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第123話 アホは風邪をひく

「ルイ、起きろ」  「…っ、…」  起こされて、目を開くと目の前に楓がいた。頭は硬い楓の太もも。ありがとうと言おうとするも、声が出なくて焦った。  「はぁー…お前なに風邪ひいてんの」  「っ…ゴホッゴホッ」  「とばしすぎ。休まないと回復しないだろ」  なんだか全部裏目に出ている気がして、嫌になった。やってもやっても満足できないし、やってもやっても上手くはならない。  「…薬。リクさんから。」  何かを飲み込むだけでも痛む喉に、錠剤を通すと考えるだけで嫌になり、首を振った。  「あぁ!?飲めよ!わがまますんな!」  機嫌が悪い楓も嫌で、また寝転がって目を閉じた。  「ルイ!」  声が出ないからケータイを取って打ち込んだ。  “薬は喉痛いから飲みたくない。楓が怖いから嫌だ” 見た瞬間、呆れたようにため息を吐き、少し黙った後、楓はふわりと笑った。  「ルイ、薬頑張ろうな?」  (へっ!!!?)  勢いよく起きて、頭がぶつかった。いつも通り怒られたが、そんなのどうでもいいぐらい優しい声だった。  ぴょんぴょん跳ねて、うれしかったことを伝えると、ハイハイ、と適当に流され、薬を握らされた。  「はい、飲めよ」 また素っ気なくなって、水を渡される。コクコクと頷いて薬を口に入れ、水で流し込んだ。  (ヒリヒリする…)  喉を抑えて咳き込むと、楓が背中を摩ってくれた。  (ありがとう)  口パクで伝えてニカっと笑った。  (あー!嬉しいなぁ!最近怖かったから…でも嬉しいからいいんだっ!) 久しぶりに一緒に帰って、ご飯も奢ってもらって気持ちは元気いっぱいなのに、声が出ない。  ありがとうを全力で伝えるたび、うぜーと笑ってくれるのが嬉しかった。  「あー…あー…」  (まだ痛い…でも練習したい…) リクからのメッセージをなんて返そうか迷う。熱は38度まで出てしまっている。  ルイ:リクさん、気持ちは元気なんだけど、熱があるんだ  リク:何度?  ルイ:38!大丈夫かな?  リク:そんなわけないだろ。休め。  リクにも休むよう言われ、ベッドへと倒れ込んだ。  (何していいか分かんないや)  ブラックパールの動画を見て、にやける。相変わらず可愛いマリンにはいつも目を奪われる。  (可愛いなぁ…早く大人になってね)  それまでにしっかりしなきゃと、勢いよく立ち上がろうとした時、平衡感覚が分からなくなる。  ボフン  (何…いまの…)  ドキドキして天井を見つめた。  思いの外ヤバイのかも、と目を閉じると意識が遠のいた。  「ゴホッゴホッ!!ゴホッ!」  「おいおい、大丈夫か?」  咳で起きたルイは、支えられた手に驚いた。その手の主はマスクをしたリクだった。  「まずは着替えろ。その後体温計だ。」  「ゴホッゴホッ!」  「全く…ちょっと慣れないことしたら体調崩しやがって」  リクが用意した服に着替えて、ぼーっとしていると冷えピタが貼られて、体温計を差し込まれた。  「お前から元気をとったらアホしか残ってねーだろ?」  リクが苦笑いして体温計を取ると、さらに顔を歪めた。  「おい、病院行くか?」  「(いかない)」  「39度。熱冷ましで間に合うかな…」  「(いかない!いかないよっ!)」  「あーもう分かった!分かったから泣くなよ!全く!子供か!」  涙を拭かれてはじめて泣いてることに気がついた。落ち着くまでハグしてもらってまた眠った。  ーー  (熱…下がらないや…でも、そろそろ練習しないと…)  ルイ:熱が下がりました!  嘘をついて練習に参加した。  「出だしから、Bメロまで…一応ピアノ伴奏入れるね」  シュウトの指示にコクンと頷いて、みんなと合わせる。  (…あれっ、)  「ルイさん?」  優一にはすぐにバレて音が止まる。全然声が出なくて喉が余計にしまっていく。焦りで汗が止まらず、笑って誤魔化す。  「ルイ、座って。シュウトさん休憩お願いします。」  隣にいたヒカルは、いつも無視してるのに、いきなり肩を抱き、椅子に座らせた。  「大人しいなぁと思ったら…風邪?」  「…風邪、治った」  「治った、の基準が分からないけど…今日は無理しないで帰って」  「そうだよ、ルイ。僕移りたくないから帰って。」  シュウトにハッキリ言われ、しゅん、と落ち込んだ。ヒカルが長谷川に連絡をすると、リクがすぐにスタジオに来た。  「ルイ!お前!熱下がってねーな!?」  「ごめんなさいっ、練習、したくて」  「バカヤロウ!…みなさん、すみませんでした。失礼します。ヒカル、ありがとうな!行くぞ!」  慌てて立ち上がると、目の前がチカチカして、リクとヒカルと優一に支えられた。  「ルイ!病院行くぞ!」  病院嫌いなルイには残酷な言葉だった。  点滴をしてもらって、久しぶりにゆっくり眠った。1日だけ入院して様子を見ることになった。  「ほっといたら肺炎になるところでしたよ!」  お医者さんにも怒られて、落ち込んだが、薬の効果もあって回復していった。  入院中にゆっくりと音を聞いた。  今までは焦ってばっかりで、きちんと聴けていなかったかもしれないと反省した。  (あ!ここは篤が言ってた裏声のやつ…)  たくさん聴くとだんだん分かってきた。リズムは絶対狂わないから音だけに集中していた。  ヴーヴー ヴーヴー  (あれ…寝ちゃってた)  震えるケータイに慌てて出る。  「もしもしっ!」  『悪い、寝てた?』  「ううん!起きた!」  『寝てたんじゃねーか!あははっ!起こしてごめんな?どう?調子は』  楓の優しい声に嬉しくてテンションが上がる。  『ルイ、何もしてやれなくて、ごめん』  「へっ?なんで?いつもしてもらってるし!」  『篤の方が役立つよな』  「楓、どうしたのー?嫌なことあった?』  楓の様子がおかしくて不安になる。  『ルイが俺を頼らないとか…調子狂う』  「あーいつも頼りすぎてるから…ありがとうね!」  『なー?俺頼っていいからな?』  「ん?うん!頼ってるよ!」  『……』  「楓?おーい!かーえーでー」  『ルイ、俺、変なんだ』  「楓は変なやつだよー!ニシシっ!」  『お前のこと、好きかもしれない』  「うわぁーい!ありがとうー!俺っちも大好きー!!」  『違うよ、ルイ。このままじゃ、友達越えてしまう』  「…楓…?」  『なんて…な!冗談!早く治せよ!』  一方的に切れた電話に疑問が浮かぶ。  (楓、意味わかんない)  楓なりの激励だったと思って、早く治そうと気合いを入れた。  ーーーー  (はぁ…ウソだろ俺…。ただ篤頼られて…負けず嫌い的な…やつだよな)  慌てて切った電話。  ルイはアホだから深くは捉えないはずだ。  安心していいはずなのに、何でこんなモヤモヤすんのか分からず、ベッドに転がる。  (ルイが恋愛対象なわけない…。あいつは大事な親友で…それにあいつはマリンが好きだから…)  考えないように必死に目を瞑った。 

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