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第135話 奥手なあの人

「ふふっ、篠原さんってば顔真っ赤です」  伊藤に言われ、篠原は顔を手のひらで覆った。リクと少しずつ距離を縮められているが、あまりにも近すぎた。  子どもみたいな人だと思っていたのに、あまりにも妖艶だった。もともと演者なのが納得いくほど綺麗で見るには眩しすぎた。  「可哀想に…愁くんのエロい声も聞いて、色気垂れ流しのリクに絡まれて…。ご愁傷様。」  ケタケタ笑っている伊藤も、スタッフやタレントから人気だ。伊藤のケータイが鳴り、それを見た時、一瞬柔らかい表情になる時がある。  (恋人、かな?)  「篠原さん、お気をつけてー!…はい、もしもし、どうした?」  席を立って電話をしに行った伊藤を見送って片付けを始めた。まだまだ新人のブラックパール、そしてソロのサナはそこまで忙しい訳ではない。忙しそうな周りに申し訳なく思いながらも会社を出る。  (……今日は、どうするんだろ…?)  ケータイを見て着信がないことに困って、しばらく事務所近くにある駅前のカフェでぼんやりと過ごす。  約束なんかしていない、ただ、連絡がきたら動けるようにしておきたい。そう思って2時間が過ぎた。  (帰ろ…)  カップを片付けるとケータイが震えた。  「はい!お疲れ様です!」  『いつき?どこ?』  「駅前のカフェです。」  『食事は?』  「これからです。」  『良かった。ガーデンホテルの三ツ星の店を2年前から予約してたんだ。一緒にどう?』  「僕でいいんですか?」  『いつきと行きたいんだ。では現地で。10時にな。』  寒くなってきた夜空で顔を冷やす。駅のトイレに入って身だしなみを整えていると、ハッとする。  (食事だけ…いつものことなのに)  止まった手をまた動かして、軽く香水を振る。  (あの人の隣にいるには、洗練されていないと。)  ほこりや糸くずもついてないか確認して、ピッタリ10時に着くようにタクシーに乗った。  (まだ…緊張するな…)  過ぎていく夜景を見ながら、どんな話をしようかと考え、また自嘲した。  チン  『到着しました』  「いつき!こっち」  「社長!お待たせしてすみません!」  「何言ってるんだ、ピッタリは遅刻じゃない。俺が先に来たからな。」  さりげなく肩を抱かれるのも、楽しそうに話をしてくれるのにもまだ慣れない。  料理が来て嬉しそうに笑うのも、自分の話を愛おしそうな眼差しで相槌をうつのにも、たまに手が触れるのにも、口から心臓が飛び出しそうなほど緊張する。  相手が好意を持ってくれている事が分かっているのに、踏ん切りがつかない自分と、大人の余裕なのか進もうという気を一切見せない社長。  (いっそ襲ってくれれば分かるのに)  この生温い関係がだんだん日常化してきているのも分かる。失恋した自分が、先に進むチャンス。そして、出世までついてくる絶好の機会なのに思考が停止するのだ。この人を目の前にすると。  「いつき、口に合わないか?」  「いえ。このソース、何が入ってるのかなって思ってましたが…素人にはわかりませんね」  誤魔化すと、それも察して笑ってくれる。この人といると如何に自分の能力が及ばないかを実感させられる。先輩である長谷川と初めて会った時のような焦燥感があるのだ。  (追いつかないと、追いつきたい)  「え?」  (僕…もしかして…) ガチャン  「わぁ!大丈夫かいつき、濡れてないか?」  「す!すす、すみません!」  サービスの人がすぐにおしぼりやら掃除をしてくれて恥ずかしかった。こぼしたシャンパンの匂いが一気に広がる。恥ずかしい思いをさせてしまったと、焦って社長を見るも、やっぱりどろどろに甘いあの眼差し。  (こんな目で僕を見てくれるんですか)  長谷川には向けてもらえなかった目。  愛おしそうにリクを見つめるあの目と同じ。  それがいま、自分に向けられている。  (嬉しくないわけ、ないじゃないですか)  目を逸らして膝の上でぎゅっと拳を握る。  「社長…」  「あぁ、気にしなくていい。疲れていたのに付き合ってくれてありがとう。…実は2年前から予約を取っていたが、空いても入らなかったんだ。」  「…え?どうしてですか?こんな良いお店」  「一緒に行きたい人ができたら来ます、と話してあったから。」  (こんな…の、反則です)  「いつきと来れて良かった。」  「…僕も、嬉しかったです。」  「そうか、良かった。」  (あぁもう!いつもそれで終わらせる!!)  篠原は意を決して、花瓶に刺さっていた薔薇の花を一輪取った。  「いつき?」 「僕を、社長のものにして下さい」  「いつき…」  「社長に相応しい人になります。努力します!…だから、社長、受け取って下さい」  席を立って、バラを差し出して頭を下げた。この人は、自分から動かないと動けない人なのだ。そう思い、震える手がバレないように力を込めた。 「いつき、いいのか?」  「もちろんです。」  「だけどいつき、本当は…」  「失恋した僕を支えてくれたのは、社長しかいません。」  「いつき」  「社長、これ以上焦らさないで下さい。立場とか年齢差とか、僕の失恋とか、もうそんなの気にしないでください。僕はもう、社長中心に生活しています。」  社長は目を見開いたま、バラを受け取った後、ふわりと笑った。  「いつき、ありがとう」  「はい」  「愛してる。初めて見た時から、ずっと。」  社長はポケットから、箱を出した。真っ赤な箱を開けると、シンプルなリング。  「社長…、これ…?」  「ずっと、持っていた。渡せなくて。やっと、渡せる」  (ずっとって…いつから…)  「こんな高価な物…受け取れません」  「値段じゃないさ。気持ちなんだ。いつきがこうしてバラをくれたみたいに。」  本当に嬉しそうにバラを胸ポケットに入れて、ニコリと笑われる。  「いつき、受け取ってほしい」  今度は社長が頭を下げてきて、慌てて受け取った。  「頭を…あげて下さい!僕なんかに…」  慌てて駆け寄ると強く抱きしめられた。  「初めて、好きな人が振り向いてくれた」  「へ…?初めて?」  「情けないだろう?」  「そんなことありません。初めてになれて嬉しいです。」  なんて優しくて、不器用な人なのだろうと思った。仕事はバリバリなのに、厳しい判断も下せて、自分の意思もしっかりしているのに。恋愛に関してはまるで初心者のようだ、 それなのに、プロポーズみたいに。  「いつき、リングつけて欲しい」  「社長につけてもらいたいです。」  迷わず左手を出すと、面白いほど真っ赤になった。  「社長、プロポーズと、受け取りましたが…違いましたか?」  「あぁ。そのつもりだ。」  照れたように目を逸らし、大きな手が薬指にプラチナを通す。  「わぁ…ピッタリ」  「良かった。ははっ、緊張するな」  子どもみたいに笑う顔に、背伸びしてキスをした。  「いつき…」  「ふふっ、綺麗。どうですか?似合いますか?」  「綺麗だ。」  愛おしそうに見つめられて、唇を舐める。社長はふふっと笑って手を引いた。  「社長?」  「デザートはルームサービスにしよう。スウィートルームを取ってある」  「え?」  エレベーターに乗り込むとカードキーをかざし、勝手に上に上がっていく。社長からの甘いキスがたまらなくて高そうなスーツのジャケットを握る。  『到着しました』  「いつき、いつき」  大人の余裕が消えた瞬間にゾクゾクする。乱暴にジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外す仕草はさすがの大人の色気だ。邪魔そうにジャケットやシャツを脱がされ、首筋に舌が通る。  (社長も勃ってる…どうしよう、嬉しい)  そっと触れると、苦しそうにこちらを見た。  (可愛いな…気持ちよく、してあげたい)  ベッドに膝立ちになる社長のベルトを外して、スラックスを下げる。下着の上から唇で刺激をすると、グッと髪を掴まれ、荒い呼吸が聞こえた。  (ピクピクしてる…良かった、気持ちいいみたい。)  嬉しくなって、ゆっくりと愛撫すると、じわりと下着が濡れ、そっと下着を下ろすと、勢いよく飛び出した。  「いつきっ、少し、恥ずかしいかな」  「社長、全て僕に見せてください。全て受け止めたいんです。」  見上げながら笑うと、社長は顔を真っ赤にしたまま固まっている。  「こんな大きくしてくれて、僕、うれしくてたまりません」  溢れ始めた汁をゆっくり舐めとると、ぎゅっと目を閉じて快感に浸る。とんでもない色気に、自分も呼吸が荒くなり、必死に口で奉仕をする。  (もっと、もっと気持ちよくなってほしい)  「っく、いつき、ごめん、っっ!」  喉の奥に放たれた温かさに、篠原はゾクゾクと腰が震えた。コクンコクンと飲み干して、「あ。」と口を開けて見せると、困ったように笑って頭を撫でてくれた。奥手なこの人を気遣って、自分でスラックスを脱いで下着も脱ぎ捨てた。唖然と見ている社長の前に座って足を開く。  「社長、見てください。社長のこと気持ち良くしてたのに、僕も勃っちゃいました…。恥ずかしいです。」  「いつき…っ」  「社長。今日こそは、僕に触ってくれますか?」  「え?」  「ずっと、進んだ方がいいのか、そのままがいいのか、迷ってました。…でも、このリング…もう、僕は社長のものです。好きにしてください」  「いつき、もう、煽るのをやめてくれないか」  「嫌いですか?こんな僕は」  「そんなわけないだろう?たまらないよ!」  精一杯煽って、我慢汁をこぼす熱が、温かさに包まれ、思った以上の気持ち良さに目を見開いた。  「っああ!!」  「は、いつき、声、もっと聞かせて」  「はい、っん、っああ!っああ!」  「可愛い、可愛いよ」  「んぅ!はっぁ、ぁっ!ダメっ、です、社長、出ちゃいます、からっ!」  「出して」  「ダメです!ダメです!っ、社長を、汚したくないっ!」  「いつき、出しなさい」  「んぅーーッ!っああッ!!」  心臓がバクバクと高鳴ってうるさい。気持ちよさにぼんやりしていると、顔中にキスされる。  「可愛い、いつき。イった顔も最高だ。」  「言わないでください…社長、うがいしてください。ごめんなさい、我慢できなくて」  「何言ってるんだ。好きでそうしたんだ。」  「そんな…もう、恥ずかしいです」  「可愛いよいつき」  甘ったるい空気感がたまらない。社長は頭を撫でて、バスルームに行ってしまってきょとんとする。  (あれ?シないの?)  不思議に思ってついていくと、優雅にお湯に浸かっていて少しムカついた。  「社長」 「あぁ、いつき。ほら入って」  「社長!」  「ど、どうした怒っているのか?」  「抱いてくれないんですか!?」  「え?」  「僕は、抱いてもらえると、おもって…」  「い、いつき!ごめん、泣くなよ。」  悲しくなって、全裸のままバスルームで泣くのが恥ずかしいが止まらなかった。やっぱり、女性しか抱かないのかもしれない、そう思うと、長谷川とリクが仕事中でもお互いを強く求め合うことが羨ましいと思った。 「僕は、抱けないんですか?」  「ちがうんだ。おいで」 温かいお湯に浸かると少し落ち着いた。正面から抱きしめられて安心する。  「今日、渡せると思ってなくて…ゴムもローションも持っていないんだ。」  「言ってくださいよ…不安になりました。」  「カバンを見た時に気付いて…ダサいから風呂に逃げたんだ。ごめんな」  「いいです。ローション持ち歩いている方が不安なので。」  安心して、チュッと唇を重ねると、社長はまた真っ赤になった。  「いつき、シたくなるから勘弁してくれ」  「初夜なのに我慢させてる社長にお仕置きです」  「ははっ、可愛いな、本当に。」  髪を掻き上げられ、おでこにキスされた。  「夢みたいだ。こうしていつきと一緒にいられるなんて。初めて見た時から、この人が欲しいと願ったものだ。」  「社長の愛の勝ちです。メロメロにされちゃいました。」  「いつき、いじるのをやめなさい」  「嫌です。」  「いつきっ、っ」  「はぁ、社長、エッチな顔してます。触ってください、僕も社長みたら…っ、」  急に社長に一緒に握り込まれて、ガクガクと腰が震える。 「いつきの声が、っ、響くな」  「ぁっぁ、っあ、ぁっん、」  「いつき、好きだよ。」  「んっ!?んぅーーーーッ!」  愛の言葉に見事に反応して、先にイってしまう。社長も後を追い、二人で呼吸を整える。  「はっはっ、ぁ、いつきは、若いな」  「社長、ついてきてくださいよ?僕、性欲強めです。」  「ははっ、参ったな。…でもいつきを見てると大丈夫そうだ。」  2人で笑いながらキスをして、ルームサービスのデザートを食べて、一緒のベッドに眠った。  ーーーー  「はっ!仕事!あぁ!スーツがぐちゃぐちゃ…」  「ん…おはよういつき」  「おはようございます!すみません、先に出ます!」  「あ、クローゼットに新しいのがあるから、着ていきなさい」  「え?」  「ベージュだけど。似合うと思って」  寝癖で目はとろんとして、肌けたバスローブのままゆっくり起き上がると、クローゼットを開けた。オシャレすぎるほどのスーツに篠原はあんぐりと口を開けた。  「また、ブランドもの…」  「サイズは大丈夫だと思う。シワになったスーツは家政婦に預けるから置いてていい。」  「どうしてスーツを?」  「プレゼントだ。」  「もし、部屋に行かなかったらどうしてたんですか?」  「またの機会にな。」  「こんな高価なもの…」  「良かったよ、渡せて」  「…なら、抱くつもりで?」  「当たり前だろ?」  「ならなんでゴムとローション忘れちゃうんですか!もう!社長ってば抜けてますよ!」  抱いてもらえなかったことを思い出して少し拗ねると、クスクス笑って着替えを促された。大人しく袖を通すと本当にピッタリだった。  「うん!予想通りだ!いや!予想以上に似合っている!」  ご機嫌に笑う社長に力が抜けて、呆れて笑った。  「社長?もう僕たちは恋人ですよね?」  「あぁ。もちろんだ」  「なら、今日は社長の家に行きます!いいですか?」  「…?かまわないが?」 「分かってないですね!?今夜こそ抱いて下さい!」  それだけ言って部屋を出た。  (サナを迎えて…大丈夫、間に合う)  仕事モードに切り替えてロビーを走った。  「全く…なんて可愛い人なんだ…」  ニヤける社長のことなど知らずに篠原は事務所に行くとみんなに声をかけられた。  「篠原ー?なぁにこの服?」  「なんでもありません!イメチェンです!」  「まぁたまた〜!ついに社長と?」  「そんなんじゃありません。」  めざといリクに目を逸らすと、左手を取られた。  「甘いな。こんな高級なリングを左手薬指に?昨日までは無かっただろ?」  「……」  「良かった。社長が幸せになれたのなら」  「え?」  「あの人、奥手だからリードしてやって」  颯爽と去っていったリクを見送って、首を傾げる。  (なんで知ってるんだろ?)  右手で左手の薬指を触る。昨日はなかったこの金属が、こんなにも心を温める。  (よし!仕事も頑張ろう!)  篠原は足取り軽く事務所を飛び出した。 

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