつも翔よりも先に絶頂を迎えるほど、想像上の優一はエロくて仕方なかった。オムライスを作っていると翔のケータイが鳴り、今から収録だと聞いて驚いた。
「え?全然時間ないのに来たの?!家で休めばいいのに!」
「…っ。そうだな。ま、溜まってたから。じゃーね」
「食べる時間は?」
「無い。ごめんな!ありがとう!」
バタバタと帰って行った翔に首を傾げる。別に食べたくもないオムライスをどうしようかと思い、リビングを見ると、翔のマフラーがソファー置いたままだ。
(こんな寒い日に!)
慌ててエレベーターに乗り、一階に降りるとタクシーに乗るところだった。
「翔くん!マフラー!」
「…っ!…ありがとう」
「何その顔。嬉しくなさそう。せっかく持ってきたのに」
「お前ん家に行く理由がなくなるだろ。余計なことしやがって。」
「は?合鍵あるでしょ?理由なんかいるの?」
「はぁー!もういいから。ありがとう」
また首を傾げてタクシーを見送った。戻るところで植木にさっきの人が爆睡しているのを発見した。
(電話で外に出て撃沈?ヤバすぎ)
「お兄さん?大丈夫っすか?」
「うわっ!す、すみませんっ!!すぐ、戻ります!」
お兄さんは慌ててエントランスに走って行ったがだんだん速度が遅くなる。 一緒にエレベーターに乗ると、階数を押さずにもたれている。
「何階ですか?」
「3回目です…今回は、あっちと結婚するって…。ひどい話ですよ」
「え?」
「僕は舞ちゃんだけなのに。舞ちゃんは他の人がいいんです。僕みたいなブラック企業で休みも取れないやつより、休みもお金も車もある、おじさまの方がいいんだ」
「あの、何階ですか?」
「浮気が3回目なんて、情けないですよね。許しちゃったからダメなのかな。でも、好きだったんです。」
「はぁ…。じゃあとりあえず3階で」
しくしく泣き始めたお兄さんは、酒に飲まれてよれたスーツがより悲しみを演出していた。失恋の気持ちは分かりますよ、と心の中で同情した。
「3階です」
「あの、着きました。」
「あなた!浮気されたのが3回目だからおちょくってるんですかっ!?僕の部屋は9階です!」
「…あー、どうもすみません。」
(同じフロアか。結構高い家賃なのに。この人何者?)
ドアが開くと、ヨロヨロと歩き出す可哀想なお兄さんの後ろを歩く。
「付いてこないでくださいよっ!そんなにバカにしたいんですか?!」
「あ、俺もこっちなんで。すみません。」
「え?お兄さんも?」
「あ、まぁ。」
酔っ払いの目から敵意むき出しの目に変わった。上から下までタレ目が移動した後に、呆れたように、バカにしたように鼻で笑った。
「…ふぅん。親の金でしょどうせ。そんなチャラチャラしてさ。」
「……」
「お坊ちゃんはいいよなぁ。君さ、10代くらいだろ?楽して遊んで金はあって。僕みたいに15時間労働の20連勤なんてないんだろうなぁ」
ガタンッ、バサバサバサ
「痛っ!」
「おい。酔っ払いだからって絡んでくるんじゃねーよ。だれが親の金だよコラ。何も知らないくせに自分だけ苦労してるように言うなよ」
「お前みたいな奴がこんなに稼いでるわけがない」
「黙れ。酒に飲まれて、3回も浮気されたやつに言われたくねぇよ」
「ここに住むためにどれだけ厳しい生活をしてると思ってるんだ!舞ちゃんのために俺はっ!!お前みたいなチャラいやつに」
酔っ払いに絡まれ、一日一善が報われなくてがっかりする。青木はため息を吐いて、マスクを外した。え!?っと口が開きっぱなしのリアクションに、自分の知名度を認識した。固まったままの酔っ払いの可哀想なお兄さんを見る。
「一応、RINGというグループでしっかり働いてますが何か?」
「…っ!!へぇっ!?うわっ、マジか!げ、げ、芸能人!ドラマに出てた人っ!芸能人初めて見た!!」
「連勤の話してましたっけ?俺、休みない時期もありましたけど?」
すみませんでした、と頭を下げるお兄さんに苦笑いする。
「内緒でお願いしますね?」
「あ、はい。もちろんです!あのっ」
「何ですか?」
「絡んで申し訳なかったです。あと、見た目だけで、あんなこと…すみません。」
「いえ。傷心同士仲良くなれるかもしれないですし。今後もよろしくお願いします、可哀想なお兄さん。」
相手がフラフラと部屋に入るのを確認して後に自分の部屋がバレないようにドアを開けた。玄関に入るとノンタンがやっと帰ってきた、と言わんばかりにすり寄ってきて癒される。ゴロゴロしてる姿を動画に撮って優一に送るとすぐに可愛い、と返事が来てにやける。 結局我慢できなくなって、テレビ電話になり、タカがいなくて暇をしていた優一の相手をした。
「あ!こんばんは!」
「っ!こんばんは…」
深夜2時、送迎車から降りたタイミングで出会ったのはタクシーから降りたいつかのお兄さん。
疲れ切った顔で愛想笑いをして素通りされるのを、行き場は同じだからとついて行く。
「あの、この間は酔っていて、失礼なことを申し訳ございません。」
「いいえ。」
「……。」
沈黙の中のエレベーターが耐えきれず、2人ともが何か話そうと同時に目があった。
「えっと、お兄さんおいくつですか?」
「僕は20歳です」
「え!?俺もです!なんだぁ!めっちゃ若者バカにしてたからもっと上かと思った!」
「あぁ、すみません。社会人が長くて…。新人が簡単に辞めて行くので腹が立ってたんで。」
「お名前、聞いてもいい?」
「吉田です。」
「下は?俺は本名でやってるから分かるでしょ?」
「…正樹です。」
「じゃあ正樹って呼ぶね!正樹も大地でいいから!」
「はぁ…。わかりました」
「敬語はやめよ?同じ年だし、業界違うから先輩後輩もないでしょ?」
「…わかった。じゃ、おやすみなさい」
いつの間にかお兄さんこと正樹の部屋前で、サラッと中に入っていった。同じ年の知り合いが少ない青木は嬉しくなってご機嫌でノンタンに報告した。ニャーと相槌のように鳴いて、鼻と唇をペロペロと舐められくすぐったい。可愛いくてぎゅっと抱きしめると嫌がって寝室へ走っていった。
「伊藤さん、ありがとう。おやすみなさい」
午前0時。仕事を終えて送迎車を降りると、駐車場の方から口論する声。関わらないようにとマスクをし、ニット帽を深めに被り、静かにエントランスに向かう。
パシンッ!!
響き渡る激しい音に、痛そう…と思わず足を止める。カツカツと地面を叩くピンヒールには苛立ちが現れている。
「待って!舞ちゃん!!僕は舞ちゃんだけだって!!」
「嘘よ!だって私が他の人と結婚するって言っても、止めてくれなかった!」
「そんなっ!舞ちゃんが選んだ人ならって」
「そんな優しさいらない!もっと私が必要って言って欲しかった!今日だって私、ずっと正樹を待ってたのに!!」
「誕生日は彼と過ごすって言ってたから仕事を入れたんじゃないか」
「いっつも仕事ばかり!!」
「…。ごめん。」
「彼は指輪をくれたの!見て!この大きなダイヤ!!でも正樹からは何もなかった!」
「…ごめん」
「もっと彼を越えてよ!!正樹は悔しくないの!?私が他に行ってもいいの!?もっと本気になってよ!」
面倒くさそうな女だな、という印象のその舞ちゃん、は見るからに美人で愛され慣れをしているのだろう。綺麗に巻かれたブロンズのロングヘアと高級ブランドのバッグと高そうなワンピースとコート。ネイルで綺麗にされた指輪には大きなダイヤ。
「正樹!しっかりしてよ!このままじゃ私、本当に彼と結婚するよ!?いいの?」
「嫌だよ。」
「じゃあ彼を越えてよ!ダイヤぐらい買えるでしょ?プロポーズしてよ!」
「プロポーズはしたいよ、でも、これを超えるダイヤなんて僕、買ってあげられないよ」
パシン!!
「痛っ…ごめん、舞ちゃん。僕が、普通のサラリーマンじゃなかったら、君を幸せにしてあげられたのに。あの人から、君を奪って連れ去るのに」
「私は正樹が好きなのっ!お父様にも理解してもらいたいの!誠意を見せればきっと!」
「もう、見せられる誠意がないんだ…。幸せにする証拠って何?僕は一緒に過ごせたらそれだけで幸せだよ。舞ちゃんのそばにいられるだけで。」
「何それ、そんなの」
明らかに舞ちゃんの声音が低くなる。植木のところに凭れて様子を見る。ほんの、興味だった。
「うん。舞ちゃんはそれじゃ満足できないよね」
「何その言い方、私は正樹に努力してほしくて」
「努力って何!?これ以上どう努力したら満足するの!?どうしたら認められるの!?僕はもう、ボロボロだよ!」
「正樹…」
「もう苦しいよ。君が僕のそばにいてもらうためだけに働いて働いて働いて!でも!追いつかないし、君だってそばにいてくれない!」
「それは正樹の努力が」
「舞ちゃんは僕なんか好きじゃないよ。舞ちゃんは高校の時から大きく変わった。あの僕の子の妊娠も、堕したってのも嘘だったんでしょ?本当は君の親友の健ちゃんだって、本人から聞いたよ。あの時から僕は2番目で、舞ちゃんの1番はいつだって別の人だ。」
疲れたんだ、もう。そう言ってカバンからブルーの指輪ケースを出した。
「舞ちゃんの誕生日である今日。僕は君にプロポーズするつもりだった。でも、会えないって言われた。そして、当日に突然連絡来て、嬉しかったのに…こんなこと言われてさ、大きなダイヤを付けてるの見せつけられて…用意してたなんて…言えるわけないだろ。」
「正樹」
「どこまでプライドズタズタにするんだよ。もうやめてくれ…。僕は君を諦める。今までありがとう。これは、足しになるか分からないけど、良かったら受け取って」
表情が消えた正樹と指輪を交互に見て、舞ちゃんは辛そうな顔をしながら指輪を受け取った。
「舞ちゃん、お幸せに」
「正樹っ!嫌だよ、待って」
「もういい。いいんだ。舞ちゃんも僕に執着しないで。お金も家柄も職業も男としても立派じゃなかった僕のことなんか忘れてよ」
「正樹っ!!」
舞ちゃんは正樹に濃厚なキスをして、青木はさすがに鑑賞するのはもうやめようとエントランスの中に入った。エレベーターを待っている間に少し外を見ると、泣崩れる正樹。思わず足が動いた。
「正樹、大丈夫か?」
「…っ、ぅうっ、ふぅっっ、っぅ、ひっく、っぅ」
「立てる?」
握った手から見えるのは渡してたはずの指輪。
「正樹、ごめん。俺、全部、聞いてた。」
「ぅっぅう…っ、っく、ぅ、ぅう」
「…正樹」
「っぅ…こんな安物、いらないって」
驚愕の台詞に唖然とする。どん底まで落とされた目の前の男が不憫でならなかった。あのキスは何だったのだろうか。てっきりあの後仲直りのセックスでもするのかと思っていたのに。
「抱いてって、言われたけど、断ったら、僕はもういらないって…っ、正樹は見た目が釣り合うだけって…2番目どころか、ただのセフレだったみたい」
「……」
「はは…っ、だせぇな…マジで。…最低な女なのに…っ」
「……」
「何でまだ好きなんだよ!バカみてぇ…っ」
泣きながら自嘲気味の笑顔がつらくて、痛々しくてそっと抱きしめる。
「うっぅ…っふぅ、っく…っひっく…」
ぎゅっと背中を握られ、泣き止まない背中をトントンと叩く。ヘビースモーカーなのかタバコの強い匂いがする。震える肩をしっかり抱いて、この人を1人にしたくない、という感情が芽生えた。 近くをタクシーが通った事で、跳ねた体を支え、立たせた。
「正樹、ここだと誰か通るかも。部屋行こう」
「っぅっう…っふぅ…っぅ」
正樹のカバンからケータイが鳴るが、取る様子はない。恐らくさっきの舞ちゃんだろう。激しくなる嗚咽に、せめてケータイが静かになることを願った。
「はい、入って」
「っぅ、ふっぅ…大丈夫、自分の家に帰る」
「何言ってんの。そんな状態で帰して自殺でもされたら困る。座って?あ、猫いるけど大丈夫?」
「…っ、ねこ、大丈夫」
ドアを開けたところでトイレの方から様子を伺うノンタン。翔の時みたいに威嚇はしないが人見知りしているようだ。
「ノンタンおいで。仕事だよ」
ノンタンを抱っこして、ダイニングテーブルの椅子に座る正樹の膝に乗せる。大きな目がきゅるんと正樹を見つめたあと、ネクタイで遊び始めた。 泣き続ける正樹と、その下で無邪気に遊ぶノンタンがアンバランスでぷっと吹き出した。正樹はチラッと青木を見た後、膝に乗ったノンタンを見ると、一生懸命遊ぶ姿に思わず笑みがこぼれる。
「可愛いでしょ?うちの子」
「ふふっ。うん、なんか全部どうでも良くなる」
ハイブランドのネクタイと後から気付いたが、正樹はそのままノンタンのやりたいようにさせ、それを優しい顔で見ていた。ネクタイを引っ掻いたり噛んだり舐めたりと忙しい。正樹が顎を指で撫でると今度は気持ち良さそうに目を閉じて、もっと、という風に大人しくなった。
「うわぁ、本当可愛いなぁ」
「癒し効果があるよ、うちのノンタンは」
「ノンタン…絵本の?」
「そっ!懐かしいでしょ?」
「懐かしいな」
正樹が初めて年相応に笑った。落ち着きを取り戻した正樹は恥ずかしいところを見せた、と落ち込んでいた。ビールでも、と誘うとありがとう、と受け取った。 同じ年ということで2人はお互い畏ることもなく、いろいろな事を話した。大手不動産の支店長をしている正樹は日々ストレスやプレッシャーが多い、と愚痴をこぼした。ほとんど休みなく働く事でこのマンションに居られると、ため息をついた。
「ここは、さっきの…舞ちゃんが選んだ家なんだ。一緒に住むつもりでさ。舞ちゃんの家はお金持ちで、同棲するならいいマンションじゃないと認めないって言ったから、ちょっときついけど、不動産同士のつながりもあってここを安くしてもらったんだ。」
「で?一緒に住んでるの?」
「いや。あの有名なタワーマンションに彼氏と住んでるってさ」
「えっ!!?そこ!」
優一とタカの住むタワーマンションだった。変な縁に少しゾッとしながらも、続きを促す。
「ステータスしか見ないんだ、舞ちゃんは。高校の時はさ、僕がたまたま学校のミスター?に選ばれて、舞ちゃんがミスだったんだ。」
「すごーい!正樹は背高いし、顔整ってるもんな!」
「いやぁ、僕、できるだけ目立ちたくないんだよ。なのにそんなことになって、周りが囃し立てて…。舞ちゃんはマドンナ的存在で、正直憧れてた。舞ちゃんもミスに選ばれた後から、運命だ、なんて言ってくれて付き合うことができたんだ。僕は数学が好きでさ、教員か税理士か経営かって迷ってて、大学に行くつもりだった。」
容姿も良く、頭も良い正樹だからこの若さで支店長なのだろう。
「僕、上昇志向とかないからさ、有名私立大学より、まぁ普通の大学志望にしたんだ。そしたら舞ちゃんが豹変した。あの大学じゃなきゃ別れる、とかね。意味が分からなくて…でも自分の進路は自分で決めようって変えなかったら妊娠騒動。」
「え!?」
「セックスした経験があまりなくて、舞ちゃんとが初めてだったんだ。浮気してるのも知らなくて、怖くて、うちの両親も一緒に謝罪に行って、そこから全部が狂った。大学の推薦も取り消しで、養えるぐらい稼げと言われ、舞ちゃんの浮気も発覚して…。でも、舞ちゃんを繋ぎ止めるために給料のいい不動産で必死に働いた。」
地獄のような2年だった…。と天を仰ぐ正樹にお疲れ、とビールをぶつけ合う。いろんな人生があるんだな、と青木はしみじみ思った。同じ20年生きてきてこんなにも違う物語がある。
「でもさ、本当に愛してるんだ。破茶滅茶だけど、悔しいぐらい好きで…繋ぎ止められない無力さに自己嫌悪するし、幸せを祈ってるのに寂しくて。はぁー上手く切れるかな…。結局僕が耐えられなくてより戻しちゃうんだけどな」
「分かるよ」
青木は苦笑いする正樹を見つめた。きょとんとする顔に構わず、酔ったのか、止まらない。
「俺、好きな人のこと、好きって気付かないまま嫉妬して、言葉ですごく傷つけたんだ…。自分の気持ちに気付いた頃にはそばにいなくて、後から俺のこと好きだったんだ、って知った。今他の人と幸せそうなその人を見ると、本当に辛いし、閉じ込めて俺だけのものにしたいって、思う。」
「…そうだったんだ。なんか、僕ら不器用だな」
「本当に。言ったでしょ?傷心同士、仲良く出来そうって」
「たしかに。」
ふふっと笑う正樹はやっぱりミスターに相応しい爽やかさだ。酔っ払った時や疲れ切った顔の時には1ミリも思わなかったが、今はだいぶ自然体だ。 どこかへ行っていたノンタンが正樹の膝に乗り、正樹の指を甘噛みしてはニャーと鳴いている。
「正樹には懐いてたみたい。またストレス溜まったらおいで。愚痴なら聞くよ」
「いやいや、これ以上迷惑かけられないよ。本当、今日はありがとう。」
「いいって。俺も愚痴あったら聞いてほしいし。どう?」
「…まぁ日程が合えば。」
乗り気じゃない正樹を説得し、面倒になったのか、社交辞令でスルーされた。連絡先を交換して、朝早いからと帰っていった。
「ノンタン、友達できた!」
顔を近づけるとペロリと舐めてくれた。次はいつ会えるだろうかとワクワクして眠りについた。 次の日の朝、早速のメッセージにテンションが上がるのを抑えられなかった。
「おはよう大地。昨日はありがとうな。今日も一日頑張ろう」
ベッドから飛び起きてすぐに返信しだ。
「おはよう正樹。いつでもお話ししよう〜ノンタンも待ってるよ。」
眠っているノンタンの写真も一緒に送ると、可愛い、待つ気ないじゃん 笑 と返信が来て吹き出す。しばらくメッセージのやりとりを続けたあと、月末なんでフルボッコにされてきます。またね。と終わった。 よし、と気合いを入れて仕事の準備をし始めた。
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