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第93話 過去を越えて
正樹は迷っていた。
披露宴の案内状を眺めてはため息を吐いた。家族からは行く必要はない、無視しろと言われているが、挨拶や祝儀だけでも渡した方がいいのではと考える。
(一応、お世話になった、しな)
大地に言えば反対されることが分かって、それでも迷っていた。
(たぶん僕は…行きたいんだと思う)
「参加」に丸を書き、返信して有給を取った。
日が近くなり、新しいスーツを準備していると、大地が食事を作りながら首を傾げた。
「新しいの買ったんだ?素敵だね」
「あ、あぁ。ありがとう」
「ビジネスにしてはオシャレな感じ〜!似合いそう」
ニコリと笑う大地に、言おうか言わないでおこうか迷って有耶無耶にしたままキッチンに向かい、言うことが出来なかった。
前日。不安になって、深夜に帰ってきた大地を待ち構え、ベッドに沈む。大地は嬉しそうにしてくれるのに心が痛んで、気づかないフリで快感に溺れようとしがみついた。
「正樹?今日はやめよ?」
「大丈夫、だからっ」
勃たなくて、大地は苦笑いして酒でも飲んだのかな、と心配してくれたが、そんなんじゃなかった。
「正樹、何かあった?…言ってくれるの待ってたけど、最近変だよ?」
気付いていて泳がせていたと知り、下を向いた。
「大地…。明日、舞ちゃんの、結婚式に、行ってくる」
「え?!行かないって…」
「でも、行かないと後悔するかもって思ったんだ…だから…」
「正樹がそう思ったのなら、行くといいよ。俺に隠してたのが、不安だったの?」
ぎゅっと抱きしめられて、目を閉じた。
(何が不安なんだ…?)
不安なことを考えてみる。
大地に内緒にしたこと、舞ちゃんの家族に会うこと、舞ちゃんの姿をみること…挙げたらきりがない。
「一緒に行こうか?俺明日オフだよ」
「え、いいの?」
「会場の外で待ってるから、行ってきな。限界なら出ておいで」
不安がスッと消えて、大地を見つめる。笑顔にドキドキして、また抱きついた。
「えー?今頃勃ってんじゃん」
クスクス笑う大地にキスして、抱いてとお願いするとニカっと笑って押し倒される。
「正樹、忘れないで。舞ちゃんより正樹を幸せにするから。正樹には俺がいるんだよ」
「うん!そうだな!」
「やーっと笑った。久しぶりの正樹の笑顔…よかったぁ。俺、フラれるのかと思った」
大地を不安にしていたのが分かって、申し訳なくて、そして、自分の変化に気付いて悩む大地が愛しくて早く欲しかった。
「大地っ、僕を満たして」
「分かった。でも、ゆっくりしようね。」
日に日に大人っぽくなる大地にドキドキする。アイドルとこんな関係になるだけでも、特別な感じなのに愛しそうに見つめられて、求められるなんて。
「正樹…、大好き」
(あーもう。かっこよすぎだろ)
顔が真っ赤になった自覚があって腕で顔を隠す。
大地はグループでも、センターの大河よりも1番人気だと妹のエミリが熱く語っていた。甘いマスクに長身。演技力もあってダンスもうまい。料理も出来て、家事もできる。こんな完璧なアイドルが、日々自分の世話をしてくれて、自分の一挙一動に振り回されても優しく受け止めてくれる。
(大地が好きっ!大地でよかった)
大地とのセックスは、2人で登りつめるみたいな、余裕のないもの。お互いが必死で求め合うのがたまらない。舞ちゃんの時は、舞ちゃんを気持ちよくさせるために、としかなかった。今の方が、愛を確かめ合う感じがして、正樹がハマりにハマっていた。
(大地の気持ち良さそうな顔…ファンがみたら絶叫だろうな…)
(この息遣いも、声も、僕が出させてるなんて…)
(あ、今気持ちよかったんだ。いい顔してた)
大地の顔を観察していると、熱のこもった目に捕まった。
「集中しな?」
舌舐めずりをしてニヤリと笑う顔に釘付けになる。
(芸能人ってやっば!!)
「っああ!?ーーっ!待って!待って!」
突如腰が激しく振られて、目の前がチカチカして、必死にしがみついた。大地の汗が落ちてきて、それさえも気持ちがいい。
(やばい、なんか、早いっ!来る!!)
ガクガクと震えてくるのを抑えられず、涙で潤む視界で大地を見ると、大地も快感に襲われていた。
(良かった、僕だけじゃない…っ)
一緒にイくのが好きで、先にイったり、置いていかれるのが嫌いだった。
「はぁっ!あっ!あっっ!!あぁっ!!」
ギシギシとベッドが悲鳴を上げ、肌の触れ合う音と、水音。高まる直前に、ノンタンのニャーという声が聞こえ、大地の腰が止まった。
「ノンタン、ちょっと向こうで待ってて」
「ニャー」
「やぁだ!大地っ!イきたいっ!もうっ!すぐなのにぃ!」
「待って、ノンタン汚れちゃうから。ほら、おいで」
ノンタンは無邪気にベッドから正樹に乗り、とことこと歩く。正樹も抱っこしようと、手を伸ばしたとき、腰が跳ねた。
「あっ!?」
ノンタンが胸の粒を不思議がってペロペロと舐め、イく直前で過敏になってる体には刺激がもどかしく、思わず出た声に大地がクスクス笑っている。
「大地!笑うな!」
「ノンタンで気持ちよくなったのー?妬けちゃう〜」
「うるさいっ!めっちゃ恥ずかしいから言わないで」
まだ笑っている大地がノンタンを抱っこすると、ノンタンは大地の唇をペロペロと舐め、ニャーと目を細めた。奥に熱が入ったままなのに、大地はノンタンと遊び始め、正樹は放置されていた。
(大地っ、も、早くしろよぉ!)
中をぎゅっと締め付けると、眉をしかめてやっとこっちを見た。
(良かった、スイッチ入った)
ホッとして笑うと、大地はノンタンをそっと床に下ろして、激しく腰を振り始めた。
(うそだろ!?こんな急にっ!!)
ダンスで鍛えたという腰の動きはあっという間に絶頂へとつれていかれる。
「ッァアアーーっ!!」
大地の腹筋に白濁がかかって、垂れていくのがエロくてたまらない。中の熱も奥に吐き出され最高の気分を味わう。
うとうとすると、寝てていいよ、と頭を撫でられそのまま甘えた。
憎たらしいくらいの晴天。ホテルの中にある中庭でのガーデンウエディング。時間ギリギリまで大地の車で待って、直前で2人でホテルのロビーに向かった。
「正樹、俺はそこのカフェにいるから」
「分かった。」
緊張しながら会場に向かった。
席には昔の同級生や友達がいたが、数名だけ。あとは若い人よりも年齢層が高かった。
「正樹、良かった!場違いすぎて帰りたかった!」
「っていうかさ、正樹呼んだり、私呼んだりとか見せつけてるよね?性格でてる。」
高校の同級生でも、仲がいいというよりは、舞ちゃんと何かしらあったメンバーだけが呼ばれていた。
「新郎新婦の入場です。」
登場したのは、かつて狂いそうなほど愛した舞ちゃんのウエディングドレス姿。拍手をしながら、思わず涙が溢れた。
(僕が、隣で見られると思ってたよ)
「正樹、大丈夫か…?」
「正樹、ほら私のハンカチ使って」
すぐに心配してくれた同級生に感謝して、綺麗な姿を目に焼き付ける。
(綺麗だよ、舞ちゃん。世界一綺麗)
隣が誰かなんて見る余裕もなくて、潤む視界を瞬きして必死で舞ちゃんを見た。美しく幸せそうに笑う姿に胸が張り裂けそうだった。豪華な料理も、一口も入らず同級生の近況報告も聞こえないまま時を過ごした。
「正樹君、よね?舞の母です」
高校の妊娠騒動以来に合う母親に慌てて席を立って頭を下げた。
「相変わらず男前ね。舞はギリギリまで迷っていたわ。正樹くんのお仕事がもう少し良いところなら間違いなくOKしたのにー。ごめんなさいね?でも正樹くんならお嬢さん方もほっとかないわ!きっと大丈夫。正樹くんもお幸せにね?」
舞ちゃんにそっくりな顔でトドメを刺されたような気がして、力が抜けて椅子に座った。
(こんなところで、僕…何してんの)
周りの音が聞こえなくなって、同級生が必死に何か言ってるのは見えるが聞こえない。
(僕が悪いんだ。舞ちゃんにふさわしい仕事ができなかったから。)
(僕のせいだったんだ。だから舞ちゃんのそばに立てなかった)
「正樹っ!」
「っ!?」
肩を叩かれ、振り向くと、太陽の光に照らされ笑う舞ちゃん。
「来てくれたの!?会えて嬉しい!!こちら旦那様の、悠介さん。今期から社長になったの」
「舞がお世話になったと聞いています。」
10歳ぐらい離れたその人は温和そうで素敵だった。精一杯の笑顔で祝福して見送ると、舞ちゃんが手を握ってきた。そして耳元でとんでもないことを言った。
「舞を連れ去って。ママが決めた人と一緒にならなきゃいけないの」
一瞬泣きそうな顔になった舞ちゃんに、動揺する。
「舞、嘘はやめて。私たちは舞を祝いに来たの。そんなこと正樹に言わないで」
目の前の同級生が舞ちゃんに言ったことで正樹も我に帰った。
「翔子って変わんないよねー。舞の注意ばっかりー。翔子も幸せになれるといいね?ブーケトスするつもりで呼んだの。受け取ってね?」
ニコリと笑って次のテーブルに行く舞ちゃんを目で追っていると、同級生の翔子がため息を吐いた。
「正樹、絆されちゃダメよ。ドラマみたいな展開に酔ってるだけ。分かった?」
「あぁ…。そうだよな。」
「やりかねないから割り込んだけど…まさか、まだ好きなの?」
好きかと聞かれたとき、ケータイが震えて開くと、大地からケーキの画像が送られてきた。
大地:見て!大きな苺!!いただきまーす!
楽しそうな自撮りも一緒に送られてきて、思わず笑う。
(1人で何やってんだ)
「いや。今好きな人と同棲してるから。」
そう言うと、翔子は良かったと安心していた。
ブーケトスは翔子どころか、お偉いさんところにわざわざ投げ、舞ちゃんはニヤニヤしてこちら側を見ていた。同級生との会話だけを楽しんで披露宴が終わり、カフェに行くと大地が3人の人に囲まれていて、大地はそれを冷たい目で見ていた。
ガシャン
大地が机を叩き、苛立ったように会計をしてこちらに歩いてきた。
「正樹、すぐ帰ろう」
「え?」
「大地!!待ちなさい!!」
「大きな声で呼ばないでください。困ります。」
おじさんの大地を呼ぶ声で、ざわざわする会場。ヒソヒソと来賓客や、ホテルのお客さんが大地を見た。
「え?RINGの大地!?」
「本当だ!うそ!やばい!」
「RINGだってよ」
「芸能人!?芸能人だ!」
「オーラすごい!サインもらえないかな」
一気に囲まれたのに大地は舌打ちして正樹を呼ぶと、見送りしていた舞が慌てて正樹に駆け寄った。
「正樹の知り合いなの!?」
「え、あ、まぁ」
「ママ!正樹、芸能人の知り合いがいるって!」
「本当なの正樹くん」
「正樹、紹介して!」
ごちゃごちゃする会場に正樹は大地を連れてきたことを後悔した。大地はとあるおじさんの腕を振り払っては、珍しく怒っている。
「こんにちは。正樹、さん?兄さんの弟です。」
人混みから引っ張られ、急に声をかけられた。兄さん?と首を傾げると、人に囲まれる大地を見た。
「あれは僕の兄です。腹違いですが。お友達さん、もし分かれば教えてください。」
「はい?」
「兄さんの、母親に会いましたか?僕ら探しているんです。最近父と別れたんですが、どうも父はあのヒステリー女が好きみたいで。」
「会ってどうするんですか?今更…」
「籍は抜けましたが、近くには置いておきたいそうですよ。」
「へぇ。勝手ですね。大地から聞いてください、僕はよく分からないので」
「見て下さい。さすがヒステリー女の子どもですよね。素直に渡せばいいのに。他人には言いませんの一点張り。誰の金でここまで育ったのかって感じですよね。やりたいことだけやって、やりたくないことは全部僕にきました。本当やってられないですよね。ただ顔がいいだけでたまたま芸能人になれて、人気が出たら家族は厄介者扱いです。」
「よくも、兄貴のことをそこまで言えますね?」
「え?」
「正論ぶってますが…あなたはやりたいことをできなかった嫉妬や妬みにしか聞こえません。大地が羨ましいんですね」
「あなたに何がわかるんですか!!」
「…ふふ、あなたも、ヒステリーですね?誰に似たんでしょうか?」
顔が全然違う弟さんに笑って、大地を回収するために状況を見る。舞ちゃんは大地の連絡先を聞きたがっていることが分かり、人集りの中で大地の手を引いて走った。
「大地!ごめんな!」
「いや!正樹ありがとう!」
全速力で走って、車に着くと、特定される前に大地は猛スピードで発進した。
「ごめん、大ごとにしちゃった」
「いや。俺の家族だった人たち。ママを連れ戻そうとしてるから怒っちゃった。俺はママを自由にしたいから。」
「弟さん、僕にも薫さんの居場所を聞きにきていたよ。でも、なんか気に食わなかったからいじめちゃった」
「ははっ!正樹口強いからなぁ!あいつメンタル俺より弱いからほどほどにな」
舞ちゃんへの気持ちは、綺麗さっぱり無くなり、大地とここへ来てよかったと、運転中の大地の手に、手を重ねた。
「正樹?」
「大地がいてくれて…よかった」
「うん」
「この日が…っ、怖かったんだ」
「うん」
「舞ちゃん、綺麗だった…」
「そっか」
「見れて、良かった…」
「うん。よかった」
口を挟むことなく、うん、うん、ときいてくれる大地に感謝しかなかった。情けなく泣いて、スッキリするまで話した。さりげなくドライブしてくれるのも、いい男すぎてまたドキドキした。
「舞ちゃんがね、連れ去ってって言ってきたんだ。ちょっと動揺しちゃった」
「ふふ!正樹、舞ちゃん連れ去るつもりが、俺を連れ去ってくれたけどな!」
「あ、そうだね!結局やる運命だったのか!」
「カッコよかったよ。ありがとう」
ふわりと笑う大地に触りたくて、帰ろうと言うと、そうだねと笑った。
ザーーーッ
「わぁーお、すごい大雨」
「ギリギリセーフだったね!」
部屋に着くとゲリラ豪雨。窓から外を眺めると、気持ちが洗われていくようだった。
「正樹…」
「ん?…ふぅ、んっ、んぅ」
振り返るとキスをされ、窓に押しつけられてキスに夢中になる。雨音や雷、薄暗い中で必死に舌を絡め合う。腰が抜けて座り込むと、大地も興奮しているのか押し倒してきてネクタイを解かれる。
「正樹…綺麗だよ」
「え?」
「正樹は、俺が幸せにするから。」
「?ありがとう」
「正樹が…やっぱり結婚とかしたいって思ったらどうしよって思った…まだ、離してあげられるほど大人じゃないよ?」
「あぁ。そういうこと。大地が幸せにしてくれんだろ?なら、わざわざ式しなくてもいいよ。綺麗だよ、なんて、お前僕にドレス着させるつもりか?趣味悪!」
「違うし!着飾らなくても綺麗だと思ったから言ったのに!」
拗ねる大地に笑ってキスをすると、尖らせた唇が元に戻った。雨の音と、お互いの呼吸を聞きながら肌と肌を合わす。稲光で照らされた大地の顔に余裕がなくて、その雰囲気に飲み込まれる。愛しそうに見てくる綺麗な顔に恥ずかしくなって目を逸らした。大地と会うまでは想像もしなかったことが次々と起こる。この今の自分の変化も。
(大地と一緒にいたい)
熱を受け入れて、分け合って、切ないほどの絶頂を迎えて抱き合う。愛してもらう幸せを知って、もう戻れない。
(舞ちゃん、お幸せに)
心から願えたことが嬉しくて、整った顔にキスをした。
ーーーー
岡田:薫さん、明日の15時に時間が空きそうです。緑坂劇場の舞台見に行きませんか?
「ママ、何笑ってるのー?」
「岡田さんじゃないのー?」
2人の息子に言われ、何でもないよ、と返すも嬉しくて微笑んでしまう。モグモグと美味しそうに食べる息子たちに、照れながらも、誘われちゃったと言うと大喜びしてくれた。
「大地、岡田さんてどんな人?」
「ブルーウェーブのマネージャーさんだよ。いつも無表情なイメージだけど、ママと趣味が合うんだね」
「見たかった舞台なの。チケットが取るの忘れてて売り切れになってて…」
「もー!見たかった舞台のチケット発売日忘れる?薫さんおっちょこちょいすぎ!」
正樹に爆笑されて、苦笑いする。
少しずつ、本来の自分でいられるようになって、気持ちが落ち着いてきた。若い頃のように自由になって、働く時間までドラマや映画を見て、息子たちの家事をする。幸せそのものだった。
「ママに彼氏できたら嬉しいなぁー」
大地もニコニコ笑って頬杖をついて見つめてくる。幼い頃から厳しく育てたのに、恨むどころか応援してくれる。
「こんなオバさん…誰も相手にしないわよ」
クスクス笑って、正樹のおかわりをよそった。
例え1人だとしても、構わないと本気で思っていた。それほど縛られた生活は合わなかった。
「あー、ママ?パパが探してたよ?」
「え!?」
ガシャン
「大地、突然すぎるだろ」
正樹が割れたグラスを片付けてくれたが、動揺して固まる。
「ママの居場所、番号を教えてくれって。今更と思って教えなかったよ。新しいママの那月さんと、大空もいた。」
「…そうなの。大空は元気だった?」
「相変わらず。でもさ、パパは何か変わってた。」
「変わったって?」
「必死だったよ。ママのこと知りたがってた。」
そうなの、と正樹が拾うグラスを受け取るも、情けなく指が震えた。
(もしかしたら、まだ…想ってくれていますか)
「ママ。俺は、またパパのところに行かせるつもりはないから。」
「大地!それは薫さんが決めることだ」
「パパが、那月さんと別れてから会うなら止めない。でも、これはパパのけじめ次第。今の中途半端なパパには会わせない。」
「大地…」
「俺は、ママに進んで欲しい。パパと戻るくらいなら、岡田さんを選んで欲しい。」
「だから!それは薫さんが決めることだ!大地が言う権利はない!」
「今更なんだよ!ママがそばにいる時間がたくさんあったのに!!その時に大事にしないやつが、今更出来るはずないんだ!!!」
大地が正樹に向かって怒鳴り、正樹は目を見開いて固まったあと、ごめんと謝っていた。
「パパも必死だったのよ…。私と大地を守るために。」
「……。」
「私が悪いのよ。私が普通の会社員とかなら…運命は違っていたかもしれないわ。」
思ったことを言うと、正樹は下を向いた。
「私が釣り合う人間だったなら、パパも追い込まれなくて済んだ。私のせいよ、大地、パパを嫌いにならないで?」
大地は机をギリっと睨みながら唇を噛んでいた。空気が悪くなって話を変えようとすると、知らない番号からのメッセージが届いた。
未登録:薫、元気か?薫と話したい。 大志
画面に落ちる水滴に慌てて目元を拭うも間に合わない。
「ママ?」
「薫さん?」
嬉しくて、ドキドキして、初めての頃のような感情が蘇る。
「ダメ」
「大地!」
「ママは流されちゃうから。」
「薫さんの気持ち考えろ!」
「俺の気持ちも考えてよ!!」
大地が叫ぶように言った言葉に涙が止まった。
「ママに幸せになってほしいんだ…。ママを愛してくれる人じゃないと、嫌だ。もうママの辛い顔、怖い顔、見たくない…。」
「薫さんはどうなの?…大地は大地の気持ちとして聞くけど。僕は薫さんの意思が大事。」
(私は…?)
まだ何も知らない岡田よりは、思い出が多い大志の方が断然上に思えた。
ピリリリリ ピリリリリ
「っ!?」
『薫…』
驚いて咄嗟に出てしまった電話からは、懐かしい声がした。
「大志さん…。お、お元気ですか?」
『薫…。やっと声が聞けた。お前を傷つけてばかりで申し訳なかった。』
「いえ…。私が至らない点ばかりで…。」
『会って話したい。薫に会いたいんだ。』
「大志さん…」
『戻ってきてほしい。薫にそばにいて欲しい。』
嬉しい言葉に涙が止まらない。返事ができずにいると、大地に電話を取られた。
「前にも言いましたよね。別れてから連絡して下さい。」
『大地!一緒に住んでいるのか?良かった…薫も安心だ…』
「あなたが追い出したのに、今更いい人ぶらないで下さい。」
『大地…。必ず薫とお前を連れ戻すから…』
「俺、戻りたいなんて思っていません。邪魔だったんですよね、出来損ないの息子ですよ?やっと邪魔者がいなくなったじゃないですか、わざわざいいです。あ、ママ彼氏いるんで邪魔しないで下さい。」
『え?』
焦ってケータイを取ろうとするも、すぐに避けられた。
「こんな綺麗なママを他の男がほっとくわけないでしょ?もったいないことしたね?めちゃくちゃモテてるし。まだ若いから結婚もできるかも!あ、パパも再婚したんだもんね?おめでとうございまーす」
煽る大地に、正樹がもういい加減にしろと怒鳴る。
「那月さんの優秀なところがいいんだもんね?ママのドジなところが嫌だったんだよね?良かったね、那月さんで。」
その言葉にハッとして、下を向いた。
(そうよ、私なんか大志さんと釣り合わないわ…何を勘違いしているの…)
『頼む、薫に代わってくれ』
はい、と渡されたケータイを震える手で受け取る。
『薫。お前と2人で日本を出たい。』
「へ?」
『ついてきてくれないか?』
「ど、どういうことですか?」
『全てを捨てても、私は薫のそばにいたい。』
「大志さん…?何かありましたか?」
『……。』
「私は…流されてしまう、愚かな人間です。あんなに傷付いたのに、今あなたが心配です。たぶん、一対一で会うと、私はまた同じことを繰り返す気がします。だから…」
『薫…』
「お客さんとして、私の職場に来てください。お話しならそこで伺います。あなたも好きそうなジャズバーですよ。美味しいお酒、作れるようになりました。まだ新人ですが」
『ああ!明日、オープンと同時に行く!この番号は登録してくれ』
「…こちらから、かけることは、無いと思うので…」
『分かった。また明日』
電話を切ると、不貞腐れた顔の大地と、苦笑いする正樹。
「大丈夫、大地は僕に任せて。僕はどちらにしても薫さんを応援するよ。」
正樹の言葉にほっとして、2人を見送った。
岡田に了承のメッセージを送って、明日の服を選ぶ。舞台も楽しみなのに、何故かモヤモヤして選ぶのをやめ、ソファーに座った。
(大志さん…何かあったんだろうな…)
心配する自分が馬鹿みたいだったが、不安で仕方なかった。
ぼーっとしていると、ケータイがメッセージの着信を伝えた。
岡田:斎藤監督のインタビュー記事見ました!?原作への愛が詰まっています!
添付されたインタビュー記事を読むと、更に舞台が楽しみになった。不安を忘れさせてくれた岡田に感謝しかなかった。
薫:拝読しました。この原作を先に読んでいたので楽しみです!
岡田:もう読んでいたんですか!?俺は今原作を購入しました!この晩で読破します!
本当に趣味が合い、同じ目線で話ができて楽しかった。部屋にある本を取り出して、本を開き世界に入り込んだ。
ーーーー
「大地ー機嫌直してー?」
「嫌だ。今日はノンタンとソファーで寝る」
「もー。拗ねるなよ。ほら、おいで」
「嫌だ」
部屋に戻ると大地は不機嫌で子どもみたいに正樹を避けては反発した。
「大地を否定したわけじゃ無いよ、薫さんを尊重したの。分かるだろ?」
「俺は間違ってない」
「お前があんなこと言ったら、薫さんは流される。やってることはパパと同じだ。思い通りに動かそうとしてもダメだ。薫さんが決めたのを見守ろう」
分かってるよ、と項垂れる大地を抱きしめる。
「心配なのは伝わってるよ。自分のママの選択、信じてみよう?」
納得いかなそうな大地はノンタンを撫で、正樹を無視していて思わず笑う。
「あっはは!大地可愛い!」
「可愛くない!あっちいって!」
「ガキだなぁーもぅ〜。ほら大地よーしよし!」
「うるさーい!!」
いつまでも笑っていると、最後にはつられて笑っていた。
(お前も流されちゃうのな)
純粋な親子はいつも以上に可愛く見えた。
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