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第55話 歌の力

ーー天才 この言葉にまた足を引っ張られる。外から勝手につけられた評価。いい言葉、羨ましがられる言葉だが、これに得したことは一度もない。現に天才と称されているはずなのに、こうして毎日1LDKの部屋で連絡を待つ日々。その称号を生かすこともできずに、ただただぼんやりして1日がすぎる。 伊藤が休み始めた日から、レイが号泣した日から、何もかもが変わった。メンバーの空気も、マネージャーも、自分の仕事も、メンバー達の格差も、心の距離も。 時間があれば考えることが多い。自分自身との対話は良い方向ばかりではない。 (レイは忙しいのに俺は何をしてるんだ) (俺は必要とされていないのではないか) 歌いたいなら路上でもカラオケにでも行けばいい。分かってる、それだけじゃもう満足できないこと。だって俺は天才とされているから。天才は大きなステージで、たくさんの人が準備したその場所で歌い、感動を与えるんだ。多くの人に届くように機材がたくさんあるスタジオで、プロ達と共に作品を仕上げるのだ。 (歌いたい。) 事務所社長にも言いにいった。様子を見ろと言われたが、いつまでなのか。焦燥感だけが募り、ついにマイクとアンプを持って大河は駅前に出た。天才を捨て、歌が好きな1人の人として。 (緊張する…。でも、楽しみだ) 夕方の帰宅ラッシュでごった返す駅前。誰も自分に注目する人はいない。誰も自分を天才とは思わずに通り過ぎて行ってくれる。スピーカーをいじりながら、高揚感が止まらない。 歌う場所は幾らでもある。無いなら、自分で作るしか無い。CDなんか買わなくても、通りすがりで聞こえたぐらいでもいい、一瞬誰かの心に響けば、心のキャッチボールができればそれでいい。音源なんかないから、アカペラで声を張り上げた。 「おおおおーー!」 パチパチパチパチ いつの間にか人だかりができていて、たくさんのケータイを向けられている。サラリーマンやOL、小さい子と手を繋ぐ母親、外国人観光客、多くの人が足を止め、大きな拍手をくれた。 (あ、これだ) 自分がやりたいことは歌だ、と改めて気づけた。闇雲に仕事をしたいんじゃない、歌が歌いたいのだ。お金なんか要求していないのに、たくさんのお金が置かれた。もう一曲歌ってと、待っててくれるお客さん達。寒空の下で気が済むまで歌った。 「こんばんは、お兄さん。とてもいい歌でした!」 名刺を差し出した男の人に顔をあげると、2人であ、と固まった。 「はじめまして!リョウさん!俺、話してみたかったんです!」 「こちらこそだよ。ビックリした、駅前にすごい人だかりで…歌声につられちゃった。」 リョウと大河は場所を移して近くの居酒屋に入った。フリーで活動しているリョウは、大河とはじめは気付かず、コラボをしようと声をかけてようだ。 「しっかし、今をときめくアイドルがあんな場所で路上ライブ?よく事務所はOKしたな」 「事務所に許可とってないです。」 「え!?大丈夫なの?」 「さぁ?事務所は俺に無関心なんで。」 どういうこと?と首を傾げるリョウに大河は今までの不満を全部ぶちまけた。 「仕事がもらえないんです。笑えますよね、俺一応センターとしてやらしてもらってるのに…。ここ2週間、家と、メンバーの家の家事と、練習だけです。」 「嘘でしょ?大手の事務所なのに」 「大手なんかなんのメリットもありません。だから、オファーがないなら自分から動こうと思ったんです。歌が歌いたくて…この方法しか浮かばなくて」 「カッコイイな!ねぇ、今ヒマならさ、俺と組もうよ!路上ライブで沸かせてさ、事務所焦らしてやろうぜ」 自由に音楽を楽しむ姿勢に、大河は快く頷いた。動けば変わる、それが分かってますますやる気が出た。長身でオシャレなリョウと大河は好きな服のブランドも一緒で一気に距離が縮まった。次の会う約束もして大河は事務所のスタジオで歌の練習を続けた。 「リョウさん!こっちです!」 「おう!元気だな大河!さーあ、歌うぞー!大丈夫か?音外すなよ?」 「誰に言ってるんですか?俺がはずすわけないじゃないですか!」 「うはは!言うね〜!さぁいこうか」 大河はタカと歌うとき以来の高揚感で歌った。懐かしい感覚、この時の感覚をまた味わえるとは思わなくて感情が高ぶる。 (楽しい、最高に気持ちいい) 自然と目が合って、細められる目にあの日のタカと重なってドキッとする。堪らない気持ちを歌に乗せて発散した。 大きな歓声と拍手を生で感じ、興奮する感覚を抑えられない。これが歌の力だ、と麻薬のように取り憑かれた。誰の力量も考えず歌いたいように歌う。歌の自由さを知ってとことんハマっていった。 「美奈子!こっち!」 リョウが彼女も見に来ているから紹介する、と呼び出した女性に固まる。 「あ…」 「アナタ、こんな所で何してるの?」 「えっ…と」 「え?知り合い?大河は今仕事ないからこうして歌ってるんだって!あの事務所頭おかしいって!こんな歌える大河を使わないなんて」 「…どういうこと?そんなの有り得ないわ」 「事実です。2週間、仕事してないんで。でも、歌いたくて…路上ライブしてたらリョウさんが声をかけてくれたんです。」 「そりゃあそうよ。アナタの実力をほっとくわけがない。さっきのライブはお金を取るべきよ。」 「美奈子にそこまで言わすなんてすごいな大河!」 腕を組んで有り得ない、と大きくため息を吐く。リョウは美奈子にべた惚れなのか後ろからハグしては髪にキスして物凄く嫌がられていた。美奈子に今までのことを話すと真剣に聞いてくれた。前のような雰囲気ではなく、頼りになるお姉さんだった。 「アナタ、フリーがいいんじゃない?リョウを見てると、自由な歌が歌いたいならフリーが有効だと思うわ。売れる歌とばかり考えていたけど、響く歌は勝手に広がる、そうでしょ?」 「そ!美奈子がこの考えに至るまでちょー長かったよ!美奈子は頭デッカチ頑固ちゃんだから。そこも可愛いけど。歌なんてわざわざ事務所にいなきゃできないことじゃないんだからさ。いきなりフリーが怖いなら、他もあってみたらどう?」 新しい刺激をもらって、大河は移籍やフリーについて考え始めた。リョウとは連絡を取り続け、様々なことを教えてもらった。RINGとの距離は大河の中でどんどん離れていった。 マコ:大河さん、いまどこ? 路上ライブが終わり、片付けていると誠からの久しぶりの連絡が来た。 (いつでもヒマって思われてんのか?) 普通の質問なのに、素直に受け止められなくて穿った見方をしてしまう。返信を返さず、新しい刺激をくれるリョウと、雰囲気が優しくなったような美奈子と3人で行動するようになった。 「どこ行ってたの?遅かったね」 仕事じゃないと分かっている口振りにイライラする。恋人に久しぶりに会えたのにどうしてこうも苛つくのか。口を開けば暴言が出そうで、大河は何も答えなかった。 「ねぇ、最近何してるの?どこに行ってるの?返信も深夜だし…。大河さんいま仕事ないのに…」 「仕事がないからだろ!!!!」 「っ!」 今までの不満が爆発して、それが恋人に向いてしまった。一度入ったスイッチはなかなか切れない。 「ここに居たって俺にプラスはない。だから出てる。お前と、お前らと違って仕事がないからな!ヒマなのに、どこにいるの?って?教えないよ。忙しいんだから自分の心配してろ」 「…ごめん、大河さん。癇に障ったね。そうじゃなくて心配だったから」 「何がだよ!仕事がないこと!?近くにいないこと!?俺は、俺のやりたいようにやる。誰にも頼らない。自分の力で上がってやる。たった1人でもな」 「1人?何言ってるの、俺たちは5人で1つでしょ」 「1つどころか今はもうバラバラだろ。ユウも戻ってこれるか分からない、三輪さんがそのままなら俺はこのままだ。」 「三輪さんときちんと話そう?話せばきっと」 「マコ、きちんとって何?」 「何って…」 「なぁ?何?俺はきちんと話せてなかった?ユウはきちんと話さなかったからああいう目に遭ったのか?なぁ?どうやったら三輪から仕事がもらえんの?お前のきちんとを教えてくれよ」 「大河さん…」 「イライラしてる、ごめん。帰って。」 ごめん、と部屋を出て行く誠に何の感情も無かった。三輪に好かれている誠はレイの次に優遇されていた。希望した仕事は全て取ってきていたし、誠の売り込みもすごかった。優一のインターネット放送の仕事が多い時には心配して不安定になっていたが、優一が事実上の休止になると誠も落ち着いていった。 「社長、状況は変わりません。移籍に向けて話をさせて下さい。」 美奈子からいくつかの事務所を紹介され、そのうちの1つの事務所の人と会ったその足で社長に会いに行った。あれだけ1人は嫌だったのに、今は1人でやりたい気持ちでいっぱいだった。 「俺はもう進みたいんです。歌が歌いたいんです。ここでは歌えないみたいなので、歌える場所に行きます。」 「ちょっと待ってくれ!歌える場所はすぐに用意する」 「されません。知り合いがダミーですが俺へのオファーを送りましたが、スケジュールの問題で断りのメールが来たそうです。もう、いいです。今までありがとうございました。」 「どういうことだ!そんなはずはない!」 「こっちが聞きたいですよ。俺はいつでも歌えるように準備しています。でもその機会はありません。ユウも、復帰できてないですよね?終わりじゃないですか?RINGも」 「立て直しを約束する。時間をくれないか」 「いえ、たくさん時間をかけましたので。」 「歌う場所を必ず用意する。すぐにでもだ」 「歌う場所は自分で作ります。…俺が残る条件はマネージャーを伊藤さんに戻すことです。これ以外は俺は残りません。すぐに対応してもらいたいです。」 「分かった。明日にでも対応しよう。だから大河、君はここに必要なんだ。一緒にやっていこう。全力で大河をサポートする。」 「状況次第です。では、失礼します。」 そこからは早かった。今まで何の時間だったんだと思うくらい早く対応してもらった。 「大河、お前の声でまたみんなをサポートできるようなった。ありがとう。こんな俺だけど、出来ることからはじめていくよ。」 思った以上の安心感に、大河は今までのことを全て話した。辛かったこと、そして、やっぱり歌が好きなこと。うん、うん、と聞いてくれて今来ているオファーを全て見せてくれた。 「歌だと…やっぱ舞台が多いけど、俺は大河のテレビ露出を増やしたいんだ。どうかな?」 「どういうテレビ?」 伊藤が考えてくれていたのが嬉しくて質問すると、たくさんあるオファーから1つをクリックした。 「んー、これとかどうかな、音楽のトーク番組。レギュラーになるけど、ゲストが来てその都度歌ったり演奏したり。出演依頼が…あ、タカと一緒になるな、やめようか?」 「やる!俺、これやりたい!」 「お!?本当か?タカとリョウとバンドのギターとボーカル担当のYUZU、アニソンバンドのあずきだ。」 リョウもいることに大河は喜び、伊藤に思わず抱きついた。他にもドラマの挿入歌やCMなどできそうなものを選んで決めた。歌について学びたい、タカからもう一度吸収したいという気持ちだった。 伊藤が戻ってきてそれぞれのペースが落ち着いたが、まだ5人揃うことはなかった。青木は映画撮影、そして優一はまだ戻って来れない。 「伊藤さん、今日のCMのやつ同行してくれる?」 「今日は別の社員が行くと思う。俺はユウのカウンセリングに一緒に行くから」 優一優先で、との指示がある伊藤は前ほど大河中心ではなくなった時に、レイの言葉の意味が分かった。少し苦笑いして、ユウのためにも、と気合いを入れた。優一はタカの家から実家に戻ってケアをしていたが、1回目のカウンセリングに同行した優一の父親が診療後すぐに家に戻れ、と連れて帰ったそうだ。 オーディションの仕事の打ち合わせではパニックになり、会議室に入ることが出来ずに、伊藤もタカも手を焼いて結局タカだけが入ったと聞いて、傷の深さを知りみんなで支えようと話し合った。 「もしもし、ユウ?昨日のドラマ見たか?」 『見た見た!いい終わり方だったー!次回がきになるー!あの人が犯人だよね!』 「え?あいつかな!?俺はあいつ殺されると思うな!」 毎日一回はどうでもいい話をして声を聞く。明るい話し声に大丈夫じゃないか、と錯覚する。 「今日は親父さんとどこ行ったの?」 『今日は川釣り!全然釣れなくてぼーっとしてた!帰りに魚屋さんで魚買った』 「あははは!どうしても魚の気分だったんだな」 『そうみたい!めちゃくちゃ悔しそうだったよ』 1日何をしたのかも楽しみで、この日課が大河には癒しだった。優一から貰った赤のギターストラップはすぐに付けて置いてある。 『大河さん…まこちゃんと会ってる?』 「ん?仕事であってるよ」 『そっか。』 「どうした?」 『大河さん、今、好きな人いる?』 「え?!」 優一の素朴な疑問の意味が分からず問いかける。 「マコに決まってんだろ?どうしてそんなこと」 『ううん。まこちゃんがまたワガママしてるんだろうね。会いたいって言ってたから。』 「ユウにだろ?」 『ふふ…違うよ、大河さんに。毎日会ってるだろうにまだ足りないんだろうね』 毎日は会わなくなった。お互いの部屋に行くことも無く、仕事場だけ。大河は仕事が終わるとリョウに会いに行き、音楽の話をし、美奈子がリョウを迎えに来て、大河も送ってもらう、というルーティンになっている。 「プライベートでは会ってないかも…。リョウさんっていう…あの美奈子さんの彼氏なんだけど、その人と意気投合してさ。この人と話すとすごくモチベーションが上がるんだ!」 『ふふ!大河さん楽しそう!応援してるね』 大河は優一の言葉にはっとして、お前も待ってるぞ、と言うと笑いながらありがとう、と言ってこの日の電話は終わった。 だんだん前のように忙しくなって、モチベーションの維持ができるようになった。歌の仕事も入ったが、水曜の夜にリョウと路上ライブをしていた。伊藤にはもちろん話して、いい顔はされなかったが歌の実力をあげたいと熱く語り、社長はもう大河に何も言えないのかOKしてくれた。 「大河、そのユウってメンバーもさ、もしかしたら歌うことで自分のリハビリにならないかな?」 片付けをしながらリョウが提案した。確かに、と思い企画をしようと伊藤に相談するも、そのレベルじゃない、と言われた。どれほど酷い状態か知らないまま、なんとか決行できないかを模索した。 ガチャ 「あ、マコ来てたのか?」 「うん。お帰りなさい…。」 控えめに笑う、久しぶりの恋人。大河は路上ライブ後で高揚感をそのままに抱きついた。 びっくりした様子の誠にきょとんとして見上げると顔を真っ赤にして逸らされた。 「マコ?」 「…大河さん、この間は、ごめんなさい。大河さんの気持ち考えないで話しちゃったから。」 「この間…?いや、いいよ。余裕なくてごめんな?それよりマコ、今な俺毎週路上ライブやってるんだ」 「へ!?」 「それが楽しすぎて…充実してる。めちゃくちゃ気持ちいいし、俺やっぱ歌が好きだなぁって。精神安定剤みたいな感じだよ。」 「そっ…か。いつからやってたの?」 「三輪に干されてからかな。でもあれがなきゃこの楽しさは味わえなかった!人脈も少しずつ増えてきてるんだ。」 「良かったね」 「今度見に来てよ!あ、忙しいか。」 軽く誘ったがお互い忙しい身。遠慮して顔を見ると何やら複雑そうな顔をしている。 「大河さん、楽しい時にごめんね?今の大河さんの中に、俺はいる?」 「…は?どういうことだ?」 「新しい大河さん、すごくキラキラしててカッコイイよ。そのカッコイイ大河さんがこの先進んでいく隣は誰が浮かぶ?」 大河の脳裏には瞬時に浮かんだのがリョウ。リョウを通して出会った人と、ユウだけだった。 「俺は、そこにいる?」 泣きそうな顔で笑っている。部屋に来た時にいつも付けている指輪はなかった。問いかけの意味を把握して、はっと顔を上げた。 「マコ?」 「大河さんが辛い時に、俺は助けてあげられなかった。支えてあげられなかった。1人にしてしまった、俺が大河さんに1人を選ばせたんだ」 「そ、そんなことないよ!三輪に嫌われてただけで、お前は何も悪くない!」 「優くんに連絡するよりも、俺への連絡はないよ。大河さん気付いてる?大河さんには…もう、…っ、俺は、っ…いらないんだよ」 綺麗な瞳からパタパタと涙が落ちる。必死だった、食っていくために、仕事をするために、同業でメンバーを頼るわけにはいかなかった。この必死さがいつの間にか恋人としての距離が大きく開いていた。 「状況を…回避もできない、ただ、見ているだけしか出来なかった俺は頼りなかったね…自分でもそう思う。大好きな2人が、こういう状況になっても、何も…」 「ちがうよ、そんな自分を責めるなよ。」 「タカさんはね、どんなに深夜でも早朝でも遠い場所にいても優くんに会いに行ってるんだって。俺はね、大河さんが辛いとき、どれだけ声をかけたんだろうって」 大きな体を抱き寄せる。頼りない、全く頼りないこいつを、自分が支えないと、そう思ってマイナス発言が止まらない唇を塞いだ。 「マコ、これは、俺の問題だったの。成長するために必要だった。RING以外の外を見て、またRINGに生かしていく。それが今の俺のやりたいことの1つだよ。そして、ユウを歌の、音楽の世界に戻す。あいつは釣りや、スポーツ、バーベキューよりも癒すのは音楽なんだ。」 「…敵わないなぁ…かっこよすぎるよ…」 「メソメソしてるヒマあったら動け!動いたら変わるから。俺がお前をみてないと不安なら、俺がお前だけに釘付けになるようにしてくれよ。言っとくけど、確かに今は夢に夢中なのは確か。だけど、お前を超える人なんていないから。そこだけ分かってて。」 ニカッと笑うと、面白い程真っ赤になってケタケタ笑った。強く抱きしめられて、やっぱり安心する、と顔をスリスリと擦り付けた。 「ちゃんと動く。見てて…じゃなくて、見ちゃう、ぐらいにするから覚悟してね」 「ははっ!楽しみにしとく…ぅわぁ!!」 ガシッと掴まれ、ベッドにとばされる。見上げると久しぶりの恋人のドアップに大河も照れた。 「嬉しい…まだちゃんと好きでいてくれてるんだね」 「はぁ?…そんなの…当たり前だろ?」 んふふ、と本当に嬉しそうに笑い、バサッと上着を脱いだ。首にかかった見慣れないシルバーのチェーンのネックレス。そこにかかる指輪。 「あ…これ」 「持ってないと落ち着かなくなっちゃって。見えなきゃいいかな?」 「うん。」 (やば…なんか、恥ずかしい) 照れて誠を見れずに顔を背ける。ネックレスとしていつも身につけているのは嬉しいし、初めて知った。嬉しいがそこだけじゃない。 (どうしよう…久しぶりすぎて) 久しぶりの恋人の身体。何か仕事が入っているのか前よりも引き締まっている。そこにかかるリングがなんだかセクシーに見える。 「大河さん?」 「っ!なんだよ!ヤるならさっさと…」 「可愛い。どうしたの?」 「う…うるさい、こっち見んな!」 恥ずかしさが制御できなくて両腕で顔を隠す。先ほどまでやりたいことや目標しか頭になかったのに、誠に上に乗られると骨抜きにされてしまった。 「大河…?、愛してるよ」 「っ!!!??」 ギシっとベッドが軋んだと思ったら、左耳に直接声が響く。ダイレクトに脳と、腰に届き、甘い吐息が漏れてしまう。痺れそうな甘い声に身体が言うことを聞かない。 「顔、見せて」 「ん…」 従順に動くのに自分で驚きつつも、大河も顔を見たかったと腕のホールドを解除する。 「っ!!」 「久しぶりだね。ドキドキするね」 「マコ…」 「ん、大河。愛してるよ」 なんだか大人っぽい誠に、大河はドキドキしては誠を見た。少し距離が空いた間にいきなり成長したというのだろうか。可愛くて甘えん坊で嫉妬深いかつての彼は見えず、大人で余裕さえあるような、頼りないのに、全部守ってくれそうな安心感。 (なんだろう?なんでこんなに…いつの間に) 「名前、どっちがいい…?」 「今は…呼び捨てで…いい」 「今は、って…可愛い。エッチ終わったら戻すね?大河」 (あれ…本当に、こんなにかっこよかったっけ?…やばいやばい) 「大河、キスしよ」 「っ!…いちいち言うな…んぅ、んっんっ」 「気持ちい?…ん、っ、」 「はぁっ、んぅ、んむっ、はっ、ンッ」 問いかけてくるくせに答える隙を与えない。頭がぼーっとするくらい気持ちのいいキス。 (なんか、前とちがう…) 「ンっ!やだ!お前!…誰と、」 「へ?」 「キスの仕方、変わってる」 不安になって肩を押して距離を取る。一回きょとんとしたあと、フワッと笑って抱きしめられる。 「俺のキスの仕方、覚えてくれてたの?」 「…そりゃぁ…」 「イメージしたんだけどな、できてる?」 「何を…」 「大河さんのキス」 「は?」 あ、大河って言うんだった、とうっかりいつも通りに呼んで慌てる誠をジロリと見ると、前髪を搔き上げられて、チュッとおでこにキスをされる。 「前、大河にしてもらったやつだよ。気持ちよかったからイメージしてみた。やだった?」 「…いつも通りでいい。」 「ふふ、ごめんね」 服を脱がされて隅々までキスをされる。久しぶりの愛撫はすぐに身体に火を付けた。うつ伏せにされて、久しぶりだからとゆっくり解される。指先が少し硬い気がしてベースを弾くのを想像して力を入れてしまう。 「コラ、力いれないの」 「はっ、はぁっ、ぁっ、ごめっ、ん」 「大丈夫?イっちゃいそうだよ」 「やばい、っ、ん、はぁ、っぁ、っ、」 指を入れながら腰やお尻にキスをするからビクビクと跳ねて恥ずかしいのにやめてもらえない。口は開きっぱなしで、自分の汗が口に入ってしょっぱい。ぼんやりとした視界のまま中の刺激にたえる。 「大河、入れるよ」 「ん、っ、ゆっくりな、もう、出そう」 「敏感。たくさんイって良いよ」 「うるさいっ、も、早く」 可愛い、とうなじにキスされたあと、ゴムをされた熱いものがゆっくりと入ってくる。 (うぁ、ダメだ) ゾクゾクと腰に響く快感に全身が震える。 「っぁ、っあああーー!」 少しお腹にかかった欲に気付いたのは一瞬トんだ後。誠は中途半端なまま待ってくれている。 「大河、こっち向いて?」 「ん…っぃああああーーーっ!」 「は…っ、んっ、可愛い…大丈夫?」 「ーっ、ーっ、ん、はぁっ、はぁっ」 答える余裕もなく、シーツをギュッと握る。考えてみれば本当に久しぶりに身体を重ねた。余裕がなく、必死だった毎日に恋人と触れ合う時間もなかった。今こうして抱き合えることが幸せでありがたいことだと思うと高ぶる感情が抑えられない。中の刺激も強く響いて叫ぶように声が出る。 「っんぁあああ!!っはぁ、はぁああ!っん!」 「声…やばい」 「っぃや!っ、ダメっ!っあああ!んんんっ!!!!」 ジンジン痺れる快感と目の前がチカチカして頭を振る。どこかいっちゃいそうで唇を噛む。 「噛むなら俺の手にして」 「んぅっ!?っあ、っああ!」 「ふふ、優しい…」 口に指を突っ込まれるが、噛むぐらいなら声を出そうと指は舐めたり咥えたりする。だんだん口も気持ちよくなって必死にしゃぶりついた。 「は…やば」 「んぅっ、はぁ、っん、っああ!」 「エロすぎ」 ギリギリまで抜かれてビクビクと跳ねる。口からも指が抜かれて、上半身をベッドに預けて、腰だけを高く引っ張られる。 ググッ 「ッィアああああーーーッ!!」 「くぅっ、はぁ、」 「っああぁ!!っあああ!!っああ!」 入ったことのない奥に届き、目を見開く。知らぬ間にまた吐き出してヒクヒクと腰が逃げる。容赦なくかき回されて、ボロボロと涙が溢れる。 「はぁっ!はぁあ!ぁああ!!」 「はぁ、大河、大河、愛してる」 「んっ!んぅ!はぁあ!」 「くっっ!!」 「大河さーん、大河さんってば」 「んー?」 お互いスッキリした後、誠はいつも通りに戻ったがやっぱり大人っぽくなった気がしてぎゅうぎゅうと抱きついたまま離れがたい。 (俺の知らないところに行かないで) 「あー…嬉しいなぁ。大河さんが甘えてくれてるの。最近はさ、俺がいない場所でやりたいこと見つけてキラキラしてるのが…正直寂しくて。でも邪魔したいわけじゃないし、応援したいけど、言ってもらえなかったから聞けなくて…ちょっと拗ねてた」 困ったように苦笑いする顔もどこか大人びていて、大河も不安になる。 (俺が放置した間に、だれか抱いたりしてないよな?) 「なんで大河さんが不安そうにするの?」 「お前…なんか、雰囲気変わってる…誰かと会ってたのか?」 「え?そうかな?…自覚ないけど…。大河さんとなかなか会えなくて、不安になってまた傷つけてしまったら嫌だから、ひたすら筋トレしてただけだけど…。後は、ずっとベース弾いてた。優くんがいつでも練習しよ、って言えるように」 そう言った瞬間、誠の目がみるみる潤み、ボロボロと泣き始めた。大河は慌てて抱きしめる。 「不安っで…このグループが、無くなっちゃうんじゃないかって…っ、俺、ここしか、居場所ないから、みんな、バラバラにっ、なってくのが、怖くて、優くんの分まで、大河さんの分までって、仕事したけど、状況が、変わってる気がしなくてっ…それで、っ俺」 久しぶりに号泣して、でも一生懸命話す誠に、もらい泣きしながら頷く。 「大河さん、っが、1人で、やっていくって、聞いて、もぅ、ダメなんだって、優くんも、いない、大河さんもいない、なんて、怖くて、眠れなくてっ、別れようって、言われるかもと思ったら…部屋にも行けなかった」 「マコ、ごめん。俺、余裕なくて…」 「ううん…っ、俺が、何にもできないから」 「そんなことないよ」 「優くんの、お父さんにも、今は来るなって言われて、不安で、優くんにいつも、守られて、たのに、俺、大事な時に同じメンバーなのに、助けてあげられなくて」 「いや、あれは、マツリさんが」 「優くんのお父さんに、お前がそばにいながらどうして優がこうなったんだ!?なぜもっと早く教えてくれなかったんだ!?俺たちは家族だろうが!!って怒鳴られた。優くんの芸能界入りは、俺がいるから、って許可してくれたんだ。」 「そうだったのか」 「お前は今来なくていい、その言葉が響いて会いに行けないんだ。迷惑なんだって…。今までずっとお世話になったのに、これ以上迷惑かけたくない。でも優くんから、会いたいって言われたら飛んでいくつもり。」 「そうだな、その時は会いに行こう」 「タカさんの凄いところはさ、何度怒鳴られて追い返されても、毎日毎日通ってるところ。実際会えているのかわからないけど、欠かさないみたい。」 タカの一途さにも大河は涙して、優一が戻れる場所を守っていこうと誓った。 次の水曜日、いつもとは違う路上ライブ。それは誠が見に来ているということ、そして、優一とテレビ電話を繋いで見ているということ。誠が誘ったのか、タカと伊藤が見に来ていた。 「おいおい大河!どういうことだ!事務所御一行様が来てるじゃねーか!」 「リョウさん見て?あれ、俺の彼氏。」 「は!?彼氏!?…あれってメンバー?」 「そ!その彼氏が持ってるケータイで今、お休み中のメンバーが見てる。絶対やりたい、って言わせたいんだ。」 「ははーん!了解だ!楽しんでいこうぜ!歌は聞いてる人だけじゃなくて、歌う人にも癒しがあるってな!こりゃあハマらせたら勝ちだな!」 「うん!」 大河は、大勢の人に紛れる、たくさんの大切な人達に声を振り絞って伝えた。歌が自分を癒し、前向きに進めたこと、きっと音楽が好きな優一にも伝わるはずだと。ケータイの向こう側の大好きな2人に届いてると。伊藤の優しい笑顔、タカの潤んだ目、全てが伝わって胸が苦しくなる。 「大河、感情を少し抑えな、がなってる」 間奏で笑いながら言われて少しリラックスすると、いつも以上に声が伸びた。タカが目を見開いて、ふわっと笑って目を閉じた。 (あ、良かった時のクセだ) 誠は大河と画面を交互に見て、画面を見たあと、ぼろぼろ涙をこぼした。 (ユウにも伝わった、かな?) 終わると今までにないほどの大きな拍手と人だかり。多くの人がカメラを向け、勝手にお金を置いていく。2人で頭を下げながら、普段は喋らないが、大河はマイクを持ったまま大勢の人をみた。 「こんばんは!RINGというアイドルやってます、大河です!こちらはシンガーソングライターのリョウさんです」 一気にざわつき、写真や動画を撮る人が増えた。 「今日は、親友のために歌いました!!今度は、その親友も一緒に三人で、この場所に立ちたいと思っています!!皆さん、見てみたいですか?」 「イェーイ!!」 「この2人に、ギターの音が入ったら最高だと思いませんか?」 「イェーイ!!」 「ありがとう!ユウ!みんな待ってるから!サボってないで練習しとけよ!!」 大きな拍手や歓声の中、タカの目からボロボロと涙が溢れた。1番心配しているのは他でもないタカだ。伊藤がタカの肩を抱き、バレないように場所を移した。 「大河!イケてることしてんじゃん!青春だな!」 「どうしても伝えたかったから…リョウさんありがとう」 「どういたしまして〜!わーお!3万ぐらいあるんじゃね?!過去最高額!」 リョウが嬉しそうに言うのにまた微笑む。片付けをして、人だかりが落ち着いてくると、誠が涙を拭きながら大河に近付いた。 「大河!彼氏!」 「あ、マコ!ありがとうな!ユウに繋がってる?」 「うんっ!大河さん、本当、かっこよかった!」 「へへ!ありがとう!ユウー?見てたか?」 画面を除くと、ボロ泣きするおじさん。 「へっ?」 『もう!父さん返してよ!あ、大河さーん!何あれー?超泣いちゃった!!』 「そーゆーことだからお前練習しろよ」 『もちろん!…本当に嬉しかった…。俺も、やりたいって思った。本当に楽しそうで、羨ましかった。俺なんかがまた、人前で歌っていいのかな』 「当たり前だろ?歌は誰のものでもない!自由なんだ!いつどこで誰に歌ってもいいんだ!聞きたい人は止まるし、聞きたくない人は去っていく、それだけなんだ。難しいことは考えなくていい。俺も、路上ライブして分かった。そして、お前とやりたいなって思ってたんだ」 『ありがとう!…ふふ、父さん!俺より先にコピーしないでよ!もー!…大河さん、練習しとくね!』 「あぁ。急げよ?腕が鈍るぞ」 『はーい!…大河さん、ありがとう』 いつもの、ふにゃっと笑った笑顔で切れた電話に安心して力が抜けるのを誠が支えた。 帰ろ?と微笑む顔にキスしたくなるもリョウがニヤニヤしてるのが見えて堪えた。 「伊藤さん、タカさんは?」 「ユウのところに行くって」 「そっか。」 「あ、大河。タカからの伝言。」 「え?あ、はい。お願いします。」 ダメ出しを貰えると思うと気が引き締まる。となりの誠も息を飲んだ。 「前半は力み過ぎ。」 「はい!」 「全体的には…」 「…」 「最高の出来栄えだ。ありがとうなって」 「っ!!」 「久しぶりに人の歌で泣いたそうだぞ。よかったな」 (褒めてくれた、あのタカさんが) 「お前ら泣きすぎ…。でも、本当、いいグループだよお前たちは」 伊藤は大河と誠にティッシュを渡し、自分も鼻をすすった。 優一:タカさん、今すぐ会いたいよ 大河の路上ライブ後にタカに来たメッセージに泣き崩れたタカ。それを支えて、伊藤は言った。 「行ってこい」 うん、と頷いてタカは自分の車へ走っていった。 (もうすぐ帰ってくるな) 隠せない嬉しさに口元が緩み、伊藤はハンドルを握った。

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