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第6話
換気扇を回したシャワールームで、ボディソープを泡立てていく。もっちりとした質の良い泡を手に、相手の左肩から左腕、贅肉のつきかけている胸と腹へと、全身へ手を滑らせる。勃ち上がりかけているペニスは中途半端に揺れていてそれも優しく両手で擦り洗った。それと同時に葵の身体も洗われる。そういう決まりだ。
「新しいDVD、観たよ。今回もかわいかった」
「いつも新作観てくれてありがとうございます」
「それで、今日は私のことも先生と呼んでくれないかな?」
彼は都心に帰ってくるたびにMILK archを訪れては葵を指名する常連の渡瀬。
地域活性のプロデュースと政治家コンサルティング事業で活躍している彼は、雑誌を始めとしたニュースなどのメディアでも顔を出す機会が多い。それゆえ、普段から先生と呼ばれている。さして新鮮な響きではないはずだ。一緒にシャワーで泡を流した渡瀬の体をタオルで拭いていく。
葵は、声がかかれば契約を交わしているゲイビデオの出演もしていた。そのため、ビデオからこの店に訪れる客もそれなりにいる。渡瀬もその一人だ。
予約の段階で指定されていた学生服のブレザーへと着替えて、チェックの赤いネクタイを緩く締める。こういった類のコスプレは嫌いではない。
着替えを済ませてからベッドへ座る渡瀬へ、入室時に持参していたペットボトルの清涼飲料水を手渡した。受け取ってくれるのを待つ。その後に葵も同じものを手にベッドへと座った。室内は一般的なホテルの一室を模したものだ。
コキリと蓋を開いて湯上りの水分補給をする。常温より少し冷たいと感じるくらいの水分が体へすぐに浸透していった。
「単発ものよりストーリーの作品が増えて来ているね。相手役が羨ましいよ」
「演技は苦手なんですけど、渡瀬さ……先生。先生のことをいつも考えていますよ」
しだいに渡瀬が近付く動きに、葵はペットボトルの蓋を閉め、近くに転がした。それが契機だと言わんばかりに顔が、唇が触れる。
そのままキスをしながらベッドへと倒れ込んで、夢中で舌を絡め合う。咥内でざらついた舌の表面同士を貪り合うと、気分が段々と高まっていく。
ぴちゃぴちゃと稚拙な水音を奏でながら葵は渡瀬の股座へ手を伸ばした。スーツの代わりに着用しているアメニティのバスローブは簡単に割り開くことが出来るので、押しつけられる陰茎はすぐに指先へ触れる。
「……っは」
きつく吸われる気持ち良さとべとべとに絡ませた唾液が混ざり合い、一本の銀糸となり二人を繋いでいるのが見える。緩く笑んで溶けそうに赤い舌を見せつけるようにゆるりと動かす。
「先生。もっと厭らしいこと、教えてよ」
見上げた先の渡瀬は、嬉しさを噛み殺すように唇がわなないている。
プレイや服装を作品通りにしたいと考えている渡瀬は、撮影で書かれていた台本の台詞を言うと興奮することを知っていた。あらかじめ後ろはローションでほぐしている。制服のズボンを下ろされ、両脚を折り曲げられると濡れたアナルを晒すことになった。
「……やっぱり、だめ。恥ずかしい」
「きれいだ。きれいだよ、葵くん」
「んぅ……ぁあアッ、ぁっ」
隠す演技は簡単に払い退けられ、体格と年相応の太い指がぬちぬちとナカに挿入ってきた。そう長さのない指が一本埋まると、指先を支点に入り口を拡げる動きに変わる。
いくら慣れているとは言えども、一日の始まりに開かれる時には締まり具合が違う。二本目が狭い空間に捩じ込まれ内壁を擦られる頃には、自分のペニスの方が先に泣いていた。先端からとろりと垂れる体液は、おそらく先程我慢した分が含まれているに違いない。
手を伸ばして開けた引き出しからコンドームの袋を一つ掴んで、口で封を開く。渡瀬の方ももうあまり余裕がない。それを彼が手に取り、装着する間に指を引き抜かれたアナルが物足りない空漠感を訴えているのが分かる。はやく、はやくと心の中で急かす。たいして時間がかからずすぐに満たされるが、待つ時間はどんな時でも長く感じてしまう。
「っあ、あぁぁッ――」
「っ、は……気持ち良い?」
「……っ、いい、イいっ」
ずっぽりと埋まった陰茎は内壁を擦りつけ、葵の弱い部分をじわりと攻めてきた。上擦った声が段々と切羽詰まる。渡瀬の背中に腕を回してしがみつくと、顔中に口付けが落とされた。恋人がするように、恋人の真似事をする。これは、ごっこ遊びだ。揺らめく腰を掴まれ、始まる律動に声にならない喘ぎが漏れる。肉がぶつかる音と荒い吐息ばかりが煩い。
「は……っあ、ぁん、アっ」
「ぁ、あおい、く……出そ、だしそ……」
「せん、せ……ァ、だして、だしてぇ」
わけも分からないまま気持ち良さばかりを追いかけ、びくびくと躰が痙攣する。
次いで無意識的にアナルが締まれば、熱い精液が薄いゴム越しに伝わってきた。
更に一時間の延長を付け加えてもらい、プレイ後のシャワーを一緒に浴びて、見送る際に交わす定型句のような、「また来るから」「楽しみに待っています」のやり取り。それから、受付へ終了のコールをかけた。
喉から発したその声は、どこか甘ったるさが残っていた。
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