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第66話 牽制

「柚子って誰。お前の何。」 稽古から帰ってくると今までにはない不機嫌な恋人。不思議に思って隣に座ると強く抱きしめられ、何かあったことが分かる。 「ゆず?」 「ギターの…」 「へっ?柚子!?あー!もしかしてデビューしてたんだ?関西弁の?」 「そう。」 高校時代に対バンしていたバンドのデビューに嬉しくなるも、タカはなぜかピリピリしている。 (柚子の態度が気に入らなかったのかな) ライブのチケットを見せられて喜ぶも、それさえもイライラしているようだった。 「タカさんもきっと好きになるよ!あのバントは柚子のギターとハイトーンボイスがいいんだよ!ベースの人も歌上手いし!デビューできたってことは、ドラムの人が上手くなったのかな?たまにテンポズレて、お客さんの前で柚子に怒られてた」 柚子を嫌わないようにと話せば話すほど逆効果で、優一が舞台の話に話題を変えると、いつものタカに戻り、頑張ったことを褒めてもらえた。 新曲準備に忙しいタカにおやすみと挨拶して自分の部屋に戻る。 (元気かな…柚子もみんなも) 初めて出会ったのは高2の夏休み。ライブハウスの企画で高校生バンドが集められた。その時の印象はドギツイ関西弁の女の子ってくらい。ドラムのテンポがズレることに激怒していた。 「リズムキープもできんドラムがどこにおんねん!!あんたふざけんと真剣にしいや!」 「柚子、智和さんは元々ギターなんだから…」 「だから何やねん!うちに負けたやつは大人しくほかの楽器したらええやろ!」 自分で切った斜めの前髪が似合っていて、個性的な雰囲気だった。智和は動じることなく難しい〜とニコニコしていた。ベースのヒロは間を取り持ついいお兄さん的存在だった。 「ええか?うちが入ったバンドが1番やって見せつけるで。」 自信満々の柚子は他のバンドの中でも目立っていて他と絡む気は一切なかった。逆に他のメンバーに同情する空気で、智和やヒロの交友関係は広がっていて、優一達も2人と知り合いだった。 「橘くん、マジで柚子に殺されるからドラム教えて?」 「もちろんだよ!柚子のあのヒステリーに耐えられるなんてすごいね」 呆れたように橘は練習に付き合ってあげていた。 ライブが始まると誠と優一、橘のバンドはそこそこ人気が出てきていてかなり盛り上がった。出番が終わって撤収しようと言いながら裏から出ると、柚子が鋭い目つきで仁王立ちして待っていて、三人はゲッと固まった。 「おい!頭緑のちっこいの!」 当時アッシュ系の髪色だった優一は、絡まれたとため息を吐く。なぁに、とギターケースを背負い直して言うと、ズンズンと近寄ってきた。 「うちと付き合って!」 「え?どこまで?」 「エッチまで」 「はっ!!!??」 惚れてしもてん、と顔を真っ赤にして上目遣いで必死に伝えてくるのに固まる。当時誠しか眼中になかった優一はその告白に応えられなかった。 「え、あ、そーゆー…こと。んーと、ごめんなさい、好きな人、いるから。」 「嫌や。」 「え?」 「うちは、ユウやないと嫌や。」 たぶん、他の人が聞いたら嬉しい言葉も、優一は困ってしまった。誠がギャップ最高!可愛いじゃん、付き合ってみたら、という言葉にも傷ついてさらに黙った。 「うちよりギターも歌も上手い人に初めて会うた。ほんまにカッコイイ。なぁ?うちのこと何も知らんと振るん?」 「だから、俺、好きな人がいるの。」 「ま、今はええわ。考えといてな」 そう言って頬にキスして帰っていった。誠や橘に冷やかされることも複雑だった。 (まこちゃん、本当に俺のこと何ともないんだ) 柚子のようなストレートな告白ができることも羨ましかった。その日から柚子の猛アピールが始まり、他のバンドも面白がって囃し立てはじめた。 「ユウ〜一回ヤってあげたら落ち着くんじゃねーの?あいつよく見たら可愛い顔してんじゃん」 「そうそう!何より巨乳な!華奢なのにな!」 ギャハハと笑うのに愛想笑いして誠を見るも、一緒に楽しそうに笑っていた。また柚子に呼ばれ、裏口に行く。 「なぁ?何がダメなん?」 「柚子、毎回、ずーっと言ってるよ。好きな人がいるって」 「どんな人?」 「んー…優しいよ。」 誠が好きすぎて辛い時期だったのもあって、少し話しすぎた気はしていた。思わず白状してしまった時、柚子は馬鹿にすることなく、真剣に聞いてくれて、そうなんや、と手を握ってくれた。だが、次の日、とんでもないことが起こった。 「柚子、彼氏できたらしいなぁ!」 学校の軽音部の他のバンドから、やっと解放されるな、と言われ、諦めてくれたんだとホッとしたところ、こいつは恐ろしいことを言った。 「しっかし、マコはモノ好きだよなぁ!ユウの隣で本当は柚子に惚れてたなんて。」 「へっ?」 「昨日、マコが告ったらしいよ。お前と柚子が話した後、柚子はすぐマコ呼んでさ。見事な乗り換えだよなぁ。マコ惚れっぽいしな。」 優一は頭が真っ白になっていた。昨日、胸の苦しさを打ち明けた相手と、好きな人がくっついた。きちんと、男女の関係。 耐えられなくて、誠にも橘にも何も言わずに帰って家で号泣した。 誠と付き合った柚子だが、誠にめちゃくちゃ冷たく、柚子が会いたい時だけ会い、柚子のために学校を休んだりした日もあり、誠は振り回されていた。目に見えて疲れていたが、どうでも良かった。自分で選んだんだから、と放置して干渉しなかった。結局、1ヶ月もしないうちに、やっぱりユウがいい、とフラれたと誠に打ち明けられたが、それ以来そのバンドと一緒になることはなかった。 ライブの当日、やっぱりピリピリしているタカにビビりながらも誠と大河を乗せ、会場に向かう。大きな会場に頑張っていることを知って嬉しくなった。 曲が始まると、智和のドラムが上手くなっていて驚いた。ドラムらしい魅せ方も面白い。ベースの安定感は変わらず、そして柚子の歌唱力が一気にあがっていた。 (なんか、大河さんに似てる) 誠のタイプなのかな、とクスクス笑った。 曲はそれぞれが作れるから、あぁこの歌はヒロが、とか曲調が分かる。 (ん?) アンコール曲でベースとドラムが慌てた様子が見えた。柚子がセットリストを変えたのか、ギターの難易度が高い曲に柚子の曲だと分かった。 (え…何やってんの柚子) 不倫の歌に驚いて裏に行こうと動くと、タカに腕を掴まれる。お前が行く必要はあるのか、と聞かれたが何故だか行かなきゃと必死だった。 (柚子は助けを求めてる。これを歌うってことは今辛いはず) スタッフに裏に通してもらい、廊下で柚子を待っていると、疲れたような気怠い姿でやってきた。 「柚子!」 「っ!?ユウ!!ユウ!ほんまに来てくれたん?嬉しい〜!!男前やぁ〜」 嬉しそうに抱きついてくるのを受け止める。 「柚子、最後の歌、心配で…。みんなより先に来た。大丈夫?」 「やっぱりな。」 「え?」 「ユウが来てたら、ユウが聞いていたら、飛んできてくれると思ててん。…ユウ、うちの彼氏…な、今家族旅行やねんて。ライブなんか来てくれへん。家族写真とか送られてくるんやで、ないわー。」 「柚子、自分を大切にしなきゃだよ?」 「ユウやないとうちおかしなるわ」 そう呟いたかと思うと、壁に押し付けられ、思いっきりキスされる。抵抗しようと腕を動かすと、手を取られ、柔らかな感触には驚いて手を引くも更に押し付けられる。 気がついて柚子を見ると、柚子の腕を掴んだタカが今にも泣きそうな顔をして見ていた。 (あ…タカさん…) ブチ切れて去っていくタカを急いで追いかける。 腕を掴むと激しく振り払われた後、肩を強く握られる。 「なぁ?お前、わざとか?」 「へ?」 「俺の反応試してんの?彼氏と来てるのによく他の人とキスできるな。しかも、お前のことを好きって言ってるヤツと。先に行ったのはそーゆことか?」 「違う!柚子の歌が心配で…」 「お前も柚子も互いのことばっかりだな。聞いててイライラする。」 「待ってよ、タカさん、ごめんなさい」 「ついてくんな。早く戻れ」 冷たく言われ、トボトボと戻る。ざわざわしたまま、とにかく柚子の心配をしていくと柚子がまた好きな人は誰なのかを聞いてきた。あの日の悲しみを思い出して苦しくなった。 (もう好きな人を取られたくない) 絶対言わないと言うと、柚子は傷つけた自覚があったのか、ごめんと謝ってきたが、言うたびに大河の表情が変わっていき、ついには大河も先に戻ってしまった。 「なんやねん、あの2人。愛想がないな。」 「柚子、もう昔話はいいから…とにかく芸能人になったんだから気をつけないと。」 「はーい。ユウもマコもなんか男前なって…アイドルなんやろ?すごいわ。」 「ありがとう」 「で?2人は付き合ってんの?」 柚子に聞かれ、2人は固まった。誠が付き合ってないよ、と言うと安心したように柚子が笑って頑張ると言った。 「柚子?…あの、自意識過剰かもしれないけど、俺、今付き合ってる人いるから、柚子にはこたえられないよ」 「幸せなん?」 「うん、すごく。」 ニコリと笑うと見せつけんなや、と怒った様子で楽屋に入っていった。 「まこちゃん、タカさん怒らせちゃった。」 「俺も、大河さん先に行っちゃった。急ごう!」 走って車に戻ると見えた光景に崩れ落ちそうだった。 (嘘でしょ?なんで…) タカと大河のキスに優一は2人がお似合いに見えた。呼吸が止まりそうで固まっていると誠がイライラを隠さないままドンドンと窓を叩くとやっと唇が離れた。黙って助手席を降りる大河に緊張しながら大人しく助手席に座る。自分の席はここでいいのか、とタカを怒らせた手前不安のままシートベルトを締めた。大河からの話でどれだけ傷つけたかを知って涙が止まらない。タカがハグしてくれたのに安心して素直に謝った。お互い過去に不安があって、それを越えて今がある。 タカの機嫌が戻って、美味しいカルボナーラを食べた後ゆっくりと休んでると、やっぱりタカが気になって作業部屋に行く。 「ん?優一どうした?」 「タカさん、今日本当にごめんなさい。柚子の話ばっかりだったのも、不安にさせちゃった。」 「ううん、ごめんな俺も…。女の子には、勝てないなって。あんなストレートなら鈍感のお前もさすがに気付くし…。」 タカは机に伏せてしまった。やっぱりまだ心配なのが分かった。 「あと、お前、青木の前はまこちゃんが好きだったんだって?大河が言ってた…。めちゃくちゃ不安がってたぞ。2人の間には入れないって。」 「……。」 「俺はまこちゃんは気にしてないけどな。大河以外興味ないの分かるから。けど、お前は押しに弱いからな」 「…信用してよぉ。ごめんなさい…。俺だって、タカさんがまだ大河さんのことイイって思ってないか不安だもん!キスしてたじゃん!」 「なんで分かんねぇの?大河見てたら分かるだろ。そして俺見て分かんないの?」 「分からない。」 タカはため息を吐いて激しく唇を奪った。足がガクガクしてきた優一の腰を支えると、優一はポツリと言い出した。 「タカさん、証明して。大河さんより俺がイイって」 「おいおい、さすがにいる前ではしないぞ。」 「たぶんまこちゃん達もヤってるよ。まこちゃんが我慢できるわけないもん。」 「へー?じゃあヤってたら抱いてやるよ」 2人で賭けをして作業部屋を出るとお楽しみ中の2人に、優一はほらね、と笑ってみせた。タカは困ったように笑って仕方ないな、とソファーに座った。 大河のエロい姿に釘付けになって、ゾクゾクしてきた優一は大河のイくところが見たくて急かす。自分は見たいけど、タカには見せたくないという複雑な気持ちになる。釘付けのまま、タカからの刺激にも耐える。大河がイったのを見て興奮して呼吸が荒くなるのをタカが苛立って強く攻める。快感に浸かっていると向きを変えられ、大河と目が合うと、びっくりして我に帰る。大河からキスをされて気持ちよくて激しく絡ませる。 (気持ちいい…もっと…) だんだん緩慢になるのに足りなくて、大河におねだりするも、追い詰められている大河の後ろでギラついた誠がいてゾクゾクした。タカにまたひっくり返され、目の前の愛しい人の肩に捕まり奥の奥を抉られる。 (タカさん…タカさんが好きっ…) 言葉にならない想いを伝えきれずぎゅっと中を締め付けるとタカの声が聞こえて、優一は目を閉じた。 起きると誰もいなくて寂しくなった。ゆっくり風呂に浸かってぼーっとして柚子の歌を歌うも、あのパワフルさは出なくて湯船にぷくぷくと掻き消された。 「優一〜?風呂か?」 「お風呂だよ〜」 タカが帰ってきたのが嬉しくて、元気よくこたえると、服を脱いだタカが入ってきた。 「お邪魔しまーす。」 「はーい」 ぎゅっと後ろから抱きしめられてほっとする。 「みんなは?」 「送って行ったよ。大河はまこちゃんのひざで爆睡。あいつ猫みたいだよな。」 「俺は?」 「お前はポメラニアン」 「犬じゃん」 よしよーし、と撫でられて悪い気はしない。 「はぁ…なんでお前こんな可愛いの。男も女も敵が多すぎる」 「それはタカさんもでしょ」 「…俺、男のライバルいないじゃん」 「大河さん」 まだ言ってんの?と肩に吸いつかれる。 「俺は大河よりお前に夢中だったよ。お前は大河に釘付けだったけどな。」 「そんなこと…」 「大河でも浮気は浮気だからな。忘れるなよ。お前が浮気したら抱き潰してここから出さないから。」 (それもいいな…) 上を向いてタカのキスをねだり、ゆっくりと合わせる。 「優一、愛してる。」 愛しいものを見る目に安心する。俺もと囁いて、また身体を重ねた。 「ユウと住んではるって本当ですか?」 新番組の打ち合わせでタカは柚子に呼び止められた。誰から聞いたのか、事務所でも知っている人は少ないはずだ。 「…そうだが?」 柚子はギリッと目つきが鋭くなったのを冷めた感情で見下ろす。 「どういう関係ですか?この間めっちゃキレてはりましたしたけど。」 「アイツは俺のだ。手ぇ出すな」 「え?」 「残念だな、他当たれ」 リアクションを見ることなく、エレベーターホールに行くと、走って追いかけてきた。 ここまで必死なら優一への想いが真剣と受け取った。 「何であなたみたいな天才がユウなんですか?」 「天才じゃねーよ」 「あなたになんか勝てっこない」 「うん。だから諦めろ。」 「でも、うちは、ユウじゃなきゃダメなんです!ずっとユウだけを想っていきてます。」 「相手に伝わってないなら意味がない。俺だってアイツがいなきゃ生きてけない。お互いにな。」 泣きそうな顔になって、縋り付いてくるのをため息を吐いて振り払う。真剣であればあるほど、タカにとっては敵でしかなかった。 「やっとユウに追いついたんです。それなのに、こんなのあんまりや!」 「知るか。とにかく俺のに手を出すな。」 「嫌や!」 ドン !! 「っ!」 「いい加減にしろ。そこまで言うなら男も女も関係ない。俺のに手を出せば許さない。すぐにでもこの業界から消してやる。言葉や態度には気をつけろよ。」 「…っ」 「分かったか?」 コクコクと激しく頷くのを確認して、優しく頭を撫でた。 「いい仕事仲間でいましょう。お疲れ様でした。」 微笑むと怯えたようにコクコクと頷き、ぺこりと頭を下げて走っていった。 後日、柚子のマネージャーから、あまりいじめないでくださいと言われ、笑顔ですみませんと頭を下げた。柚子はタカにビビって号泣し、行きたくないと仕事を拒否しているらしかった。次の打ち合わせではあずきがピッタリとよりそい、柚子はあずきにしがみついてタカから隠れていた。だいぶ大人しくなったことに他のメンバーが驚いていた。 (あれ、やりすぎたかな?) 優一のことになると余裕もなくなり、制御もできないことに苦笑いした。

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