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第104話 束縛
愁のいない部屋は、帰る意味がない気がした。病院に泊まって、風呂と着替えだけをしに行った。
今回の件は愁にとって大きな試練だった。学生時代にもあったが、ちゃんと時間をかけて、コツコツとクリアするのが愁のやり方だったが、今回は全て上手くいかず、愁には初めての挫折だったかもしれない。目標を見失って、仲間からの裏切りを許せないまま、愛希も抜けて5人体制になったAltair。
『これなら解散したほうが良かったかもしれない。そしたら愛希もあんな辞め方しなくて済んだ。僕がAltairに固執したから…』
自分の努力さえも疑い始め、大きく失速した愁。忙しさも変わらないまま、無理矢理平気なフリをし続けた結果、翔の家で倒れた。
(もう…戻ってこいよ。いつまで寝てんだよ)
見慣れそうな寝顔。ピクリとも動かない身体。小さな呼吸。
もう病室に篠原が来ることはなかった。今回のことは責任を感じているようで対応の仕方が分からないのだろう。
(愁。…もう辞めていいよ。お前はよくやった。俺のために、ありがとうな。)
手を握って、その手のひらを自分の頬に持っていく。
(愁…。)
目を閉じてその手のひらの感触を確かめていると、その手が意思を持って動いた。
「っ?」
「…リク…」
「愁!愁っ!っ…っ、ぅ、」
「あ…れ、どした?大丈夫か?」
「お前っ…心配ばっかりっ!」
ぼんやりと視線を彷徨わせて、愁はリクに苦笑いした。
「また…か。ごめん、リク。全然覚えてない」
「愁…。良かった。……なぁ、怖いよ。お前が動かないの…。もう、お前この仕事辞めろ」
「え?」
「愁は精一杯やった。やり切ったんだ!もうゴールした!…俺といたいなら、専業主夫になってよ!」
「…リク…」
「もう、頑張っただろ?充分だ。俺のために慣れない業種で、興味のない仕事…ありがとう。専業主夫が嫌なら愁の好きな仕事でもいい。仕事は山ほどある!な?」
必死になる自分に、愁は笑って手を握った。
「リク…。確かに畑違いだし…、興味なかった。…でも、今は好きだよ。この仕事。」
「愁…」
「Altairの立て直しっていうミッションがある。次のゴールはそこだ。そこに行くまで辞めたくない。心配かけて…ごめんな」
「ぅっ、ぅっ…っ…〜〜っ」
「リク…。泣かせてごめん。もう少し…頑張らせて?自分の中で納得したら…ちゃんと家を守ってリクの帰りを毎日待つから。」
久しぶりに大泣きして、愁を困らせた。社長に、愁が目覚めたことを連絡して、泣き疲れて眠った。
「専業主夫…か。全然向いてない気がするけど…」
愁の呟きはリクには聞こえなかった。
2日後に愁は退院して、すぐ仕事復帰をしたがった愁を無理矢理休ませた。ロスの準備をしながら、リクはAltairのカバーに入った。自分が休ませた責任から、翔太と協力して動いた。愁のために、とアドレナリンが出て、嘘みたいに疲れはなかった。
「相川さん休んでください!Altairは俺が見ますから」
「よゆーだし!気にすんな!」
「78も全員心配してますよ?ブルーウェーブは落ち着いてますので少し休んでください」
むしろ元気な感覚で、みんなが心配するのが分からなかった。ついに社長にも呼ばれて、休むか78だけにしろと指示され、Altairから外れた。
「ただーいまー!愁ー!」
「おかえり。今日も遅かったね…もう朝じゃん。」
「今日な、ルイがな、このステップできるようになったんだよー!」
「ふふっ…良かったね!リク、はい。おいで」
テンションが高くて、脳がフル回転している中、愁にハグされるのが日課になった。
「愁…キスして」
愁のキスでクールダウンして、やっとスイッチが切れる。キスだけで蕩けそうなほど癒されるし、愁を独り占めしていることもリクを安心させた。
「ずっとこうだったらいいな…。愁…俺が養うから…ずっと家にいて欲しい。」
「…リク」
「俺がしたいこと、してくれるんだろ?そばにいて欲しい。家にいてて欲しい。独り占めできるし…疲れることもない…。愁は俺のだろ?」
キスの合間にそう言って、だんだん目蓋が閉じそうになる。
「リク。もう、復帰したい。」
「だめ」
「1人だと、考えてしまう。自分との対話は…少しきつい。リク、仕事に戻りたい。リクのそばに長くいたいから」
「だめ」
「リク!頼むよ!もう心配かけないから…っ!仕事したい!お願い!」
「ダメだって言ってんだろっっっ!!!!」
キレる、ってこんな感じなんだと思うほど、急に沸点にいった。愁を突き飛ばして、お揃いのグラスを叩きつけて割った。尻餅をついて唖然としてる愁に、怒りが沸いて止まらない。
(落ちつけ!落ちつけ!!)
理性がそう叫ぶも、衝動がコントロールできない。
涙も止まらなくて、必死に愁に叫んだ。
「なんで言うこと聞いてくれないんだよ!!俺のために働いてんだろ!?俺が辞めろって言ったら辞めればいいんだよ!!!」
「っ…」
「俺のそばにいたいんだろ!?俺が最優先なんだろ!?それを超えるものがあるのかよ!?」
「……」
「どうしたんだよ愁!!!お前の1番は俺じゃないの!?幸せだろ!!俺とだけいる時間は!!」
「……」
何も言わない愁に、足の力が抜けて崩れ落ちた。
「愁っ…怖いよぉっ…」
「リク…ごめん、心配かけた」
「見える範囲に…いてよ…安心させてよ…怖いんだよ、お前の倒れた、動かないっていう連絡…真っ暗になるんだ…目の前が、全部」
「リクごめん」
「閉じ込めてでも、お前といたいんだよ…っ、俺には愁しかいないのに…愁は俺より大切なものが、たくさん増えていくのも…嫌なんだよっ…」
ガキみたいに泣きじゃくって、今まで我慢していたことが溢れ出す。
「透にも、篠原にも、とられたくないよっ…なんでこんなモテんだよ…っ、俺のなのに…そんな奴らの前に愁を出したくない…っ」
「リク…」
ぎゅっと抱きしめられて、大声で泣いた。
苦しかった、怖かった、不安だった、イラついた。全部の感情を愁に分かってもらいたくて、でも言葉にならなくて、もどかしくて、大粒の涙を流してしがみついた。
「俺を追ってきたのに…追い越すなよ。違うとこに走っていくなよ。俺を見てよ。俺だけ見てよ。いなくならないでよ。不安にさせんなよ…」
「ごめん、こんな思いつめるほど心配かけてるの、分からなかった。」
「仕事ばっかり…嫌だ。俺も見てよ。」
「うん。ごめん、見えてなかったかも」
余裕がなかったのを知っているが、本人から言われると簡単に刺さって胸が痛んだ。
(やっぱり見てくれてなかった)
「あーもう…泣かないで。ごめんね?リクが好きだし、リクが1番には変わらないよ」
「嘘つくなっ…俺、愁の1番だって思えなくなってた、不安だった!それに、もう倒れたお前見たくない!仕事変えろよ!」
「リク…。今の仕事も続けたいんだ。ちゃんとセーブするから。約束する。あと、透も篠原も全く眼中にないから。」
「嘘つくなよ…。愁のことだからキスはしたんだろ」
「え。」
図星の反応に、また目の前がぼやけて、胸が苦しくて必死に息をする。
「リク、ごめんって。もう落ち着いて。不意打ちだったから…」
「はぁーっ、はぁーっ、っ」
「リーク大丈夫。ほら、ゆっくり呼吸して。」
必死に呼吸するけどどうやってやるのか分からなくてしがみついた。
(俺の愁に触んな)
「ん…っ、ふぅっ、んぅ」
ゆっくりと愁の熱い舌が入ってきて、口内を撫でられる。だんだん落ち着いてきた呼吸から、熱が篭る。床に押し倒されてキスしたまま服を脱がされる。
「ん…ぅ、ふっ、…誤魔化すなよ…っ、仕事は、ダメだからっ、な」
「まずはリクの不安を取り除くところから。その後に話すから」
「んぅ!…っはぁ、ぁっ、ぁああ!」
久しぶりのセックスだと気付いて、身体中が敏感になる。アドレナリンで仕事しかしてなかった分、禁欲生活に気づいてもいなかった。少しの刺激に頭がおかしくなりそうで愁にしがみつく。
「愁!っ、ぁあ!やばぁ!出そうっ!出そう!」
「だめ」
「ーーーッ!!!」
ガクンガクンと震えたまま、ビリビリとした感覚に浸る。欲の吐き出し口は愁の強い力で握られ、声にならない声で叫んだ。まだ体を撫でられただけなのに、たまらなくてこの先が怖かった。
愁は服を脱いで、握り込んだ手はそのままに、リクの熱を咥え、自分の熱をリクの口内に突っ込んで激しく腰を振り始めた。
「んーーっ!!んーーっ!!」
ペシペシと愁の腰を叩くも、ものすごい勢いで喉の奥に熱が当たる。苦しくて、気持ち良くて、支配されている気がしてたまらない。
(イきそう…っ、イきそう!!)
抑えられているのに、強く愛撫され、ガクガクと震える足を無理矢理押さえつけられる。この乱暴さがリクを更に高めた。
「イかせないよ」
「ーーっ!!ーーっ!」
またも寸止めされて、涙がこぼれた。リクの痛いほど膨張した熱から手が離され、口から愁の熱が出て行って咳き込んだ。愁が正面を向いてまた馬乗りになって、目の前で扱き始めた。
「っん!リクっ!リクっっ!!」
「ん…」
顔に思いっきりかけられて、気持ちよさそうな愁に嬉しくなる。
(こんな顔…見られるのは俺だけ)
マーキングされたような優越感にたまらず、愁の飛ばした欲を顔から指で取って、愁を見つめながら舐めてしゃぶる。
「リク…」
ゾクゾクッ
愁の熱の篭った声に、欲情してくれたことを知って、ニヤリと笑う。
「愁…俺を満たして…。お前が俺だけだって、証明して。」
「逃げたくなるくらい、愛してあげる」
膝を開かれて、我慢を重ねたリクの熱に舌先を伸ばす。リクは訪れるであろう快感を目を閉じて待ったがなかなか来ない。
「愁…?」
「見てないとしないよ。僕から目を逸らさないで。」
「分かった」
良い子、と笑う顔にドキドキする。見飽きるほど見た顔や表情にまたキュンとして、また恋をする。
(かっこいいよなあ…。本当)
モテるのもわかる、とチクンと胸が痛んだ。
「ぅっ!っぁあああー!!!!」
違うところに意識が行っていたリクは、予期しない突然の絶頂に、一瞬頭が真っ白になった。最高の気持ちよさが後からきて、体が震える。
愁はごくんと飲み込んで、濃いね、と笑う。恥ずかしくて思わず顔を腕で隠した。
「可愛い。恥ずかしいの?」
「うるせぇ」
「はぁ…リク…久しぶりだから…止まらないよ?」
耳を甘噛みされて、ビクッと跳ねる。長い指が入ってきて、腰が浮く。
「あは…狭い。待っててくれたの?」
「ぁっ、んぅあっ、はぁっ、はぁ、あ、当たり前っだろ、」
「うん、そうだよね。ガバガバだったらお仕置きしようと思ったよ。狭いからゆっくりするね。」
「んぅーーっ!っぁあ!待って!お前っ!ゆっくりの意味分かるか?」
「分かるよ。馬鹿にしてんの?」
「っぁあああー!!ごめっ、ごめんっ!」
顔が熱くて、首を振る。苦しいほどの快感がリクを安心させた。意地になった愁が、もどかしいほど丁寧に、ゆっくりとした動きに変わり、泣きながら抱いてとお願いした。
「はぁっ、はぁ、リクの泣き顔…唆るっ」
「もっ、泣かすなよっ、馬鹿!」
「たまんないっ…リク顔見せて…っ、可愛いよリク、僕のリク…っ、誰にも渡さないよ」
腰を強く掴まれて、下を見ると、こんなだっけ?と思うほど大きな熱に目を見開く。理性が飛んでいる愁は容赦しない。
(まさか、この質量をいきなり入れないよな!?)
「愁っ!待って…っっ!っぁああああーー!!」
「っくぅ、っぁああ!」
愁も珍しく声を出すのが腰にきて、苦しいのに気持ち良くて涙が流れる。
「はぁっ、泣くなよっ…たまんないだろ」
「っぁあ!っああ!あぁー!愁!愁!っ!!」
「可愛いよリク…可愛い、愛してる」
「んぅー!ダメダメっ!!イっ…くぅ…ーーっぁああ!!!」
「ふふっ、はい。まだまだいくよ」
「ぃやぁあああーー!待って!待って!!」
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ、」
「しゅう!しゅう!!っっあぁあ!!」
ーー
「お前さ…これはやり過ぎ。何着て行けばいいの」
全身に隈なく付けられた痕にため息が出る。こんな暑い日にどうしようかと悩む。愁は幸せそうに夢の中だ。
(可愛いやつ)
ふふっと笑って、いつも通りの服装にした。
「おはようございまーす。」
「おはようご…リク!!ちょっと来て!」
響がこちらを見た瞬間慌てて立ち上がり、引っ張っていった。
「響?どこ行くの?」
「さすがに目立つよ!ちょっと待ってね…」
何やら隠すものを探しているようだったが、どれもダサくて絶対嫌だとごねた。リクは楓に連絡し、ジャージを借りると約束して響を追い払った。
「リクさーん、お疲れ様でーす…ってやっば!!なんすかそれ!」
「愛しあったから〜…はい、貸して。」
「俺の大きくないっすか?ルイに言えばいいのに。」
「ルイ汚したら怒るだろ?潔癖だし。お前はなんでもいいから。」
「まー何も気にならないっすよ。…はは!可愛い!!」
案の定でかくて楓がハグしてきたがそのお腹を殴る。苦しむ楓を見て笑ってその日の業務を始めた。
(うー…ぶかぶかで邪魔だな。)
カシャ
「あ?なんだよ響」
「愁くんに送る。」
「はぁ?何でだよ」
「可愛いから。」
「??可愛いか?このジャージ。確かにブランドものだけどさ…。限定モノだとこれの別バージョンがいいよな!」
「ふふっ、そうなの?知らないけど。」
ヴーヴー ヴーヴー
ケータイが震えて着信を知らせた。
(愁…?どうしたんだろ)
愁:誰の服着てんの?
リク:楓
愁:なんで?
リク:お前がキスマーク付けすぎたからだろーが!
愁:他の男の服着たからお仕置きね
リク:はぁ!?お前のせいだし!
愁:でも悔しいほど可愛い
そのメッセージに手のひらで顔を覆った。デスクから響が見ていてクスクス笑っていて恥ずかしかった。
ーー
「皆さん、長い間お休みをいただきありがとうございました!翔太や響くんもありがとうございました。」
愁が復帰して、みんなが拍手で迎えていた。翔太が自信満々な顔で引き継ぎしているのが面白かった。そんな中、大人しくしていたのが篠原で気になって様子を見た。
愁とは目を合わせず、黙々と仕事をしていたが、愁は気にすることなく翔太と楽しそうだった。
(愁、戻して良かった…かな)
やる気に満ち溢れた顔が見られて、リクは安心していた。愁が納得するまで働くと決めたのを応援する方向にシフトした。リクは人の人生はその人の、という考えから束縛なんか出来ないタイプだった。
「よぉ。大好きな人が復帰したのに大人しいのな。」
「相川さん…。」
フロアに誰もいなくなったタイミングで篠原に話しかけた。心底嫌そうな顔で振り向いた篠原にニヤリと笑う。
「話しかけられるの待つタイプ?」
「そんなんじゃありません。…ほっといてください。」
「大丈夫だよ。愁は。普段の篠原でいい。」
「え?」
「愁は今、やる気しかない。変わらずサポート頼むな?」
そう言って篠原から離れると、後ろから大声が聞こえた。
「この度は!申し訳ありませんでした!」
「…俺じゃない。愁に自分で伝えな」
篠原がずっと抱えていたことも、リクには分かっていた。ニヤッと笑って返すと、勢いよく頭が下がった。
(ま、悪いやつではないんだよな〜)
一生懸命すぎる篠原に、クスクス笑って現場へと向かった。
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