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第71話 Restart

RINGの新曲についての打ち合わせが始まった。当初春の予定だったが、優一の状態を加味して夏に発売のスケジュールになった。久しぶりに5人が揃い、コンセプトや新曲をいくつかのデモから選ぶ。 「ユウ、ユウはどんなのやってみたい?」  レイがはじめに聞くと、しばらく考えたあと、3番目に聞いたデモを選んだ。  「俺、大河さんがもっとメインになるような曲がいい。」  「いいな、実は俺も大河をもっと前に押さなきゃって思ってたんだ」  伊藤が笑顔で言うのに、優一はほっとしたように笑って、次はレイをみた。  「レイさん、歌ってほしい」  「え?」  「青木、ラップいけない?」  「うん!やってみたい!前楽しかったし!あと、ユウの案に大賛成!レイさん本当歌上手いの!カナタさんと一緒でも全然負けてない!ダンスチームのやつ、早くみてほしいよ」  レイは戸惑って大河をみると、嬉しそうに笑ってこちらを見ていて照れくさかった。  「今までのイメージを全部覆したいんだ。いいところは残しつつ、再スタートしたい」  優一の覚悟に全員が頷いた。 「まこちゃんは、ビジュアルがめっちゃ良くなったから、キーとなるところ。カメラが絶対抜くようなポイントを任せたほうがいいと思う。まこちゃんは外さないからそこをお願いしたいな。」  「だ、大丈夫かなっ!ここぞって時になんだかやらかしそうっ」  「そんなことない。まこちゃんなら大丈夫!」  「そうだ!自信持て!」  大河も励ますと、やってみる、と緊張した様子だ。  「俺は、シュウトさんみたいになりたい。任せてもらえないかな?」 はっきりした目標に全然がおおっと声を上げた。今そばでデュエットをしている大河はテンションが上がって前のめりになって頷いた。 「この曲ならそれが活かせると思ったんだ。歌詞もカムバックとか、リスタートとかそんな感じだから…」  「うちのプロデューサーが言うなら間違いないだろ。な、レイ?」 大河がワクワクしてるのが伝わって、レイもこれで行こう!と言い、新曲が決まった。それぞれ役割を持とうと、全体を優一が、衣装を誠が、振り付けを青木が、番宣に出るのが、レイと大河になった。この役割で張り切ったのは誠と青木のコンビだった。誠は全体のバランスと、全員の体型や雰囲気を活かし、専属モデルになったブランドのスタイリストに自ら連絡を取り、質問をしていた。青木は楓のブラックパールの練習を見学し、アドバイスを貰ったり、自分の振り付けと、構成案を楓やリクに持っていってみてもらった。  それぞれが動いている中で、伊藤もやる気が増して、日々残業してでもRINGに費やした。 遅くまで事務所で調整していると、愁がお疲れ、とコーヒーをくれた。 「響くん、RINGなんかすごいな!めっちゃ動いてる。」  「あぁ!そうなんだ!ユウが戻りつつあるんだ。ユウの再スタートをみんなで飾ろうとそれぞれが動いてる。」  「あはは!響くん楽しそうー!」  「楽しいよ!本当、やりがいってこれだね!」  「リクも、大地のことメンタルクソ野郎って言ってたけど、今は構成案が面白いってずっと褒めてるよ。新曲楽しみ!だけど、Altairも負けないよ?」  ニヤリとした愁に笑顔で頷き、首を鳴らしてパソコンに向き合った。  「ただいまー…」  小声で玄関のドアを開けると、テレビがついたまま、リビングのソファーでレイが爆睡していた。優一の期待を背負って、今はバラエティ番組の収録後にスタジオで歌の練習に励んでいる。優一の割り当ては伊藤にとってはベストだった。レイの歌唱力が評価されつつあり、青木の歌唱力を越えていた。大河メインは社長からの直々の指示もあるし、何より優一がやりたいポジションを自分から言えたのも嬉しかった。  レイに布団をかけてやり、髪を撫でる。 「お前の歌が、音源になるよ?レイ。俺、めっちゃ嬉しい」  いびきをかくレイに微笑んで、そっとおでこにキスをした。 「カナタさん!今日時間ありますか?」  「あるよ〜、やっちゃう?」  「お願いします!」  レイはカナタからボイトレを受けていた。だいたい深夜になるため、先生と予定が合わないことを相談すると、付き合ってくれると言ってくれた。声の出し方や音程のキープ、基礎からやり直した。  「レイ、ラップじゃないからさ、メロディに乗せてみて。切らなくていいよ、もっと流れるように」  カナタのピアノ伴奏に合わせて歌うもなかなか出来ず、あたまには疑問符でいっぱいになった。顔に出ていたのか、あははっと爆笑したカナタは、レイに録画させ、カナタが歌った。再生してみるとリズムの取り方やメロディにのせた節回しがわかりやすかった。  「レイ、まずは慣れるために、俺のモノマネして?大袈裟なくらいね?俺を笑わすくらいやってきて」  何だか楽しそうな課題に、笑わしてやるぞ!と意気込み、家でも伊藤から何度も笑いをとった。  レイは大河から練習しようと誘われ、事務所のスタジオに向かった。途中でカナタとジンに会い、2人も誘ってスタジオに入ると、大河が一気に恐縮した。  「あ、お疲れさまです。」  「レイのボイストレーナーカナタでーす!」  「え?レイ、ボイトレしてたのか?」  「うん。だってお前と歌うのにボイトレなしは差がすごいだろ」  拗ねていうと、そんなことないのに…と苦笑いした。聞かせて聞かせて、とワクワクするカナタと、お邪魔しまーすと隣に座るジン。どちらも事務所ではトップクラスの先輩に大河は緊張しっぱなしだった。レイはアドバイスを貰おうと気にせずにマイクの前に立った。  歌い始めると、大河はおっ?とレイを見て、カナタとジンはサイレントで爆笑していた。  「レイ、歌い方変わった?」  「あっははははは!レーイー!!最高!」  ジンは何も言えないぐらい涙を流して笑っていた。疑問でいっぱいの大河に、カナタがネタばらしをした。  「レイはラップの歌い方が抜けなかったから、俺のモノマネしてっていう課題だしたの!そしたら…ふふふっ!あっははは!やめてー!やりすぎー!」  「よし!笑わせたからOKですね!」  レイはキラキラした顔で言うと、合格合格と涙ながらに親指を立ててもらえた。  「すげぇ…!レイ、お前は笑いをとった、ぐらいにしか思ってないかもだけど、マジで声量あがってるよ!」  「本当か!?カナタさん!やったよ!」  「もう…ダメ!あっははは!レイ最高!」  「レイ!もう素晴らしいぐらいコピーだよ!カナタを研究したんだね?っぷぷ…あははははは!顔までっ…ふふっ、そっくり…あははっ!」  先輩たちは大河の感動を無視してひたすら爆笑し、止まらないからと退室していった。  「レイ!お前本当に今の歌い方いいと思う!マジで驚いた!」  「ありがとう!カナタさんも笑わせたし、自信になった!」 「お前何目指してんの?あ、ブレスさ、ここにしない?」  大河と同じ目線で取り組めるのが嬉しくて、レイはレコーディングが楽しみになった。今までは誠が支えていた部分を担うから少し緊張もした。  レコーディングの日、全員が緊張感を持って集合した。青木はレイに何度も聞いてもらい、先にやりたいと言い、1番最初に終わらせていた。  「みんなの聞いたら緊張しちゃうもん」  「青木かっこよかったー!」  みんなが褒めても、悩ましい顔をしていたが、優一が褒めると嬉しそうに笑った。安心した青木は誠を捕まえ、ミュージックビデオの案を出し合っていた。 大河は路上ライブも始めたことから、表現力や声量が格段にあがってレイは不安になった。  (このそばで俺が?釣り合う気がしない。)  不安になったのが分かったのか、伊藤が隣に来た。誰にも見えないところで手を握ってきたのに驚く。  (伊藤さん仕事中はこんなことしないのに…)  顔を見ると、優しい笑顔でドキドキした。大丈夫と言われ、顔が真っ赤になって俯くと、青木と誠がニヤニヤしながら見ていた。  「伊藤さーん、仕事中だよー?」  「緊張してるからな。これは、俺の仕事」 「伊藤さんにしかできない仕事だね!」  そんなやり取りも優一には全く聞こえないのか、真剣に大河を見ていた。 次にレイの番になり、ヘッドホンを付け、大きく息を吐く。音が流れて息を吸って目を閉じた。歌詞の意味や、先に録った大河に寄り添うように、そして自分の思う感情を上乗せするように歌った。  (やっぱ、歌好きだなぁ)  楽しくなって、目を開くと、RINGと伊藤がスタッフの後ろで全員見ていた。大河はうれしそうに笑い、青木は自信満々に笑い、誠は驚いたように笑い、優一は頷きながら笑い、伊藤は愛しそうに笑っていた。  「OKです!お疲れ様でした!」  スタッフの声に一安心して戻ると、誠がすごいすごいと喜んでくれた。大河は当たり前だろ?とニヤリと笑っていた。  次に入ったのは優一。路上ライブ以来の歌声に全員が静かに見守った。曲が流れると体を揺らしてリズムを取り、いつも目を閉じて歌うのを、今回は目力がぐっと強くなった。フェイクは自由に入れられ、気持ちよさそうに歌い、迫力が増していた。音楽だけがしたい、という気持ちを具現化するかのように楽しそうに身を委ねていた。  「やっぱユウはすごいな。俺にはない引き出しがたくさんある。」  大河は少し悔しそうに呟いた。この2人のレベルが高すぎてレイは少し焦るのを感じた。優一は大河のレッスンにも舞台の合間を縫って見学し、シュウトの歌い方を真剣に見つめていたようだ。さらに、舞台ではジンの表現力を間近で見て、様々なパターンを取り、音響監督に好きな方を使ってくださいという余裕さえあった。  「ユウ!すごいな!何パターンも!」  「ミュージックビデオに合うのがいいなぁと思って。まこちゃんと青木が準備してくれてるみたいだから、スタッフさんにお任せしたんだ。ミュージックビデオも楽しみだなぁ」  とても楽しそうにする優一は、最近手放せなくなったタバコに火をつけた。大河は優一のタバコを吸う姿が嫌いのようで、臭い、や吸うな!と怒り始めた。伊藤も注意するが、安定剤と言われてしまえばすぐに折れてしまい、それにも大河が怒っていた。  「ユウ、ほどほどにしろ。」  さすがに吸いすぎだと、レイも強くいうと、ごめんなさい、とタバコを収めた。見ていた誠が、優一によくできました、と頭を撫でて最後に収録に向かった。  下のハモリと、サビ前とラストは誠のパートだ。大河と同じ音域と言われた誠は違和感なくサビに繋ぐ。見せ場では声での工夫がすごく、全員がゾクっとした。  「まこちゃん!すごい!すっごい!うわー!」  大はしゃぎの優一と、顔を真っ赤にする大河。誠と青木の中では映像があるのか、イメージが沸くような、吐息混じりの声で終わるのがたまらなかった。  「まこちゃん!かっこいい!めっちゃイイ!」  優一はぴょんぴょん跳ねて、戻ってきた誠に抱きついた。嬉しくてはにかんだ顔が先ほどとのギャップになっていた。  「マコちゃん!あの画にぴったりな声だったよ。やっぱさ、画角的にはここが…」  青木がすぐに専門的な話をし始め、誠もうんうん、と聞いていた。大河は大人しくなり、いつまでも誠を目で追っていた。  ジャケット撮影の日。  誠は誰よりも早く撮影スタジオに入り最後までスタイリストやヘアメイクと打ち合わせをしていたようで、伊藤のバンが到着すると大きく手を振って迎えた。メイキング映像のスタッフもいて大人数になり、優一が少し緊張した様子だったのを、大河とレイが脇を固めた。  「リスタートな感じだから、まずは以前の俺たち。ふわふわ系な感じ。優くんも青木も髪色一回直すよー。そして、俺たちの葛藤をそれぞれ表現する。それは青木から指示があると思う。衣装はそれぞれ、前の感じを用意してるから違和感ないと思う。」  昔のヘアカラーに戻った2人は懐かしくてふふっと笑い合っていた。爽やかなカットはいつも通りでリラックスできた。ヘアカラーもあるため、そのままミュージックビデオも同時に行われた。笑顔だったり仲がいい感じで楽しく終わった。  またヘアカラーを今のピンクと赤に戻していくと何だか新鮮に見えた。全員がうっすらメイクが入った。1番メイク映えしたのはやはり大河だった。最近伸びてきた髪をハーフアップにすると目鼻立ちがスッキリし、猫みたいなつり目で大きな目がはっきりと見えた。  「大河さん、やっぱセンター顔だね」  頬を撫でる誠はさきほどのふわふわ系から一気にワイルドになった。鎖骨や少しみえる胸筋がより男らしい。  「なぁー?俺に袖はないの?」  レイは自分の二の腕を摩りながら誠に言うと、誠はムニムニとレイの腕を触った。  「レイさん露出させたいんだよね〜」  「おい、マコ!」  「伊藤さん譲歩したでしょ?腹筋がよかった?」  「う…。腕ならいい」  まさかの伊藤NGにレイは大爆笑していた。  (伊藤さん、公私混同しまくってる!)  嬉しくなって笑いが止まらなかった。  「ユウ、ユウの気持ち、全部吐き出してほしい。」  青木が優一に目線を合わせて両手を握った。殻を破る、そのシーンに大河ではなく、優一の尺を多めにしていた。少し揺らぐ大きな目。ぶかぶかの服の衣装と裸足。髪もセットなしでありのままの優一が、暗い部屋にかつての自分たちが映るテレビを無表情で眺めるシーンだ。  「青木、俺にしかできない表現だと思う。やらせてくれる?」  薄く笑ってスタートがかかると、その世界観に入り込む。当時を見ているような表情。そのあとシナリオがあるかのように、ドアを振り返って、怯えたように後退り耳を塞ぎ、蹲る。カットがかかり、真剣にモニターを見る優一を見て、ほっとしたように伊藤が涙をこぼした。  「伊藤さん…」  「演技って分かってるけど…あの時のユウを見てるから…胸が痛かった…。」  ごめん、と外に行ってしまった伊藤に、優一は苦笑いして見送った。 大河が優一を引っ張り出すシーンでは、実話かと思うようなストーリーだった。最後は次に続きそうな誠のカット。全てを傍観していたような立ち位置から振り返って内緒だと言うように人差し指を口元に持っていく。ウインクした後カメラを手のひらで覆う。  「ひゃー!カッコイイ!マコちゃん!」  青木は足をバタバタさせ、褒めていた。理想通りだったのかご機嫌だ。 振り付けのシーンでは、フォーメーションで誠がてんてこ舞いになっていたので、カットごとに確認をした。大河とレイの背中合わせのシーンが誠は羨ましいと叫んでいた。そのカットだけアップになるのを全員で確認すると優一と青木はハイタッチして喜んでいた。  ダンスシーンは青木とレイの2人で行った。優一もできるが、今回のコンセプトではこの組み合わせがいいと思ったのだ。その後、大河と優一の歌唱シーンで向かい合って歌い、どちらも全身全霊でぶつけ合う。その後手を握り合って救い出すように大河が抱き寄せて2人のカメラ目線。  「2人の目力すげえ!」  レイは2人の顔の綺麗さに驚き、思わずモニターの映像をケータイに収めた。  最後は一列になったところからそれぞれが左右にハケ、カメラがグッと奥に向かい誠のアップで終わる。   「お疲れ様でしたー!!」  「ありがとうございました!!」  満足の行く作品ができて、全員がテンション高く引き上げた。  「大河とレイはこれから取材ラッシュだぞ。」  伊藤に言われ、レイと大河ははい!と元気よく答えた。優一は久しぶりの大人数に疲れたのか、青木の膝で爆睡し、青木も安心したように髪を撫でていた。  ネットで新曲発売の告知とティーザーが流れると大きな話題になっていると、エゴサーチのプロである青木と誠が騒いでいた。メンバーの断片的なカットが流れるそれに1番最初に出たのは大河のものだった。気の強そうな、高嶺の花のような大河と、ライブで見せた等身大の大河、そして、絶対的センターとしての大河。1番最近のカットで終わる映像に、今回は爽やか系ではなく、カッコイイ曲だと世間が認知した。  「やばーい!大河綺麗すぎない!?髪むすんでるのもやばい!」  「改めて顔綺麗すぎよ!」  路上ライブに向かうため歩いていると、交差点の大きな画面いっぱいに映る自分に大河は驚いた。うまく編集してもらっている。するとリョウからメッセージがきた。  リョウ:大河、しばらく路上ライブはやめよう。お前のファンでいつもの場所が大変なことになってる。向かってたら今すぐ帰れ、マジでやばい。俺も抜けるの大変だった。  大河は慌てて返信し、優一を迎えただろう伊藤にも来ないように指示した。タクシーを拾おうとしたところで、ファンに見つかり一気に囲まれ、握手やらサインやらを求めるのに困る気持ちもあるが、純粋に嬉しく思った。干されていた期間があったのに、こうして応援してくれてることにも感謝だった。一人一人に握手していると、大河さんこちらへ、と手を引かれタクシーに乗せられた。そして助手席にいたのはアリスだった。  「大河さん、大丈夫でしたか?」  「あぁ、うん。アリス助かったよ。」  偶然居合わせ、あの場所から遠ざけてくれたことに感謝した。  「あの辺に住んでるのか?あー、よかった。」  「いえ、あの辺ではないです。」  「そっか。あ、運転手さん、事務所にお願いします。」  「え?逆方向ですが…どうされます?」  「え?」  「始めに依頼した場所で大丈夫です。」  「アリス?」  どこに向かってるのか分からず、大河はきょとんとした。窓の外を見るとやっぱり縁のない場所だ。  「今日お仕事ないですよね?」  「え?あぁ。うん。」  「大河さんに見せたいものがあるんです。」  いつもより元気がないような気がするアリスに不思議に思いながらも、見るだけならいいか、と大人しくしていた。  「あ!お前!そーいえば!あの後大変だったんだからな!?酔っ払いやがって!」  「あれで牽制したと思ったのに」  え?と言うとタクシーがある住宅街に停まった。お金を支払わずに行ってしまったタクシーに不思議に思って付いていく。優一からメッセージが入って見てみると、優一が話がしたい、との内容だった。アリスの用事が済んだら事務所に行く、と返信していくと、真っ白な戸建てに入っていった。  「大河さん、いらっしゃい」  足を踏み入れた瞬間、あまりの恐怖にゾッとして固まった。アトリエのような家具もない空間に、大河の写真ばかりが飾られ、床にもたくさん置かれている。それも、隠し撮りのようなアングルで、カメラ目線は1つもない。 「あ…アリス…なにこれ」  「私の作品たちです。ふふっ!素敵ですよね?…ここにいたら幸せになります。…でも、新曲発売なんて知りませんでした。私が知らない大河さんがあるなんて…」  「…っ!」  自分が許せないとアリスは大量の写真の中で泣き出した。  「大河さんのことは、私が全部知ってないといけないのに…」  「アリス?お前…なに言ってんの」 「大河さん…私、あと一つ知らないことがあります…。マコさんとどういう関係ですか」  「……!」  「お互いの部屋、行き来しすぎじゃないですか?…たまには部屋のカーテン開けないと…お部屋が見えないじゃないですか。困ります。」  アリスがなにを言ってるのか分からなくて、ただただ目を見開く。  「私はメンバーでも、許さないです。ユウは勝手に潰れましたね?私は興味なかったんですけど、大地ファンが喜んでました。そして私を含む、一部の古くからの大河さんファンはなんて言ってるか、分かりますか?」  ドクンドクンと心臓がうるさい。青木のストーカーへの恐怖を今感じていた。  「マコが邪魔だねって話が出ています」  「っ!?ふざけんな!いくらファンだろうがメンバーに手を出したら許さない!!」  「大河さんがマコを見てるからです」  「っ!!」 「私の方がこんなに愛してるのに。私の方がマコよりもずっと大河さんを見てるのに」  一枚の写真を取って、写真にキスをしたアリスに恐怖に慄き、走ってその場から逃げた。  「はぁっ、はぁっ、伊藤さん!伊藤さん!」  『どうした?』  「ストーカー!ストーカーが!」  『何だって!?大丈夫か?今どこだ?』  「分からない!アリス!あの写真家の!」  『は?業界人か?』  「俺の、写真、隠し撮り、部屋いっぱいにあって、それで、マコが、邪魔って」  ひたすら走って大通りにいくとタクシーが居て乗り込んだ。すると、先ほどの運転手だった。  「事務所まで!すぐに!」  「あぁ。ついに見ましたか?」  「へ!?」  「僕は雇われてるんです。あなたの写真を撮るために。アリスさん専属のタクシーですよ。」  大河は目を大きく開いて降りようとするも、お客さんの対応はちゃんとします、と事務所方面へ動き出した。  「そ…そんなタクシーがあるんですか。」  「まぁ…。僕らの収入源なんで。一人一人何台かいると思いますよ」  「そんな…」  「あなた、一時期お仕事なかったですよね?あの時期、僕の収入も全然なくて困りました」   世間話でもするかのような話に大河は恐怖しかなかった。 「アリスさんは、きれいな写真が撮れた日はお支払いを弾んでくれます。しかし、気に入らない日は走行費だけです。」  大河は降りたくて仕方なく、伊藤にもメッセージをしながら適当に相槌を打った。事務所に着くと伊藤が待機していて、運転手を問い詰め、アリスの場所と追っかけタクシーを辞めるよう約束させ、解放した。  「伊藤さんっ!気持ち悪いよ!ずっと撮られてた!同じ業界の人なのに!何百枚も、俺の写真があった…」  パニックになって今頃ガチガチと歯が音を立てた。伊藤は社員をアリスの場所に向かわせ、厳重注意と写真とネガやデータを全て回収し、事務所で破棄となった。  「マコになんかあったらどうしよう!」  タレントは事務所が必ず守る、と落ち着くまで抱きしめていたが、大河はずっと蹲ってしまった。連絡が取れないと、優一から電話があったが、伊藤は体調不良だと不安を与えないようにした。  アリスが撮影を担当する予定のものを全てキャンセルし、大河は外では意識して誠から離れるようになった。 ティーザーがどんどん公開され、残り優一だけになった。緊張しているかと思ったが、無表情で無反応だ。カウンセリングの帰りに急に後ろを振り返った。  「ねぇ?!ついて来ないでよ」  そこには、青木のストーカーがついてきていた。すぐ伊藤が前に出ると、優一はいいよと、隣に立った。  「君、お名前は?」  「…」  「俺を付けても青木はここにいないよ?」  「…」  「最近は俺の家の近くにいるね?ねぇ、そんなにやめて欲しい?俺がいなくなったら満足?…今ならかなり検討するよ」  「ユウ!何言ってんだ!」  「でも交換条件。青木を付けないって約束して。」  優一の目は色がなかった。近くにはタクシーも停まっていて、大河が言っていた例のタクシーだと知り、伊藤はナンバーを控えた。  「大地なんか興味ない。」  「ふーん?じゃ、RINGのアンチ?じゃあ話すのも時間の無駄だね。いこ、伊藤さん。」  優一が振り返ると、ストーカーファンは優一に後ろから抱きついた。  「ひいっ!やめて!触らないで!」  「おい!!何してるっ!…っ!離れろ!」  「はなして!やっとユウに会えたのにっ!」  「やめろ!触るな!」  「いなくなってから、気付いたの!私はユウが」 ストーカーファンが言う言葉を優一がものすごい勢いで振り払い、目に涙を溜めて睨みつけた。 「はぁ!?今更なんだよ!!やめて欲しいって言ったのは、お前だろ!!」  優一は大声で怒鳴った。カウンセリングの後で気持ちが不安定だったのを抑えるように伊藤は強く肩を抱いた。  「お前がっ!!お前らストーカーのせいで!!全部全部嫌になるんだよ!!!」  「っ!」  「お前ら大河さんに何したんだよ!!!」  伊藤が隠していたことがバレていて、伊藤も固まった。  「俺たちの音楽を邪魔すんなよっ!!やっと!やっと再出発なんだよ!!!ここまでどれだけ準備して表に出てると思ってんだ!お前らに潰されてたまるかよ!!!」  今日は朝から無反応、無表情で調子が悪かった優一は、一般人相手に怒鳴り散らし、ひどい嗚咽で泣き崩れた。伊藤はしっかり抱いて落ち着くように背中を撫でた。  「せめて俺だけにしてよ…。他を巻き込むなよ…なあ?頼むよ。」  「…ユウ…」  「好きなんじゃないの?俺たちの音楽が。応援してくれてるんじゃないの?嫌いなの?憎いの?俺たちは、ファンのみんなや聴いてくれた人を幸せにしたいだけなのに。みんな…おかしいよ。」  「好きだから…」  「こんなに後をつけられて…君の、好きな気持ちは伝わらないよ。俺たちに伝わってるのはいつか殺されるかもしれないっていう恐怖だけだ。」  ユウのファンに寝返った青木のストーカーは、号泣する優一にごめんなさい、と泣き始めた。何度も何度も泣きながら謝ってきたのに伊藤は笑った。  「これからは今までと違う方法で応援してほしい。必ず、君たちの幸せのためにRINGは頑張るから。ルールを守って、見守って欲しい。ユウやRINGが笑ってる顔、見たいよな?」  「はい!ユウの優しさと、歌のすごさに…やっと気づいて…今まで、ごめんなさい」  「なら、ある程度の距離を保って応援してほしい。ユウもアイドルとはいえ1人の人間だ。こうして、怒るし、泣くし、不安定にもなる。みんなに笑顔を届けるために、みんなに隠して笑ってる時もあるんだ。」  申し訳ありません、と大きく頭を下げて、伊藤に手紙を渡した。伊藤はその場で開封して危ないものが入っていないのを確認した後、優一に渡した。  「手紙を、渡したかっただけなんです。」  「ありがとう。今後は事務所にお願いしますね」  「はい。ユウをずっと応援しています。路上ライブ、とてもかっこよかったです。」  初めて見たストーカーファンの純粋な笑顔。それでも優一は不安定のまま、その笑顔を見ることなく伊藤のお腹にしがみついたままだった。伊藤はまた外に出られなくなったらどうしようと、不安だったが、泣いたらスッキリしたのかいつもの優一に戻った。大河のことは、誠から聞いたようだった。  「愛憎…だね。こういうこと言うんだね。前柚子が作った歌にあった。大河さん、ひどくショックを受けてるみたい…心配だよ。」  「そうだな…」 「まこちゃん、大河さんと一緒に住みたいってよ、伊藤さん」  「今のマコならきっと任せられるな。」  優一は頷いた後、突然パタッと眠り、心配になったが、エネルギーを使ったのだろうと髪を撫でた。事務所に行って仮眠室で優一を寝かせ、誠に連絡した。  「大河、大丈夫そうか?」  『うん!大丈夫そう!負けねぇ!ってさ!カッコイイよね!俺がメソメソしてたらはじまらねぇって』  思わぬ言葉に伊藤は安心して笑った。  『あ、伊藤さん?…俺の部屋で大河さんと住んでもいいかな?無理してる気がして心配なんだ。』  「あぁ。そばにいてやってくれ。」  『やった!大河さーん!同棲ー!』  嬉しそうな誠に思わず爆笑した。優一はドアからこっそり覗いていて、伊藤が合図をすると察したのか嬉しそうに笑った。  ティーザーが出揃って、ミュージックビデオが公開されると再生数が一気に伸びた。新曲は大きな話題となり、発売前の予約が殺到した。大河も優一もやる気に満ち溢れ、早くみんなの前で歌いたいとワクワクしていた。伊藤はレイの歌が音源になったことで涙を流して喜んだ。  そして、発売日。RINGでは過去最高の売り上げを叩き出し、Altairを初めて越えた。  『こんばんは!RINGです!』  「キャー!!」  「ママ!最近この子たちばっかり!今ハマってるの?」  「うっふふ!私はこのユウちゃんのファンなの!可愛いでしょう?」  ガチャン!!  「あーあー。薫ちゃーん!本当ドジっ子だなぁ!べっぴんさんなのにもったいねぇ!ママ、薫ちゃんまたグラス割ったよー?」  麗子は狭いカウンターに棒立ちする、新人の薫を見た。 「薫ちゃん?…どうしたの?」  「え?麗子さん、このアイドルって?」  「ヤダ!薫ちゃん知らないの?私の息子がいる事務所の子たちよ。RINGっていうの。」  薫は画面から目を離さないまま麗子に聞いた。 「あの、この、この子…」  指差したのは赤い髪でラップを披露する人。割れんばかりの歓声があがっている。1番人気の子はさすがに麗子も名前を覚えていた。 「大地くん?」  「大地!?…っ本当にっ、大地なの?」  「薫ちゃん?どうしたの?泣かないで?」  泣き崩れた薫に、麗子は困ったように慰め、お客さんは呆れていた。 「私の、息子です。」  「「えぇッ!?」」  嬉しそうに笑う薫に、麗子も常連さんたちも唖然として薫を見ていた。  「大地、頑張ってるのね」  ピリリリリ ピリリリリ 「ん?どした?」  『隆人お願いがあるの!RINGの大地くんをお店に連れてきてくれない?!お願い!』  「は?おいおい。俺のツレは優一だよ。名前忘れたの?」  『違うの!私がユウちゃんを忘れるはずがないじゃない!会わせたい人がいるの!お願い!』  珍しく必死な麗子に、分かったと返事をして青木にメッセージを送った。 「誰?」  「母さん。青木に会いたいんだと。」  「ファンかな?俺も行きたいな」  「そうだな。久しぶりに行くか!青木も誘って」  わーい、と抱きついてくる優一に、タカは破顔してぎゅっと受け止めた。 

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