92 / 140

第92話 首輪

蒸し暑くなってきた季節。寝苦しくてクラクラする中、エアコンを付けようとゆっくり起き上がる。隣の愛しの人も汗をかいて、火照った顔に汗でしっとりとした髪。  ドクンドクン… 潤いのある唇から目が離せない。  痛いほど反応したものに、誠は切なく眉を寄せた。  (もう…限界かもしれない)  自分が引き起こした裏切り。まだそばにいてくれるだけでも奇跡で、ありがたいことなのに、自分の不甲斐なさに泣きそうになった。  (触りたい、触りたい、触りたい)  頭の中が沸騰したように熱く、何も考えられない。ぐちゃぐちゃになった感情に歯を食いしばって、落ち着くのを待つ。  (大河さん…大河さん…)  必死で心の中で名前を呼ぶ。  大河から出されたのは、「1ヶ月触らないこと」だ。そして触ったら「別れ」が待っている。  あの時のことを死ぬほど後悔して、必死にリングを握った。  ーー 「優くん、俺のために協力してくれない?もう、ぐちゃぐちゃなんだ。過去の自分が嫌で消えたくなるんだ」 「でも…っ、ダメだよまこちゃんっ!これは間違ってる!他にできることはない?」  「あの時、優くんしかいなかったんだ」  「そうだとしても、今はみんながいる!だから…」  「…また、こうなったら…優くんじゃない人に慰めてもらわなきゃいけなくなるかも…」  「大河さんがいるでしょ!?」  「優くん、助けてよ」  目を見開いて固まった優一の唇に噛み付いて、夢中になった。嫌がっている優一を抑え込んで、思春期の頃の願いを叶えた。タイムスリップしたような感覚に陥って、ここが何処だとか、仕事が続いているだとか、恋人も別の部屋にいることさえも頭から消えていた。  「まこちゃん…これは、2人の秘密にしよ?」  伊藤の声掛けでハッと現実に戻った誠は、必死に約束する優一に頷いた。タカさんと大河さんを傷つけたくない、忘れて、と必死の優一に謝罪の気持ちを込めて抱きしめて眠ると、昔に戻った気がして懐かしかった。 「おはようございます」  レイの声がして、思わず固まった。カメラに気付いてもリアクションが取れないくらい驚いた。アッサリバレたことに開き直って白状すると優一は泣きそうになって、約束を後から思い出した。ばれてしまったのなら素直に謝らないと、と2人で話し合い、バンに乗る直前で大河に頭を下げた。事の重みを、この時はまだ理解していなかった。  伊藤と話しながら泣く恋人。気丈に振る舞うのが苦手なのに無理をしたと知った。やっと自分のしたことの重大さに気付いて謝るも時すでに遅し。優一もすぐにバレ、2人はお仕置きの日々を過ごした。優一は仕事以外での誠との接触や会話が許されず、始まりと終わりにタカに連絡する習慣がついていた。そして誠は禁欲生活があと1週間に迫った。  (大河さん…傷つけてごめんなさい)  辛くなるたびに謝ってはあの時の自分を後悔し、優一の怠そうな顔を見るたびに申し訳なかった。  「…マコ?どした…?」  「あ…ごめん、起こしちゃったね…今エアコン入れるね。寝てていいよ?」  「…マコ…、早くお前に触りたいよ」  「大河さん!」  「触って、ハグして、キスして、抱いてほしい…長いな。あと1週間なんて」  寝ぼけてるのか、むにゃむにゃしながら言う言葉に目を見開いて固まった。  「でも、怖いよな…」  目が閉じて、眉が下がった。その後すっと薄く目が開いて目があった。  「ユウがイイ、なんて言うなよ?」  泣きそうな顔で笑うのに、誠は耐えられずに唇を奪った。  「んぅー!?んっ!ふぁっ、ふぅっ…ん」  「大河さんっ、んっ、ふ、大河さんっ」  「やだっ、お前っんぅ!んぅ!」  抵抗する大河の腕を押さえつけて、久しぶりの唇に止まらなかった。服を剥ぎ取って、しっとりした肌を舐め、乳首を赤ちゃんみたいに吸った。髪に指が絡んで、上から甘い声が聞こえて、ますます止まらなくなった。強く吸うと腰が浮いたあと、絶叫が聞こえて大河を見ると、イった後のような顔になった。  「大河…」  「マコぉ…別れるの…?」  「嫌だ…ごめんなさい…我慢できなかった…」  「別れない?」  「別れたくない…ごめんなさい、許して」  「ずっとそばにいるなら…許す」  「へ?」  「俺…も、我慢できないっ!マコ、触ってぇ」  「ずっと、そばにいさせてください。大河さんだけを愛します」  「うん、ありがとう…嬉しいっ、マコが我慢できなくなるの、待ってた…」  「そうなの?」  「求めて、ほしかったから…嬉しかった」 とろんとした顔で笑う大河は、両手を伸ばして頬に触れ、キスをしてくれた。熱い舌に止まらなくて必死に絡めて、もう二度と離れないようにと、逃げる舌を追いかけては吸い上げた。  「はぁっ、まこっ、まこ、まこの全部ちょうだい」  「あげるよ、大河さんに全部」  「前も言ったろ…」  「え?」  「こんなに欲しいの…お前だけだ…」  「っ!」  「俺の方が待てない…俺の負けだ。マコ、マコが欲しい」  熱に浮かされ、ぼんやりしたまま笑う。 「な、もう許すから…キテ…。ここ、切ないから…もう待てない。」  「大河さんっ」  「はぁっ、ね、待ってたよ?マコを…」  ブチンッ!!  「っぅわぁ!?マコッ?ーーッぁあああああ!!」  「はぁ!!はぁ!!大河っ、大河っ」  飢えた獣のように、目の前の恋人に襲いかかる。痛いほど反応したものは、久しぶりの熱に一瞬で弾け、たまらなく恥ずかしくなるも、それはすぐに反応し、復活した。 「っぁああ!っぁあああー!!!」  大河も我慢できないのか、必死になって首を振るも、大河も久しぶりの熱にすぐそこに訪れる絶頂にしがみつく。勢いよく白濁が飛び散るのが愛しくなり、首に噛みつき、前立腺だけを攻める。  「きぁっぁああぅ!!っあああああー!!っぁぁあ!」  涙を流してくっつくのがかわいくて堪らない。ここまで乱れたのも久しぶりで、全身を真っ赤にして気持ち良さそうに叫ぶ姿を見てに、もう止まらない。  (可愛い、可愛い!)  誠は何度吐き出しても萎えることなく、貪り尽くした。失神した大河から出ると、トロトロと垂れる自分の欲。  (はぁ…っ、堪らない!!)  力が抜けた大河をひっくり返し、腰を持ち上げ、まだ失神したままの大河にゆっくりと入れ込み、激しく奥を攻めた。 「っ!?っぁあー!!!やだぁ!やだぁ!」  「はぁ、はぁ、大河、まだ、付き合って」  辛そうに叫び、腰を引く大河をの腰を強く引き寄せ、肌の音が鳴り響く。不規則に身体を跳ねさせ、何度も逃げようとするのを抑え込み、奥だけを小刻みに刺激する。 「っやぁぁああああああー!!誰かっ!助けてっ!!」  「大河っ、好きっ!好きだよ!」  「っぁあああー!アァアア!!」  綺麗な肩甲骨か浮き上がり、そこにも噛み付いた。必死に腰を振って久しぶりの恋人を堪能する。  (好きだ、好きだ、好きだっ!)  想いが溢れて、無我夢中で抱いた。言葉になっているのか、必死で想いを伝えた。 「マコぉっ!分かった!分かったからぁっ!」  「っはぁ、はぁ!はぁ!!好きだよ!」  「っぁあああー!!マコぉ!分かったぁって!もぉっ!もぉ!ぁっー!またっ!イッーっ!!」  ガクガクと跳ねて脱力する身体を容赦なく攻めると、頭を振って枕を握る。  「お願いっ!もぉ!マコォ!」  「愛してるっ!大河っ!愛してる!」  「分かったぁっ、もう!分かった!マコォ!また!っああ!ーーッ!っぁあああー!!」  愛してると言うと、ボロボロ涙を零して振り返り、弱々しくうなずく。目の前の恋人が愛しくて仕方なかった。 (伝わったかな…?)  「マコ!好きっ!好きぃっ!!」  「っ!!?」  「ぅっあああーーッ!!!」  「くぅっ!!!」  ぎゅっと締め付けられ、腰が砕けそうなほどの快感を味わって、目を閉じた。  (はぁ…気持ちいいっ!最高っ)  余韻に浸った後に目を開けると、ベッドがものすごい状態になり、雄の香りが充満していた。大河は意識を失い、シーツには大量に出した後を見て、大河も気持ちよかったことを知り、嬉しくなって抱きしめた。  ピピピピ  「38.6ね、全く…」  「ごめんなさい。」  「大河は?」 「…ん…と、38.3…?」 体温計を見て伊藤は大きなため息を吐いた。寒気と顔の火照りでぼーっと伊藤を目で追い、大河の手を握った。  「大河さん、ごめんね、無理させた」  「あ…?…ううん…大丈夫」  起き上がることもできない大河は、弱々しく笑い、誠の指を触り、遊んでいた。2人で伊藤の用意した熱冷ましのシートをおでこに貼り、薬を飲んだ。  「マコはあと1時間で出発。大河は2時間後。」  「「はぁい」」  伊藤がシーツを洗濯しに行ったのを見送って、2人は目を合わせて苦笑いした。どちらも久しぶりの情事に燃え上がり過ぎて高熱を出し、伊藤が来るまで死んだように眠っていた。 「なぁ?なんかこれ、違和感…」  「慣れたら平気だよ?」  「んー…逆に落としそう。」  寒気でパーカーを着た大河の胸には、誠がお守り代わりにしていた、リングのかかったネックレス。大河は慣れない感覚にいじりながらも、目の前の誠の胸にかかる、自分のリングにキスをした。  お互いを縛るために首輪としてかけたリングのネックレス。嫌がるかと思った大河は、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに頷いてくれた。  「お前を放し飼いになんかできない」  そう言って、誠の首にかけてくれたのだった。依存するタイプの誠は幸せで堪らなかった。  (俺は、大河さんのもの)  自分の首にかかるリングの重さが変わった。この重さが誠を安心させた。そして大河も、幸せそうに誠の胸のリングにキスを送った。胸に収まる大河の髪にキスをして、ゆっくり深呼吸すると、眠りの世界へと引き摺り込まれた。  「マコさん入りまーす!おはようございます」  「おはようございます!よろしくお願いします!」  熱は下がらなかったが、伊藤にお願いして仕事に出た。解熱剤を飲んで気合いを入れる。 今回の撮影は、タカとの専属契約になったブランドの新作だ。優一と裏切ってから初めての対面で緊張するも、誠心誠意謝ろうと決めて待っていたが、後ろから大きな手が頭を撫でた。  「よぉ。熱あるって?大丈夫か?」  思わぬ優しい声かけに、驚いて固まると、ニヤリと笑った。  「ボコられる覚悟してたんだって?さすがに病人にはしねーよ。今日は無理すんなよ?」  心配そうな顔になり、オデコに手を置かれ、熱いなと覗き込まれる。こんな優しい人を巻き込んでしまったことに、後悔しかなかった。  パタパタ… 「お、おいおい。泣くほどしんどいか?…伊藤さんは…」  「タカさんっ!本当に申し訳ありませんでした。」  「ちょっと、泣くな!撮影前だぞ」  「優くんと、タカさんまで巻き込んでしまって、本当にすみませんでした。俺のっ、弱さがっ、優くんに、甘えて、それで、過去の、」  「もういい。分かったから。話は聞いてるから落ち着け。仕事にならないぞ。」  タカは慌ててハンカチを渡し、抱きしめてくれた。タバコの匂いが優一と同じで、もっと苦しくなった。  (ごめんなさい、ごめんなさい)  2人抱き合って、誠はタカの胸に顔を埋めたまま、落ち着くまでそのままでいた。タカの鼻歌と、背中を摩られてそのリズムに目を閉じた。  先にタカの個人撮影から入っている間に切り替えようとタカを見つめる。  (どんなに怒っていても、プロだな…。すごいや)  間違いなく怒っているはずのタカは、優しく声をかけて、慰めてくれた。器量の大きさに憧れの気持ちが強くなった。 (タカさんみたいになりたいな)  タカは撮影に慣れてきて、自分で目線やポージングなども考え、提案するようになってきた。見ていても息を呑むほどかっこよかった。  「マコさんスタンバイお願いします」  ヘアメイクさんに、体調を心配されながら明るく振る舞って、髪を触られる気持ちよさに目を閉じる。起きると、撮影モードに切り替わった。  カメラマンと呼吸を合わせて、集中する。この時は世界に2人しかいないように感じるほど、周りの音が聞こえない。シャッターの音だけがダイレクトに耳に響いて、映画のカットが変わるように、気持ちや目線さえも変わる気がした。  「OKです!衣装チェンジします」  集中しすぎていたのか、少し汗をかいていて、メイクさんが急いで直しに来ていた。ぼんやりする思考回路で、最低限の返事だけをする。次の衣装は誠が今回の新作で1番好きなコーディネートだ。その服を見て目を閉じる。  (クール系がいいな、表情は…今の感情をそのまま出してみよう。この怠さを活かせたらいいな…)  撮影プランを作って、また目を開けると、プラン通りの自分が鏡に写っている。  (うん、これでいこう)  秋冬ものの服は、色合いもシックで好きだった。ブーツも履いて、より服が目立つように寄り添った。何故か顔のアップも多かったがたくさんのうちの一枚だと、気にしなかった。そのコーディネートのまま、2人での撮影になる。  「マコちゃん、お前やっぱすげーよ。毎回勉強になる。」  「そんなことないです。俺、タカさんの撮影見てプラン練ったりしますよ」  「この服好きだろ?それがよく分かる。」  「はい!バランスがよく見える気がして。タカさんのもこれで正解ですね!はだけた感じがいいなって。タカさん、首から胸にかけてが特に綺麗なので、出した方が更に男らしく見えますよね。」  驚いたように見た後に、ありがとうと嬉しそうに笑ってくれた。 ブランド側からのリクエストに、2人はきょとんとしたが、周りのスタッフたちは賛同していた。  「先程みたいに抱き合って下さい」 泣いていたのを見られていたようで苦笑いする。  「そしたら服が写らないですよ?」  「いい写真になると思います。お願いできますか?」  タカが両手を広げて、おいで、と呼ぶとスタッフからキャーと歓声があがる。  「スタッフが喜んでくれるなら、いいだろ。服はその後だ」  タカに言われ、そうですね、と広い胸に収まった。目線くださいと言われ、2人同時にカメラを見た。カシャカシャと鳴る中、誠はタカに提案した。  「セックスの後の余韻みたいな感じにいきましょう?」  「セックスの後…?…OK」  すぐに飲み込んでくれて、2人が表情を変えるとフラッシュの勢いが凄かった。その後はポージングして撮影が終わった。  好きなコーディネートを買い取っていると、珍しくタカも自分が着たものを買い取っていた。嬉しくて笑うと頭を撫でられて、お疲れさん、と声をかけられ、想いが溢れた。  「タカさんっ!大好きです!」  「なんだお前。浮気は天然か?」  「ち、違います!思ったから伝えただけです!…本当に反省してます。タカさんも大好きなので、嫌われたくないです」  「勝手だなお前は…。嫌いになれるわけないだろ?あの時は、頭に血が上って殺してやろうかと思ったけどさ…。なんだかんだ可愛い後輩だよ。…だけど2度目はないぞ」  「はい!本当にすみませんでした…」  「おい!!?」  許してもらえた安心感に、緊張の糸がほぐれ視界がブラックアウトした。  「起きたか?マコ、大丈夫か?」 「伊藤さん…?あれ、ここ…」  「病院。ごめん、無理させたな。」  左腕を見ると点滴をしていた。ぼんやりと周りを見て起き上がろうとするも、身体が動かなくてやめた。  「覚えてないや…」  「タカと話していたら急に倒れたんだよ。熱が上がってたから病院に連れてきた。」  「そっか…タカさん驚いただろうな」  「あぁ。タカが支えなかったら危なかったよ。マコ、落ち着いたか?」  「はい、ご心配をおかけしました!」  良かった、と苦笑いする伊藤にありがとうと伝えた。 家に戻り、復活したことを伝えなきゃとケータイを出した。 マコ:タカさん!元気になりました!ご心配をおかけしました!  タカ:本当だよ!ビビらせんな!無事なら良かった。  そのメッセージが来た後、久しぶりの人からの着信にすぐに出た。  『まこちゃん!!大丈夫!?』  久しぶりの優一の声は心配そうだった。 「ごめんね、心配かけて!大丈夫!元気いっぱいだよ!」  『よかったぁ』  「優くん、本当にごめんね。こんな俺のそばにいてくれてありがとう。もっとしっかりして、優くんが安心できるようにするから…俺を救ってくれて、ありがとう」  『まこちゃん…ううん。俺もまこちゃんのそばにいられて嬉しいよ…っあ!!』  「優くん?」  『元気になったらまた口説くのか?』  後ろで優一が、違うよ、返してと騒いでるのが可愛くて笑う。  「そんなんじゃないです。優くんに感謝してます。ひとりぼっちの俺のそばにいてくれたから。誤解させてすみません」  『全く…。マコちゃん、過去も大事だけど、今を見ろ。お前の周りには、お前を好きな奴らばかりだ。自信持て』  「っっ!?……はい!ありがとうございます!!!」  『うるせー!』  楽しそうに電話を切られたが、幸せすぎてソファーに飛び込んだ。  (久しぶりに料理でもしようかな)  マコ:大河さん、何食べたい? 大河:野菜系  野菜系というジャンルに首を傾げて、あっさりしたものにしようと買い物にでかけた。  久しぶりに心が穏やかで、清々しい夕焼け空を見てにこりと笑った。 

ともだちにシェアしよう!