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第3話
人気はそのまま、指名の数にも繋がる。
そのため、指名日時に予約が埋まっていれば受付の者が電話対応の際に、予約の空いている他のキャストを薦めることさえあった。おそらく、仕事内容を覚え現場に出られるようになれば、ヨシにもすぐに予約が入ってくるだろう。
守代はヨシの隣の椅子を引いて座り、手にしている数枚の書類を机に置いた。契約に必要なものだろう。そのまま守代はヨシに書類へ記す内容の説明をし始めていた。
葵はすっかり空になった皿を手に、席を外した。腕につけているブレスレットを取って近くに置く。それから、シャツの上に羽織っている薄手のカーデガンは肘までまくった。
使った物を泡立てた柔いスポンジできれいに洗い、会話の邪魔にならないような水量を流す。手を伝う冷たい水がちょうど良いと感じる時季は、今頃からだろうか。
まるで真綿のような柔らかさが包み、眠気ばかりを誘因する日溜まり。その季節が過ぎ、爽やかさが混じる薫風や、瑞々しい新緑や少しだけ夏を連れてくる空気が目立つ季節。葵はこれから迎える、自分の名を冠したその季節のことを愛していた。
それから、今度の休みにはゆっくりと自然の物でも観に行きたいと、密やかに考える。
そういえばここ最近、プライベートで遊んだ記憶があまりない。
比較的フラットな値段の外出デートの仕事が入ることもごく稀にある。しかしあくまでも勤務時間内なので、呼んでくれた“お兄さん”の気に入る『葵』を演じることに集中していた。
かわいらしさを求められることもあれば、格好良さを欲されることもある。
葵の髪色は、まるで甘いミルクティーのような透明感がある色のホワイティーアッシュだ。その毛先を軽くしたミディアムのウルフカットは後ろ髪の一部だけ少し長い。
それに加えて、色素の薄い肌と中性的なきれいめの顔立ち、すらりと均整の取れた体つきをしている。
一度目にしたら印象に残り易いすっきりと澄んだ瞳と、計算し尽くされたかのように美しい角度の細い眉。黙っていても絵になる造作の顔が感情を伴い微笑みを浮かべれば、心臓を鷲掴むほど鮮烈な威力となる。
そのことを自覚していた葵は、入店時から受け入れるネコ側を希望して勤務していた。
本来の気さくな性格と口調は見た目とかけ離れているため、接客時には人によってうまく切り替えている。
最近になりネコタチ両方可能と公表したことによりますます人気となり、今のナンバーを維持していた。
泡をすすぎ落とした物を布巾で水気を拭く頃には二人の会話は済んだのか、A4サイズの紙にヨシがボールペンで記入している姿が見えた。
見た目の年齢は正確さに欠けはするが、あの人懐こい感じはいかにも成人する前の雰囲気を出している。
葵が勤め始めたのも同じような歳からだった。葵は現在二十四歳になる。しかし、公表年齢は二十歳。このサバ読みも、見た目が極端に変わらない限りは大丈夫な世界だ。
「あとは葵に教えてもらうように」
記入し終えたことを告げる守代の一言に、葵はテーブルの上に置いていたスマートフォンだけをカーディガンのポケットに再び入れる。そして、ヨシを伴い部屋を出た。隣に並ぶと分かるが、彼の方がほんの少しだけ葵よりも背が高かった。
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