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また、会えたら〈彩人目線〉

 おはようございます、餡玉です。 ムーンライトノベルズのほうには拍手ボタンを設置しているのですが、そこから御礼SSが見られない方もおられるようなので、Web拍手の御礼SSとして掲載していたものを加筆修正してアップします。 時系列としては、本編の二話と三話の間くらいです。壱成と彩人が再会して、お互いに連絡の口実を探していた頃のお話です。 ˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚  とある日曜日、彩人はリビングで空の遊びに付き合っていた。  適当に作った炒飯という軽い昼食の後の、気怠い午後のひととき。空は公園に行きたがっていたけれど、一週間の疲れがどっと出てくる日曜の午後で、外に出る気にもなれない。空を宥めすかすのも一苦労だった。  ネットで購入したブロックのおもちゃで謎の生命体を作る空を眺めながらあくびをしていると、空がふと思い立ったようにこんなことを尋ねてきた。 「にーちゃん。ねぇ、いっせーはともだち?」 「え? ああ〜、うん、ともだち。中学……っつってもわかんねーか。子どもの頃のな」 「そーなんだぁ! にぃちゃん、ともだちいたんだねぇ」 「失礼か。いるっつーの、ふつうに」  と言いつつ、彩人はぼんやりと過去の友人たちの顔を思い出そうとした。が、はっきりと思い出せる顔はない。中学時代はのほほんと過ごしていただけだし、高校時代はバイト三昧で学校生活の記憶は薄い。何人か付き合った女はいたが、彼女らの顔さえあやふやだ。  ――あれ。俺、いねーじゃん、友達……。  悲しい現実に気づいてしまった彩人は、気を取り直すように咳払いをした。そして、そのへんに転がっているブロックに手を伸ばし、指先で弄ぶ。  高校を出てすぐ、昼間のバイトと掛け持ちで、夜の仕事を始めた。  道端でスカウトされたのがきっかけで、ホストクラブに勤めるようになったのである。『sanctuary』に入る前にいた店だ。  そこは、とにかく客に酒を飲ませて派手に盛り上げ、金を巻き上げろと言わんばかりの店だった。シャンパンコールが入れば、飲めないホストにも一気飲みを強いるのだ。酒に強い彩人は耐えることができたけれど、閉店後に潰れている仲間たちを見るのがつらかった覚えがある。  枕営業、同伴、アフター、金になるならなんでもやれという経営方針についていけない――ホストを辞めて居酒屋経営を始めた先輩仲間にそうこぼしていたら、『sanctuary』を紹介されたのである。そして彩人はすぐに面接を受け、正式に『sanctuary』に移籍した。二十一歳になったばかりの頃のことだ。  店を移って正解だ。彩人は、『sanctuary』という店の持つ雰囲気がとても好きだった。  客との会話のために、不得手だった勉強をすることだけは少しきつかったけれど、だんだん慣れた。客との会話に手応えを感じるようになってきたからだ。  ホスト仲間たちにも、以前いた店とはまるで空気感が違った。バックヤードでは普通の若い青年たちなのだが、店に出るとガラリと表情が変わるのだ。まるで、舞台に出る役者のようだと彩人は思った。  客に無理な飲酒を勧めないこと、会話重視で落ち着いた、高品質な接客を提供すること――『sanctuary』はそう言うホストクラブだ。ここでなら、もっともっと頑張れる。ホストとしての仕事に価値を見出し始めた頃、母親に病が見つかり、あっという間に他界してしまった。  そこからのことは、正直あまり覚えてはいない。  毎日がとにかく忙しくて、忙しくて、思い出すこともままならない。夜間保育所が見つかったことと、理解あるオーナーに恵まれたことは、彩人にとって何よりも救いだった。  『sanctuary』の仲間たちとは親しくしているつもりだけれど、空のことで付き合いの悪い彩人を、周りはどう見ているのだろう。この状況を打ち明けて相談できるような相手はいないが、彩人はずっと、ここで働き続けたいと思っているのだが……。  ――こないだも、忍さんの誘い断っちゃったしな……。  入店時から教育係として良くしてくれてるナンバー1ホスト・忍の顔を思い浮かべながら、彩人はため息をついた。すると、空がつんつんと彩人の膝をつついている。 「ん?」 「ねぇ、いっせーいつあそびにくる?」 「え、遊びに? いや……いつって言われても」 「ねぇねぇ、じゃーメールして? あそぼーって」 「遊ぼうだぁ? うーん……」  ――遊ぶっつっても……どうやって? 壱成にいきなりガキの相手させるとか……いやいや、普通いやがるだろ。あっちは独身だし、彼女だっているかもしんねーし……。  彩人とて独身なのだが、子育て中という意味で身軽さはない。時間も余裕もなさすぎて、プライベートでの恋愛の仕方さえ忘れているというありさまだ。  ――もっとそのへん聞いといたらよかったなぁ……。あいつ、普段休みの日とかどうしてんだろ。  と、頭の中で考えあぐねていると、空がぐいぐいとシャツを引っ張ってくる。 「ねぇ、いっせーとあそびたいの! にぃちゃん、ともだちでしょー?」 「友達だけど……大人はさ、色々あんだよ、いろいろ」 「いろいろって、なにがぁ?」 「うーん……と」 「あそびたい! ねぇー! いっせーとあそびたいのー!!」 「空……。もう、わがまま言うなっつーの! 壱成にだって仕事があるし、休みの日も色々忙しいんだよ!」 「う。ぅうう〜〜……」  つい、きつく言いすぎてしまった。  大きな目にじわじわと浮かんでくる空の涙を見て、彩人は後悔のため息をつく。 「ごめん、怒って。……ほら、こっちこいよ」 「うう……にいちゃんのばか!」 「ごめんって。よしよし」 「ひっぐ……う……」  空を抱き、背中を撫でる。小さな背中は柔らかくて、あったかくて、頼りない。このぬくもりを、何としてでも守らねばと思う。  空はたった一人、血の繋がった家族だ。母親に託された小さな弟。  彩人は目を閉じて、ぎゅっと空を抱きしめる。  ――壱成……連絡したら本当に、また会いにきてくれんのかな。  あの日壱成は、保育園へ向かう空と手を繋いでくれた。優しい笑顔を浮かべて、楽しげに空と言葉を交わしながら。  空が差し出した飴玉を笑顔で受け取り、頭を撫でて、「また遊ぼうな」と言ってくれた――  それがとても、嬉しかった。  何故だか分からないけれど、すごく、嬉しかったのだ。  連絡先は交換したものの、壱成も彩人ももう大人だ。『また会おう』という壱成の台詞は、単なる社交辞令なのかもしれない。  だったとしても、壱成の朗らかな笑顔が忘れられない。  ――また、会えたら……。 「にいちゃん、おやつ」 「えっ? ああ……おやつね。立ち直りはえーな、お前」 「ん? なにぃ?」 「いーや、なんでもねーよ。おやつ食おっか」 「うん!」  さっき泣いたかと思えば、空腹とともにおやつを求める空の単純さに気が抜けて、彩人の表情もふわりとゆるむ。くりくりと空の頭を撫で、彩人は立ち上がってキッチンに入った。  こうして自分の至らなさを許してくれる空の明るさに救われると同時に、申し訳なさも感じてしまう。もっとそばにいてやれたらと思うけれど、現状を変えることは、今はできない。  形の見えない不安の中、不意打ちのように訪れた壱成との再会だ。  ほんの束の間の出来事だったけれど、懐かしくて、楽しくて……もっともっと、壱成と話がしたかった。  そして数日を経た今もその気持ちが変わらないことに、彩人自身も驚いている。  ――連絡、してみっかな……。でも、何て言えばいーんだろ……うーん。  牛乳をコップに注ぎつつ、戸棚を開けておやつを物色している空を見つめる。  その間もずっと、彩人は壱成のことを考えていた。 『また、会えたら』 おしまい

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