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第91話 守備
深夜2時。ネット電話で彩とコウの元気そうなのを確認し、ほっとして通話を切った。賑やかな時間から、しんと静まりかえる室内。
(まだ帰ってきてないのかよ!?)
篠原が来てからというもの、愁は連日飲みに出かけている。愁とタイプが似ていて、秀才で人当たりがいい。数字に強い愁は篠原と楽しそうに難しい話をしている。はじめは翔太やリクも誘われていたが、付いていけない話ばかりで退屈にしていたところを篠原に気付かれ、そこから2人で行きましょうと愁を奪って行った。その日はやけ酒で、翔太を朝方まで付き合わせ、自分は二日酔いで事務所に行き、2人はみんなの前で叱責された。
「お酒、弱いんですね?飲み過ぎ注意ですよ?」
ヘラヘラしてるように見えるし、何より仕事が出来るのがむかついた。業界未経験の癖に、すぐり周りを見て動けるし、人の顔と名前や趣味、話した内容まで覚えているから太刀打ちできない。
ブラックパールを育てた楓と、サポートしたルイが顔を出しに行くと、デビュー前のアイドルなので遠慮して下さい、と丁寧に断られたそうだ。
「リクさん、78のメンバーよく来るので、少し困ってまして…。方針を統一してもいいですか?」
「ほうしんをとういつ?」
「はい。案内がブレると不信感に繋がりますので。アイドルの恋愛はご法度だと聞きました。若い男女が絡むことはその可能性を増幅させます。可能性を最小限にするためにも、不必要な絡みはお互い避けたいと思いませんか?」
「挨拶ぐらいでそんなことに…」
「んー。78は眼中になくとも、若い女の子たちです。カッコイイ男の子がいれば、集中がきれてしまいます。そこは、ご理解いただけませんか?ブラックパールはデビュー前です。こんなスキャンダルは…」
「あーはいはい。行かせないようにします。すみませんでした。」
廻りくどい言い方も気に食わず、適当に相槌を打って席を立った。
「公私混同は良くないですよ?」
「あ?」
「プロなんですから、お互い尊重し合わないと。リクさん、これは"仕事"です。僕が気に食わないのは隠しましょう?」
「どうもすみませんでしたー」
「先輩、取っちゃってごめんなさいね?」
ギロッと睨むと、クスクス笑っていてイライラする。
「リクさん、先輩とどんな話するんですか?想像つかないです。」
「お前に関係ない」
「あはは、お前は後輩でも失礼ですよ?気をつけましょう?」
「篠原には関係ない。じゃー行きますわ」
イライラしながら戻ろうとすると、また呼び止められ、ため息をついて振り返る。
「今日も先輩かりますね?」
デスクに戻り、仕事に集中した。すべての仕事を捌き終え、愁を探して喫煙所に呼び出した。
「昨日、どこにいた?」
「テレビ局の人に篠原を紹介してたんだ。いつもの店。女の子が篠原を気に入っててさ…ドンチャン騒ぎ。気がついたら篠原ん家にいた。」
ドカンッ!!
「り、リク?」
「愁、そろそろいい加減にしろよ」
「あ…ごめん」
「何日連続?」
「…ごめん。今日までは予定があるから、明日から…」
「今日から。別に必ず愁がいなきゃいけないわけじゃないだろ?」
「いや、顔を売るには僕がいた方が早い。リク、これは仕事なんだ。」
篠原にも強調された"仕事"にイライラが増す。愁に当たるのは違うと堪えて、そうかと引き下がった。
「お疲れさまでーす。」
篠原と事務所ですれ違って、真顔で挨拶して通り過ぎようとすると、呼び止められてため息を吐く。
「何すか?」
「見てくださいよー。これ、昨日の先輩です!可愛くないですか?」
「っ!?」
酔い潰れた愁が顔を真っ赤にしたまま眠っている写真だった。愁の長いまつ毛と少し開いた唇にドキッとする。
「先輩って完璧なのに初めてこんな姿見たんですよ!可愛いですよね!」
「…そんなに飲ませたのか?」
「いえ…飲ませたつもりはなかったんですけど、でも今日も仕事してるんですよね!さすが先輩!」
明け方に帰ってきて、ひたすら吐き続けていた愁。そんなに弱くはなかったが脱水になりそうなほどだった。
「…篠原、愁を試しただろ?」
「何ですか?」
「潰れて帰らないと思った?」
「……ふふ。お見通しでしたね」
笑う篠原のネクタイを引っ張って顔を近づける。
「あんまりナメた態度とってんなよ?」
「リクさん。僕、キャリア全部捨ててここにきました。あなたを追いかけた愁さんみたいにね。」
「どういう意味?」
「分かりませんか。僕はあなたから愁さんを奪いにきました。」
整った顔が自信満々に笑う。睨みつけたままネクタイを放す。
「そう?せいぜい頑張って。悪いけど、愁は俺しか見えないから。」
同じく自信満々に笑って返すと、初めてイラついた顔を見て口角が上がる。
(はっ、上等。かかってこいや)
「リクさぁああん!!練習しよぉおお!」
後ろから飛びかかってきたルイに話が終わった。篠原は愁には見せないであろう氷のような目でリクとルイを見て無言で去っていった。
「リクさん、あの人怖い」
「ルイ〜俺嫌われちゃったー」
「大丈夫!俺っちはリクさん大好きー!」
盛り上がってその場を後にして、スタジオで馬鹿騒ぎしてレッスンを始めた。
ーーーー
「元ダンサー?日本代表?全部過去の栄光だ。今のあなたに魅力なんか一つもない」
篠原はリクの情報を調べ尽くしていた。急にいなくなった尊敬する先輩。入社時から育ててくれて、認めてくれて、いいポジションに推薦してくれた。急に決まった退社にもかかわらず完璧なマニュアルまでできていた。おかげで仕事はやりやすく、篠原の評価が一気に上がった。全部愁のおかげだった。音楽や芸能に全く興味のない愁が、芸能事務所に行ったことが信じられず、業務の合間に調べ尽くした。すると、仮説ができた。
「この人を追って…?まさかでしょ?」
タイプもジャンルも違うその人に驚きしかなかった。
(僕の方がいいに決まってる)
(相手がこの人なら僕にだって可能性はある)
(僕がこの人に負けるはずはない)
そう思って篠原は退社を決めた。周りから固めるため、まずは社長に近づき、気に入られ入社が決まった。計画通りに会えた先輩は仮説通りだったが思わぬ誤算があった。
(あの人のどこがいいんだ?)
はっきり言って、愁の感覚を初めて疑った。思ったことが全部顔に出て、状態が分かり易い人。機嫌がいい日は誰にでも絡み、機嫌が悪い日はいるのも気がつかないくらい無言。一見ガラも悪そうな雰囲気で、マネージャーらしくない、アーティストみたいな服装。なにより、現場でのオーラがすごく、裏方とは思えない人だった。
愁を縛るのではなく、好きなようにさせ、目に余る時だけ叱る。見た目のチャラさからは想像できない真面目さと寛容さがあった。とくに大きな誤算だったのは愁がリクにべた惚れだったことだ。
「リクのためなら何だってする」
「リクのそばにいるために、働いている」
「リクがいないと意味がない」
酔った先輩は、リク、リクと何度もその名前を口にした。挙げ句の果てには、早く会いたい、帰りたいと、一緒に飲んでいて不快しかなく、潰してしまった。
記憶をなくしてでも、タクシーで帰ったのを見て焦った。全てを賭けた勝ち戦のはずが、大敗の予感がしていた。
(考えろ。冷静になれば思いつくはずだ)
爪を噛んで、頭を働かせた。
長谷川:篠原、昨日はごめんな。今日は休肝日にするよ。
篠原:ならご飯にしましょう?
長谷川:また今度な。
あっさり断られ、イライラしてデスクに座った。
(簡単なはずだったのに…あの自信満々の顔もムカつく)
仕事よりもこのことが気になって仕方なかった。
ーー
「ただいま」
「愁!おかえりっ!」
「あははっ、リク、久しぶりだな」
「本当だよ!放置しやがって!」
忠告を素直に聞いて帰ってきた愁に嬉しさが止まらない。優越感を感じてテンションが上がり、激しく舌を絡ませた。久しぶりに触る気がして、夢中で愁にくっついた。
「リク…抱いていい?」
「どーしよっかなぁー?」
「リク…」
「俺が上がいいなぁ」
愁はリクが上になるのを嫌がる。自分がリードして好き放題して、泣かせるのが好きなのだ。
「愁…嫌?」
愁が弱い顔をすると、愛しそうに頬を撫でて了承してくれた。
「愁…、も、」
「うん…いいよ…っ、」
愁から許しをもらって、大きな熱をゆっくりと向い入れる。久しぶりの圧迫感はリクを簡単に快楽へ落とした。
「はぁっぅ!!っはぁ、っぁああ!あっ!あっ!あっ!」
愁の腰に手を置いて、必死に腰を振る。中の愁を締め付け、奥へ奥へと誘う。
「愁っ!しゅうっ!気持ちっ?」
「は、ぁっ、リク!っ!気持ちいいよ」
色気のある声に腰が抜けて、体を全て愁に預けると、正常位に体勢を入れ替えた愁が舌舐めずりをして笑った。
「リク…お待たせ。可愛がってあげる」
「ぁうっ!?っぁあああ!!ああっ!あぁああ!」
「可愛いよ…もっと泣いて、気持ち良くて泣くリクが好きだよ…」
「やぁーー!!ダメダメッ!!っああああ!」
ガンガンと激しく腰を振られ、奥に入り込むのに腰を引くも、すぐに引き寄せられ、飛びそうになる。
ガリっ!!
「ーーッ!!痛いっ!愁!やめろぉ!っああああ!んっ!」
乳首を思いっきり噛まれてジワリと涙が浮かぶ。それを見て興奮したのか、息が荒いまま、リクの弱いところだけを抉ってきた。
「ッぁああああああー!!あっ!っあ!やぁああ!しゅうっ!しゅうっっ!!」
愁の腕を掴んで、勝手に腰が跳ねる。すぐそこにある絶頂を目指して、リクも理性が飛んでひたらすら愁を求めた。
「はっはぁっ、リクっ!!出すよ!」
「っぁああ!!ッァアア!!」
思いっきり吐き出して、気持ち良さに浸る。珍しく愁も、目を閉じて余韻を味わっているのをみてほっとした。しばらく見ていると、長いまつ毛が上がって、色素の薄い茶色の瞳と目が合った。
「さぁ、リク?楽しもうか」
とても幸せそうに、天使みたいに笑う愁に見惚れてしまう。
(こいつ…本当に顔もいいよな…)
顔に触れたくて手を伸ばすと、両手を取られ、ギュッと一つにまとめられた。
「へっ!?愁!?」
「ん?」
「何これ…外してよ、動きにくい」
「当たり前でしょ、拘束してるんだから。」
「何で…わぁっ!?何っ?何!?」
目隠しまでされて少しパニックになる。愁が急に黙って不安になって呼ぶも返事はない。
「愁?…なぁ、愁?」
少しの音が大きく聞こえ、敏感になる。
「愁っ!!愁ってばぁ!!愁!!」
「大丈夫、いるよ。」
「返事しろよ…バカ」
「ごめんごめん。ンチュ」
「ああっ!んっ、んぅ、耳やぁ…っ」
急に耳を舐められ、ビクッと跳ねた。嘘みたいに気持ち良くて、自分の性器を触ろうとするも腕は動けない。
「愁っ、触って、触って!」
「どこ?」
「俺のっ!お願い!」
「俺の、何?ここ?」
スッと胸の粒を撫でられ、腰が浮く。
(足りないっ!足りないっ!)
「愁!チンチン、触ってぇ!!」
「やだ」
「愁!!お願い!ほら、愁、見える?触って、触って!」
「仕方ないなぁ」
耳元から移動して、やっと触って貰えると期待すると、温かさに大きく跳ねる。
「ッァアァア!?しゅうっ!しゅう!」
ぢゅるぢゅるぢゅる
「きゃぁぁあああーーッ!!!」
訳がわからないまま吐き出して、余韻もないまま、熱が入ってきて絶叫する。抵抗もできず、次が予想できないままどんどん過敏になっておかしくなりそうな感覚にポロポロ涙が溢れ、目隠しを濡らした。
(愁の顔が見たい…)
「愁っ…っ、ぅ…ぅ、しゅう…」
シュルッ
眩しくなって目を開けると、困ったように笑う愁がいた。
「愁!」
「ガチ泣きはやめてよ…。ビックリした。」
「ごめっ…っ、かお、みたかった…」
「ごめん。手も外すね。はい」
手が自由になるとすぐに抱きしめて胸に顔を埋めた。
「久しぶりにリク抱くから…張り切っちゃった。ごめんね」
「いいよ。ただ…顔見たかっただけ」
「はい、どーぞ。」
グッと離され、愁のドアップに真っ赤になる。相変わらず甘いマスクで微笑まれるとドキドキする。
「リク…好きだよ」
「俺も、好き」
見つめ合いながらキスして、またベッドに沈む。キスはしたまま愁の腰が奥へと進み、リクは愁の背中に爪を立てた。
「愁っ、愁は、俺のっ、だよ、な?」
「はぁっ、は、っ、?、当たり前、でしょ。他に、誰が、いるの」
「っあぁ!っああ!なら、いい!っああ!」
奥に入ったまま動きが止まって、唇も離れた。
「誰のこと?」
「へ?」
「誰気にしてんの?僕、浮気なんかしてないよ?」
「……篠原…」
「え?」
「篠原…愁狙ってんのかなって」
きょとんとしている愁にだんだん恥ずかしくなってきた。眼中になかったのか、だんだんニヤニヤしてるのが分かる。
「何で篠原!?あはは!えー?僕のタイプに見えた?」
「ちがう!篠原が!」
「もー。あいつは優秀なやつで、同性とか道外すタイプじゃないの。僕らとは違うの。心配いらないよ〜。あ、でもリクを狙うならぶっ潰すけどね。」
全く篠原の気持ちに気付いていない愁に苦笑いした。
(気付いてないなら、様子を見ようかな)
そっか、と笑って抱きしめた。愁がこのまま気付かないことを祈って、愁との夜を堪能した。
次の日、気怠いまま事務所に行って、喋る気にもなれず黙々と仕事をしていた。
「篠原さん、サナの送迎の時間…大丈夫ですか?」
「あ!今行きます!」
篠原は全く仕事に集中できていなかった。
(牽制もこめて…悪いな、愁はやれねぇのよ)
喫煙所に向かう前にバタバタする篠原と、すれ違った。
「お前でも動揺すんのな?」
「お前じゃないです!篠原です!」
篠原はたぶん愁の首筋についたキスマークに気付いたはずだ。いつもはべったりなのに今日は自分のデスクから動いていなかった。
(愁、お前が思ってる以上に、この後輩くんはお前にお熱のようだぞ)
煙を吐きながら、ため息も一緒に吐き出した。
(気合い入れねーと。あと、愁にも警戒してもらわなきゃな。)
タバコを揉み消して気合を入れた。
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