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本気の恋の適齢期?〈忍目線〉
する……と誰かがベッドに入り込んでくる気配がある。浅い眠りを揺蕩っていた忍を背中から抱きしめて、うなじに顔を埋めてくる男の身体はひんやりとしていた。
それもそのはずだ、短い秋が終わり、もうすぐそこまで冬の足音が近づいている。空調していない部屋の温度は外と同じだ、早く温めてやらなくては……と、忍は思った。
「……おかえり」
「あ、すんません。起こしてしもた」
「冷たいもん、そりゃ起きるよ……ほら、おいで」
忍は腕を伸ばして、背後にいるマッサの後頭部をそっと撫でた。まだ少し髪が濡れている。帰宅してシャワーを浴び、髪を拭うこともそこそこにベッドにやってきたのだろう。
今日は、忍はオフでマッサは仕事だったため、こうしてベッドの中での出迎えだ。もぞもぞと身体の向きを変えてマッサに向き直り、心地よい眠気に身を委ねながら、マッサの頬を撫でた。
「店で変わったことはなかったかい?」
「うん、特には……あ、葛木さんが持病の腰痛が悪化しとるとかで、二、三日休みたいとか言うてましたけど」
「そう。じゃあ来週、僕は休みなしだな。今日休んどいて良かったよ」
「ほんますね」
する……とマッサの腕が腰を抱く。その動きに誘われるように、忍は首を伸ばしてマッサにキスをした。ついさっきまで眠っていたこともあり、肌の感覚がふわふわとして、どこか夢の中にいるような気分だ。啄むだけのキスでもうっとりするほど気持ちが良くて、やめられない。
「……っ、ん……忍さん」
「……ん?」
「そんなんされたら、ヤりたなんねんけど」
「ん……いいよ、僕もそんな気分だ」
忍が素直にそう言うと、マッサの瞳が密やかににギラついた。毎晩のように、というわけではないが、こうして自然と求め合う回数もここのところ増えてきた。
同居し始めてすぐの頃は、さすがにマッサにも少し遠慮があったようだし、忍もまた、毎日隣にマッサがいるという感覚が妙にこそばゆく、どういう顔をしていたらいいのか分からなかった。自分にもそんなウブな部分が残っていたのかと、驚いてしまう。
「は……っ……ぁ」
ゆるい部屋着の中を大きな手でまさぐられながら、忍は腰をしならせ、マッサにぎゅっと抱きついた。襟ぐりから覗く忍の首筋や鎖骨に唇を這わせながら、マッサがぐ……と腰を擦り寄せてくる。まださほど触れ合ってもいないのに、マッサのそれは半ば硬く芯を持っている。そうして自分に触れることで昂ってくれるマッサのことが愛おしかった。
「っ……、ン、っ……ふ」
早々に上を脱がされてしまい、熱く濡れた唇が忍の胸元に降りてくる。興奮と快楽でつんと尖ったそこを唇で吸われ、舌で甘く捏ねられると、忍の腰もゆるゆると上下に揺れ、はしたない声があふれてしまう。それを恥じらうだけの理性はまだある。忍は、下唇を噛み締めて声を堪えた。
「んっ……っ……」
「忍さん、唇噛むんはナシやで。……痕ついたら困るやろ」
「けどっ……ふ……んっ」
「あかんて。……な?」
硬く引き締めた唇にマッサの親指が触れ、忍の強張りを解くかのように柔らかく撫でられる。微かに唇を開くと、間近で忍を見つめていたマッサは、ほんのりと満足げに微笑んだ。
その眼差しはいつにも増して優しく見え、忍の胸は大きく跳ねた。マッサにこうもときめいてしまう自分がやけに気恥ずかしく、忍は敢えて軽い口調でこう言った。
「……まさか、お前相手にドキドキする日が来るとはね」
「ドキドキ? なんやそれ」
「な……何でもない。のんびりしてると朝になるし、もう挿れなよ」
「……朝、せやな」
明日……いや、今日の昼すぎには、二人揃って早瀬家に出向くという用事があるのだ。マッサもその件を思い出したらしい。
色気のないことを言っているのは分かっているのだが、そうでもしないと、ばくばくと暴れ回る心臓は大人しくなってくれそうにない。薄暗さのおかげで頬が紅潮していることは気づかれていないだろう。それだけは幸いだ。
「あんま慣らしてへんけど……」
「いいよ、大丈夫。だから、……ほら、早く」
「ん……」
シャツを着たままだったマッサのTシャツをぐいと引き寄せ、自らマッサにキスを仕掛けてゆく。
そうしていると思い出されるのは、あの日、初めて交わしたキスのことだ。忍の前に立ちはだかり、マグマのように湧き上がる怒りを堪えて弓削を睨みつけていたマッサの横顔。守られているのだと感じた瞬間、忍の身体はいつの間にか動いていた。
先輩後輩としての当たり前の距離感を保っていた頃から、『いい奴』だとは思っていた。見かけによらず真面目で、まっすぐで、祖父母のために給料の大半を仕送りするような健気な男――警察庁を追われたことでとっくに家族と絶縁している忍の目には、そういう家族の絆が羨ましくも見えたものだった。
離れた土地に住んでいても、家族を大切にし続けているマッサの優しさを知ってからは、彩人以上に目をかけることも増えていた。その頃、彩人は忍に空のことをひた隠しにしていため、余計にマッサと過ごす時間のほうが多かったという事情もある。
ボディガードとして接待先に連れ歩くようになってからは、当然のごとく一緒にいる時間も増えた。これまで人を上げたことのない自宅に、マッサを泊らせることもしばしばだった。
この業界に身を置いていると、さまざまな裏切りや不誠実さを目の当たりにすることばかりだけれど、マッサのことは自然と信頼できたからだ。
そうして蓄積してきた信頼感は、あの瞬間何か別のものへと変化していた。それが恋愛感情なのか何なのかは、あの日マッサと初めて関係を結んだ日にも、はっきりとは分からなかったけれど。
ただ、一緒にいたい、そう思った。だからこそ、一緒に暮らそうと提案した。
まさか即答で返事がもらえるとは思っていなかったし、その後しばらくはお互い照れや戸惑いのようなものが先に立って、すぐに二度目のセックスになだれ込むようなことはなかった。店での距離感と家での距離感をどう区別したらいいのか分からなかったというのが理由だろう。
だが、生活を共にし始めてひと月あまりが経ち、少しずつこの生活に馴染み始めた頃から、いつしかこうして触れ合うことが増えてきた。
共に帰宅し、そろって眠りにつく真夜中。何となく唇が触れ、気づけばセックスに発展していた。そこからは、むしろマッサが忍を誘惑することの方が増えている。
起き抜けのぬくもりの中、肌を撫でるマッサの掌で眠りから醒めたり。そのまま夢と現実の境目を漂うように、甘い快楽で蕩けさせられたり――
「ん……んっ……ぁ、はぁっ……」
「……キツく、ないすか?」
「だいじょうぶ……だから……んっ」
忍に触れるマッサの手はいつも優しく丁寧で、愛 しまれていると感じてしまう。雄々しく昂ったマッサの怒張を受け入れる瞬間に込み上げる切ないような感情が何なのか、忍は薄々気づき始めていた。
受け入れる側の身体を気遣ってか、マッサはいつもゆったりとした抽送で、忍を高みにまで追い詰める。そういうところも、彼の見た目とは裏腹だ。もっとガツガツと獣じみたセックスを好みそうな外見をしているくせに、マッサのセックスはいつも優しく、内側から溢れんばかりの快楽を与えてくれる。
「ん、んっ……、マッサ……っ、ァ、……ぁ」
ずん、ずん……と深くまで、ゆるやかに最奥まで愛される心地よさに、忍はうっとりと目を閉じ、快楽に揺蕩っていた。突き上げられるたび、リズミカルに漏れる自分の甘ったるい声に羞恥する余裕など与えられないほど、気持ちよくて、幸せで、マッサのことが愛おしくてたまらなくなる。
「こっち見て……忍さん」
「ん……。……どした……?」
「いや……感じてはる顔、めっちゃエロくて、かわいいなと思って」
「え……っ」
不意打ちで、そんなことを言われてしまうと、セックスで無防備になっていた心と身体は、あっという間に茹で上がてしまうというものだ。かぁぁっと顔が熱くなると同時に、腹の奥まできゅんとひくつき、マッサは「っ……」と小さく息を呑み、堪えるように目を閉じて、忍の腰をぐっ……と掴んだ。
「ん……忍さん、っ……そんな締めんといて欲しいねんけど」
「だって、きもちいいから……っ……」
「……ほんま?」
「ん、うん……マッサとするの、すごくイイ……。しあわせなんだ」
快楽のせいですっかり理性は蕩けて、甘えたような声になる。するとマッサは微かに目を見張り、「ハァ……」と眉間に皺を寄せてため息をついた。
何か怒っているのかと首を傾げたくなる表情だが、マッサは大きな手で包み込んでいた忍の腰をぐいと引き寄せ、忍の最奥のさらに奥を狙うように挿入を深めてきて――
これまで誰にも暴かれたことのないところにまでマッサの熱を感じ、忍は思わず背中をしならせ、「あ、あ……ッ!!」とか細い悲鳴を上げていた。
「ん、っ……や、っ……!! ぁ、はぁっ……」
反り返っていた忍の先端から、体液がとぷんと零れた。さらにそのまま、深く雄々しい腰つきでナカを擦り上げられて、忍はいつの間にか達していたらしい。
だがそれでも、マッサはピストンをやめてはくれない。決して荒々しい動きというわけではないのに、マッサの屹立を突き立てられるたび、溢れんばかりの快楽を刻み込まれる。
汗ばんだ逞しい背中にきつく爪を立てながら、忍は前後もなく乱れ、喘いだ。
「ばかっ……!! イってるから……っ、ァっ……まって、ンっ、……あ、あンっ……!!」
「すんません……よすぎて、止まらへんわ、ハァっ……」
「ぁ、あぁっ……! ン、っ……またクるっ……。とまんない、きもちいい……っ」
うわごとのように快楽を訴える忍を強く抱きしめながら、マッサは無我夢中のように腰を打ちつけ続けた。結合部から溢れる淫らな音や肌のぶつかる弾けた音、そして互いの荒い吐息――もう何度目かも分からないような絶頂のせいで、身体中がふわふわと浮遊しているかのような感覚だった。
気づけばマッサも射精していたらしく、忍の上で肩を上下している。ゆるゆるを顔を上げたマッサの頬に触れ、その鼻先にキスをした。
射精後の余韻か、無防備な眼差しで忍を見つめるマッサの瞳が愛おしい。自然と湧き上がる微笑みとともに、忍は静かに囁いた。
「……好きだよ」
「えっ……」
「いや……どっちかって言うと、愛してる……かな」
言葉にしてみると、自分でも驚くほど素直に、その感情を受け入れることができた。目を見張っているマッサの顔が可愛くて、また笑みが込み上げる。
「愛してる」
「っ……あ、愛……すか」
「うん。……だから、お前にこうして抱いてもらえるの、すごく嬉しいんだ」
「……忍さん」
「ふふ、ちょっと重いかな。ごめんね」
汗を含み、しっとりと濡れた髪の毛を、マッサの指がかきあげる。それだけでもとても心地が良くて、忍は目を閉じ、唇だけで微笑んだ。目を開くと、マッサの真摯な眼差しが間近にある。
「……重くないです。俺……ホッとしました」
「え? ホッと?」
「ここんとこ……俺めっちゃ忍さんのこと好きんなってしもてるなて、思ってました。けど、好きとかそんなん言われても困らはんのかなって……」
「ええ? 困るかな?」
「だって忍さん大人やし、そういうとこドライっぽいし。……なんつーか、改めて告ったりすんのってガキっぽいんかなと思うと、言いづらかったんすよ」
恋を知りたての少年のような顔をしながら、マッサは一息にそう言った。そしてゆっくりと腰を引いて忍から出てゆくと、こちらに背を向けて「はぁ……なに言うてんねやろ、俺」と呟いている。
忍は笑いながら起き上がり、くっきりと爪の跡が刻まれてしまっているマッサの広い背中に、ぴったりと額をつけた。
「何言ってんの。そういうのは、いくつになっても嬉しいもんだよ」
「ふ……ふうん、そーなんや」
「何回でも言ってよ、これからは。僕もそうするからさ」
「……うす」
ちょっと拗ねたような口調で返事をしつつ、マッサがこちらを振り返る気配がした。忍はそっと伸び上がって、マッサの頬にいたずらっぽくキスをする。そして、耳元でこう囁くのだ。
「愛してるよ」
「っ…………なんこれ、めっちゃ恥ずかしいねんけど」
「ふふっ、照れ屋さんだな。かわいいね、お前」
「……」
じろ、と軽く睨まれたあと、もう一度ベッドに押し倒される。
お返しのように耳元で愛を囁かれながら、忍はふたたび逞しい肉体に組み敷かれるのだった。
おしまい♡
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