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第136話 ホワイトゴールドとエメラルド

いつもと違う雰囲気で現れた篠原に、事務所のマネージャー陣がざわついた。できる男でスマートさを体現していた篠原が、オシャレで高級なスーツに身を包み、左手薬指にはキラリと光る指輪。リクが篠原に絡み、案の定、ウザがられていたが、振り返ったリクは伊藤を見てバチンとウインクした。  (え!?社長と!?)  口パクで言うと、リクは嬉しそうに笑った。  社長が気に入っているのは誰が見ても分かるが、篠原が好きだったのは長谷川。  (ふっきれた、かな)  篠原の新たな恋に伊藤も嬉しくなった。ライバルがいなくなったからかご機嫌なリクにクスクス笑って、伊藤はぼんやりと思う。  (指輪か、いいな) リクの指輪、誠と大河の指輪、そして篠原の指輪。 (あげてみる?) スケジュール帳を見ると、レイの誕生日が近い。  (レイに指輪…似合わないな)  想像してクスクス笑って、何がいいか考える。自分の誕生日には歌を歌ってもらった。これ以上のないほど嬉しかったのを思い出して、また口元が緩む。  (そういえば、レイの欲しいものって何だろう?)  探りを入れてみるか、と送迎車に向かった。  ーーーー  誕生日の前日。  「ありがとうございましたー!」  オシャレなお店を出て、小さな紙袋に入った小箱を覗き、思わず微笑む。 ありきたりだが、レイがいびきをかいて爆睡している間にサイズを測り、ホワイトゴールドの指輪を選んだ。  (喜んでくれるかな)  先に部屋に置き、送迎車でまた仕事に戻った。青木や大河の収録が押して迎えが遅くなったため連絡をするもレイは電話に出ない。  (スタッフとおしゃべりしているんだろうな、全く)  いつもスタッフとバカ騒ぎをしてることを思い出してニヤける。誰からも愛されるタイプのレイは嫌いだという人を見たことがない。テレビ局の駐車場に車を停め、楽屋に向かうが綺麗に片付けられていた。  (あれ?)  ケータイを見るも着信もない。周りのスタッフに聞くと、もうすでに楽屋を出たと言う。 (どこ行った?)  顔が広いレイのことだから、先輩の楽屋にでもいるのだろうとロビーで他の仕事をしながら待機した。  (ーー遅いな)  またケータイを見ると日付が変わってしまっていた。  (誕生日になった瞬間に渡したかったのに…全く。どうせ忘れてるんだろうな)  レイらしいな、と笑ってケータイにかけると、電源が切れていた。レイはいつも、充電はフルにしている。連絡が取れないことは、ほとんどない。  (わざわざ電源を切る?ケータイを見たってことだ。)  嫌な予感がして、もう一度局内を探し回る。収録のないフロアまで隅々まで探す。通り過ぎた部屋から勢いよくドアが開いて、ドタンと人が転ぶ音がして振り返る。  「レイ!」  「っっ!!!」  勢いよく振り返ったレイは泣きそうな顔だった。不思議に思っていると、その部屋のドアから見慣れたプロデューサーが出てきた。  「逃げないでよ。傷つくなぁ」  「ぁ…っ、っ」  レイは伊藤からプロデューサーを見ると後ずさって言葉が出ない。  「お疲れ様です。」  伊藤が声をかけると、プロデューサーはゆっくり振り返った。  「伊藤くん、お疲れ様。レイ、今日も頑張っていたよ。」  「そうですか。ありがとうございます。」  「…今夜、レイを借りてもいいかな?」  その言葉にレイが目を見開いた。プロデューサーが言っている意味は分かる。  「伊藤くん、言ってる意味、分かるよね」  「はい」  「っ、いと、ぅ、さん」  じりじりと後退るレイが見ていられない。  (誕生日なのに)  「生憎ですか、うちの事務所は対応しておりません。申し訳ございません。」  「レギュラーが消えても?」  このプロデューサーのレギュラーは数本あった。レイは絶望した顔をして口を引き結んで下を向いた。その後、何を思ったのか貼り付けた笑顔でプロデューサーを見た。  「プロデューサー、今日、俺誕生日なんです。プロデューサーと飲みに行けたら嬉しいです!」  「おお!そうなのか」  (馬鹿野郎が!!)  自分から立ち上がり、ニコリと笑って、奢ってくださいよーといつも通りに話し始めたレイ。しかしその手は微かに震えていた。  「レイ。何言ってんだ。早朝から地方まで大移動だぞ。プロデューサーすみません、また誕生日祝ってやってください」  わざと時計とスケジュールを見て、信憑性をもたせる。一瞬きょとんとしたが、意図がわかったのか、そうでした、過酷ロケだったーと嫌そうに誤魔化した。  「地方?どこ?」  「四国です。地方局でコンサートの宣伝です。」  「それはそれは…なら今度にしよう。」  レイに微笑んだ後、伊藤に向かって歩いてきて耳元で囁いた。  「今日は一応引いときます」  伊藤は目を見開いて固まった。安心したレイの顔を見て、黙っていられなかった。  「今日は、ではなく、今後もお願いします。」  「どういう意味だ」  「その解釈で構いません。先ほども言いましたがそのような営業は対応しておりませんし、レギュラーが減るなら仕方のないことです。」  「何だと!?」  「枕をしなければ仕事がとれないのであれば、タレントの努力不足と私のマネジメント不足です。出直して参ります。」  「君、何を言っているか分かっているのか!?この業界で生きていけなくなりたいのか!」  「タレントを守るのが私の仕事です。ご理解ください」  顔を真っ赤にして怒るプロデューサーを見て、またレイは何か丸く治めようとしているのが分かった。  (もう余計なことを言うな!)  「伊藤さん、俺」  「悔しくないのか!!」  「「え…?」」  伊藤が怒鳴るとプロデューサーもレイもきょとんとした。  「レイ、お前は体を使わないと仕事がとれない、そうプロデューサーに思われてるんだぞ!今まで育ててくれた恩人でもあるこの人に、ここまで落ちたと、そう言われているんだぞ!」  「え…」  「違う、違うぞ。そんなつもりではない」  「いいや、レイの不足の致すところです。申し訳ありません!ずっと、レイの能力を買って頂いているのであろう、そう自惚れておりました。」  「プロデューサー…そうだったんですね、申し訳ないです。俺…勘違いしていました。気に入って貰えてるんだって…恥ずかしいです。」  レイは伊藤のハッタリを言葉のまま受け取り、泣きそうなりながら下を向いた。慌てるプロデューサーに伊藤は向き合った。  「こんなことを言われぬよう、努力させます。」  「努力します。本当に申し訳…ありません」  レイの目から涙が落ちる。仕事ではあまり泣かないが、不安定になってしまった。  (傷つけてごめん。こうするしかなかった)  レイの涙に驚いたプロデューサーは優しく微笑み、これからも応援すると言って去っていった。  「っぅ、っぅ…っ」  (言い過ぎたか…)  声を殺して泣くレイに心が痛みながら、黙って自宅に戻る。こちらを見ないでずっと窓を見ていたレイは部屋に入ると、自室にこもってしまった。  (あーぁ。こんなはずじゃ…)  伊藤の部屋にある紙袋がさびしく見えた。そっと紙袋から箱を出して、レイの部屋をノックするも音沙汰はない。  「レイ」  「……」  「誕生日、おめでとう」  「……」  「渡したいものがあるんだけど、開けてくれないか?」  「……」  「レイ」  反応が無くて、そっとため息を吐くと、ゆっくりドアが開いた。泣き腫らした目が痛々しくてそっと抱きしめた。  「伊藤さん、俺、頑張るから」  「レイ、あれは嘘」  「嘘なんかじゃない。その通りだ。」  「違うよ。…抱かれそうになったのか?」  「うん。怖かった。」  「遅くなってごめんな」  謝ると、またボロボロと泣き始めて困ってしまう。誕生日には笑っていてほしい。いつも笑わせてくれるのはレイだから、どうしたら笑うのかがわからない。  「レイ、笑って。お前の笑顔が見たいよ」  「ぅっぅ、…っぅ」  「レーイ」  「響、っ、強く、抱きしめて」  「うん」  「大丈夫って、言って」  「大丈夫、大丈夫」  「好きって言って」  「結婚しよう」  言葉がとまったレイの体を放して、片膝をついて箱を開ける。  「誕生日おめでとう。一生そばにいてください」  「…へ?」  「レイを愛しています。」  「へ?へ!?な、何これ!響…」  箱ごと受け取ったレイは、綺麗…と、まじまじと指輪を見る。涙は止まって、うるうるした瞳が幼く見えた。  「誕生日に渡そうと思ったんだ。良かった泣き止んだ」  「ビックリした…」  「サプライズ大成功!」  「あっはは!何このサプライズ!」  いつもの満開の笑顔がたまらなくて噛みつくようにキスをした。レイの足に力が入らなくなったころに唇を放し、至近距離で微笑む。  「お前を誰にも触らせない。プロデューサーにも。」  「響…」  「お前を傷つけてでも、誰にも渡さない」  「うん」  「ウソでも言い過ぎた…ごめん」  「ううん。図星だったから」  「仕事のためでも、レイは渡さないから」  「ふふっ、ありがとう」  蕩けそうな笑顔を見られて安心する。箱から指輪を取って、左手の薬指に通す。  「うわぁ…!すごい、ぴったりじゃんか」  「間違えるわけないだろ」  「〜〜〜〜」  「レイ?」  「何…今日。人生最悪の日だと思ったのに、人生最高の日だった」  「ははっ!感動が二割り増しだな?」  「二割りどころじゃないよ!響、ありがとーー!!」  レイからのキスを貰って二人で笑う。潤んだ目は先ほどとは感情がちがう。  「あー…どうしよ…嬉しすぎて」  顔を真っ赤にして照れたように笑うレイを強く抱きしめると、腰に腕が回る。  「レイ、誕生日おめでとう」  「ありがとうございます」  「来年も、こうして2人で過ごそうな」  「うん!…っ、うん!」  「まーた泣く…」  「嬉しいから…いいだろ…?幸せなんだよ」  「俺も幸せだよ。」  ゆっくりと優しいキスをして、深くしていく。激しくではなく、癒すように舌を絡める。気持ち良さそうな声を聞きながら堪能していると、背中のシャツをググッと握られ、レイがガクガクと震えた。  「レイ…ふふっ」  「はぁ、はぁ、はぁ」  「まさかキスでイくとはな」  「うるさい…膝で意地悪したくせに。」  至近距離で見るレイの顔は、恥ずかしそうで悔しそうだった。気持ち悪いのかモジモジする下半身のために、レイのベルトを外し、下着ごと下ろすとグッショリ濡れた下着がボトリと落ちた。  「はっ、はっ、響、シよ」  「うん。最高に気持ち良くしてあげる」  伊藤の部屋に行き、レイを隅々まで舐め尽くす。またギンギンになったレイの熱をしゃぶると背中が反って甘い声が降ってくる。  いつも敏感なレイだが、今日は一段と興奮して、少しの刺激でもたまらなさそうに反応する。  (優しくしたいのに、煽られるな…)  とんでもない色気に衝動を我慢しながら、レイを気持ちよくさせることだけを考えて、焦らすことなく快感を与える。  「っぁああーーッ!ヘン!もう!おかしくなるっ!おかしくなるっ!!」  「いいよ、何度もイッて」  「ッぁああああああー!!ーーッ!!ま、待って、待って!!ッぁ、また!…ッ!」  吐き出しても吐き出しても治らないレイの欲。顔も真っ赤になって、中はきゅんきゅんと締め付けてきて伊藤も深く息を吐く。  「ぁっ…ぅあっ、っ、またっ…ッ」  「くぅっ…はっ、は、」 波が来たのか眉を下げて首を振る。中の締め付けが強くなり、伊藤の腰も震える。  「響ッ!っ!っも、どうしよっ…!」  涙を流してしがみついてくるのが可愛いくてたまらない。見惚れていると、涙目のまま、響?と覗き込んでくる。  (好きだなぁ…)  その顔にチュッとキスするとまた真っ赤になり、その後にふわりと笑う。  「っ!」  「響、だいすき」  「ぅっ!…レイッ…!」  「わぁ!!……ふふっ…気持ちよかった?」  「お前、不意打ち…」  「あははっ!すご…止まんない?」  「うるさい…」  予期せぬ絶頂にドクドクとレイの中に吐き出す。目の前のレイは嬉しそうに笑っていて恥ずかしくなる。  「響可愛い」  「仕方ないだろ…レイの中気持ちいいんだから」  「ふはっ!可愛いーっ!」  「ムカつくな」 頭を撫でられて悔しいが気持ちよくて目を閉じる。  「本当…頼れるし、かっこいいのに…俺の前では可愛いなんて反則。」  「お前くらいだよ。こんなオッサンを可愛いなんて」  「ふふっ!俺しか知らない響の可愛さ…ンッ」  ズルリと抜くと、レイはブルッと震えた。  「響…終わり?」  「まさか。オッサンの本気なめるなよ」  「あははっ!こわーい!」  笑い合いながらお互いを求めた。  ーーーー  「行ってきまーす!」  「こら!レイ!指輪!置いていけよ!」  「えぇー…?」  「えぇーじゃない!無くすだろ!」 「無くさない」  「ダメだ!置きなさい」 レイはしぶしぶ箱に戻して、寂しそうに撫でた。  「ずっと付けていたいのに…」  「気持ちは嬉しいけど、これが切り替えのスイッチだよ。これを外したらレイはRINGのレイ、俺はマネージャーだ。」  「うん!分かった!伊藤さん今日も頑張ろうな!」  あのプロデューサーの番組収録に向かう。レイは少し緊張していたが、いつも通り挨拶をし、ケタケタと楽しそうに話していた。伊藤同様に、プロデューサーも安心しているようだった。  (好きな人には笑っていてほしい、誰もが思うことだ。)  照明を浴びて、楽しそうに仕事をする恋人に、つられて笑顔になる。そして、目が合うとさらに笑ってくれる恋人。  (ダメだ、俺の方がスイッチ必要かも…)  マネージャーよりも恋人が顔を出すのを何度も耐えるが、笑顔を見ると嬉しくなってしまう。  (俺も買うか。)  その日の空き時間に、同じデザインのものを購入してすぐに薬指にはめた。  深夜まで収録している恋人のリアクションが楽しみで口元が緩んだ。  (レイには悪いけど、俺はずっと付けておくよ。その方が安心するだろ?)  送迎車に乗り込むレイは大きな欠伸をしたあと、こちらを見た。  「響…?これ…」  「あぁ。お前と同じの。レイの見てたら欲しくなったから。」  「早いよ!俺がプレゼントしたかったのに!」  「え?」  「明日のオフに行こうと思ってたのに!響のせっかち屋さん!」  「ごめんごめん!ははっ!」  「笑い事じゃないよ!…でも、良かった。響には付けててほしかった。もうこれで声かけられないね?」  「あぁ。これでレイだけのものだ。」  レイはハンドルを握る伊藤の手を握って、ご機嫌に鼻歌を歌った。  「ん?宝石?」  「あぁ…エメラルド入れてもらった。」  「えー?なんで!ちょっと違う…」  「落ち込むなよ。お前のメンバーカラーだからだよ。」  そう明かすと、レイの目はみるみる潤み、ニコリと笑うと涙が落ちた。  「嬉しい…」  「本当泣き虫だな、俺の前では」 頭を撫でて、リアクションに満足して家に戻った。レイはすぐに指輪をはめ、激しく舌を絡ませてきて、また濃い夜を過ごした。 

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