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第115話 夢中
音楽に夢中になると、他が見えなくなるタイプらしい。
この間、拗ねた誠に指摘され初めて自覚した。優一がよく言う「タカさんは音楽の世界に入るとしばらく会えなくなる」と言っていたが少しタカの気持ちが分かった。
音楽をしたい、曲を作りたいと思うと、無意識にリョウやヤスといる時間を優先してしまうのだ。かと思えば優一とずっと電話して曲のイメージを膨らませたり、いろんな楽器の音を聞いたりしている。
申し訳なくなるほど、誠の存在が薄くなってしまうのだ。
「大河さん!」
「えっ!?」
ハッとすると、青木は「俺は知らない〜」と目を逸らした。レイは苦笑いしてみている。そして、誠は珍しく激怒して出ていってしまった。
「大河ー、さすがにそこまで無視すると可哀想だよ」
「へ?何か言ってた?分かんなかった…」
「うーわ、嘘でしょ。マコちゃん可哀想ー。今日何食べたい?とか最近寝てる?とか…他の話題ならさ、代わりに入ったけど、大河さんに話してから…」
謝っとけよ、とレイに頭を撫でられて、まだきょとんとしていた。
ガチャ
「まこちゃんのケータイ、ケータイ♪」
「ユウ、どうしたの?」
「まこちゃんがケータイ取ってきてって」
「大河、お前が持っていけ」
「あー…。いいよ、レイさん。俺もっていくよ。機嫌悪いみたい」
優一は何でもないように言って、誠のケータイを見つけた。
「あった、あったー。」
出て行こうとする優一の腕を取ると、優一は苦笑いした。
「大河さーん、あんまりまこちゃん怒らせないでよー…」
「う…ごめん」
「タカさんもこうだよ、とは言ってるんだけどさぁ…怒ったまこちゃんは話聞いてくれないから。」
行ってくるー、と楽屋を出た優一に、心の中で謝った。
「えー?ユウに行かすのー?ひどくない?怒ったマコちゃん怖いのに可哀想」
青木がジロリと見てくる。
(この間助けてやったのに、こいつ)
「あーあ、ユウと遊びたーいー!久しぶりに一緒の仕事なのにー!マコちゃんが独り占めだぁ!」
ただ遊びたいだけのようだ。
レイが、俺が遊んでやると、青木の正面に座ると、今はレイさんでいいや、と舐めた口を聞き、レイとプロレスが始まった。
「痛たたたた!!ギブ!ギブアップです!」
「遊んでやってんだから、もう少し付き合えよ!」
「ぎゃーーっ!!無理!無理!関節っ!関節がぁああ!!」
レイはニヤニヤしながらどんどん技を繰り広げていた。
「大河さんっ!伊藤さんか、マコちゃん連れてきて!死んじゃう!」
青木の叫びに楽屋を出る。適当に歩いていると、非常階段のところに誠だけがいた。その誠の前には、背の高い年上の女優さん。お互いケータイを出して連絡先を交換しているようだった。
(美男美女…)
そう思って見ていると、誠がこちらに気付いた。慌てるかと思えば、女優さんが面白いことを言ったのか、すぐ女優さんに目線がいき、楽しそうに笑っていた。
(ユウは…?)
優一がいなくて周りを見回すと、近くにブルーウェーブの楽屋があって納得した。
「こんにちは、大河くん。」
「あ、こんにちは!」
「もう収録なのかな?頑張ってね」
誠と連絡先を交換した女優、川坂鈴華が笑顔で去っていった。
(うわー、いい匂い!)
好きな香水の匂いで目を追っていると、急に頭を叩かれた。
「なーんだ。嫉妬してくれるかと思ったら…目移り?最悪。」
「違うよ。なんだよその言い方。お前探しにきたのに」
「優くんならブルーウェーブの楽屋だよ。探しにきたのは俺じゃないくせに」
「はぁ…。マコ、ごめん。アレンジが気になってぼーっとしてた。」
機嫌が悪い誠に、勇気を振り絞って素直に謝ると、誠は驚いた後にモゴモゴした。
「マコ、後でアレンジ案聞いてもいい?」
「っ!もちろん!もちろんだよ!」
頼られたのが嬉しかったようで、ぎゅっと抱きしめられた。たまには頼ったりしないとな、と誠の胸で苦笑いした。
楽屋に行くと、楽しそうに伊藤と話すレイと、蹲る青木。
「大河さん遅いよっ!仕事前に身も心もボロボロだよ…」
青木は誠に飛びついて、レイにされたことを報告していたが、レイは知らんぷりしていた。
「さて、そろそろか。ユウを呼んでくる。」
「あれ、ユウ…。そうだ、マコちゃん一緒じゃないの?」
「うん、ブルーウェーブのとこに行ったよ」
「タカいないのになー」
伊藤がその一言を行って出ていったのを全員がきょとんとした。
その日の収録は台本通りに進められ、優一も安心した様子で終えることができた。OKがかかると、伊藤が優一を褒めて頭を撫でていた。
(少しずつ頑張ろうな)
大河もハグすると、嬉しそうに背中に腕が回った。
「ユウ、帰ろっか」
「うん!早くタカさんに会いたい〜」
「タカさんいなかったのか?」
「うん!たぶんね、時を忘れてるんだって。大きな案件抱えてて、部屋から出てこないし連絡取れないんだって。岡田さんには連絡あったみたいだから…。音楽の世界に入ったら邪魔できないから…寂しいけどね」
それでも嬉しそうにニコニコ笑う優一に、大河は首を傾げた。
「怒ったり拗ねたりしないのか?」
「あっははは!昔はねー…したよ。でもさ、楽しみの方が大きいよ。どんな曲ができるのかなって。俺が邪魔して曲ができない方が、誰も幸せにならないもん」
「そっか」
「だからまこちゃんもさー、わがまましないでーって思うよ。まぁ、分からなくもないよ。タカさんは1人で篭るけど、大河さんはフィーリングが合う人と作りたいタイプだから。」
大河は言われて初めて気がついた。
(たしかに…リョウさんや、ユウ、今はヤスさんにも連絡取ってるし…)
「仲間に入れないのも悔しいんだろうね。まこちゃん言ってたよ?ベースならできるのに、って。」
「いや、ベースは…」
「あはは、分かるよー。作り手としては後なんだけどねー。」
優一も苦笑いして困っていた。
「カナタさんに聞いたらね、仮歌させたら?って!関わってる感じするし」
「おおー。それいいな」
「ただ、大河さんが、自分でやった方が早いって思うならその案はボツだけどね」
「うーん。難しいな。正直意見聞くなら、ユウか…ユウがいないなら青木なんだよなぁ」
それなら、と優一が提案した内容に、大河は大きく頷き、優一とハイタッチした。
ーーーー
「で?邪魔者は酒でも飲んでろって?」
「うわぁあああん!」
「うるさいなー。可愛くないよ、マコちゃん。」
「お兄さん!生ビール四つ!」
送迎車で優一にみんなでたまには飲もうよ、と飲みに誘われたはずの伊藤、レイ、誠、青木。しかし、集まったのは4人だけ。伊藤にだけ種明かしした優一は、無責任にも伊藤に3人を押し付け、大河と曲作りをするそうだ。
誠はあからさまに落ち込み、泣いた演技をしているのを青木に冷ややかな目で見られていた。
生ビールが届くと、誠は煽るように飲み、おかわりを注文した。
「こらこら。いくら酔わないとはいえ肝臓はやられてるんだから…」
「俺にとっては水だよ。気にしないで伊藤さん。
「飲ましちゃってよ。マコちゃん酔わないもんねー!」
「ねー!」
レイは2人にケタケタ笑い、ご機嫌だった。海鮮がおいしい店に4人は箸と酒が止まらなかった。
「何かに夢中になりすぎるってある?本当に存在感消えるなんて信じられない!恋人なのにさ!」
誠は早くも4杯目にいっていた。ゴトンとジョッキを置くと、我慢できなさそうに言った。
「いやぁー、マコ?お前もあるよ」
「無いし!」
「マコ、なんだその口の聞き方」
「う、ごめんなさい」
伊藤に噛み付くと間髪入れずにレイに怒られて、耳や尻尾が垂れ下がるのが見えた。
「マコは撮影の時。自分とカメラマンしか見えてない。青木はダンスの時、レイは歌の練習の時。みんなそれぞれ集中したいポイントがあるのさ。でも、それは悪いことじゃない。いいものを作りたい、見せたいと思う人なら、よくある事かもしれないよ。」
「…でも、大河さんは誰かと作るもん。俺は必要ないのかな、って」
「うん。そうなんだよ」
「へ!!?」
伊藤はバッサリと言い切り、レイと青木はビールを噴いた。
「い、伊藤さん、そんなハッキリ言わなくても」
「そうだよ、マコちゃん可哀想」
「可哀想じゃないよ。自分が必要ないって分かってんのに何で入ろうとするんだよ。役割があれば当然声はかかる。仕事もそうだろ。オファーがなきゃ仕事がないのが普通だろ?なのに、今のマコは入れない大河が悪いみたいにさ。」
「だって…」
しゅん、と小さくなった誠の背中を青木が摩っている。
「もう充分必要とされてるくせに、満足しないのはダメだろ。」
「え?」
「プライベートではマコに頼りっぱなしだろ。大河なりにめちゃくちゃ甘えてるんだよ。レイなら分かるだろ?」
「うん。かなーり分かる!落ち着いたもんな」
「「へー」」
双子かっ!とレイに突っ込まれ、えへへと満更でもない2人に笑って伊藤は続けた。
「だから、やりたいことに安心して向き合える環境なんだよ。それは、マコのおかげなんだ。」
「そうかな」
「そうだよ。大河は頼るのが苦手だから、頼ってきたら手を貸してやればいい。それまでは見守っておけ。寂しいなら大河に必要とされるほどの音楽的才能を手に入れるか、こうして俺たちと飲めばいい。」
誠は唸ったあと、全員を見渡してニヤリと笑った。
「みんなと飲むことにしまーす!ほらほらぁ!まだまだ飲み足りないんじゃないのー!?お姉さん、ハイボール4つ!濃いめ!」
「おいおいバカか!お前のペースに合わせられないよ!」
「一緒に飲んでくれないの?」
「「「うっ…」」」
「ああもう!伊藤さんのせいだからね!」
「そうだよ!伊藤さん責任とれよな!」
「ちが、そういう意味じゃ…」
誠は全員潰したあと、ふふっと笑った。
「みんな、ありがとうね」
全員をタクシーに乗せて、一人一人道案内して最後に降りた。
ーーーー
(あれ…?マコは?)
深夜になってやっと我に返った大河は、部屋を出て誠を探した。
「まこー」
寝室に入ると、酒臭く、大きなイビキをかいている恋人。珍しくてクスクス笑う。
(ユウが計画してくれたんだっけ)
イビキが一生懸命呼吸しているように見えて可愛くて愛おしい。高い鼻を摘んでみると、フガっと鼻を鳴らしたあと、ゆっくり目が開いた。
「マコ、おかえり」
「ん〜〜…大河さん〜」
「あはは、甘えん坊!可愛い」
「起こされたぁ…」
「ごめん、ごめん。ほら、少し寄って俺も寝る」
「ん…大河さん…チュウして」
「やだよ、お前酒臭いもん」
「いやだ!んー」
「あはは!やめろってぇ!ん…んっ…ふっ」
寝ぼけてるくせに、大河のショートパンツに手を入れてきてその手をどかそうとするも強い力で握り込まれる、
「ぅう…っ、マコ…痛いよ…はなせ」
「いやだ」
「ん…なんで…まこっ、眠い…やだ」
「……」
嫌がってもやめて貰えなくて熱が篭る。はっはっ、と短い呼吸をして次の刺激を待っていると、上から大きなイビキが聞こえた。
(はっ!?)
「マコ?マコ!」
「ぐー…ぐー…ぐー…」
どんなに揺さぶっても起きる気配がなくて、大河は舌打ちしてトイレへと向かった。1人では気持ちよくなくて時間がかかって欲を吐き出し、やっと寝室に戻ると、子供みたいな寝顔に怒りが収まる。
「可愛い顔して幸せそうに寝やがって…」
悔し紛れに悪態だけついて誠のそばに横になると、やっぱり手癖が悪い。無意識なそれにクスクス笑ってガードすると、また目を覚ました。
「ん〜…触りたい」
「っ!?っあははは!」
「大河さん」
大河のお腹に手を回し、すりすりと摩ったあと、また大きなイビキが聞こえた。大河は笑いを必死に堪えながらお腹にある大きな温かい手に安心して目を閉じた。
(あ…なんかいい詞が浮かびそう。)
ケータイを掴み、一気に書き上げることができた。
ーーーー
「大河さん、今日は音楽しないの?」
誠を背もたれにして、誠ソファーに座る。何もせずただぼーっとしていると、誠は後ろからお腹に手を回し、軽く撫でたあと、心配したように尋ねてきた。
「今やってるから」
「え?」
「お前といたら詞が浮かぶから」
「え…そうなの?」
「ん…だからそのままな?」
「うん!分かった!」
嬉しそうに返事をして、一生懸命“そのまま”でいる恋人にバレないように笑う。
(歌詞はできてるけど…甘えたいだけって…言えないし)
大河はしばらくそうしていると、睡魔に誘われるまま眠りに落ちた。
「大河さーん…?あら、寝ちゃった」
誠は幸せいっぱいでつむじにキスをした。
(優くんから、素敵な歌詞だって先に聞いてたんだけど…こういうので生まれるなら何だってしてあげるよ)
大河の歌詞が超甘々なラブソングだと聞いて、よけいに大河に夢中になる誠だった。
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