58 / 140
第58話 プロポーズ
「タカさん、寝てます?」
楓のルビーチームのダンス指導をぼーっと見ていたタカは、楓に声をかけられはっと顔を上げた。
石田レナへの興味から作った曲は強めのクラブチューン。ダンスも一体感が出て迫力もある。ただ、コンセプトがズレてきたか、とも悩んでいた。
「悪い…。大丈夫。」
「家でも休めないんすよね?ユウは大丈夫っすか?」
「まだ何とも。伊藤か俺がいないと外に出れないし、この時間になるとたぶん落ち着かないから…」
ピリリリリ
「もしもし」
「タカさん…っ、お仕事中にごめんなさい」
「大丈夫だよ。どうした?」
「まだ、お仕事?」
「…まだかかる。待てるか?」
「待てないっ、こわいっ」
(今日はダメな日だな)
泣き出した優一に優しく声かけ、帰る準備をする。楓は怪訝そうに見て、タカの腕を掴んだ。
「タカさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、お前までどうした?」
「顔、真っ青です。伊藤さんもタカさんも、無理しないでください。正直、俺らが対応できるレベルじゃないですよ。医療機関に…」
「だめだ。」
「え?」
「あいつは人前だと冷静でいつも通りに見せる。その分の反動が恐ろしい。医療機関ではもう大丈夫と言われているくらいだ。」
心配そうにする楓を置いて、家に帰ると、思わぬ訪問者に息を飲んだ。
「たい…が…」
「あ、すみません。お邪魔しています。ユウに呼ばれて。」
大河はソファーに浅く腰掛けていたのを、勢いよく立ち上がって頭を下げた。
「いい。ありがとう。優一は?」
「あの部屋から出てきません…」
「自分で呼んだくせにあいつは…。優一?」
コンコンとノックする。わざわざ怖いという自分の部屋に入って引きこもる。タカは正直この優一の波に対応できていなかった。昨日までは普通に話しもでき、体を重ね、幸せいっぱいで眠って、朝も普通だった。 そっとため息を吐くと、大河が心配そうに覗き込んだ。
「…タカさん、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「…大丈夫。…少し、疲れたかな」
「ユウは俺に任せて、少し休んでて下さい。」
「いや、大丈夫。」
「そうですか…。おーいユウ!お前が呼んだんだろ?ここ開けろ!」
「ぅっ、っぅ、っ、ぅ、」
「ユーウー?」
「怖いよっ、大河さん、怖い」
「ユウ、俺と練習する約束破るのか?ほら、練習するぞ!」
「でも…」
「いいからほら、早くっ!俺の気が短いの知ってるよなぁ!?」
大河が強めに言うと泣き腫らした顔で出てきたが、出て来れたことにほっとしている様子だった。タカは唖然とそれを見ていた。大河は至って普通に接して、だんだん優一もいつもの優一に戻り、大河とアコースティックギターに向き合っていた。
「ユウ、このコードにしたら変じゃない?」
「リョウさんはこっちが好きそうだよ。…あれっ?タカさん、おかえりなさい!」
やっと気付いたのかフニャッと笑う顔に、タカは訳もわからず涙が溢れた。
「タカさん!?どうしたの!?」
「タカさん疲れてるから、少し休ませてあげて。ほら続き。」
大河は優一がタカに甘える前にすぐに集中させた。タカが参っているのが一瞬で分かった大河は少しでもタカが1人になれるように、と優一につきっきりになった。伊藤もなかなか良くならない優一に疲れが見え、大河と誠がフォローしていこう、と動いていた。 タカは素直に感謝してスタジオにこもった。久しぶりにゆっくりと音楽に向き合って、落ち着くためにピアノに没頭していた。 いつの間にか朝日が昇り、優一の部屋に行くと、大河と一緒に眠っていた。
(大河、ありがとうな)
よく見ると大河に腕枕をしてもらい、大河側を向いて幸せそうに眠る優一に胸が痛んだ。小動物コンビと言われる2人だが、やっぱりヤキモチをやく自分に呆れてお風呂に浸かった。
(オーディションのコンセプトがなぁ…)
ルビーチームの新曲とダンス構成、ファッションなど、女子人気が高そうで、こっちも捨てがたかった。当初はキラキラのダイアモンド。可愛いくてキャッチーなアイドルだったが、カッコイイグループもほしい。
「…難し」
才能を持ったメンバーが落ちることになるのが目に見え、いい方法はないかと悩んだ。長い間浸かっている間に、大河と優一は出かけたようで姿はなかった。
(?仕事か?)
連絡なしに行くのはなかなかないが、元気ならいいか、とスルーした。
オーディション最終日
「最終日まで辞退者も出ず、全員よく頑張った。初回放送時よりもはるかに実力が上がっている。合格しても、できなくで必ず活きてくる。まずはここまできた自分を認めるんだ」
「「「はい」」」
最後のパフォーマンスはインパクトでルビーチームの圧勝だった。 レナがセンターを務め、洋楽のようなカッコイイ仕上がりに全員が驚いた。優一はやっと見れた、と大喜びしていた。
「レナちゃん、どうだった?」
「とっても、楽しかったです!どちらにしても、私は、やりたい音楽がみつかりました!このようなチャンスをありがとうございました!」
レナは大人しかったのが嘘のようにキラキラしていた。レミは涙目になりながら喜んだ。
「泣いても笑っても選ばれるのはこの中で6人だ。ファン投票とともに審査員票を加算して上位6名がデビューできる。」
全員が白のワンピースを着て、目を閉じて祈る。審査員でさえも結果は分からない。
「1位 センター 都姫!」
名前が呼ばれた都姫はマリンのところへ走っていき、きつく抱き合った。2人で号泣し、友情に会場のお客さんも涙した。
「2位 石田レミ!」
途中でリーダーを交代し、みんなをまとめたことや明るさが評価された。
「3位 石川ちあき!」
スタイルがよくなったちあきは、最後に圧倒的な歌唱力を発揮した。
他には最年少のリリア、ビジュアルが都姫の次に良いリコ、アニメ声の花凛がよばれた。ざわつく会場、唖然とするメンバー。
「マリンちゃん…?」
都姫がマリンを見ると真っ直ぐに前を向いたままだった。
「以上!ダイアモンド6名が誕生しました!」
大きな歓声の中ダイアモンドとして名前を呼ばれたメンバーが頭を下げた。 いつまでも頭が上がらない都姫にみんなが駆け寄った。 ただ、いつもはそばにいるマリンはやっぱり前だけを見つめた。
「ダイアモンドのメンバーは決まった。デビュー曲の収録やこれから注目されるだろう。愛されるアイドルになるように応援している。そして、今回選ばれなかったメンバー。充分に力を発揮した。今後は練習生として、デビューを目指してほしい。」
タカの言葉に、はい、と落ちたメンバーは返事をした。
「ただ」
タカの言葉に全員が顔を上げた。
「練習生にするのはもったいないメンバーがいる。そのメンバーには半年、楓のもとでレッスンをしてもらい、デビューに値するか、SNSで動画をあげ判断する。」
「え?」
優一も翔とサナ、カナタは聞いていなかったことに疑問符を浮かべた。マツリはイイぞ、と笑い、社長も微笑んだ。
「ブラックパール。クール系ユニットだ。マリン、レナ、ネネ、ヒナの4人だ」
マリンはタカをじっと見たあと、ボロボロに泣いた。都姫が駆け寄って、待ってる、と声をかけ、2人がハグすると大きな歓声が起こった。レミも笑顔でレナに飛びつくと、レナも満面の笑みで受け止めた。
「「お兄ちゃーん!これからもよろしくね!」」
2人がハモると優一とサナ以外のメンバー全員が噴き出した。そして特別ゲストが登場した。
「特別ゲスト!RINGのレイさんがきてくれました!」
「キャーー!!」
「え!?レイさん!どうして?」
「「お兄ちゃーん!」」
「お兄ちゃん!!?」
優一のリアクションが画面いっぱいに流れ、会場からは大きな歓声が上がる。レイを挟むようにレナとレミが抱きついた。優一は口を開けたままだ。 レイは司会者に促され、照れながらも嬉しそうにコメントした。
「妹たちの成長を見ることができました。本当に緊張した数ヶ月でした!皆さん、これからダイアモンド、そしてブラックパールの応援をよろしくお願いします!」
鳴り止まない拍手と歓声。レイは2人の頭を撫でてハグをすると悲鳴に近い歓声で、視聴率は過去最高だったようだ。ブラックパールはタカがどうしてもデビューさせたいと社長に直談判した。楓にも相談し、このような形にできた。残りの2名は練習生として頑張る決意を見せてくれた。
(やっと終わった…長かった)
タカはヘトヘトな自分に年を感じて仮眠室に入る。
(疲れた…)
いろんなことが重なりすぎてぐちゃぐちゃになっていた。優一にも声をかけずに来たが、レイや伊藤がいるだろうと目を閉じた。
ヴーヴーヴー
「ん…もしもし。」
『タカか?俺だ。今日からユウはRINGで面倒見るから。お前はしっかり休め』
「いや、大丈夫だよ。」
『顔色が悪すぎる。眠れてないんだろ?ユウは大河が上手いこといって合宿と言っている。タカがゆっくり休んだら戻せばいいから。』
正直ありがたく、素直にお願いした。
「ただいま」
すぐにでも目を閉じたいのに、優一の部屋の前に無意識に行った自分に驚いた。なんだか落ち着かなくてお風呂に行くも考えることが次から次へと出てくる。風呂上がりにタバコに吸って落ち着き、スタジオにこもった。 優一からの連絡は無かった。
「優一〜、今日…あ。」
いない、ということが違和感しかなかった。最近は優一の状態を確認することに神経を使って、正直疲れていたというのに。
(結局、依存してるのは俺か…)
不安定なはずの優一からは何の連絡もなく、何度もケータイを見ては新しいマネージャーに苦言を入れられた。それでも状況が知りたくて、ソワソワしたが、仕事に打ち込むことで落ち着かせていた。
1週間が経った朝。さすがに優一不足で苛立っていた頃、事務所でサナとの打ち合わせで先にスタジオに入った。サナのために優一が作った曲を、キーボードで軽く弾きながら歌って気を紛らした。
(会いたい、会いたい、会いたい)
それしか考えられなくなって、ため息を吐いて止めると、固まった三輪が立っていた。
(なんだ、来ていたのか。声ぐらいかけろよな。イラついてるときにこのババアの顔見るのなんて最悪)
タカの中では優一の一件で三輪の評価は底辺だった。サナのマネージャーになったことも有り得ない人事だと思っていた。 キーボードを片付けて、テーブルに行くとまだ固まってる三輪の正面に座る。
「嘘でしょ…?」
「あ?」
「こんな歌声だなんて…」
「今更?…どれだけ仕事してねーの?ヤバくない?仮にもブルーウェーブの元マネージャーだろ」
「…もう一回歌って」
「あ?ふざけんな。」
「…お願い!あなたのこと見直した!」
「気持ち悪いこと言うな。誰がお前のために歌うかよ」
「ねぇ、タカ一回だけ」
タカの隣まで来て、ぎゅっと腕を掴まれる。
ゾワッとして掴まれた腕を払って目を見開いた。
(マジか、こいつ…)
明らかに女を出してきた三輪に鳥肌が立った。腕に残る胸の感触が気持ち悪くてあからさまに嫌な顔をし、席を立って距離をとった。
「タカ?」
「近寄るな。何だよ今更手のひら返して」
「私が間違ってた。あなた紛れもなく天才よ。」
心臓がドクドクとうるさい。美奈子に会った時のような冷え切った感覚に固まってしまう。始めから苦手だった理由がなんとなく分かった。本能が警報を鳴らしていたのだ。
「俺は天才じゃない」
「天才よ!この私がこんなにも心が満たされたんですもの!やっぱり私にはブルーウェーブが」
「黙れ!!!!」
思い切り机を叩いて黙らせた。それでも気持ちの悪い視線が絡みついて嫌悪感に吐きそうになる。
「いいか、金輪際俺に話しかけてくるなよババア。お前に興味はない。打ち合わせはサナと直接話す。」
「あなたよりたった5つ年上なだけでしょ。ババアなんて失礼ね!ねぇタカ?何個上なら大丈夫なの?」
「……。」
「なんかこうして見ると、天才だし顔も整ってるし」
「やめろ!!気持ち悪いこと言ってんじゃねーよ!」
「そんな騒がないで。ね、私は必ずあなたを幸せにするわ」
自然と後ろに下がるのを三輪がじりじりと近づいてくる。背中が壁に当たってビクッとはねた。
ガタン
物音がして視線を移すと、顔を真っ赤にしたサナがすみません…、と頭を下げた。救世主にほっとして三輪を無理矢理スタジオから出し、サナと打ち合わせをした。サナを先に帰し、しばらくした後にスタジオを出た。
(優一に会いたい。今すぐ会いたい)
距離を置いてはじめて連絡を取った。仕事もないからすぐに取ってくれると思ったが、なかなか出ない。しつこく、何度も何度もかけるもコールのみで感情のないアナウンスが流れる。 舌打ちして別の連絡先にかけた。
『あ、はい、もしもしタカさんですか?』
「マコちゃん、優一いる?」
『いや、一緒じゃないです。』
「なぁ?あいつ今、どこで、何してんの?」
『……』
「言えないのか?」
『えっ…と…。』
「大河出せ。」
『え?』
「伊藤さんでも大河でもいい。どっちかに代われ。」
『伊藤さん、…えっと』
「早く出せ!!」
慌てた誠は誰かと話し、その後伊藤が出た。
『タカ。俺だ。』
「優一はどこだ。何してる」
『お前に言わなくて悪かったが…入院させた』
「え…?」
思わずケータイを落として力が抜けた。伊藤の呼ぶ声に我に返ってケータイを取った。
『悪かった。お前が参ってるのも知って、事務所の判断だ。優一はだいぶ回復しているから安心しろ。』
「…伊藤さん、俺…優一に会いたい」
『そろそろだと思っていたよ。今から迎えに行く』
しばらくして黒いバンがマンションの下に着いた。久しぶりの送迎車に乗り込むと誠も一緒に乗っていた。
「マコちゃん、さっきは怒鳴ってごめん」
「いえ。RING以外口外禁止だったので…曖昧にしてごめんなさい」
「タカ、顔色良くなったな。」
伊藤が安心したように振り返った。事務所やRINGが自分に気を遣ったと知って感謝した。
しばらく車を走らせて、森の中にある小さな病院に着いた。キョロキョロしながらも歩いて行くと、曲が浮かびそうなくらい、森林浴が気持ちよかった。
「良いところだな」
「ですよね!病院も、優くんが選んだんです!ここだと落ち着く〜って」
モノマネしながら言う誠に笑いながらロビーに行き、顔パスなのか会釈されてそのまま進む。 廊下を進むと歌声とアコースティックギターの音。奥の303と表記があるドアの前で伊藤が笑った。
「まーた歌ってる。」
「優くん、この歌ばっかり」
「オリジナル?」
「そうです。ここに来た初日に作って、ずっとこの歌です。」
「へぇ」
しばらく廊下で聞いてみると、遠距離恋愛の歌のようだった。
一緒にいるだけが全てじゃない、繋がってるのがわかるから安心できる、同じ空を見てる、そして
「早く会いたい」
このフレーズでタカは勢いよくドアを開けて、ギターを抱えて驚いた優一を力一杯抱きしめ、伊藤と誠がいるのも忘れて唇に噛み付いた。
「ん!ーんーー!!」
ドンドン、と背中を叩かれて唇をはなすと、真っ赤になって俯く優一と、同じく真っ赤になり、気まずそうな伊藤と誠。 タカさんのバカ、と久しぶりに聞いた声で悪態をつかれても嬉しさしかなかった。 こんな綺麗な森の中で、早く会いたいと歌って待ってくれていた。優一の表情から恐れや怯えが消え、穏やかになっていた。
「タカさん、やっと会えた」
聞けば、タカから連絡があるまでは休ませようという話を優一にしていたようだ。迷惑をかけた自覚がある優一は素直に頷き、入院を決意した。早く元に戻りたい、その強い気持ちだったようだ。その気持ちにさせたのは大河と誠で、タカさんに甘えてばかりじゃダメだとやる気になったという。
「たくさん曲を作ろうかな、とか思ってたのにこれが好きでずっと歌っちゃう。」
「飽きないのか?」
「優くんのこの歌好き〜」
RINGも元どおりになっていて、タカもリラックスできた。波があった頃の優一とは全然違う雰囲気で、本来の明るさを取り戻していた。
「路上ライブも早くやりたいなぁ。」
「あと1週間で退院だからまだ我慢。いきなり外に出て疲れて前みたいになったら大変だ」
「不思議だよねぇ。自分でも何が怖いか分かんないんだもん。出なきゃ、って思うほど出れなくなっちゃう。変なの〜」
「ひとごとか!」
伊藤が突っ込むとえへへ、と笑う。優一が取り出したタブレットにはブルーウェーブの映像や音楽が入っていてずっと聞いたり見たりしていたと照れながら良い、ここが好き、この曲が良い、と一個ずつ説明されるのをうんうんと聞いた。すると誠は俺はこれ、とのってきて、だんだんタカは恥ずかしくなってやめさせた。
「俺的には、」
伊藤が更に入ってきてタカは嬉しさに赤面した。
面会時間が終わると、優一はバイバイ、と至って普通に手を振ってタカは寂しくなった。行かないでとか、寂しいとか言って欲しかったがあっさりしていた。
「ぷぷっ、寂しいのはタカの方かな」
「伊藤さんうるさいよ」
「優くん本当落ち着いたよね。3日後くらいにはもうあんな感じだし。初日はレイさんにヤダヤダ行かないでって泣きついてたのにね。」
「あぁ。レイもうしろ髪ひかれながら帰ってたな。ま、青木のノンタンパワーもあるよなぁ。」
「ノンタンパワー?」
タカが聞くと、面会時間が過ぎた頃に優一限定で配信されるノンタンとのビデオ通話だそうだ。それが楽しみで面会者を引き止めることもなくなったという。
「俺、猫に負けたの?」
「残念だな!」
伊藤が明るく言うとあからさまに落ち込んでしまう。誠がよしよしと慰めてくれたが寂しさでいっぱいだった。
「タカさん、聞きました?大河さんと優くんの歌」
「路上ライブのか?」
「いえ…。ふふっ、聞いてみてください…。」
「何ニヤニヤしてんの?」
一気ににやけた誠を不思議に思うも、スルーするとケータイを取り出して、タカにイヤホンを渡した。黙って受け取って耳に入れ、一緒に渡されたケータイの画面を見る。
「え?ライブハウス?」
「はい。入院する前日の夜です。リョウさんと大河さんが入院前にってセッティングしてくれたんです。完全貸切のシークレットライブです。社長と、RINGのメンバーとリョウさんと、ライブハウスのスタッフさん、優くんのご家族だけしかいない場所でした」
「そっか」
固定されたカメラにはRINGのメンバーが歌ったり踊ったり、それぞれのソロやユニットをやったりとツアーのようで、それでも楽しそうな印象で、見ているタカも笑顔になった。中盤での大河と優一のユニットになると、誠がニヤニヤして、これです、と言った。
2人ともマイクを持っただけで立つ。静かな曲調のイントロが流れるがニヤニヤする理由が分からず誠を見るが、画面に釘付けになっている。
(大河のスキル上がってるな…シュウトの歌い方に少し似てきたか)
真剣に見ているタカの隣でニヤつくのが気になって睨みつけると、もっとニタリとした。
(なんだこいつ)
タカは無視して優一のパートを聞いた。優一も大河のようにゆったりと歌う。掠れたような声の出し方も上手い。
(はっ?!)
思わず誠を見た。 ニヤニヤを通り越して恍惚の表情で画面を見ている。
(この歌詞…)
情事の歌と言っても過言ではないくらいの官能的な歌詞だ。それを2人が表情も声も感情込めて歌う。 大河が目を閉じて声を振り絞るのがゾクゾクする。その後目線を落とし、フワッと笑うと隣の誠が足をバタバタさせて悶えている。優一は大河の主旋律に合わせて下のハモリと上のハモリをいったりきたりしてものすごい技術だ。そして自分のパートの声の張り方と表情にタカは目が離せなくなる。
(エッッロ!!)
絶頂に向かう時を彷彿とさせる表情が腰にくる。
ドキドキして釘付けになっていると、誠が制作秘話を教えてくれた。
「優くんがね、実家にいる時にタカさんに会いたくて曲を作って、深夜に大河さんに電話してエロい歌詞を依頼してきたみたいなんです。ふふふ…、次の日かな、いつもすぐ寝ちゃうのにすごい勢いで歌詞を打ってました。」
生々しい話に余計に心臓がうるさい。誠はきっとこの気持ちを共有したいが、できる相手がタカしかいなかったのだ。嬉しい裏話にこの動画を送ってもらい、その日の夜のお供になった。
優一の退院の日に早起きしたタカは機嫌よく掃除や料理をしていた。オフをもぎ取って優一が到着するのを待つ。優一の好きなたまご料理を準備して、優一の部屋のカーテンの色や家具の配置を変えて、心機一転できるようにと動いた。思わず鼻歌まで歌ってテーブルを拭き上げた後、優一から貰ったアコースティックギターを持ってソファーに腰掛けて、あの遠距離の歌を歌う。
ピンポーン
インターホンがなり、鍵を持っているはずだが…、と応答するとモニターに写る人物に息を飲んだ。
(ババア…何の用だ?)
「…何か用?」
「社長から頼まれたものがあるから渡そうと思って。開けてくれない?」
「…明日事務所に取りに行く。」
「急ぎだから。サナも待たせてるの」
チッと舌打ちして解錠した。
ピンポーン
部屋のインターホンが押され、はぁとため息を吐く。マネージャーの時でさえも家まで来たことないというのに今更なんだと苛立つ。社長も自分と三輪が合わないと分かっているのに、と配慮してもらえないことにがっかりもした。
「はい、渡すものは?」
少しだけドアを開けると覗き込むような三輪。いつも縛ってある髪を下ろし、珍しく毛先を巻いている。妙な変化に不思議に思うもなかなか渡そうとしない三輪に苛立つ。
「おい、さっさと渡せ。暇じゃないんだよ」
「何よ!人がわざわざ!」
「はいはい、で?」
中が見えないようにドアに挟まるように立って促す。
「こんな所に住んでいたのね」
「別に関係ないだろ。早くしてくんない?」
「彼女が来るの?」
「関係ないって言ったよな。プライベートに入ってくんな。」
「誰も来ないなら上がったっていいじゃない」
「サナ待ってるんだろ。早く用事済ませろよ」
なかなか荷物を渡そうとしないのにイラつき、カマをかけた。
「本当は何もないとか?」
まさかな、と流石に笑うと上目遣いで見たあと俯いている。
(は…?)
「プライベートで来たって言ったらどうする?」
「っ!!?」
「タカに、会いに来たの」
開けてくれないと思ったから、ごめんなさい、としおらしくするのに鳥肌がたった。固まっていると、エレベーターが開き、伊藤と誠と優一が楽しそうに降りてきた。そして、振り向いた三輪に全員が固まった。
「三輪さん?どうしたんですか?こんなところで。」
「あ、用があったから…じゃあ戻ります」
「おい!ふざけんな!用事なんかなかっただろ!伊藤さん、こいつ業務外でここまで来てる!」
「ち、違います!急ぎのものを届けに来たけど事務所に忘れたの!失礼します」
カツカツと去っていくのを優一と誠は唖然と見ていた。
「タカ?三輪さんとなんかあったのか?」
「気持ち悪い…色気付きやがって…」
「え?」
「俺の歌聞いてから…最近女出してきて気持ち悪いんだよ。はぁ…最悪。」
嫌な気持ちに蓋にして、優一を抱きしめる。待ちに待った恋人の帰宅に嬉しくなるも背中に腕が回らず不安になって顔を見た。
「…優一?」
「ダメ!!タカさんは俺のなの!絶対渡さない!!!」
怒ったような顔でタックルする勢いで抱きついてきた。嬉しい言葉ににやけるのが抑えられず、伊藤と誠にからかわれながら中に案内した。
全員で食事をとって他愛の無い話をし、誠にスタジオを見せると目をキラキラさせて騒いでいた。
「伊藤さん、リクエストがあったアレンジ完成したよ」
優一がそう言うと、誠がうん、と頷いた。データを取り込んで2人が並んだ。
「ふふっ、顔合わせの時みたいだな。大河の審査の時」
「そーかも!2人で歌うのはあれ以来だね!まこちゃんよろしくね!」
ハグした後、とっても楽しそうに歌う2人。優一からはこの曲で誠が大河を落としたんだと聞いていたが、アレンジのおかげが爽やかな仕上がりだ。 伊藤と大きな拍手で喜ぶと優一の目が変わった。
(あ…抱かれたい時の…)
目は変わったのに、何でもないように伊藤や誠と話し、タカにも普通を装う。こうして何度も自分を抑えてきたかもしれない、としばらく観察する。
「優くんと大河さんの歌、超エッチ!」
「たしかに!まさか大河作詞だとはなぁ!路上ライブはじめてからあんまり照れなくなってきたから揶揄いがいがないよ」
「もー伊藤さん!伊藤さんが大河さんに絡むたびにレイさん寂しそうだから!」
きゃっきゃとはしゃぐRINGに癒されながら席を立つと優一がこちらを見た。
(ふふ…限界か…)
タカは思わず笑って、誠の話に乗った。
「お前があの動画見せるから堪えるの大変だったんだけど?」
「あはは!すみません!」
「と、いうことでもう待ては解除でいいよな?」
えっ?と伊藤と誠が固まった。優一の手を引いて強く抱きしめ、服の中に手を入れ背中をなでるとビクッと跳ね、甘い声が漏れた。
「見てく?」
ニヤリと笑ってそう言うとポカンとしていた2人がボンっと赤くなり、お邪魔しました!と慌てて荷物を持って帰っていった。
「タ…タカさんってば…」
「限界なんだろ?」
「ん…なんで分かったの」
「あんな顔で誘われたら落ちるでしょ」
「あんな顔…」
「抱いてって顔」
ソファーに押し倒して激しいキスをする。キスが好きな優一に思う存分味わってもらえるように時間をかけた。
「はぁっ…はぁ…」
「気持ちいい?」
「気持ちいい…タカさん、どうしよ、出ちゃった」
いつの間にか射精していた優一は顔を真っ赤にして下を気持ち悪そうに脚をもじもじとした。脱がせるとびっしょりで嬉しくなる。タオルで拭いてやるとほっと息を吐いた。そのまま脱がせて寝室に行くと、待てないのか首に手を回し、舌を絡めてくる。興奮しているのが自分だけじゃないと知って嬉しくなり、優一が気持ちよくなるように身体を撫でる。 唇をはなして、真っ白な身体に浮かぶピンク色の粒に噛み付いた。ツンと硬くなっている粒に吸ったり噛んだり舐めたりと刺激を与えると、涙目になって叫ぶ。入院中は抜いてなかったのか、すぐに追い込まれていく。
「タカ…さんっ、んっぁ、っ、ぁっ、ぁっ」
タカの腹に当たるものがどんどん濡れていく。わざと腹筋で擦ると堪らず背をそらせて肩に爪を立てる。
「はぁっ、はぁっ、気持ちいいっ、おかしく、なりそっ、っぁ、あ」
ぼんやりと見てくる恋人にチュッとキスして膝を立て、ビショビショになって震えてるものを口内に迎えた。
「っあああ!っーーっ!!っ、っ、!」
奥まで加えた瞬間に放ってしまった優一は、まだ腰を跳ねさせながら余韻に浸っている。その間に、優一の出したものを口から出し、固く閉ざした穴に塗り込んでいく。余韻に力が抜けているうちに、と指を増やしていくと、意識が戻ってきたのかシーツを握ってイヤイヤと頭を振る。
「あぁーー!あっ!ぁあ!ンッ!っあ!」
「狭くなったな、苦しくないか?」
「んぅっ、あっ、ぁああっ」
優一はタカの声が聞こえてないようだった。指はそのままに身体を優一に密着させて耳元で話す。
「優一」
「ンッ、っあ」
「おかえり」
「っああ!っは、ぁ、は、」
「ごめんな、俺、いっぱいいっぱいなってた…」
「っあああ、っん、んっ、」
「余裕なくてごめん。こんな、頼りない…」
話してると、優一が顔をこちらに向けて、涙を流していた。
「優…」
「タカさん、謝らないでよ、っ、俺は、っ、感謝しかないよっ」
「優一…」
「自分の心と戦う事が大変だって分かった、タカさんの苦しさもやっと分かった、そして、周りの人が大切だって分かった」
「……」
「こんな時にそばにいてくれる人が、本当に大事にしなきゃいけない人達なんだって、分かったんだ」
ひっくひっく、と嗚咽を漏らしながらも懸命に伝えてくれる。確かにそうだ、と思った。美奈子の件で支えてくれたのは、ブルーウェーブのメンバーと社長、母親、一部の後輩たち。今でも感謝しかないのは同じだった。
「そうだな…」
「俺、越えられたと思ってる。越えられたのは、早く歌いたい、早く心から笑いたい、早く好きな人と一緒にいたいっていう気持ちだけ。」
「うん、頑張ったな」
「ここに来るのも怖く無かった。早く会いたいって、それしか無かった」
「そっか」
「見た瞬間から抱いて欲しかった」
「優一!」
ブチンと脳内で理性が切れた音がした。密着していた身体をはなして、優一の足を広げ、いつも以上にでかくなった怒張を小さな孔にグッと差し込む。
「えっ?!っああ、ま、待って」
ビクビクと跳ねる身体を待てずに体重をかけて奥まで一気に貫いた。
「俺も、早く抱きたかった…」
「っああああーー!!っあああ!!」
「っはぁ、っ、きつ…待っててくれてたんだな…」
「っあああ!っは、んぅっ、はぁあああ!」
「優一、愛してる、はぁ、優一のナカすごいな…こんなだっけ?」
「はあっ、はぁっ、ああああー!っんぅ!」
「ナカ、めっちゃ絞り込んでくるよ…はぁ…っ、腰くだけそ…」
「やっ、やぁだ、言わないで」
「ほら、俺が止まってもキスしてくるよ…わかる?」
「ヤダっ、っぅあああ、言わないっ、で、ってばぁ!っあああ、んっ、」
余裕なく叫ぶ優一に愛しさで溢れる。
「可愛いなあ、お前は、本当に」
「あぁああっ、んぅ、はぁあっ、ンッ」
「この世にいる誰よりもお前が1番だよ」
「っ!?」
「嬉しかった?顔を真っ赤」
「…うるさいっ、ん、っ、うそ、嬉し」
「こわいぐらいお前にはまってくけど、どうしたらいい?」
「んっ、あぁあ、おれもぉ、おれも、」
絶頂へのスイッチが入った優一は必死に話そうとするも、ナカの快感に支配されていく。呼吸が浅くなり、ビクビクと跳ねる。
「はっ、はぁ、はっ、は、は、」
タカの好きな顔まであと少し。目が離せないまま腰を奥へ奥へと振って、リズムをずらさないように絶頂へ導く。
「はぁっ!!あっ!ああ!!」
(あと少し、あと少し)
タカも歯を食いしばりながら優一を凝視する。しばらく見ていなかったあの表情を生で見られると思うと、タカも呼吸が上がり、腰を振るペースが上がっていく。優一はタカの腕を掴むもスルリと落ちて、弱々しくシーツを握り、頭を振った。
「っあああ!!っああ!っ!!」
「優、一、愛してる、愛してる」
ググっ!
(あ、この顔…)
タカは久しぶりのその顔にゾクゾクと腰に抗えない快感が押し寄せる。
「あぁあああああーーーッ!!!」
「ッくぅ…!っ、ぅ!!」
抜く余裕もなく、包まれたままドクドクと吐き出した。今までにないくらい腰にきた快感にタカの呼吸も落ち着かない。下にいる優一はどこかをぼんやりと見たまま必死に呼吸している。
(やばい…これ、ハマる)
今までも相性はいいと思っていたが、これほどまでの快感は初めてだった。あまりの気持ち良さと満足感に優一への愛情が止まらない。
(可愛い、愛してる)
顔中にキスをして、ピアスが1つもない耳をしゃぶる。ピアスがどこに行ったか、なんて気にならないくらい口付けてハムハムと噛む。心臓の音を聞いては一緒にドキドキして、心臓の音がする方にずっとキスをした。
「タカさん…」
やっと意識が戻った優一に笑いかけると、優一もふにゃっと笑ってくれた。
「今日、最高に気持ちよかった」
同じことを思った恋人にきつく抱きしめて、俺も、とまた耳を噛んだ。
「優一、ピアスは?」
「バッグにあるよ。病院ではアクセサリー禁止だったから。」
「そっか。優一、もう結婚しよ?」
「え!!?」
大声を出して顔を真っ赤にして飛び跳ねた優一にすぐ喜んでくれると思っていたタカは少し凹んだ。優一は慌ててあの、その、とか言って困っている。
「…。もういいよ…」
「ちが!もう、拗ねないでよ!!どうしたの?」
「プロポーズ失敗…」
「失敗じゃないよっ、嬉しかったのに、返事聞いてもらえなかった…」
「うそうそ!はい!お返事は?」
「タカさんと結婚するー!!」
ぎゅーっと抱きついてきた優一に嬉しくなってまたキスをする。
「タカさん、泣かないで」
優一が綺麗な笑顔で涙を拭ってくれた。泣いていることにも気付かないほど、優一への愛情でいっぱいだった。
「いいのか?アイドルなのに結婚して」
「お互い様でしょ!タカさんを縛るのはそれしかないもん。三輪さんになんか絶対渡さない」
「ババアはないだろー。どのツラ下げて俺なんだっての。気持ち悪い」
「んふふ。俺がいるもんね?」
「そうそう。お前より可愛いやつ見たことないわ。お前以外興味ねぇし」
婚姻届は2人で書いて、大事なものを入れる引き出しに仕舞おうと約束した。
優一は舞台から復帰することが決まったそうだ。よかったな、と頭を撫でると嬉しそうに笑った。
「ジンさんもキャストでいるって!」
「マジか!ジンさん歌上手いからなぁー、優一、盗めるものは盗んでこいよ」
「任せて!!…あ、そういえば、オーディションの双子ちゃんがレイさんの妹って知ってたの?」
「あぁ。ただ、レイから優一には内緒でって言われてたから。審査に影響すると思ったらしいよ。」
「本当にビックリした!今思うと似てるもん!ブラックパールは急に決まったの?」
「うん。俺がどうしても作りたかった。楓プロデュースになるけどな。」
楽しみだね、と笑う優一はもう元どおりだった。お風呂も食事も一緒にして抱き合って眠った。
「好きな人しか見えないタイプですかね…恋愛に関しては、学校も仕事も疎かになりますよ」
「へぇ!意外ですね!職人っぽいイメージですけど」
「全然!ただ音楽が好きなだけの人です。」
「そういうタカさんは今も恋を?」
「まーた、そんな話題。そりゃあそうでしょ。撮られましたもん。」
「ワンナイトじゃないんですね!?変装なしだなんて驚きました!」
「だから俺はそういう奴なんです。いろんなイメージを植え付けられますけど、結局リスナーさん達みたいに普通の人なんです。好きな人とは一緒にいたいでしょ。あと、好きな人は好き、嫌いな人は嫌い。ハッキリしてます。俺は天才とかでもないし、特別な才能なんてないですよ。」
「ちなみに、好きなタイプは?」
「顔だと、目が大きい人かな、ちっちゃくて可愛ければなおよし。性格は甘え上手で、でも芯は持ってる…あざとい子とか割と好きです。まんまと落ちますね。」
「女性に嫌われる女性ですかね?」
「ああ!そうかも!女性は敵に回すかもしれませんね〜。でも俺にだけ愛されていれば他の誰が何言おうと関係なくないですか」
深夜のラジオ番組で恋愛観を語ると、新しいマネージャーはブースの向こう側で思いっきり眉間にシワを寄せている。熱愛を認めることを言ったのは申し訳ないが、内心は既婚者の気分だった。
(だって結婚したし)
もちろん口が裂けてもそんなことは言うつもりはないが、ほっといてくれ、という気持ちだった。
(他には脈なしと、思わせないとだし)
「じゃあ嫌いなタイプは?」
「たくさんありますが…」
「はは!じゃあ特に、のやつで」
「性格ですが、自分を押し付けてくる人、人に思いやりがない人、俺の歌だけで俺の全てを知ったかのように判断する人。」
「タカさん、何かありましたー?」
「えぇ、たくさん。さっき言ったことに該当する方は全員嫌いです。どんなに美人でもスタイルが良くても1ミリも可能性はありません。」
パーソナリティーの方が爆笑してくれて、明るく聞こえたようだが、タカは本気だった。美奈子と三輪の共通点だとも思った。
「どんなに苦しい時も、自分自身が情けない時もそばにいてくれる人が本当に大事な人なんです。そして、お互いに。持ちつ持たれつ、ですからね。」
「その通りです。リスナーの皆さんも周りにいる人を大切にできていますか?」
曲がかかって、ヘッドホンを外し、お礼を言ってブースを出ると速攻で思いっきり頭を叩かれた。 新マネージャーの岡田翔太は、見た目は茶髪でシャツを羽織ったカジュアルな雰囲気だがバリバリの仕事人間。長谷川の弟子は伊藤のように甘くはない。 切れ長の茶色い目は怒りをにじませる。
「お前何考えてんの?バカかよ。お前は圧倒的に女性ファンが多いの知ってての発言か?」
「…あーごめん」
「何、売れたくねぇの?これから女性誌の特集とかファッション誌のモデルの仕事もあるんだけどキャンセルしようか?」
「ウザい女がいるんだよ…牽制しようかなって」
「誰?ファンに家とか特定された?彼女に害がきてんの?」
「いや…」
「おい、ハッキリ言わないと干すぞコラ」
低い声で凄まれて黙る。岡田はジンよりも年上で、業界経験は短いが入社時からこのスタンスは変わらず口も目つきも悪い。この業界で今までタカにここまで厳しい人はいなかった。その分かなり信頼している。タカは意を決して口を開いた。
「三輪さん」
「は?」
「三輪さんがこの間、用もないのに家まで来た。俺に、会いに来たって言ってた。最初は荷物があるとか言って」
「荷物?そんなの無かったぞ。あっても俺が連絡する」
「そうだよな。でも、サナを待たせてるとか言って急がせて、開けたら結局忘れたとか言って…」
「本当の話だな?」
「あぁ。マジであのババアは無理だから、俺につきまとうのやめさせて」
「わかった。だからもう恋愛系の話はするな。世間のお前のイメージが崩れる。嘘をつけとは言ってない、この件に関して黙ってろって言ってるんだ。お前がいるのはアイドル事務所だ。夢を見させてやるのも仕事だ。お前に会うために、お前の曲を聴くために日々頑張って働いているファンもいるんだ。向こう側の想像もしてやれ。」
「たしかにそうだな。悪かった」
返事ばかりじゃなくて実践で見せろ、とスタスタと前を歩く。突っ立ってると、岡田が振り向いた。
「ダメ出しの飲み会。早く行くぞ」
「お?翔太さんの奢り?やったね!」
「ふざけんな。お前が金出せ。」
なんだかんだ優しい岡田の背中に飛びつくとめちゃくちゃ怒られた。
ともだちにシェアしよう!