97 / 140
第97話 好きな色
『マコ?くれぐれもいい子にしてなさいよ?外にはでちゃダメ、大人しくすること、いいわね?』
『ママ、もう行かないと!じゃあマコ、家を頼んだぞ!』
『わかった、いってらっしゃい』
いつ帰ってくるの?なんて聞けなかった。
大きな荷物を持って2人だけで慌ただしく出て行った両親。
広い2階建ての家で、リビングに散らかるたくさんのおもちゃという名のガラクタで囲い、狭い部屋を作って蹲った。
時計の針の音が嫌いで、目を閉じた。こんな日は小さなおじさんが来てくれるはずだと待ちわびた。
目があったら逃げてしまう小さなおじさん。優くんは見えないって言ってた。もしかしたら、寂しくて可哀想な僕に、神様がくれたプレゼントでお友達になりなさいってことだと思った。
カタン
(おじさんだ!今日はキッチンかな?)
そっと目を開けて恐る恐るガラクタの隙間から覗く。
「チッ!オモチャしかねーや!この家!」
「後々売るのか?何もないな!」
知らない、大きなおじさんが2人いた。もしかしたら小さなおじさんは逃げちゃったのかもしれない。大きなおじさんが怖かったのかもしれない。僕のお友達なのに、ずっと待ってたのに。
ガランガラン
「っ!!」
「おじさん達、だぁれ?」
「ガキがいたのか!」
「ねぇ?パパのお友達?」
「そ、そうだよー!パパはどこかな?」
「知らない。ママと出かけたよ。ね、僕と一緒に遊んでくれない?」
寂しくて、おじさん達にそう言うと、おじさん達はコソコソ相談して、ニコリと笑った。
「いいよ、一緒に遊ぼう。」
優くん以外と遊ぶのが初めてで楽しくて、遅い時間まで遊んでもらった。おじさん達が帰る前に、一緒に行くか聞かれてすぐに頷いた。
(『マコ、家を頼んだぞ!』)
パパの言いつけを守れなかった。
だって、寂しかったから。
おじさん達の車に乗っていると、うとうとして眠って、起きたら知らない場所にいた。おじさん達もいないボロボロの山小屋。帰ろうと歩くと転んで左足が痛んだ。おじさん達は寝ちゃった僕に飽きたんだと、悲しみを堪えて足を引きずった。
「佐々木誠くん!?誠くんかい?」
「うん。おじさんだぁれ?」
「行方不明の児童、保護しました!!」
道路に出ると、たくさんの大人が駆け寄ってきた。裸足のままが恥ずかしくて下を向いた。ママが抱きしめてくれて、パパに頬を打たれた。
「どこに行っていたんだ!!家にいろと言っただろ!!!」
「お願いだから大人しくしてちょうだい!オモチャはたくさん与えてるでしょ?」
誘拐事件になっていたようで、近所の人全員が探してくれた。
「どうして言ったことができないの?!困らせてばかり!」
「パパとママのお仕事の邪魔をしたらお前だって暮らせないんだぞ!分かってるのか?」
「ごめんなさい…ごめんなさいっ」
ボロボロ泣くと、優くんのパパが、抱き上げてくれて、留守の時にはお家においでと言ってくれた。その日から、パパとママが家を開ける時は優くんの家に行っていた。
「いいか、マコ。お前は家族だ。だから、甘やかしたりはしないよ?いいね?」
「はい、わかりました」
「まこちゃん、遊ぼう!」
「うん!遊ぼう!」
優くんと遊ぶ中で、僕の家にいる小さなおじさんが心配になった。神様がくれたプレゼントなのに、と少し後ろめたい気持ちだった。
「マコ、もう森田さん家にお世話になるのはやめなさい。1人でお留守番できるようにならないと。」
ママが海外に行くからと、お金を置いて出て行った。優くんや、優くんのパパから何度も誘われたが、ママの言いつけを守らなきゃと我慢した。
時計の針の音が大きく聞こえる。1人で過ごす1日はこんなにも退屈で、時間の経過が遅かった。
カタン
(わ!おじさん?)
一瞬だけ見えた、小さなおじさんに、涙が溢れた。まだ、そばにいてくれたんだとボロボロと泣いた。
(ありがとう。小さなおじさん)
泣きながら眠って、目を覚ますと、小さなおじさんは積み木に登っていた。見ないフリしていると、青い積み木を持って走り去った。
(青が好きなのかな?)
クスクス笑って、青いものを揃えるようになった。
その日からメンバーカラーも青にしてもらって、何となくブルー系が増えてきた。でも、小さなおじさんはどんなに集めても奪っていくことも現れることも無くなった。
「マコ、着いたぞ」
「お前なぁ〜寝すぎ!」
「大河、お前はぐっすり寝ただろ?俺たちは幽霊ホテルのせいで眠れてないんだよ」
目の前に大好きな人の顔がアップであってドキドキした。
懐かしい夢にまだ現実に追いつかない。落ち込みそうになるを、好きな人のはしゃぐ姿を見て落ち着かせた。
「マコ、先お風呂行く?」
「僕は後ででいいよ?大河さんどうぞ」
「僕?」
「え?」
「僕って珍しいな」
(え、今まで何て言ってたっけ?)
「??ま、どっちでもいいけど。」
大河は首を傾げて風呂場に行った。まだまだ眠くてソファーに横になって目を閉じた。
『マコも連れて行かなきゃ。あの子は1人じゃ無理よ』
『そうだな。フランスでは家政婦に依頼しようか。慣れない土地だとマコも不安だろうから。すぐに手配しよう。よし!今まで以上に忙しくなるぞ!頑張ろうな!』
『そうね。…マコには寂しい思いばっかりだわ。マコにも兄弟を作ってあげたらよかった。あの子のサンタさんへのお願い見た?妹か弟がほしいって』
『全く…。他のものならなんだって与えてやれるのに。真奈美、気にするなよ。』
『私のせいよ…』
この話を聞いた時、望むことさえも許されない気がした。自分の願いが母親を泣かせ、父親を困らせた。自分が我慢さえすればいいのだと。
「フランス?」
「あぁ!そうだ!パパとママのブランドのコレクションがあるんだ!みんなとは離れ離れになっちゃうけど、マコにも見てほしい」
「行かない」
「「え??」」
「僕が行ったら、邪魔になるから。パパとママにはお仕事に集中してほしい。応援してるから。僕は日本に、ここにいる。1人だって大丈夫だよ!」
「マコ…。本当に?」
「うん!頑張ってね!」
「ありがとう。自慢の息子だよ。パパとママ、頑張ってくるから。」
(ほら、我慢したら褒められた)
見送りでは、ママが泣いているのを冷めた目で見ていた。パパが苦笑いしてハグしてくれたけど、覚えていない。優くんのパパの車に乗ってひたすら窓の外を見た。
「マコ、俺たちがいるから。泣きたい時は泣きなさい」
優くんが寝たのを確認して言ってくれた言葉に大声で泣いた。
「マコ!マコ!」
「っ!…あ、大河さん…お風呂終わったの?…わぁ?!」
目を覚ますと、シャンプーのいい香りに包まれた。心地よい心臓の音、ほどよく冷たい体温、胸にかかるリング。
「どうした…なんか変だぞ…?泣いてた…」
(大河さんは僕のもの…)
「マコっ…ンっ、んぅ!?ンっんぅ、ふ、」
「はぁ、僕の…僕のもの、」
「ま、マコ?どうした?大丈夫か?」
「そばにいてよっ、そばにいて!」
「マコ?マコ?大丈夫か?…マコ」
涙が止まらなくて、夢か現実かわからない。必死にキスしては、嗚咽が止まらなくなり、夢みたいにひたすら泣いた。
「ん…少し落ち着いたみたい…。うん、うん、…そうなんだな…うん。分かった…」
遠くで大河の声がして、泣いて腫れた目を開けた。目が合うと笑ってくれて電話を切った。
「まーこ、楽になったか?」
「大河さん…俺…」
「あ、戻った!昔の夢でもみてたのか?」
「ん…夢見てた…」
「ユウから聞いた、少しだけ。俺の地元行って思い出したのか?」
「分かんない。そこまで執着してないと思ってたけど…昨日のオバケのもあったから…動揺しちゃったのかも。」
大河は目の前であぐらをかいて座り、ふわっと笑った。
「出せ。」
「え、何を?」
「お前が抱えてるもの、全部」
受け止めるから、と笑う顔が綺麗すぎて、また涙腺が緩んだ。
「パパとママはデザイナーなんだ。今はまだフランスにいると思う。」
「うん」
「2人のブランドが大きくなる時、僕は行かないって言ったんだ。僕が、邪魔だと思ったから。でも、本当はね、そんなことない、一緒に行こうって言って欲しかった。」
「そっか」
「いつも迷惑ばかりかけて…。僕はバカだから何一つパパとママが喜ぶことができなかったから。きっと嫌いだと思う。」
「嫌いな両親が、RINGのファンクラブに入ると思うか?」
「……えっ!!?」
大河はニヤリとして、優一から貰ったという画像を見せた。それは、優一のお父さんと誠のお父さんとのやり取りだった。
『RINGシングル1位になりました!』
『やったー!でかしたぞ息子たち!』
『佐々木さん、CD届きましたか?』
『はい!妻が大量に購入してはスタッフに配っています!なのにファンクラブの会費を払い忘れててギリギリでしたよ!』
『ユリがライブに行く予定です。またグッズを送りますね!』
『いつもありがとうございます!部屋はRINGのものばかりです!親バカですね』
後半は涙で読めなくて、下を向いた。
(ウソだ、こんなの…)
「お前が思っている以上に愛されてるんだよ!青木も結局そうだったが、親は誰しも自分の子どもが可愛くて仕方ねーもんなんだよ。そして、同時に子どもである俺たちにとっても、親は愛してやまない人なんだよ」
「ぅっ、ぅっ、っ…っ、」
「まーこ。愛されてないんじゃない、遠くにいてもお前のことを応援して愛してくれてるんだ。お前に、伝わってなかっただけだ。」
「だって、っ、いらない子だと、思ってた、から」
ぎゅっと抱きしめられて、大河の服を強く握った。
「お前が、連絡返してないらしいな?」
「…何で言っていいか、分からなくて。考えては消して、って、日付がたって…」
「だから、ユウの父さんがマコに連絡して、それを伝えてるんだ。親子揃ってユウの家族に頼りっぱなしかよ。呆れるよ」
「本当だね…感謝しかないよ」
苦笑いして大河を見ると、ん、と大河が体を離し、誠にケータイを渡した。
「思い出したなら、今がチャンスだと思う。話してみな?」
「え?」
「お前の両親。俺はマコの手を握ってるから。大丈夫、お前は1人じゃない」
誠は恐る恐る父親に電話をかけた。時差なんか分からなくて、でも、今しかない気がした。
『マコ?マコなのか?』
「っ…、っ、」
久しぶりの声に、嗚咽が漏れる。大河は背中を摩って微笑んで、大丈夫大丈夫と言い続けた。
『マコ!』
「パパ…っ、っ」
『マコ!おい、真奈美!マコだぞ!』
興奮した様子の父親の声音は嬉しそうに聴こえて、余計に涙が止まらなかった。
(僕からの電話を…喜んでくれてる?)
『マコ!ママよ!元気なの?声を聞かせて』
「ママっ、元気、です、」
すると母親の号泣している声か聞こえ、隣の大河も嬉しくて涙を拭った。
「パパと、ママも、頑張ってる?」
『あぁ!頑張っているさ!マコ!専属契約するならうちのブランドに頼むよ〜…見てくれてないのか?お前をイメージしたものばかりなのに』
「え…?」
『マコは青が好きだっただろう?だから、青を基調としたものでデザインしたいってママが。』
「あ、青はその…小さいおじさんが…」
『ふふ、まだ言ってるのか?マコのお友達だもんな?小さいおじさんっていうのはな、心の優しい子にしか見えないらしいぞ。マコは優しい子だ。』
「そうなの…?僕…迷惑な子じゃないの?」
『どうして?マコはパパとママの宝物だよ。』
「へ?」
『お前が誘拐された時、飛行機に乗る直前で全てをキャンセルした。あの時は実はコレクションの準備のために飛ぶ予定だったけど、それどころじゃなかった。ママはパニックで倒れるし、パパは寝ないで近所の人と探し回った』
(お前、誘拐されたのか!?)
大河は隣で驚いていた。誠は苦笑いしてそれに答えた。
『昔からマコは、赤ちゃんモデルとかもやってたんだ。ある日、人見知りが始まって撮影が押してそこからお仕事を辞めたんだ。ママはスタイリストからデザイナーへの転換期もあって、なかなかマコと一緒にいられなかったことをいつまでも後悔している。』
「そうだったんだ…知らなかった…」
『あと、マコ。お前には弟か妹がいた。…が性別がわかる前に、お別れしなきゃいけなくなったんだ。それも、ママはずっと抱えてたんだ。話してあげられなくて、ごめんな』
誠は嗚咽が出るほど泣いた。一生分の涙じゃないかと言うほどに止まらなかった。
『マコがいてほしい時にいられなかった。それは痛いほど分かってる。2人の夢はブランドの立ち上げとマコの幸せだった。けど、マコの幸せは…』
「幸せですっ」
『マコ…』
「世界一の、幸せ者です!パパと、ママの子で、…っ、良かった!」
『マコ…』
「寂しかった…っ、もっと、甘えたかった、森田家に生まれたかったって、何度も何度も思ってた!愛されてないと、いらない子だったんだって、思ってた!」
『ごめんな、マコ。ごめん。』
「パパとママに、会いたいよぉ…」
子どもみたいに泣いて、訴えた。涙も鼻水も流したまま、必死にすがりついた。子供の頃我慢した分、止まらなかった。
『会いに行くよマコ。来月帰るから。』
「ぅぅー…っ、いつも、いつ、帰ってくるか、分かんなくて、辛かったぁ」
『ごめんな』
「ひとりぼっちは嫌だよぉ」
『そうだよな、ごめん』
「パパとママが…っ、大好きなんだよっ」
『っ!マコ!』
「ファンクラブ入ってるなんて知らなかった…でも、嬉しかった…。RINGは、僕の家族なんですっ、だから、だから、嬉しくて」
『あぁ!いいグループだ!最高だ!』
「そばに、恋人もいてくれて…本当に僕は幸せ者です!」
手を握り、号泣する大河を見て笑った。
『そうか、ぜひ紹介してくれ』
「大河さん、パパが紹介してねって」
『大河?』
「うん、RINGの!」
『なんということだ…!ママ、ママの好きな大河がマコの恋人らしいぞ!』
『マコ!本当なの?!キャー!どうしましょう!』
大興奮する母親の声に2人で笑った。
『マコ、忘れないでほしい。マコはパパとママのかけがえのない宝物だ。2人の夢を応援してくれて、ありがとう。今度はパパ達がマコを応援する番だ!』
「ありがとうっ!ありがとうパパ!」
『愛してるよマコ。今日は連絡をくれてありがとう。声が聞けたことが何よりの幸せだよ。』
電話を切る時には自然と微笑んでいた。握った手はそのままで、2人は自然と唇を合わせた。胸に引っかかるものが無くなって、穏やかな気持ちだった。
(大河さんがそばにいたから、向き合えた)
大河の体中全てにキスをして、愛しくてたまらなかった。全てが綺麗なものに見えて世界が眩しすぎるほどだった。
晴れた空はあの小さいおじさんが好きな青色。パパとママのブランドも青色。
(好きな色は、青、だな)
なんとなく共通点が見つかって、赤と混ざり合った。
「まこっ、まこぉ!」
「んっ、可愛いよ、大河さんっ、っ、愛してる」
「んぁっ!ぁっぁああ!っ、おれっ、おれもぉっ、あ、あいっ、」
「うん、っ、伝わってるよ、大丈夫。全部任せていいよっ、もぅ、っ、怖いものはないから。」
快感で飛びそうな意識に怯える大河を抱きしめながら、ゆっくりと腰で奥を攻める。必死に愛を伝えてくれる大河に愛情が溢れる。
(パパもママも、僕を愛してくれてた…。こんな日が来るなんて…)
嬉しさで、全てのものに愛おしく感じて幸せだった。
(パパとママが、愛し合って、僕が生まれた…ひとりぼっちなんかじゃない。2人の愛情を独り占めしていたんだ…。1人だから愛されていることに気がつかなかった…当たり前に貰っていたんだ…)
ぎゅっと締め付けが強くなり、大河を見ると、顔は真っ赤に火照っていて快感に集中している。
「んっ、イく?」
そう言って中の刺激を速くして、大河の前にも手をかけると、その手を握って大きくのけぞった。
「っんぁあああーー!!」
顔を真っ赤にして白濁を飛ばす大河にキスをして、また律動をはじめた。
風呂に入って、ケータイを見ると、父親からのたくさんのメッセージ。その中身は小さな頃の写真。まだ誠の記憶があまりない時。
3人で幸せそうに笑っている写真や、誠が号泣しているのを慌ててあやそうとするパパとの写真。ママの服をぎゅっと握って笑う自分。
パパ:見てみろ!可愛いだろ?さすが俺たちの自慢の息子!!
最後のメッセージに笑いながら泣いた。
誠:だってパパとママの子だもん
そう返すと、すぐに返信が来た。
パパ:マコ、ママを泣かすなよ〜。ママはマコのことばっかり泣くから〜
と、泣いた母親の写真。そして、お茶目な父親の笑顔の2ショットもあった。
誠は眠った大河の横で自撮りをし、父親に返した。
誠:ラブラブなパパとママに負けない
返事が楽しみに待っていたが、次に来たのはパパとママの優しい顔の2ショットだった。どちらも昔から変わらない。
パパ:愛してるよ、マコ
ニコリと笑って、熟睡する大河の隣に潜り込んだ。
ともだちにシェアしよう!