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第9話

 慣らす必要のないほど緩く、ぐちゃぐちゃになった秘部へ吐き出された熱い欲。それにやっと満足して瞼を閉じる。守代の纏う香水の香りが残るベッドに顔をうずめた格好で、ほとんど力の入らない腰を支えられて全て出し切るように揺す振られた。 「……ぅ、あ、あぁ」 「は……ァ、ほら、満足か……?」 「ん、ん……おなか、いっぱい」  楔を引き抜かれると、栓を失ったアナルからどぷりと溢れる粘液が太股を伝い流れるのを指先で掬い取っては舐め取る。  既にぐしゃぐしゃに乱れている髪を更に掻き回されて、少し頬を膨らませると不細工だと笑われた。それでも、ここ最近不足していた空腹感は一気に補充されていた。  定期的に訪れる症状はスパンが短くなる一方だった。そのため、唯一相談出来る相手として守代を選ぶと、彼は葵の「精液を注いでほしい」という要求を飲んでくれだ。恋人と呼べる間柄として。  さすがに店の人間にも知られるわけにはいかないので、送迎の車内と、この部屋にいる間だけの関係だ。  温かな指が軽く触れ合わされる。それに応え、葵も指を動かして守代の指へ絡めた。一旦関係性に名前がつけば、それだけで気持ちが変わる。本音や建前を推し量ることは苦手なので、なるべく考えないようにしていた。触れてくれる掌が優しいと、それだけでほだされそうになるからつくづく単純な構成をしている自分自身に苦笑する。 「腹減ってるだろ?」 「……別に」 「何度も言うけど、体と精神は繋がっているようで別個なんだよ。咎めやしないから、普通の食事も摂ってくれ」 「……うん」 「時間は気にしなくていいから、シャワー浴びて来い」  八歳年上だという守代は、ずいぶんと人間関係に長けた大人の雰囲気でいつも頭を撫でてくるので、それに甘えている部分が少なからずあった。  ゆっくりと躰を起こして、汚してしまったシーツを温もり代わりに裸体へ巻きつけシャワールームへと足を向けた。  甘やかさずに、適度に自立させる節がある守代の距離感は、仕事とプライベートを切り離して彼と接することが出来た。  頭から適温の湯をかけ流して全身を濡らす。  湯で温まった床のタイルへ膝をついて両脚を広げた格好で尻を上げる。そしてフックにかけたシャワーヘッドから湯を出したまま、後孔へ手を伸ばした。つぷり、と実に容易く飲み込む。その指を奥まで入れて、精液を掻き出していく。男にしては華奢な自分の指は細く、気付けば二本三本といつの間にか指が増えていった。出された部分をなぞる。どろりとした精液。それを丹念に外へと出しているつもりなのに、気持ち良くなってしまえばもはや歯止めが効かない。  目の前がチカチカとしてくる明滅で我に返り、きれいに洗い流してから全身を洗った。  髪の水分をタオルで拭き取りシャワールームの扉を開く。近くのラックから新品に近いほど純白のバスローブを取り出しそれを身に纏い、姿見の前のスツールに腰かける。そして、さも自宅と変わらない慣れた手付きでドライヤーのコードを繋いだ。全体的に髪を乾かし、湯上り後のトリートメントを手のひらに馴染ませ、トップから横にかけてボリュームが出るように、ふんわりと掴んで風を当てた。  化粧水や乳液。それらの必需品はいつも鞄に入れて持ち歩いているため、たとえ泊まりの仕事であっても決してケアだけは欠かしていない。  目の上までのやや梳いた前髪をヘアピンで留め、保湿で肌を潤しながら着替えを探す。この季節に昨日着た物は出来れば遠慮したい。  使用されていないウォークインクローゼットはそこそこに物がつまっている。鞄や靴、帽子やケースに仕舞っている時計、ハンガーに吊るしている好みの洋服。それらは全て葵の物で、この空き部屋も好きに使っていいと、守代から与えられたものだった。  見た目故か、貰う洋服はたいていユニセックスな物が多く、それでもデザインが良ければ気に入った。接客の際に貰った相手と洋服を合わせると喜ばれることも多いので記憶力が良いことのメリットはここにあった。  かちゃりとハンガーを手に取る。それには、薄手で触り心地の良いグレーのドルマンカットソーがかかっていた。それと黒のスキニーを合わせて身につける。  もうとっくに太陽は一日の半分を通過し、落ち着いた色味のグラデーションをカーテン越しに拡散させていた。テーブルには苺や白桃、パインなどのフルーツとデザートソースのかけられた、ふんわりとした小ぶりのパンケーキとコブサラダが二人分用意してある。椅子に座ると守代が湯気の立つコーヒーカップを二つテーブルに置くところだった。全てかわいらしいという形容詞が似合うほどの量しかなく、守代は葵に合わせているのか、足りないだろうと思う量が皿に盛りつけてある。  いつも細身のダークスーツをピシリと着こなす守代が随分とかわいい食事を出すものだ。パンケーキが好きだと伝えたことが一因なのだと葵は知っている。ワンプレートに収まる愛がそこに確かに存在していた。  手を合わせてから、程よい厚さにスライスしてある林檎をフォークで刺し口に運ぶ。これは昨日店へ持って行ったものかもしれない。シロップで甘く煮つめられているフルーツと優しい口当たりのパンケーキだとか、新鮮なサラダがドレッシングと混ざり旨みを引き出している。それらを咀嚼するたびに栄養が確かに行き渡るのが感じられた。  ついさっき気持ちでは満足していた。それなのに、身体は運動量に見合う栄養の摂取に勤しんでいる。そんなものかと訝しむが、どうやらそんなものらしい。 「……いつもありがとうございます」 「今更何改まってるんだ」 「いやぁ、こんな大人の恋人がいると幸せ過ぎるし、もっとちゃんとしなきゃいけない気分になるからさ」 「ちゃんといつも通りでいいから。……新人を喰うのは遠慮してくれ」 「……気付いてたんだ」 「気付くだろ」 「あー……、ごめん」  喉が渇いていた。そういう流れだったとはとても言えない。手近で済ます気ならば最初から守代を頼る理由がなくなる。  この幸せな関係性を手放す気など、決してない。ないのだ。  注意に見せかけているが、彼の言葉は常に必要なことだけを洗練して抽出している。そのため、案に牽制をかけているのだとすぐに検討がつく。だからここには、ただ適度で適当な真っ当な距離感が横たわっていた。    ◆◆◆

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