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第14話

   ◆◆◆    動画配信の撮影が生活の中心になっていた頃、大学は途中で辞めた。  ただでさえモデル業で顔と名前が売れ過ぎた。そのため、インターネットという誰でも簡単に見れる性風俗の映像に出演する六乃瀬葵と同一だと気付かれた時が怖かったのだ。今更だと言われもしたが、葵は逃避を選択した。  その判断は間違っていなかったと思う。  好きなことをするために生じてくるメリットとデメリットの比率を考えるくらいなら、そもそも最初から好きになっていない。    最近入ったばかりだというスタッフが送迎の車で向かうのは葵のマンションの方角だ。とっくに日は昇っている。のんびりと過ぎていく街の景色。それをガラス越しに眺めた。疲弊した体は、体重を全てシートに預けてだらしなく座しているのもやっとだ。  店の方にはこの住所を教えているが、他にもストーカー予防のための部屋がもう一つと、それから送迎が守代の時には彼の部屋へ帰っていた。  短過ぎる青信号に、急くように歩く前方の人々を見やる。朝の通勤時刻はいつでも混み合っている。  走行音と街の喧騒が混じり合って聞こえた。その中には朝からかしましく会話に花を咲かせる学生の姿も多数含まれている。それらの雑多なざわめきを子守唄代わりに、シャネルのサングラスをかけた両目をそっと閉じた。  学生時代などついこの間のようなのに、外で働くと時間の経過が嫌に早く感じる。  今ではほとんど呼ばれない苗字を呼ぶ声を覚えている。学校の、高校の教室。六乃瀬、むつのせ、と繰り返す声にわざと気付かない振りをして眠っていると、頭を撫でる優しい手付き。くすくすと笑って目を開ければ、起きていたのかと拗ねたような声に変わり、どちらからともなく絡めた手の温度が混ざってじわりと溶けていく。 「……あの、ここで合ってますか?」  十数秒くらいしか経っていないだろうと思える短さでかかる声に、すとんと意識が戻る。  どうやら眠りは浅かったようだ。  窓ガラスの外は葵の住むマンションの前だ。車内のダッシュボード近くに表示される時刻を見ると、それなりに時間が経っていた。 「合ってますよ。また時間が合う時に送迎お願いします」 「時間空けておきます」  運転席から降りてまでドアを開けてくれたスタッフに礼を言いながら、ゆっくりと座席を降りた。多少腰が痛むが、意地でも自分の足で歩く。自分で敷いたレールを。  自宅のベッドで今度は夢も見ずに眠り、意識が浮上したのは昼を過ぎた頃だった。料理をすることはそれほど嫌いではないが、最近サボり気味になっている。外食の多さが原因だ。冷蔵庫の中には組み合わせれば食せる単品の食料品が少し入っている程度。  自分一人の為の料理が日に日に面倒になるから困ったものだ。  それでも勤務中に腹が鳴ったり体力がなくなることは避けなければならない。そこまで空腹感はないが、食べる理由だけはある。  そこで寝起きの身支度を済ませると、マンションを出て程近くにある全国チェーンのカフェに向かった。テイクアウトをして部屋に戻る。たくさんのメニューの中から欲しい物を選ぶことも何だか苦手だった。そのため、いつも通りの飲み物と、ピックアップされた看板メニューを購入することが多い。  他のマンションの部屋は貰い物ばかりなのに対して、この部屋に置いている衣服は自分で選んだ物だけだった。その最低限の線引きはたいした意味もなく、弱い詭弁に過ぎないと自覚はしている。  ブラックのドリップコーヒーに口をつけ、深い味わいに息を吐く。包みの上からでも十分に温かいクラブハウスサンドを開けると、予想以上のボリュームがあった。  実に食べごたえのあるたっぷりと挟まれた野菜やチキン、玉子などの具材と甘辛いソースが口内に広がり、それらをゆっくりと咀嚼していく。  窓際から眺める眼下の景色はビルの合間を縫うように鮮やかな緑が目立ち、空は突き抜けるような青天が広がっている。  珍しく晴れの日が続いている昼下がりが珈琲の香りと相乗し、存外良い気分にさせてくれた。

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