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第64話 笑顔

帰ってこない家主を、ケータイを握りしめて待つ。今日も帰ってこないにしても、顔を見たいとウトウトしながら待つ。夢うつつな頭の中に映像が流れて、そのままタイムマシンで戻りたいと思った。 何でもない日に突然変わった日常。いつも通りブルーウェーブの打ち合わせを終えて、すぐに稽古に向かうジンを見送って新マネージャーの岡田と残って話をするのが日課になりつつあった。用が済んだらすぐに帰宅するタカとシュウトは例のごとくいなかった。 カナタの声優オーディション素材を広げ、アドバイスを貰う。サブカルチャーを学んでいた岡田は監督の作品に詳しく、かなり参考になった。2人で飲みに行ったり、岡田の家に行ったりとのんびりと過ごしていた。 『今どこ?』 「岡田さんの家で飲んでる!ジンさんもおいでよ!お酒いっぱいあるよー」 『…明日も稽古だから。今日はどうするの?』 ジンから聞かれ、岡田を見ると泊まっていいと言われ、泊まると言って電話を切った。遅くまで飲んで、一緒に起きて一緒に現場に行っていた。 『カナタ、今日も泊まるの?』 「今日は監督の作品の勉強会だよ!ジンさんも来る?」 『…行かない。』 「あ、そう?明日も早いの?」 『話があるから今日は家に来てくれない?』 「えー!?その話、次にできない??」 オーディションも近くて、どうしても勉強しなければ、と思っていたカナタはジンの異変に気付かないままその場を流してしまった。 新曲打ち合わせで早めに集まったカナタとシュウトとタカ。それぞれが自由に過ごしているとシュウトが思い出したように声をかけてきた。 「カナタさん、ジンさんと喧嘩したの?」 他人に興味のないあのシュウトが言い、それにタカが俺も思ってた、大丈夫なの?と心配してきた。 「え?別に変わらずだよ?」 「そうかな?ジンさんもうヤバイけど…」 タカが不安そうに見てくるのがやっぱり分からなかった。最近は稽古で忙しいからほとんど会ってないが毎日電話はしていたが変化は感じなかった。 「カナタさん達、別れたの?カナタさん岡田さんに乗り換えたでしょー?ジンさんカワイソー」 シュウトは全く感情のないトーンで言い、タカに頭を叩かれていた。そのやりとりに笑って、よく夫婦と言われる関係の誤解を解かないと、と思った。 「2人とも!勘違いしてない?そもそも付き合ってないよ?」 「まーた…。カナタさん、そろそろ認めろよ。ほとんど同棲じゃん。」 「居候だよ。」 「ジンさんにあんなに愛されて大事にされてるのに…意地はってないで応えてあげてよ。相思相愛なのになんで認めないの?」 「もう…。ジンさんのこと、そーゆー好きじゃないし!みんなしてからかわないでよ!」 バタン !! ものすごい勢いでジンが入ってきた。いつもの柔らかな笑顔はなく、無表情。誰にも挨拶せず、何も言わずに座っている。初めて見るジンに全員が息を飲んで黙って様子を見ていたが、岡田が入ってきて新曲のリリースとミュージックビデオの撮影スケジュールが発表された。いつもメモをとったり質問するジンが腕や足を組み、一切動かず、終わった瞬間に部屋を出ていった。 (え…?ジンさん?) 「いいの?追わなくて。」 タカは心配そうに言った。シュウトも唖然としていたが岡田だけは気にせず、ほっとけ、と言った。 「カナタさん、今、追った方がいいと思う。ジンさん、様子がおかしいよ。さっきの話、聞いてたんじゃない?」 もう一度タカに言われてやっと状況が悪いことに気づき、慌てて追いかけた。角を曲がるところをみつけ、走って腕を掴むと大きく振り払われて固まり、大きな背中を見つめた。 「僕さ…カナタにそーゆー好きってずっと伝えてきたつもりだけど、分かってなかった?」 背を向けたまま静かに話すジンに心臓が破れそうなくらいに激しくなる。先ほどの会話が聞こえていたようだ。 「カナタも同じ気持ちで、でも恥ずかしくて答えてないだけかと思ってた。けど、違ったんだ…僕の都合のいい解釈だったね…ごめん。今まで気持ち悪かったでしょ。でも…それにしてもさ…」 振り向いた顔には呼吸が止まりそうなほど冷たい顔をしていた。 「知ってて…僕の気持ち知ってて、よく何でもないような顔して一緒にいたよね。」 目を見開くことしかできなくて、理解が追いつかない。 「そーゆー好きじゃない、はっきり聞いた。もう、僕はカナタを追わない。ずっと待ってたけど、それなら早く言って欲しかった。期待…してた。勝手に期待した僕が悪いけど、一緒に住んだりして…期待させたカナタも悪いから。」 「…あ、その、」 好きのジャンルが分からなくてずっと有耶無耶にしてきたことに突然突きつけられた現実。ずっと待っててくれたのは知っていたが答える勇気がなく、向き合わないようにしていた。今の関係がカナタにとって最高で、その先がどうなるかが不安だったのだ。でも、伝えたことはなかった。だから、なんとなく流してそばにいて甘い汁を吸っていたツケがきた。 「苦しかったよ、カナタ。目の前に好きな人がいて、先に進めないこと、自分だけのカナタという確信がないまま隣にいること、振り向いてもらえないこと。カナタといて僕はずっと苦しかった。カナタは楽だったかもしれない、だけど、勘違いしないで。僕はずっと苦しかった。」 相変わらず光が入らない瞳。初めて見る表情。最高だと思っていたのは自分だけだった。 「居候は解消しよう。すぐにとは言わない。荷物もあるだろうし。片付け終わったら連絡して?その時に鍵も返してね。じゃあね」 去っていく背中に慌てて追いかけて、後ろから抱きつく。 「ジンさん、待って!…そのっ、あの時言ったのは…」 恥ずかしかった、でもじゃあ気持ちはどうなのか、考えることをしてこなかったカナタは完全にあたふたしていた。 「どーせ今から考えてもまた有耶無耶にするでしょ。もういいよ。…岡田さんには同じことしないでね、さすがに可哀想だよ」 「岡田さん?」 「鈍感って幸せでいいね。僕も鈍感になりたいよ」 振り向いて笑った顔は見たことないほど辛そうだった。ゆっくり腕を解かれて見つめ合う。 (あ、本当に想われてるんだ) 愛しそうに、苦しそうに見つめてくるジンがいつものジンではなく、どうしたらいいか分からず目を逸らして下を向いた。すると上から呆れたような笑いが聞こえ、顔を上げると、ジンがボロボロ泣いていた。 「ジンさん…?」 「分からないよね…僕の気持ち…。カナタには分からない。いつも、僕よりも他の人を優先してばっかり…僕はカナタを優先していたのに。カナタには僕を後回しにしたとしても、絶対に僕がそばにいる自信があったんだよね。僕がカナタのそばからいなくなったら気づいてくれる?」 「何も言ってるの…いなくなったりしないでよ!」 「離れても、カナタはきっと平気だよ。何にも変わらない。」 ゴシゴシと目をこすって何も言わずに去っていった。廊下で立ちすくんでいると、タカから肩を叩かれ、ハッと顔を上げる。 「泣くぐらい好きなのに、なんで認めないの」 気がつくとカナタもボロボロと涙が溢れていた。タカがため息を吐いて隠すように抱きしめてくれた。 「やだよ。俺の兄ちゃんたちがケンカするの。…俺の、パパとママだろ?早く仲直りしてよ」 「っぅ、っぅ、ぅ、」 「カナタさんが認めたらそれで済む話でしょ。何でなの?」 「怖い…んだ、ジンさんがいるのが、当たり前すぎて、この日常が幸せすぎて、先に進むのが、怖い」 そっかぁ…とぎゅうぎゅうに抱きしめられる。 「そばにいられるだけで、幸せなんだ」 そう言うと、タカは体を離して大きな目がじっと見てくる。 「そばにいるためには、気持ちを伝えなきゃいけない。カナタさん、ジンさんが今、他の人に応えたらカナタさんがそばにいる理由はなくなるよ」 「っ!!」 「いいの?ジンさんが他の人と一緒にいるのが当たり前になっていくんだよ。そばにいたとしてもカナタさん優先ではなくなるし、仕事以外で会う事はなくなるかもしれないんだよ。」 「…ぅーーぅ、っぅ、ぅ」 「好きって言って縛ればいいじゃん。難しいことじゃないだろ?」 「でもっ…」 シュウトと変わんねー、と言われながらベンチに座って慰めてもらった。とりあえず今日で話さないと、と言われ、ジンの家で待つも0時を回っても帰って来ない。仕事かもしれないが電話をかけてみる。 『はい』 「ジンさん、話したい…何時に帰ってくる?」 『今日は泊まる』 どこに、と聞けずに電話を切る。この日だけかと思ったがこれが何日も続いていた。 「カナタ?どうした?声枯れてる…こんな大事な日に…」 オーディションの当日、一日中リビングでジンの帰宅を待ったがこの日も帰って来なかった。そのまま寝落ちしたカナタは完全に喉をやられてしまい、唾を飲むだけでヒリヒリと痛んだ。 「ごめ…ん、岡田さん…。あんなに、じゅんびしたのに」 漢方やらのど飴や加湿器など出来る範囲のことをやったが、思ったような手ごたえを感じなかった。岡田もそれを感じたのか呆れた様子で事務所に戻った。さすがに落ち込むカナタに岡田は事務処理を簡単に終わらせて、元気付けるために家に誘ってくれたが、一緒に合格を目指していただけあってそれが辛かった。 (なんか…全部うまくいかないな) 岡田の部屋のソファーで下を向いて、ぼんやりと床を見つめる。お茶を淹れてくれた岡田にお礼を言おうと顔を上げた。 「んっ…?」 岡田のドアップと唇に柔らかな感触とタバコの香りに思わず岡田を突き飛ばした。 「な…何するの…急に」 突然のことに心臓がバクバクとうるさい。ソファーの端にじりじりと後ずさり、岡田を見る。 「カナタ、落ち込まないでいい、お前はよくやった」 目が、いつもと違う気がして慌ててソファーから降りて距離をとった。おいで?と両手を広げる岡田に足が固まる。 (何これ…どういう状況?) 「カナタ、どうした?」 腕を引かれて胸に収まる。全然落ち着かなくて不安が募った。 (ジンさん…) 無意識にジンを求めた自分に呆れた。もう全て手遅れなのに。 「カナタ…」 呼ばれる声に、マネージャー以上のものを感じて、振り払ってなんとか腕から抜け出すも、また捕まり胸に収まる。 「岡田さん…、はなして…どうしたの?」 「いやだ、ジンのところには、行かせない」 ギシッ 「っ!?」 ソファーに寝かされ、上から覆い被さってきた岡田に驚きのあまりに声が出ない。 「カナタ、俺とこんなに合う人はカナタが初めてだ。ずっと、そばにいたい」 「え?」 「マネージャーじゃなくて、1人の男として、見てほしい」 真っ直ぐな告白に、思わず顔が真っ赤になる。 「その反応…脈ありで捉えていいんだよな?」 「あの…っ、そんな、急に…言われても」 「泊まったりしてくれてたから、大丈夫だろ?」 「そんなつもりじゃ…ンッ」 無理やり入ってくる舌にいいようにされながら、ぎゅっと岡田の服を握る。それが余計に喜ばせてしまったのか、もっと激しいキスにり、息が吸えなくて焦って胸を叩いた。 「はぁっ、はっ、はっ、岡田さん…」 「今日も泊まるだろ?」 「か、帰る!お疲れさまでした!」 「恥ずかしがって…本当に可愛いのな」 頭を撫でられて、初めて見る優しい顔。心がぎゅっと痛くなるのは何故だろう。 「あの、岡田さん。俺、岡田さんのこと、恋愛対象で見たことないよ。だから、これからもさ、仕事仲間として」 「考えたことないなら、考えてみてよ」 「あ、もう…。期待させることは、したくないんだ。岡田さんのこと、すごく、信頼してるし、頼りにしてる。感謝してるし、これからも一緒に頑張りたいから…」 嬉しそうに聞いてくれるのに安心して、話ていくと、ニコニコと近づいて来てくれる。 「…で?」 「えっと、だから、岡田さんとは恋愛での付き合いはできないです」 ゆっくり、言葉を選びながら言った。黙っている岡田を見ると、優しい顔をしていた。 「そうか、残念だけど、カナタが決めたなら仕方ないな…。」 苦笑いして言う岡田にほっとして、笑い返した。 「わかってくれて、ありがとう」 「って、言うと思った?」 優しい顔から一気に色がなくなり、手を捕まれそうになって慌てて逃げた。エレベーターを待つ時間も惜しくて、非常階段から無我夢中で駆け下り、追ってくる気配がないのに走り続けた。 「はぁ!はぁ!はっ、はっ、」 久しぶりに自分の部屋に駆け込んで鍵もチェーンまで掛けて、玄関で倒れ込んだ。 ケータイには岡田からのたくさんの着信。仕事かも、と電話に出ると、謝罪の電話だった。 『カナタ、本当に、怖がらせてごめん。本当にそんなつもりじゃなかった。怖い思いさせたかったんじゃないんだ』 「あはは、大丈夫だよ!俺もビックリしただけ!走ったから体がスッキリしてるし!」 『カナタ…ごめん。こんな時まで明るくしなくていい。怖かったろ?』 優しい声に涙腺が緩む。本音は怖かった、ジンに対してもそうだった。普段と違うところを見せられること、人間の本能で顔が変わる瞬間が怖いのだ。それは男でも女でも。 「岡田さん…俺、怖いんだよ。人が本能に支配されていくのが…その瞬間を見るのが…怖いんだ。岡田さんも、ジンさんも、優しい人が変わるのが、一番怖いんだよ」 『ごめんな』 「人はどうして、そばにいるだけじゃ満足できないんだろう…。岡田さん、進まなきゃダメなの?進まなきゃそばにいられないの?俺は、変わらず、岡田さんと映画見たり、仕事したりしていたいよ…。それじゃダメなの?」 涙声になるがそのまま吐き出した。これが、ジンに対しても伝えたくて、吐き出せなかったことだ。 『ダメじゃないさ。ただ、好きの種類が違うんだよ。』 「しゅるい」 『そう。この人がそばにいなきゃ、不安になったり、落ち着かなかったり、他の人といて楽しそうだったりすると寂しい、独り占めしたい、そう思うのは、恋愛の好きかな』 「もう一つは?」 『その人が自分のそばを離れても、その人が幸せなら応援できる…家族みたいな好きかな』 離れていても信頼出来る好き、離れていたら不安になる好き。 多分、カナタにとって前者が岡田で、後者がジンだと思った。 「岡田さん、聞いてくれる?信頼出来る岡田さんに、話したい。」 『いいよ、話して』 デビューしてしばらくが立って、軌道に乗り始めた頃、リードボーカルのカナタは喉が枯れていくのを隠していた。当時はみんなが必死で、分刻みのスケジュールにシュウトとタカは目に見えて不安定になっていった。慣れないバラエティーで話すことを求められ、ついに問いかけに答えなくなったシュウトのフォローと、他事務所のはずの美奈子からタカへの圧力。マネージャーよりも現場に来ていた美奈子はタカが調子が悪いとメンバーに罵声を浴びせ、それをタカが耳を塞いで震えながら聞いていた。ジンとカナタが2人を気にしながら自分の仕事をするというギリギリの状態だった中、タカが先に壊れた。 急いで病院に行くと、点滴を抜いて大暴れしていた。 「タカ、大丈夫!大丈夫だから」 タカを見たジンは荷物をその場に落としてすぐに駆け寄った。強く抱きしめて何度も何度も名前を呼んで、少し落ち着いたところでタカの意識が戻り、ジンを見るとわんわん泣きだしてタカがしがみつく様に抱きついた。 落ち着くまでそばにいて仕事に行く、という生活を続ける中、タカの病室で眠っていたカナタは廊下の話し声を聞いた。 「お願いします、早く新しいマネージャーを付けてください。僕たちはもうギリギリです。僕はいいのでせめてカナタとシュウトのフォローをお願いします。」 「現マネージャーの処分が決定しないと動かないんだ…ジン、耐えてくれ」 「僕らは人を幸せにする仕事です。この状態ではファンも悲しませてしまいます。カナタ…声が枯れてきています。タカのカバーまでして…明るく見せてるけど限界です」 全部わかってくれていたことが嬉しかったし、見えないところで社員に訴えてくれてるのもカッコいいと思った。しばらくして中に入ってきたジンはカナタを見てニコリと笑うと、もう少し寝てな、とおでこに手を置いた。ベッドで眠るタカを挟むようにして向かい側に座ったジンはカナタに静かに言った。 「カナタ、大丈夫。僕たちは越えられる。越えるんだ。一緒について来てくれる?」 真っ直ぐな目に、こくんと頷いた。ほっとしたように笑ったジンはタカの手を握りながらいった。 「ありがとう…。無理させてごめんね。カナタがいるから、僕は前を向いていられる。笑おう、辛い時こそ。僕らが2人の分まで笑っていよう」 この日から、お互いが頼り合う関係になった。 タカが退院し、その後も自殺未遂を繰り返していたりシュウトのバラエティーNGになったりしても、2人だけは笑って過ごした。やっと落ち着いて来た頃、いつの間にかカナタはジンの家で暮らすようになっていた。自然に一緒にいて落ち着くし、当たり前になった。周りもそれを認知して誰も質問してくることもなく、カナタ自身もなんの疑問もなかった。 ライブツアーが終わった日、テンションが上がっていた2人はすぐに家に戻り、強くハグをした。 「やりきった!ジンさん!俺ら越えられたね!」 「うん!よかった!本当によかった!」 「はぁー!こんな日がくるなんてな!長かったぁ!」 「カナタ!好きだよ。僕、カナタがそばにいたから頑張れた。落ち着いたら伝えようって思ってた。付き合ってください!」 綺麗な笑顔だった。ドキドキして、嬉しくて、感極まって泣いたのを覚えている。困ったように笑い、お返事はお預け?と頭を撫でてくれた。恥ずかしくて、顔を見れなくなって、それをジンに可愛いと言われ、また恥ずかしくなった。 きちんと返事しないままだったが、ジンは急かすことなく、カナタのペースでいいよ、と言ってくれた。安心できる今の生活から一歩踏み出そうとするときに、思い出すのはタカのことだった。まだたまに不安定になるタカ。タカが落ち着いたら、自分のことを考えようと後回しにした。ジンもそれを察したのか何も言わず待っていてくれた。タカが優一と付き合った頃もう一度聞かれた返事を軽く流して時間を稼いだ。 (ハマったらどうなるか、分からない。嫌われたくない。依存したくない。別れたくない。) 付き合う前からマイナスなことばかり考えるとだんだん自信がなくなって、現状維持を続けてしまった。 『カナタ、答えでてるじゃん』 「え?」 『ずっと、ジンが好きって言ってるよ。悔しいくらい』 勝てなかった、と悔しそうに言う岡田に、全部が繋がって急にドキドキと心臓がうるさくなった。ずっと、ジンが好きだった。ストンとやっと落ちた事実に、カナタは早く声が聞きたくて岡田にありがとうと言って電話を切った。急いでジンに電話をするも取らない。 (もう間に合わないかな…早く、伝えたい) 焦って、同じく舞台稽古の優一に連絡をすると、翔くんと飲みに行くみたい、と言われ固まった。好きだと認めてしまうと急に襲われる嫉妬の感情。タカが言った言葉が刺さって焦り、何度も何度も電話をかけた。 『もしもし?』 久しぶりに聞いた声にキュンとする胸を押さえる。どうやって話してたか忘れるほど緊張していた。 「あ…今日何時頃に帰る?話したい」 『今日は帰らない。僕のことなんか気にしなくていいよ』 さぁっと血の気が引いた。もう手遅れのようだった。帰らないということは翔と夜を過ごすことが分かって、バクバクと心臓がうるさかった。叫びたいほど不安でひたすら合鍵とケータイを握りしめた。それでも深夜には帰るかも、と思い電話をかけると出てもらえなかった。 次の日、ダンスレッスンで翔に聞こうと思っていたが、翔の様子を見て凍りついた。色気がダダ漏れでぼーっとしてたまに幸せそうに微笑むのに、昨晩のことを理解した。それでも信じたくなくて、翔を会議室に呼んで昨日のことを聞いただけで、翔は目に見えて動揺し、すみませんとひたすら謝られた。 泣いたのが恥ずかしくて、辛い時こそ笑う、とあの日約束したことを馬鹿みたいに実行し、会議室を飛び出した。ジンの部屋に向かい、自分の荷物を泣きながら袋に詰め、ジンのために作り置きしていた料理も手をつけられることなく、ゴミ箱に入れた。 (全部、遅かった。ずっとこのままいられると思ってた。なんて馬鹿なこと…) アイドルの中でもトップの翔に勝てる気がしなかった。可愛くて真っ直ぐて、分かりやすいほど素直。自分のように有耶無耶にしないで向き合ってくれる人でジンに相応しいと思った。 「いやだぁ…ジンさん、そばにいたいよ」 ずっと静まり帰った部屋でひたすら泣き続けた。 荷物は岡田にも手伝ってもらって自分の部屋に入れた。まだ荷物があるからと岡田に嘘をついて、いつまでも合鍵を持ち、ジンから催促があるまでお守りように持っていた。 ジン:もう荷物は片付けた?そろそろ稽古が忙しくなるから、鍵受け取りたいんだけど。 久しぶりのメッセージは死刑宣告のようだった。ついに、渡さなければいけない時がきた。 カナタ:片付けは終わってない」 ジン:今まで何してたの。時間あげたよね (もう、ダメだ) 「ごめん、片付け終わってます」 その後から返事が来なかった。怖くて、気持ちを伝えたくてメッセージにするか悩んだあと、電話をかけた。 『なに』 初めて聞く声音に、嫌われたことが分かって嗚咽が止まらない。やっと認めた気持ちを伝えたいのに、呼吸ができなくて切られてしまった。枕に顔を埋めて大声で泣いた。 (こんなに好きなのに、俺、本当のバカだ) 自分に腹が立って、悲しくて、嗚咽が苦しくて喉が痛くなる。 ガチャン 部屋の鍵が開く音がして、はっと振り向いた。部屋の鍵を持っているのはただ1人。 「鍵、返しにきた。」 やっと会えた愛しい人は恐ろしく冷たい顔だった。キーケースから外すのを見て抱きついてやめさせた。 「外さないでっ!!お願い!!」 「何」 「好き!!俺、っ!ジンさんが、好き!!」 「……。」 「ごめんなさいっ!怖かったんだっ!進むのが、怖くて、逃げてた…!ジンさんが、そばにいるのが、当たり前に、なってた!ごめんなさいっ!!」 「……」 「好きだよ、好きなの!誰にも取られたくないよっ!翔くんにも、ほかの人にも!俺だけ、見てほしいよ!」 何も言わないジンに不安になる。最後だとしたら全部伝えなきゃと、目が合わない目を必死に見つめる。 「ゆっくり、考えた、岡田さんに、話しながら、ちゃんと、向き合って、整理、した。俺が惚れたのは、あの病室での、笑顔で越えようと言ってくれた時。あと…ジンさんに告白された時、嬉しくて、ドキドキして、恥ずかしかった。でも、タカが落ち着くまでは、見守らなきゃって思ったんだ」 「うん」 やっと相槌をしてくれて、涙がこぼれた。 「でも落ち着いてきた頃に、なったら、怖くなった。別れたり、嫌われたりしたら、どうしようって。なら、進まなきゃいいんだ、って思った。そばにいたかったから、ずっとあのままでもいいって。」 「うん」 「でもっ!!そんなことよりも!ジンさんが、他の人のところにいくのはいやだぁあ!好きなの!ジンさんだけが好き!!」 こんなに泣いたことあるか、というぐらいに悲しみで溢れた。認めていない時は楽だったのに、他の人といると想像しただけでこんなにも苦しいのかと胸が痛んだ。 「バカだね」 「ぅっ、ぅう、っぅ」 「遅いよ、バカ」 ジンは安心したように優しく笑っていた。その顔が愛しくてたまらなくて、カナタからキスをすると、ジンも噛みつくようにキスに答えた。 「んっ、ふぅっ、んん、ジンさん、すきっ」 「はっ、カナタ、っ、っ」 「好きって、言ってよ、ジンさん」 「僕はずっと言ってたでしょ。僕はカナタしか見てないのに…好きだよカナタ。この日をずっと、ずっと待ってた…」 ジンの目からパタパタと涙が落ちる。綺麗で、好きで、抑えられない感情でぐちゃぐちゃになる。 「ジンさん、すきっ、すきっ」 好きと言い続けると、ジンの顔が真っ赤になって目を逸らした。覗き込むと目を合わせてくれたが、とても恥ずかしそうにしていて思わず笑う。 「ジンさん、可愛い〜!好きだよ?」 「〜〜〜!!」 「あはは!可愛い!ジンさん!こっちみて?」 チラリと見たジンにチュッとキスして笑うとジンの顔が変わった。 「待たせたくせに」 そう言うとさっきまで涙を吸っていたベッドに投げられ両手首を抑えられる。 「ジンさん?」 「岡田さんにも告白されたんだって?」 「あ、うん…。なんでそれを?」 「岡田さんから聞いた。抱こうとしたら逃げられたって。あと丁寧に振られたって。」 バツが悪くなって目を逸らすと、僕からも逃げないの、と聞かれ疑問符が浮かぶ。 「ジンさんならいいよ。逃げる理由がないもん」 そう言うと、ジンは手を離して顔を両手で覆った。耳まで真っ赤にして恥ずかしがっているようだ。 「ジンさん?」 「どうしよう…こんなだとは思わなかった」 「え?幻滅した?」 「どストライクすぎ…ここまでだとは…。恥ずかしがってイヤイヤすると思ってたのに」 「恥ずかしがる子が好きなの?」 不安になって聞くと、どんなタイプでもカナタが好き、と照れたように言い、ぎゅーと抱きつかれ安心感に抱き返すも、ジンの匂いじゃない匂いがして振り払った。 「っ!!いやだ!!」 「カナタ?」 「ジンさん誰かと会ってきたんだ…そんな日に近付きたくない!!!」 「…ごめん…」 認める謝罪にまた涙の膜が張ると、ごめん、ごめんとジンが慌て始めた。 「比べられたくない、いやだぁ、取られたくない、いやだぁ、翔に勝てないよ、可愛いし、カッコイイし、素直だし、若いし」 「ストップ。カナタが1番に決まってるでしょ!?…お風呂借りるね?」 慌てて風呂に行ったジンの着替えを泣きながら準備した。 「カナタ、こっちおいで」 「うん」 両手を広げるジンの胸に顔を埋め行きを深く吸うと安心して目を閉じる。 お風呂上がりのほかほかの身体と、シャンプーの香りにグリグリと頭を押し付ける。 「家…行ったら…荷物なくて、あぁ、本当に終わっちゃうんだって寂しすぎて、耐えられなくて、翔くんに連絡しちゃった」 「嫌だ…ジンさんが片付けろって言ったくせに」 「ごめん…本当にあの言葉が…ショックだっから…。岡田さんといい感じになってたのも気になってた時だったから…ごめんね」 泣きそうに笑うのに、どれだけ傷付けたかを知って、ごめんね、という気持ちを込めてキスをすると嬉しそうに笑ってくれた。 「んー!ジンさーん!大好きー!」 好きと分かってしまえば、伝えたくて仕方がない。ジンの頬や首にキスをしては顔を埋めて甘えた。 「カナタ、本当にやばいからそろそろやめて」 愛情表現をやめてと言われて泣きそうになってジンを見ると、茹で蛸みたいに真っ赤になっていた。 「予想外すぎて、どうしよう。こんなの耐えられないよ」 「ごめん…ジンさん、でも、やっと好きって気付いたら伝えたいんだ。」 「理性もたないよ。どれだけ待たされたと思ってんの」 困ったように、でも嬉しそうに文句を言うジンにまたキスして、いいよ、と言う。 「ジンさん、ジンさんとなら進みたい」 ジンは今日死んでもいい、と縁起でもないことを言い、愛しそうに見つめてくる。 「でも、今日は大切な日だから、久しぶりに一緒に寝よう」 しないことを提案され、胸が締め付けられるようだった。 (きっと、翔と寝たから) 毛布の中に潜り始めたジンから毛布を奪い、腿に乗り、ぎゅっと固くなったものを握る。 「ぅぅああっ!!」 「固くしてるくせに?そんな余裕あるんだ?」 「ないよ!カナタのためなのに」 「翔とはヤったからもう今日は無理なんだね」 思わず口を尖らせて言うと、焦った様子から顔が変わった。見たことない妖艶な顔。 (あ…どうしよう。) 目が離せなくなり動けない。愛しそうな顔して頬を撫でられるとビクッと体が跳ねた。 「んっ」 「カナタ?」 「ん?」 「翔くんに嫉妬してくれてるの?僕が取られないように?」 「そ、そうだよ!普通にそう思うでしょ?」 妖艶な顔のまま、髪を撫でられ、降りて、と言われ大人しくベッドに座る。 「カナタなら僕にハマってもいいよ。」 「え?どういうこと?」 「僕、ケータイよく変えるじゃない?」 「うん、変えすぎ。登録大変なんだから。」 すると突如ケータイをゴミ箱に入れ、カナタは驚いて拾った。 「な、何やってんの!?」 「僕に執着する人をやっと切れるなぁって」 「執着?」 「カナタ、もう戻れなくなるよ。僕を知ったら」 「へ?もう知ってるよ?」 なんだか色気を感じる表情に目が釘付けになる。ゆっくりと服を脱いでいくのにごくんと唾を飲んだ。 (見慣れてるはずなのに…何だろう…目が離せない) 上半身裸になった時にサッと目を逸らしてバクバクと心臓がうるさい。ベッドが軋んで近寄ってくるのが気配で分かってぎゅっと目を閉じる。 「カナタ…?」 「なに?」 「僕にハマって。」 耳に直接吹き込まれ、ゾクゾクと腰に響いた。ジンを見つめると焦燥感に襲われ、思わず早く触ってと小さな声が出た。 「…ッ!ジンさん、やっぱ、怖い」 トロトロにされ、何度も欲を吐き出してもなお、排泄する場所に入れるというのが想像できずに力の入らない手でジンの手を握る。お腹には吐き出したものでベタベタしはじめた。 「大丈夫。僕なら最初からイくぐらい気持ちよくできるから。」 自信満々にそう言って、バッグからケータイ用のローションを取り出したのを見て心が痛かった。結構減っているのが辛くて目を逸らした。 「ごめんって。ハマっていいのはカナタだけだから。」 苦笑いしながらローションを手に取って、ゆっくりと孔の周りをなでる。マッサージみたいで気持ちよく、大人しく身を任せているとツプンと入って違和感に眉間に皺を寄せた。 (うぅ…全然気持ちよくない…) 汗が止まらなくて早く抜いて欲しくて歯をくいしばって耐えた。 「アァッ!…?…え?」 とあるところを掠めると自分でも聞いたことのない声が上がって口を押さえた。 「ふふっ、まだ1本なのに見つけちゃった」 嬉しそうに言ういみが分からなくてぼーっと見つめると、中の指がグリンと回され一瞬真っ白になった。 「アアアッ!なに!これぇ!!やっ!なにこれぇ!ヘン!ヘンだよぉ!!」 「これ、ほらここ、前立腺。」 「アアアーーッ!やだッ!!ヤダァ!!」 勝手に腰が跳ねて恥ずかしいのに、気持ちよくて仕方ながない。ジンはいつのまにか指を増やし、どんどん広がっていく。 (知らない…っ、こんな気持ちイイとこ、あるなんて…) 「カナタ、ここに、僕のが入るとね、こことここが一気に擦られて、イっちゃうかもしれないよ。どうする?やってみる?」 まだスウェットに隠れたジンの下半身。早く見たくて息があがる。想像しただけでもズクンと気持ちよくなってジンを見つめる。 「はぁ…カナタ、可愛いよ。もう、僕我慢できない。セーブしなくていいよね?カナタはもう僕のものだから。」 「ジンさん、俺に全部ちょうだい」 「ちゃんと受け取ってよ?」 ドキッとする笑顔でゆっくり脱いでいき、大きな熱にヒッと息を飲む。 (む、無理だよ!あんなの凶器じゃんか!) そろそろとベッドの端に逃げると、いやらしい顔でニヤリと笑う。 「怖い?」 首を縦に振ると今度はクスクス笑った。 「たしかに初めてにはきついかも。でもカナタ、やっと僕ら1つになるんだよ。」 「ひとつ」 「なりたい?僕と1つに」 「なりたい。待たせてごめんね。愛してるよジンさん」 そう言うと嬉しそうに、子どもみたいに笑った。幼い笑顔にキュンとして可愛い、と言うと可愛いのはカナタでしょ、と腰を持ち上げられる。 「カナタ、愛してる」 「ん、俺も」 2人で笑い合ったあと、ジンの熱が狭い入り口を広げてメリメリと入り込んでカナタは圧迫感に涙を流して悲鳴をあげる。それさえもジンは幸せそうに笑って、奥に腰を進めた。 「はぁっ、はっ、は、」 「入ったよ、よく頑張りました」 「う…お腹、いっぱい」 「あはは!そんな可愛いこと言うの?…頑張ったご褒美に今度は気持ちよくしてあげる。意識飛ばさないでよ?初夜なんだから。」 ジンの前置きの意味が分からないまま、コクンと頷くといい子、と頭を撫でられ、ずりずりと熱が出て行く。 「んあっぁ、っ、ジン、さん、終わるの?」 「え?まさかでしょ。これからだよカナタ」 いっぱい鳴いて、と囁かれた瞬間目の前に星が飛んだ。 「ぁあああーーッ!?あぅ!?んっ!あんっ!やぁ!ヤバイっ!はぁっ!ン!」 どこが気持ちいいかも分からないまま攻められ、叫ぶことしかできない。 「アアア!!や!ジン!!さあん!!ッッ!!ッど、しよぉおお!ああぁああん!!ッダメダメ!ーーッアアアーーーーッ!!」 ビリビリと痺れて一気に脱力する。ビクビクと跳ねる体をそのままに目を閉じて必死に呼吸する。 (やばいってこれ!!こんなの、知らない) 「きゃぁああ!ッ!待って!待ってよぉ!ジンさん!止まってぇ!!ッああああああ!っあん、もぉお!気持ちぃ!気持ちいよぉ!」 余韻も待ってもらえず瞬時に高められて、壊れた蛇口みたいにプシャプシャと欲を吐き出すのも気持ちよくてひたすら目の前のジンにしがみついた。 「カナタ、っは、可愛いよ、っ、想像、以上に、ヤバイな」 「ぅあああ!!っはぁ!あああっ!また!出るよぉ!ジンさん、見てっ!出るぅ!」 「はぁ!はぁ!カナタ!カナタ!見てるよ、出して!出してごらん」 「ンッ!ああ!そこしたら!ッアアアーーッ!?…ぅ、っは、…あ、ん、ヤダやだ!すぐしないでぇ!!」 出しながらも止まってくれないジンに顔を真っ赤にしたまま訴えるも、ジンも飛んでるのが腰を振り続けている。 「はぁああん!!ジンさん!好き!好きだよ!!ヤバイ!またぁ、イっちゃう!どうしよ!イくの、イくっっ!!!ーーッアアア!!!」 「はぁっ、最高、こんな、気持ちいいの、カナタ、ヤバイよ、僕でも、もたないっ、」 「ああああーー!!!」 「ッくぅ!!……はぁ、はぁ、」 中にジンの熱がかけられて、幸せのまま意識が遠のいた。 「カナタ、見せつけるじゃねーか」 「え?」 爆睡していたジンを置いて先に仕事にいく。岡田の車の助手席に乗ってぼーっと窓の外を見ていると、岡田が髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。 「何だろな。抱かれた人って、昨日抱かれましたーって雰囲気で次の日登場するから目のやり場に困る。」 「そうかな…分かんないけど…」 「ほら、気怠げだし。本当は歩くのしんどいだろ」 「ん」 「カナタが迎え呼ぶなんて珍しいからな。で?ジンとは?」 「ん、仲直りできた。」 「うん、で?」 「彼氏になった」 岡田に言うのが申し訳なくなって小さな声になったが、岡田は嬉しそうに笑ってくれた。 「あーあ。伊藤さんに男同士なんかありえないとか、マネージャーは指導する立場とか言ってたのにな、俺」 「え!?ありえないって…そんなふうに見てたの、ショック」 カナタはもともと偏見がなく、恋愛自体あまり経験がないから岡田の見解に傷ついた。岡田は慌てて前はね、と付け足した。 「違う、カナタに惚れる前。タレントに手を出すなんてありえない、とかさ、正論ばっか言って…伊藤さん泣かして、長谷川さんにボコられた。今思えば本当余計なお世話だな。人には人の事情があるもんな。」 「そうだよね…。ちなみに、伊藤さんは誰と付き合ってるの?」 「そんなのレイに決まって…あ。」 「あ〜!いけないんだー!言っちゃダメなはずなのにー!」 悔しそうにする岡田に爆笑していると、つられて岡田も笑ってくれた。 ダンスレッスンがしんどくて、先生が来るまでレイと話していたが、先ほど聞いた情報を確認したくて仕方がない。 「レイ、聞いてもいい?今恋してる?」 「あ、はい!してます!」 「どんな人なの?」 「普段仕事バリバリなのに、2人になるとほわほわしてて可愛いし、嫉妬したらドSです。」 ニカっと笑って答えるのが幸せそうで嬉しくなる。 「伊藤さんそんな人なんだねー、意外」 「意外ですよね!可愛くて驚き…あれ?俺、言いましたっけ?」 「ううん?カマかけただけ!あはははは!」 そう言うと真っ赤になって、内緒です、と慌てたのが可愛いくて涙が止まらなかった。 「レイ可愛いなぁ!…じゃあ、俺も内緒話。俺の彼氏はジンさんだよ」 「え?そんなのみんな知ってますよー!ずるいー!!最新情報じゃないと納得しませんよ!?」 みんな知ってる、と言われきょとんとする。レイに付き合ったの昨日だよ、と言うとスタジオ中に驚きの声が響いて慌てて抑える。 「ちょっと!!大きい声出さないでよ!ルイが来ちゃう!」 「なになになにーーー!?レイどうした!?なになに!?気になるー!!」 ルイが隣のレイの胸にダイブして2人とも倒れこむのにケラケラ笑った。ふと、スタジオの隅にいる翔を見つけて目が合うも、申し訳なさそうに逸らされた。 (翔にも悪いことしたな…) 「翔〜!おつかれ!」 「カナタさん…俺、本当に…ごめんなさい」 「気にしないでよー!俺が悪いのに!」 「あの…、カナタさん、俺が言うのもなんですが、ジンさんを幸せにできるのはカナタさんだけなんです。どうか…幸せにしてください。」 真っ直ぐな目にやっぱりズキンと痛むけど、この素直さがやっぱり魅力だと抱きしめた。 「うん、ありがとう。…昨日、進んだよ。付き合うことになりました。」 ガバッと顔をあげると、本当に嬉しそうに驚いたように笑って、ボロボロ泣き始めて慌てた。良かった、良かった、と言いながら泣いてくれる翔に心配かけてごめんね、と泣き止むまでハグをした。 「カナタさん!俺今日めっちゃ頑張れそう!」 キラキラの笑顔で喜んでくれて、あまりの可愛さに頬にキスをすると、真っ赤になって余計可愛さが増した。羨ましがったルイがしつこく求めるのを無視して時間前に整列する。 時間にスタジオに入ってきたのは先生と、 「うわぁーーい!!リクさーん!!」 ルイが飛びかかっていったのを避けてスルーした。 78のマネージャーの相川リク。78以外がきょとんとする中、リクは先生が用意した椅子に座って足を組んだ。 「さ、お前らの動き見せて?」 異様な空気と、先生でさえも緊張しているのが分かる。 (なんだろ?) フォーメーションの確認で集まった時、楓に聞くと驚くべき回答があった。 「リクさんはダンスの日本代表です。ロスでずっとダンサーをやってましたがケガで引退したそうです。いつも形になるまでは一切見ないので、今日は試されています。思い切り行きましょう」 「え!緊張する!」 「大地、リラックス!緊張しても意味ないから。本番同様にやってみよ!」 翔の言葉に全員が頷き、持ち場についた。レイとカナタはマイクなしで地声で行った。 曲が終わると全員が息切れしてバテた。先生は録画を停止して緊張した様子でリクの言葉を待った。 「悪くはない。」 この一言でほっとするが、78の2人の顔が曇った。 「ただ、面白くもない。型にはまってる感じ。1番良かったのは翔。ついでカナタ、レイ。あとはクソ。」 ダンスチームが酷評を貰っていてあからさまにおちこんでいた。 「フォーメーションで翔がセンターなのに初めは納得いかなかったが、お前の判断通りだな。翔がパフォーマンスで引っ張っていってくれている。カナタとレイの本気と、歌ってるのにブレない動きが良かった。こいつら体力あるな、もっと伸びる。」 「「「ありがとうございます!!」」」 「楓、やる気ないならやめれば?」 何でもないように言うリクに周りが凍りつく。 楓は慣れてるのか動揺することなく答えた。 「あります。」 「嘘つくなよ。踊りにくそうにやってんのバレバレ。信用してないんだよお前は。ルイには慣れてるが大地と翔になれてない。呼吸があってない。なんでか分かるか?人に合わせようとするからだ。音に合わせろっていつも言ってんだろ。大地は緊張してリズムがはしってる、ルイはテンション上がりすぎて音を聞いてない、翔は音を完璧に聞いている。その中でみんなに合わせられるわけないだろ。」 的確な指摘に全員が息を飲んだ。 「翔、お前はやっぱすげーよ。客をイメージしてできてる。」 「ありがとうございます」 「楓?お前78のセンターだろ。ダンスボーカルチームなのに王道アイドルチームに負けるなんて俺が許すわけないの分かるよな?…ルイ、今は休め。悪化してる。」 「痛くないです!大丈夫です!」 「は?医者かお前は。見ててもお前の良さが出てない。やる意味ない。ストレッチでもしてろ。」 しゅん、と落ち込んでるのを見て気の毒になる。誰も気付かない異変を見抜いていた。 「大地?楽しんでやってくんない?お前みたいに、できるくせにメンタル弱いやつみたらイライラする。」 「…すみません」 「RINGで1番上手いって聞いてたけど…微妙。レイの方が上手くない?」 そう言ってフォーメーションのデータを見始めたリクに青木は慌ててできます!と叫んだ。 「本番でさ、このメンタルの弱さ出されたら困るの。楓にもルイにも悪影響。78にはメンタル弱いやつはいない。むしろやりたがりだ。前に出る気がないなら後ろに下がれ。」 「ダンスなら絶対に負けたくないです」 「そうじゃない。俺が1番だ、俺を見ろってこいつらは本当に思ってる。振り付けを間違えないことが上手いんじゃない。相手に届かなきゃ意味がない。カナタ、歌もそうだろ」 「はい、そうだと思います。」 「届かせようとしなきゃ届かない。今、それをしたのは翔、カナタ、レイだけ。あとは不安がってる。」 楓はありがとうございます、と頭を下げ、それを見てルイと青木も慌てて頭を下げた。10分の休憩時間後に再開となり、それぞれが集中して動きの確認をした。 「カナタ、大丈夫か?疲れたまってる?」 リクは一人一人に声をかけて状態を確認した。大丈夫です、と答えると耳元で爆弾を落とされた。 「イイ顔してんね、エロ」 顔が真っ赤になるのを笑われ恥ずかしかった。リクは翔のもとに行くと、そうとう期待しているのか、笑顔でもっとこうするとイイ、とアドバイスをして、翔も嬉しそうだった。続いて楓のところに行くと表情が変わった。 「やっぱり面白くねーな。もっと遊べないの。あの音は見せ場だろ?1.2.3.」 一緒に動いたリクの動きに全員が目を奪われた。 (全然っ違う。すごい!) ルイは嬉しそうに見ながらストレッチをして、青木は目を輝かせた。 「そそそ、いいね。これでやってみ。はい、次大地ー。お前はね、マジでダンス以前の問題だから。ダンスバトル出て鍛える?お前みたいなやつは1回戦敗退よ」 「う…すみません」 「レイ、大地いつもこんな?」 「あー…今日はいい方です」 するとペシンと頭を叩かれ、ほっぺを引っ張られている。 「痛ぁあああ!」 「緊張すんのは自信がないから。なら、だれよりも努力しろ。楽しめる余裕があるくらいにな。俺がお前の図体持ってたら今頃アメリカに行ってる。日本の中の、大手とはいえ、ただの事務所の、この雰囲気だけで緊張してるなんて気が小さいにも程がある。見てる人まで緊張させるなんてもってのほか。」 「すみません」 「助太郎〜音もらえる?バトル用のやつ。」 リクが先生に言うと、助太郎じゃない、大輔です、と悪態をつきながら音を出した。 「じゃーお手本な、楓と俺でやってみます。楓、手加減しろよ?」 音に合わせて急遽始まったダンスバトル。ルイのテンションはマックスになり、入りたそうにしている。楓も楽しそうに踊るのをカナタ達は口を開けてみていた。 大技を決める楓に笑ってステップ中心のリク。挑発しながらも細かく音を取り、何より自信満々だ。オーラが違って、最後の音で前触れもなく大技を決め、思わず全員から歓声が上がった。 「翔、いってみ?楓をつぶせ。お前がセンターだろ?」 そう言われ、翔はニヤリと笑って出ていった。スキルはないはずなのに音に合わせるのが上手い。同じく、自信満々さがバトルでは圧倒的に差があるように見えた。 「次、大地。翔からセンターを取りな。お前の隠してるスキルを全部出せ」 隠してる、と言われたことでダンスができることは見抜いていたようで、言われた青木の雰囲気に一気に自信が見えた。翔も驚いて目を見開いたことで、青木はさらに押して大きな身体に動きも迫力があった。 「しゅーりょー!はい!今回は勝ち負けはないけど、ギャラリーはどうだった?」 リクにふられてカナタは慌てて答えた。 「えっと、まず自信でこんなに違うのかと、そして青木のダンスの迫力が驚きでした!あと、リクさんマジカッコイイ!」 「当たり前だろ、誰だと思ってんの。大地、分かった?お前は図体がでかいんだから迫力を見せられる。思いっきり動け。」 「はい!」 二回目に見せる際、リクは足首にテーピングを巻き始めた。腫れたような足に無理をしたかもしれない、と少し心配した。 音が流れると集中力が高まり、本番ぐらい全力でやって全員が座り込んだ。リクの言葉を緊張して待つ。 「やっと形になってきたな」 そういうと楓とルイは笑ってハイタッチした。78でもこうして評価があるようだった。 レッスンが終わると、楓とルイが急いでリクの両脇を固め、ゆっくりと歩いて出ていった。 「リクさんカッコイイ…」 「ヤバイな、マジカッコイイ」 青木と翔は口を開けてそれを見送り、双子みたいなリアクションに可愛いなぁと眺めていた。 レッスンを終えたカナタはシャワールームで軽くシャワーをして睡魔に襲われる。新曲の録音スタジオに入ってメンバーが揃うまでソファーに横になった。 〜〜♪ キレイな声が聞こえて目を覚ますとタカとジンがハモりを練習していた。シュウトはその2人を見て、自分の高いハモりのメロディーを付けていた。 「ん…ごめん、みんな来てたんだね。」 「カナタさん、寝てて。腰痛いでしょ?」 「え?何で?」 シュウトにふわりと微笑まれ、起き上がろうとしたのをゆっくり倒される。 「カナタさん、やっと認めたんだって?おっそ。」 「遅いよね、僕偉くない?」 「やー、ジンさん神様だよ。俺ならここまで待てない。」 「ジンさんが待ちすぎるからカナタさんものんびりしちゃったんだよね?」 きょとんとしてると、タカとシュウトにおめでとう、と言われサッと顔が熱くなった。 「ジンさんの凶器だからな〜カナタさん壊れたんじゃないかって話してたんだよ。そしたらシュウト冗談通じないから心配してカナタさんのそばから離れないよ」 タカはクスクスと笑い、ジンは苦笑い。シュウトはジンからカナタを守るようにそばにいた。カナタが思わず笑うと、全員笑い返してくれた。安心した笑顔、祝福する笑顔、そして、愛しそうな笑顔。 「はぁ〜!俺、幸せ」 「カナタさんもジンさんも、やっと笑顔になったね」 「全く、心配させんなよ。辛気臭い顔はパパとママには似合わないよ」 カナタはよし、と顔を叩いて起き上がり、ゆっくり伸びをした。 「さぁー、歌いますか!」 その言葉に全員が笑顔で頷いた。

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