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第128話 波
「〜♪」
口ずさみながら乾燥機でホカホカのタオルを畳む。
「優一、ありがとう」
「わぁ!タカさん!お仕事終わったの?」
作業部屋から出てきたタカに抱きついて、3日ぶりに家で会えたことに全力で喜んだ。
「いやぁ〜頭使ったなぁ…」
タカはドカっとソファーに腰掛けると、膝を叩く。
「ん」
膝に頭を乗せて横になると、ピンク頭を撫でてくれる。気持ちよくて目を閉じると、上から心地いい声が落ちる。
「どう?気分は」
「ん?幸せ」
「良かった。辛いことなかった?」
「なかった」
うとうとして、単語しか出てこない。そんな優一にタカのクスクスと笑う声が聞こえる。
「シュウトが、いい感じ、って言ってたよ。楽しみだな、お前たちのハーモニー」
「風邪が治ったルイさんが凄いよ〜。柔らかくて優しい声。ヒカルさんは強さと繊細さがあって…シュウトさんはやっぱ別格。響くんだよ、すごく。」
「そっか。」
「俺はね、たぶん、消えそうな声。」
思ったことを言うと、グイッと顔を上に向けられ、不安そうなタカがいた。
「タカさん、不安そうにしないで。俺、個性だなぁって思ってるんだよ?」
「お前の声は変幻自在だよ。グループにない性格を出そうとするから…だから…」
強く抱きしめられて、優一は言ったことを後悔した。
「消させないよ、お前の声」
「うん、ごめんタカさん」
「お前の声は、強くて、優しくて、繊細で、温かくて、好きなんだよ」
「うん、ありがとう」
「好きだよ」
おでこにキスされて、嬉しくて笑う。愛されているのが分かって安心できる場所だ。思う存分イチャついて、3日ぶりの熱は熱すぎて意識を飛ばした。
「痛っ…」
(タカさん…ヤりすぎだよ…)
腰を摩ってだるい身体でレッスンに向かう。
レッスン室にはルイがいて、自分のパートを真剣に歌っていた。
(声量が上がってる…すごいな、短期間なのに)
「入らないの?」
「わぁ!!ーーッ、いったーっ」
冷めた目で見てくるヒカルに驚くと、トントンと首筋を叩いた。
「アイドルなのに、自覚ないの?」
優一はその言葉に顔を真っ赤にして首筋を手のひらで抑えた。呆れたようにため息を吐いて入ろうとすると、その足が止まった。
「ルイ…だよね?」
「はい!あまりにも上手くて…入ったら邪魔しちゃうかなって」
「へー…。ブレなくなってる。」
「はい!声量も上がってます。」
歌が止まると、ヒカルは真顔で入り、優一も続いた。ルイは息を整えながら、おはようと笑っていた。
「ユウ、キスマーク」
「わぁ!…あ、ははは」
気を抜いていて隠すのを忘れていた。笑って誤魔化すと、ルイが真顔になった。
「ルイさん?」
「ユウの首細い」
「へっ?え!?待って待って!ルイさん!」
ベシッ
「痛ぁ!!」
「バカだな!後輩に手ぇ出すな!!」
「うー。ごめぇん。」
尻もちついて謝るルイは、まだ優一から目を逸らさなくて、優一は絶対に目を合わせないと決めていたが、チラリとルイを見た。
(え?こんな顔するの!?)
大きな目からは鋭い眼光が見える。怯える優一にヒカルが間に入った。
「欲求不満かよ。撮られんなよ」
「そうかなー?ねーヒカル?可愛い女の子紹介して」
「やだよ。」
「ヒカル友だちいないもんね」
「殺すよ?」
「ねぇー。ユウー!ユウのお姉ちゃんでもいいから…って篤に怒られるか、さすがに。」
「え?」
「篤の彼女はダメー。お友達さんでもいいから紹介してよぉ」
ルイの言葉に優一は固まった。
そして、理解した。
「えぇーーーーッ!?」
「「うるさい!!」」
「うそ!?うそですよね!?俺聞いてない!」
「兄弟のなんかいちいち言わないでしょ」
ヒカルはだるそうにコメントしてケータイを開いて興味なさそうだ。
「篤頑張ったんだって!いーなぁー!!」
「信じられない…今日1番の衝撃…」
あまりの驚きに思考が停止する。ルイは欲求不満だと騒いでいたが、シュウトが入ってきて空気が変わった。
鳥肌が立つほどのハーモニーが気持ちよくて、ハモる人と目を合わせる。全員がお互いを信じて歌うのが楽しい。
「うん!いいね!」
「「やったー!」」
優一は思わずルイとハイタッチして喜んだ。シュウトも満足そうに笑う。
(ヒカルさんも…良かった、楽しそう)
「何?ニヤニヤして」
「えっ!?も、もともとこんな顔です…ははは…」
「認めるよ…楽しかった。…これで満足?」
ヒカルは真顔のままだが、少し素直になったことに優一のテンションがMAXになった。
「満足ですっ!!」
「うわ!くっつかないで!」
「えへへ!ヒカルさーん!うれしー!」
「はぁ…もう…。強引だし甘えただし…本当愛希にそっくり…調子狂わされる…」
「わーい!あんなに可愛い愛希さんと似てるだなんて嬉しいっ!」
愛されキャラだった愛希を思い出して笑うと、ヒカルは驚いたようだった。
「え?嫌じゃないの?」
「どうしてですか?素敵な人です、愛希さんは」
そう言うと、少し嬉しそうに笑って、ありがとうと呟いた。
「ここの所…みんな、愛希を嫌ってたから…ユウみたいな人もいるんだ…って、少し安心した。…愛希は素敵な人なんだよ。」
ヒカルの壁が無くなった気がした。
(ヒカルさん、こんな綺麗に笑うんだ…)
見惚れていると、我に返ったヒカルは顔を真っ赤にして無理矢理ぶっきらぼうを演じたが、優一は強く抱きついた。嫌がるけど剥がそうとはしないヒカルに嬉しくて、それを微笑んで見ているシュウトやルイにも嬉しくなった。
ご機嫌で事務所に戻って、マネージャーが仕事をするデスクルームに行くと、長谷川を見つけ、伊藤よりも先に声をかけた。
「長谷川さん!あの、今日、ヒカルさんが楽しかったって言ってくれました!俺、本当に嬉しくて!ハーモニーがすっごい綺麗なんです!」
「お、おう。そうなんだ?…分かったからユウ、落ち着いて?みんな仕事中だから…」
「ヒカルさんの声とルイさんの声が合わさったとき…もう〜たまらないっ!」
「響くーん?ユウの取説ある?」
「コラ!ユウ!静かにしなさい!」
「伊藤さーん!聞いてよ!今日すっごく良くて、」
興奮を止められずにはしゃぐと、マネージャー達が笑って聞いてくれた。
「それで、ヒカルさんが…痛ぁああ!!」
「おーい。落ち着け。」
頭に衝撃が走って涙目で振り返ると、呆れた顔した恋人と、さっきまでデスクにいたブルーウェーブのマネージャーの翔太。呼びに行ったのか少し息が荒かった。優一はタカを見て更に興奮するのが分かった。
「タカさん!あのね、」
「はいはい、続きは後でなー。伊藤さん引き取りまーす。」
「ありがとう!」
マネージャー達の大爆笑にきょとんとして、タカについて行く。冷たい手が心地よくて鼻歌を歌う。
「楽しかったんだな、良かった」
「んふふーっ!もう最高だったぁ…」
車に揺られると、急に耐えられない睡魔に襲われる。
「少し寝てろ。お疲れさん。」
瞼の上に大きな手が置かれると一気に落ちた。
「…全く。まだ波が激しいな…自分が疲れていることに気付けるようになればいいけど」
タカは顔色の悪い優一の頬をそっと撫でた。
「ん…?…あれ…」
「おはよう。一晩中寝てたぞ。ご飯は?」
ぐーぎゅるぎゅる…
大きなお腹の音に優一はきょとんとお腹を押さえた。
「ははっ!準備できてるよ、おいで」
タカは笑顔で手を引いた。
ぼーっとしたままついて行くと美味しそうな朝食にテンションが上がる。
「ぅわぁー…ぃ…?タカさん」
「はーい、深呼吸、吸ってー?吐いてー」
素直に呼吸するとだんだん気持ちが落ち着いていく。
「はい、どーぞ」
「いただきます!」
目の前で頬杖をついて見つめるタカは心配そうだ。
「タカさん?どうしたの?」
「顔色悪いな…疲れただろ?…お前の波に体はついて行ってないよ。」
「なみ?」
「喜怒哀楽。感情の波。お前のいい所でもあるけど、ゆっくりな。」
「波かぁ…意識したことなかった。」
「上がったら上がりっぱなし。下がったら下がりっぱなし。心配だよ」
「んー…ごめんなさい…分からなかった」
思わぬ指摘に落ち込んで、お箸を置くと、タカはしまった!と慌ててご機嫌を取ろうとするも気持ちがどんどん落ちて行く。
(あぁ、これか。)
頭の片隅では冷静で、落ちて行く自分を傍観する。
(本当、人に迷惑ばかりかけて。俺って本当いらない奴)
「優一!!」
「っ!」
あり得ないお箸の持ち方を痛いほど握られ、ビックリしてタカを見る。泣きそうなタカがごめん、ごめんと謝りながら抱きしめる中で箸を落として力が抜けた。
(俺…今何をしてた?)
バクバクと心臓がうるさくて、タカの謝罪も騒音に聞こえて振り払って、防音の作業部屋に逃げた。
「はぁ、はぁっ、はぁ、はっ」
無音の世界に少し落ち着いて、壁にもたれる。ギターを見つけて、せっかく無音の世界に来たのに、音が聞きたくなった。
適当に弾いていると、学生時代の曲を弾いていた。大きな声で歌って、だんだん喉が締まって苦しくなる。
「ぅっ…ぅ、っぅ…ぅ」
ギターだけを弾いて、歌えなくなった。いつの間にかタカが入ってきていて、ドアに凭れて腕を組んで聞いていた。満足するまでギターをかきならして、枯れるほど涙を溢した。
ーー
「あー…マジで失敗した…」
『カウンセリングまた入れてみるよ。ありがとうタカ』
「あんな…悲しい演奏聴いたことないよ。抉られてるみたいだった。俺はただ心配で」
『タカ、大丈夫だよ。いつもみたいにそばにいてあげて。』
伊藤への連絡を終えて、ギターを抱えて眠った優一を見る。しがみつくように離さないギター。その位置は本来自分なのに、と無理矢理引き剥がす。唸る優一を抱き上げてベッドに運び、強く抱きしめた。居心地悪そうにしていたが、定位置を見つけて、今度はタカの服を握った。
(優一、ごめんな。楽しかったんだよな、嬉しかったんだよな。)
頬にたくさんキスをしていると、長いまつ毛が動いた。
「口にもして」
「っ!」
「前なら…俺が泣いたら、キスで慰めてくれてたのに」
「え?」
「寂しいなぁー」
拗ねたような演技をしながら、その後ニコリと笑った。
「タカさん、落ち着きました。心配かけてごめんね」
「優一、ごめん」
「ううん。心配してくれて、ありがと。」
ん、とキスを待つ顔が可愛いくて、そっと口付ける。足を絡めてきて、タカの服の中に優一の手が這う。
「タカさん、すごく、シたい。」
まだ、濁ったような瞳に息を飲んで、優しく愛撫すると嫌がった。こうじゃない、いつもみたいに、と騒ぐ優一はどこか必死で、不安にさせたことをまた心の中で謝って、丁寧に解した中を思いっきり突き上げた。
「ーーーーッ!!」
ガクガクと震えて、気持ち良さそうな顔を見れば、労るとか、こいつのために、とかの理性が全部飛んだ。
「優一っ、優一っ!」
「あっ!っ、ぁ、っ!!っ!っ!ま、た!」
「たくさんイって!」
最高の表情を見て、更に熱がこもる。怯えたように見てくる優一にニヤリと笑うと、真っ赤になって目を逸らす。
「やだ…っ、こっち見ないで…っ」
「何で?」
「ンッ…、そんな、目で、見ないでっ、」
「どんな目?」
「…タカさん、に、食べられそうっ、」
枕に顔を埋めた優一は耳まで真っ赤にした。まだ残るキスマークじゃ足りない気がして、後ろから首に噛みついた。
「いっ!?ーーッぁああ!!」
「くッ…ンッ」
ーーーー
「見てよ、大河さん!ひどくない!?超思いっきり噛まれたの!」
「うわー…痛そう」
伊藤が優一を迎えるとプリプリ怒っていて、大河への話を聞いて苦笑いした。
昨日の死にそうなタカからは想像つかないが、まぁ仲良くやっているようだった。
「伊藤さん!タカさん注意してよ!これツアー中だったら有り得ないんだけど!」
「分かった分かった」
「本当にさぁ、イく直前に冷静になっちゃったもん!お風呂も痛かったし…」
「へ、へぇー」
「大河さんもまこちゃんが噛まないように躾しなきゃだよ?」
大河はもう聞いてられないというほど顔を真っ赤にしているが、怒っている優一は気付かず愚痴をこぼした。
(タカ、お前の恋人は今日も元気いっぱいだ)
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