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第13話
何とかシャワーと見送りを済ませ、体液でべたりと汚れたシーツだとか着流しをクリーニングに出す袋に纏めて押し込んだ。
少しの間ベッドで休み、次の予約までまだ少し時間があるからとナツと一緒に休憩のスペースに入る。
出張の翌日には必ず更新するブログをまだ書いていなかった。端末の画面をなぞり、自分のログイン画面に入りながら、ストレートティーのペットボトルを傾ける。腰も痛いが、まだ体力は残している。
不意に聞こえたカチリ、とジッポーが着火する乾いた音に視線を上げる。
彼の細い指に挟まれているのはアメリカンスピリットの煙草。ようやく火が点いた似合わないごつめのライターをテーブルの上に置いているナツが軽く息を吐く。
換気扇が回る重低音の音が小さく鳴っている。何人かが入って来ては挨拶の言葉と共に何人かが出て行く。別段順位など気にしないが、ここでも名前と顔は有名扱いされている。
インターネット上で検索をかければ葵の名は芸歴が連ねられているため、それも致し方ない。
「あ、林檎食べました。言うの遅くなっちゃいましたが、ありがとうございます」
「いつも貰い物ばっかりで悪いな」
「いやいや、それ言うならみんな同じですって。でも、葵くんとセットで仕事入るのは俺だけがいいかな?」
「涼が泣くぞ、それ」
「りょ……、梁木くんはバリタチだから。その点葵くんは両方出来るし、忘れかけてた雄の気持ちが芽生えちゃうんです」
「…………俺にはギャップ萌えが芽生えそうだぜ」
「ははっ、煙草も吸うからね。ギャップがあるって最近よく言われます」
ナツはナンバーがついた頃から気さくさに拍車がかかっていた。薄く開いた唇から細く紫煙を出し、言葉を紡いでいく。
しだいにじわじわと上昇する灰を吸殻が数本入った灰皿で軽く叩き必要最低限しか入らなそうなアルマーニの小さな鞄から端末を取り出す様子に、葵も途中まで打っていた文面の続きを書く作業に戻る。出勤前に確認した紙袋の中には、好きなブランドが発表したばかりのブーツサンダルが入っていた。そのことには少しも触れずに、ただプレゼントに対する礼のことと、また会いたいとの常套句。
いつもと変わらない日常だ。
文面だけ書き上げた記事に、ついさっきナツと一緒に撮った写真を添付する。色彩鮮やかな着流し姿は初夏に相応しいだろうか。こうやって写真を載せるたびに、セットで予約が入る頻度がたびたび増えた。
決してわざとではない。
ナツもそのことを理解しているのか、葵との写真をよく載せていた。
次は外出の予約が入っていると言い残してナツが出て行った後の休憩室には、煙草の臭いだけが残っていた。
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