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第107話 次へのステップ
海外への遠征のためにパッキングを終えて、楓はルイや龍之介に完了報告を送ると、すぐに返事がきた。そして、お留守番メンバーからの熱いメッセージにも奮い立たされ、ダンスバトルの会場をイメージした。
ピリリリリ ピリリリリ
電話が鳴って、見てみるとサナからだった。
(…またかよ…)
楓は少しため息を吐いた。
「どうした?」
『パッキング終わりましたか?会えなくなるから話したくて…』
「…明日出発早いから、寝ようと思ってるんだけど」
『でも、大会は2日目ですよね?お揃いのブレスも持ってますか?』
「あぁ。持ってるよ、ありがとうな」
『あれを付けてダンスしてくださいね!今日の私のSNS見ましたか?』
楓は今までと違うタイプのサナに、正直戸惑っていた。初めの頃の初々しさはなく、意外にもグイグイきては、こうして「匂わせ」をやってしまうのだ。何度も注意しても、「私の楓さん」をアピールしたくて仕方ないようだ。
『楓さん、可愛い子がいても遊んじゃダメですよ?着いたら連絡してくださいね!便名は…あ、メモあるから大丈夫です。』
「サナ、SNSにあげたなら、俺はこれを着けずにお守りとして持っておくよ」
『っ!?どうしてですか!?これは大事な牽制です!絶対つけてくださいね!』
「はじめに言ったろ?俺たちはバレたら終わりだ。サナを守ることはできない。別れるしかないんだ。」
『バレないです。大丈夫です。』
「はぁ…お前さ、俺のファンなめてると痛い目に遭うぞ。シャレになんねーよ?別れたいの?」
『別れたくないです!別れたら死にます!』
(重っ…)
楓のタバコを吸うペースが増え、無理やり話を終わらせて電話を切った。
(しんどいな……。)
付き合う前の一生懸命さが、違う方向に向かっていた。楓のスケジュールを把握したがり、空き時間は全てサナに使わなければならなかった。メンバーと連絡をしても「誰ですか?」と聞かれ、見せるまで納得しなかった。楓はもう気持ちが離れていたが、良いところもある、とサナを立て直したかった。
今回の距離を置くことで、サナが少し冷静になればと願い目を閉じた。
「おはようございます!」
「おはよー!!」
「おはようございます」
空港で待ち合わせたリクに挨拶すると、ワクワクした顔をしていて、こちらまでテンションが上がる。
「さぁさぁ闘いにいきますか!いやー!楽しみだなぁーっ!!」
楓は久しぶりのメンバーと一緒で馬鹿騒ぎして涙がでるほど笑った。飛行機の席は、リクとルイ、楓と龍之介になった。後ろのリクとルイを見ると、すやすやと、お互いもたれあって寝ていて楓と龍之介はたくさん写真を撮った。
「可愛いー!子どもみたい!」
「ルイも幸せそうだな…。ルイも行けて良かったな」
「うん!楓、頑張ろう!」
龍之介の言葉に頷いて楓も目を閉じた。
長旅を終え、リクについて行くと、到着口を出たところでリクの顔が破顔した。
「おーい!」
「「「コウちゃーーん!!!」」」
コウを見た瞬間、3人は走り出してタックルするかのように抱きついた。コウは嬉しそうに笑って、頑張れよ〜とそれぞれの頭を撫でた。
「彩、わざわざありがとうな」
「いいえ?恋人のためなら、ここまで来るわよ」
コウの隣にいた美女、彩の言葉に全員がコウを見た。照れたように笑って彩の肩を抱いた。
「俺の、オンナっす」
「お前っ!何しにニューヨーク行ったんだよ!バーカっ!」
リクは嬉しそうにコウの頭を叩いた。彩も笑っていてとてもいい報告が聞けた。
「美男美女だな…。コウちゃん、心配したよ」
「あははっ、ごめんな。アメリカ最高だよ!自由の国!俺はここが合ってる!ダンスもして、彩がいて…幸せしかないよ!」
「まだ英語が話せないけど、ダンスのセンスはいいから、うちのチームに入ったの」
「コウは1から基礎やればそうとう上に行けるはず。頑張れよ」
リクが頭を撫でると、コウは愛おしそうに見ていたのを、彩にハイヒールで足を踏まれていた。
(コウちゃん、リクさんのこと…?)
明らかな表情の変化を気付かないフリをした。
ルイと龍之介はケータイを海外用の設定に切り替えたが、楓はそれをしなかった。
「楓、サナちゃんしんどいの?」
ルイが心配して覗き込んでくる。タクシーで移動中の車内に、楓のため息が広がった。
「今までサッパリ系としか付き合ってないからさ…分かんねぇの。…なんか、重い。」
「ぽっちゃりだから?」
「体重じゃねーよ!…なんつーかな…束縛?ずっと監視されてる気がするし、ルールが多いし、匂わせするし、息が詰まる」
楓の本音に、リクも龍之介も振り向いた。
「サナちゃん重いのか…意外」
「匂わせは勘弁。サナちゃん相当叩かれるぞ。もし報道でたら」
「そしたら別れて、先輩後輩って言って下さい。そういう約束なんで。」
「……。お前もう気持ち無いだろ。別れたら?」
「別れたら死ぬって言うから…」
「「「重っ!!!」」」
「楓、もういいんじゃない?楓も頑張ったでしょ?楓にはやっぱり明るくてサッパリした子が良いよ!だって最初以来幸せな話聞いたことないもん!」
龍之介が心配してくれるのに、少し楽になった。
「あー…でも、ファンはにはもうバレてるっぽいな」
リクがケータイを操作しながら呟いた。見せてもらうと、画像を二つ貼り付けたりして見比べたものから、サナのSNSで78のグッズがチラリと写っている。
「楓!お前、これはやばいだろ!!」
リクが慌てて見せたものは、サナの部屋に置いてある帽子や時計がわざと写っていた。先ほどあげたようで、ファンからとコメントが一気についているようだ。
「楓、連絡取って消させろ。…あぁ…また篠原かよ…」
リクはため息を吐いて篠原に連絡をし、また言い争っていた。
楓:サナ、着いたよ。さっきあげたの消して。俺のがたくさん写ってる
サナ:お疲れ様です。到着から1時間ほどかかりましたね、どうかしましたか?
楓:海外用のやつ、やり方分からんかったから。
サナ:難しそうですね
楓:サナ、SNS消して。俺リクさんに怒られてるから。
サナ:事務所公認になるなら消します。
楓はため息を吐いて、リクにやりとりを見せた。
「楓、まだサナちゃん好き?」
ルイの質問に、楓は首を横に振った。
「俺っち、楓が幸せに見えない。付き合う前の方が楽しそうだし。」
ルイも気の毒そうに言って、リクを見た。
「楓、今はダンスに集中しよう。」
リクの言葉にはい、と返事してケータイの電源を落とした。
この日はホテルに行って、作戦会議からのお喋りタイムになった。
ーーーー
歓声が鳴り止まない会場。
レベルがまるで違うダンスに圧倒されると同時にワクワクが止まらない。リクはリズムを取っては、いいものを見れば歓声をあげ、ギャラリーとして楽しんでいた。
楓は大人しいルイを見た。ダンスから目を離さないまま、唇を噛んでいた。組んだ両手は僅かに震えている。その手に手を重ねると緊張で冷たくなっていた。
「ルイ…大丈夫。」
「楓…」
「俺たちのベストを見せよう」
「俺じゃなくて…リクさんだから、ここに立てたんだと思うと…足がすくむんだ…」
怖い…と下を向くルイをぎゅっと抱きしめた。リクが遠くて見守っているのも分かって、ルイの背中を撫でた。
「ルイが楽しんでくれるだけで、リクさんは喜ぶよ。1番ルイの体を心配していたんだ、心を鬼にして。ルイをこのステージに立たせるために」
「うん…」
「だーいじょーぶだって!!ルイがいるから龍之介も安心してるし!」
「そうかな?」
「あぁ。リクさんで萎縮してたからな。ルイのいつもの笑顔見せて」
ルイの柔らかな頬をむにーっと伸ばすと、いつもみたいにニカッと笑った。
「えっへへ!いたいよぉっ!」
そうしていると後ろから龍之介がルイを擽って、笑い転げていた。
「2人ともありがとう!頑張ろう!」
ルイは涙が出るほど笑った後、いつも通りかな戻った。
『日本グランプリ、アイドルグループ78から楓!ルイ!龍之介!』
コールがかかってステージに向かう。楓はギャラリーのリク、コウ、彩を見て気合いを入れ直した。リクはゆっくり頷いてカメラを向けた。
音が鳴れば、あっという間だった。
楽しくて楽しくて仕方なかった。龍之介の表現力は、海外の人も大爆笑してくれたし、ルイはステップ中心でも会場を沸かせ、大技以外にも自信が持てたようだった。そして何より、楓はこのステージに酔いそうなほど気持ちよく、反射的に近い、無意識化で大技を繰り広げることができた。
ジャッジを待つ時、リクを見ればニカッと笑ってくれた。
『勝者!日本グランプリ、78!!』
本場で1回戦を通過できて、大きな歓声とともに、抱き合った。リクも嬉しそうにコウと彩と抱き合っていた。
ーーーー
「「乾杯!!」」
「「お疲れさまでしたー!!」」
海外のビールが喉を通り、最高の幸せを感じる。2回戦で敗退したが、リクはよくやったと、手を叩き、ハグしてくれた。優勝したチームは明らかに違っていて、今後のモチベーションに繋がった。コウも大興奮して酒を煽る。
「正直、1回戦も突破できるとは思わなかったから…いやぁー嬉しいなぁ」
リクの目が潤んでいて、こちらまで感極まるものがあった。
「ルイ、辛い思いさせたな。でも、お前のこのステージが見たかったんだ。よく我慢したな、頑張ったな。」
リクがルイをハグすると、リクの胸の中で子どもみたいにわんわん泣いていた。みんながもらい泣きして、その後笑って大盛り上がりの夜になった。
それぞれが酔っ払って、部屋に戻る。楓は喉が乾いてエントランスに行くと、ルイが夜景を見てぼーっと座っていた。
「ルイ…眠れないのか?」
「楓…おつかれー。…うん、この場所の一瞬一瞬を、とっておきたくて。寝ちゃうのが勿体ないなって」
「そっか」
近くのコンビニに行って、ルイの分の飲み物を買って、エントランスに戻ると、相変わらずそのままぼーっとしていた。
「ルイ」
「わっ!冷たい!…くれるの?」
「うん。ぼーっとしとこうぜ」
「うん」
お互い何も話さないまま、ぼーっとしていた。
「楓?」
「ん?」
「俺、ダンス頑張る」
「おう。」
「今度は俺が、リクさんをここに連れて行く。今回は連れてきてもらったから。」
「そうだな」
「俺、あの時リクさんを嫌いになりそうだった。全部否定されてるような気がして、俺のこと考えてくれないって子どもみたいに拗ねてた。でも、あのダンスバトルの日にね、長谷川さんが教えてくれたんだ。俺はこんなところで散るには勿体ない、俺にはもっとド派手なところじゃないとって。…知らなかった。何にも知らないまま、甘えてたんだなって。…リクさんの教えてくれたステップが、会場を沸かせて、気持ち良かったんだ。楓が大技を見せたら、会場が沸いたのも、気持ちよかった。」
ルイが落ち着いた調子で淡々と話すのが、本来のルイなのかもしれないと思った。人一倍明るくしようとするルイらしい姿に何度も助けられたが、これがルイであれば、深く考え込む性格なのだろう。
「このダンスバトルが終わったら、マリンに告白しようと思ってたけど、やめる。」
「なんで?」
「今は、夢に賭けたい。マリンとはまだ付き合えないの、分かってるし、マリンにも、夢があるから。」
こちらを向いて笑うルイは、1人の男としてのけじめが見えた。
「お互い気が済むまで夢を追って、それでも好きなら、きっとそばにいるはずだし、ちがうなら離れてくだろうし。それでいい。今は、78を頑張る」
「ルイ…」
「あっはは!恥ずかしい〜!ダサいかな?」
「そんなことねーよ。カッコイイ」
そう言うとまた子どもみたいに笑った。
次の日は、前回来たときのようにダンスレッスンを受けた。楽しい日々が終わり、コウと彩に見送られながら飛行機に乗ると、ルイは何秒かで爆睡していた。
長旅を終えてケータイの電源を入れると、サナからの沢山の着信履歴とメッセージにうんざりした。
楓はもう無理だ、と思った。
ピリリリリ ピリリリリ
「楓、電話鳴ってるぞ」
「あぁ。いいや。大丈夫です。」
「サナ?」
「はい。もういいっすわ。対応できないっす。」
「お前が決めたならいいんじゃね?女の子はたくさんいるだろ」
リクも苦笑いして、鳴り続ける電話を見た。
「あ、はいはい?お疲れー!…はぁ!?ふざけんな!今日本ついたばかりたぞ!?」
リクは社用ケータイをとった瞬間、楓を見ながらブチ切れた。苛立ちをそのままに、電話を切って、リクは楓を見た。
「楓。熱愛報道だ。事務所行くぞ」
ルイと龍之介はあちゃーと、頭を抱え、楓はガックリとうなだれた。
「リクさん、誰との熱愛?」
「サナだ。やってくれたな…。サナのSNSが大炎上してるらしい。」
「まー、楓のファン怖いからなぁ…。」
「楓、覚悟できてんな?」
「もちろんっす。別れます。もう無理」
空港でルイと龍之介と分かれ、楓はリクと事務所に向かった。
「楓、サナからのメッセージにお疲れ様、とか頑張ってという言葉あったか?」
「ありません」
「なら、いいか。切れ。」
「はい。」
サナはなぜ連絡が取れないのか、私が話したいのに、など、自分のことで精一杯だった。炎上したのは、サナが見せた、『楓さんとお揃い。』というブレスレットの投稿。楓はダンスバトルの時には着けなかったが、サナは楓と連絡が取れない不安をSNSでファンより優位だということをアピールしなければ、気持ちが保てなかったようだ。
事務所に着くと、皆んなのお疲れ様、お帰り、を聞き流して社長室に入ると、号泣するサナが俯いていて、篠原は困ったようにため息を吐いた。
「悪いな、帰ってきて早々に。」
「いえ。この騒動申し訳ありません。」
リクが謝罪すると、篠原が頭を下げた。
「相川さんからの忠告を伝えたにも関わらず、大変申し訳ありません。」
「いや、対応ありがとう。楓。」
リクは楓に話を振った。
「社長、この度は申し訳ありません。サナとはお付き合いをさせて頂いていました。ただ、付き合う前に、このような状態になれば別れると話し合っております。」
「楓さん!!そんなっ!」
「サナ、今日からは、仲の良い先輩後輩だ。」
「なるほど、なら、それでコメントを出そう。そうすればサナへの誹謗中傷も減るだろう」
恐れ入りますと、篠原が頭を下げるも、サナは納得いかないと、泣いてごねた。
「誹謗中傷なんか怖くありません!私は楓さんといます。」
「サナ、今の尋常じゃない言葉が飛ぶ可能性もある。サナがしたことは、ファンにとって嬉しいものじゃない。」
リクが宥めるも、別れませんの一点張りに楓は覚悟を決めた。
「サナ。俺、もう、お前は無理。束縛されて、全部お前のためだけに時間を使うのに…疲れた。言ったよな、俺は78とダンスが優先だ。サナの一生懸命なところが好きだったけど、最近のサナは一緒にいて息が詰まる。」
「楓さん…」
「サナ、別れよう。」
「ぅっぅ…っぅ、ぅ…」
「努力家で純粋なサナは、みんなに愛されるはずだ。ファン相手にマウントとるのは、俺の好きな女じゃない。」
はっきりとふって、楓はその場を後にした。家に戻ると、不思議とスッキリしていた。
(そういえば、俺の部屋に呼んだことないか)
やっと解放されたような気がして、ほっとした。今までとちがうタイプで楽しかったが、後半は面倒になっていた。
(やっぱ俺、ずっと一人でいいかな)
そう思って目を閉じた。
『熱愛報道否定。仲良しの先輩後輩。』
次の日この見出しが出て、楓は安心してスタジオに行った。報道もいなくて、SNS上でも、安心の声が広がっていた。
ヴーヴー ヴーヴー
練習前にケータイを開くとサナからだった。
サナ:楓さん、大好きでした。今でも大好きです。楓さんよりも周りが気になり始めたのはいつからか分かりませんが、そこに目が行って苦しかったです。大好きな人が離れて行くのに、どこか安心しています。楓さん、いつまでも応援しています。幸せな日々をありがとうございました。
思わず、涙が溢れて慌てて拭う。本来のサナの姿がそこにあった。健気で一生懸命で不器用。そこが好きで、からかうのも楽しかった。
楓:ずっと応援してる。俺も幸せだった。ありがとうな。
これを書くことで精一杯で、送信を押してしゃがみ込んだ。
メンバーがそっとしてくれて、ひたすら床に涙を溢した。短かったけど、濃厚な日々にピリオドを打った。
「うっす!お待たせしました!よろしくお願いします!」
「楓、終わったら飲みに行こうな!」
「よっしゃー龍之介の奢りな!」
「え!?あ、リクさんも」
「俺は行かなーい。俺に払わすつもりだろお前ら!」
癒されるほど大騒ぎして、大笑いした。
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