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第53話 崩壊

(うわ…三輪さんピリピリしてる) 伊藤は優一を今まで無いぐらいに叱りとばし、事務所に戻った。予想はしていたが、新しくブルーウェーブ担当になった三輪さやかはイライラが収まらないのか大きな音を立てて仕事をしていた。タカの相手が優一だと知っている人は数少ない。もちろん、知らない三輪に周りが触らぬ神に祟りなし、と静かに仕事をしていたのに倣って仕事を始めた。 バン! 「あぁ!もうムカつく!みんな、今日は飲みに行くわよ!」 「え、今からですか…?」 始まった、と苦笑いするのはAltairのマネージャーの長谷川愁。隣のデスクだからいつも餌食になっている。ブルーウェーブよりも遥かに忙しいのに、三輪が担当になってからは何度も引っ張りだされている。 「もちろん!こんなんじゃ気が済まないわ!伊藤さん、相川さん、逃げないの!」 捕まった…と項垂れていると、向こう側で78のマネージャー相川リクはあからさまに嫌がった。 「いや、無理っす!」 「薄情者!」 「なんとでも〜。お疲れっす」 サラリと躱したのに便乗しようとすると、肩を叩かれ、連行された。 「ハイボール、3つ」 1番の売れっ子担当が下座でせっせと働くのを、中途で最近入った三輪は当然のように使い、最初からとばしている。 「作曲家?天才?どこがよ!人として当たり前のこともできないのに偉そうに!!愛嬌もないし、傲慢で、あいつの歌のどこに惹かれるんだか!」 「三輪さん、ブルーウェーブの曲聴いてないんですか?」 届いたハイボールを配りながら、まさかね、というように長谷川は聞くとそのまさかだった。 「聞く価値ないわよ!あんなやつの曲なんか。カナタ君はね、可愛いのよ〜!三輪さん疲れてないですか?いつもありがとうございます、ってね!だけど誰かさんは、私が来るだけで悪態ついては態度は最悪。信じられない!」 伊藤は内心、そんな態度とられても仕方ない、とさえ思っていた。好き嫌いで成り立つ仕事でないし、まず商品を知ろうとせず、セールスポイントどころか商品にケチをつけている。 「三輪さーん、僕らはマネジメントですからまずはタレントを知らないと。信頼関係ですよ。タレントの活動で僕らは食っていけているんですから。」 「それだとしても礼儀がなってないのよ!社会人として使えないわ!年上への態度とは思えない!誰が調整してあげてるんだか」 「三輪さん、業界は芸歴です。タカはここにいる俺たちよりも長い人物ですよ。タレントに振り回されて大変かもしれませんがそこをサポートするのが俺たちの仕事です。三輪さん、お互い頑張りましょう?」 グラスをぶつけ合うと、三輪さんは少し落ち着いたがとんでもないことを言い出した。 「私、RINGのマネージャーがいいわ。問題もないし、愛嬌たっぷりでみんな可愛くて若いからフレッシュだし!RINGなら売り込みも頑張っちゃう!」 思わぬ申し出にゴホゴホと咳き込むと、長谷川が背中をさすってくれた。 (冗談言うなよ!?) 「明日社長に言ってみようかしら!伊藤さんはブルーウエーブとも仲がいいし!名案だわ!」 「三輪さん、まずは与えられたポジションで成果出さないと異動は厳しいですよ?」 長谷川はおしぼりを注文しながら三輪に言った。すぐに不満そうに口を尖らせた。 「え〜?そうなの!?前の事務所ならすぐ出来たのに…タレントと合わなかったら意味ないし。」 「合わせる努力も必要ですね?」 「やだ、長谷川くん、たまに毒吐く〜ドS〜」 お疲れ様でした、と解散したフリして長谷川と伊藤はすぐに二軒目の大衆居酒屋へ入った。 サラリーマンで溢れたこの店はおじさんたちの憩いの場だ。 「マジうざすぎー。響くん、もう僕耐えられないよ」 「いや、愁くんがすごいよ!大人の対応上手いなぁ!」 生ビールで乾杯し、愚痴り合う。長谷川と伊藤は同期に近く、長谷川はすぐにAltair担当になった。温和そうに見える雰囲気で、頭の回転が早く、何事もそつなくこなす。Altairが売れてるのも戦略も良く、またメンバーへの伝え方、モチベーションの上げ方もうまく、何が向いているのかを瞬時に把握する。 「三輪さんがなんでうちにきたのか知ってる?本当はサナのマネージャー候補だったんだって。でも、入社したら手のひらを返したように豹変したらしいよ。三輪さんがサナの映像みて、野暮ったい子のマネージャーはゴメンだって。プロデュースが下手だの、好みじゃないだの言ってたのをタカが聞いてて、そこからだよ、タカがいちいち突っかかるのは。大御所にしか興味がない、売れてるタレントのマネジメントがしたい、ってブルーウェーブ担当になったからもうバチバチ」 長谷川は伊藤にタバコを渡して火を付けた。伊藤は久しぶりのタバコにスッキリするような感じがした。 「三輪さん、Altair希望しそうだけど、しなかったな」 「ああうん。無理でしょ。一回見学には来てたけど…グループ内殺伐としてるし、愛嬌無いし」 「まぁ…確かに愛嬌は無いかな。」 「仕事仲間で、仕事の時さえ笑ってくれればいいし。うちのグループはさ、グループの顔である翔を売れば必ず誰か文句を言う。翔ばっかりじゃなくて、翔の出た作品が本当に当たるんだよね。もってるよ、あの子は。でも嫉妬ばかり。みんな自分のことに必死だよ。RINGは逆にみんな仲良いから、そこが三輪さんの理想なんじゃない」 「距離近すぎるのも大変だけどな」 伊藤はグループ内の恋愛模様を思い出しため息を吐いた。 「響くんは、同じグループだから大変だね。レイがべた惚れだったもんね〜。僕は担当の人じゃないから、楽かな。」 「いいよなぁ…。いつもヒヤヒヤだよ。レイもそろそろブレーキきかない感じだし…。タカとユウみたいにはならないようにしてるけど…レイはあの2人が羨ましいみたいなんだ。」 「ふふ、可愛いじゃない。満足させてあげなきゃ逃げちゃうよ〜。あ、うちの透が狙ってるから気をつけてね」 「まだ?長いな。…つか、大丈夫か?リク怒ってんじゃない?」 先ほどからピカピカ着信がなっている。 「だったら参加すればいいのに…。リクは大人の付き合いが出来ないから」 クスクス笑ってタバコを灰皿に置き、鳴り続けるケータイを見ている。 (本当にドSだな、愁くんは) 78のマネージャー相川リクとAltairのマネージャー長谷川愁は入社前からのお付き合いだそうだ。愁は高学歴で大手の企業にいたが、リクを追ってここに中途でやってきたのだ。 「リクに最近会ってなかったから、今日は2人で飲もうね、って話してたんだ。僕が三輪さんの誘いを断らなかったからもうめちゃくちゃ怒ってるだろうなぁ…ふふ、可愛いよね」 「可愛いと思うなら早く行ってあげなよ」 「まだ泳がせとく。あ、そういえば響くん大丈夫?元カノさんがダイアモンドのマネージャーになるんでしょ?レイは知ってるの?」 これからメンバーが決まる女性アイドルグループ、ダイアモンド。そのマネージャーに伊藤の元カノが入ってくるのだ。 「いや、言ってない。もう終わったことだし」 「とは言え、びっくりするぐらい美しい人でしょ?レイは不安にならない?」 「何にもないから大丈夫」 「えー?一晩だけ、とか言われたら響くん断れなさそう」 「それは確かに。断ったこともないかな。でも体だけだよ。レイも戻る気は全く無いって分かってくれるだろうし。」 長谷川はビールを流し込んだ後、伊藤を見てしっかりと言った。 「一晩でもさ、僕がレイだったらぶっ殺すけどね?よかったね、僕じゃなくて。」 ゾクッとする顔に、普段の優しそうな雰囲気は無い。気をつける、と言うとニコリと笑ってくれた。 「僕はレイと響くんを応援してる。レイの真っ直ぐさを受け止めてあげてね。あと、透には絶対レイを渡さないで。仕事はできるけど、オススメはしないかな。」 「うん、応援ありがとう。」 素直に言うと、長谷川はそろそろ取ってあげようかな、とスピーカーにして電話に出た。 「はぁい」 「…どこ?」 「お酒飲むとこ」 「居酒屋か。今から迎えに行く。」 「響くんと帰るからいいよ?」 「うるせぇ!今出るから現在地送れ!」 あ、切れちゃった、と嬉しそうに笑う長谷川に少し恐怖を感じた。この2人は真逆なタイプなのにずっと一緒にいられることがすごいと思った。そして関係性がよく分かる。 「あー、早く抱きたいー。明日は午後だし」 「ほどほどにな。」 「リクさ、あぁ見えてめっちゃ可愛いの。Mだからさぁ、痛くしないとダメみたいで」 「愁くんがSすぎるんだろ。前のケガはさすがに痛そうだったぞ」 「あー、あれはお仕置きだから。リクが女抱いてきたからさ。」 ニコニコしながら話すのに恐怖心が芽生える。間違っても相川に手を出してはいけないと察した。 「僕がこんなに愛してあげてるのに、あの猫ちゃんはたまに逃げちゃうの」 束縛が凄そうだ、と伊藤はゴクリと喉を鳴らした。なんだかシュウトを見ている気がして忘れようと酒をがぶ飲みした。 相川が到着すると、2人で相川の車に乗り込むと伊藤は独特の強い香りに咳をした。爆音の洋楽のボリュームを長谷川がそっと下げた。 「なーんだ!あのババアもいるかと思った。楓がタカさんがイライラしてる、って言って怯えてたけど、確かにあいつはヤベェな」 タバコと香水の匂いがする黒塗りの大きなワゴン車を運転する相川はまたボリュームをあげ、ノリノリだ。 「まぁ後々辞めるんじゃない?ブルーウェーブはマネージャー変わりすぎてもういらないだろうな。それぞれがセルフマネジメントできるし。」 「吉野さんは響が辞めさせたんだろ?レイのために珍しくブチ切れてたなー!俺あの時超ゾクゾクした!響は顔綺麗だからキレたら余計恐いわー!あの姿レイに見せてやりたい!かっこよかったー!」 相川は長谷川が乗ったことで安心したのか、ペラペラと喋りご機嫌だ。レイとシュウトの問題の時の話をうっとりとした様子で話した相川に伊藤は鳥肌がたった。相川に、ではなく、助手席の長谷川にだ。 (明日リク出勤できるといいけど…) 抱かれました、という雰囲気を醸し出しながら登場するのをいつも見ている伊藤はただただ心配だった。 「ただいま」 しん…と静まり返り真っ暗な部屋に灯をともす。パソコンの電源を入れ、仕事のメールチェックをし、しばらく考える。 (グループの顔) センターは大河だがあまり売り出しが出来ていないのではないかと悩む。知名度はレイの方が高い。舞台が中心だった分、今から底上げをしなければならない。何か大河にとってプラスになることはないのかと悶々と考えた。マーケティングをもう一度やってみようと、遅くまでパソコンに向かった。 「おい!響!大丈夫か!?」 キーボードの上に顔を乗せ、爆睡していたようだ。心配そうに見つめるレイが、おでこに手を乗せた。身体が動かせなくて目線だけレイをみた。 「風邪ひいたみたいだな、きつくない?」 「あ…大丈夫…」 二日酔いだろうとゆっくり立ち上がり、脱衣所の鏡を見ると真っ赤な顔だったが気にせずに風呂に入る。 (眠い…) 「伊藤くーん!?大丈夫?!」 「へ!?み、三輪さん!?」 目を開けると、三輪のドアップに伊藤は心臓が止まりそうになった。あたりを見回すと、おしぼりを変える三輪と、キッチンに立つ女性。 「ゆき…織田さんも…」 「よかった。大丈夫?」 美しい顔でふわっと笑う、伊藤の元彼女の織田雪乃。テキパキと身の回りを片付ける姿はかつて同棲してた時のようだ。 「三輪さん、伊藤さんの熱は?」 「39度。これはインフルエンザかもしれないわ!可哀想に…。」 三輪さんが珍しく心配そうな顔をした。2人がしばらく交代でRINGのスケジュール管理と送迎、伊藤の看病をすることになり、レイは仕事を落とさないためにホテルに泊まることになった。 久しぶりの元カノとの再会が情けないものになってしまった。 「ん…」 「響、おはよう。大丈夫?三輪さんが送迎してるから安心して。相変わらず無理して…。事務所移ったから良くなったと思ったのに」 「ゆき、ありがとう。」 身体が重くて全身の痛みに心細い気持ちになり、伊藤は雪乃の手を握った。それを少し驚いた様子だったが、ふわっと笑って握り返してくれた。白くて細い、柔らかな手。他の男へと離れていった愛しかった人。 男は上書きじゃないと思わされる。 「響、ごめんね、あの時。」 「もう終わったことだよ」 「今でも思うの。私の隣はやっぱり響だって」 「…都合いいな」 「それも私らしいでしょ。」 「まさかだけど…追ってきて…くれたの?」 「かなり探したんだよ。すぐに前の事務所辞めて、ずっと」 「ゆき、やめろ、感染るよ」 「いいよ」 久しぶりの手触り、伊藤を知り尽くした愛撫とインフルエンザの高熱に頭が沸騰しそうになる。上に乗り、艶めかしく動く細い腰を支えて胸にかかるロングヘアが邪魔で背中にかけ、身体が覚えている雪乃の好きな場所を攻める。高い声と、忘れていた中の動きに思わず放ちそうになるのを我慢して外に出した。 「残念、中でイってもらおうと思ってたのに」 「責任とれないよ。俺付き合ってる人いるから」 「ヤっといてそれ?最低だね。私そろそろ落ち着きたいなぁ。響の子どもなら産みたいよ?ねぇ…今の彼女は私よりイイ人なの?」 「最低はどっちだよ。自分から離れて行ったんだろ。同じこと、あの男にも言ってたの聞いてるよ、俺は。あの男の子ども産んであげなよ」 意地悪、と拗ねる顔に笑ってキスしたところに、開いたドアからレイの真っ青な顔が見えた。 「っ!!」 (しまった!!) 雪乃も伊藤の固まった顔を見てレイに気付き、布団で身体を隠し、残酷なことを言った。 「レイくん、内緒ね?」 ウインクして、何のサービスなのか雪乃は身体を少しだけ見せた。レイは瞬時に泣きそうな顔になり、ドタバタと部屋を出て行った。落ちた袋の中には冷えピタや飲み薬、りんごやポカリスエットなど、レイが心配してくれたのが分かって頭を抱えた。 「なに?タレントにバレたくなかったの?」 「当たり前だろ…。もう、ゆき、大丈夫だから帰って。頭痛い」 「大丈夫、そばにいるから」 「いいから!頼む!1人にして!」 伊藤は雪乃を追い出して震える手でケータイを操作する。 (レイ…ごめん) 長いコールの後、留守電になった。 2回目からは直留守になっていよいよ焦る。 (愁くんにあれだけ忠告されたのに!) この日、レイと連絡がつくことは無かった。 インフルエンザが完治して仕事が始まる。いつも通りを装って送迎に回るもいろんなものが変わっていた。メンバーが呼ばずに降りてきて待っていたり、送迎車でも静か、だが、だれも寝たりしないのだ。いつもは優一か青木か大河が寝ているが、全員が眠そうにしながらも目を開いている。 「…大丈夫か?寝てていいぞ」 「いや、大丈夫です。」 (敬語?) 赤信号の合間に後ろを振り返ると、全員が無表情だ。 「伊藤さん、俺たちの教育って後回しだったんですか?送迎車では先輩が起きてるのに寝たら失礼とか、マネージャーにも敬語だとか、俺たち知らなかったです。」 優一が淡々と話す。クラクションが鳴らされてまた前を向く。異様な空気に変な汗が流れる。 「伊藤さんて、俺たちのことよく考えてくれてると思ってたけど、ただ嫌われたくなかったんですね」 「は?」 「三輪さんが言ってました。教育や礼儀を教えることがマネージャーの仕事。時には嫌われてでも指導は必要だと。でもその業務を怠っている伊藤さんは嫌われたくないだけなんだって」 「お前達全員そう思うのか?」 沈黙は肯定。 伊藤は絶望したが、信頼関係ができていなかったことを反省した。 「そうか。力不足で悪かった。これからは自分を変えていくから。」 「いいよ、変わらなくて。伊藤さんは伊藤さんでしょ」 レイがはっきりとした声で言った。助手席ではなく、後部座席から。 レイは分かってくれた、と安心したところで地に落とされる。 「人を変えることは難しいけど、マネージャーを変えることは仕事上問題ないから。」 「…え?」 「RINGは、売れるためにもスキルアップが必要だから。三輪さんはいろいろ教えてくれるし、俺たちの未来を考えてくれている。RINGのマネージャーは三輪さんにお願いしたい。」 息が止まりそうになり、冷や汗が止まらない。この5日間で何年も時間をかけて構築したものがガラガラに壊れていた。 「俺、アパート借りたから、伊藤さんどうぞお幸せに」 「レイ!ちょっと待って」 「レイさんを幸せにしてくれるって思ってたのに、最低」 「…伊藤さん、今までありがとう」 テレビ局に全員降ろして、手の震えが止まらない。三輪がどうこうではない、自分が壊したのだ。事務所に戻ると、長谷川が慌てて伊藤のもとに駆け寄った。 「響くん!何があったの!?緊急人事異動出てるよ!三輪さんとチェンジだって…」 「愁くん、忠告してくれたのに…」 「へ?」 「レイを…裏切った。ゆきと寝たの…見られた」 ドカン!! 「長谷川さん!?」 「愁!!やめろ!なにやってんだ!」 「だから!言っただろうが!馬鹿野郎!」 思いっきり左ほほを殴られ、口の中に鉄の味が広がり、立ち上がる元気もない。まだ殴りそうな長谷川を相川が止め、雪乃や三輪も駆け寄ってきた。 「こちらとしては伊藤さんに代わって良かったぁ!RING大丈夫かな?」 ホッとしたようなカナタに、三輪が気にいるのも分かると痛感した。タカも落ち着いた様子で座っている。伊藤は腫れた頬をそのままに、スケジュールの打ち合わせを淡々と始めた。 「ブルーウェーブは各自入りと聞いています。先に現場にスタンバイしてますので何かあれば連絡ください。」 「分かりました。」 「打ち合わせは以上です。本日もよろしくお願いします」 感情を捨てないとやりきれない伊藤の精神状態はギリギリだった。雪乃が気にして近づくのを長谷川が射抜くような目で見てくるから雪乃を躱した。あれからRINGの誰とも連絡を取らず、ブルーウェーブの売り上げが上がるようにだけを考えて日々過ごした。 「伊藤さん、落ち着いて」 「え?…あ、シュウト。収録お疲れ様」 「うん、ありがとう。そんなに必死に仕事しなくても僕らは大丈夫だよ」 「仕事しかないから。今の俺には」 ふーん、と興味をなくしたシュウトは次の現場に自分で向かった。なんでも自分で出来るブルーウェーブ。頼られていたRINGとは大違いでなんの問題もない。落ち着いている分、伊藤の仕事は少なく、考える時間が多くなった。 「ただいま」 真っ暗な部屋に自分の声だけが響く。この瞬間が1番辛くて1番感情が溢れ出す。 「っぅ…ぅ、っふ、っ、レイ、っ、レイ、ごめん」 温かく笑いあったダイニングキッチン、甘える時のソファー、愛し合ったベッド、全部が恋しくて、後悔しかない。毎晩毎晩こうして泣いて、仕事のメールも前ほど見ることはなく、酒を飲まずには眠れず体調も顔色もモチベーションも全て低下していった。 「響!倒れそうだよ?ブルーウェーブはやっぱりやりにくいの?」 「そんなことないよ、ゆき大丈夫だから自分の仕事しな」 「今日はご飯に行きましょう?響、食べてないでしょ?」 「いいよ、大丈夫だから。」 雪乃の言う通り、食事を何のためにするのか分からなくなって、酒で誤魔化して日々を過ごした。1日が長く感じてつまらない日々だ。 あの日からしばらくたった頃、事務所の会議室で大河とすれ違った。会わす顔が無くて会釈だけすると右腕を掴まれた。 「なぁ?もう見てられねーよ。伊藤さんも、レイも。」 「……」 「ユウが言ったことも、レイの言葉も、本心なんかじゃない。伊藤さんは分かってると思ってた。戻ってきてよ伊藤さん。伊藤さんじゃなきゃ俺たちはダメだ」 「俺が決めることじゃない」 「伊藤さん、レイは今、オフないよ。オファー来たものを馬鹿みたいに全部三輪さんが受けてる。ユウはマツリさんの仕事ばかりでロケが増えたり、付き合いに出されたりでマコが心配して不安定になってる。免許取り立ての青木には映画の撮影が深夜から早朝にあるのに時間外だと言って、自分で行かせてる。俺は…三輪さんに嫌われてるから一切仕事はない。ここ1週間、俺は練習とレイの部屋の家事しかしてない。」 驚きのマネジメントに目を見開くが、自分の担当でない限り手は出せない。 「伊藤さん、このままじゃRINGが壊れる。ユウなんか時間の問題だ。マツリさんへの不信感が募って仕事に行くのを渋ってる。三輪さんに怒鳴られ、泣きながら仕事に行ってる」 「お前たちが選んだマネージャーだろ。俺が言えることはない」 「伊藤さんがレイを裏切ったからだろ!俺たちは三輪さんを選んだんじゃない!レイのために距離が必要だと全員で話し合ったんだ!」 「…っ!」 「あんなにレイが泣いたのを…俺たちは初めて見たんだ。女性には勝てない、なんで俺は男なんだ、そう言って自分を責めて、自分なんか伊藤さんのそばにいられない、あの綺麗でセクシーな女性がお似合いだ、自分なんか気持ち悪い、最悪だ、って。あのレイが号泣してたんだよ!」 「っ!」 「今はロボットみたいに働いてる。アパートなんか嘘で本当はずっとホテル暮らしだ。レイはほとんど部屋にいない、けど部屋に帰ると酒浸り。だから俺が家事をしてる。」 「大河、一生のお願い、聞いてくれる?」 「当たり前だろ!遅いんだよ!」 レイの暮らすホテルのルームキーを大河から預かって、中に入ると、伊藤と同じように酒の空き缶でいっぱいだった。 (汚いな…大河が掃除してもこれか?) 僅かに香るレイの匂いに伊藤はゆっくりと深呼吸をする。 眠れなかったのが嘘のように深い眠気が襲う。1つだけあるベッドに倒れ込み、久しぶりに深い眠りについた。 「ただいま」 か細い声が聞こえて、伊藤はゆっくりと目を開ける。コンタクトをしながら寝てしまって慌ててコンタクトを取った。 「大河ー?いるのか?」 気配を感じたのかドアを寝室に明かりが少し入る。 伊藤は少し気合いをいれて起き上がって正面にたった。 「おかえりレイ」 「っ!?」 逃げるレイを瞬時に追いかけて後ろから抱きしめる。 「レイ!お願い!待って!」 「他の担当が何のようですか?困ります、帰って下さい。…大河も勝手なことして!」 「レイ、好きだ!!ごめん!本当にごめん!俺が好きなのは、お前だけなんだ!」 「……き」 「え?」 「嘘つき!!嘘つきは嫌いだ!触るな!汚い手で触るな!!!」 「っ!…ごめん」 グサッと来る言葉が刺さり、思わず手を引いた。それにレイもはっとしたが唇を噛み締めて下を向いた。 「レイ、本当にごめん」 「……」 「傷つけたこと、裏切ったこと、泣かせたこと、今の状況にしたこと、全部、ごめん」 「っ…っぅ…っ、ぅ、」 パタパタと水滴が床に落ちる。子どもみたいに心細そうに泣くレイを抱きしめたいが、レイが汚れてしまうと思うと動けなかった。 これ以上傷つけてはいけない、ここは自分が引くべきだ、と頭がそう訴えてくる。 「レイを愛して、支えるつもりが、俺の軽率な行動で支えるどころかボロボロにしてる。俺のせいでごめん。ごめんレイ」 「ぅっ、ぅうっ、っう、ぐすっ」 「俺は、綺麗なお前にもう、触ることはできない」 はっと上げた顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。言葉の意味を飲み込んだのか迷子の子どものように泣いた。 「お前を傷つけた俺に、お前の恋人を名乗る資格はない」 「っ、ぅう!なんで!なんでそうなるんだよ!!」 「っ!」 「やっぱり俺はっ、そのぐらいで、捨てられるんだな…っ、なんで、俺ばっかり、傷つかなきゃいけないんだよっ!」 「レイ?」 「触ってよ!抱けよ!あの女の人よりも、俺がいいって、言ってくれよ!!あの人よりも俺が好きだって!気持ちは俺にあるって、嘘でもいいから言って縋ってくれよ!!!」 泣き崩れるレイに、伊藤はまた選択を間違えたことを知ってかけよって強く抱きしめた。 「やっぱり俺ばっか好きで…傷ついたのに、っぅ、まだ、好きで、別れてやるって、言いたいのにっ、離れたくなくて…っ、いつも、俺ばっかり、」 「レイ!ごめん、ごめんな」 「俺の響なのに!俺だけの!なんで女の人抱くんだよ!!なんで俺は男なんだよ!なんで愛してもらえないんだっ…んぅ、んっん」 自分を傷つけはじめたレイに伊藤は激しいキスでその言葉を止めた。久しぶりのキスに興奮が止まらない。最低な自分、謝らないといけない状況なのに、やっと会えた最愛の人に本能に支配される。 抵抗するのを押さえつけて上着を脱がし舌を這わせる。 「レイ!レイ!愛してる!」 「嘘つき…っぅ、んぅ、んぅっぁ、っぁ!」 ジュルッ 「っいた!」 「はぁ、はぁ、ごめん、痕つけた…撮影ないよな?」 「…しばらくはない」 「そうか。なら遠慮なく」 程よくついた筋肉。男でも憧れるほどの肉体美に生々しい痕をこれでもかと残す。もう仕事とか立場とかどうでもよかった。レイがほしい、レイを自分に繋ぎとめるために、と必死だった。 「レイっ、好きだ、レイ、レイ」 「んぁっ、んっ、んぅ、信じないっ、んっ」 「信じてもらえるように、努力する、お前だけいれば、もう、何もいらない」 「響…?泣かないで…」 「レイっ、レイ、努力する、もう一度、最後に、俺を信じてほしい、もう泣かせないから、俺…っ、お前がいないと、本当にダメなやつで…こんなカッコ悪い俺だからもう嫌いかもしれないけど、でも、諦められない」 「さっき、別れようっ…としたじゃんか、っ、」 「精一杯の、虚勢だよ…最後ぐらい…物分かりのいい大人でいよう…って、」 「ダサすぎ…」 レイが涙ながらに笑うのがぼやけていく。やっと、笑ってくれた、あの大好きな笑顔。伊藤はレイの胸の中で嗚咽を隠さないままボロボロに泣いた。ぎゅっと抱きしめてくれて背中を撫でてもらって、どちらが傷つけたのか分からない構図になっていた。 ピリピリピリ こんな時に、と思うも会社のケータイが鳴り、レイの腕から出て鼻水を吸った後、誰かも確認せず電話に出た。 「お疲れ様です」 「伊藤さん、悪い!今動けるか!?」 「タカ?どうした?」 「優一の現場に向かってくれ!頼む!あのババアは使えないから、伊藤さんしか頼れない!俺今から生放送で絶対外せなくて。」 焦った様子のタカに理解が追いつかない。 「ユウの現場に俺が?三輪さんは?」 レイも心配そうに隣に来た。 「あいつはこの時間は時間外だと言って電源切ってやがる!マツリさんの紹介の仕事が、インターネット番組の収録と聞いていたがアダルトビデオだったらしい」 「はあ!?嘘だろ!?」 「ありえねぇよ!優一は完全に怯えてる。頼む、動いてほしい」 電話が切られ、位置情報が送られてきた。そのあとレイにも大河や誠、青木、そして優一からもメッセージが立て続けに入った。 青木:レイさん!ユウの場所に行ける? 誠:レイさん遅くにすみません!優くんの今日の仕事の場所わかりますか? 大河:レイ、ユウの仕事がヤバイ!伊藤さんそこにいるか!? ユウ:レイさん、助けて レイは伊藤を見て、2人同時に頷き、伊藤は鍵を取りジャケットを羽織り、レイも上着を着て2人で飛び出した。 レイ:今から伊藤さんと向かう。ユウ待ってろ このメッセージに4人の既読がつき、それぞれからの返信があるが、優一からのが無く、焦る。 ソワソワしているレイの手を握って落ち着かせる。久しぶりの助手席にいる恋人に気が引き締まる。 ビジネスホテルの最上階。たぶんここで優一は不振に思っていたのか、この時点で大河に連絡していた。だがここのところ三輪に怒られ続けた優一は、大河が止めるのも聞かず、仕事に行かなきゃと中に入ったのだった。 最上階は2フロアしかなく、部屋番号も控えていた2人はその部屋の近くにいく。そこでメッセージが入る。 ユウ:俺もう芸能界やめる レイの目が見開いて固まるのを伊藤が見せて、とケータイを取り確認した後舌打ちした。 「だからセーブしてたのに」 悔しかった、自分の過ちが全員を巻き込んでしまった。俺なら分かっていた、こんなことにさせなかったのに、と自分を責めた。 ドアの前に着くと激しい怒鳴りあいが聞こえた。 「こっちは大金払ってるんだぞ!契約違反だ!」 「そんな契約知りません!俺はもう芸能界を辞めます。違約金ならお支払いはします!だから…お願いします」 「あぁもう土下座なんかいいから。ヌード写真集の延長だと思ってさ。ここまで脱いでるんだからあとは足開いて、コレを入れるだけ。目を閉じてたら終わるから。おい、お前たち腰抑えとけ。ほら、ユウ、怖くないからね、全部任せて」 「嫌だっ、やめてくださいっ!?っ!離してくださいっ!!お願いします!誰か!助けて!嫌だ!撮らないで!」 優一の叫び声にドンドンと扉を叩く。フロントからサブキーは貰えず、ひたすらドアを叩く。 「っぅそ!?やめっーーーッぁあああーー!!」 優一の絶叫にレイが力無くドアを叩く。伊藤は諦めずに、今度は呼びかけた。 「警察だ!通報があった!ドアをあけろ!」 咄嗟についた嘘にレイが目を見開いて固まった。中が急にゴソゴソと動き、作り笑いした大人たちが3人、奥に2人立っていた。 「すみません、うるさくしちゃって…」 私服警官だと思ったのかヘラヘラしてたがレイを見て、嘘だと分かり態度が豹変した。 「メンバー仲良いってきいたけどマジかよ。レイさんも良かったら混ざります?視聴率あがりそう」 伊藤はレイの専属マネージャーとして中に入った。ケータイで社長と電話を繋いだ。 「ユウはどこですか?」 「今会います?実は撮影中でして…」 「ユウから連絡がありました。聞いてた話と違う、助けてくれと」 「三輪さんには言いましたよ?全部経験だからどんどん経験させましょうとお答えいただきましたが」 「そうですか、でも今回はすみませんが中止にさせて下さい。」 レイにニコやかに話していた人の顔が変わった。伊藤はサッとレイの前に立つと、営業スマイルで答えた。 「ユウがお世話になっております。レイにも話が来るかもしれません。今後のこともありますし、見学しても?」 そう言うと前向きな方向と思ったのか、どうぞどうぞと寝室に通された。何台ものカメラと照明とマイクに囲まれて、警察が来た時用なのか、布団が被されて眠っているような優一。しっかり目が合うが、優一はそのまま動かない。 「では始めましょうか」 「はい、お願いします。」 伊藤の言葉に絶望したように優一が涙を流した。何かのボタンを持った人が押す瞬間に伊藤がカメラを倒した。 「えっ!?ちょっと!何やってんすか!」 「契約以上のことはうちのタレントはやりません。お宅こそ契約違反ではないですか?」 「ふざけるなこいつ!」 「レイ、ライト倒せ」 うん、と頷いたあと、ライトを蹴り灯りが無くなったところで伊藤は手探りでデータを抜き取った。あと2台あったが、レイが機転をきかせて抜き取った。 「あと1つある…お願い」 泣き声で小さく聞こえ、目線の先には入り口近くの定点カメラ。小型のそれの線を切った。 「お前!違約金どころじゃ済まないぞ!レイさんのマネージャーのくせに!」 「レイのだけじゃない、RINGのマネージャーだ」 この言葉に優一が号泣した。社長と繋いでいた電話をスピーカーにする。 「社長の本郷です。お世話になっております。本日の契約書確認させていただきました。こちらで決済させていただいたのは、インターネット放送のインタビュー、そしてサムネ用写真と取材時の写真撮影のみです。それ以上は無いはずですが。アダルトビデオなんか今売り出し中のタレントに許可するわけありません。どういうことでしょうか?」 「み、三輪さんには口頭でお伝えしています。」 「マネージャーのみの判断はありえません。社長である私が把握していない仕事は許可できません。違約金に関してはお支払いいたします。この度は申し訳ございません。社員の不手際です。ただし、本人への精神的ストレス、それによる仕事キャンセルにつきましては、こちらから請求させていただきます。NG リストにR指定のもの、とプロフィールに書かせていただいてます。ご覧になりましたか?オファー以前の問題です。こちらにより、請求は免れませんので。」 5人はやってらんねー、撤収撤収!と機材を片付けて帰っていった。 「社長、お手数かけました」 「いや、担当外のタレントを守ってくれてありがとう。契約書を確認したのは長谷川だ。長谷川にお礼を言うといい。」 「ありがとうございます」 「社長!レイです!ありがとうございました!!」 「いや、無事でよかった。ユウは大丈夫か?すまないな、マネジメントができていなかった。」 「…マネージャーを、元に戻してください」 「レイ…」 「勝手なことを言うな。お前達の気分次第でコロコロ変えるものではない。自分達で希望したんだろ。」 「でも!」 「ダメだ。また一時の感情なら対応できない。」 電話を切られ、レイは下を向いた。伊藤は苦笑いして優一に向き合った。泣きながらごめんなさい、ごめんなさいと謝っている。 「伊藤さん、ごめんなさい、ありがとうございます。あの時の言葉は、レイさんを守りたくて、それで、」 「大河から聞いた。大丈夫。」 「伊藤さんがいなかったら俺っ、ぅっう、」 「怖かっただろ」 「怖かったぁ〜っぅ、ぅうー」 号泣して震える優一の頭を撫でて、帰ろうと動かすと、ンンッと鼻に抜ける声がしてドキッとする。 「あ…ごめんなさい、外で、待ってて…」 顔を真っ赤にして俯くのに知らないふりして2人は外に出た。 10分後くらいに優一が服を着て出てきた。久しぶりの伊藤の車に、優一はすぐに眠って、レイは助手席に乗った。 「よかった」 レイの呟きに間に合ってよかったな、と返すと視線を感じて横を見る。 「かっこよかった」 真っ直ぐな目で言われ、ボンッと赤くなる。暗くて見えないのか、レイはフワッと笑ってズルイ、とまた呟いた。 「ズルイ?」 「うん…めちゃくちゃ傷ついて、絶対許さないって思ってたのにさ…やっぱかっこいいし、ドキドキするし、頼りになるし、好きだなぁって」 「レイ…」 「伊藤さん、伊藤さんのこと、もう一回、信じてもいいかなぁ?」 「レイっ、っぅ、ぅう」 「あはは、泣かないでよ!前見える?」 「っぅ、っ、ぅ、〜っ、」 「もう、泣きすぎだよ、響」 何度瞬きしても涙が溢れて止まらない。ジャケットの袖で涙やら鼻水やらを拭っても止まらない。 「っぅ、っ、ありがとうっ、本当にごめんっ、っ」 「次はないよ?」 「ぅっぅ、っ、ん、レイ、っ、ごめっ、」 「もういいから。好きって言って」 「レイだけが、っ、っ、ぅ、好きっぅ、」 優一をタカに引き渡して、久しぶりに2人で家に戻る。 「「ただいま」」 2人でハモって顔を合わせて笑う。レイがいるだけで幸せな空間に変わった。 「汚っ!臭っ!片付けろよ!」 あまりの汚さにレイが怒る。それさえも嬉しくてごめん、と後ろから抱きしめて甘えた。後ろからキスして深く舌を絡める。抱きたくなって部屋に誘うと嫌がられた。 「レイ?」 「やだ…やっぱり、比べてしまう」 泣きそうになった顔に固くなったものを擦りつける。 「レイが部屋にいるだけで、こんなだよ。俺は本当、節操なしだな…。レイがいないってだけで毎日酒飲んで、泣いて、潰れて、の繰り返しだったのに。」 「…そうだったの?」 「本当にお前にしか興味ないんだって分かった。なにもかもがどうでも良くなってこの有様。笑えるだろ?カッコイイ大人には程遠いよ。」 「ん…でも、それでも俺、響が好き。響だけなんだよ、俺は」 「ありがとう」 伊藤のベッドを嫌がる今日は久しぶりのレイのベッドに行く。ドアを閉めると止まらなくなって本能でレイを求めた。先ほど付けた痕よりも多く残し、自分のものだとマーキングした。それを嬉しそうに見つめるレイに恐ろしいほどの欲望が溢れ出す。制御できない欲求に伊藤は理性を失った。 「っあぁあ!っああ!もうでない!出ないから!!」 レイが欲を吐き出しても、愛しくて口を離せない。何度飲み込んでもほしくてほしくてたまらない。顔を真っ赤にして目を閉じている。男のレイが好きなんだと分からせたくて長い間こうしているがそろそろ限界そうだ。口を離すとホッとしたように息を吐き、トロンとした目でぼんやりと見つめてくる。 「ヤバイ、可愛い、止まんない…どうしようレイ。ダメなのに…抱き潰しそう」 「ん…こんな俺に…」 レイは嬉しそうに顔を真っ赤にした。レイの首筋に噛み付いて、引き出しからローションを取って入念に慣らす。その作業すら興奮して呼吸が荒くなる。 「んぅっ、っぁ、っぁ、あっ、んっ」 小さな声と弱々しい表情に我慢できず、暴発しそうなモノを挿し込む。 「っぅああ!やばっ」 我慢できずに先だけ入れて欲を放ち、奥へと注ぐ。ピクピク動くのにレイが敏感に反応して可愛いと思うのが止められない。 少し落ち着いたところで萎えずに固いままのそれを奥へと貫いた。 「っ!?っぅっ、あぁあああーー!!っ」 「はぁ、きつい…最高」 「待って、待って、まだ、っあああ!!」 「たまらないっ…はぁ、レイ、気持ちいい、」 レイが好きなところに先端を当て、強く抉る。敏感すぎるレイには強い刺激で今までは加減していたが、一緒に落ちたくて容赦なく腰を振った。 「っあああ!!そこぉ!やばいっ!響、っ!そこっ!」 頭を振って快感を逃そうとしているが、伊藤はさらに落とし込む。優しく甘いだけのセックスではなく、自分がどれほどレイが欲しいのかを伝えるために、快感に泣き叫ぶレイをもっと見たくて男の象徴を握り込む。 「おかしくなるっ!まって!ひびきっ!っあああ!だめ…っ、イく!っぅああああ!!」 「くぅっ…はぁ、はあ、はぁ、」 「ぃやぁあああ!!まって、まだ、っっ!やだやだ!!また、イくっ!どうしよっ!イく!イく…っっ!あぁあああーー!!」 プシャ プシャ!! 「はあ…いつの間に潮吹けるようになったんだ?」 「ー…っ、ッ…っ、」 「あ、トんだ?ごめん、まだ付き合って」 「…っ、…ぁ、んぁっ!?はぁあ!っあああ!!んあああ!」 ベッドの軋みがレイの声を邪魔してイライラする。レイだけが欲しいのに、と音を出してるのは自分なのにレイ以外の物を排除したい感覚に襲われる。 (レイが欲しい、レイだけが欲しい) 「っぅああああーーー!」 薄く吐き出してレイはどんなに揺さぶっても呼びかけても反応しなくなった。はっ、と冷静になった伊藤は慌てて後処理をした。 「愁くん、昨日は契約書の確認ありがとう。ユウは大丈夫だったから」 「よかった…。響くんが動いてるのを知って嬉しかったんだ。たださ、三輪さんの契約書めちゃくちゃだよ。レイは大丈夫?分刻みのスケジュールだし、とくに大河の件で社長は見たことないくらいお怒りだ」 「ああ。あり得ないよな。」 「大河が昨日の解決した後、タクシーで事務所に来て社長と話したそうだ。」 「社長と?」 「このまま仕事がないなら、事務所移籍します。」 「え!?」 「大河の仕事がないことを知らなかった社長は、大河の条件を呑んだそうだぞ。後日発表があると思うから」 「条件…。」 「社長がRINGを作ったのは大河を売るためだ。それなのに大河だけ仕事がないのは事務所の意向とは全く逆だ。大河は今後、グループの顔として一気に露出を増やすそうだ。そして…、朝、優一から社長に連絡があった。ユウは逆にバラエティーを控えたいと申し出があったそうだ。今のオーディションが終わったら音楽活動とグループ以外で個人のテレビ、インターネットは無し。舞台や音楽、雑誌だけに専念したいみたいだ。」 そうとう苦しかったのか、わざわざ電話して、仕事が減ってでも嫌だったのがわかる。芸能界を辞める、そこまで追い込まれていた優一の判断が、出演控えだけで留まってほっとした。そして大河がこれから表に出て行くことが嬉しくも思った。自分がサポートできたら、とそこだけが歯がゆくて悔しかった。 「サポートしたいだろ?全く。響くんが回さないと一気に崩れたなRINGは。レイとはどうなった?」 「…たくさん泣かせちゃったけど、また信じてみたいって、許してくれた。」 「そっか!良かった!今朝のレイも、響くんも顔色良くなったし、今日も元気に頑張りましょう!」 「愁くん!」 「ん?」 「殴ってくれて、怒ってくれて、ありがとう。俺、本当に感謝してます。」 「あはは…あの後リクにめっちゃ怒られたよ〜。その理由がさ…ふふっ、俺以外にあの目を向けてんじゃねーよってさ!可愛くない!?可愛くて吐きそうだった!もー逆にありがとう響くん」 ヘラっと普段見ない顔色でデレデレする愁の頭を叩いて仕事に向かう。やる気に満ち溢れていた。

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