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第15話
店舗の人手不足は、客の予約数が一層伸びていることでキャストやスタッフが足りていないことが要因だ。
しばらく続いた出張客の合間に店舗に顔を出すと、フロントには短い茶髪の毛先を立てているバイトの青年が電話対応をしているところだった。こちらに気がつくと、ぺこりと会釈をしている。会釈を返してフロント内に入った。
彼は電話先と会話を続けながらマウスをクリックしている。それから指名とコース、オプション、料金案内をパソコンの画面に入力しているようだ。片側のモニターには各接客部屋が映っているが、もう片方のモニターには最新の予約表が表示されていた。それを確認する。
「葵さん、お疲れさまです」
「お疲れ」
不意に隣から声がかかった。どうやら通話を終えたらしい。このバイトの彼も始めこそ中々喋ってはくれずに、何だか複雑そうな顔をしていたが、今では慣れたもので普通に会話を交わす。
シフト表にはヨシの名前も記されていて、まだ頑張っていることに少し安堵した。
にわかに話し声が近付き、フロント横の扉が開いた。スーツ姿の守代だ。
端末から耳を離し、通話を終了させた彼と一瞬だけ視線が合う。それも直ぐにパソコンへ向けられ、バイトの青年へ予定変更の旨を伝えていた。本日も一縷の隙もないほどきれいにプレスされたスーツを着用している。その裾を控え目に引っ張ってみれば、ほどくように掴まれた掌が離れて掴まれ、緩く絡め合う。他の人がいる状況で、気付かれそうで気付かれないように振る舞うことは何だかとても楽しい。
「葵、ちょっと来い」
「はいはい」
やっと今要件を思いついたかのように素っ気無い普段通りの声音で呼びかけられた。そのまま、フロントを後にする守代に続いて部屋を出る。
もともと空いていることを知っていたのだろう。テーブルと椅子、小さなホワイトボード、それからメインのソファベッドが置いてある会議室風の部屋に入ると、閉めたばかりのドアに突然押しつけられた。吃驚して守代を伺い見るが、どうやらただの悪戯のようだ。表情こそ分かりにくい男だが、その端正な顔が葵に近付き触れているさまは、ただじゃれているにすぎない。
「最近新人教育任せてくれないから、嫌われたかと思った」
「お前、すぐに味見するだろう」
「嗚呼……、知ってた?」
「知らないと思ったか?」
仕事でするセックスは許せるが、葵から手を出すことは許せないようだ。
それはそうだ。
そうだが、シャツの裾から手を入れられれば否でも求めたくなってしまう。じわりと、よく知る温度が這い、葵の背ばかりを撫でていく。粘膜も擦り合わせていないというのに、ゆるりと触れられているだけで先を望んでしまうから困る。知らず知らずのうちに動く腰が守代のスラックスへと近付き、半端な熱をそっと擦り合わせる。
今求めるわけにはいかない。
駄目だと訴え、守代の胸元を押し返す手を引かれ、その胸へ抱き込まれてしまえば逃げ場がない。完全に拒否をしてしまえば、欲しい時に与えてくれる相手すら失ってしまうことになる。
キャスター付きの椅子に脱いだ上着をばさりとかける様子を横目に見やる。つい高まる期待感。長テーブルの上に行儀悪く座り、守代のネクタイを引っ張る。たまには虐めてやりたくもなるが、倍に返されることは目に見えていた。
引き寄せ、瞼を閉じかける途中で塞がれる性急さに愛しさが増して、何かが開く音がした。守代の背を抱きしめると、ワイシャツの生地越しに温もりが伝わる。開けた唇から舌先をちらつかせ、絡む粘液が小さな音を密やかに奏で合う。
「……っ、ふ」
鼻から吐息が抜ける。
シャツの内側に差し入れる守代の掌が腹から胸元をまさぐる手付きは、ただ感触を楽しんでいるだけかもしれない。しかし葵にとっては、煽られる以外の何物でもない。少し皮膚同士が擦れるだけで官能が膨らんでいく。
不意に温もりが離れ、場違いなほどかわいらしいリップ音だけが残された。
「……え」
「前に言っただろ。予約が入っているときはやめろって」
脱力した。単にからかわれていただけのようだ。そりゃあ、八歳も離れていれば子供に見えるのかもしれないが、釈然としない。睨む顔さえ想定内だったかのようだ。歯牙にもかけてもらえずかわされた。
新人に手を出すなという、牽制目的の茶番劇。やれやれと肩を竦めてみせ、仕方のない態を装う。
つるりと磨かれたタイルの床へ、エッジの効いた靴の爪先を向けて下り立つ。またね、と何でもない事のように守代へ言葉を残して部屋に一つきりの出入り口へ向かった。
だが、押しつけられしっかりと閉まっていたはずの扉が開いた形跡を残していた。最初から鍵はかかっておらず、途中で聞こえた音はどうやら幻聴ではなかったらしい。その扉を無言で視認し、あえて気取られないように部屋を出た。
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