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第67話 ラストステージ
サナ:こんにちは!楓さん、よかったらお話できませんか?
4日前に送ったメッセージにまだ既読も付かずにため息を吐く。今日は夏のコンサートに向けたリハーサルで、バンド演奏のもと、優一の作った曲とタカの作った曲を披露する予定だ。楽しみである反面、作曲者が近くにいることで緊張もある。少しでも頑張りたいと楓に送るも、オーデション以来会うこともなく、会う理由も作れずモヤモヤしていた。
楓は新プロジェクトと同時にダンスバトルに出るとも言っていたが、日程を聞く前に途切れてしまい、応援にも行けない。
「何度もため息つかないで頂戴!疲れてるのはあなただけじゃないのよ!?わかってる!?」
「す、すみません」
マネージャーの三輪に怒られ、さらに凹んでしまう。自己肯定感がどんどん下がり、最近は不安でいっぱいだった。
(ユウさん、私デビュー早かったんじゃないですか…?)
絶対聞けないことを心の中で思って、ため息が出そうなのを慌てて飲み込んだ。
「こんにちは!よろしくお願いします!!」
気合いをいれて頭を下げて挨拶をすると、三輪は外向けの顔になった。スタッフが大勢いる中、タカを見た瞬間、まるで別人になる。
「タカ、うちのサナをよろしくね?」
「あーはいはい。お前は寄ってくんな、気色悪い。終わるまで入ってくるな」
冷たくあしらわれても三輪がご機嫌でほっとする。サナは三輪に八つ当たりをされ、機嫌がいいとほっとしていた。ブルーウェーブのマネージャーに無理矢理出された三輪はドアから覗いていた。
(私の歌が、楓さんに届きますように)
スタンバイが出来て、タカを見る。頷いた後演奏が始まり全ての感情を吐き出した。
(はぁーストレス発散!)
「サーナ!めっちゃ良かった!表現力上がったね!!」
優一がぴょんぴょん跳ねて喜んでくれて、とても嬉しくて久しぶりに笑った。マツリに怯えていたあの時の優一はどこにもいなくてほっとした。バンドメンバー全員がいいと言ってくれて、改めて歌が好きだと分かった。
「バンド、カッコイイです!すっごい歌いやすいです!」
本心からそういうと、全員が笑ってくれた。
楓:ごめんな、今余裕ない。
リハーサルが終わってケータイを開くと返信に喜ぶも、内容に落ち込んだ。
(そうだよね、忙しいもんね。私ってば空気読めない)
サナ:忙しい時にすみません!ご返信嬉しかったです。
そう返すと、電話がかかってきて、わたわたして電話に出た。
「おおおっ、お、お疲れさまです!」
『やば!はははっ、何その焦りようは。電話ダメだった?』
「そんな!嬉しいです!」
『そっか。……なら良かった。』
「楓さん?」
『ん?』
いつもは用件だけ言って一方的に電話を切る楓が、特に用もなさそうだった。サナは自分が話したいとメッセージしたことを思い出し、慌てて何か話さないと、と考えていると楓の声が響く。
『サナちゃん、元気でる言葉言って』
何かあったのか、というほどの声音に、言葉が浮かばずに、先ほどリハーサルをしたタカが作った曲を歌った。励ますような、自分と闘うようなそんな歌詞が合うと思ったのだ。口下手で、すぐ焦ってしまうが、歌でなら伝えられると思い心を込めて歌った。
『サナちゃん…歌うっま!』
「えへへ、ありがとうございます!あの、元気になりましたか?」
『まぁまぁかな。…よっし!じゃあ戻るわ!ありがとうな』
「あ!待ってください!ダンスバトル、いつですか?」
『来週の日曜、13時から。じゃ』
プツンと切れた電話に場所を聞くのを忘れて頭を叩いた。
「んー?どうした可愛い子ちゃん。三輪ババアのクレーム?」
三輪いない時間を見計らい、事務所のマネージャーデスクに行った。お目当ての78のマネージャーの相川リクを見つけぺこりと頭を下げるとニコリと笑い近づいて来てくれた。
「あの、ダンスバトルがあるって聞いて…」
「うん、あるよー。駅前近くのホールで。どうした?」
「あ、えっと、見るのが好きなので見たいなぁと思って。」
「おお!ジャンル別かと思った!意外だな!見に来てよ〜うちのメンバーも可愛い子ちゃんいたら喜ぶさ!ちなみに誰から聞いたの?」
「楓さんから聞きました!」
「へー?…あー、そう〜!ふふっ!」
「どうかしましたか?」
「ううん?ありがとうな?楓も頑張れるはずだし!応援よろしくな!」
急にニヤニヤしたリクに頭を下げてお礼を言い、スケジュールを確認すると今のところは何も入っていない。
(楽しみだなっ!)
楽しみが出来て仕事も頑張ろう、と気合いを入れた。
「リク、サナちゃんどうしたって?ここまで来るの珍しい」
「楓にゾッコンよ〜!青春〜!やばぁい!テンションあがるしかねぇわ!」
「へー?苦手なジャンルそうなのに。あんなワンピース着てる子と楓って…悪く無いな」
愁も想像してはニヤニヤし始め2人で爆笑しながらハイタッチした。
「こりゃ勝たせてやらねーと。ダサいところは見せらんねぇ!」
一段とやる気が出たリクは78の練習中のスタジオに向かった。
「あれ…?ルイ?どうした?」
スタジオ近くのベンチで座ってるのはルイ。イヤホンを外して勢いよく立ち上がって頭を下げてきた。
「楓の協力?」
「んーん。」
いつも余計なことまで勢いよく話すルイが何かをはぐらかしている。
「じゃあ何してんの。今日リハビリは行った?」
「ごめんなさい…」
「はぁ…。調子悪かったら出さねーよ?」
「嫌だ!大丈夫だもん!」
駄々をこねるのがいつも通りで安心してベンチに腰掛けると、ルイも隣に座った。
「ルイ、頼むから大切にしてくれ。」
「分かってるよぉ」
「怖いんだろ、診断が。」
最近のルイは腰を庇ってばかりいる。いつもうるさいぐらいに騒ぐが、ここ最近のルイは空元気だ。
「リクさん、ダンスバトルは、このままで出たい。終わったらちゃんと病院行くから…」
「ダメだって言ってんだろ。明日予約する。」
「やだよ!!俺にもペースがある!!リクさんのやり方を押し付けないで!!」
「……。それでも、俺は引くわけにはいかない。お前に嫌われようが、憎まれようが、お前の身体を労わるのが俺の仕事なの。」
「メンタル面も大事じゃないの!?」
「ケガが治れば気持ちも安定する。とりあえず明日…」
「絶対!絶対絶対行かない!!!行かないよ!」
聞きたくないと耳を塞いで目までぎゅっと閉じている。うずくまったルイの背中を撫でていると、好きな人がいる、と小さな声で話し始めた。
「かっこいいところ、見せたいよ…。もし、出ちゃダメって言われたら、同情されちゃう。いつもの明るい俺でいたいのに、たぶん、その時は俺、暗くなっちゃう。」
「それは仕方ないことだろ。アピールの機会はそれしかないのか?」
「誘ったから。見にきてって。」
下を向き、キャップを深く被ったルイは握った手に爪を立て、歯を食いしばっていた。
ガチャ
「楓さーん、お疲れさまでしたー!」
「お疲れさまでしたー!」
元気な若い声ではっと顔をあげ、一気に顔色が良くなり、いつもの笑顔よりも柔らかな表情になった。
「あー!ルイさんまたいるー!そろそろ楓さんに怒られますよー?」
「ニシシ!マリン今日間違えてだろー?俺っち目撃したよー!」
「いやあー!覗きー!」
「ルイさん、ヒマなんですか?」
「レナちゃん、そんなこと言っちゃ傷つくー!」
出てきたのはブラックパールのメンバーだった。静かに見ていたリクは、ルイの様子を見て苦笑いした。
(子どもか!)
マリンを見て蕩けそうな笑顔でデレデレしているルイに呆れて観察していた。あとで電話すると言い、大きく手を振って見送っていた。
「おーい、デビュー前だぞ。手出すなよ」
「…出さないよ!」
「だいぶ年下じゃない?」
「いいじゃん、別に」
「いいけどさあ…。まだ未成年だから時間かけろよ。」
「分かってるって!」
「分かってねぇだろうが!!!」
病院にも行きたくないほど、盲目になっている中で、理性が持つとは思えない。流石に強めに釘をさすと、ビクッと跳ねて、目が潤んだ。
「分かってるよ…怒んないでよ…」
「じゃあ証明しろ。明日病院に行く。まずはそこからだ。それをせずマリンのためにと言うならお前らを一生くっつけない。とことん権力で邪魔する。」
「なんで!」
「当たり前だろ?俺はお前の友達じゃない、マネージャーだ。リスクがあるものを推奨するわけねぇだろーが。アイドルの恋愛、デビュー前、未成年。タブーすぎんだろ。マリンはデビューがかかってる、だから楓も、本人達も必死に努力してる。お前が邪魔すんな。スキャンダルでも起きてみろ、他の3人もデビューは白紙だ。」
初めてハッとしたようなルイに、ほらな、と言うと下を向いた。
「諦めろ、とは言わない。マリンが無事にデビューして、落ち着いた頃でもいいだろ?好きなら相手の状況を見てあげるべきだ。」
ルイはもう何も言わず、ずっと下を見ていた。楓も出てきてフォーメーションの話になり、そこからルイを放置して明け方まで振り付けのチェックをした。
「クッソ!あいつ電話とらねーし!」
眠さもあってイライラするのを龍之介や楓、潤がソワソワしている。あの後いつの間にか居なくなっていたルイに帰ったと思っていたが、家にもいないし連絡も取れない。 病院の予約時間はメッセージを送っていたが、返事が来ないまま時間は過ぎてしまった。練習時間にも現れなかったルイにダンスバトルのエントリーを補欠に回し、とりあえずリクは自分の名前を書いといた。
「はぁ!クソガキが!」
マネージャーデスクに行き、眠さがピークになる。もしかして、と思い雪乃からマリンに電話をかけてもらった。
「え?ルイ君と一緒?何処にいるの?」
雪乃が驚いた声が響き、リクは頭を抱えた。すぐに2人とも事務所に呼び出し、雪乃、リク、楓、社長が会議室に揃った。
「っ!あ、皆さんお疲れ様です。」
「マリン、座りなさい」
はい、と怯えた様子のマリンと、不貞腐れたルイ。社長が関係を問いただすとマリンは慌てて付き合っていません、と答え、ルイは下を向いた。
「ルイ、今日病院も、レッスンも、すっぽかしたらようだな。どういうつもりだ?」
「……。」
「ルイさん、」
社長の問いかけに、マリンが何か言おうとするのを、ルイが止め、笑って答えた。
「忘れてました!!すみませんでした!」
この言葉にリクは思いっきり右手でルイの腹を殴った。楓がリクを止めるのを振り払って、倒れこむルイをさらに蹴り上げると音を聞いた愁や伊藤が慌てて入ってきて止めた。雪乃は固まり、マリンは雪乃にしがみついて号泣していた。
「リク!!お前はもう下がれ。愁、連れて行け、話にならない。」
「承知しました。」
「離せ。触るな。」
「愁、早く出してくれ、話がすすまない。」
出されたリクはデスクを荒らして帰った。 愁は慌ててその後を追ったが猛スピードで車が出ていった。
「社長と、2人で話したいです。」
ルイはそう言って社長以外を全員出したそうだ。
(うわぁ〜ダンスバトル会場って…オシャレな人ばっかり!)
「すごいね!めっちゃ人いるー!」
「楽しそう!」
青木の車でサナと優一が会場に来ていた。青木と優一が行くのを知って、サナも同行希望したのだ。人混みがまだ緊張するかもしれない、と青木の配慮で後ろの方で全体を見ていたが、優一が前で見たい、と言い3人で前に座る。すると、大きく手を振る女の子達によく見るとオーディションのブラックパールのメンバーがいた。
(楓さんは何処にいるかな…)
キョロキョロとしていると、78を見つけるが何やらもめているようだった。第1回戦が始まると、さっき揉めていたのが嘘のように息のあったものだった。
「あれ、楓さんがアクロバットやってる…ルイさんじゃないんだ」
青木が意外…と呟く。楓と龍之介がルイを前に出さないようにしていた。その後ろで78のマネージャーリクが恐ろしく冷たい顔をして腕を組んで見ていた。
「winner!78!」
なんとか勝ち上がったが、終わってはけた瞬間、ルイが楓に殴りかかっていたのを見て青木は止めなきゃと走っていった。
(楓さん…どうしたんだろ?)
「楓!邪魔すんなよ!!」
「リクさんの指示だ。お前にアクロバットはさせない。」
「リクさんの言いなりだな!!悔しくないのかよ!!俺たちは俺たちの見せ方でっ」
「万全じゃないくせに何言ってんだよ。出してもらってるだけありがたいと思え。本当は棄権する予定だったのをお前の気持ちを汲んで出してくれてるんだぞ」
「こんなダサいバトル、出なきゃ良かった。」
ルイの言葉に今度は楓がルイを蹴った。他のメンバーが止める中、リクがルイに声をかけた。あの事務所で一見以来、はじめて名前を呼んだ。
「ルイ、出たくないなら出なくていい」
「はは!残念!俺のせいでみんな棄権〜」
「俺が行く。お前は指咥えて見てろクソガキ。」
ストレッチを始めたリクに78の全員が固まった。
「お前無しでもロスへの切符を取ってやる。お前は帰っていいぞ。お疲れ〜」
リクはどこかに連絡した後、他のバトルの曲に合わせて身体を動かした。もともとそのつもりだったのか、ガチガチに固定されたテーピングが見えた。
「リク!やめろ!冗談だよなっ!?」
連絡をみた愁が慌てて客席から袖にやってきて、止めるのを振り払った。
「愁に最後、見せてなかったから。見てて、最後に踊る姿。」
リクは愁にだけ聞こえるように言うと、強く抱きしめられ、楽しんでこい、と言ってくれた。
次のバトルでリクが出ると審査員が驚いて大きな拍手をして会場が沸いた。
相手はガールズチーム。おっ、といいことを思いついたリクは楓と龍之介に耳打ちすると、龍之介は嫌がり、楓は爆笑していた。
(俺がいないのに…楽しそうにしてるのヤダ)
ルイは帰らずに不貞腐れたまま、蹴られた足を摩り、座ると、愁が隣に座って居心地が悪かった。
笑いが起こるバトル会場に、ルイは顔を上げると、大袈裟なくらい女性的に見せるリクと楓。そして、2人で息ぴったりに合わせた振り付けに、ブラックパールのメンバーが沸いた。ブラックパールの振り付けをマリン達に見せるかのように表現力が豊かだ。釘付けになっているマリンを見て更に悔しかった。龍之介は所々の音でポージングをするだけで笑いが起こり、何も踊らず、リクも負担なく圧勝して戻ってきた。
「楓さーん!!リクさーん!振り付け嬉しかったですー!」
マリンの嬉しそうな声に、嫉妬して下を向いた。
「ルイー?…どうした?」
愁の柔らかな声にゆっくりと顔をあげると、心配そうな顔で申し訳ないと思った。
「…リクさんに、言わないでください。全治2カ月です。腰の…しんけい?よく分かんないけど、それだけ覚えてって言われたの」
「そう。なんでリクに言わないの?」
「これに…出たかった。リクさん、前に俺に期待してるって言ってくれたんだ……期待にこたえたかった。俺がリクさんをロスに連れて行きたかった。でも、だんだん痛くなってるのがバレて、仲間外れにされるなら、自分から抜けたいって思った」
泣きそうな顔でバトルのステージを見ているルイに、リクがケガした時もこうして、抱え込んでいたのだろうと愁はルイにリクを重ねた。
「唯一の癒しが、好きな人だったけど、それもリクさんにダメって言われて…もう何もないやって…。全部ダメってリクさんに制限されて嫌になってケンカしちゃった」
「何もないわけじゃない。リクが止めたから、ルイには次のチャンスが用意されて、挑戦できるんだ。でも、リクはもうこれが最後なんだ。」
そう言うと、ハッと顔を上げた。
「お前たちを本場でダンスをさせたい。レベル高いのを見せてモチベーションをあげさせたい。海外でもやっていけるスキルにもっていきたい。これが、リクの気持ちだ。」
「っ!!」
「ルイと揉めた日、リクは、たったこれぐらいの規模で、若くて可能性のあるルイが一生をかけるステージじゃない、どうせ散るならド派手な場所じゃなきゃ似合わない。そう言っていたよ。」
ルイが震える唇をギュッと噛み締めて下を向いた。
「リクは期待しているからこそ、身体を大事にしてほしいんだ。自分の二の舞にはさせやしないと、神経質なほど78の体調に気遣っている。今日の朝、大量に痛み止めの薬を飲んで、テーピングはガチガチにしてある。もともと、お前は1回戦だけ、と言っていた。俺は78の誰かが代わりに出ると思ってたから…」
話の途中でマリンがルイの元にやってきた。愁は何でもなかったように挨拶をし、ルイは顔を上げなかった。
「ルイさん!笑ってください!」
「…。」
「ルイさんが78を盛り上げなくてどうするんですか!私は、痛みを堪えてでも、仲間と闘ったルイさんがカッコ良かったです!!」
「マリン…」
「来年は、私たちもこのダンスバトルに出ます!さっきみんなで話し合いました!来年はライバルですよ!絶対ルイさんに負けません!…だから、ルイさん、来年私たちと闘うために今はあえて、温存してください。私たちに合わせてくださいよ!」
マリンの精一杯の励ましに、愁は笑ってルイの首に腕をかけた。
「女の子がこんなに励ましてやってんだ。男なら笑って潰してやるぐらい言ったらどうだ?…好きな人と同じステージなんてレア中のレア。オイシイのは寝かせとけ。」
愁がにやりと笑って囁くと、愁さんリクさんと似てる、とこの日はじめて笑った。
「ルイさん!その笑顔!78にはロスに行って偵察してもらわなきゃ!来年は私たちがロスに行くので!」
メラメラ燃えるマリンにルイは愛おしいそうに見つめ、そうだね!と勢いよく立ち上がってマリンとハイタッチして、78のところに戻った。
「マリンちゃん、優しいね」
「いえいえ。本当、子どもみたい!ふふっ!リクさんに怒られた日、公園で今日のバトル観に来ないで、って言われました。ケガをして出られないかも、そんなの見せたくないって。メンバーにもマネージャーにも言えなかったみたいです。」
ルイらしい発想に苦笑いすると、マリンも同じ気持ちのようだ。
「実は、深夜のスタジオでよく帰る時間が一緒だったんです。1人で残ってずっとステップの練習していました。次のリクさんにならなきゃって。休まずやった結果が悪い方にいったことが悔しかったみたいです。」
心底憧れている存在に近づく為に努力したのに、と思うと愁も辛かったが、今はリクに頭を下げて、リクのストレッチを手伝っていた。
(可愛いやつ)
愁は嬉しくて笑った。
あっという間に決勝戦になり、会場の熱が上がる。コールがかかり、ステージに行くとリクはルイに呼び止められた。
「リクさん!」
「あ?」
「俺たちをロスに連れて行ってください!」
ルイの声に、ギャラリーの篤たちもうなずき、楓と龍之介もうなずいた。
「リハビリが条件だからな、ルイ。…本当手ぇかかるわぁ。」
観てろ、とだけ言って、初めてのダンスバトルを思い出し、気分が高揚する。
「楓、龍之介、思いっきりいけ。あいつらに負けるはずがない、俺がいるからな。」
ニヤリと笑うと、2人も楽しそうに笑って行きましょうと音に乗った。リクは愁にも集大成を見せられるチャンスに集中力が増した。龍之介のダンスと表情は会場を引きつけ、楓も自分らしくリラックスし、躊躇のない表現で今までで1番良かった。
リクの番になると、いかに楽しむかをメインに会場を煽り、久しぶりに右手の着地を昔のように思いっきり大技を決めた。アドレナリンが出てるのか麻痺したように痛みがなくなり、気持ちいいとしか感情がなかった。
正面から見たかったのか、敵陣に移動している愁に見せつけるかのように全てを出し切った。
「やば!あの人別次元じゃん!!」
「プロなんて勝ち目ないだろ!」
「カッコイイ!!」
敵陣の声にもテンションがあがり、当初のように会場を一気にホームにしてバトルが終了した。
「winner!!78!!グランプリです!おめでとうございます!!!」
楓がトロフィーとロスへの切符を受け取り、マスコミが一気に取材が始まると、リクは瞬時にマネージャーの顔になり、仕事に戻った。取材が終わると立てないくらいの痛みに、愁は車に積んでいた車椅子に乗せた。異常に痙攣する右手首に78のメンバーが駆け寄るも、リクは達成感でいっぱいだった。
「俺はお前らに託した。もう後悔はない。最後にお前らと踊れて良かったよ。ルイ、ロスではお前のダンスを見せてくれるか?」
笑顔で言うと、ルイは車椅子ごとリクに飛びつき、わんわん泣いた。ごめんなさい、と号泣するのを、メンバーはルイをバカにしながらもそれぞれの目から溢れた涙や鼻水を拭った。
「戻りましたー!」
パン!パン!
「おめでとうーー!!」
事務所にリクと愁、78が戻ると社員や社長、ブラックパール、ダイアモンド、RINGやサナがクラッカーを鳴らして祝福してくれた。驚いた78のメンバーは唖然と固まっていたが、社長が一人一人に握手をして労った。
「ルイも、よく耐えた。これからもリクの分までしっかりやりなさい」
「はい!」
「リク、先代も嬉しいはずだ。今頃喜んでいるだろう。もちろん、私もだ。おめでとう!そして、今までお疲れさん。」
その言葉にリクの目から涙が溢れ、78がリクをハグした。ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら愁を見ると、優しい顔で笑ってくれて、リクは顔が真っ赤になった。
簡単なセレモニーが終わり、それぞれが解散する中、楓は荷物を車に移そうと歩き出した。
「楓さん!」
「サナちゃん…うわ!?ど、どうした」
廊下でサナが楓を呼び止め、思いっきり抱きついた。このようなサナからアプローチは珍しく戸惑っていると、ルイやリクがニヤニヤして見ていた。
「すごく!すっごくカッコよかったです!おめでとうございますっ!」
テンションが上がっているサナの頭を撫で、ありがとな、と言うと顔が真っ赤になって走って逃げて行ったのにクスクス笑った。
「痛っ…ぁ…、待って、歩ける…」
「いいから。」
僅かな玄関の段差さえ、支えてもらいながらやっと部屋に着くと、すぐに冷やされ気持ちがいい。愁がバタバタと動くのをぼんやり見ていると、愁はチュッとキスをしてきた。
「ん?」
「リク!最後に見せてくれてありがとう。本当に感動した。リクのこと、もっと尊敬したし、もっと好きになった。リク、よく頑張った。リクはよくやったよ。」
パタパタと流れる涙。愁は2人きりになるまで耐えていたようだ。リクももらい泣きして、抱き合った。
「愁がいたから、あいつらに託してもいいかなと思えたよ。これからは、愁のために生きていく。」
「っ!」
「愁、ありがとう。」
「リク!お疲れ様!」
リクはマネージャーとして取材には応じなかったが、1社だけコメントを残した。それはアメリカの記者だった。
「共にステージに立った仲間たち、そして親愛なるジョージに感謝します。これからは日本で愛する人のために生きて行きます。ロスのバトルでは教え子がステージに立ちます。パワフルなステージを楽しみに待っていてほしい。」
英語でのコメントに78のメンバーはポカンとしていたが、愁は嬉しさと感動で胸がいっぱいだった。
「愛する人のために生きて行きます。」
これがリクの今やりたいことなら、愁は全力で幸せにしようと強く抱きしめた。
「リク、愛してる。一生大事にする」
「当たり前だろ。…俺も愛してる。」
キスだけでもドキドキして、2人で笑い合って、ベッドに沈んだ。
楓:サナちゃん、来てくれてありがとな。サナちゃんがあの時歌ってくれたから、落ちなくてすんだ。今度何か奢ってやる。何がいい?
サナはこのメッセージに飛び上がり、ベッドに飛び込んでバタバタと足を動かした。
(デート!デートかな!嬉しい!楓さんからの初めての質問っ!)
何がいい、と言われても楓と一緒なら何でも嬉しい。近くのカフェが浮かんで、リクエストすると、了解。とだけ返事が来て更に喜んだ。
(カッコイイ…もうどうしよう…)
恋する乙女モードで輝く月を眺めて、三輪に激怒されそうなため息を吐いた。
『楓?今日リクさん出てた?』
「コウちゃん!久しぶり!…見てたのか?」
『同伴の女がうざかったから見れなかった。最悪、あのブス女。せっかくのリクさんのステージに…ダンスの動画ない?』
「あるよ」
『送ってくんね?金はやるから』
「お金なんかいらないよ。コウちゃんがいたらバトルに入れたかったってリクさん言ってた。なぁ?もうダンスしねーの?」
『…もう戻れねーのよ、俺は夜に染まっちゃったの。』
「本当はやりたいんじゃないの?なぁ、戻ってこいよ。」
『金になんねーだろ。芸能とか、アイドルなんか。』
逃げるように電話が切れた。わざわざ電話してきたコウは、78のメンバーだったが解雇になった。リクが何度も庇ったり頭を下げたが、素行の悪さで前社長が早々に解雇にしたのだ。78の元センターであるコウにリクは1番期待していたし、コウもリクに憧れていた。ただ、昔からの先輩たちがいつまでもコウを巻き込み、夜の道に引き摺り込んだのだった。楓は今回のバトルでコウへの劣等感が消え、自信しかなかった。今の自分ならコウを超えられる、と思うと考えすぎることがなくなったのだ。センターとしての覚悟ができた。動画を送って、ブラックパールのプロデュースに切り替えた。
『winner!78!』
「やば…マジですげぇ…」
思わず独り言を言うくらいリクのダンスに見惚れたコウは、自分は何をしているのかと我に帰った。次世代のリクと言われ、期待されていたはずの自分は、踊りもせず、毎日酒を飲み、女の子を口説き、酒を入れてもらい、寝るだけの日々。
(本当は踊りたかった。リクさんの最後、一緒のステージに立ちたかった。生で見たかった。)
楓や龍之介のスキルが上がっているのにも焦燥感にイライラしてタバコに火をつけ、煙を吸い込む。
「リクさん…俺、何やってんすかね…」
呆れて笑い、届くはずのない言葉が漏れた。ブレそうな自分を抑え、酒を飲みにフロアに戻った。
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