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第109話 安心する場所

深夜2時。  収録が押して、座るだけで眠ってしまいそうな大河は、楽屋で伊藤を待つ。  (無理…。少しだけ…)  目を閉じてしまえば、ゆっくりと眠りの世界へと向かった。  「大河、大河。お待たせ、帰ろっか。」  「うん。」  次の収録の調整を終えた伊藤にも少し疲れが見えた。ぼーっとしたまま局内を歩く。スタッフさん達も疲れ切っているように見えた。  (皆さんお疲れ様)  ぺこりとお辞儀して、バンに乗ると、意識が遠のいた。  「あ、起きたね。おはよう。あと少し。」  「まこ…?」  大きな揺れを感じて目を開けると、誠のふわふわの髪があった。大きな背中に安心して、また目を閉じた。  (落ち着く…)  幸せな夢を見て、熟睡することができた。気持ちよく眠って、パチリと目を開くと、誠の寝顔がすぐ近くにあって思わず微笑む。  (可愛い…気持ち良さそう)  薄く開いた薄い唇に、そっと唇を重ねる。  (大好き)  心の中で言うと、ゆっくりとまつげを揺らして、ぼんやりとこちらを見た。  「ん、俺もだいすき」  ふにゃりと笑って抱きしめられる。疲れが取れて、気持ちも安定している。 誠は、家族との愛を確認した後から、一気に落ち着いた。不安定だったことが嘘のように、大人の男性へと変わった。  (モテそう…やだな)  嫌な顔をすると、困った顔で笑って、髪をかきあげられ、気持ちよくて目を閉じる。  「嫌?嫌い?」  「なんで」  「嫌だ、って顔したでしょ?何が嫌?」  「ん…何で分かるんだよ、ばか」  こうして、大河の気持ちを察するようになった。嬉しいのと、恥ずかしいので胸に顔を埋める。  「かわいい…だいすき」  眠そうな声でそう言ったかと思うと、すぅすぅと寝息が聞こえた。  (可愛いのはお前だろ)  クスクス笑って、そっとベッドを抜け出した。  ーーーー 「大河、昨日の夜なんの収録?」  「?ど、どうした?そんな怒って」  事務所の会議室に入った瞬間、レイに詰められ大河は怪訝な顔をした。 「伊藤さん、誰かに言い寄られてなかった?」  「さぁ?知らないけど…」  イライラした様子のレイに、昨日何かあったのかと考えるも、疲れた、眠い、しか浮かばなかった。伊藤が入ってくると、あからさまにイライラを全面に出すレイに、伊藤は大きくため息を吐いた。  「レイ…。誤解だって。ほら仕事。切り替えて。」  「なんで響にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」  「レイ、落ち着けよ。伊藤さんの言う通り、今から仕事だろ?」  「女優の安藤ライラ。告白保留にしてんだろ?」  「え?」  出てきた名前は、昨日の収録の共演者だった。清純派女優で透明感があり、スキンケアのCMによく出ている。  「だから、誤解だって。」  「ライラさんは俺にも近づいてきてた。響のことばかり聞いてた。番号渡されて連絡してるくせに。」  「無視なんかできないだろ。」  「はぁ?!期待持たせてどうするんだよ!」  レイが大声で怒鳴るのを、伊藤は、はいはい、と流している。大河はレイの立場なら今頃不安で、もどかしくて怖いだろうな…とレイを見ると、ボロボロと涙を零していて慌てて駆け寄った。  「伊藤さん…、レイ、不安なんだよ、分かるだろ?」  「……分かってるよ。悪かった。」  泣かせたことで、伊藤はやっとこの件に向き合う気になったようだ。レイは口を引きむすんで必死に涙を堪えるも、ポタポタと垂れていく。  「…告白された。断わろうとしたけど、一方的に保留にされた。それだけだ。」  「そう…言って…くれれば…いいじゃんか…何で、隠すんだよ…っ」  「……。」  「言えないこと…あるのかよ」  「まぁ…そんなとこだ。」  伊藤の言葉に大河もレイも目を見開いた。  「どういうことだよ伊藤さん」  「これから共演もあるのに、こんなの要らない情報だろ。俺のことは気にしなくていいんだよ、断るに決まってるんだから。わざわざ詮索してまで傷つこうとするなよ。」  伊藤はレイが傷つくのを知っていたのと、今後も共演の可能性があるため、関係性維持の目的で黙っていたようだ。レイは納得いかない様子で涙を拭き、さっさとはじめて、と冷たく言い放った。この日の企画会議は最悪の空気のまま終わった。  次の収録日。  レイのためにも様子を見ていると、こちらが引くくらいアピールされていた。休憩のときには必ず伊藤のもとに行き、楽しそうに話していた。  (これはレイも不安になるわ)  伊藤は大人の対応なのか、好意があるのか分からない態度で、期待されてもおかしくなかった。  「伊藤さん、レイと仲直りした?」  「仲直りって…ケンカしてないのに?」  「だって、レイ怒ってたじゃん」  「まぁな…。でもさ、レイだってめっちゃ告白されてるんだよ。お互い様だろ?全く」  「え!そうなの?」  「そうだよ。無意識かもしれないけど、やれ女優だの、モデルだの、タレントだの…もう数え切れないほど現場を目撃してるからね。」  へー、と口を開けて答えると苦笑いした。  「ちなみに、大河も告白されてるけど、完全スルーしてるの気付いてるか?」  「え?」  「やっぱりな。可哀想で見てられなかったよ。せめて聞いてあげろよ。この間は…なんだったかな…。そうだ!思い出した!告白してんのに、大河は、ありがとう!お疲れ!って!あははは!あれはさすがに…っ可哀想っ!」  伊藤は思い出してクスクス笑っていたが、大河には全く記憶になかった。  「マコ以外興味ないのが伝わるから、今はマコも落ち着いたしな。…さて、レイはどうしたもんかね…どんなに伝えてもさ、俺は前科があるから」  「それは自業自得。しかも女に浮気だから余計心配だろうな」  「…だよなぁ。」  伊藤はため息を吐いて悩んでいた。  「毎日エッチしたら安心するんじゃない?」  「ユウと同じこと言うな。」  「やっぱさ、受け入れる側としては安心するよ?」  「……」  「??」 「最近シてないんだよな。」  「え!!なんで?」  重い沈黙のあとの伊藤の言葉に驚く。  「お前らみたいに体力ないんだよ。キスはするけど…。寝ちゃってレイにこたえてあげられてないのさ。」  「それじゃんか!レイが不安になるの!伊藤さん、頑張ってよー」  「そうだよな。はー…男として落ち込むよ。」  伊藤は誰にも相談していなかったのか、セックスレスに落ち込んでいた。シたい気持ちと体力が追いつかないようだ。  「ブルーウェーブとRINGの掛け持ちの時期あっただろ?あれからリズムが仕事になっちゃってさ。レイには悪いなって思ってるよ」  「そりゃあ逆にレイに浮気されても仕方ないぞー…だって、俺たち若いもん」  「分かってるよ。でもレイは浮気しないから。」  自信満々に言う伊藤に頷いた。レイは一途だ。だからこそ、今不安だとも思った。伊藤しかいないのに、伊藤に触って貰えないのはストレスになるはずだと思った。  「伊藤さん、今夜は頑張ってみてよ?」  「はいはい、お疲れ」  バンを降りてマンションに着くと、リクエストした夕食を準備してくれている恋人。  「大河さん、おかえり…わぁ!危なっ!」  「マコ!ただいま!」  「ん〜!ご機嫌!可愛い!」  頬にキスされて幸せを噛み締める。ぎゅっとくっついて誠を見上げた。  「ご飯食べてから、ね」  (ほら、伝わった) 愛おしそうにポンポンと頭を撫でられると、キュンと胸が痛んだ。  思春期の学生ぐらいの速さで夕食をかき込んで、お風呂へ行った。  (はぁ…最高に気持ちいい…安心する。)  電気を消して真っ暗なベッドの上で求め合う。肌が重なり合うのが気持ちよくってもっと欲しくなる。今日は大河が上に乗って、誠が下から攻める。互いの首にかかったリングに、また切なくなる。  「マコっ…マコっ」  「入れる?…腰上げて。ん、上手。はい、腰落として」  「はっ、はっ、んぅっ…」  「っ、大河さんっ、息吐いて…」  「はぁ、はぁっ、っっ、っ」  どうしても、この質量に息が詰まる。できない、と誠を見つめると、にこりと笑って腰を掴まれた。  「力抜いててね。いくよ」  「え?…ッッ!?ッッァアァア!!」  「はぁっ…最高っ…」  奥まで届いた熱に、目の前がチカチカした。落ち着くのを待ってくれる誠の腹筋に手を置いて、腰を引いた。  ズルル… 「ぅあっあ…」  「くぅっ…大河っ…さん」 それだけでもビリビリする快感に動きが止まるも、また先ほどの快感が欲しくなり、力を抜いた。  ストン  「っぁあああーーーっ!!」  「ーーっ!」  思いっきり白濁が飛んでビクビクと跳ねる。中も勝手に蠢いて、必死に呼吸をした。  (気持ちいい、気持ちいい)  指を絡めて、見つめ合う。キスして欲しそうな誠の唇にキスをして、二人のお腹で大河の出した熱を分け合う。  「わぁっ?」  「交代。気持ち良かったよ。次は俺が気持ちよくしてあげる。」  ゴロンと位置が変わって、今度は誠を見上げた。いつ見てもドキドキさせる恋人に顔が真っ赤になる。暗くてよかったと目を逸らすと、ゆっくりとピストンが始まった。  (はぁ…心地いい…気持ちいい…)  徐々に高みに連れて行かれるセックスだと気付いて期待する。頂上に行く頃には何も考えられなくなるのだ。  (あ…どうしよ…キタ…。今日、早いかも…)  じわじわ広がる快感。  誠の汗と熱い呼吸。  熱が大河の中をひたすらゆっくりとマッサージのように撫でていく。  ビクンッ!  (あ!!きちゃう!)  突然、大河の身体が跳ねて、ここからは一気に絶頂に連れて行かれる。  誠の息も早くなり、ピストンも早くなる。  (どうしよう、どうしよう)  抗えないのは分かっているが、悪あがきで快感を逃がそうとする。  ガクガクする足はそのままに、首を振って腰を引くもさらに奥を攻められ、真っ白になる。  「あっあっあっあっ、マコ、っ、マコぉっ」  「はっ、はっ、はっ」  「ぁああ!っあああ!!あああ!!」  誠の腕に爪を立てて、声が叫ぶように出て行く。撫でるようなピストンだったのが、今は突き上げるように激しいものに変わった。叩きつけられるような熱に、大河はたまらなくなった。  (もうイく…!もうっ…!!)  ガクガクガク  「ッぁああああああーーーッ!!」 「っっ!!」  ドサッと誠が降ってきて、2人で荒い呼吸を整える。 「大河さん、気持ち良かった」  「ん…俺も。本当最高…」  「今日帰ってきたときからシたかった?」  「ん…。シたかった。伊藤さんとエッチの話、したから…」  「やだなー。仕事中でしょ?」  そう言ってクスクス笑う誠がくすぐったい。レイもこうして安心できたらいいな、と誠の胸で目を閉じた。  ーーーー  「大河さんは一人暮らしですか?」  「いや、一人暮らししてたんですけど、自炊ができないので、メンバーのマコの家に居候してます。」  「わー!仲がいいですね!ケンカとかは?」  「たまに俺がイラつくぐらいですね。マコはあまり怒ったりしないので居心地いいです。」  バラエティー番組で聞かれ、答えたが大丈夫だっただろうかと伊藤を見ると、笑ってOKが出てホッとした。  「ちなみに、ユウさんはブルーウェーブのタカさんと住んでるんですよね?意外です。」  「ユウはプロデュースもやったり作詞作曲もやるので、タカさんにお世話になってるみたいです。」  これも伊藤を確認すると、大丈夫と頷いてくれた。  「RINGはあとは一人暮らしなんですね。」  そう言われ、困って伊藤を見ると激しく頷いているので、はい、と返事をした。  収録後に伊藤に確認するも、レイと青木は一人暮らしで通す、と言われてしまった。首を傾げたまま伊藤について行く途中、後ろから伊藤さん!との声がかかり、二人で足を止めた。 「伊藤さん!お疲れ様です!」  「安藤さん、お疲れ様でした。」  「来週私のお部屋公開なんです…緊張しちゃいます。」  「みんな楽しみでしょうね」  「伊藤さんも楽しみにしてくれていますか?」  「もちろんです。」  「なら、先行公開、しちゃいます?」  大きな黒い瞳は伊藤しか写していなくて、大河は苦笑いした。  (めちゃくちゃ積極的。すげー。)  「視聴者より先にだなんて恐縮ですよ。収録楽しみにしています。」  サラリと笑顔で交わして、では、と頭を下げる伊藤に安藤は耳元で聞いた。  「伊藤さんのお部屋に行きたいな」  直接的な誘いに、大河は真っ赤になって、その場から去ろうとした。しかし、伊藤から腕を掴まれた。  「同棲中なので、お呼びすることはできないですよ。ごめんなさい。」  「え?」  「やっとお伝えできました。…結婚を考えている方なんです。まだ本人にも言ってなくて、安藤さんにしか言ってませんので…内緒ですよ?お疲れ様でした。」 固まる安藤をそのままに、大河は伊藤に手を引かれ足早にテレビ局を去った。  (伊藤さんの断り方すげー…)  大河は「結婚を考えている」と言う言葉にキュンとしていた。レイに聞かせたかったというほどかっこよく見えた。  「伊藤さん、やっと断れたね」  「あぁ!チャンス!と思ったよ!これで疑いも晴れるかな」  「あはは!で?レスは解消できたの?」  「…もう今後はレイが追い詰められないよう精一杯努めます。」  「??どういうこと?」  「レイと愁くんが手を組んだらヤバイ。…見事に盛られたよ。」  「??何を?」  「シたくなる薬。マジしんどかった…」  「えぇ!!?」  「レイが気絶しても治んないんだよ。恐ろしいよ。乱暴なことなんかしたくないのにさ。…でもそこまで追い詰めたんだな、って反省した。間違っても愁くんに相談しないようにしといた。」  「わーお。…長谷川さんドSなんだってな…。そーいやマコも相談を相川さんにするから、やめさせないと。」  あの2人はやめとけ、と伊藤は大河が降りるまで熱く語っていた。 ーーーー  「レイお疲れー!仲直りしたか?」  「へ?誰と?」  「伊藤さん。前の会議、険悪だっただろ?」  レイは忘れているのかきょとんと首を傾げた。そして伊藤が入ってきた瞬間、顔を真っ赤にして俯いた。  (分かりやすっ!!)  大河がクスクス笑うと、察した伊藤は苦笑いした。  (今度は伊藤さんにドキドキしてたまらない、か。レイの感情も忙しいな)  パチン!!  「「へ?」」  突然レイが自分の両頬を叩き、爽やかな笑顔でこちらを見た。  「よろしくお願いします!頑張りましょう!」  「あっははは!なんだそれ!」  「まーやる気出たならよかった」  レイは頬を真っ赤にしながら説明を聞いていたが、大河は笑いを堪えきれず何度も伊藤に注意された。

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