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第4話
建物内でキャストを含めたスタッフが使用する部屋は出て来たばかりの休憩室兼キッチン、ロッカールーム。それから、コスプレ衣装や小道具を置いている部屋だ。入口から入り、開放的なロビーを挟んだ正面にはフロントが構えられている。接客部屋は二階と地下にあり、入口横のエレベーターで向かう。
簡単な構図になっているが、コンパクトサイズのホテルをイメージすればぴたりと合致するほど、調度品は全て品の良いものばかりが集められていた。
擦りガラスから差し込む照度の透過された光が晴れやかに照らす店内に出る。すると、まるでカフェのBGMにでも使われているようなジャズピアノが、ボリュームを絞った小さな音量で流れていた。
受付用に区切られた扉のドアを軽く手の甲で三回ほどノックしてから開ける。
扉はガラス窓が嵌め込まれているので、もし誰かが通ればすぐに気付く仕様だ。しかしそれも、中にいる人物が手元の端末に集中していれば、まるで意味がない。
「はいはーい」
「何遊んでんの」
「遊んでませんよ。ナツくんの写真見てるだけです。お客さん入っているならちゃんと監視カメラのチェックは怠っていませんって。……ああ、また葵さんが教えてるんでか?」
「そういうこと」
現在受付のパソコン前に座る彼は梁木 涼。二十一歳。彼の普通に整った顔立ちと、おそらく真面目そうな印象を与えるであろう黒髪は前髪だけやや長さがあり、緩く左右に分けてあった。
実に親しみやすい軽快な口調はいつものことだ。
また客とキャストを繋ぐ、いわば中継役である受付ということもあり、葵もしばしば話す機会が多い。
店内にはあらかじめ接客用個室を含め正面玄関から非常用出入口に至るまで、小型の監視カメラが見付からない場所へいくつも設置してある。そして、その映像が受付のデスクトップパソコンに接続されているモニターへ映るようになっているのだ。
今はモニターの電源は落とされていて、液晶画面は黒い。
フロントでは営業時間の昼から深夜まで常にスタッフの誰かがいる。そして予約の電話対応と、来店した予約客が同一人物かの身分証明書の確認、監視カメラのチェックが主な業務となっていた。
唯一起動してあるパソコンの画面には、本日のスケジュールが表示されている。
「きみ、ヨシくんだっけ。受付は基本的に僕が入っているかバイトの子がいるんだ。それで、毎日受付時間が閉まるまでには次の日以降の予約を表にしてるから、面倒かもしれないけどこまめに確認しに来てね」
「出勤予定もここでするんスか?」
「そう。各自が決めたログインパスワードと、店長の守代さんが渡してくれるIDを入力したら編集出来るから、その時にまた詳しく教えるよ。まぁ、慣れないうちは気軽に声をかけてね」
葵は正面からは死角になる壁にずらりとかかったゴールドの鍵に触れた。アンティークな凝った作りになっている鍵は、それだけで十分洒落ている。現在はどの部屋も空いているため、部屋数と同じ数の鍵が揃っていた。鍵には番号が印字してあり、それが部屋にかかるプレートの番号と同じになっている。
「今葵さんが触っているのがこの店の接客部屋の鍵。店舗内での予約が入っているなら、その鍵を持って先に入室するように。部屋の方は事前にこの部屋見本を見てお客さんのお兄さんから空いている部屋を事前に選んでもらうシステムだから」
この、と言いながら涼がおもむろにパソコンのカーソルを数度クリックした。画面に表示させたのはホームページにも載せている店舗内の接客部屋の内装だ。
一つの部屋はそれほど広くもないが、洋室、和室、教室に診療所など、幅広いコンセプトのラインナップが揃っている。
涼が手に持つスマートフォンの端末は、そのままになっていた。つい目線を向けたその画面に映っているのは、メインキャストの一人である、『ナツ』のセミヌード画像。
十九歳だと公表している彼は平均よりもやや小柄で、まだあどけなさが残るかわいい顔が特徴的だ。そして、画面の中では局部だけをシーツで隠した姿で微笑んでいた。
パソコンを操作するために涼が無意識に片手を下ろしたにすぎないだろうが、光る端末には自然に目が向くもだ。ヨシもほんの一瞬そちらを見ているようだった。狼狽する顔が室内の画像を映すパソコンの液晶画面に向けられる。
どれが好み? と聞く涼の声に、微かに肩を揺らしていた。どうしても戸惑いというものは空気を介して伝わってくる。
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