81 / 140

第81話 よそ見

正樹はため息を吐いてジャケットを羽織り、席を立った。目の前には勢いよく頭を下げる年上の部下。 「申し訳ありません!」  「いいから。今から行くぞ。」  よりによって今日、こんな大きなミスが起こるのかと頭を抱えた。関係者席を取ってもらって、大地の母親とコンサートに行く予定が行ける気がしない。  正樹:薫さん、ごめんなさい。仕事が終わらなくて、先に行っててください。 薫:お疲れ様。会場で待ってるね。 泣きそうになるのを堪えてすぐに書類を書き集め、お詫びの品を持って取引先に向かった。  午後7時  やっと話がつき、取引先を後にする。お詫びから、なんとか数字も落とさず、さらに上乗せまでできた。部長にでかしたと褒められたがどうでも良かった。大地が時間をかけて準備したステージを見られなかったことが、悔しくて、悲しくて仕方なかった。  (…行くだけ行ってみようかな)  悪あがきで電車に乗って会場へとトボトボ向かう。もちろん客は会場内にいるから人通りは少なく、思ったよりも短い時間に着いた。入り口のスタッフに名前を言うと、怪訝そうに時間を見て、インカムで何かを確認した後、中へ通された。  キャーー!!!  爆音や歓声が聞こえる中、涙が止まらなかった。スモークの広がる眩しいほどの光と、キラキラしたペンライト。 (最初から、観たかった)  案内のスタッフが正樹を見てぎょっとしていたが、知らないフリして席まで案内してくれた。 「正樹くん!間に合ったのね!」  「薫さん、何言ってるんですか。2時間も過ぎちゃいました。」  「まぁそうだけど、まだコンサートは終わってないわよ!楽しみましょう?」  大地に似た綺麗な笑顔で、楽しそうに言われて苦笑いしてステージを見た。  (たしかに終わってないけど、もう戻ってこない時間なんだ)  セットリストも聞かずに楽しみにしていたと言うのに、どうしてもテンションが上がらなかった。  (大地は薫さんに似たんだな。本当に幸せそうに見ている。)  パッと暗転した後、キャーキャーと聞こえ、会場がグリーンのペンライト一色になった。  (え…?まさか…っ!)  目を見開いて思わず口角が上がるのを感じた。大きなスクリーンいっぱいに大河のドアップが映る。それがみるみるぼやけていく。  『声あげろォーー!!』 「キャーー!!!!」 大河の煽りに会場中が沸いた。鼻がツンとしてポロポロと涙が溢れた。 「間に合ったって言ったでしょ?」  ニコリと笑う薫の隣で、タカの母親、麗子がキャー!と大きな声で盛り上がっていた。  「間に合ったっ…良かった…」  涙を薫に拭いてもらって、前を見なさいと顔を向けられた。  RINGのオープニングはデビュー曲だった。爽やかな中に、強さが見えた。スポットライトを浴びる5人はアイドルそのものだった。楽しそうに歌って踊る姿は別世界の人達だった。  (僕、本当に大地と付き合ってるの?)  現実味がなくて、ただただ目を奪われた。隣の薫は楽しそうに微笑みながら、綺麗に涙をこぼしていた。それぞれが少しスクリーンに映るだけで割れんばかりの歓声。ビリビリとした迫力とオーラ。会場全体にファンサービスをする誠やレイを見て嬉しくなる。トロッコで近づいてきたのにドキドキする。  「あー!!いたーー!!麗子さーん!」  優一が指を指して大きく手を振ってくれる。麗子がキャー!と大きく手を振り返すととろけるように笑った。  「まさきー!!青木ママー!」  地声が届くぐらい大きな声で呼んでくれて嬉しくて大きく手を振った。すると、優一が急いで反対側を見ていた大地に知らせて、大地と目が合った。  「愛してるよー!!」  「っ!?」  投げキッスされて真っ赤になったのを、優一と大地が指を指して爆笑している。大地は薫にも麗子にも手を振って行った。  (ファンサービス…恐るべし!!)  ドキドキする胸をぎゅっと押さえると、薫も大地と同じ顔で爆笑していた。  遠くに行ってしまってもしばらく大地に目が釘付けだった。ふと、後ろから声が聞こえた。 「レイがみてくれなーい!!」  「あんたまたそんなこと言うとユウが怒るでしょー?」  「ユウは私にファンサービスしないからいいもん!」  「拗ねないの!変顔して、なんてユウがするわけないでしょ」  正樹が振り返ると、優一にそっくりな女性。  「っ!」  「っ?」  バチッと目が合うと、首を傾げられた。その仕草もそっくりだ。 「あの違ってたらすみません。ユウのご家族ですか?」  「えっ?あ、はい。姉です。」  「お姉様!美しい!」  「へ!?」  「あーら、ナンパ?」  隣のお友達がニヤニヤしていた。きゅるんとした目がそっくりで、少し柔らかそうな印象。ぼーっと、見つめたままでいると、優一の姉は困ったように笑った。隣の薫が足を叩いたので薫を見ると、じとっと見ていてあはは、と会釈して終わった。 (お姉さんも可愛いすぎ!)  久しぶりに女性にときめいて、大地に少しの罪悪感が残った。 RINGのトークはバラエティでよく見るレイが回し、テレビを見ているような錯覚になるほど安定して面白かった。誠がはちゃめちゃなことを言って、大地がひたすらからかっている。大河と優一が普通にマイクなしでお喋りを始め、レイに叱られ、誠と大河のゲイ疑惑に誠がさらに絡み、大河にものすごく邪険にされていた。 『続いてはバラードをお届けします。カップリング曲だったんですが、この日のために少し編曲しました。新しいRINGから大人っぽさを感じてくれたら嬉しいです。』  優一が両手でマイクを持って一生懸命話すのが可愛かった。それぞれが持ち場につき、緩い振り付けがなんだかセクシーだった。 (大地がセンターだ)  センターステージに1人で伸び伸びと踊る姿が綺麗で儚い感じがした。キャー!と聞こえると大河と優一の所で艶かしく絡んで、目がお互いしか見てなくてドキドキした。今度はレイと誠の所で2人がカメラに抜かれた瞬間ウインクをして絶叫が聞こえる。  それぞれが大地のところに集まって、センターステージが上がっていく。  「っ!!?」  大河の声量に大歓声があがる。優一と誠のハモリも綺麗で思わず鳥肌がたった。その後、カメラに抜かれた大河の表情に会場が割れそうな程の歓声のような悲鳴のような声で溢れた。  (うわっ!!エロッ!!!!)  恍惚な表情で、妖艶に笑ったのだ。汗もかいて、火照った顔は色気だだ漏れだった。 「大河ヤバイ!!」  「何あれ!超ドキドキする!!」  周りからの声にはっとする。暗転したところで誠が大河の腕を引っ張り、強く抱きしめたのがシルエットで見えてファンの悲鳴が大きくなった。正樹も変にドキドキして前しか見れなかった。  次にライトに照らされた5人の表情は新たな世界観になっていた。 (キタ!新曲!) イントロが流れただけで会場のボルテージは最高潮だ。大地が完全に仕事モードになって全く会えなかった時の力作。カッコイイ振り付けとフォーメーションに、一人一人の見せ場がある。ラップでセンターに来たときに歓声があがり、正樹は嬉しくなった。うちわを見ても大地を応援してくれる人が多い気がして、誇りだった。  (うわぁ!カッコイイ!ここ好き!)  正樹はたくさんスクリーンショットをとった大河と優一の掛け合いの所で思わず声をあげた。会場からも絶叫が響く。テンションが上がったのか、大河が優一の後頭部を掴み、おでこを合わせた。優一も大河から目を逸らさず、鋭い眼力で歌を返す。その後、図ったかのように、2人でカメラ目線で睨みつけた後、口角だけをあげた。  『キャーーーーッ!!!』  (うぅー!今のたまらない!!!)  家にいたら足をバタバタさせたかったが我慢した。 レイの歌唱力にも会場が沸いて、うしろからは、キャーキャーと、優一の姉の友達の声が聞こえて嬉しくなる。そして、最後に誠の顔のドアップと囁くようなフレーズとウインクに全部持っていかれた。怒涛のRINGのステージはドキドキしっぱなしでたったの4曲も濃厚だった。  「RINGやっば!ユウもマコちゃんももう立派なオトコだよね!あんな可愛かったのに」  「アンリ、おばさんみたいなこと言わないの!…はぁ〜次はブルーウェーブだよね!たのしみ!!」  「ユウにタカさん取られても好きなの?」  「ユウの好きと違うの!ファンなの!」  うしろの声にまた思わず振り向いてしまった。するとお友達の方がニヤニヤしている。  「イケメンお兄さん、残念だけど、ユリはタカさんに夢中だから!」  「あ、いえ!…あの、タカさんのお母さんがここに…」  麗子を指差すと、麗子はニッコリ笑った。  「タカを応援してくれてるの?ありがとう…あれ、ユウちゃんにそっくり!」  「お姉さんらしいです」  「まぁ!お姉さんも可愛いのね!今度うちにいらっしゃい」  「へっ?うそ!タカさんのお母さん!?やばっ!アンリっ、どうしよっ!」 優一の姉、ユリは興奮してぴょんぴょん跳ねていた。名刺を受け取って涙目になりながら、タカの歌が好きで、とか、弟をよろしくと必死に伝えていた。すると一面が青に染まり、ユリは大興奮して号泣し、となりのアンリをバシバシ叩いていた。 「っ!!?」  初めてみたブルーウェーブは圧巻だった。タカのものすごい声量から始まり、メインスクリーンが4分割され、全員の顔が映ると会場から大きな歓声が上がった。  (待って!かっこよすぎる!!鳥肌がとまらないよ!)  「麗子さん、本当にかっこいいです!」  「薫ちゃーん!本当?嬉しい!私も久しぶりに見たから驚いているわ!」  薫は目が釘付けになっていた。  バラードが中心だが聞き応えがあった。思わず涙がこぼれて慌てて拭うと、周りも同じで安心して感情を出した。  (あ、これ映画に使われていた曲…)  舞ちゃんと初めてのデートで見た映画の曲に、思わずボロボロと泣いた。色んな思い出が蘇って止まらなくて椅子に座った。ハンカチを取ろうとカバンを開けると、ケータイが光っていた。  (舞ちゃん!?) なり続ける電話。切れても切れても鳴る電話に、鞄を持って慌ててロビーへと走った。  「もしもし…」  『舞だよー!元気?』  「あぁ。何?どうしたの」  緊張するのを抑えるように冷たく言うと、泣き始めた。  『会いたい。舞、正樹に会いたい』  泣き声で言われて、思わず飛んでいきそうなのをグッと堪える。  「舞ちゃん、舞ちゃんを愛してくれる人はたくさんいるでしょ。僕はもう恋人がいるから、舞ちゃんに会えない」  『やだ!舞は正樹がいい!正樹を誰にも取られたくない』  「付き合ってるときに、言って欲しかったよ」  『正樹!』  「会えないよ。恋人を裏切りたくない。…舞ちゃんみたいになりたくない。」 『舞より、良い人なんかいないくせに』  「いるよ。たくさんいるから。」  『じゃあ女と代わって?話したい』  そうとう自信があるようで、代われとまで言ってきて困る。珍しく引き下がらないのも不思議だった。  「今更何の用?」  『今日は正樹の気分なの。だから正樹がいい』  「そんな理由で行くわけないでしょ。もう舞ちゃんとは会わない。」  『彼女、どんな目に遭ってもいいの?』  「はぁ…舞ちゃん、もう成長しなよ。全部が思い通りに行くわけないだろ?」  正樹はだんだん面倒になってきた。早く会場に戻ろうとするとシクシク泣き始めてため息を吐いた。  「舞ちゃん、幸せになってね。バイバイ。」  そう言って初めて一方的に切った。そして着信拒否設定にまでした。もうあの映画を観たときのような愛情はなかった。  (大地のおかげだな…。助けられてばっかりだ)  スッキリして会場に戻ろうとすると、優一の姉、ユリがトイレへと走っていった。少し心配になってお茶を買って待っていると、鼻を真っ赤にして出てきたユリに声をかけた。  「大丈夫ですか?」  「あ、はい!」  「あの、これ、良かったら。僕、大地とルームシェアしてて、よくRINGのユウさんやマコさんと話すんです。」  「あ、そうだったんですね。じゃあユウのことも知ってるんですか?」  「少しは。」  そういうと、ユリはまた涙を拭いてベンチに腰掛けた。  「あそこまで、弟が潰れたのは初めてでとっても心配でした。もう辞めたらいいのに、とさえ思っていて…。あと、私がファンのタカさんが、毎日ユウに会いに来て…まさか付き合ってるだなんて思わなくて…。いろいろ複雑でした。」  優一が潰れた、とは知らなかった正樹は驚いてユリを見ていた。  「でもユウが楽しそうにしているのが見えて良かったです!ユウの居場所があってほっとしました!ユウのこと、よろしくお願いしますね!」  泣きながら笑うユリに、思わず体が動いた。  「っ?!」  「あ…、えっと、ごめんなさい。思わず…」  「…ダメですよ、好きな人いるくせにキスなんて。」  「え?」  「ルームシェア、ですか?本当に。」  ユリは悪戯っ子みたいに笑って、お茶を飲んだ。 「大地に愛してるー!って言われてたのに、浮気はダメです!」  「っ!!…すみません」  「でも、付き合って無かったら、私はアリだなぁ〜って思ってましたよ?」  「えっ!!!」  「コラコラ!あははっ!…もう!期待しなーいの!こんなんじゃダメですよ。大地をしっかり愛しなさい!」  「ふふっ、はい!」  ユリはニッコリ笑って正樹を見た。  「弟もそうだから、驚きませんよ。弟には驚いたけど、いろんな形があるから。」 「そう…ですね」  「でも、本当にタカさんはタイプだったから…実はかなり落ち込みましたけどね!あははっ、好みも一緒なんて恥ずかしいです。」  笑うユリがやっぱり可愛くて、ドキドキしてしまう。デレデレしているのが分かったのか、思わず頭を叩かれた。  「ダメですよ?私、浮気相手になりたくないもん。」  「…分かってるけど…可愛いって思うのはいいですよね?」  「あはは!何それー!」  ケラケラ笑うのも、胸がギュッとするほど、可愛いくて、心の中で大地に謝って抱きしめると、大きな柔らかい胸が当たってもっとドキドキする。 「あなた、名前は?」  「正樹です。ユリさん?」 「なんで知ってるの?」  「お友達さんが、言ってたから」  「そっか。正樹?ダメだよ、離して」  「いやだ。」  下から見つめてくるのがあの日の優一みたいで、一気に欲情したのが分かった。噛み付くようにキスして、髪を撫でた。  (ヤバ…久しぶりに女の子触る)  「正樹っ、ダメだよ、離して!」  「ユリさん、出よう?一緒に」  「ダメだよ、正樹、これは浮気だよ。これ以上はダメ。ね?」  「僕、ユリさん抱きたい」 「正樹、大地を傷つけたいの?」  「ちがう。ユリさんを抱きたい」  「私は、私をずっと愛してくれる人にしか抱かれたくない」  意志のあるしっかりした目に怯んだ。  「正樹が私を抱くなら、正樹は一生私を愛してくれなきゃ嫌だ。」  「っ!」  「それができないなら、ここで終わろ?ね?私は重たいよ。イケメンだからってノコノコついていく女じゃない。ユウのお姉ちゃんだよ、見くびらないで。」  「っ!ーーうー!カッコイイ…ますます可愛い!」   「コラ!聞いてるの!?」  笑ってくれるのが嬉しくてまた抱きしめた。 「じゃあこうさせて。あと少しだけ。」  「…もう、甘えんぼさんだなー。ダメだよ」  「はぁ…柔らかい。可愛い。最高」  「正樹ぐらいだよ、可愛いなんて言ってくれるの」  「みんな目が悪いんだよ。ユリさんは可愛いすぎてたまらないよ。初めて見た時から可愛いって思ってた。」  「正樹なんか大地に怒られてしまえ」  優一みたいな返しに思わず笑ってさらに強く抱きしめる。 クスクス笑っているユリにのほっぺにキスをして笑っていると、薫が腕を組んで見ていた。 「あ…っ、やば、薫さん!」  「ほーら言わんこっちゃない。私は知〜らない」  「正樹、来なさい」  ユリは悪戯っ子の顔をして手を振って去っていった。  「大地とは遊びなの?」  「ち、違います。…本当に、魔が刺したというか…めちゃくちゃタイプな子で…」  「たしかに可愛い子よ。正樹、あなたは若いんだから、何も無理に大地に拘らなくてもいいのよ。…どうして大地なの?」  「…僕が辛い時に1番、そばにいてくれて…支えてくれました。恩人だし、大地がいたら安心するんです。本当に…ごめんなさい。」  「いいの。私はじめ驚いたの、大地から聞いて。でも正樹も男の子。女の子を好きと思うのは普通のことよ。大地が縛っているなら、と思ったの。」  正樹を心配してくれたと知って心が痛かった。すみません、と謝って大地が好きなんです、と言うと嬉しそうに笑った。  「大地を、私と重ねちゃったの。ごめんなさいね、親がしゃしゃり出てきて…。私は、形は妻だけど愛されなかったから…。大地は愛されてほしいの。だから、正樹がもし、さっきのあの子が好きなら早めに、きちんとケジメをつけなさい。傷つけてしまうけど、ずっと隠されるよりは痛みは少ないから」  「薫さん、ごめんなさい。そんなことしません。僕は大地がいいです。浮かれてて…すみません。悲しい想いさせて申し訳ないです。」  正樹は深く反省して、大地にも薫にも、そしてユリにも申し訳なくて、会場に戻ると謝った。するとユリは気にしてないよー、と笑ってくれたが、となりのアンリは物凄く睨みつけていた。 エンディングでは全員が出てきて歓声があがる。誰と誰が仲がいいとかが分かる。大地は78のメンバーに遊ばれていて楽しそうで思わず笑ってしまう。大河には誠がボディーガードかのように寄り添い、手を振っている。レイにはたくさんの人が寄ってきていたが、双子がくっつくと大歓声が起こった。優一の隣にはタカが来て、肩を抱いたり後ろから抱きしめたり、ひたすら触っていて、見てるこっちが照れるが、本人はジンと楽しそうに話していた。  アンコールも終わって、スタッフが裏に通してくれた。エミリはきちんとチケットを取って参加していたが、裏には行きたがらなかった。理由は失神するから、というなんとも不思議な理由だった。RINGの楽屋に行くと、大河と誠とレイしかいなかったが、薫と正樹と、優一とアンリは失礼しますと中に入った。  「ユリさん!アンリさん!」  「マコちゃーん!最高だったよ!!」  誠が2人に思いっきり抱きつき、最初は相手にしていたアンリはレイを見て顔を真っ赤にした。  「やっば!レイかっこいい!!」  「え?本当ですか?ありがとうございます!」  「キャー!優しい!」  大興奮のアンリを苦笑いしてユリは見つめ、大河と目があった。  「大河さん、いつも優一がお世話になっています。路上ライブもありがとうございます!」  「いえいえ!こっちが楽しませてもらってます!」  正樹は大河を見て、エロい顔を思い出し真っ赤になると、誠が正樹の目を隠した。  「正樹、そんな目で大河さん見ないで。」  「えっ、あ、ごめんなさい」  惚れっぽい自分に苦笑いして、薫を見ると、全員がきょとんとした。  「あ、あの…。大地がお世話になっております。大地の母です」  すると全員が驚いて駆け寄った。  「大地の!!お母さん!」  「あ、はい。」  「若っ!!ユリさんのお友達かと思ってました!」  「大地、頑張ってたでしょう?もっと見てあげてください」  レイが真剣に伝えると、薫はふわっと笑って、RINGのファンになりました、と言うと誠とレイが泣き出して大河が慌てていた。  「皆さんが、大地を支えて、引っ張ってくれていたのが伝わって、嬉しかったです。これからは今までの分、たくさんRINGを応援していきますね」  「「「ありがとうございます!」」」  3人の声がそろってお礼を言うと薫は嬉しそうに笑った。  「お疲れー!あー!アンリー!姉ちゃん!」  テンション高い優一が現れ、ユリもアンリも優一に駆け寄った。  「ねぇ!ユウ!あの男の子、ユリのナンパしてたよ!」  「え!?コラ!正樹!ダメだよ!姉ちゃんに手を出さないで!」  「え、あ、だって、可愛いくて…つい」  「ついーー!?可愛いからってダメだよ!!姉ちゃんも隙がありすぎ!気をつけなよ!!青木にお仕置きしてもらうから!」  優一がユリを守るように両手をいっぱいに広げてガードするのが可愛くて楽屋にいる全員が笑った。 大地が戻ってこなくて、レイが78のところに案内しようとドアをあけるとちょうど廊下で盛大にいじられてるところだった。  「あ!正樹!ママ!ユリさんもアンリさんも!」  「「「ママ!?」」」  ピタリと静かになり、78がピシッと整列して頭を下げた。  「いつも大地がお世話になっております。」  「うわ!マジかよ超美人!!」  「若いな!美魔女!」  「まだ38歳だよー!」  「大地、年齢言わないでよ!」  真っ赤になった薫は下を向くと、更に78が盛り上がっていた。その中で78のメインボーカルの篤がグイグイと前に出て、ユリの前に立った。  「あのっ、もし、よかったら、連絡先交換さしませんか?」  「えっ?!私!?」 「ユリなんなのー?モテ期?」  「篤さん!遊びなら姉ちゃんに手を出さないで下さい!」  優一が慌てて中から出てきて、先ほどと同じように両手を広げてガードすると、78に大爆笑が起こった。  「篤!お前!本当ユウちゃんの顔好きな!」  「優一くん、僕は本気です。お姉さんなんだね。もし、よかったら、お願いします。」  真剣な眼差しに、優一はガードを解除してユリを見た。ユリは顔を真っ赤にして俯いた。  「姉ちゃん、嫌なら…」  「歌…上手くて、カッコよかったです」  「わ!」  優一がキラキラした目で2人をみた。周りも息を飲んで緊張した。  「私で良ければ、ぜひ交換しましょう?」  照れたような上目遣いが可愛くて、正樹は心から羨ましかった。それを大地が見ていたことにも気付かないくらいユリを見ていた。  「うぉおおおお!やったな!篤!!」  「え、あ、本当っ?いいんですか?嬉しいです!!」  「美容室、経営してるので…あんまり返せないかもしれませんが…」  「美容師とか最高じゃん!!」 「いいです!大丈夫です!僕はヒマなので!」  「おいおいヒマじゃねーだろ!…ユウのお姉さん、こいつはマジでムッツリ野郎だけど真面目なんで!オススメっすよ!」  楓が篤の肩を組んで言うと、ニコッと笑って交換していた。  「姉ちゃんに春がきた!」  「もう、交換しただけでしょ。」  「嬉しい!」  優一はテンションが上がってぎゅっとユリに抱きつくと、ユリも嬉しそうに抱き返していた。 各所に挨拶をして回って、ユリとアンリと別れ、裏口から出て薫と歩いていると、後ろからスタッフに呼び止められた。 「あの、落としましたよ、こちら。」  薫のバッグの飾りが取れていて、薫は深く頭を下げた。  「わざわざありがとうございます。では」  「あ、あの…。どなたかお知り合いが?」  「RINGの大地の母です。」  「えっ!?お母様でしたか!」  驚いたスタッフは、少し迷った後、名刺を差し出した。 「ブルーウェーブマネージャーの、岡田と申します。」  「え?…あ、はい。」  「既婚者の方に、こんなこと…失礼ですが…。…もし、よろしければ、後ろの番号に連絡ください。」  「へっ?」 「こんなガキが…と思うかもしれません。でも、受け取ってください。…連絡待っています。」  茶髪の青年はペコリと頭を下げて戻っていったのを2人は唖然と見ていた。  「薫さん…モテますね」  「からかわれてるだけよ。」  苦笑いしてカバンに名刺を入れていたのを見て、タクシーを呼んだ。少し考えて正樹は薫に話しかけた。  「薫さん、好きな人いるんですか?」  「そんなの…前の旦那に決まっているわ。愛してもらえなかったけど、最初は物凄く優しかった。あの人を越える人なんて、いるのかなって」  「そうですか…」  「大地のパパは、私を守るために必死だった。私がちゃんとできていれば失望させることも無かったのに…って。今でも思うわ。もう戻れないのに、寂しくて仕方ないわ。」  大地からひどい仕打ちだったと聞いていたが、薫はそんな過去も愛しそうに話していた。  「いい思い出だけが浮かぶのは、都合のいい妄想かしら。心が自分を守るためかもしれないわね。」  「薫さん、進みましょう?」  「…?」 「連絡、してください!今日ですよ!」  「えっ?え?どうして?私は前の旦那さんを」  「旦那さんは、戻ってきますか?」  聞いた瞬間、薫がボロボロと泣き始めた。 「薫さん、旦那さんにも連絡してみましょ?可能性があるなら、この人には連絡しない。でも、無さそうなら!進みましょう!」  「でも…っ、私は、1人でもいいの」  「無理しないでください。お友達でもいいじゃないですか。」  「友達…」  「そうです。お友達なら、旦那さんも裏切ってないです。ね?」  コクンと頷いて、名刺を探してゆっくり見つめた。  「旦那さんに、声をかけてきてもらった時も、周りが押してくれたんです。正樹、ありがとう」  ニコリと笑って、マンションに着き、頑張ってと応援して、それぞれの部屋に入った。 (疲れた…でも、楽しかった)  コンサートに行く前には絶望感しかなかったのに、幸せいっぱいで眠った。  「ンッ!?ーーッ、ンッ!」  (なんか…息苦しい…)  薄ら目を開くと真っ暗なままだ。疲れもあってまた目を閉じると、物凄く強く、敏感なそこを握りこまれた。  「アァッ!!ーーっ、な、なに」  焦って起き上がろうとするも、腕が上にぎゅっと縛られている。  (え?え?)  「お前、浮気したって?」  「だいち…?」  「女の子がいい?」  「大地…」  「絶対許さないよ。今更女の子がいいって言ったって、俺はお前を逃がさない」  「違うっ、ごめんっ!」  やっと頭が覚醒したが、遅かった。目が慣れてきて、見えた顔は心から傷ついたような大地を見て後悔した。  「ごめんっ、大地」  「ユリさん、可愛いよね。おっぱいも大きいし、優しいし、何よりユウにそっくり」  「ンッ!!」  痛いほど握り込まれて冷や汗をかく。  「お前、ユウのファンだしな?」  「大地っ!」  「お前も、俺を見てくれないの」  パタパタと胸に温かい水滴が落ちて、やってしまった、と後悔した。  「大地、はずして。」  「正樹は、正樹だけは見てくれると信じてたのに」  「大地」  「…っ、ぅ、ーーっ、ぅ、」  何とか起き上がって、キスするも嫌がって離れていく。  「コンサートに呼ばなきゃよかった。」  「っ!」  「来てくれて嬉しかったのに、正樹は女の子ナンパしてて、頑張ったのが馬鹿みたい」  「だいち…」  スルッと腕の拘束が取られ、ネクタイが床に置かれた。  「ごめん。頭冷やしてくる。」  泣きながら鍵を持っていく大地を追いかけて抱きしめるも、勢いよく振り解かれる。振り返った顔はあの楽しそうに歌って踊っていた人とは別人だった。  「今日はママのとこ、行く」  「ごめん、行かないでっ」  「うるさいな!!女の子でも、ユリさんでも好きに呼んで抱けよ!なぁ!?俺に同情して、友達の延長で恋愛の真似事でもしてるんだろ?!本気にしたくせに!俺が本気になったら重くなったんだろ?!本当は女の子がいいんだろ!?じゃあ行けよ!それが普通だしな!!!」  泣き崩れて、しゃがむ大地に触ろうとするも、振り払われる。その後震える声でポツリポツリと話し出した。  「ごめん…。こんな少しのことも許せない小さい奴で。不安なんだよ、やっと掴んだ幸せ…離したくないんだよ。ずっと幸せを感じていたい…。もう俺は、正樹じゃなきゃダメなんだ…。」  「ごめん、大地、ごめん。」  「不安だよ、怖いよ、正樹」  「大地、ごめん」  「疲れた…。もう、疲れた。もう青木大地を辞めたい」  「なに…言ってんの…?なぁ!なに言ってんだよ!!待って!どこ行くんだよ!!」  ふらふら泣きながら薄く笑って、ベランダに歩いていくのを唖然として見る。叫んでも聞かず、ベランダの手すりに座って、振り返った。 「バイバイ」  「大地!!!!!」  「はーい?」 パチンと点いた電気が眩しくて目を閉じ、薄く目を開けると、風呂上りなのか、上半身裸で髪をタオルで拭きながら大地がやってきた。 「どーしたの、正樹。…泣いてる?」  「大地!!!」  「あらま、どうしたー?」  「ごめんっ!おれ!ごめん、」  しっとりとした肌に抱きついて、ボロボロ泣いた。怖かった、大地がいなくなってしまったと思った。 「大地っ!好き!ぼくっ、お前が好き!」  「あはは!ありがとう!」  「ごめんっ、ユリさん、ナンパしてっ」  「あー!そうだった!お前!ユリさんにキスしたりハグしたりしたんだって!?俺だけ見てって言ったのにー!まぁ、ユリさんはマジで可愛いすぎ!」 久しぶりに会ったけど、やっぱ可愛いー、と言う大地が悪夢とは違いすぎてきょとんとする。 「へっ?」  「全く…。お前は可愛い子にすぐデレデレしやがって!ダメだよ?次は許さないから!」  「え?あ…ごめん」  「で?どうして泣いてたの?」  優しい顔で頭を撫でてくれるのが嬉しくてまた涙腺が緩む。 (ああ…落ち着く)  「僕が、大地を傷つけたから…大地が怒って、飛び降りる夢見た」  「うぇー!?マジか!あっはは!それでかー」  よしよし、と背中を摩ってくれた。  「大地がいなくなったと思った。嫌だった。追いかけないとって…」  「ダメだよ!例えそうなっても、正樹は生きて」  「そんなの、意味ないっ!」  「正樹が生きていれば、俺は幸せなんだから。」  本当に幸せそうに言う大地に、胸がいっぱいで、抱いてくれとお願いした。照れたように笑う大地が可愛くて自分から深いキスをして必死に誘った。生きている大地を痛いほど感じたかった。  「ッアアァア!!!だいちっ!!」  (いやだ…!最後まで一緒に迎えたいのに…っ!とびそう…) 「はぁ、はぁ、はぁ、ッ!んぅ、ん!」  「ッン!!ーーッァアァア!」  「くぅっ!!」 (大地もイきそう…っ!中に出してっ) 思いっきり締め付けると、焦ったように腰を引くが、無理矢理足で腰を引きつけた。 「ああっ!正樹、っ、ごめっ、ん、…っ、また、っ、んぅ!ッ!出すよ!ッあっ!ーーぅ、!!」  何度も何度も吐き出しても、足りなくて、大地が疲れているのも無視して求め続けた。  「ぅ…痛い…っ、」  腹も壊して腰も痛めて苦しんで起きるも、大地はもう会場に向かったようだ。朝ごはんと一緒に手紙があった。 『正樹へ  おはよう。昨日は無理させてごめんね。  不安にならなくて大丈夫だよ。  誰でも心奪われる時はあるでしょ。  取られるかもって心配にはなるけど、  絶対俺に帰って来てくれるなら  俺は両手を広げて正樹を迎えるから。  正樹が隣にいてくれるだけで  俺はいつも幸せをもらっているよ。 ありがとう。愛してるよ。 いってきます。大地』  メッセージでもなく、電話でもない手紙が嬉しくて、嗚咽が出るほど泣いた。少し落ち着いた後に電話をすると、騒がしそうな音の中、電話に出てくれた。  『正樹ー、おはよう』  「大地!!世界で一番大好き!」  『えっ!!ちょっと、スピーカーにしてたから…っ!』  周りからヒューヒューと誠や優一の声がして、恥ずかしそうに慌てる大地。 「大地!今日もコンサート頑張って!ファンを幸せにしてきて!」  『ありがとう!…俺も愛してる』  小さな声で言われたのが擽ったくて笑った。  電話を切って、夢で大地が飛んだベランダに出た。  (大地はまだ、空には行かせません。)  顔を叩いて会場の方向を見て頑張れ、と呟いた。

ともだちにシェアしよう!