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第22話

 始めに茹でたパスタへ白ワインやコンソメ、トマト缶、クリームなどを入れる。そして煮込んだソースを混ぜ合わせてシーフードミックスを投下し、こしのあるアンデルテ状態にした。それらを盛りつけた上に、カットレモンとバジルを添える。また、サラダにサニーレタスとサーモンのカルパッチョを作り上げた時には、さすがに窓の外は暗くなっていた。  さっきまでカウンターキッチンの向かいに座っていたヨシがいつの間にかいない。見たい番組が見付からずに、チャンネルを変えるザッピングをしていたはずだが。  つけっ放しのテレビの中では、天気予報士の女性が大衆受けしそうな笑顔で今週は高気圧の影響で全国的に晴れの日が続くと言っている。 「こら」  葵は家具のほとんどを白で統一している。そのため、本革の白いカウチソファに座って眠るヨシの全体的に黒い姿をすぐに見付けることが出来た。  危なっかしいカウンターチェアで眠られるよりはマシだが、あんなにも肯定の言葉を繰り返す彼が、あたかも糸が切れたように眠っているアンバランスさに驚かされる。わざと不機嫌さを滲ませた声を発してヨシの肩を揺すれば、びくりと身を震わせて目を覚ました。 「ぁ……あれ、すいません」 「疲れてるんだろ、気にすんな。夕食、簡単だけど作ったから」 「はい」  起きている時の彼はやっぱり、それしか知らないかのように応諾する。それなのに不意にシャツの裾が引っ張られる感覚に、葵は立ち止まった。 「……押したり引いたりの駆け引きならともかく、急に押してくるのは癖か?」 「言いたいことがあったんです」 「ふうん」  大体予想はつく。  先に食ってからゆっくり聞くと言うと、硬派の顔が一瞬で慌てたものに変わった。  濃い目の珈琲を淹れる。そして、皿に盛った出来たての料理を二人で食べた。つけたままのテレビから流れる人の声がBGMになるのは、いつものことだ。  料理に対するいくつかの感想をもらい、それに対して返事を返す。  自作に対する味の評価はそこそこだった。  外食に慣れ過ぎた影響はまだ拭えていなさそうだ。  食後に勧めたアルコールは苦手だからと断られてしまったため、成人しているかどうかはついぞ判断がつけられなかった。片付けを済ませて、冷蔵庫で眠っていたビールを取り出す。そしてソファに凭れて座り、プルタブを起こした。 「あの、守代さんと付き合って……どういう関係なんですか?」 「なんでそう思うんだ」 「この間、わざとじゃないんスけど、店の部屋を覗いてしまって」  そうだろうなとは言わずに、数口飲む。  あの時守代が部屋の鍵をかけていなかったのは葵自身と、その他の存在に対しての二重の牽制を孕んでいた。手を出すな、という。だから退出する際、少しだけ開いていたドアに気付かない振りをした。  別に今更、性的な雰囲気を見られたからと言って動じることはない。  ただ、気持ちの整理がつけられずに昼間の時間をすごしたため、この問いにはっきりとした返事を持ち合わせていなかった。  困ったね、どうも。  一拍以上間を置くと、よけいに二の句が告げにくく、手の中の缶を傾けて喉へ流し込んだ。世間一般が抱いているイメージが簡単に瓦解することなど、いやになるほど知っている。 「……仕事のほうは慣れたか?」  否定も肯定も出来ない自分は、ヨシの断定力すらないらしい。 「はい、なんとか」 「そりゃあ、よかった」  不意に彼の手がこちらに伸びる。そして三分の一ほど残っている缶ビールを奪い取られて、ヨシの少し濃い肌が葵の色素の薄い白い肌に重ねられた。  そうやって際立たたせられる。  決断の出来ないこの白々しさが。  だらだらと生きていることは簡単だし、楽だ。  だが、このままではいけないという焦燥感が内側から主張を繰り返すので、平穏が遠のいてしまっていた。  最善だと選択したあの過去があやまちだと、今更思いたくない。  またそれを繰り返すのかと尻込みすることも避けたいし、先延ばしにしても何にもいいことがないと、このコントラストが示している。  黒と白。肯定と否定。連綿と続く、依存症。  次いで、おもむろに抱き締めてくる腕に抗うことはしなかった。性的な雰囲気を放っていないヨシの腕の中で静かに息を吐いては、決断しなければならないと強く思う。  自分で始めたことに対して。   それでも、ぐずぐずに溶けた自意識は決断だけ促し、その先の決定には中々進んでくれなかった。

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