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第117話 吐き出す方法
(ものすごく居心地がいいなぁ)
「ヤスさん?…おーい」
「へ?!…あ!すみません!」
「いいですよ。気になることありましたか?」
「いえ。タカさんの声が聴き心地よくて」
「はは。ありがとうございます。」
タカにサラリと流されて苦笑いする。そして必ず言うのだ。
「あ、優一に連絡してきますね」
そう言って席を立つのだ。
一度飲み会で失礼な事を言ってしまい、そこからは完全に壁ができてしまった。警戒されるのは仕方のないこと。ここで、わざと名前を出す“優一”。初めは疑問だったが、なんとなくわかってきた。
(タカさんには、優一君がいる、ってことですね)
しばらくして戻ってくると、いつも通り笑ってくれる。
暇をしている間に、タカのパソコンにある、別の楽曲をクリックした。
「わぁ…カッコイイ曲だ…っ」
「ふふっ、ありがとうございます。Altair用です。」
「Altairさんのですか。売れそうですね!」
「なかなか歌えないところがあって…試行錯誤中です。」
いいタイミングで戻って来たタカは、疲れたように笑った。
「歌えない…?どうしてですか?」
「んー…。基礎が弱いと言いますか…歌の難易度はそこまでなんですけどね…バランスが悪くて…」
「Altairさんは翔さんがいるから…」
「正直、翔もそこまでですよ。RINGのレイくらいですかね。」
ふーん、と首を傾げて本題へと戻った。
後日、タカの事務所のスタジオにお邪魔した。指定されたスタジオに向かい、ドアを開けると、タカの怒号が聞こえた。
「話にならん。ヒカル以外全員やり直しだ。」
大きなため息を吐いた後、タカはこちらを見て愛想笑いした。AltairやAltairのマネージャーは暗い顔をして出ていく中、翔がタカにもう一度お願いします、と頭を下げていたが、応じなかった。
「翔、押してるから…帰るぞ」
「長谷川さんっ…お願いしますっ」
「長谷川さん、調整しなくていい。翔のパートはヒカルに変える。次の仕事に行け。」
「待って下さい、翔はできます!あと、5分だけお願いします!」
ヤスはAltairのメンバーを翔しかしらなかった。このヒカルという子は必死に翔を庇い、一緒に頭を下げた。翔よりは少しお兄さんなのか、しっかりした様子だ。頭を上げたその顔は、一見どこにでもいるような子だった。その目は冷静で、静かなる炎が見えた。
「はぁ…すみませんヤスさん。よかったら聞いていって下さい。」
「お気になさらず」
そう言ってソファーに腰掛けた。
録音ブースに入った焦った様子の翔と、相変わらず落ち着いた様子のヒカル。
録音ブースの声はマイクがオンになっていて、ここまで聞こえていた。
「翔のは少し普通すぎるんだ、だからここは、あげるところ、こう…」
「っ!!」
いきなり力強い歌声が聞こえて、ヤスは席を立った。
「いいでしょう、ヒカルって言います。あんまり目立ちたがらないですが、実力は高いです。勿体ないな…RINGにいればもっと面白い楽曲ができたのに。」
「ヒカルさん…」
「はい。見たことないでしょう?彼は俺らみたいに絶対音感があります。足りないのは自己主張だけです。なぜか目立つのを極端に嫌うのでこうして見せ場は翔にさせたがるんです。」
「勿体ない。ファンも喜びそうなのに…」
「はい。意味わかんない奴らです」
苦笑いしながらも、後輩を可愛がっていることが伝わって、ヤスも応援したくなった。
ヒカルまではいかないが、翔もなんとかいい仕上がりになり、タカが明らかに妥協していたが、使ってもらえることになった。録音ブースでほっとした様子のヒカルに、タカもヤスも首を傾げた。
「長谷川さん…」
タカが聞こうとすると、長谷川も苦笑いして答えた。
「僕をメインにしないでくれ、僕は愛希とセットだからって。」
「愛希?あいつ辞めたのに?」
「ヒカルは、愛希がまたやりたい、と言うのを待ってる。だから翔はセンターじゃなきゃ、あの時のままでいいって…頑固だよ」
「あの時のまま…って。透は戻らないから無理だよな」
「そう。それに愛希は戻る気なんか更々ない。頭を下げても僕が戻すこともない。それも、ヒカルは分かってる。分かってるけど、これは僕の問題って言うんだ。」
知らない話に、キョロキョロしながら静かに聞いていた。
「過去に縛られるのは辛いよね…過去は変わらないのに」
たまたま、タイミング悪くヒカルと翔が録音ブースから出てきた。
何の話だったかをすぐに察したのか、冷静な瞳が色を濃くした。
(あ、また余計な事を言っちゃった)
「過去が変わらないのなんか知ってます。長谷川さん、僕の問題って言いましたよね。うまいことやります、迷惑はかけないようにします。」
「ヒカル、お前はもっとできるんだ」
「タカさん、すみません。僕、もっとやりたいなんて思っていません。現状維持で満足なんです。」
相変わらず落ち着いた様子に、ヤスはこのヒカルの悲しみに気がついた。
「ヒカルさん」
「「「っ!!」」」
壊れそうなこの子をそっと包んだ。
その場にいた全員が固まっていたが、腕の中のその子は緊張が緩んだ気がした。
「ヒカルさん、戻ってくるといいね」
「っ!」
戻ってこないのは、話を聞いて察したけど、敢えてそう言った。
「ヤスさん、何言ってるんですか、」
「タカさん、今ヒカルさんが求めてるのは共感です。寄り添うことが大事です。」
そう言うと、中のヒカルに思いっきり突き飛ばされた。
「何も知らないくせに!!入ってくんなよ!!何も知らないくせに!!形だけ合わせてくんなよ!!そんな上部の優しさなんか反吐が出る!!」
「コラ!ヒカル!なんだその口の聞き方!」
「長谷川さんも!僕のことはほっといてよ!透さんのことでボロボロになったくせに!!僕はちがう!僕はみんなに迷惑なんかかけない!1人で乗り越えるんだ!誰も入ってくんな!!!」
唖然とする空気の中、ヒカルが走って飛び出したのを翔が追い、長谷川は頭を下げたあとに追いかけていった。
「良かった…」
「へ?」
ホッとしてそう言うと、タカが怪訝そうに見た。
「ヒカルさんの感情が吐き出せたなら良かったなって。もういっぱいいっぱいだったから…。怒りでも悲しみでもいい、吐き出さなきゃ…人の感情のキャパは決まってるから。」
資料を広げながら説明すると、タカが初めて会った時のように、フワリと笑ってくれた。
「そうですね。ふふっ…荒療治でしたが…。長谷川さんにも伝えておきます」
この日を境にタカは少し壁を薄くしてくれたように感じた。
ーーーー
(あ…Altairさんの楽屋…)
後日、テレビ局の廊下でAltairの楽屋を見つけた。挨拶しようか迷って、マネージャーも今回は遠慮しましょう、と話していたところにドアが開いた。
「あ!ヤスさん!おはようございます!」
「おは、お、おはようございます!」
翔の登場に驚きすぎてどもってしまった。
「わぁ!嬉しいなぁ!この間はお恥ずかしいところをすみません!」
「い、いえ!お邪魔してしまって!」
「ヒカルさんが失礼なこと、ごめんなさい!ヒカルさーん!ヤスさん!」
翔が楽屋に声をかけて、いいです、と慌てる。マネージャーはまたヤスが何かしたのかとため息を吐いていた。
しばらくすると、真顔のヒカルが入り口に来た。あの日から、Altairのことを調べた。愛希とセットだったヒカルは楽しそうに笑っていた。
(あの笑顔が見たいのにな…)
「あの日は…失礼なことを申し訳ないです。」
「いえ、こちらこそ、何も知らないのに。」
「…では失礼します。」
「待って。」
手を握ると、あからさまに嫌な顔をして振り返った。
(なんだろう。なんで引き止めたんだろう)
「?何ですか?」
「あの、ヒカルさんとお話してみたいんです。」
「「え?」」
マネージャーとヒカルの声がハモった。驚いた顔が見れて嬉しかった。
「僕、ヒカルさんを知りたいんです。何も知らないから、ヒカルさんから聞きたいんです」
「…知らないままでいてください」
「ヒカルさんっ、これ、僕の番号です!」
「ちょっとヤスさん、ヒカルさん困ってしまいます。」
「そうです…困ります。」
「ヒカルさんが知りたいんです!」
通りすがりのスタッフが見ていて居心地悪くなったヒカルは嫌そうに受け取り、ドアを閉めた。
「ヤスさん、こんな強引じゃ驚かせてしまいます。もう少し時間をかけて…」
「ダメです。あの子は今じゃなきゃダメなんです。」
「…?どうしてそんなに…」
「ほっとけない。あの子の笑顔がみたいんです。」
不思議そうなマネージャーにも心の中で謝った。それでも、ケータイを握りしめた。
(多分、あの子は真面目だから、挨拶だけでも返すと思う。終わらせるつもりで。)
ヴーヴー ヴーヴー
未登録の番号からのメッセージに、緊張しながらケータイを操作する。
『Altairのヒカルです。お気遣いありがとうございます。またご連絡致します。ではお仕事頑張ってください。』
(やっぱり!)
予想通りでも嬉しくて仕方がなくて、夢中で返信を考えた。ワクワクして、何も聞こえないほど集中し、マネージャーは呆れていた。
ーーーー
ヴーヴー ヴーヴー
ヒカルはため息を吐いてケータイを開く。ズカズカ入ってこられるのが嫌いなヒカルにとっては苦手なタイプだった。
(ま、愛希も初めは嫌いなタイプだったな…。いつからあんなに仲良くなったんだろう)
思い出すのは楽しかった日々と、リークを告げられたあの日。
(もっと愛希の話を聞いてあげればよかった。あの時冷静な判断ができれば…いや、もっと前から…ずっと愛希のそばにいたのに…)
後悔ばかりが浮かんでぼんやりするのを首を振って思考を切った。メッセージを開くとやはりヤスからで、冷めた目でそれを見た。
ヤスさん:ヒカルさん、ご連絡ありがとうございます。ヒカルさんにオススメの曲があります。
音楽ファイルもついていて、イヤホンをし、軽い気持ちでファイルを開いた。
流れてきたのは、ヤスの曲だった。
(はっ…?宣伝?売れるのに必死だな)
そう思ったけど、悔しいほど今の自分に刺さる曲だった。
優しい声に、後悔が乗る。
「どうしたらよかったの」
「何をしたら運命を変えられたの」
「まだ過去にしがみつく僕を置いてかないで」
一番響いたのは
「君は今幸せなの、笑ってるの」
愛希に連絡することができずにいた自分には、気持ちを吐き出したようだった。
「おい?ヒカル?どうした?」
晴天が目の前で手を振っているけど、それも見えないほど涙が止まらない。慌てて隣に来て抱きしめられる。晴天の服を握って、久しぶりに声を出して泣いた。
「もう…どうしたんだよ。お前最近変だぞ?」
「…っ、ぅ、っ」
「ヒカル…ほら、顔あげろって」
顎をあげられて、目を合わせる。瞬きをすると爽やかな笑顔に安心して、ムキムキの胸板に顔を埋めた。
「お…っと。なに、お前、こんな可愛かった?」
片耳はイヤホンをさしたまま、ヤスの優しい歌声がながれ、もう片方で心臓の音を聞く。
(癒される)
目を閉じて久しぶりの人肌に落ち着いて、泣き疲れて眠った。
ーーーー
「ヒカル、ヒカル」
「ん…?あれ、長谷川さん…」
「大丈夫か?収録、行けそう?」
「へ?あ、ごめんなさい、寝てました。」
「…泣いてたらしいな。なんかあった?」
「大丈夫です。」
「ヒカル」
「…ヤスさんの曲に、泣いちゃいました。…行こう、長谷川さん。スタジオどこだっけ」
平気なフリをして笑うと、長谷川も苦笑いした。
「多分、お前の気持ちは僕が1番分かるよ。平気なフリしなくていい。辛い時は、叫べばいい。周りが助けてくれる。自分が思っている以上に、周りはお前を見てくれてる。」
「長谷川さん…」
「吐き出すことが必要だって、ヤスさんはわざとお前を怒らせたらしいぞ。初めて会った人でも、見てくれてるんだ。…ただ、誤解だけはするなよ?ヤスさんは結構不器用らしいからな。」
長谷川の笑顔に、つられて笑った。
久しぶりに顔の筋肉が緩んだ気がした。スタジオにいくと、晴天が隣に来い、と強引に引っ張った。クスクス笑うメンバーに首を傾げて大人しく座った。
ーーーー
ヒカル:ヤスさん、曲、聞きました。あの曲は僕に響きすぎて…。次は明るい曲にしてください。
返事が来ないと思っていたヤスは嬉しくて嬉しくてたまらず、ソワソワした。
明るい曲のリクエストに、ピアノの前に座った。ヒカルのことだけを考え、ヒカルの笑顔見たさに曲を書き上げた。
「ヤスさん、新曲だなんて…本当ですか?」
「はい!降りてきたんです!聞いてみてもらえますか?」
朝からマネージャーを呼び出して、自信作を流す。嬉しそうに聞いてくれるマネージャーに安心してコーヒーを淹れてもてなした。
「ヤスさん!素晴らしい曲です!!」
「人を笑顔にしたいと思ったんです!よかった、笑顔になってくれました!」
マネージャーも笑ってくれたのが嬉しくて、ヒカルに送ろうとしたが、音源化の後じゃないと、と言われ少し落ち込んだ。昔の曲から選んでヒカルに送り、ベッドで目を閉じた。
(笑顔になってくれたらいいな)
ヤスは夢の中でも、ヒカルの笑顔を探した。
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